タイトル:キメラなんか食っちまえマスター:凪池 シリル

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/07 06:51

●オープニング本文


『バイキングで、貴方もキメラ退治!?
 食って、食って、食いまくって人類の勝利に貢献しよう!

 グランリゾートスパ・フォレスト内バイキングレストラン「GreenGreenz」にて、特別フェア開催!
 奮ってご参加ください!

 ※使われている食材は通常の食用のもので、キメラは使われていません。安心してお召し上がりいただけます』

 煽り文句と共にポスターの写真に載っているのは、奇妙な骨の模型に並べられるローストビーフ、巨大なマグロの頭(張りぼて)と共に盛りつけられた刺身、スライムをイメージしたのであろうゼリーや、奇妙ながらもどこかコミカルで愛嬌のある砂糖やチョコレートの菓子。
「まあ要するに、キメラをイメージしたもんを食ってやることで、いっちょ勝利に向けて景気つけよう、ってことらしいのね」
 ポスターは大きいのでパンフレットを見せながら、オペレーターは説明する。
「ただ、『人類の勝利に貢献しよう』ってこのあおり文句、まるっきり伊達、ってわけでもないの。‥‥このキャンペーンによる売り上げの一部を、UPC、ULTに寄付する、って申し出があるわけ」
 つまりここでキメラを退治すれば、本当にキメラを退治する人たちの助けになる。という宣伝文句にしたい、ということなのだ。
「まあそういうことなら、こちらも協力することにやぶさかじゃないわけよ」
 この企画。肝心の料理がまだいまいちぱっとしない気がするのだという。
 そこで、実際にいろんなキメラを目にしている傭兵たちからアイディアを募集したい、とのことだった。

●参加者一覧

/ R.R.(ga5135) / サヴィーネ=シュルツ(ga7445) / 佐倉・拓人(ga9970) / 最上 憐 (gb0002) / ルノア・アラバスター(gb5133) / ソウマ(gc0505

●リプレイ本文

「ワタシ、R.R.(ga5135)アルね。炎の中華料理人アル。よろしくアル」
「アル アル アル、さん?」
「アル アル、アル」
「えっと‥‥だから‥‥」
 そんなわけで会場のバイキングレストラン。従業員とR.R.がそんな会話をしているのを横目に、佐倉・拓人(ga9970)は指先でコツ、コツとテーブルを叩きながら頭を悩ませていた。
 時折、流れるような長い黒髪を、無意識に指先でいじる。そんな仕草は外見もあって中性的を通り越してどちらかと言えば女性的だが、拓人は紛れもなく男性であり、また女性化願望もない。そんな彼が想いをはせるのは、キメラ風料理という課題‥‥ではなく別のところにあった。
(もう本当、今回の大規模作戦は重い、重い‥‥)
 様々な問題を孕むグリーンランド戦線。選んだ道によって得られるもの、失われるもの。その天秤。秤に欠けること自体への重さ。色々なものが重しになって、拓人の思考を妨げる。堂々巡りする頭を一度休ませるべく、気分転換にとこの依頼に参加してみたのだが。開始当初、まだ彼は先に待つ大戦のことを頭から振り払いきれずにいた。
(とりあえず‥‥と)
 それでもとにかく何か始めてみよう、と、拓人は用意された食材をざっと見まわして。
 目に付いたミニ蒸しパンを二つ重ね、何かの体に見立てたそれの尻尾の位置にロールケーキ。チョコペンで目と耳と模様を書き。
「キラーロリスブレッド」
 完成と同時に呟いて、ちょんとテーブルに置く。
 簡単でしょ、と続けて呟いた瞬間、それはテーブルの上から消えていた。
 あれ? 落ちた? と視線を下に向ければそこにはもぐもぐと口を動かす少女の姿。
「‥‥ん。美味だけど。キメラっぽくは。無い。ただの。可愛いパン」
 最上 憐(gb0002)である。中々鋭い意見に拓人はう‥‥と呻きを漏らす。
 そのまま憐はまた別のテーブルへ向かうと乗っている食物を次から次へとその口へ、胃へと収めていく。
 現状は店の調理人が一例として並べた料理がほとんどで、いきなりそんなに食べて大丈夫ですか、と、従業員の一人が不安そうに声をかけている。が、問題ないとばかりに憐は凄い速度で食べ続けている。
 その都度、
「‥‥ん。洗練されているのは。良いけど。整いすぎは。無機質で。命の。味がしないかも」
 等、結構厳しい意見を飛ばしていた。手ごわい。拓人は思わず身構える。
「アイヤー、またアナタアルか」
 その横で、憐の食べっぷりを良く知っているのか、R.R.が言った。
 試食すべき料理を皆の分まで食い荒らされないようにと、R.R.はまずリクエストを受け付けて何か作ることにした。
「あ、手伝いますよ」
 調理場に向かうR.R.を拓人は追いかける。
 並んで料理しながら二人はなんとなく雑談に興じていた。手際のいいR.R.にプロの料理人なのか、と問うと、プロと言えばプロだが、店ではなく屋台を引いているのだとの答えが返ってきた。それも、競合地域で兵士や難民を相手にだという。
「ワタシ、別に高級飯店の料理人でなくていいアル。たくさんの人に美味しい物、食べてもらいたいだけアルね」
 何の気なしに言って見せるR.R.に、拓人は感心する。調理場の外から感じる憐の待ち遠しげな視線にも微笑ましさを感じて。そうして手を動かしていると、だんだん調子が上がってくるのを感じた。
 なんとなく、アイディアが浮かびだしているのを感じると、思い出したのは「温泉も貸し出しますよ。難しく考えず、今日は楽しんでください」という支配人の言葉。
(これを作り終わったら、キメラ料理は‥‥アイディアまとめるために先に温泉行くのもいいかな?)
 そんなことを思った。
 ‥‥だんだんと、気持ちが楽になりつつある。



