タイトル:【DAEB】意地の通し方マスター:凪池 シリル

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/29 11:30

●オープニング本文


「どういうことだよ! 待機って!」
「‥‥どうもこうも、待機は待機です。この件で、今すぐ我々が動くことはありません」
 怒鳴りつけてくる隊員に対し、小隊長である孫 陽星少尉は淡々と答えた。
「ふっざけんな! 普段は休む間もなくロクでもねえ任務押しつけやがるくせに、今回に限って待機ってどういうことだっつってんだよ!」
「ですからその『ロクでもない任務』を待つためですよ。‥‥【DAEB】は今、確実に戦果を上げてはいますが、そのために生じる混乱も多いんです。必然、問題が起こる度に誰でもいいから手当たり次第、というわけにはいかなくなる。優先度、および適材適所という考え方が必要になります」
 言って孫少尉は手元の資料に視線を落とした。
 そこには短く、先ほどから言う『この件』の情報がある。
 ‥‥ただ、まだ詳細は不明だがとある山岳にキメラの反応があるらしい、とだけ。
「じゃあ、他の部隊は! ラスト・ホープに連絡はいってんのかよ!?」
「さあ‥‥まだ被害は確認されていませんし。位置や規模を考えても、優先度はかなり低いでしょうから、今の軍にどれほど余裕があるか。傭兵にも‥‥依頼し、受けていただけるだけの根拠ある情報が集まってるか、ですね」
 優先度が低い、という言葉に、隊員の奥歯がぎり、と音を立てる。
 そう、優先度は低い。この山岳地帯には、少し離れたところに小さな山村がある、それだけだから。
「んな御託がっ、実際に助けを必要としてるやつに通じるか!?」
 ‥‥だけど、資源的、経済的には価値の低い小さな山村といっても、そこに住む者を大切に思う人間というのも、確実に存在するのは事実だ。
 ダン、と、勢いよく机が叩かれて。

「俺らがっ! そうやって真面目に守らねえから、バグアに守ってもらおう、なんて考える連中のところが抜けられねえんだろうがぁっ!」

 続く言葉は、机に走った衝撃よりも苛烈だった。
「他に助けがないって分かってて、隊長は『はいそーですか』ってのこのこ戻ってきやがったってのか!? こっちで勝手にやるから、そっちも勝手にしやがれとでも言ってこれねえのかよっ!?」
 そこまで隊員が言ったところで、孫少尉は僅かに動いた。懐から禁煙パイプを取り出すと、一度、深く吸い込む。
「それはまあ、そうなんですけどね」
 次いで発せられた声は、極力感情を抑えようとしたものだった。目の前で、興奮している青年には通じないだろうが。
「でもそれを、今のあなたに言う資格がありますか?」
「‥‥あぁ?」
「こうして私に文句を言うということは、あなたも私の命令があるまで動く気はないということでしょう? ‥‥同じことだ」
 感情を、抑えるどころか押しつぶすかのような抑揚のない声で、孫少尉は告げる。
 ひくり、と目の前の青年が震える気配がした。
「‥‥面白ぇ‥‥」
 呻くと、後ずさるように隊員は孫少尉の机から離れた。
「ああそうだな!? じゃあ言ってやるよ! 俺は勝手にやるから、あんたも処分したけりゃ勝手にしろ、ってな! ああ行ってきてやるよキメラ退治くれぇ! 一人でも!」
 そう叫ぶと、駆け出していく。

 一人残されて、孫少尉は。
「‥‥いや、今回のは狙ってやったとはいえ、いくらなんでも挑発に乗るの、早すぎませんか」
 先が思いやられる。そう言って、もう一度禁煙パイプを深く吸い込んで。
 彼は、ラスト・ホープに連絡を取った。



