タイトル:【CB】一滴の悪意マスター:凪池 シリル

シナリオ形態: イベント
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/23 22:17

●オープニング本文


「‥‥準備は整いました。そろそろ私は動きます――が、そのためには、もう少しUPC軍の手と目を別の場所に割かせておきたいですね」
 男の言葉に、従う影は恭しく頭を下げている。
「すぐに動かせるキメラは南昌市や他の場所での陽動に回したばかりです。あまり手駒は多くない‥‥が、貴方なら、出来ますか? スワロウテイル」
「‥‥御意にございます。‥‥ええ、キメラなどほんのわずかで結構でございます。この地の、この状況ならば、そう――」
 応えると、影はそのまま闇へと消えた。



「事業が、再開されていないようなのですが‥‥何か問題が残っているのでしょうか」
 資料を手に、孫少尉は問いかける。
 各地の復興や問題対応への為の環境を整えるには交通網の整備は重要な意味を持つ。そのうちの一つ、とある道路整備事業を行う付近で、先日、小規模なキメラの襲撃があった。当然、一時中断となったわけだが、孫小隊がそれに対処し、工事は再開された‥‥はずだ。
 だが。念を入れてその後の状況を調査させたところ‥‥事件解決後も、事業がほとんど進んでいないことが判明した。
「‥‥で、わざわざもう一度おいでなさったわけですか。忙しいでしょうにご苦労な事です」
 対応する役人の言葉は皮肉げで、歓迎されていないのがありありと伝わってきた。
「心配なさらずとも、あなたがたにキメラの討ち漏らしがあったわけではありませんよ。原因は‥‥恥ずかしながら、工夫どものボイコットでして」
 もともと、この事業は当初よりも完了予定日が延長されることになっていた。北京解放を受け、人手と資材がそちらに大幅に割かれることになったからだ。そうなれば、一日当たりに出来る仕事は少なくなり。
 仕事が減れば当然賃金も減る。そうして、もともと不満があったところに、先日のキメラ襲撃によって不安と不信が爆発したのだと。
「まあ、ひっぱたいて仕事させますんで。すぐに問題なくなりますよ。そういうわけですから、余計なことはなさらずに結構。そちらにはそちらのやるべきことがあるでしょ」
 面倒臭そうに、追い払うように言って役人はそれきり口を閉ざした。
 それ以降会話の糸口をつかめずに、結局、しばらくしたらそのまま孫少尉はその場を後にすることになる。



 工夫たちに話を聞きに行くと、そちらでも反応は冷ややかだった。少尉の姿に不審の目を、あるいはもっと露骨に敵意の視線を向ける者もいた。
「‥‥俺たちがこんなことしたって仕方ない、って、俺は思うんですけど‥‥」
 その中でも、なんとか話をしてくれる青年を見つけると、孫少尉は詳しい状況を尋ねる。
 実際に工夫たちに割り振られた作業工程を確認して‥‥
「これほどまで、ですか‥‥」
 呟くと同時に、目の前の青年の表情が重くなるのが見えた。
 北京解放戦の開始から、少しずつ減っている作業量――すなわち供給される資材の量――が、丁度、キメラ襲撃を受ける少し前に大きく減っている。何かしら悪意の連携を感じるほど間が悪かった。
 腕組みし、どうしたらいいものか考える。
「‥‥何してるんだ!?」
 鋭い声が、青年に向けて発せられたのはその時だった。
「お前‥‥何のつもりだ! 裏切るのか!? 自分だけ軍人に取り入って――俺たちを売るつもりか!」
 ひきつった声で叫んで、表れた工夫が青年に掴みかかろうとする。慌てて孫少尉が間に入ってそれを制すると、工夫はぎろりとした目を孫少尉へと向けた。
「軍人が‥‥今さら何しに来た‥‥役人に言われて、俺らを無理やり働かすために脅しに来たのか! やってみろよ! どうせテメエら何かそれくらいの役にしかたたねえんだ! ならキメラに殺されんのもテメエらに殺されんのも一緒だろうが!」
 剣幕に、思わず後ずさった。その様子に、工夫は暗い笑みを浮かべてさらに詰めよってくる。
 追いつめられた様子で、それでもニタリと笑ってさあ殺してみろ、という工夫の、あまりにも冷たく、昏い瞳の輝きに‥‥異様さを感じずには、いられなかった。
 ――そしてそれは、どこかで感じたことのある冷たさだ、とも。



「この件、調査してみていただけないでしょうか。なんだか‥‥何か色々と、妙なものを感じるんです」
 ラストホープへと連絡が入ったのは、それからすぐのことだ。
「正直なところ、裏があるのか、自信はありません。‥‥そうであってほしい、という私の願望にすぎないのかもしれない」
 分かりやすく悪い奴がいて、そいつを倒せばめでたしめでたし、と出来るのならばその方が楽な話だろう。だが、本当にそれだけでいいのか。
「物資や人手の不足、それによる人心の不安は紛れもない事実です。本当にすべきは、敵を見つけてそこから目を逸らさせることではない。ですが――思い過ごしかもしれない、でもそれにかこつけて貴方がたに相談したかった、というのが本音かもしれません」
 そう言って孫少尉は、苦笑気味にだが、微かに笑った。この問題の本質は、この国が今抱えている課題だ。だから。
「いつまでも貴方がたを頼っていいわけではないでしょうが‥‥もう少しだけ、お知恵を拝借できないでしょうか。‥‥例えばあなた方ならこの事態、どう対処しますか」