「キメラ風‥‥かつ食えるもの? 意味がわからない、この主催者の意図が読めない‥‥」
「そう、ですよ、ねえ‥‥キメラ自体も、美味しい、ですよ、ね」
「‥‥ノア、それはもっと違う」
 そんな会話するのはサヴィーネ=シュルツ(ga7445)とルノア・アラバスター(gb5133)だ。
(キメラ風ということは、ある程度ゲテモノの雰囲気を出すのか?)
 とは言いつつも、来た以上は一旦真面目に考えるサヴィーネである。
(基本は美味しそうなものを使いつつ、添え物で雰囲気を出すとか‥‥)
 考えながら、とりあえずという感じで肉料理の周囲に野菜を派手に盛り付けていく。あまり深く考えるつもりはないらしい。
「‥‥まぁ、ノアが作ればそれがそのままキメラ風‥‥」
「私が、作れば‥‥?」
 サヴィーネの呟きはきっちりとルノアに拾われていて、じーっと視線と共に抗議が飛んでくる。トラウマを思い出したこともあってサヴィーネは返答をすることが出来なかった。それよりも温泉いつ行く? などと言って誤魔化すことにする。
 温泉、の言葉に、ルノアの表情が輝く。どちらかと言えば二人の主目的はそちらなのだろう。周囲の様子を窺うようにルノアが視線を巡らせると、支配人と目があった。意図を察したのだろう、支配人は、いつでもどうぞ、とにこりと表情で返してくる。
 顔を見合わせて、二人は遠慮なく屋内浴場に向かうことにした。

