●リプレイ本文
取り戻してくれないだろうか。私たちは、かつて、どんな顔で笑っていたのか。それから‥‥『どんな苦難でも、二人で乗り越えていこう』‥‥そう言ってプロポーズした、その時の気持ちを。そう言って、それから依頼の男性は結婚式の思い出を少し語って。
「結婚式‥‥か‥‥」
ぽつりと、終夜・無月(
ga3084)は呟いた。
「必ず‥‥其の手にお届けします‥‥」
強く思いを込めた声で言い、そして。
「ここまで、酷い状況の街だったなんて。こんな中で写真は‥‥いえ、探しませんと」
如月・由梨(
ga1805)が、街にたどり着いて最初に抱いた想いは‥‥絶望だった。
ただ崩されただけではない、攻撃を受けた際、何かの拍子に火がついたのだろう。半焼状態だった。
瓦礫の撤去をする由梨に、気をつけて。あまり必死になりすぎないで、と無月が心配そうに声をかけると、
「必死、でしょうか。私は無月さんのように、人を笑顔にする方法は限られていますから‥‥私にあるのは力だけ。何かを壊す力ですけど、きっと役に立つことも」
祈るように、由梨は答えた。
そうして、たどり着いたのは台所。衝撃で、水道管が破裂したのだろう。濡れた跡が出来ていた。偶然で火災から守られたそこに一縷の望みをかけて捜索する。すると‥‥傍の床に、大きな額に入った写真が、伏せてそこに落ちていた。
「奇跡‥‥いや‥‥この写真に宿り籠められた想いが護ったのでしょうか‥‥」
その写真には、多くの人が写っていた。多くの人たちに囲まれて、新郎新婦は人生で最高の日という笑顔を浮かべている。
「皆に祝福されています‥‥」
写真を手に呟く無月に、由梨は寄り添いそれを見て、頷いた。
ありがとう、の言葉とともに、夫婦は視線で、無月と由梨、二人の関係を問う。
照れる態度でもって答えると、そう、じゃあ、貴方たちもいつかは? と重ねて問いかけられた。
無月はつい、そっぽを向いて。
それでも。
「いつか‥‥必ず‥‥」
ぽつりと、そう言っていた。
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――家族の写真を。
分かりやすいその品物には、様々な想いが込められている。
印象に残る一時を切り取った時のことを。
遠く離れた家族に想いが伝わるよう。
あるいは‥‥
‥‥これらは私が探してきましょう、と、夏 炎西(
ga4178)が皆に申し出た。
彼にも、大切な写真がある。
祖父母と、両親。それから、赤子の彼が移っている写真。
両親は出稼ぎから帰る途中、乗り物の事故で、生まれたばかりの妹とともに亡くなった。
‥‥祖父は、それから間もなく。祖母も、その数年後に亡くなり、幼い彼は、近くの山寺に引き取られることになった。
覚醒し、瓦礫をかき分け。ときには幸運にも頼りながら。
事前に聞いた情報をもとに、一つでも多くの写真を、と、探しまわる。
見つけたそれを丁寧にしまいながら、炎西はその一つ一つを眺める。
真面目顔だったり、笑顔だったり。晴れ着姿だったり、普段着だったり。
見ていると、なんだか嬉しくなってくる。
そして、そうしたなかでふとした拍子に、やはり、己の家族のことを思い出して。
涙が出そうになりながら――炎西は、足が棒になっても一つでも多くの品を探し続けた。
戻り、彼は写真を一つ一つ、手渡ししていく。
「‥‥父さん、母さん‥‥」
そのうちの一人の青年が、受け取るなりポツリと言った。
「よかった‥‥見えてるかな。僕は大丈夫。大変なことになっちゃったけど‥‥大丈夫だよ」
写真を見つめるその顔には、失ったものへの痛みと、残された想いに対する優しさがある。
やがて写真から顔を離し、空を見上げた青年を、炎西ははしばらく見つめていた。
――時は戻せないけれども、写真でなら逢える人がいる。