 ――垂らされた悪意は、ほんのひとしずく。
「ですが‥‥薄く脆弱な紙に対してであれば、存外広がるものでございましょう?」
 闇の中で、影が嗤う。

●参加者一覧

/ 黒川丈一朗(ga0776) / 夏 炎西(ga4178) / UNKNOWN(ga4276) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / 秋月 祐介(ga6378) / 錦織・長郎(ga8268) / 流叶・デュノフガリオ(gb6275) / 杠葉 凛生(gb6638) / ソウマ(gc0505) / ヘイル(gc4085) / 那月 ケイ(gc4469) / 宗助(gc5981

●リプレイ本文

「――さて」
 始まりは、静かな声によって告げられた。
「大陸の動静がやっとこちらに傾いたとはいえ、隙を見せれば引っくり返されかねない、依然として緊張を漂わせる情勢の一角にて工夫のストライキ騒ぎかね」
 話を切り出した一人が口に乗せるのは、まずは俯瞰した視点からの全体像。
「ただ孫君がこの裏に不穏な影を感じてるが故に僕らに調査が廻ってきた訳なのだが」
 続いて述べられるのは此処に集うものたちの目的。
 ぐるりと目線を向けられ、集まった者たちは、それぞれの成果を噛みしめるように神妙な顔で出番を待っていた。
 孫少尉から依頼を受けて、数日。
 互いに連絡を取り合いながら、それぞれにこの事件について調査をしていた傭兵たちは、一度情報を整理しようと町の一角にて顔を合わせていた。

「じゃあまずは‥‥俺の話からだろうか」
 集めた情報の点を線としてつなげるべく、一人が話し始める。


●黒川丈一朗(ga0776)の取材

 丈一郎は、工夫たちが拠点とし、現在半ば立てこもりをしている仮設事務所に直接向かっていた。
「‥‥失礼。ちょっと取材をさせてほしいんだ。俺は‥‥」
 工夫たちから話を聞くために、フリーライターを名乗り接触を試みる。
 迷惑そうな顔をする工夫に、丈一郎は真摯に話しかける。状況はある程度調べている、決して面白半分ではない、君たちの窮状を伝え、正当性を証明したいんだ、と。
 身分こそは偽りだったがその想いは事実、丈一郎の本心だった。
(目の前で仲間を失った工夫のやるせなさ、人を助けられなかった孫少尉の心中を思えばこのいがみ合い、なんとかしたい)
 奥の方からはぴりぴりと刺すような気配が伝わってくる。やり取りに皆聞き耳を立てているのだろう。囁き合う声が聞こえ始め、丈一郎はそちらに耳をすませる。
『‥‥取材、だって? どうするよ』
『馬鹿! 今そんなもの受けられるわけないだろう!』
『でも、ちゃんと町の人たちに俺たちのことを分かってもらえば――』
『お前は黙ってろ! 何にも分かってないくせに!』
 極力声を抑えようとはしているのだろう。だが興奮によって、ひそめたはずの声が時折はっきり聞こえてくる。
(――ふむ。何かを「知っている」ものと「知らない」ものがいるようだな)
 分析すると、丈一郎は奥へと視線を向ける。殺気立って固まっているものたちと、少し離れた位置で戸惑っているものが数名。
「――出ていけ! 取材なんて結構だ! 余計なことするな!」
 暫く立っていると、奥から別の工夫が腕を振り回しながら出てきた。無理矢理追い立てるように丈一郎を押しのける。
 結果として工夫への直接の取材はかなわなかった。
 だが確認できたことは――ある。
 彼らには、取材を「受けたくない」理由があるのだと。

「ガードが固くてな。工夫たちに正面から斬り込むのは、それ以上は難しかった」
 だから彼らへの聞き取りとしては目立った成果はそれくらいだと、丈一郎が結ぶ。

「――工夫たちが、ただならぬ状況にあるのは、間違いないですよ」
 後を継ぐように、口を開いたものがいた。
「もっとも、僕がそれを知り得たのは、まさに『キョウ運』の導きと言える出会いによるものでしたけどね」


●ソウマ(gc0505)の邂逅

 ソウマは、今の状況について町の人たちの反応を聞いて回っていた。
 工夫たちについて、町の人はどう思うのかと。
 感触としては、同情するものと困惑するものが半々。どうやら町の人に対して何らかの工作が入っているということはないようだ。
 そんな話を聞きながら町を歩いていると、公園の一隅に数人の子供たちが集まっているのを見かけた。そのうちの一人が、やけに肩を落としている。気になって、耳をそばだてる。
「‥‥うん。だから‥‥もうすぐね、皆とお別れかもしれないの」
「え! そんなのやだよ! なんとかならないの!?」
「うん‥‥私もお父さんに言ったんだけど‥‥なんだか怖くて‥‥何にも言えなくて‥‥」
 ぐすぐすと少女の一人が涙ぐんでいる。
「お父さん‥‥なんだか怖かった‥‥」
 どうも、ただ別れを惜しんでいるだけの様子には見えなくて、ソウマは近づいて行った。
「‥‥お兄ちゃん、誰?」
「はじめまして。僕の名前はソウマといいます。――傭兵です」
 話を聞くためにまず名乗る、と子供たちは首をかしげる。だが。
「知ってる! お金払えば困ってること解決してくれる人だ!」
 一人が上げた声にソウマは苦笑した。微妙に間違っている‥‥わけ、でもないのか? 最近LHに並ぶ依頼を考えると否定もしきれない。
 曖昧な笑みを浮かべていると、子供の一人がごそごそとポケットを探る。小銭やら何やら、中身を掌に載せて全てを差し出し、ソウマに言った。
「お願いします! お友達が遠くに行かないようにしてください!」
 一人がそうするのを見て、他の子も同じようにポケットを探り出す。
「お願いします! お友達が泣かないようにしてください!」
 差し出される掌たちを前に、ソウマは肩をすくめた。余計な事をしている時間はないが、しかしこれはもしかして‥‥。
「‥‥やれやれ。傭兵への依頼料は安くないんですよ?」
 言ってソウマは最初に手を出した子供の手の平に指を伸ばし‥‥そこに乗せられていた飴玉を一つ手に取り、口に放り込む。
「それじゃあ改めて。詳しい話を聞かせてもらえるかな。友達からの依頼としてね」