 広い浴場を、ほぼ二人きりで貸し切り状態。何とも言えない開放感を味わいながら、二人は他愛のない話に花を咲かせる。依頼の話や、最近の出来事など。
 背中を流すよ、とルノアが言って、サヴィーネが少し恥ずかしげにうん、と答える。
 何気なくサヴィーネが腕を動かすのを見て、ルノアが一度手を止めた。
「あの、ね‥‥聞いても、良い‥‥?」
 おずおずとルノアが問いかけた。愛する恋人のことをもっと知りたい、そして受け止めたい、という想いで。だけど、目の前の『それ』について触れること、そのことが、恋人を傷つけるかもしれないという躊躇いも、ある。
「‥‥これのことかい?」
 言ってサヴィーネは確認するように改めて腕を動かした。音もなく滑らかに動くそれはしかし、生身の腕ではなく義肢である。
「まぁ、そうだね。手足もそうだし、脊髄の下半分、内臓のいくつか。けっこうな部分が、私は人ではないんだ」
 それは幼い頃から好むと好まざるとに関わらず戦いに身を投じた証。そのことを、さらりと言ってみせるサヴィーネ。
 ルノアは、ただ「うん‥‥」と、話してくれたことに、怒らなかったことにただ安堵するようにそれだけを答えて、体を流す手を再開する。
「君は、そうであってもきっと、哀れんだりとか気持ち悪がったりしないとわかってるから言えるんだけどね」
 くすっと笑ってサヴィーネは心地よい感触に身をゆだねた。
 ‥‥優しく触れてくる、その一挙動一挙動が、気持ちよくて、嬉しくて。こんなとき、もうどうしようもないくらい依存している自分をサヴィーネは強く意識させられる。きっと、彼女の前では生身も機械も‥‥強さも弱さも美しさも醜さもなく。ただのサヴィーネ=シュルツなのだと。
 だけど‥‥いや、だからなのか。今、愛しい人に丁寧に洗われてる自分の体が、なんだかとても特別なものになれた気も、して。
「ノア」
 湯をかけて泡を濯がれると同時にサヴィーネは振り向くと、そのまま頬にキスをした。信頼と愛情をこめて。
 不意打ちのキスに、ルノアは体を震わせる。しっかりと見つめてくる恋人の瞳に、今日は甘えてもいいのだ、と思ってルノアはサヴィーネに抱きついた。
「サヴィ‥‥」
 囁いて、キスの余韻の残る頬を擦りよせる。‥‥それでは、足りないとばかりに。
「ノ、ノアっ‥‥」
 とたん、サヴィーネの顔から余裕が消える。上擦った声が、広い浴室に反響する。
 どうしよう。今は二人っきりとはいえ、ここは公共の場だ‥‥だが今日の依頼の女性参加者は少ない。あの腹ペコ少女はきっとずっとレストランで食事してることだろう‥‥ぐるぐるとサヴィーネの思考がめぐり。そして、少しだけ、もう少しだけならと体をさらに密着させて‥‥

『うわわわわっ!? す、すみませんっ!! ま、間違えたんですっ!!』

 どこか遠くから、そんな声が響いてきたのはその時だった。
 二人とも、一度顔を上げる。どうやら仕切られた壁の向こう側‥‥男湯の方から聞こえてきたようだ。対応が分からずそのまま固まっていると、やがてバタバタという音とともにガラリと浴室と脱衣所を仕切る硝子戸が開け放たれた。
 新たな乱入者。それはどう見ても少年で。
 サヴィーネとルノア、体を寄せ合う二人の少女と目が合うと、「え? あれ‥‥?」と呆然とつぶやいて目を見開く。
 瞬間、色々な意味での羞恥が二人の中にこみあげてきて。
「なにっ‥‥見てんだこの変態っ!」
「‥‥いい、ところだったのに、邪魔、しましたねっ‥‥」
 そうして二人は、湯桶を手にすると少年に向けて全力でスローした。
 硬直したままの少年はあわれ避けることもままならず連続で湯桶を顔面に受けて、脱衣所に向かって倒れ込む。同時に、半自動のガラス戸が、からからと閉じられた。

 状況を説明しよう。
 サヴィーネの予想した通り、憐はレストランで食べ続け、R.R.はそのため料理を作り続けていた。つまり今男湯に居たのは拓人一人であった。そして、湯けむりの中拓人を見て‥‥気の毒な少年は勘違いしたわけである。
 誰にも悪気はない。なかった。ただメンツが偶然こうだったことによる凶運としか言いようがない。
 哀れな犠牲者、彼の名はソウマ(gc0505)。キョウ運に魅入られし存在である。
 まあそれでも、彼が末期に脳裏に焼き付けた光景は、ラッキーと言えなくもない‥‥かもしれない。



