●リプレイ本文
半ばやけくそで企画されたこの『女装美人コンテスト』は、告知当初は大半のものが、苦笑気味に、そして冷めた目で迎えていた。
誰かを笑いものにして盛り上げる悪趣味な企画。そういったものにすぎない、と。
だが。
ぽつぽつと参加表明がされ、その『所信表明』とばかりに張り出されだした写真を見て‥‥
当日。会場を訪れた人数は、当初予想した規模をはるかに超えるものだった。
●金城 エンタ(
ga4154)
エンタが選んだ衣装は袖なし、ハイネックのドレス。
瑠璃色のサテン生地に、金糸の刺繍。パッドで調整され、胸元にはしっかりと、しかし大きすぎないほどのふくらみを持たせている。靴は足首まで紐のある、ハイヒールのミュール。色は金色。
一歩歩くごとに、服の持つ光沢が照明を受けて煌めく。
だが、それをまとうエンタ自身の化粧はごく軽い。素材を活かすナチュラルメイク。それが、ゴージャスかつセクシーな衣装でありながら、決してけばい印象は持たせない。勿論、無駄毛問う見苦しい部分は完璧に処理されている。
「金城エンタです。一曲、歌わせていただきます」
優雅な動作でステージ中央まで来ると一礼。イントロが流れ始める。
スローテンポの、じっくり聞かせるタイプの曲だった。
観客と一体となって乗るタイプのものではなく、じっくり聞かせる種類のもの。故に、惹きつけるには力量を問われるが‥‥本来ならば女性アーティストが歌い上げるその歌を、エンタはクリアな声質で見事に表現する。観客のあちこちから、感嘆の声が漏れた。
エンタはさらに声だけでなく、身体全体で曲を表現する。音の強弱に合わせ体を使い、音にさらに幅を持たせ、さらに動きで表現に厚みをつける。
目線はしっかりと観客席へ。漫然と視線を巡らせるのではなく、こちらに向かう視線に応じるように。まっすぐな視線を受けた一人が、ポッと顔を赤らめると、慌てて俯き「あれは男だ‥‥男だからな‥‥」と言い聞かせるように呟いていた。
やがて曲が終了する。一瞬の間の後、場内は温かい拍手に包まれた。
●兎々(
ga7859)
兎々の衣装は、浴衣。
メイクはこれまた落ち着いたナチュラルメイク。黄色に引いたアイシャドウと、ピンクのグラデーションで彩られた爪がささやかなアピールポイントか。
「兎々さん皆みたいに歌とかうたえないし、ダンスもできないからちょっとお喋りしまーす」
兎々はまず、和やかにそう宣言する。
「えっと、先ずこの浴衣は暦の上ではもう秋。でも残暑も厳しくこのコンテストも夏フェスということなので夏と秋を両方取れるものを選んで見ましたー。紅葉が秋っぽいでしょ?」
言って、浴衣全体を見せるようにくるりと一回り‥‥かと思いきや、そのままさらに半回転。客に背中を向ける形で、動きを止めてしまう。
なんだ? と思い、客席が一度静かになった時だった。
――しゅるり
微かなはずのその音が、静かな場内に響く。ぱさりと、浴衣の帯が落ちた。そのままするりと浴衣がずれて、うなじが、肩が、背中がゆっくりと見えてくる。
そして兎々は、そのまま浴衣を脱ぎ棄て‥‥覚醒!
