●リプレイ本文
――なぁ。きみは能力者って何だと思う?
軽く地形を確認してから、クローカ・ルイシコフ(
gc7747)の先導で再び森を進んでいく。こうした場所で、傷を負った獣がどうするか。捜索すべき箇所を絞るは難しいことではなかった。
気配に、音桐 奏(
gc6293)が先制して茂みを撃ち抜く。追い立てられた獣に向かって、遠石 一千風(
ga3970)が翔けた。刃の軌跡が傷ついたキメラを打つ。悲鳴を上げてのたうつキメラに、傭兵達の容赦のない追撃が加えられる。
傷ついた身体を無理やり動かして、離脱を図り跳ねるキメラ。
「致命的な隙を見逃す程お人好しではありませんので。撃ち抜きます」
それを貫く奏の銃声が。
――‥‥僕はこう思う。対バグア専用「兵器」だとね。
クローカの、自問の答えとちょうど重なっていた。
無慈悲な破壊力がキメラの身体を一直線に貫通し、その命をあっけなく奪い取る。
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キメラが動かなくなって、周りを見回しながら村雨 紫狼(
gc7632)が確認する。暫くの警戒の後、一度ふっと気を緩めた――その瞬間、紫狼が、問題の男に向かって、覚醒を解いて殴りかかった。不意をつかれ男が尻もちをつく、
「ヘーィ! てめーは次に「何しやがるんだこの野郎!」と言うッ」
「‥‥」
調子良く紫狼が述べた予想だが、男は無言。そのことは構わずに紫狼は続ける。
「悩むのは別にいい、俺もキメラや強化人間を殺すのは苦痛だよ。殺すしか救えないと割り切っていても、胸が張り裂けそうになる」
「俺は苦痛じゃねえよ。飯の種をそうそうなくしたくねえってだけだ」
「俺が怒ったのはな、いい年こいた男がグダグダ後ろ向きな事だ! 負け犬ムードを外にまき散らすんじゃあねえぜッ」
ぽつりと漏らした反論を更に無視して紫狼は続ける。
「人生を本に例えりゃ、心情系モノローグでページ水増しすんのは三流物書きのやるこった、ネタ切れ誤魔化してんだよ。誰がそんなつまらねー本を読むと思う、燃えるゴミ逝きだ!」
「別に自叙伝にするつもりがなけりゃそんな例えに意味はねえだろ」
「ま、俺なりに真面目に答えてやる」
このあたりで男は返答をやめた。
「これからは能力者である事が差別になるかも知れねェ。もし能力者として自信がねェんなら、エミタ摘出も視野に入れて、可能な限り暴力と無縁の生き方を模索しろ。否定されたのは能力者の末路であって、アンタ自身じゃねーぜ? 後は職安行くか技能セミナー受けとけ、このスカタン!」
一千風が、止めるべきかどうか戸惑いながら様子をうかがっていた。口論が過熱するようなら止めよう、とは思っていたのだが。
「ったく、どいつもこいつも後ろ向き、不平不満だらけ。いい年して厨ニ病ってんじゃねェ、聞いてて恥ずかしい。俺には相思相愛の女もいる、人生設計も抜かりねェ。力に溺れず、努力を怠らねェからいつでも前向きなんだよ」
今この状況は口論とは言えない。紫狼が一方的にトーンを上げて、男はただ聞き流しているだけだ。
「‥‥俺が敵として戦った多くのバグアや強化人間たち。善悪抜きにして、最後まで奴らは自分を信じてブレずに生きて、ブレずに死んでいった。悪ィが、その程度で泣き言吐いちゃ、先に地獄に逝ったアイツらに顔向け出来ねェのさ!」
そうして、紫狼がようやく、長い口上を語り終える頃。
「私情や理想を抱く、大いに結構。ただ任務に持ち込むのはいただけないね。僕らは兵士、僕らは能力者。任務一つこなせなけりゃ、それこそ木偶の坊さ」
「‥‥そいつぁわきまえてる、つもりさ。だから今回のキメラ退治はちゃんと手伝っただろ?」
クローカが、尻もちをついたままの男に手を差しのべていて、男はすでにそちらと会話をはじめていた。