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青空の下に作られた学び舎に集う子供たちは、皆つまらなそうな顔をしていた。
「‥‥もともと、この年齢の時には大概のものが、勉強など嫌いだったでしょうが、ね」
苦笑しながら、この学校――そして、かつて街にあった学校――の校長である老人は、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)に話しかけた。
「‥‥それでも、街で勉強していた時には、皆、もう少し明るい顔をしていたと思うのですよ。きっと、何かが足りないのです。この教室には」
せめて少しでも、前の状態に近づけてみてくて。咄嗟に、あの条件で持ってこられるとしたらと思いついたのが、『それ』でして、と。
託された想いを胸に、ハンナは廃墟へと赴いた。
夕刻。ハンナが教室に戻ると、そこでは、依頼をした老人自らが教壇に立っていた。
ハンナは時計を確認する。
「校長先生自ら、教壇に立たれていらっしゃるのですね。良かった、間に合って‥‥では、告げる事に致しましょう。
‥‥希望の、始まりの鐘を」
そう言って、ハンナは手に持った『それ』を、静かに揺らした。
くぐもった、それでいて優しい、金属の音色があたりに響く。
校長が、顔を上げた。
「おお、もうこんな時間か。‥‥今日の授業は、ここまでだね」
子供たちが顔を見合わせる。
一瞬、きょとん、として。それから、顔をほころばせて。
――ああ、そうだ。
――学校、終わったね。
――じゃあ、遊びにいこっか?
――そうだな。学校、終わったもんな
何も言わずに了解し合うと、男の子たちは鞄を置きに家に走り、女の子たちは集まっておしゃべりを始める。
『放課後』を迎えた子供たちの目に、輝きが生まれた。
‥‥ハンナの手にあるもの。それは、終業を告げる手持ちの鐘。
傷つき、多少音色は落ちてしまっているが、間違いなく、ずっと子供たちを見守ってきた音。
「無事に、残っていたんですね‥‥ありがとうございます」
校長が、微かに目元に涙を浮かべながらハンナに礼を述べる。
「貴重な経験が出来ました。終業の鐘‥‥学生の頃から、一度鳴らしてみたかったものですから」
微笑してハンナは答えた。
いつか本当の学校に、子供たちが戻れるように。ハンナは、祈っていた。
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炊き出し隊のテントの一角で歓声が上がる。「子供たちからね」と言って、チョコレートの配布が始まったのだ。その歓声を聞きながら、大量の板チョコレートをこの場に持ち込んだ人物、白鐘剣一郎(
ga0184)は、アレックスの持つリストを眺めていた。
「この状況だからこそ、そうした想い出が支えになり得るという事もあるか」
その想いを、馬鹿に出来ようはずもない。
「本当に、へたくそなんだけどね」
依頼した少女は、苦笑しながら言った。
テレビで見て、その日に感動して、衝動で買ってしまったオカリナ。
どうにか音階だけ覚えて、知ってる曲をたどたどしくなぞって、それだけを繰り返した。
‥‥下手だからこそ。必死になって一曲完成させようとしているうちに、いつの間にかやなこと考えてたことなんて忘れてて、と。
「さて、この中から探す訳か。何処から手をつけるかな」
かくして剣一郎は、瓦礫の家の前に立っていた。慎重に、家の中に踏み行って、丁寧に、瓦礫をどかす。
そして。
「これか。恐らく間違いないと思うが」
聞いていた通りの場所から、聞いていた通りのケースを見つけ出すと、中を検めた。
「ざっと確認した限り破損はないようだったが、楽器は弾いてみなければ判らないからな」
差し出されたそれを、少女は緊張した面持ちで手に取る。少女が目を閉じ、楽器に息を吹き込むと、澄んだ音色が周囲に響き渡った。
「本当‥‥へったくそ、でしょう? ‥‥笑っていいんだよ?」