「あと兎々さん最大のアピールポイントはこの犬耳と尻尾でーす。これは皆には無いんじゃないかな?獣人萌えーな人も、そうでない人も兎々さんのことを飼ってみたくなっちゃった人もぜひ一票投じてね(ハアト)」
ピン、と主張する、ビーストマンの証たる犬耳と尻尾、と、共に現れるのは水着姿。覚醒とともに丸みを帯びた体つきに赤のビキニが映える。もちろん、男性としてどうしてもごまかせない部分は、ちゃんと青のパレオを巻いてカバー。淑々とした浴衣姿から一転、驚きのサプライズ。否応なしに盛り上がる。
なお、この時観客の一人であった旭(ga6764)が、無理矢理ステージに乗り込もうとした旨で退場となった。その際、「これは! これだけは認めてください!」と涙ながらに押しつけられた「兎々」と必要以上に力強く書かれた投票用紙は受理されたようである。
●ヤナギ・エリューナク(
gb5107)
ヤナギのテーマは「花魁」だ。
黒地に散る見事な華。帯には孔雀の羽根。ぽっくりを履き髪には鈴の髪飾りと生花のコサージュ、簪を。髪型はあえて赤のまま。だが目を引くその色は、絢爛な衣装の中で決して浮いた存在ではない。
艶やか。その一言に尽きる着物姿。
彼は金の扇を取り出すと、扇ぐようなゆっくりとした動作から舞に入る。一通り踊った後、ちょっと一服、という感じに優雅に煙管を取り出すと、すぱーっと吹かすふりをする。
その、煙管を手に。ふと彼は、小首を傾げ、口元に小さな笑み。
愉快そうに。動きを止めて。妖艶な動作と視線に、観客の意識が奪われて。
次に客の目に焼き付けられたのは銀の一筋。
――斬られた
何人かはそう錯覚した。煙管の中から、そこに仕込まれた刃が姿を現している。そこからは剣舞。一転して、激しく情熱的な舞。曲もベースとギター、ドラムを用いた重厚なものになる。
‥‥この曲は、ベースとギターはヤナギ自らが演奏、録音。ドラムも打ち込みによるもの。
己の特技を生かした見事なパフォーマンスであった。
実のところ、他の参加者に比べればヤナギの顔立ち、体格は男らしい。化粧をし、体型がごまかしやすい着物姿でも、男だよね、と言われれば納得する、そんな姿だ。だが、そのうえでこの着物姿がアリかナシか? と言われれば‥‥アリ、だろう。その立ち振る舞い、雰囲気に見苦しさはない。むしろ、これはこれで女性とは別の美しさがある。ある意味で「女装美人」という言葉に最もふさわしいのは彼だった、かもしれない。
「着物美人はいいですね〜。あの項の辺りから漂う色気とか、着物を着た動作の気品漂う感じがグッドです!」
観客席から、和泉譜琶(gc1967)が呟いていた。どうやら彼女はヤナギに投票するようだ。
●九龍 リョウマ(
gb7106)
舞台裏。リョウマはきっちりと衣装を合わせ、化粧も完ぺきと言えるまでに整える。
軽く体を動かしてみる。女装用でなく完全に女性用のそれは、少しきついかもしれない、とリョウマは思った。だが。
「本当に全員男なのでしょうか」
周りを見回してリョウマは思う。そして確信する。本気で行かなければ勝つどころか、並ぶことすら許されないと。
そして彼の出番が来る。同時に彼は覚醒した。それによって、彼の体が変化を見せる。
「‥‥?」
このときリョウマは、微かに違和感を覚えた。だが、それを追及している時間はない。
「正真正銘の男ですよ」
覚醒の影響で女性らしい体つきになったリョウマは、司会者の言葉に自信満々の笑顔で答えた。だがやはり‥‥説得力は皆無である。
微妙な空気のまま、彼は予定していたパフォーマンス、ダンスを始めようとして。
ビリビリッ!