「――こうして僕は、彼女からすんなり話を聞くことが出来たわけです」
 そうして詳しい話を確認すると、予想通りその子は問題の、工夫の娘だった。
 もちろん、子供だから詳しい話が聞けたわけではない。だが明らかに普段と違う様子と。
「お母さんが『遠くに行くと言っても、お金はどうするの。そんな余裕もないでしょう』と言うと『大丈夫、仲間となんとかする』と、思いつめた顔で言っていたと」
 この状況で、どう「なんとかする」つもりなのか。ボイコットで、すぐに金は出てこない。
 思いつめた様子といい、何かもっと、大それたことを準備中なのではないかと。

「‥‥その、『大それたこと』、第三者からの入れ知恵の可能性があるがね」
 ソウマの言葉を受けたのは、この会議の始まりを告げた声。
「ふむ。今度は僕が見たものの話になるかな」


●錦織・長郎(ga8268)の追跡

 彼がやるべきこととして定めたのは、人夫が半ば立て篭もっているであろう宿舎周辺の巡回だった。
 まずは内部より不穏な気配が発生しないか。宿舎内部からの死角を伝い外周を周回し、立ち止る必要があればエミタの力も借りて陰に潜む。会話に注意し、中での動向を探る。
 動きは、調査を始めた日、すぐにあった。
 深夜、数名の工夫が、辺りを気にするようにして宿舎から抜け出してくる。
 気取られぬよう尾行を開始すると、工夫たちは町はずれの方に流れていき、周囲を確認してからそこで立ち止まる。
「‥‥おい、いるか」
 やがていずこかへと向けて工夫はひそめた声で話しだす。
「軍が来るってどういうことだ‥‥大丈夫なのか」
 やがて表れた人影と、工夫たちは何やら相談を始めていた。
「心配ない‥‥あれは正式にここに駐留している人間ではないそうだ。そう長くはいられない」
「そう、長くったって!」
「単なる事後調査のようだ。動きがばれたわけじゃない。焦ってこれ以上下手なことを口走らないことだ」
 ぐっと工夫が押し黙る。
(ふむ‥‥軍の動きを、把握している? 扇動者のはったりの可能性もあるがね)
 短い会話の中でも、探れる範囲で情報を拾い集める。例えば、現れた人影の所作なども。
 あまり大した使い手には見えない。捕えて話を聞くことは多分可能‥‥だが。
 大した相手ではなさそうだからこそ、ただの連絡係の下っ端である場合、捕えたところで大した情報は入らない。こちらの動きを教えるだけだ。
 そうでない場合、油断を誘う芝居である可能性もある。

「さすがに一人ではね。調査を開始したばかりのことであったし、この時はここまでとさせてもらったが」
 工夫と、現れた人影が去ったのち、何か残されていないか、やはりスキルの力を借りてまで探してみたが、めぼしいものは無かったという。

「‥‥まあしかし、これだけ状況がそろえば、思い切って動くには十分でしたけど、ね」
 ここでまた、話し手が移動する。


●秋月 祐介(ga6378)の尋問

 情報を受け取った祐介は、機会を見て『何か知っていそうな工夫』への接触を試みる。
 家族がいれば事業所にこもり続けるわけにもいかないのだろう。日も沈んだころ、コートの襟を立て人目をはばかるように歩く一人に近寄り声をかける。
「やあ、景気はどうだい」
 気さくに話しかけてきた祐介に、工夫はぎろりと睨みかえす。
「‥‥いいように見えるのか」
「‥‥だろうな。噂は聞いてる」
 肩をすくめて言った祐介に、ピクリと工夫が反応する。
「何がそんなに不満なんだ? プレハブにこもっているだけじゃ息も詰まるだろう。愚痴なら聞くぞ?」
「‥‥余計な世話だ」
「だがこのままじゃ事態が好転する可能性は低いだろう。どうするんだ?」
「‥‥‥‥‥‥煩い‥‥分かってる。もう黙れ! 俺はあんたと話す気はない! 必要もないんだ!」
「――つまり、ただのボイコットではなく、他に何か準備中なわけか」
 突如トーンを下げた祐介の声に、工夫ははっとなって慌てて振り向く。半ばはったりだったわけだが、もちろんそんなことはおくびにも出さない。振り向いた工夫の襟首をつかみ、告げる。
「で、何人が知っている?」
 口調はもはや問いかけではなかった。
「自分がここに居る意味を考えるんだな。既に嗅ぎ回っている連中も他にいる。――ならば、ここで自分を抱き込むか、全て吐いておりるか」
 どうする? 追いつめる祐介の視線に工夫の顔が蒼白になる。震えながらしかしその目は祐介に屈する様子はなかった。
「降りる‥‥? ありえない。こうするしかない‥‥もう時間がないんだ! 早くしないと‥‥! いいだろう!? 悪いのは全て役人どもだ! 俺は‥‥俺たちは!」
 恐慌を起こし工夫はわめきはじめる。
「分かった。落ち着け‥‥言ったろう? 降りないなら、自分を抱きこむか、だ。場合によっては協力する。だから‥‥初めから落ち着いて話せ。何があった?」
 押した後は、引く。絶妙な駆け引きで、祐介は工夫から話を引き出していく。