 ――兵士が行方不明になったので、調査して欲しい。
 それが、数時間後、ラスト・ホープにもたらされた依頼内容だった。
 集まった傭兵達に、心当たりはあるか、と聞かれると、「関係あるか分かりませんが」、と前置きした上で、先ほどの会話を全て伝える。
 ‥‥調査も何も、原因はあからさまだと思うが。傭兵が、その疑問を口にする前に。
「『このように、責任感の強い彼のことですから、命令違反や逃亡などありえません』。『まして、能力者である彼が行方不明になるなど、何か異常な事態が原因であるという可能性が高いと判断したため、軍より特殊な状況の対応に優れる傭兵に依頼する必要があると判断しました』」
 露骨に不自然を感じる部分に対し、むしろ白々しさを強調するような口調で孫少尉は告げた。
「ですからそうですね、ひとまず、依頼の成果として要求することは‥‥行方不明になった兵士を見つけ、なるべくならしっかりと話ができる状態で連れ戻していただくこと。これが理想になるでしょうか。依頼の話としては、以上です」
 そこで一度、はっきりと言葉を止めて。
「ですのでここから先は独り言です。現場において比較的広い裁量を持つ傭兵が、任務の遂行上必要と判断したうえでキメラを退治することは、それによる余波が発生しないなら誰にもとがめられる話ではありませんね。――報告する失踪の原因? あーまあ、どうにか上手くでっち上げられるといいんですけどね」
 早口に言って、傭兵が何か聞き返そうとする、その前に。
「‥‥よろしくお願いします――本当に」
 そう言って、返事を制するように、ただしっかりと頭を下げ直した。



 そうして、傭兵たちが任務へと向かい、また一人になると。
 もう一度彼は、禁煙パイプを取り出していた。
 禁煙パイプであるからして当然禁煙を目的として使用を始めたわけだが、何かとストレスの多い立場にある彼がそれを完全に手放せるようにはなかなかならなくて。割と長くこれを愛用するという、禁煙しているのだかしていないのだか何がなんだか、という奇妙な状態になりつつある。

 ‥‥何もかも、中途半端だな、というのは自覚していた。
 だけど、今はこれが精いっぱいで。
 それでも、完全にあきらめることだけはしたくない。まだ、それだけの意地はどうにか、ある。

●参加者一覧

エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
荒巻 美琴(ga4863
21歳・♀・PN
ツァディ・クラモト(ga6649
26歳・♂・JG
旭(ga6764
26歳・♂・AA
楊江(gb6949
24歳・♂・EP
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
Kody(gc3498
30歳・♂・GP
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文

「何かと思ったら家出人の捜索ねぇ」
 ツァディ・クラモト(ga6649)が、ひっそりと、やる気なさげな声でぼやいた。
 家出人、と言う表現にKody(gc3498)が笑う。
「ははっ。家出人か。確かに何か親子喧嘩じみた感じだな」
 嫌いじゃねえけどなぁ、こういうのも。
 Kodyが陽気な調子でそう言うと、聞こえたのだろう、少尉の顔に困惑が浮かぶ。
 だが――
「僕は、こういう人の動かし方は嫌いです」
 旭(ga6764)がそう言うと、一瞬で、少尉の顔から表情が消えうせる。
「‥‥いや、すみませんでした。こうして依頼した少尉自身が、一番腹を立てているんでしょうね」
 すぐに旭は、すまなそうにそう続ける。
 彼は、村を守ろうと飛び出した兵士の気持ちは買っていた。
 でも、ただ頭に血を上らせて行動するだけでは駄目だということも、分かっている。‥‥そのことに、自分自身、気をつけねばならない、と言うことも。
「――いえ」
 穏やかに答える少尉の拳は強く握り締められていた。
 分かっている、と。
 きっともっといい方法はあったはずで。
 力が足りない、環境が悪いという理由でそれが出来ないのならば、それもやはり、今までの己の積み重ねが原因。
 それでも、嘆いても後悔してもどうにもならないのだから、今の自分に出来る、思いつく方法でやるしか、ない。
 ‥‥そんな少尉の姿に、楊江(gb6949)はどこかシンパシーを感じていた。
 楊江もまた、いつも感じている。依頼を受けるその度に、自分の技量や経験の「中途半端」さを。それは、後ろめたさすら感じるほどの思いで‥‥でも、それはそれなりに、精一杯やるほかに、ないのだ。
 傭兵達は踵を返す。提示された依頼を‥‥あるいは己の想いを果たすために。
「ところで」
 部屋を去り際、最後にヘイル(gc4085)が肩越しに振り向いた。
「『安い挑発に乗って、戦略的価値の低い山村を救う為、上司にたてついて独りで飛び出す馬鹿な兵士』がいるとして」
 そうして、空々しく、問いかける。
「『孫 陽星』はどう思う?」
 と。
 当事者でなく。
 小隊を率いる少尉としての立場でもなく。
 ただ一人の個人として、『彼』、出て行った兵士のことを傍目に見たら、どう思うか、と。
「‥‥残念ながら、綺麗事ですよね。彼のやり方や想いは、通じない。簡単には」
 目を閉じて、ゆっくりと。慎重に少尉は答えた。
「‥‥でも、誰かが言わなければいけないと、思います。戯言でも、誰も口にする気すら起きない、あるいはそれが許されなくなってしまったら、その時こそ終わりです。その場所は、完全に、絶望してしまったか歪んでしまったかして、いる」
 ――だから彼が飛び出していった場所は、まだ彼が戻れる場所であるといいですね。
 少し、自信なさげにそう言って、一度言葉を切って。
「たとえ理想だと分かっていても、近づけようと努力すること、そのために尽くすことは、忘れたく‥‥ない。特にこういう立場だと、油断するとすぐにそうなりますからね」
 少尉はそう締めくくった。
「成程。気苦労が絶えないな? 『孫少尉』?」
 ヘイルは苦笑して答えて‥‥そして、彼も部屋の外へと出て行った。