鋭い音がした。チャイナドレスの胸元が弾け、そしてそこに押さえつけられていたものが零れ出す。
「えっ!?」
すさまじい会場のどよめきに、思考がフリーズ‥‥だがそれも一瞬のこと。すぐに状況を理解すると、胸元を手で隠す。そして。
「少しサイズが小さかったから仕方がありませんね」
苦笑しつつそのまま退場。落ち着き払ったその様子。恥ずかしいのは「胸を」ではなく「失態を」見せたから。‥‥やはり、思考は間違いなく男性のものであった。
●夜刀(
gb9204)
「エースアサルトの夜刀! 歳は17! 好きなタイプはアニキ系だから、そこんとこ宜しくな!」
夜刀は、登場するなり元気いっぱいにアピールする。女装をしても口調はあまり変えないつもりらしい。だが、それもまた面白い。
「お節介かもだけど、俺からの応援歌‥‥《SUMMER’S WAR》聴いてくれ!」
演奏とともに、あらかじめ用意していたBGMが流れ始める。
♪ 逞しくなったねとか
火薬の香りが似合うとか
言わないで 傷付いちゃうよ
今は唯の「オンナノコ」なのに
歌い始めて、しばらくして。
「いえーーーーいっ!」
客席にいた一人の少女が、抑えきれないという様子で拳を振り上げて、叫ぶ。
♪慣れないワンピース ヒラリと翻る
ひび割れした爪も マニキュアで彩って
誇りに思って 自慢の恋人だって
君の為に 戦場駆けるよ
少女の傍らにいた男性が、驚いて少女を見る。
視線に気づくと、少女はぷぅ、と拗ねた顔で男性を見つめ返す。
♪君の空、声 、心 この腕に抱えて
護りたいんだ どんな敵にも渡さないから
男性は、夜刀の歌に。少女の気持ちを理解して、苦笑してその肩を抱き寄せた。
♪例えボロボロになっても 帰るよ必ず
その時は 抱きしめてね
強く優しく ギュッと笑顔で‥‥
ノリノリの曲に、場内は一体となって盛り上がっている。その盛り上がりに最も同調を見せたのは、初めの少女たちと同じように‥‥歌に共感を覚え、寄り添う恋人たち。
楽しく、そして‥‥幸せな空気でつつむ。そんな夜刀のパフォーマンスだった。
●有村隼人(
gc1736)
隼人は、水色ワンピースのエプロンドレス、所謂「不思議な国のアリス」をイメージした服装で現れた。ただし、髪型はショートカットのまま。そのことが、これがあくまで「女装コンテスト」であることを思い出させる。
「参加者はみんな可愛いので、負けないように頑張ります!」
意気込みを聞かれると、隼人はそう答え、両手でキュッ! とポーズを作ってかわいらしさを演出する。そして。
「料理、編み物でアピールします!」
そう言って、彼は作業を開始した。
勿論このようなアピールを選択するからには、器用さに自信があるのだろう。テキパキとした動作で、まずはクッキーを完成させていく。
「皆さん、よろしければ食べてくださいねー」
出来上がったそれを、手前の席では手渡しで、奥の席にはビニールに包んで放り投げることでふるまっていく。
前方の客の中には、差し出されたそれに手を伸ばすのではなく「あーん」と口をあけて求めるものもいた。隼人はそれに、嫌な顔一つせずに応じて見せる。どころか。
「口元についてますよ」
そう言って、笑顔でハンカチで口元をぬぐって見せすらした。冗談でやったのだろうその客は、思わずびくりと体を震わせ、顔を赤らめる。
料理がふるまい終われば次は編み物だ。
「今はまだ勉強中ですけど、簡単なものを作ります!」
そう言って作り始めたのはアクリルたわし。
簡単なものであっても、「目の前で物が出来上がっていく」というのは結構、興味深いものだ。最後まで、観客の目を引きつけていた。
●龍乃 陽一(
gc4336)
陽一の服装はメイド服。胸にはしっかりパッドを入れ、髪型は両サイドの前の部分は三つ編みに。女形の必須技術として、化粧も完璧に。
手にはフリフリの傘。そして‥‥ナイフ。