 混乱のまま、それでも少しずつ聞きだした話をまとめると、次のような話が浮かび上がった。


●ある工夫の悪夢

 必死で走る。
 追ってくるのは人型のキメラだった。そのせいか、速度は自分とそれほど変わらない。だが向こうは疲れを知らないのか、時間と共に差は徐々に縮まっていく。
 見るのが怖くて、その間すら惜しくて、以降振り向かずに走り続け‥‥そして、背後に気配を感じる。
 振り向かずとも存在を感じるほどにキメラが迫ってきたのだと理解して、とうとう膝が崩れ落ちる。
 目を閉じて――最後の瞬間が、いつまでも訪れないのを感じて、恐る恐る目を開く。
「大丈夫でございますか?」
 次の瞬間見たのは、倒れるキメラ、そして返り血すら浴びずにそこに立つ執事姿だった。
「あ、あんたは‥‥」
「ご心配なさらずとも。わたくしは、貴方様の味方でございます」
 大変な目に遭われましたね、と、執事姿は優しく語りかけてくる。
 始めは、助かった、と告げた。次に、恐ろしかった、と。疲労と安堵がごちゃごちゃになって、ひたすら言葉があふれてくる。執事姿は穏やかに話を聞き続けた。やがて、どうしてこんな目に遭うんだ、もう散々だ、と口にすると、散々とは? と問い返され‥‥そうしていつしか、今抱く不平不満を全てぶちまけていた。
「成程‥‥実に酷いお話でございますねえ」
 ならば貴方がたには、復讐する権利がありましょう。さらりと執事姿は言った。
 ぎょっと目を開く。どういうことだ、と。
 執事姿は言った。役場が金を出してくれないのであれば、取りに行けばいい。本来貴方たちのものになるはずだった金だ、咎められる理由はない、と。
「――得た金をもとに遠くへ逃げ延びればいいのです。しつこく追及される心配などありませんよ。この国の役人と軍のやる気の無さは、よくご存じでございましょう? 事実。当座の金さえあれば、こんな町でていってよそで仕事を探したかった。違いましょうか?」
 ‥‥執事姿の言葉にじりじりと後ずさりながら、しかし目をそむけることが出来なかった。
「迷う気持ちはよくわかりますとも。ですが‥‥わたくしには、あまり迷う時間はないように思えるのでございますよ」
 続く発言に、どういうことだと視線で問い返す。執事姿は足元の視線を落とした
「‥‥このキメラ。どのように作られたのでしょう、ねえ?」
「――?」
「貴方は、たまたまわたくしめが助けることが出来ましたが。皆様を助けられたわけではございません。もしかしたら逃げ延びることの叶わなかった不幸な方がいらっしゃるのかもしれませんが――どうなりますでしょう、ねえ」
 ぞわ、と、背筋に悪寒が走った。
「――いやなものを見る羽目になるかもしれません、よ? 此処に留まり続けるならば」

「冗談じゃない。もうたくさんだ! あんな目に遭うのも――ましてやかつての仲間に襲われるのなんか!」
 語った工夫の目は、今なお完全に恐怖と憎悪に支配され血走っている。
「‥‥あの男に言われたんだ‥‥こんな話、急に周りに話せば大騒ぎになって、役人も警戒してしまうだろうって‥‥キメラはしばらく自分が警戒しておくから、ひとまずは仲間を増やして準備をしろって‥‥」
 それでボイコットと言う形をとり、役人について調べ仲間と話せる機会を増やした。あの男に言われたとおりに話を進めると、同意するものも増えてきた。根がまっすぐすぎる者には、ただこちらの主張を通すためのボイコットだといって誤魔化していたが。


「まあ、聞き出せたのはこんなところです。ひとまず話は分かったといってその場はなだめましたが、あれは中々、完全に落ちつけて納得させるのは難しそうですね」
 祐介が語り終えると、一同の間に一度、重い沈黙が流れた。
 工夫が味わった、味わい続けた恐怖に想いをはせたのだろう。

「『よくある停滞』『よくある襲撃』なのかもと思っていましたが‥‥そんな事が‥‥」
 次に発せられた声は、怒りに震えたものだった。扇動者に心当たりもあるようだ。
 だが。
「‥‥いえ。すみません。今は情報の整理ですね。‥‥工夫側の話は、以上でしょうか? では‥‥次は私から」
 次の人物は、気持ちを落ち着けるために一つ深呼吸をしてから話し始めた。


●夏 炎西(ga4178)の調査

「私が調べたのは、キメラ襲撃前に資材が大きく減った理由についてです」
 炎西は、このタイミングの良さ、それから、普段この近辺では見かけない種類のキメラが現れたという事実から、まるで何かの悪意が動いているような予感を感じていた。
 それならば、資材の減少にも何か理由があるのではないかと。
 ‥‥まずは、周辺の町や工事現場で同じようにキメラに襲われた、あるいは現れた場所はないかと調べてもらった。その時、キメラを率いる存在はいなかったか、普通よりキメラの統率がとれているということはなかったか、なども。
 この町の工夫たちにも、昼食時に接触を試みて話を聞いた。キメラが出た時、強化人間がいなかったかと。
「辛い事を思い出させて‥‥すみません」
 丁寧に詫び、食事を奢るといって聞きだした話だが、結果としてはよく分からないというものだった。逃げるのに必死だったと。話を聞けたのは、比較的傷の浅い、うまく逃げられたものたちだったのだろう。口ごもる様子もなく嘘をつく風でもなかった。軍からの、周辺で最近キメラの襲撃はなかった、との報告も合わせて、ひとまず資材の減少はキメラの襲撃が原因によるものではない、と結論する。
 続いて炎西が行ったのは、流通の大本から資材の流れを調べることだった。運送会社や倉庫の記録を、可能な範囲で追っていき、どこかで減らされていないかを追っていく。
 すると‥‥。
「不自然な流れが、あったんです」
 ここへ向かう資材の一部が、途中で分断され、別の場所へと流されていたのだという。