 捜索は二手に分かれて行われた。
 先発して、ひとまず村へと向かい情報収集をする班と、少し時間を置いて直接山へ向かい、直接キメラと兵士の捜索をする班と。
 前者はヘイル、楊江、朧 幸乃(ga3078)。
 後者が荒巻 美琴(ga4863)、ツァディ、旭、御鑑 藍(gc1485)、Kodyという構成だ。

 村での情報収集はあっさりと終わった。村の長に話を聞くと、『彼』の足跡はあっさりとつかむことが出来た。
 山岳にてキメラの影を捉え報告した村人、その話を聞きにいくと、わき目も振らず山へと向かった、と。
 一同はすぐに山岳へと出発した。
 本格的に捜索を開始する。楊江はエミタに働きかけ、注意力を増した目線で慎重に地に残された痕跡を探す。同時に、傭兵としておそらく自分より経験が深いのであろう幸乃やヘイルから何かを学び取ろうと、時折視線を送っていた。
 幸乃は、超機械を介して兵士と連絡が取れないか試みていた。自身のエミタを活性化させ、エネルギーを情報へと変えて他者のエミタへと伝播させる。

 後発組も、先発組から出発の連絡を受け、おおよその探索範囲を話し合うと、キメラを捜索しつつ合流しやすいように動き始めた。
 彼らの方が、キメラが出没した位置には近かったようだ。ほどなくして、草や木にその痕跡を見つけることが出来る。
 ややあって、藍が微かな気配を察知して、振り向いた。いたのは猛禽のしなやかな体躯を持つ、漆黒の獣――典型的な、攻撃力強化型の獣キメラ。
 藍はすぐに仲間に知らせ、連絡のための照明銃を撃ちあげる。そうするうちにぞろぞろと、木々の向こうから別のキメラが集まってきた。
 ――戦闘開始。

 ツァディが、アサルトライフルによる射撃によってキメラの動きを牽制、その出鼻をくじくと、美琴がその体を弾けさせるように飛び出していく。射撃によってひるんだキメラの顔面に、まずは突きあげる痛烈な一撃。相手の顔が、上半身が浮き上がったところに更にもう一撃。そのまま体勢を立て直すことを許さずもう一度。
 ただの連撃ではない、一発一発が、次につなげることを考えた連鎖の舞撃。決めるごとに、次撃を確実なものにする計算された流れだった。
「初めて使ってみたけど、結構良い感じのスキルだね」
 手ごたえに満足して、美琴が呟いた。
 その横を、疾風のようにKodyが駆け抜ける。美琴とキメラが交戦する、その向こう側からさらに現れた一体に、あっという間に肉薄すると棍を唸らせキメラの体を打ち据える。ロックのようなビートを刻みながらKodyの体が縦横無尽に疾駆する。攻撃の際に相手を翻弄し、そして敵の反撃にはその身を捉えさせない。少し闘ってみた感想としては『格下』だった。これなら本気を出すまでもないだろう。‥‥だが、状況と目的を考えれば、早めに駆逐したい。Kodyはエミタに命じて、自身の瞬発力をさらに加速させる。神速の突きが、キメラに叩き込まれる。
 藍もKodyと似た考えなのだろう。グラップラーとフェンサーの型の違いはあれど、彼女も速度を重視した攻撃を繰り出す。顔や足を狙い、迫りくるキメラたちをその場に押しとどめると、旭がそこに剣撃を加えていった。右手に熱気を、左手に冷気を帯びた剣をもち、さらには雷の剣へと持ち替えてと、敵の性質と有効打を探りながら戦闘を最適化しようとする。‥‥残念ながら、今回の相手は属性持ちではないようだが。だが逆に、そうと分かれば頭を切り替えて、確実に一撃一撃に集中する。
 そうして、闘う最中。ふと傭兵たちは、己の知覚が鋭敏化していく感触を覚えた。エミタによって、感覚を引き上げられるような。違和感を誰かが口に出そうとした時。
「皆さん! 無事ですか!」
 楊江の声がした。先発隊が合流してきたのだ。ならば、この感覚は。
 視線は自然に、幸乃の元へ。その手元で、超機械が激しく駆動している。間違いない、これは彼女の支援によるものだ。理解すると、自然、何名かの口元に笑みが浮かんだ。
 ‥‥そして、先発隊の到着と同時に。
「お? お? え?」
 明らかに、状況に戸惑う感じの、見知らぬ声がした。慌てて一同の視線がそちらに向かう。
 ‥‥あらかじめ聞いていた通りの姿が、困惑の表情で傭兵たちを見ていた。
「色々聞きたい事もあるけれど、先ずはこっちを片付けちゃおう!」
 美琴が声をかけると、相手ははっとした顔で、動作を開始する。まだ混乱は解けきっていないのだろう、どこかぎこちなさはあったが、それでも、悪い動きではなかった。

