●リプレイ本文
「皆さん、はじめまして。よろしくお願いします」
孫少尉の小隊とはこれが初めてになるリゼット・ランドルフ(
ga5171)は、そういってぺこりと頭を下げる。
ご丁寧にありがとうございます、こちらこそ、と少尉が頭を下げ返すと、
「頑張りましょうねぇ、孫大尉」
その横で、ジョシュア・キルストン(
gc4215)が言った。
「‥‥少尉です」
勘違いなのかわざとなのかいまいちわからない様子で、よりによって二階級上げられるという不吉な気がしなくもない間違いを、とりあえず訂正しながらも少尉は律義に頑張りましょう、と返答した。
「しかし輸送隊狙いとは、相変わらず小賢しい真似をする」
リュイン・カミーユ(
ga3871)が忌々しげにつぶやいた。だがそのあとすぐ、口元に浮かぶのは自信に満ちたニヤリと言う笑み。
「我らの前で思惑通りにはさせんがな」
――地に這い蹲っていろ。
リュインの言葉に、傭兵たちは皆同意するように頷いた。
その中で、秋月 祐介(
ga6378)は、自分は副長たちとともに輸送隊の方に向かいたい、と申し出た。少尉は一瞬、顔を祐介に向けて、その表情を見る。
何か懸念があるのだろう。信用することにして、少尉は了解の意を告げる。
頷き合うと、小隊と傭兵の混成部隊は二手に分かれた。
●
報告されていた地点付近に急行すると、探すまでもなくキメラの群れが街道を進んでいた。
「さて始めようか。来い――と待つのも面倒なので、我の方から行ってやる、感謝しろ!」
リュインが高らかに告げた。錬成強化を自分とルーネ・ミッターナハト(
gc5629)、ジョシュアの三名に施すと、宣言通り己からキメラの群れに突っ込んでいく。
錬成強化をかけられた二人も同様に続く中、辰巳 空(
ga4698)、リゼット、張 天莉(
gc3344)は側面へと回り込んでいく。前に立つ三人がキメラの街道へのキメラの進軍を押しとどめ、側面の三人が引きつけて、キメラの群れを街道から引き離す作戦だ。
リゼットが、気を引くために、移動しながら銃弾をキメラの足元に撃ちこんでいく。気を引くと同時に、足にダメージを与えて機動力を削ごう、との意図もある。そうして何体かのキメラが側面の組へと向かうと、空は盾と剣を、天莉は混元傘を手に、防御を気にしつつ攻撃を加える。
本気の攻撃ではない。少し打撃を与えてひるませると、それとなくじりじりと後退する。近接能力しか持たない相手に、気を引きつつ下がってみせることで、狙う位置に誘導する目論見だ。数体のキメラを前に、空の皮膚が変化する。囮であることを理解して、エミタに命じ、体の一部を獣化させて防御を固める。
敵の数は多数。リゼットの援護も利用して、三人は囲まれぬよう、仲間から離れぬよう注意することも忘れない。
一方、正面から向かった班。
「‥‥ルーネのやれる事、然りとこなす。これが、大事」
交戦する直前、ルーネは、己に言い聞かせるように呟いた。彼女は傭兵としてはこれが初任務。まずは何より、自分の出来ること、やれることを認識することだ、とわきまえていた。やはり気になるのは敵の数の多さ。孤立したら危険なことを十分に心得て、彼女は他人と合わせた動きを意識する。側面からの陽動に合わせたり、傍の二人が攻撃した対象に追撃したり。
「はーいこっちですよー。一緒に踊りましょうか」
その横では、ジョシュアがそんな軽口をたたきながら闘っていた。戦法としては回避に専念しつつカウンターで迎撃。無理して己から積極的に倒すではなく、削りに専念して他の仲間に倒してもらおう、との考えのようだ。ペネトレイターの身軽な体を利用して、くるくると、言葉通り踊るようにジョシュアが戦場を舞う。ひらり、と、軽い動作に見えるその一撃は、しかし円の勢いに乗り、ふらつく一体にめり込んでトドメを刺していた。
「この先には進ません。退け下郎」
そんな二人と連携しつつ、リュインは近くは刀で斬ったり遠くはエネガンで撃ったりと全開で暴れまわっていた。側面の仲間が引いて群れを誘導するなら、正面に立つ彼は押して敵を動かそうとする。知性を奪われ、かわりに破壊の衝動を植えつけられた獣にすら、その破壊力は本能的恐怖を呼び覚ますのだろう。じわじわとリュインから逃げようとする個体が現れ、群れが徐々に散り散りになって街道から離されていく。暴れながらもリュインは、仲間への気遣いも忘れていなかった。錬成強化の持続時間を気にかけ、怪我をする者がいれば錬成治療を飛ばす。