「‥‥おい?」
詰め寄ろうとした紫狼に、反論の声を上げたのは、しかし。
「相変わらずの独善だな‥‥」
男ではなく、秋月 祐介(
ga6378)だった。
「奪うのは嫌だ、躊躇してきた‥‥笑わせるな。お前がかつて「あげてちゃってもいい」と言った物資は他人の物だ。それとも命でないから奪っても構わないとでも言うのか?」
淡々としながら、声には仄かな怒気を含んでいた。場が明らかに剣呑としていく。
「お前が頭でっかちの能書き野郎と嘲った者の言う現実の矛盾を覆すものすら示せぬなら、その醜悪で小綺麗な理想を囀るなッ!!」
そうして祐介は、はっきりと不快感を吐き捨てる。
己が理のみが正しいとして。状況も事情も他の立場も顧みず他を否定し。その上自らの破綻には目を瞑り。紫狼の言動は、祐介に言わせればそんなものだ。
「それでもなお、思想に留まらず、歪な理想を語るというなら‥‥」
静かに吐き出し続けていた祐介が、ここですぅ、と息を吸った。
「理想を抱いて溺死しろ!!」
怒鳴り、踵を返そうとする祐介。その迫力に、
「‥‥。こいつぁ驚いた、ね」
言葉を継いだのは、発端の男だった。
「何だ。戦闘中はやけにクールに指揮してたと思ったら、意外と熱いんだな。喧嘩売られたのは俺だってのに、これじゃ俺の出番がねーや」
「‥‥。ああ、それは確かに。失礼」
確かに、割り込むタイミングを誤ったかもしれないと祐介は、そこは非を認めた。好きに言ってやってください、と紫狼に再び、冷ややかな一瞥をくれて。
「いやま。怒る気もしねえけどな」
そうして男は、一応とばかりに紫狼は向き直る。
「申し訳ないがあんたの御高説は俺にはあまり参考に出来そうにねえな。どうもあんたは、俺が居るのとは別の地球で俺が知ってるのとは違うバグアと闘ってたとしか思えねえや」
序盤はまあくそ真面目に考えるならそんなところだろうな、と一応は聞いていた。だがバグアへの賛辞が始まったところで――こいつ何言ってんだ? としか男には思えなくなった。
男にとってキメラは問答無用の殺戮兵器だし、強化人間だって、人類が不利な時に早々に裏切った奴、というのが多数だと思っている。人類の多くが敵と認識するからこそ、その対処が飯の種になるのだ。
‥‥見えてるものが、感覚が、違いすぎる。その上で、こちらの話を聞こうという姿勢がない。紫狼が中二といって切って捨てた、男の感覚では現実に存在するリスクへの懸念だ。それを分かろうとは、多分しないんだろうと。
どちらの感覚が正しいのかはともかく、話が通じる気がしない。それが紫狼の演説に対する男の感想だった。
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「‥‥ですが、貴方の意見も、興味深いですが現実的ではありませんね」
奏でがそこで、口を挟む。
「キメラの存在そのものが一般人には脅威です。貴方が言うようにキメラを討伐せずに痛めつけるだけで済ますだけでは一般人は納得しませんよ。キメラを殺さない能力者に対する不信が募り能力者の立場は悪化するでしょう。さらに犠牲者が出た場合は最悪の可能性も考えられますね」
「やり方次第じゃねえか? 中型以上のキメラになれば、対処は能力者に頼るしかねえんだ。俺らがこういう風にしかやらねえ、って決めたら、結局‥‥は‥‥」
男のトーンがだんだんと鈍くなっていくのは、一千風の視線に気がついたからだろう。
「キメラは消えるべきだ」
視点が自分に移ったのを認めて、一千風は、迷わずきっぱりと言った。
傷つく人を救いたくて、そのために弟の意志を引き継いで――と言えるかどうか――能力者になったのだから。
そして。
「能力者は消えるべきだ。目的を果たしたなら不要な力は手放すべきだろう。人は最初から能力者だった訳ではないし、それでしか生きられない訳じゃない」