 こうなってしまえば、数も能力も格下のキメラたち。殲滅に問題など、あるはずもなかった。



「そっちも能力者みたいだけど、所属は?」
 ツァディが、新たに現れた能力者に問いかける。
「あー‥‥所属、所属、なあ‥‥」
 誤魔化す風ではない、本当にどう答えたらいいのか分からない様子で相手は鼻を掻く。
 キメラを倒したことで多少気は晴れたのだろう、その様子は、聞いていたものよりはだいぶすっきりしているようではあった。
「あんたらは‥‥傭兵なのか? なんで。結局、ラスト・ホープに依頼はいってたのか?」
 逆に問い返されて、傭兵たちは一度顔を見合わせる。さて、どう切り出したものか。
「いや、キメラ退治は『偶々』さ。ある人から『行方不明』になった部下を探してくれと依頼があってな」
 やがてヘイルが、肩をすくめながら言った。とたん、目の前の相手に警戒の色がにじむ。
 後ずさり、逃げようと機会をうかがう相手に、ヘイルはとぼけた調子のまま、続ける。
「ところで。『戦略的に何の意味もない山村を救いたいが、立場が邪魔をして単純な部下をダシにでもしないと傭兵を派遣できない小隊長』がいるとして、アンタはどう思う?」
 そうしてヘイルは、少尉にしたのと同じように兵士にも問いかけた。
 が。
「は‥‥あ‥‥?」
 こちらは、咄嗟には、質問の内容、というかその意図を類推することは出来なかったようだ。
 それでも、足を止めてしまったついでに、回らない頭で一つ一つゆっくりと考える。
 ヘイルが微笑を浮かべたまま答えを待っていると、やがて兵士はおおむねを理解したのか、仏頂面で顔を上げる。
「『‥‥わからねえ。面倒くせえ。気にいらねえ』」
 そうして返ってきたのは、そんな答えだった。
「成程。ちなみに俺達に依頼をした人物は部下に対してこう思っているそうだ」
 そうして、ヘイルは先ほどの少尉の答えを述べる。反応は‥‥なかった。兵士は、相変らず不機嫌そうな、納得のいかない顔で、固まっている。
「巧く‥‥利用されてますね」
 それに対し、不服をはさんだのは藍だった。
「隊長の立場等は解らない‥‥ですよね。ですからこの様に勝手に行動した」
 藍は淡々と続ける。今までの隊の行動が不真面目だと思うのか? 人数に限りがある、不測の事態にも備えなければいけない、そうした制限の中で、救いたくても救えぬものもあるのだと。
「私が言いたいのは、結局貴方は自分の責任を放棄して行動したのだ、ということです」
 次いで口を開いたのは楊江だった。
「‥‥戦略的に価値の低い村だから優先されない、それが正しいとは言えませんが、激情にかられて少尉に噛みつき、飛び出したというのは、軍の一員として役割のある人間のする行動ではない。怒りにまかせて動くのは子供のやることです」
 貴方は一人の兵士であり大人であるはずだ。大人なら、救いたければ冷静に責任を果たしかつ効果的な方法を考えるべきではないでしょうか。
 二人の言葉は、正論ではあるだろう。兵士にだってそれが分からないはずなど、ない。
 だが、単純で、頭に血が上りやすい人間に、一方的に『正論』を用いて『説得』‥‥いや、『説教』に当たるのは、往々にしてあまり上策では、ない。
 一度は戸惑いになっていたその表情が、再び頑ななものへと変わっていく。
「目の前の者を‥‥助けたい‥‥その想いは、尊重、する」
 それを見て口を開いたのは、それまで後ろで見ていた幸乃だった。