「単に、ルートの都合なのかも‥‥とも思ったのですが」
 そこまで言って炎西は、ちらりといずこかへ視線を向ける。

「ああ。俺の話と合わせると、不自然さはますます浮き彫りになってくる」
 視線を受けた人間が、頷いて話し始める。


●ヘイル(gc4085)の懸念

「俺が調べていたのは、炎西と近いところだが。ルートではなくて、ここの現場以外の、周辺地区での資材の量だな」
 余裕があったり、偏りがあったりすれば融通か調整をお願いできないか。そうした意図で調べたことだったが。
「なんだ‥‥これは」
 周辺地域でも、北京解放と同時に資材の不足は出ていた。だがそれにしても、ここだけ減り方が大きい。何かあるかもしれない、と思うには十分な違和感だった。
 供給元とも連絡を取ってみたが、そこの話では、この町に送る資材はその他の町と同じくらいの量で計画されていたという。
 いよいよもって怪しい話になる。始めは工事担当者と担当役人の元に参考資料として送付しようと思っていたが、こうなってくると迂闊にそんなことはできない。
(しかし‥‥下手をすると軍部と文官の対立になりかねないな‥‥問題の根も深そうだし、厄介な‥‥)
 今回、この場所は何か裏がありそうだが、調べてみて分かるのはやはり各地域でも資源が不足している事実だ。
 首を振って思い気分を振り払ってから、ヘイルは孫少尉に頼んで彼らの小隊がいる基地へと連絡を取ってもらった。
「除隊員か? 情報が欲しい。この地域での政治的情勢と、経済界の動きだ、調べてみてくれ」
『にゅ、にゅいっ‥‥? せ、政治ですか‥‥』
 ヘイルの要望に、連絡を受けた徐隊員は口ごもる。
『にゅ‥‥調べては、みますけど‥‥変わった動きが、分かるかどうか‥‥にゅい‥‥その、そういった話は‥‥この国ではその、たくさんあるです、から‥‥』
 恥ずかしげに言う徐隊員にヘイルの口から思わず深い息が洩れる。
『にゅい、あの‥‥多分隊長さんも‥‥政治に手を入れるとか‥‥資材の不足や偏り、その根本的なとこからとか、そこまで皆さんに期待したり、自分がやろうとは、思ってないです‥‥』
「‥‥ぬ?」
『ただ、それでも‥‥目の前の人に、自分のやれることはもっとないのか‥‥それから、疲弊している人に元気を出してもらえないかとか‥‥考えてほしい、教えてほしいのは、そういうことだと、思うです』
 言われてヘイルは沈黙した。
『にゅ、にゅいいいぃいい。すすすすみませんわたしなんかがなんか偉そうなこと言ってあああああの』
「ああ、いや。すまない‥‥怒って黙ったわけじゃない。その通りだな。難しく考えすぎたようだ、有難う」
 声を穏やかにして言うと、安堵の気配が伝わってきた。


「まあ、俺のところはそんな感じだが‥‥しかし、資材の流れについても怪しい所があるのは間違いなさそうだな」
 となると、この町でそのことがどのように処理されたか、なんだが。そう、ヘイルが疑問を口にすると。

「‥‥役人に、不審な点がある」
 別の場所から声が上がった。


●宗助(gc5981)の監視

 彼が行ったのは、役人の監視だ。まずは遠くから双眼鏡等を用いて一日を監視し、あるいは噂を集めるなどして、その人となりなどを探ってみることにする。
 仕事について意欲的であるか?
 金周りや使い方についてはどうだ?
 見ていて浮かび上がるのは、典型的な小物像だ。仕事ぶりは適当で、面倒なだけの陳情は大体黙殺。たまに話を聞くかと思えば小金をせびっている様子が見られたりと評判は非常によろしくない。
(懐柔するのは‥‥簡単そうだな‥‥)
 やれやれと溜息をつく。だが勿論、それだけでは不正の証拠にはならない。
 続いて調べてみるのは、物資の受領、申請がどのように行われているか。
 物資の流れの中には、この役人の了承も必要とされている。だが炎西の調査によれば、この町に入る前に物資はすでに別ルートに乗せられている。つまり、減少した状態で役人は了承し、それから現場に入ったわけだ。そのことに対し、不服を挟んだ様子もない。
 町での聞き込みによれば、ちょうどそのころ、派手な金の使い方もあったと散見されている。
「‥‥やれやれ、キナ臭くなってきたな」
 親バグア派かどうかも調べてみたが、どうも、少なくとも過去にそういった様子はなかったようだ。
 ‥‥だがまあ、この調子では。要するに、金にさえなればどちらにでもつく、そういう人間なのだろう。
 結論して、宗助は暫く監視を続けることにした。

「ただ、その後に怪しい人物が接触するということは、結局見られなかった‥‥もう、この件に関して交渉は終わってしまっているのかもしれない‥‥」
 そうすると、外側から調べられそうなのはこれくらいなんだが。そう言って、宗助は主に連絡を取り合っていた、役人について調べていたもう一人に話を向ける。