「って、別に死んでませんよ!?」





「まあ、ちょっとしたアクシデントもありましたが‥‥」
 私悪くありませんよね、と、こほんと咳払いしながら、拓人が調理場に戻ってくる。
「さあ、本領発揮と参りましょう! 調理を手伝わせてください!」
 元々料理には自信のある拓人は、今度こそと本格的に作業を開始する。風呂場で、幾つかアイディアも浮かび始めていた。まず作り始めるのはハンバーグ。もちろんただのハンバーグではなく、そこには幾つかの工夫がなされている。
「5パーツ‥‥これは、両腕、両足、胴体でしょうか? ゴーレム、ですかね」
 試食人はいつの間にか復活したソウマである。額にこぶを二つ作った以上の咎めは特にない。どうやら先ほどのアレは当事者間でも「事故」として処理されたようである。
 まあ食べてみてください、と拓人が促すと、ソウマは優雅な動作で ナイフを入れる。すると、中から溢れてくるものがあった。
「これは‥‥チーズですか?」
「『タロスバーグ』です。伝説の青銅巨人タロスは熱く溶けた金属が血のように流れていたと聞きますから」
「なるほど。その流れる血潮をチーズで表現した‥‥というわけですか。ハンバーグとチーズ‥‥オーソドックスですが外さない組み合わせですね」
 満足げに頷きながらゆっくりと味わうソウマ。だがその横で、料理長は難しい顔をしていた。
「‥‥駄目ですか?」
 拓人が問いかける。
「ええ。当店は『バイキング』、ですから‥‥申し訳ないのですが、これは少し、難しいかもしれません」
 常に熱々で提供できるわけではないのだ。そこを考慮しなくてはならない。むう、と拓人が唸る。

「ま、余り奇抜なもの作っても、おいしく食べてもらえないアルね」
 言いながら次に挙手したのはR.R.だ。大きな鉄鍋はあるかと質問し、準備されると、そこに辛味の湯(タン)を用意し、鶏肉などあっさり系の肉を刺した串や長ネギ、スティック状の野菜を煮込んでいく。
「この鉄鍋が甲羅、串は砲台やブレードアルね。そしてこの熱い湯、プロトン砲のエネルギーを現してるアルよ」
 説明しながら、次いでR.R.が調理場から持ってきたのは、大根のブロックを組み合わせて表現された亀の頭。
「タートルワーム鍋『砲台亀火鍋(パオタイグイ・フォグォー)』アルね」
 持ってきた大根の飾り切りを、観客に見せるように掲げると、ハッと気合いの一声。
 とたんに、まるでKVによって叩き斬られたかのように、バラバラとタートルワームの頭が崩れ落ちて鍋に落下していく。
 おぉーと盛り上がる一同。
「こうしたパフォーマンスはいいですね。しかし、我々に作れるでしょうか‥‥」
 不安そうに問いかける調理スタッフに、R.R.が説明する。今の飾り切りは、大根のブロックを水で接合しているだけだという。
「こう切ったブロックの断面を水に浸けて、ここの断面にぴったりくっつければ、頭の出来上がりアルね」
 だから組み立て方さえ覚えてしまえば、切ること自体にそれほど高度な技術はいらない。
 もちろん、そのため精密に亀の頭が表現されるということではなく、粗いポリゴンのような仕上がりにはなってしまうが‥‥
「目で楽しませるのも料理の一つアルけど、たくさんの人に美味しい物をたくさん出せるか、ということアルよ」
 R.R.の言葉に、店の者もしっかりと頷いた。「少し味が濃いですね」との駄目だしは入ったが、アイディアは気に入られたようだ。

 R.R,の評価を見て、負けてられない、さて次は‥‥と拓人が再び調理上に向かうと、続いて誰かが入ってくる気配がした。
「‥‥ん。調理の。様子。見学させて。貰う。決して。摘み食いが。目的では。無い」
 憐だった。その目は明らかに獲物を狙う狩人のそれであり、台詞の後半に全く説得力がない。
「‥‥ん。調理場に。緊迫感が。足りない気が。油断したら。食材が。襲って来るかも。位の。気迫が。欲しいかも」
 拓人含め調理者一同、え‥‥という顔になる。
「‥‥ん。もっと。必死に。なれるように。油断すると。私が。食材を。コッソリ。胃に。収めて行くと言う。サプライズは。どう?」
 やっぱりつまみ食いが目的じゃねえか。そんな視線が憐に集中するが、しかし見た目は可憐な少女、すぐに、はっきりとそれを口に出せる者はいない。
 だがしかし、もうこの場の全員が理解している。この関連な少女の胃袋には魔物が棲むということを。
 ‥‥本気で、油断したら食材全部持っていかれる。全員が同時にその結論に行きつき。
「我々にサプライズ与えても仕方ないですから」
「なるべくいそいで作りますからいい子で待っててください」
 始めは、何名かがやんわりと声をかける。
 返答は――飢えた猛獣の瞳だった。
 かくして。
「‥‥ん。キメラと。戦う。恐怖を。知るのも。今回のテーマに。丁度いい」
 調理場は、その瞬間から。
「く、くそ、ここはもう駄目だっ‥‥皆、ここは俺に任せて先にいけぇえええ!」
「だ、第三防衛ラインまで突破されたぞっ‥‥こ、この化け物めぇえええ!」
「やはり‥‥最後は、希望に託すしかないのか‥‥ふ、あとはお任せしましたよっ‥‥行くぞお前らっ!」
 文字通りの戦場と、化していた。
 そして‥‥対峙する拓人と憐。
「あ。どうでしょうこれ。ケルベロスパスタ。出来ましたからあっちで食べましょうか」
 普通の麺、ホウレン草入りの緑色麺、ニンジン入りの赤色麺。3つ首に見えるよう盛り付けて、3種類の麺を束ねる胴体部分はイカスミソース。地獄の門を守る三つ首漆黒の番犬をイメージしたパスタの大皿を差し出すと。
「‥‥ん。そろそろ。食材そのまま食べるのも。飽きたところ。向こうで。じっくり。食べる」
 あっさりと憐が答えて、調理場から出ていったのだった。
 ‥‥なんだったんだ、この騒ぎ。