とも。
「好きな写真で食べて行けたら最高だけれど、私にとって能力者は生きる手段じゃない」
「‥‥。簡単な話じゃねえぜ。俺らが戦いしかやれなかった数年間、普通に働いて、勉強と経験を詰めた奴が競争相手だ」
「‥‥分かってる。けど」
「‥‥ああ、悪かったな。姉ちゃんの夢を否定したいわけじゃない。やりたいことが他にちゃんとあるなら、そりゃ結構なことさ」
溜息と共に零す男の声は、意外と柔らかい。それは彼女が、立場を違えながらも男の苦悩についても考えているのが伝わるからだ。
一千風には、他に夢がある。だけど‥‥傭兵とでしか生きられない能力者、仮にそういうものがいるのだとしたら‥‥。
「‥‥キメラとの戦いを引き延ばすのは認められない。傷つく人が増えるから。私や誰かがきっと倒し続ける」
それでも、この問いに対しては、己の答えは変わらない。
「既にキメラをどうするかなんて視点で考える状況は終わったよ」
そうして、祐介が再び、今度は静かに意見を発した。
「抵抗するバグアがいるにはいるが、勢力が小さすぎる。第三となる小勢力が生き残るには、残る両者がある程度拮抗していないといけない‥‥」
「‥‥みてえだな。ま、認めるさ。確かに俺の案は、現実的じゃないみたいだ」
そうして男は、三人の答えにあっけなく持論を放棄した。決定打は、一千風の真っ直ぐな意思。思い知る。彼女のような能力者は、少なくないだろうと。だから己の提案は、実現しない。
思い知って――‥‥何故だろう、ほんの少し、愉快だ。
「上手な解決法はないけれど、世界が変わるなら能力者も変わらなければならないんじゃないだろうか。」
一千風は最後に、それだけ呟く。
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「‥‥さて、それじゃあどうすればいいかね?」
再び零れる、自嘲気味の問い。
「戦いある限り私は能力者として、傭兵として戦い続けますよ。そして世界を観察し続けます。人が、世界が出す答えが冷たく残酷なモノだとしても」
最初に答えたのは奏。ただ、それは男へのアンサーというより、ただ己のスタンスを語っただけだが。
「もし世界から戦いが無くなった時はそうですね。一から他の生き方を探すとしましょう。実際に一から始めている方もいるんです、出来ないと諦める理由にはならないでしょう」
「‥‥見通しもなしに『多分なんとかなるだろう』なんてのは俺はやりたくないね。無いところから発掘する前に、今ある資産をなるべく高く処分できねえのか? 俺が考えてるのは、そういうことだよ」
「そうだねえ。言ったけど、僕らは兵士。僕らは兵器だ」
クローカが、そこでようやく出番が来たかとばかりに口を開いた。
「だってそうだろう? 傭兵って身分からしてさ。兵士が一人前に人間様を名乗れる訳がない。上の命令に従い、敵を殺す。能力者の、唯一にして絶対の存在意義だ
――一般人出の英雄気取りが、自分でどう勘違いしていようとね。
そいつを放っとこうってのは、ポンコツになろうってことさ。役立たずの兵士は只の穀潰し、食い扶持なんかあるもんか」
身も蓋もない言葉を継ぐクローカにはしかし悲観の色はない。
「さて。宇宙人はもういない。まぁ、もうすぐいなくなる。そろそろ対バグアってのにも拘ってらんない。でもさ。敵なんてどこにいる?」
「――‥‥戦争が終われば、俺たちは排斥されるだろう」
そう返したのは天野 天魔(
gc4365)。
「人は何千年も神や肌の色等自らと異なる者を認めず争ってきた。ならば人ではない俺達を認めるわけは無い。エミタを捨てても元能力者とばれれば差別され排斥されよう」
天魔の答えに、彼のしかし残念そうに首を振る。