「ただ‥‥今のあなたも、向き合う・ぶつかることから逃げた。ぶつかっても無駄と分かっていて、諦めて。そういうふうにも、とれる」
 試すように彼女は言った。すぐに激昂する相手なら、いっそ帰らせる方向に焚きつけることはできないか、と。
「‥‥言ってきたさ。散々な」
 うんざりと、兵士は言った。
「こうした問題にぶつかる度に、上司とやり合ってきて。こんなんでも一応能力者だから、そうそう首にも出来ねえみてえで。方々たらいまわしにされた挙句が、さっきまでいたとこ、だよ。敗残部隊の生き残りやら、扱いにくい能力者やらが集まる掃き溜め部隊。‥‥でも逆に、んなところだからちっとは期待‥‥してたってのに‥‥よ‥‥」
 流されるまま、ひたすらに思いのたけを吐き出して。そうするうちに、何かを見つけて兵士の声がかすれていく。
 期待してた。その言葉がはっきりと引っかかるのを感じて、彼は沈黙する。
 期待を‥‥していたのだ。彼は。今の上司に。喧嘩別れする、その直前まで。
 だからこそ、爆発した。今までの上司と違い、『駄目だこいつ』ではなく、『裏切られた』と思ったから。
 全ては、自分の、勝手な思い込みが招いた事。でもそれは本当に『先入観による思い込み』だけだったのか。
「さっきの話。あの野郎‥‥ホントにんなこと言ってたのか?」
 やがて兵士は、改めてヘイルに問いかけた。
 一度は期待したけど、それでもやっぱり‥‥むしろ、結局は今までで一番頼りない、頭でっかちの優男だと思ったのに、と。
 ヘイルはただ、さあ、とばかりに肩をすくめて見せた。戻って自分で確認しろ、といわんばかりに。
「このまま出て行くとしてアテはあんの?」
 なかなか動こうとしない兵士に声をかけたのはツァディだ。
「1人でやれることなんて、たかが知れてる。そのうち飛び出した目的さえできなくなるのがオチだって」
 それには、反論の材料はないのだろう。ぐ、と兵士は言葉を詰まらせる。
「軍に残ったほうが、やりようはある。今回みたいに。何も全て正攻法でやる必要は無いってこと。無い知恵絞って考えりゃいいよ」
 畳み掛けられて、それでも一度兵士は、逃げるように視線をめぐらせた。まだ半信半疑のようだ。本当にこのまま戻るのが、最適の道なのか――?
「ボク達庸兵もキミが思ってるほど自由じゃないんだよ。基本的に依頼が無いと動けないんだから」
 逃げ道をふさぐかのように、美琴が言う。
「それに装備は全部自腹だから、受けられる依頼にも自然と制限ができちゃうんだよ?」
 ためしに聞くけど、今、いくら出せる? そういわれると、いよいよ兵士は進退窮まる様子で奥歯を噛む。
「隊長が何を考えてるか、本当に知りたいなら隊長としっかりと話して下さい」
 再び、藍が口を開く。
「どうしても判らない、理解しようともしない、帰らないのなら‥‥力づくで連れ返します‥‥」
 そうして、ついには、誰もが言わず、それでも最後の手段として考えていたことを、藍が声にすると。
「そろそろおれの出番か? いっちゃうか?」
 それまでずっと黙って、後ろで煙草をふかしていたKodyがぱきぱきと指を鳴らしながら言った。
「え、お、おい‥‥!?」
 流石に慌てて、兵士はにじり下がる。単純な男だが、それでも戦士だ。先ほどの僅かな戦いでも、相手の実力の程は測れている。
 そして。
「帰るよ! 帰りゃいいんだろチクショー!」
 山に、やけくそ気味な叫びがこだました。

 ――ひとまず連れ帰ることには成功したが、完全和解はまた次の話、になりそうで、ある。