「あーいやー。それが。俺の方はあんまりうまくいかなくて、その」
 その一人は、困ったように頭を掻きながら応えた。


●那月 ケイ(gc4469)の接触

「すいません、ちょっと資料の調査をさせてほしいんですけど」
 ケイは、軽い調子でそう言って役人に接触を図ろうとした。当然だが、訝しげな視線を返される。
 軍の手伝いを、仕方なくさせられている、と、油断を誘うためにやる気なさそうに言うと、しかし相手の反応はますます警戒を強くしたものになった。
「な、何か問題があったんですか? 何を調べるって言うんです」
「いや別に。問題っていうか、ただの資料の確認? あのほら、例の少尉さんに頼まれて」
 どうも、見通しが甘かったようだ。ちゃんとした理由も用意せず資料を調べたいというのは無理があった。それでも孫少尉に話を通してもらえば何とかならないかと、とりあえずその存在をアピールすると、相手の様子がまた変わった。
「‥‥一体、今更何を知りたいのか‥‥いやその前に何があったのか教えてもらえませんかね? 何か問題が起きたのなら、そちらだけで何とかしてほしいんですが‥‥私はちゃんと、言われたとおりにやった」
「いやあの。例のキメラの襲撃で。もう少し詳しく調べたいんですよ」
 そう言うと、役人がきょとん、とした顔になる。「キメラ‥‥? 少尉‥‥」ぽそりと呟いて何か考え込むような様子を見せると、やがて顔に不快がにじんでくる。
「その件なら、もう必要な資料は以前渡した通りです。いいじゃないですか、もう」
 そうして、その時から対応があからさまにぞんざいになった。
「え」
 何か気にするような態度から一転、追い払うような様になって、ケイは困惑する。
 それっきり、交渉の余地は見つからなかった。

「やー、陽星さんに話通してもらえないか、ってお願いもしたんですけど、やっぱり決定的な証拠もなしに軍が役人のところに無理矢理斬り込むのは、って言われちゃいまして」
 視線を気まずそうに彷徨わせながらケイは話し終えて。
「そんなわけで、調べられませんでしたっ! すんません!」
 俯いて両手を顔を前で合わせて、そう締めくくった。

「でもそのアプローチ‥‥もしかして、面白い結果をもたらしたかもしれないよ?」
 ケイの様子に、どこか面白そうな様子でそんな言葉をかけるものがいる。


●流叶・デュノフガリオ(gb6275)の観察

「那月さんと役人の話は、私も聞いていたんだ。‥‥ボディーガードとして雇われて、傍に居たからね」
 襲撃があった直後なら、護衛を雇う依頼も出ているのではないか。傭兵として接触するならそれが一番自然だろうと流叶は依頼を探し、そうして目論見通り潜入に成功していた。
 だが、宗助も見ていた通り、資材の横流しについては、あったとしても交渉はもう終えているようだ。数日傍で見ていたが、改めて不審な人物が接触を図るということはなかった。
「しかし、那月さんとの会話、横で見ているとどうにも違和感があってね」
 なんだか、根本的に話がずれている気がするし、その後の役人の様子も落ち着きがなかったという。
「今、改めて話を聞きなおすと‥‥それから、資材の不自然な減少を役人が把握しているという前提で聞いてみると、気になるところがあったよ、今の話」
 全員が、流叶に注目する。
「ちゃんと『言われたとおりに』にやった、と、そう言ったんだね? それはつまり、『何か』を『誰かの指示で』やったということじゃないかな」
 ‥‥あ、と、ケイが声を漏らす。
「そして、私が見ていて、役人の態度があからさまに警戒を見せたのは、那月さんが『軍』、『少尉』という言葉を口にした時だ」
 ‥‥‥‥。
 一同に一度、考え込むための沈黙が下りた。
「つまり、こういうことですか。二人の会話がずれていた理由‥‥というか、ずれていた場所ですが」
 口を開いたのは祐介だ。
「那月さんの、『例の少尉さん』と言うのを、一体どの少尉のことだと思ったのか、と」
 再び、沈黙。
 ‥‥その推察が正しいなら。
 気遣うような視線が、部屋の一か所へと集められる。
「‥‥可能性は‥‥否定できません‥‥」
 思いつめた声が、視線の先から帰ってきた。
「‥‥インフラ整備の為の物資の輸送なら‥‥軍の護衛がつく‥‥輸送先を勝手に変更するなら、その指示も通す必要があります‥‥軍内に、横流しに加担‥‥いや、主導したものがいる可能性は、あります」
 孫少尉が、答えた。


「ふむ。しかしそうすると、もう一つ考えなければなりませんね」
 重い沈黙を祓うように、祐介が口を開いた。
「役人と軍による資材の横領。バグアによる工夫の扇動。これが同時に起きている件について、だ」
 言われて一同は再びああ、と言う顔になる。これは偶然なのか、繋がっているのか。あるいは、バグアが状況を利用したのか。
「役人は、キメラのこととは無関係のようだけどね。でなければ私を雇わないだろう」
「それに、横領やった上でボイコットなんかさせたら、注目されてすぐばれちゃうんじゃ?」
「ボイコットと言うよりは、最終的には暴動‥‥あるいは、強盗をさせるつもりだったようですが‥‥」
「別口だとして、工夫に強盗をさせるだけが目的? バグアにしては、やり方が回りくどすぎる気もするな」
「じゃあ、繋がっていたら、そこまで成功していたらどうなっていたかを考えてみましょうか」
「役人は死亡、工夫たちは良くて逮捕‥‥か」
「‥‥そうなると、『この町に来るはずの資材が一度減少した』という事実を知る人間が、この町から消えることになります‥‥!」
 そう考えれば、一応繋がることには、なる。あくまで、そうだとすれば、だが。
 そうして、あとに残るのは。
「‥‥軍と‥‥バグアと言うことですか?」
 重い空気が、さらに重たくなる。
 事態は思ってもみない様相を見せ始めていた。
「それから‥‥この状況においてなお、扇動者は姿を現さないのが気にかかるね」
 そこで長郎が言う。
「元々、上手くいけばいい、くらいのどうでもいい話なのか‥‥あるいは。ここまでこちらがつきとめることすら、計算の上ということも有り得るね」
 闇はどこまで深まるのか。
 炎西が見つけた資材の流れ。向かう先は上海。‥‥そこに、何があるのだろう。

