●リプレイ本文
ビルの立ち並ぶオフィス街。
穏やかな住宅街。
確かに人の営みがあったと感じさせるそこに、場違いな建物がいくつも顔を見せている。機械でありながらどこか有機的な様相を見せるキメラプラント。危険な空気を隠そうともしない実験施設。物々しい対空砲に身を固めた要塞。
場違いであるはずのそれらがしかし‥‥幾つも立ち並ぶと、もはやそこにあるのが自然と思わされてしまうほど、変わった町。変えられた、町。
KVの高度を上げながら近づいていくと、その全貌が次第にあらわになっていく。
「総てを殲滅する!!」
傭兵たちのKVの一隊の中から、鋭い声と共に先陣を切って飛び出していったのBLADE(
gc6335)の機体だった。
異形の施設の一つに向けて、ホーミングミサイルBT−04が口を開く。吐き出されたミサイルが標的に向かって一直線に伸びていき、目標を誤ることなく着弾。派手な爆発と共に、屋根の一部が焼けおちる。
クラーク・エアハルト(
ga4961)がそれに続き、兵器のトリガーを引いた。
「最初に、一番派手なモノから壊していきましょうかね?」
彼が標的としたのは、異様の中心。かつては県庁であったバグアの城。M−181大型榴弾砲の一撃が、周囲の大気ごとその建物を震わせる。
その振動の収まらぬうちに、立て続けにクラーク機から攻撃が行われる。220mm6連装ロケットランチャー。P−120mm対空砲。もうもうと立ち込める粉塵の向こうで、標的となった建造物が少しずつ姿を変えている。
あちこちで重火器の爆炎が上がる中、砕牙 九郎(
ga7366)の機体はその爆撃を避けつつ大地を駆けていた。やがて眼前に見えてくるのはキメラプラント。
「さてと‥‥んじゃあ、いっちょハデにぶっ壊しますか」
駆け抜けながらグレートザンバーが引き抜かれ、掲げられる。まずは堅く閉ざされたキメラプラントの門扉に向けて、走る勢いはそのままに斜めに切り落とす。鋼鉄のはずのそれは、障子紙のように斬り裂かれ吹き飛ばされた。そうして、眼前に広がる、KVから見ても大きなプラントに――長大な刀身を、勢いを乗せて、叩きつける!
ミリハナク(
gc4008)は、UPC軍のKV小隊と共にいた。なぜなら、彼女もまた、今はUPC軍の一員だからだ。
『‥‥いかがなさいますか、ミリハナク中尉』
KV隊の隊の一人が問う。彼女がこの隊の隊長、というわけではない。彼女の階級と能力に相応の敬意を払ってのことだ。
『私が囮になりますので、後ろから援護射撃お願いしますわ。私に当たっても構いませんし、戦果はそちらの記録で協力してくださいな』
そうして、彼女が告げたのはただその一言。
『‥‥はい?』
兵士が問い返す、その疑問に答えはなく。ミリハナクの乗る、鋼鉄の竜が金属の咆哮を上げた。まっしぐらにバグアの施設を目指して飛んで行き。距離50。M−181大型榴弾砲を全弾叩き込み接近。着地と共に機盾「ウル」を構えると、穴だらけになった施設へ向けて叩き込む。パラパラとミリハナク機に降り注ぐ破片が、次の瞬間生まれた熱量に弾き飛ばされる。ミリハナク機から真っ直ぐに伸びる光は重練機剣「星光」のもの。光の筋が一直線、壁に向かって描かれると、少しの間をおいて、壁は切れて崩れ落ちる。
(軍に入りましたが、軍人らしい行動というのはどんな感じかしらね)
嗤いながら破壊を続ける彼女の側に、援護の手を伸ばせる兵士はいない。孤独に戦う彼女の、その様、まさに一騎当千であった。
破壊活動は、途切れなく行われていた。弾薬が尽きれば、傭兵たちは下がって補給を受ける必要があるのだが。ロック・ヘイウッド(
gb9469)のの西王母が、ひとまずの中継ぎとして時間短縮に一役買っている。‥‥のだが。
「ヘイ、オヤジ。錬力、弾薬満タンでっ‥‥って、うわ、なんだこれ」
補給を求めたBLADEがそのいで立ちに思わず声を上げていた。
「あいよっ! 錬力弾薬満タン、入りましたなんだぜっ!」
ノリノリで応じるロックのの声と共に、ぬっと現れた西王母の巨体には、今。奇怪な丸っこい生物? が、幾つもペイントされていた。愛嬌があるのかないのか、微妙に気の抜けるデザインには、ネギだトマトだパイナップル、あるいはシラコバトや桜など、さりげなく、あるいは強引に地元に関連のある要素が盛り込まれている。‥‥所謂、地域の「ゆるキャラ」という奴だった。
かつて、地元への愛をこめて生み出されたのだろうそのキャラたちが、西王母の巨体に乗ってゆっくりと埼玉の上空を前進していく。