震える声で、少女は周囲にそう言った。
だから、‥‥周囲の者は、笑っていた。
同様に、剣一郎から「大切なもの」を返された人々は、久しぶりの笑顔を、少女へと向けていた。
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「アレックスが持ってきた依頼じゃでもしやと思うたが、やはりおぬしが関わっておったのじゃな、春燕。勉強の方は進んでおるかえ? 努力は何時か報われるとわしは思うとるでの、諦めぬ事じゃ」
秘色(
ga8202)はまず、依頼をもってきた二人にそう話しかけた。
春燕はただ、恥ずかしそうに俯く。だが、様子から頑張っていることは伺いとれた。
そうして話すうちに、秘色は何気なく二人の持つリストに目を通す。
その中の一つ、「誕生日に子供が描いてくれた絵」のところで、秘色の目がとまった。
『かかしゃま、かいたの』
そう言って、彼女の子も、一生懸命描いた絵をくれたことがある。
‥‥幼子の描くものだ。何が描いてあるかなんて、さっぱり分からないのだけど。
それでもそれは、とても愛おしくて。
――まぁ、旦那と共にわしを置いて逝きおった親不孝な息子じゃが‥‥
思い出すと同時に、秘色は手にしたしゃもじを撫でた。
‥‥それも、大切な思い出。誕生日に、旦那と子供がくれたもの。
居間に額に入れて飾ってある、と言われたそれは、探しに行くと、端が僅かに破れているが、どうにか無事だった。
丁寧に包んで持って帰る。
依頼人の家族は‥‥一家全員、無事に避難しているようだった。
その中で、女の子が、絵を描いて遊んでいる。
猫? 少なくとも何かの動物だろうか。今秘色が持っているそれと比べたら、大分絵になっている絵。
‥‥本当に、子供というものは日々、すぐに成長する。
だからこそ、其の一瞬のすべてが宝。
「‥‥しかと渡したぞえ」
親夫婦に渡した秘色の表情は、何とも言えない。夫婦も、ありがとうございます、以上の言葉は出てこなかった。
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ファリス(
gb9339)が探し出そうとしているのは、ぬいぐるみ。
「‥‥きっとぬいぐるみさんもその子も寂しい想いをしていると思うの。
だから、必ず見つけ出して、その子にお友達を返してあげたいの」
それが、彼女の参加した理由だった。
そのお供となるのは、ぬいぐるみ。
戦災孤児として家族を亡くしたファリスにとって、唯一手元に残されたウサギのぬいぐるみの【イリーナ】。
彼女にとっては大切な【お友達】だ。
その存在がどれほどの救いになっているか、彼女にはよく分かっている。
見つけた品は布で出来た熊のぬいぐるみ。糸が弱ってしまったのか、腕が取れかかっている。
「‥‥お怪我を治して、元気な姿でお友達の元に帰るの」
ソーイングセットを取り出して、彼女は言った。とりあえず腕を仮留めすると、補修はその程度にとどめておく。
「‥‥迷子になっていたお友達を見つけてきたの。もう二度と迷子にならないようにきちんと手を離さないであげて欲しいの」
相手の子は、ファリスの言葉にしっかりと頷いた。そして。
「ねえ、その子、なんていうの?」
ファリスが持つ兎を見て、言ってくる。
「え‥‥あ‥‥【イリーナ】」
「『そっか。イリーナか。僕はジャックだよ! ねえ僕、でも、ぬいぐるみの友達も欲しいな! 友達になってよ、イリーナ』」
言われた言葉に、ファリスは、きょとん、と目を見開いて。
そうして、人もぬいぐるみも、互いに笑い合っていた。
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「‥‥で? 彼女とは何か進展はあったかな、アレックス君?」
秘色が春燕と話すころ。ヘイル(
gc4085)はアレックスを捕まえて、春燕に聞こえないようこっそりとそんなことを言っていた。