小鳥遊神楽(
ga3319)は、さらに後方から、射撃でもって全体のフォローに回る位置に居た。
その近くには、同じように小隊に指示を出し援護する孫少尉の姿がある。
「‥‥孫少尉、仲間への援護は任して頂戴。これでもあたしも一廉の傭兵のつもりだから。今必要な援護射撃くらいはこなせるわ。少尉の相方として不足無い働きをしてみせるわね」
射撃の合間を縫って、神楽はそう声をかけた。
少尉は、ちらりとだけ神楽に視線を向けると、すぐキメラたちに向き直る。
「――ありがとうございます。ではそちらの方面はお任せします」
言葉とともに、少尉は神楽から完全に体を背け、小隊の動きに集中すべく前に出た。
そっけないようだが、意識を完全に離すということは神楽の言葉と腕前を何より信頼した証だろう。
傭兵たちの誘導に気づき、小隊はキメラたちが不要に拡散しないよう囲い込みに専念する。
幾つかは傭兵たちの攻撃によって倒されながら、キメラの群れはやがて知らず横へ横へと動かされていき。やがて――もう暴れまわっても街道への被害はなく、輸送隊からも十分引き離せたであろうところまで到達する。
――傭兵たちの動きが、意識が、スイッチを入れたかのように切り替わる。
「獣如きが我に歯向かうなど、十万年早い」
言ったのはリュイン。
「どんどんいっちゃいますよー♪」
覚醒により湧きあがった攻撃的衝動、抑えていたそれが解放された喜びに、天莉が愉しげな声を上げる。
「油断なく躊躇なく、容赦無く‥‥確実に倒します」
ルーネもまた。今までの『守りの型』から今度は『攻めの型』を仲間から得るべく、呟きによって、意識の切り替えを己に命じる。
‥‥陽動、から、殲滅、へと、傭兵たちの目的が変わった瞬間だった。
(「今の所、輸送作戦に能力者が狩りだされるのは仕方ないのですけど、いつかは静かな街道に戻る事を‥‥」)
減りゆくキメラを見ながら、空は内心呟いていた。そのために、一匹たりとて討ち漏らすつもりはない、と。
もっとも。
「おー、流石軍人‥‥頑張ってますねぇ」
ジョシュアは、状況が優位と見るとさぼり気味。のんきに軍人側の頑張りなどを眺めていた。
勿論、何かあったら即対応するよう、意識の一部は常に仲間と敵に向けてはいるが。
実際のところ、今回集まったメンツの腕前ならば、単純なキメラなど問題はないのだった。
●
――一方。輸送隊に向かった一隊は。
副長指示の元、輸送隊への説明やら誘導やら、いざというときの退避・迂回ルートの相談やらが行われる中、祐介は索敵や警戒を厳しく行っていた。
時折謝副長がその様子を確認に来る。その目は割と遠慮容赦なしに「なんでこっち来たんでしょうねこの人」と語っていた。苦笑しながら祐介が口を開く。
「働かないで給料貰えた方が楽ですし‥‥というのは冗談として、出番が無ければそれに越した事は無いのですがね」
そういってから、祐介は己が抱いた懸念を話す。
‥‥敵が、簡単に見つかりすぎたのが逆に気になる、と。
自分が敵指揮官なら、ある程度の戦力で主力を拘束して、輸送隊を叩ける最低限の戦力で奇襲をかけるだろう。
言われて副長は、ふーむと腕組みする。もう少し、警戒に人を割いたほうがいいですか? と問いかけてきて、祐介はそれにゆっくりと頷いた。
「はい了解しました。おーい、その辺のー。うん、今振り返った数人でいいや自覚があるなら。ちょっとこっち来てくれますかはい。ええ、そんなわけで今からこちらの人のお手伝い。‥‥そんなわけで、このへん適当に使っていいので適当にお願いします」
ぽいっとよこすように謝副長は言うと、再び輸送隊の方へとむかおうとする。
‥‥自分の懸念はどれくらい伝わったのだろう。不安になるくらい適当さが垣間見えた。
まあ、副長は副長で、こちらの責任者としてやることがあるのだろう。そう思うことにして、祐介はせっかく与えられた人員を使って索敵を続けることにする。
‥‥だが。やがて。本隊からキメラ殲滅の連絡が届く。それまでに、敵の伏兵の気配は欠片も察せられることはなかった。