復興・再生をイメージさせるようにという、ロックの願いの形だった。
「っていうか、よくやったな、それ‥‥」
補給を受けながら、BLADEが思わずツッコむ。
「小隊の皆が1週間でやってくれました!」
びしりと親指を立てて誇らしげに答えたロックに、随行する風山 幸信(
ga8534)が、突貫作業を思い出したのか「ふぁ‥‥」とあくびを漏らした。
と、気を緩めるのも一瞬。幸信は首を振って眠気を振り払うと、再び周囲へと警戒の目を走らせる。西王母には攻撃手段がほとんど存在しない。効率よく補給を行うために、戦地を動き回る西王母を護衛するのが、幸信機が負った役目だった。他の機体の攻撃に巻き込まれぬよう、連絡を取り合いながらルートを確認するのも忘れない。
そうしてKVが達が、あちこちで衝撃と破壊を撒き散らしていると、ちらほらと、動く何かがレーダーに捉えられ始める。
『――‥‥! キメラ!』
気付くと、KVの向きを変えようと操縦桿を引く。急旋回しその衝撃に耐えながら、建物に向けていた照準をなんとかキメラへと合わせようとする。
真っ先に反応出来たのはヨハン・クルーゲ(
gc3635)が展開していたファランクスだった。キメラの群れ、その先頭に弾丸の壁が立ちはだかる。隙に、ヨハン機は施設へと叩きつけていた白桜舞を構えなおし、群れへと突っ込んでいく。覚悟か、本能か、数匹のキメラがヨハン機へと挟撃をかける。鋼鉄の脚に肉塊がぶつかってくる音と感触。その衝撃が安定してから、左から来たキメラをそのまま、文字通り蹴散らすと、右から来るのを白桜舞でまとめて薙ぎ払う。 ヨハン機をはじめとして、どの機体もキメラが飛び出してくる可能性は考慮はしていた。だが、建物の破壊と並行しての警戒に効果的な対策をとれていた者はそう多くはない。小回りと初期加速度に関しては、機械よりも生身の方が上回る。咄嗟にKVが張ろうとした弾幕の多くは、立ち向かってきたキメラに対してはともかく、逃げようとするキメラには追いつかない。
しかし、対策をとっていない、というのはつまり、凝った対策を必要と考えなかった、とも言える。
キメラ出現、の報告が次々と無線から流れてくると、片山 琢磨(
gc5322)はコックピットに映し出されるマップへと視線を落とす。
住民のいない市街地を遠慮なく、自在に走り回っていたスカイスクレイパー。
「‥‥なにか轢いたか‥‥?」
小型程度のキメラであれば気にせず弾き飛ばしながら、市街地内を最大速で縦横無尽に進んでいた、ほとんど趣味のために爆走していた琢磨だが、その建前として掲げていた「索敵」の役割はきちんと果たしていた。
実際に走り回ることで得た、占領前の地図よりもはるかに正確なナビゲーションマップ。無線から報告された情報を元に、キメラ出現地点を書き込むと、それを正確に味方へと中継する。
これを受け、支援として控えていた伊藤 毅(
ga2610)が移動を開始。
『ドラゴン1‐1、目標空域に到着、攻撃を開始する』
上空から、キメラの群れが移動するポイントを視認すると、爆撃に入る。
『マスターアーム点火、座標確認、ウェポンリリース』
KVよりミサイルが吐き出された。キメラの集団に先回りして、アスファルトを炎の回廊へと変貌させる。街の外へ向けて走り出したキメラが、止まり切れずに自ら炎の中へと飛び込んでいく。為すすべもなく炎にまかれ灰燼と化し崩れ落ちていく。
『殲滅確認。了解、次の地点に向かう』
人類の攻勢に、一度に街のあちらこちらから姿を現したキメラの対応は、簡単には終わらない。毅は標的の全滅をしっかりと目視で確認すると、再び、KVでの対応が妥当な地点を聞きだしてそこへと向かっていく。
ただひたすらに、KVの兵器を恐れて走り回るキメラ。細かな対応はKVでは手が回りきらず‥‥運よく爆撃を逃れ町の外へと向かおうとするそれを出迎えたのは、物陰からのM−121の掃射だった。銃弾を浴びのけぞるキメラが後続のキメラと衝突、次々と転倒する。
生身で展開するチームの中、一歩前に出て待ち構えていたロジー・ビィ(
ga1031)は、既に二刀小太刀「花鳥風月」に持ち替えたあと倒れたキメラへと向かっていく。強く地を蹴り、先頭のキメラに肉薄すると銀の刃が翻る。一撃の後に離脱、彼女が構えなおすその一拍あとに、キメラの喉元から血飛沫が噴き出した。返り血を避けるようにして回り込むと、即座に別の敵へと向かう。