「まあ‥‥まだ推察だ。ここから、軍のことは軍の奴に追って調べてもらうしかないな」
 静寂を破ったのは新たな声。深みのあるハスキーボイス。
「なにはともあれ、資材の行方と、供給の回復の道筋は見えてきたわけだ。なら今やることはなんだ?」
 はっと、全員が顔を上げる。そうだ、そもそも自分たちがやるべきことは。
「工夫たちとは、俺が話をしてくる」
 反乱の火種の一つに役人、キメラへの憎悪があるならば、分かるところはあるかも知れない、と。
「まあ、多少荒療治だがな」
 言って、一人の男が立ち上がった。


 闇を探る時間は終わり、ここからは光を示す道となる。


●杠葉 凛生(gb6638)の説得

「邪魔をする‥‥」
 凛生は、真正面から工夫たちのいる事務所を訪れた。
 堂々と、孫少尉から依頼を受けた傭兵として代表と面会を申し出る。
 工夫たちのリアクションは存外、大人しかった。
 一歩中に入ると、視線を巡らせる。そうして、奥の方で、相変わらず思いつめた顔をしている数名と話がしたい、と切り出した。聞かれにくい話なら、場所を変えよう、とも。
「まだ‥‥反乱を考えているのか」
 凄みのある雰囲気に、工夫たちはたじろぐ。
「頼むから‥‥頼むから放っておいて‥‥見て見ぬふりをしてくれないか。俺は‥‥俺たちは‥‥!」
「他人を巻き込まないなら、此方を信用しないも、武力行動に出るも自由‥‥」
「そ、そうか、それじゃあっ!」
 見逃してくれるのか。言いかけた工夫を制するように、凛生は何かを差し出した。
「――!」
「あんた、人を殺したことはあるのかね? 能力者はそう簡単に死なん‥‥試しに撃ってみるか?」
 黒く重く冷たい、銃。覚悟を計るべく差し出されたそれに、工夫はひるんで‥‥ギリ、と奥歯を噛む音と共に手を伸ばす。
「――気をつけろ。それは思っている以上に暴発しやすい。当ててはいけないものには決して向けるな。しっかり狙いを定めるまで絶対引き金に触るな‥‥いいか」
 言われながら銃を手に取り凛生に銃を向ける工夫の手はカタカタと震えている。
 本当に大丈夫なのか? いくら能力者って言ったって心臓や目に当たったらどうなるんだ? いやそもそもこいつに恨みなんてない、無いのに撃つつもりなんか‥‥撃つ? 殺す? 殺す‥‥。
 死によって増幅された恐慌と怨念の炎が、同じく死をぶつけられることによって勢いを減じていく。耳に浮かび上がるのは仲間の悲鳴。
「あ、あ、あぁあああああああ‥‥っ!」
 銃をとり落とし、膝から崩れ落ちて工夫は頭を抱える。
「ど、どうしたんですか!?」
 そこで、事務所から一人の青年が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか! 一体どうしたんですか!」
 心配顔で肩を揺する青年に、もといた工夫は顔を上げることが出来ない。
「憎悪に身を任せるのも、いい。俺もそうだからな。だが‥‥前途ある若者を巻き込むな」
 言葉に、悲鳴はやがて嗚咽に変わる。やがて、どうすればいい‥‥これからどうすればいいんだ‥‥と、かすれた呟きが聞こえ始めて。
「頑張りましょう‥‥よ」
 青年が言った。
「今は、もう一度頑張りましょう。きっと、助けてくれる人、支えてくれる人は、いますよ‥‥」
 祈るように青年は言って‥‥どこか遠くへと視線を馳せた。

 凛生の来訪が、工夫たちに驚きを与えなかったのには理由があった。
 彼より前に、孫少尉の頼みだといってこの場所を訪れたものが、すでに一人居たからだ。


●ハンナ・ルーベンス(ga5138)の決意

 作りかけの街道の、途切れた端。
 作業途中で放棄され、荒涼とした空気を纏うその地に、彼女は一人立ち続けていた。
(主よ、お許し下さい。私への業苦は甘んじて受け入れます。ですが、彼等の辛苦を座して見る事は‥‥。この償いは何時か必ず)
 懺悔を胸に、武器を手に彼女は待ち続ける。