街道も無事とのことで、輸送隊はこのまま予定通り進むことが出来そう、とのことだった。本隊は、念のため付近の町までは行動を共にする、と、こちらに合流してくるらしい。
どうやら祐介の懸念は、今回は杞憂に終わりそうである。
●
「少尉、折角ですから一緒にナンパしましょうよ♪ 中々美人揃いだと思いますよ♪」
輸送隊の姿が見えてくると、ジョシュアはそう孫少尉に声をかけた。対し少尉は、本気でいやそうに顔をしかめる。
もともと、乗ってくることなど欠片も期待していないのだろう。ジョシュアはそれ以上、しつこく誘おうとはせず、ひらひらと手を振って離れていった。その際、
「ま、たまには他人を頼る‥‥それも良い指揮官の条件です」
それだけを言い残して。
一方で。
「副長さん? これからは隊長さんを安心させてあげて下さいね?」
天莉が謝副長に、苦笑しながら話しかけていた。
あわせて祐介も副長に話しかける。
「まぁ、兵書全てとは言いませんが、今後に備えて、せめて孫子ぐらいは読まれた方が‥‥」
あの様子じゃいつか少尉が倒れかねませんよ、と。
だが、それに対し副長はゆっくりとかぶりを振る。
「なるほどなるほど。御懸念は分かりますよくわかりますとも。だがしかし僕に言わせますと。その懸念に対し僕、あるいは上官などに解決を求めるのは、問題の本質が見えてないと言わざるを得ません――」
二人の言葉を受けると、副長は滔々と語り始め、そして視線をゆっくりと、彼の言う『問題の本質』へと向けるのだった。
「‥‥少尉。自身の身は一つしか無い事は自覚すべきね。責任感が強いのは美点と思うけれど、あたし達傭兵を上手く使って自分の負担を減らす事を覚えた方が良いわね」
ジョシュアが去った後、怪訝な顔を浮かべる少尉に神楽が話しかけていた。
言いながら神楽が思いだすのはトラブルメイカーである親友の記者のことだ。彼女とのことがあるから、進んで苦労を背負いこもうとする少尉のことがどうも他人と思えなかった。
「‥‥? 傭兵の方々には、最近、すでに、頼りすぎるくらい頼らせていただいてると思ってますが。そういえば、神楽さんには以前もお世話になりましたね。ええ、これからも宜しくお願いします」
返ってきたのはどこかずれた答えだった。あまり、自分の心配をされているのだということを分かっていないような。どちらかといえば少尉は、神楽の言葉を、腕前を売り込みに来たのだと解釈したようだ。
「あまり、コン詰めない方が吉。忙しいのであれば、周りに振っても、多分、誰も文句は言わない」
ルーネもまた、遠慮がちに声をかける。彼女もまた、部下たちから仕事中毒と心配される少尉の心労を減らしたいと密かに決意して戦っていたり、した。
が。
「ええ。ですが今は状況が状況です。忙しいのは周りも一緒ですから。‥‥突然、広報活動なんて頼まれるあたり、私などまだ暇な部類なのでしょうね」
少尉の反応はそんなのだった。
‥‥自ら苦労を背負いこもうとする、その点で神楽と少尉は確かに一緒なのかもしれない。
だが。少尉は。『自分だけが余計な苦労をしている』という自覚がないのである。
ちなみに、だから広報を任された件に関しては、「押し付けやすかった」が理由の大半を占めるのではないかと推察される。
まあそんなわけで。
「――仮に我らが努力し、あるいは上の温情により、一時的にあの人の負担、心労が減ったとしてもですよ。それは現時点では一時的な対症療法にしかならないと僕は思いますね。ほっとけば、そうして出来た余裕に新たに苦労を詰め込みにいくのがあの人です。なぜってあの人は我らが隊長、中国軍のあまりもの兵士と問題児能力者を寄せ集めた特殊小隊、その隊長を務めるお方です。‥‥つまりあの人も、いやある意味あの人が一番アレとも言えるわけですよ」
人差し指を立てて副長が語り終える。
天莉と祐介は、何とも言えない視線を副長と隊長に交互に送るしかなかったのであった。
「孫少尉と愉快な仲間達、だな」
少し離れたところでリュインが、そんな感想を抱いていた。
「まぁ‥‥これまで生き延びて来ているのだから、問題あるまい」
リュインは、そう結論するが。
「‥‥せっかくの美男子がこのままだと台無しよね」
呆れ切った様子で、神楽が溜息をついた。
‥‥‥‥大丈夫なのかな。