そこから更に数瞬遅れ、キメラがようやくロジーを脅威として認識する。一体一体相手取ろうとするロジーに対し、複数のキメラが同時に彼女に目を向けて。
「無駄なんだからッ☆」
同時に飛びかかろうとしたキメラたちが、銃弾に囲まれてたたらを踏む。ユウ・ターナー(
gc2715)の制圧射撃。手にするSMG【ヴァルハラ】は特注品だ。25連発の弾幕が、複数のキメラを纏めて足止めする。
「さ、ロジーおねーちゃんっ、今だよっ!」
ユウの声に、ロジーの身体が再び爆ぜる。瓦礫を足がかりにして軽快に高く飛び上がると、浮き足立つキメラに向けて脳天から強烈な一撃をお見舞いする。
――その、ロジーたちの戦いを、離れた位置からドクター・ウェスト(
ga0241)が双眼鏡で眺めていた。キメラ戦のため、ではない。戦いかたの癖や弱点を探る視線は、むしろ能力者へと向けられていた。一通りの観察を終えたあと、その手から双眼鏡が離れ、かわりに現れたのはエネルギーガンだった。電波増強。覚醒紋章である『憎悪の曼珠沙華(リコリス)』、足元から全方位に展開するそれがなびく様に揺れる。
キメラの群れへと向けてエネルギーガンが立て続けに放たれる。先見の目によって状況を掌握すると、敵味方の動きに合わせて的確に、必要な敵から焼き払っていく。傷ついたさいたま市の民。だが、ウェストにもトラウマが無いわけではない。倒してきたバグア派人類や子供の強化人間、そしてKV戦闘に巻き込んで殺してしまった非能力者の少女。
(我輩はまだやらねばならないことがある、やるまで死ぬわけにはいかない)
「滅ぼす、滅ぼす、バグアは全て滅ぼさなければならないね〜」
狂気の目が血走っていく。その瞳に映し出されたキメラは次の瞬間、エネルギーガンに穿たれ機械剣で焼き切られる。
別の場所。キメラの逃走が報告された地点へ向けて、鐘依 透(
ga6282)のバイクが急行していた。目標を捕らえられる距離まで近づくと、やや乱暴に降りてSMGを掃射する。出し惜しみのない射撃。地を駆けるキメラを容赦なく駆逐すると、注意していたキメラがその翼を広げようとするのが見えて‥‥透の動きが電光と化した。稲妻のごとき速さで手近な建物の壁を走り抜けると、空を行こうとするキメラ、その眼前に向けて跳ぶ。逃げるキメラに先回りして、その眼前に銃口を突きつける――
能力者たちによる、それは一方的な破壊だった。
一方的な殺戮だった。
砲撃で焼け焦げた建物に強烈な一撃が叩き込まれ、砂糖菓子のように崩れ落ちて大地へと堕ちていく。
本能で暴れまわるだけのキメラに精密な射撃が、斬撃が叩き込まれ、血の染みを広げていく。
兵器を、武器を掲げ、炎と血で世界を赤く染め上げる。
はたから見ればこんなものは、ただの圧倒的な暴力で。
それを躊躇いもなく行使し続ける彼らは。彼らを――
「自らの罪を突きつける遺物ですか‥‥なるほど、‘これから’には不要ですね。破壊いたしましょう、完璧に完全に」
手近なキメラの殲滅を終えたヨハンが、再び白桜舞を施設へと向け。
「もう誰もこんなモン気にしなくていいように、跡形ものこさねぇくらいに、ぶっ叩いてやらぁ」
九郎のザンバーが、崩れ落ちた建物を、それが何であったのか分からなくなるまで粉々に粉砕し。
「さいたま市‥‥もうちょっとで解放されるんだねっ! ユウ、頑張っちゃうんだカラ」
ユウが、一匹たりとも逃がすまいと、視線と共にSMGの銃口を鋭くあたりへと巡らせて。
「この作戦でさいたま市は本当に解放され、復興の道へと進めるのですわね。ならば‥‥本気で行きますわッ! さいたまの為に。さいたまの人々の為に」
ロジーがそれに呼応して、刃を血で濡らし続ける。
「君達が創造に手を貸し、地球の生命を奪っていったものの最後を、その目に焼き付けたまえ〜」
ウェストは、バグアに手を貸した人々への憎しみは今は押し込めて、キメラの殲滅へと集中し。
そして。
透が。
ビルの壁を蹴り、飛行するキメラの行く手を塞ぎ。空中で真正面から対峙する透は。
「もう、眠れ‥‥この施設ごと、この戦争の傷跡も」
祈るように呟いてから、キメラの顔面に銃口を向けて。
(人を苛む罪の象徴なんて要らない。
人を殺す為だけに生まれるキメラなんて命も‥‥生まれなくて良い。
――もう良いんだ‥‥)
躊躇い無く引き金を引いて、銃弾を浴びせかける。
――彼らを。
震えあがるほどの殲滅力を。
それを行使する時の想いを。
その姿を。
その在り方を見て。
彼らを、どういいのだろう?