「一般人が敵? あぁ、銃なんていらないね。訓練にもなりゃしない」
「復興が一段落すれば人同士の戦争が再開される。そうなれば戦力となる能力者は重宝される。戦い続けたいなら同じ志の能力者を集めてPMCを作るといい。儲かるぞ」
「能力者が敵? 雇い主様の為に戦う剣闘士なんて、憧れちゃうなぁ」
天魔とクローカのやり取りは、まるで歌劇さながらだった。唄うような言の葉を互いに愉しんでいるのだろう。にこりと、互いに笑みを浮かべて顔を見合わせて。
「‥‥バッカバカしい。そんな下らないことに振るう為、能力者になった訳じゃないだろう」
クローカがそうして、これまた劇的に表情を一変。吐き捨てるように言った。
「居場所なんてどこにもない――この星には」
そうして彼は、ここで男に向き直った。
「そうさ、僕らにはいい転職先がある。この力を存分に振えるいいところがね。――そ、宇宙さ」
過酷な宇宙開発は、頑丈で力の強い能力者に向いている。
「どうせ地球じゃまたすぐ戦争さ。バカな連中の狂言自殺になんか付き合うことない。バグアより強い相手と会えるかも知れないし、ね」
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一行が散り散りになってから、天魔は気取られぬように男に近づき、囁く。
「先程は皆の手前ああ言ったが人と能力者の争いは避けられん。そしてその戦いで勝つのは能力者だ。能力者は人より優れているからな」
天魔の言葉は男にとって心地よいものではあった。
「優良種たる能力者は劣等種である人を支配し導くべきだ。そして能力者を統べるのは人との戦争で一番戦功を立てた者だ」
能力者の優位性。それこそが男が欲しかった結論だ。危険な快感が心をくすぐるのが分かる。
「‥‥いずれ争いは起こる。ならば仕掛けられるのを待つ必要はないと思わないか? 誰よりも早く仕掛ければ誰よりも多くの戦功が立てられよう」
「‥‥そいつぁ、魅力的な話だね」
男の言葉に、天魔は愉悦を抑えつける。
今回の、対立。
戦勝の高揚がなくなれば世界中でこのような対立が生まれる。
対立は争いへと育ち、成熟した争いは戦争へと昇華する。
そして次の戦争は今回と同じ様に素敵な劇を数多生むだろう。
彼にとって今回の事件は、次の劇が早く始まるよう仕込をするせっかくの機会だ。
「――が、見込み違いだよ」
苦笑して、男は答えた。
「考えりゃわかるだろ? そんなこと始める度胸がある奴は、こんなところでブチブチ言ってないさ」
ま、あんたの意見は、前半は結構参考になったよと、ひらひらと手を振って。失望する天魔を置き去りに、男は立ち去って行く。
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「PMCに、宇宙開発。ま、能力者として妥協するなら確かに、そんなところなのかね」
掌の紙片をぺちぺちと弾きながら、男は一人ごちる。それは、祐介が手渡してきた名刺だった。
『能力者のメンテナンス技術はほぼ独占されているから、能力者が独立勢力にというのも現実的ではない。一見すれば、手詰まり‥‥』
弄びながら、男は祐介との会話を思い出す。
『だからこそ視点を切り替える。現状、世界政府構想もあるが、結局は色々な思惑が絡まっている‥‥だからこそ、そこに何か見えてくるんじゃないですかね』
何か含みをもたせつつも、それが何なのか、祐介ははっきりとは言わなかった。ハッタリなのかと過剰な期待はできないと思いつつも、男は手にした紙片を放り捨てることもしなかった。
少なくとも、一人で出来ることは限られているのだから。コネクションは多い方が良い。
世界の変化。
能力者の向かう先。
男だけでなく、誰もが岐路に立たされている。
彼は。貴方は。どの道筋をたどりたいと、思うのだろう。