「依頼を受けて参りました。ULTのハンナ・ルーベンスです。工夫長にお取次ぎ下さいまし」
 事務所を訪れるとともに、静かに、だが決意を秘めた微笑を浮かべて彼女は堂々と言った。
 無歳男たちが集う場所に不似合いな修道女の姿。唖然とする隙をついて彼女は中へと踏み出していく。
「――武器は、此処では無用のはず。お預けします」
 近づこうとした青年を牽制するように、彼女は手にしていた樹脂ケースを押し付けた。
 武器。傭兵。単語が結びついて、工夫たちは目の前の存在への認識を改める。
「私の他にも、今回続いた一連の理不尽な事態の解決に、多くの仲間が依頼で動いています。私達に依頼を為した人物は、皆さんが追い返した少尉さんです‥‥お利口な人間が、そんな回りくどい事をするでしょうか? 無駄に終わるかもしれないこの依頼に、何故多くの仲間が動くのでしょう? ‥‥彼が仲間だからです。此処に集う皆さんと同じに」
 ひるむ工夫たちにたたみかけるように彼女は朗々と告げる。だが当然、工夫たちはすぐに納得するはずもなかった。
「でも、工事は誰かが完遂せねばならないのです、誰かが。だから――」
 だから彼女は、行動で示す。
「私は行きます、例え一人でも。現場の安全を確保せねば。孫少尉の願いも同じ筈。‥‥預けた私のライフルを、お返し下さい」
 立ちつくす青年からケースを返してもらうと、丁重に扱って下さってありがとう、と微笑んで。
 くるりと踵を返すと、そのまま振り向かずハンナは去って行った。

(後は主の御手にお任せします‥‥。主よ、御加護を)
 祈りをささげた時だった。
 ハンナの背後から、気配が生まれる。
 それは、待ちわびた工夫たちの姿――ではなかった。
 それでも、現れた人物に、彼女は笑顔を浮かべ、丁寧に一礼する。


●UNKNOWN(ga4276)の提案

 資材にかぶせられたシートをめくり、整備しようとしている地面の状態を確認し‥‥UNKNOWNは、一つ一つ丁寧に現場を検分する。
 その手には丁寧に手際よくまとめられていた資料があったが、ハンナが知るだけでも、彼は何度か現場を訪れていた。自分の目と足で確認すべく。
「工事は‥‥再開できるでしょうか」
 ハンナの問いに、UNKNOWNはふっと優しい笑みを浮かべる。
「――バグアか役人が関わっていよう、が」
 そんなことは何でもなさそうに、彼は言う。
 仕事をするには、結局。
「やる気と達成感。つまり。労働と結果が得られる事を考えると、いい」
 瞳に英知を湛え、静かに彼は告げた。
 そう言って、彼は再びいずこへかと消えていった。

 1日毎の進捗量。使用された資材量。
 トラブル起こった時期、トラブル現場周囲の地形。
 広範囲での軍や傭兵の戦闘時期と場所。
 ツールを使い測量し、写真に記録し。最終的にはキングファイル十数冊分、事細かに資料化し。
「‥‥まあ、想定内、という所か」
 夜は酒と食事を楽しみながら頭の整理をして、呟く。

 そうして。

「どうすればいい‥‥これからどうすればいいんだ‥‥」
 崩れ落ちる、工夫の元へ。

「やり方を、変えてみるといいだろうね」
 ちょいと散歩の途中に通りかかった、とでもいうような気軽さで、彼は現れて、告げたのだった。

 まずは1車線と退避・待機部分を作ろうと。これなら資材が半分でも、いい。
 進ませた距離が実感できれば遣り甲斐も生まれ、前向きな動きすれば出てくるモノが出てくる、と。
 あとは、やり方そのものを変える手も、ある。試しにと一つ説明を始めて。
「一昔前の道路工法だが今に合わないかね? 私が知る工法は、教えよう」
 顔を上げ、耳を傾けるものが次第に増え始めて。興味をもつ人間が増えたところで、彼は提案する。
 チームを作り競い合おうと。そして。
「それで、区切り毎に何か賞品を孫が出す、と」

「‥‥‥‥‥はい?」
 工夫と同じように熱心に拝聴していた時に、いきなり名前を呼ばれた人物は、ただ間抜けな声を上げた。


●孫 陽星(gz0382)の課題

「あ‥‥え‥‥あぁぁ‥‥?」
 賞品、の言葉に、がぜんやる気を出して走り出した工夫たちを、止める隙もなくただ呆然と見送ると、彼はただかすれた声を上げるしかなかったわけで。
 いいんだろうか民間人をこんなもので釣るような動かし方して。
 っていうか今回、皆さんへの依頼料、自腹なんですけど。
 ぎぎ、と首をUNKNOWNの方へと向けて。
 しかし、恨み事は出てこない。うまく場を納めてくれた恩人であるのは事実なのだ。
「まあ、いいです‥‥」
 そうして、彼は諦めたように呟いたのだった。

「皆さん、今回は有難うございました。‥‥重大な問題も、見えてきましたが」
 調査の結果‥‥まだ確定したわけではないが、浮かび上がった事実に、知らず声が固くなる。
 だが、決してその声は重く暗いだけのものではなかった。
「不自然な資材の流れについてはすぐに報告いたします。この町への供給は、それでも僅かですが、回復の見込みは高いと思います‥‥でも、それ以上に」
 改めて、ぺこりと一同に頭を下げる。
「今回の皆さんの動きと、想い‥‥無駄にしたくないと思います。‥‥問題も多いこの国ですが、それでも、軍にも役人にも、民間の方にも。少しでも今を良くして、でもどうしたらいいか分からずに足踏みしている人は居るはずだ。‥‥伝わるところがあれば、そこから。つなげていきたいと思います」
 希望を乗せて、彼は告げた。

 ひとまず、この町の事件は解決し。
(しかし‥‥懸案事項もですが、今後のことも考えて、皆さんにいただいた資料をまとめ直さないと‥‥)
 なるべく急ぎたい。徐隊員だけでは負担が重いだろう。出来れば副長や、そうした仕事を回せる人材には手伝ってほしいが。
「‥‥工夫たちのボイコットは解決しましたけど、彼らはすんなりやる気を出してくれますかね‥‥?」
 そうして、彼のもとには。
 新たに、そんな課題が生まれるのだった。