 そんな騒ぎが収まったころに、またふらふらと調理場へ向かう傭兵が一人。
 打ちひしがれた調理人たちの屍を乗り越えて、ソウマは手近な、残った食材のかけらやら調味料やらを手にとって猛烈な勢いで調理を開始した。
 色々なものを食べているうちに、自身にもインスピレーションがわいてきたらしい。ただしそれが一体何なのか、本人にもよく分かっていないっぽいが。ただひたすら、取りつかれたように手を動かしている。そして。
 出来上がったものは、何とも言えないリョウリだった。
 料理、とは表記できまい。
 固形なのか液体なのか分からない、でろんぽよんとした外観に、不気味さを漂わせる色合い。
 湯気がしゅうしゅうと立ち上りときどきうめき声のようにも聞こえる気がする。
「はっ」
 そこでソウマは正気に返った。
「なんてものを生み出してしまったんでしょう。自分の才能が恐ろしくなります」
 まあ確かに恐ろしい。出来上がったものは恐ろしいとしか言いようがない。
 それでも、食べ物と言われれば恐れを知らないのか、憐がそこにナイフを突き立てると、内部の気泡が「ゲ、ゲ、ゲ、ゲ、ゲ」と怪しい音をたてながら弾けて、周囲の人間がさらに引いた。でろりと流れ出た何かを、憐はスプーンで一掬い。
「‥‥ん。これは」
 そこで憐の動きが一度止まる。大丈夫か、さすがに体壊すんじゃ‥‥と心配そうに見守っていると。
「‥‥美味しい」
 続く言葉に一同ええ? と訝しげな視線を向ける。
 作った責任もあるのだろう、ソウマが続いて一口試食。
「‥‥うん、とっても美味しいですよ」
 そう言うと、皆恐る恐る、スプーンの先にちょっとだけ乗せて舐めてみて。
 本当だ。美味しい。美味しいのは確かだがさすがにこの外見はどうか。議論が巻き起こり。
「とりあえず、材料と調理法はどんな感じなのです?」
 料理長が尋ねた。
「‥‥‥‥‥‥おや?」
 しばらくの沈黙の後。
 ソウマは、澄ました顔で肩をすくめる。
「‥‥。一流の料理人でしょう。ここは、まずはご自分の舌で分析してみては」
 クールにそう言い放つ、と。
「‥‥もしかして、覚えてないんですか?」
 ジト目で料理長が聞き返した。
 誤魔化し切れなかった、という表情がソウマに浮かぶのを支配人が見逃さず、結果、幸か不幸かこの料理は不採用、幻となったのであった。

 結果、大騒ぎをしながらも、R.R.のタートルワーム鍋と、拓人が最後に作ったドラゴンロール(エビのすり身をロールかキャベツ状にして数珠つなぎ、ベーコンを撒いて筒状にし、エビの頭で飾り龍を模したもの)がこの日採用されることとなった。
 かくして数日後。タートルワームと龍が中央に鎮座するバイキングフェア、意外と話題を呼んで好評となったようである。

 笑顔で温泉に行きかう人々の姿。
 たまにはこんな闘いも、ありじゃないですか?
 気分を変えて、一息ついて。
 傭兵たちは、次はどこへ向かうだろう。