呼ばれると彼は、元女形役者として身に付けた、「女性らしく見せる」所作を完璧に使って、ステージ中央まで歩み寄る。
そして、はじめたのはナイフによる剣舞。
(「‥‥あれ?」)
パフォーマンスを始めてしばらく、陽一は不思議な感覚にとらわれていた。他の参加者の演目に、知らず、心が燃えていたのだろうか。かつてないほど良く、体が動く。
何かに真剣に向き合うとき、数十回に一度訪れるという「会心」の瞬間。それが今来ている。陽一はそれを確信する。
傘を回し、ナイフを翻し。アップテンポな曲と神秘的な歌詞に合わせ、『危険な香りを持つメイド』を完全に、観客に「魅せて」いた。
その凄まじさに、客席は知らず静まり返っていたほどだ。
「さてと」
剣舞を終え、陽一はそのまま、なんてことないように客席に語りかける。
「誰か頭の上にこのリンゴを置いてそこに立って頂けないでしょうか〜?」
空気は一変に「急」から「緩」へ。その差分で魅せるのも歌舞伎の技。ホッとした空気が流れ、客は知らず、詰めていた息を吐く。そしてその瞬間、神秘的、近寄りがたくもしていた陽一への好感度が、ぐっと高まる。
勇気ある観客が一人、的に名乗り出ると、陽一はなんなくナイフ投げを成功させ。
穏やかな空気の中、陽一の演技も終了した。
ネオ・グランデ(gc2626)は冷静に、陽一の演技を見て彼に投票しようと決めていた。
「最近流行りの男の娘は凄いな‥‥」
全体的にレベルの高い演出に、つい、言わずにはいられなかったようだが。
●ニコラス・福山(
gc4423)
セーラー服。
白衣。
赤いランドセル。
縞々のオーバーニーソックス。
頭に大きなリボンでショートポニーテール。
ニコラスはそんな、いろんな意味でアレな姿で登場した。
そして、ステージの中央に立つと、堂々と演説を開始。
「‥‥さて、私がコミレザというイベントで調査を行った結果、興味深いことが分かった。
幼いキャラクターを題材にした作品が多いのだ。
それだけではない、作品の注釈に面白い文面がある。
『登場人物は全てXX歳以上です』
ここまで説明すればもう分かっただろう。‥‥分からない? つまりだな。
世の理に反してでも幼いキャラクターを愛でたい、求めているということだ、
その実はXX歳以上という詭弁を使ってでもな。
ふふっ、私がその妄想を現実にして見せてあげますよ」
言い終えると同時に、覚醒。
ぴょん、ぴょんとあほ毛がはねて、可愛らしさを演出する。そして。
むかうのは隼人も使った簡易調理台。背丈が足りないので小さな椅子に乗って立つ。
「おにいちゃん、もうすぐでお料理が出来るから待っててね♪」
「あっッ、やけどしちゃった」
「ありがとう、おにいちゃん、私、おにいちゃんのお嫁さんになってあげるね♪」
そんな言葉、演技を交えながら。
王道。お約束。そう呼ばれるものは、大多数に支持されるからこそ「それ」たりえるのだ。
あざといとどこかで感じようとも、ツボを突かれたものは萌えずにはいられない。見事な作戦と言えよう。
●結果は‥‥?
コンテストを見学した大半の人間の感想は「あれ本当に男か」というものだった。そして同時に「まあどうでもいいかそんなこと」と。男か女か、女装かなんてどうでもいい。参加者全員の渾身のアピールを、楽しませてもらった。それは‥‥何より参加者が楽しんでいたからだろう。それでいいじゃないか、と。
そう。コンテストが終わるなり、参加者の皆は打ち上げを開始。皆互いを讃えあっていた。
この時点で優勝者がだれかは不明。予想を超える盛り上がりに、集計が混乱したのだ。
深夜。LH中が気になっていたのだろう。第一報が出ると、たちまちに伝播される。
――優勝者、龍乃 陽一、と。
とりあえず報告だけもたらされる形になったため、トロフィーも賞金も後回し。
だが。
ともに戦った同士からの、温かい祝福。
それが、最初の、そして何よりの、「賞品」となった。