人々は、彼らを何と呼ぶのだろう?
「‥‥こんな事でもないと、使わない装備だよな‥‥」
クラークが、己の兵装が破壊した痕跡を見下ろしながら、どこか自嘲気味に呟いた。
「まあ、ここにはあまり深く関わってはいないですからね‥‥完全に報酬目当てと、普段使わない装備の試射ですよ」
彼は、自分の行為を、この光景を、どこか冷淡に見つめている。照れかくしの偽悪――だけとは言い切れまい。実際にこの作戦において彼は兵器の能力を確かめるような行動に出ていた。可能な限り最大射程で撃っていたのはそのためだ。‥‥止まっている物体、しかも建物サイズとくれば、命中に支障はなかった。
主だったバグアが去った地上での、能力者の力。
「バグアとの戦争も終れば一応はお役御免ですからね。まあ、次は人間同士のいざこざでしょうし。そう簡単に、人間同士分かり合えるものでもないでしょう?」
そんなことを言いながら。
一面の真理を、鋭く突いておきながら。
(まあ、今は一般人がバグア戦争中よりも多少はマシな生活が送れます様に。――それが短い物であっても)
それもまた、彼の偽りのない心境であった。
●
『単機では破壊しきれない可能性アリ、周辺機に支援を要請』
眼前の施設に兵器を打ちこんだ手ごたえに、毅は周辺に声をかける。ヨハン機がそれに応じ、クラークの誘導で射線を交わらせる位置にとる。
『タイミング合わせ‥‥‥‥ウェポンファイア』
毅の号令で、同時に命中した兵装が威力を相乗させながら頑健な防壁を叩く。単騎での攻撃と違い大きく歪んだそこに、もう一度。
あちこちにそびえていたバグアの要塞は、しかし。
時間と共に、姿を消していく。
炎は漆黒を灰色に変え、その灰を掻きだすと新しい大地が顔を見せる。
やがて。
『センサークリア、目視でも敵性動体確認できず、地上部隊、そちらはどうか?』
毅の再びの呼び掛けに、あちらこちらからもたらされる報告は。
『了解、ミッションオーバー、ドラゴン1−1、RTB、セイアゲイン、リターントゥベース』
作戦の成功と、収束を示していたのだった。
バグアの残影を残す街は、今。
ただの、穴だらけの瓦礫の街へと、変わったのだった。
「立つ鳥跡を濁さず。バグアとは違ってきちんと片付けていきませんとね」
破壊を終えた後もヨハンは、KV用多目的アタッチメントの試運転も兼ねて瓦礫の撤去を手伝うために、ヨハンは暫く、ここに留まるようだ。
●
それから‥‥。破壊を終えた後、想いを残す傭兵たちは、それぞれに行き先を決めて行動していた。
東京都内のとある施設の一角で。
きゃあきゃあと、子供たちのはしゃぐ声が響いていた。遊び場を失い、エネルギーをもてあました子供たちが笑いながら体をぶつけるのは、しゅてるん、ろんぐぼう、あぬびすのぬいぐるみ。家族を失った子供たちが身を寄せ合う施設に、これらの縫いぐるみを持ちこんだのは幸信だった。1.5mもあるふわふわの縫いぐるみは、子供たちのパワーを受け止めるには十分な性能だったようだ。‥‥果たしてそれのモチーフが、兵器であると子供たちは認識しているのだろうか。
‥‥戦争の傷跡が、癒えていない子も勿論いる。賑やかに遊ぶ子供たちがいるだけに、片隅で動けずにいる子供たちの姿は、余計に心を打つ。
(色々と物入りで金はまだまだ貯まっちゃいねえが、何時かきっと、皆が笑顔になれる遊園地を作るからな)
破壊しか出来ない力。それでも、守ったものは。未来は、確かに、ここにある。
そう‥‥思いたい。
静と動の景色。二つの結果を見つめながら、幸信は静かに決意し直していた。
「へーい、記録かい!? このゆるキャラ達の雄姿を配信してくれてもいいんだぜ!」