「な!? 別に俺らは! 互いの目標に向かって励まし合ってるっていうかそんなんで‥‥!」
わたわたと言うアレックスに。
「落ち着け。モテない男の僻みだよ」
ニヤリと笑ってそういうと、ヘイルもまた廃墟の街へと向かっていった。
取りに行くのは、少女が死別した両親に買ってもらったという小さなスケッチブックと色鉛筆のセットだった。
「まったく、運が良いな。‥‥まるでこの家が守ったみたいじゃないか」
奇跡的に瓦礫の隙間から見つかったそれを拾い上げ、確認の為に何気なく表紙をめくると、調度風が吹いて、ぱらぱらとページがめくれていった。
描かれているのは、取るに足らない街の風景。
(‥‥俺も、何処かでこんな街の中で生きていたんだろうか)
再び風が吹く。さらにページはめくれていき、空白の何枚かを通り過ぎた後、別の絵が現れた。
モノクロームの絵。人の良さそうな、寄りそう男女。そのページには‥‥幾つか、水滴を垂らした跡のような皺が出来ている。
これが誰なのか。
水の跡が何なのか。
‥‥何が、このスケッチブックを守ったのか。
今のところは全てヘイルの想像でしかない。
そう、想像だ。想いを馳せてみても‥‥彼の中から、こんなふうにスケッチブックを濡らすような衝動は、湧き上がってこないから。
思い出せたのは、地獄のような戦火の中を彷徨った記憶まで。
(――埒もない。思い出してどうなるものでもあるまいに)
頭を振って、彼は鈍い痛みを振り払った。
「これでよかったかな? ‥‥想い出が残っているのなら、大切にすると良い。置いてきてしまっただけなら拾ってこれる。だが、失くしてしまったらもう戻らないからな」
彼はそう言って、微笑んでスケッチブックを持ち主に返していた。
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八葉 白珠(
gc0899)が一生懸命探すのは、初老の男性から頼まれた、昔奥さんにプレゼントした陶器の人形のオルゴールだ。
‥‥その奥さんは、すでに他界。依頼者にとって唯一の家族だという。
「あの‥‥待っててください! ぜったいに取ってきます!」
駆けだす白珠を、八葉 白夜(
gc3296)が追いかけていく。
「‥‥おねがい、無事でいてください‥‥」
崩れ落ちて瓦礫の山と化した家屋の奥、白珠は瓦礫を手で退けては探し続ける。
「‥‥白珠、手元に気をつけなさい。怪我を――」
白夜が言った途端、いた、と白珠から小さな悲鳴が上がった。
「――仕方のない子ですね。ほら、手を貸しなさい」
苦笑して、白夜が救急セットで治療する。
「あ‥‥あったぁ!」
オルゴールは、奇跡的に無事だった。汚れも、お湯で丁寧に洗えば落ちるだろう。
そうして、なるべく綺麗にして、白珠は老人の元へとそれをもっていき。
「‥‥無事‥‥だったのか」
信じられないという顔で、白夜が探してきた夫人の写真とともに、老人はそれを受け取った。
「そうか‥‥そうか。お前はまだ‥‥こちらの世界で、私と共に歩んでくれようというのだね‥‥わかった。わかったよ‥‥そっちに行くのは、もう少し先にしよう。――そうだな。そのときは、平和になった国のことを、世界のことを、お前に話してやれるといいなあ‥‥」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、老人はオルゴールに向けて告げた。
「‥‥なんだか、眠く‥‥」
ほっとして、一気に気が抜けたのか、白珠がうとうととした目で呟く。
「なら、久し振りにおんぶしてあげましょう。お前がもっと幼かった時には何もしてあげられませんでしたからね」
白夜が言った。
白夜が背負うと、白珠はあっさりと寝入ってしまい。
その寝息を感じながら、白夜は幸せそうにほほ笑んだ。
●
かきわけた、がれきのむこうに
あなたのたいせつなもの、みつかりましたか?