●リプレイ本文
「これは‥‥」
「っ‥‥予想以上、ですね‥‥」
なるべく、傷が深い場所を。力仕事を手伝える場所はないかと尋ねてきた鐘依 透(
ga6282)と夏 炎西(
ga4178)に、少しためらいがちに孫中尉が紹介したのは天津市の郊外だった。
そこはかつて、バグアの巨大戦艦【天雷】によって踏みにじられた場所。踏みつぶされた田畑の復興に中々手がつけられていない理由は、一目見て明らかとなった。‥‥「手がつけられていない」、というより、個人の力では「手のつけようもなかった」のだ。戦艦の通過によって、すりつぶされた家屋の廃材が畑にねじ込まれた状態で撹拌されている。土がめちゃくちゃになっただけではない。大きな破片がどこにどう埋もれているのか、手をつけてみなければわからない状態。‥‥戦後、もう一度自分の土地で農耕をとこの地を訪れ、そして一目見て諦めて引き返す。そんな背中が、見えてくるようだった。
ふと顔を見合わせる炎西と陽星。『もう少し被害を少なくすることはできただろうか?』と、どうしても考えてしまう。
ほんの少しの間立ち尽くす二人の横で、透が前へと進み出た。そうして、手近な破片から掘り起こし、決められた場所へと纏めていく作業を開始する。
透は、今二人が思い返している戦いの場にはいなかった。だが‥‥真っ先にこうして、只管に手を動かす彼の胸にも現在、去来する思いがある。
(救いたいか‥‥傲慢だったのかもな‥‥)
今こうして作業しているこの光景。それもまた、自分のちっぽけさを思い知らせてくれる。
――助けたいと願った強化人間の子がいた。
そのときのことを思い出す。
願いに対して自分はあまりにもちっぽけだった。頭の足りなさから手段に何の具体性も示せず。我侭を強引に叶える程の力も無く‥‥。
投じた言葉は‥‥届いたというには遠すぎた‥‥。
とめどない回想はしかし、あまり作業が進んでいるように思えない、という状況から意識をそらすという効果もあった。勝手に体が動いてくれる。思い詰めた顔をした透は、この場にいる誰よりもよく働いていた。
●
狗谷晃一(
gc8953)は、北京の、仮設住宅の並ぶ一角で、住民の治療をしていた。
仮設住宅の不便な暮らし。厳しい季候や不慣れな環境は体調を崩しやすく、ストレスによるケンカも発生しているようだ。医者が訪ねてきた、という知らせに、集まるものはそれなりに居た。
「いっ‥‥痛ぇ!?」
「だろうな」
苦境にわざわざ訪ねてきた医師。という言葉からイメージするものとは裏腹に、晃一の治療はあまり優しさを感じられるものではなかった。とにかく淡々と治療活動を続けていく。
「‥‥あんた、この国の人間じゃ、無いな。どこから来たんだ」
そうして、訪れてきた何人か目。誰何の声には明らかな失望と不信があった。
「‥‥ラストホープからだ」
ひとまず素直にそう答える。‥‥そして予測していた通り、男の反応は厳しいものとなる。
「ならいい。次の医者を待つさ。怪しい技で治されたくなんかない」
「能力者の力は使っていない。望まないなら、使わない」
事実だった。これまで晃一は、極力錬成治療を用いていない。この街に残る能力者への負の感情を懸念してのことだ。だがそんなこと大した問題ではないと、男は立ち上がる。
「待て。医者としてその膝、放置できん」
「‥‥っ!?」
男からすれば、晃一の素性が知れてからは気取られぬよう装っていたつもりだった。あっさりと患部を見抜かれて焦りが見える。
「前に見た医者はなんと言った? 俺なら長い間ほっといて大丈夫だとは言わん」
逃げようと腰を浮かせる男の腕をつかむ。
媚びるつもりも懐柔するつもりもその瞳にはなかった。あるのは有無を言わせない意思。治療させるまでここから帰さない。ただ患者の命の為に尽くす。それが彼の信念であり、傲慢でもあった。
彼の治療を望まずとも。生きることをも望まずとも。彼はただ、治す。
根負けして治療される間、男は北京解放戦前後、自分たちの環境がいかに不遇であったか、そのために己たちがどうせねばならなかったか、不満と正当化を延々と述べ続ける。
対する晃一の反論は、
「俺を嫌いになるならそうすればいい。だが、お前が怪我をすれば何度だって助けにくる。それが嫌なら怪我するんじゃねぇ」
ただその一言だけだった。
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舗装された道を、バイク形態のAU−KVが駆けていく。復興の進む街をいく張央(
ga8054)の旅は、中々に快適だった。
「これからはどちらに向かわれるんで? へえ、そんだったら‥‥」
途中、寄った土産屋の店主が愛想よく案内などしてくれる。‥‥なお、この愛想の良さは、央が2、3品纏めて買い上げて『上客』であることを示した後に豹変したものだ。
唇の端がつり上がりそうになるのは、皮肉ではない。これでよいのだ。焦土から這い上がろうという人間は、これくらい強かでなくては。一見親身にあれこれ案内する店主の、その透けてみえる下心にそのまま答える形で、更に追加で買い物をしてやることにする。
「還元、還元と‥‥しかしアリとキリギリスのようですな」
遊び歩く己にふと苦笑を洩らす。そして、まあいいか、と思う。こうして、消費活動を行うこともまた復興の一環、というのもあるが。
「恐らく、これが最後になるでしょうからね」
己を許すように。そして想いを確かめるように、呟く。
(久し振りの「祖国」ですか、ね)
――自分にも望郷の念とやらがあったのだろうか?