戦いの結果を映像として残そうとするBLADEに、ロックが元気よく声をかける。
「そうだな‥‥これも、一つのエールなんだろうしな」
BLADEは、その様に少しためらってから、それでも一応破と記録に残すことにした。
‥‥傭兵と軍が共同して行った、埼玉における最後の作戦の映像。それをBLADEは、市民の皆に見せようと、多くの避難民が集まる場所へと赴いて行く。
「埼玉の戦闘はこれで終わりか‥‥バグアと戦えても人の心は救えない、癒せない。これで一区切りつけばいいのだが」
祈りと共に、声をかけて。映像を見に集まってきた市民は、期待するほど多くはない。
そして、齎された破壊の光景は。
手を叩いて喝采を受けたわけでは、無かった。
市民たちはただ、声も出せずに一連の破壊を見つめていた。
映像が終えた後も、じっと無言でいた。
何を言えばいいのか分からない、何を思えばいいのか分からない市民たちに向けて、BLADEが始めに、言葉を発する。
語り聞かせたのは、この街を想い死んでいった強化人間のことだった。
「この何も無くなったさいたま市を彼の遺言のさいたま市にするのはあなたたちです。自分は協力しか出来ません。全力で協力します」
真っ直ぐに市民を見つめるBLADE。協力する、という言葉に、しかしまだ、伸ばす手をつかもうとするものは現れない。
「さいたま市‥‥これで綺麗になったよ‥‥?」
躊躇いがちに、震える声を紡ぎだすのは、ユウだった。
「皆‥‥復興頑張って。ユウもお手伝いするカラ‥‥」
だから。
「皆、もう一度、立ち上がって! 強く、強く生きて‥‥!」
かすれる言葉。
綺麗事だというのは、分かっていた。
自分に出来ることなど限られているということも。
それでも、伝えたかった。
事実。傭兵としてできることは限られている。
世の中、そんなに単純になどできていない。
立った二人の言葉はか細くて。行きずりの彼らと、残される市民たちが別れた後。
二つの間に横たわるのは、それでもあきらめきれずにユウが紡ぐ、ハーモニカの音色のみ。
優しく力強いその音色。
「頑張れ‥‥頑張れ‥‥! ユウ達の想いよ、届け‥‥っ!」
例え傭兵たちが真摯に思ったって。
人々は、世界は、彼らのように強くはなくて。
誰もが同じにはできていないのだから。
だから所詮。
必死の想いが。
張り上げた声が。
届くのはせいぜい、数名がいいところで。
「う、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
彼らが立ち去り。ハーモニカの音も消えた、そのしばらく後。
動き出した心が。
このまま終わりたくない。
再び故郷を取り戻したい。
突き動かされる衝動に、産声のような叫び声を、誰かが確かに上げていた。
――それはやはり、残された困難に対しては、あまりに小さな声であったけれども。
ロジーは一人、荒れ果てた大地を少しだけ整備して、その地に「黄色いバラ」を
植えていた。
人々がここに戻ってきたときに、希望になるようにと。
その華は開くのか。
その祈りは届くのか。
それでも、種をまかなければ決して咲くことはない。それだけは、間違いない。
「生きるって辛いな‥‥笑うのは、もっと、辛い‥‥」
ぽつりと、透が呟いていた。
(後は時間が解決してくれる‥‥でしょうか‥‥)
皆が笑える日が、来るといい。
あまり気の利いた事も、言葉も思いつかないけれど。
(お婆さんのお菓子‥‥美味しかったな‥‥)
思い出すのは、別の復興地での優しい記憶。
今、生きてこうしてる事は無意味じゃない。それだけは確かなのだから。
少なくとも透は、そう思う。
今はまだ、破壊のみを結果に残して。
埼玉の復興は、こうして始まっていくのだ。