少し不思議な感じがした。店の前を辞した己に、店主が機嫌よく手を振り続けている。「良い旅をー」などとのんびりという態度は、自分の纏う剣呑さに全く気付いていないのだろう。
上海へと戻れば。能力者をやめれば。己はただの囚人だ。依頼でもなければ本来、こうして祖国に足を踏み入れるなど易々とはできないのだ。‥‥今後、己はどこに流れていくのだろう。それこそ、故郷に戻ればある意味で、「故郷の土」にはなれるのだろうが。
「――‥‥世界中飛び回って、キメラぶった斬ってる方が私は嬉しいですね」
呟き、街道をまた、AU−KVが音を立てて駆けていく。
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二日目になっても、透たちの復興作業は続いていた。
‥‥単純作業の合間に滑り込んでくる回想、その悔悟も、また。
少女の次に思い返すのは自らの意思で強化人間になった青年のことだった。
引き返す道はあったのに青年を説得することは出来ず、最後の戦いではその身を守ることすら出来なかった。
‥‥そして、その青年を唆した黒幕との対峙。
狡猾で居場所を突き止めることさえ困難を極める相手が見せた、たった一度きりのチャンス。
それを‥‥それを‥‥!
「‥‥さん。鐘依さん?」
「えっ? あっ? ‥‥は、はい、なんでしょうか」
透の思考を中断したのは炎西の呼びかけだった。何度名前を呼ばれたのだろうと、ばつ悪そうに答える透に、炎西は穏やかに微笑む。
「すみません、あちらの破片の解体を行おうと‥‥手伝っていただけるでしょうか」
炎西が示したのは不安定な状態で大きく突き立ったままの家屋の破片だ。能力者に支えてもらいながら、SES兵器で解体しながら撤去しようという目論見である。
透が支えながら、炎西が廃材に切れ目を入れていく。資材が不足する復興地のこと、再利用できるようなるべく断面を綺麗にしようと試みる。
けが人が出ないよう十分に気をつけているが、太い柱が、鮮やかに切り落とされていくのを人々は、どんな目で見ているのだろう。
拒絶されるのは、辛い。誰だって。
重い気分に引きずれれるように、思い出す。ここ、中国の戦いもやはり過酷なものだった。単純に敵の戦力差に対するもの、だけでなく。
(辛さから目を背けるために、とにかく前を見ようと思い、こうして一心に身体を動かしているのかもしれませんね‥‥)
作業の手を止めぬまま、静かに、炎西も己の気持ちを見つめる。
最終日は観光に行く予定だ、という炎西に、透は、ここに残って作業を続けるつもりだと返す。能力者とはいえここ数日の作業はしんどいもので、そろそろ体のあちこちが不服を訴えているが‥‥その苦痛すら、今の透には都合が良かった。
――僕は自分を絶対に許さない
憎い敵を討つ、たった一度きりのチャンス。その機会に、彼は負けた。
何の仇もうてずに。
今後も奴による被害は出ると想像できるのに。
もうまともに追うことも出来ない。
自分の無能が、彼らの運命を大きく歪ませてしまったのだ。
(いや‥‥そんな気持ちが‥‥傲慢、か‥‥)
能力者だからと言って何でもできるつもりになってはいけない。だけど、掬い取れなかったモノの大きさを考えると死にたくなる。
(楽になんて‥‥なれない)
後悔の記憶と懺悔の想いは何度も同じところを辿るだろう。その度に、自分は自分を許さないだろう。
――だから、生き続ける。
嫌いな戦いも辞めない。どんな戦場からも生きて帰る。‥‥また働いて、誰かを助けるために。
それは贖罪ではなく、戒め。
その身は、少しでも誰かの為に。
救いなどいらない――‥‥誰かを救えるのならば。
矛盾をはらむ彼の元へ、一つの一つの影が近付いて。
ああ、世の中はどうしてこうままならないのかと、この後彼は思い知る。
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そうして、炎西は告げた通り、央と合流して北京の都にいた。
「‥‥北京でもこちらの方は、だいぶ復興が進んでいるのですね」
「ええそうですねえ。幾つかいい店も見つけましたよ」
そして。
「済南市の方は、どうだったんでしょうか」
「‥‥。あちらは、元々街への被害自体は少ない地域でしたから、ね」
その道連れには、孫中尉もいる。これも、炎西の声かけによるものだ。そして問いに答える声はどこかぎこちない。人々の暮らしぶりはともかく、それ以外のところにまだ含みをもたせるようなニュアンスだった。
「ところで孫中尉の御出身はどちらです?」
央が続いて問いかけたのは、重い空気を払おうとしてのことなのか。
「私ですか? 福建です」
「ほお。あちらの方ですか‥‥にしてはあまり方言を感じませんね」
「ああ、そうなんですか? 別に特に意識はしてませんが‥‥徴兵されてからはほとんど軍に居ましたし‥‥いつの間にか、ですかね」
他愛のない話をしながら、ただ街並みを眺め歩く。
中国でも特に過酷となった北京ではまだところにより傷跡を残している。‥‥例えば、天安門。バグアに破壊されたここは、まだ復元は始まったばかりで、ようやっと基礎が固められている程度だ。
「それじゃあ‥‥撮りますよ」
だけどあえて、一度ここで三人は記念撮影をすることにした。今日、三人でこの地に来た時の記録。その意義を考えれば、ある意味ふさわしいと言えばふさわしい場所だろう。まだ復興は半ばなのだ。それを‥‥噛みしめるために来たのだから。
「良い帰国でした。私は運の良い男ですよ。ゴミ屑みたいに殺し殺される状況から、千分の一の偶然に救われた」
細い目を更に細めるようにして、央がポツリと言った。孫中尉は彼について何も聞くことはなかった。兵士として訓練を受けた者として、央の何気ない身のこなしから、彼がどういったものであるのかは十分に察することが出来て。
「この生活はどうにも手放せませんね。いつか他人を庇ってキメラと相打ちになれたら最高ですよ」
でも‥‥何も聞かないし、言わない。彼の在り方、その行く末について、何が言えるというものでもない。
「‥‥また来ましょう。今度は私が奢りますから」
央の言葉に応じる代わりに、そう言ったのは炎西だ。孫中尉が短く息を吐く。ああ‥‥確かに、またこれたらいいと思う。その時この場所はどうなっているだろうか。
‥‥それから、その時は、やはり。
「夏さん。私は‥‥戦時中を後悔していることがもう一つ、あるんですよ」
そうして、懺悔するように孫中尉は炎西に告げる。
「軍のものとして、傭兵との関係をどうするかは、難しいものでした。あえて個人を見ないようにと。こちらはそちらを利用し、駒としようとしているのだから」
「‥‥立場は、理解しているつもりです。‥‥その裏で、どのようにお考えかも」
穏やかに理解を示す炎西に、孫中尉はそうではない、とゆっくりかぶりを振る。
「‥‥一度きちんと告げておきたいんです。私、孫陽星個人としては――‥‥貴方を、心よりの友と思っています」
重い荷を降ろすように、吐き出された言葉。御迷惑でなければ、と小さく補足して、それから。
「‥‥また来たいですね」
二人に向けて、そう言ったのだった。
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「やらせておけよ。感謝なんてすることもないのさ。俺たちは『治療してもらってる』んじゃない。『治療させてやってる』のさ。お偉いさんやらのあいつらの思惑の為に、な」
臨時に設けられた治療室。その外漏れ聞こえてきた言葉は、果たしてわざと聞かせるようにやっているのだろうか。
どうとでも言えばいい。嫌われようが、面子の為の踏み台にされようが。治療さえさせてくれればこちらは本望だ。
‥‥面子。結局はそこか。決して己たちが間違っていたとは認めまい。故にこちらを間違っているといい続けるしかない。
「重傷だな、この街は‥‥」
まだまだ経過観察が必要、ということなのか。
‥‥すぐに変わるわけがない。人は。世界は。
そうすぐにうまくいくことなど、あるわけがなくて‥‥――
●
透の側に近づいてきた初老の女性は、苦労をにじませる皺だらけの顔で‥‥そして、そこに刻まれた年月によってのみ出せる、とても優しい笑みを浮かべていた。
「‥‥毎日一生懸命やってくれますねえ。本当に有難う。こんなものしかないのだけどねえ」
差し出されたのは手製の菓子だった。作りたてなのか、彼女の言葉のように温かい。ニコニコと差し出されると断ることなどできるはずもない。受け取って、そのまま口に運ぶ。‥‥疲れ切った身体に、甘さが、痛いほどにしみ込んでいく。
僕は能力者だけどいいのか。
貴方のすむ町がこんなふうになったのは、僕のふがいなさが原因かもしれないのに。
そんな愚問は、喉元にすら上がってこなかった。目の前の女性が純粋に自分たちを労いに来てることくらい良く分かっているのだ。無粋な問いかけなど‥‥侮辱にしかならない。
「ありがとう‥‥ございます」
「あらあら。こちらがお礼を言いに来たのに、おかしなこと」
許されたくない自分に、世界はこうして、絶望させてくれることもできなくて。
これからもきっと、自分は矛盾を抱え続けるのだろう。だけど。
(今は働くだけだ。それで誰かが少しでも助かるなら)
●
それぞれの立場。想い。そして世界の現実を。こうして確かめて、傷ついて。
だけど、誰もが、今はこう結論せざるを得なかった。
それでも、まだしばらく歩き続けなければならないと。