タイトル:【聖夜】Merry Marryマスター:凪池 シリル

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 23 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/01/05 10:31

●オープニング本文


 ――クリスマスに、なんてベタすぎて恥ずかしい、だろうか。
 だけど。特別に彩られたイルミネーションの中を大切な人と歩いていると、やっぱり幸せな気分が満ちていく。
 行きかう喜びに満ちた人々の表情。街角のあちこちで眼にするサンタクロース。
 街角の、開放された教会で、誓い合う二人。
 ヴェールと白のワンピースが、居合わせた人の技術でドレスへと変えられて。
 ‥‥ほら、皆、クリスマスの魔法にかかっていく。
 言えない言葉が、言えそうな気がしてきてしまう。
 ‥‥いいじゃないか、この日だって。
 ずっと前から決めてたことでしょう?
 後はタイミング次第だったんでしょう?
 雰囲気と勢いに任せてしまっていいのかって?
 いつやったって、こんなのは雰囲気と勢いですよ。
 


『私と結婚してください』



 ‥‥ほら、新しい幸せがまた、世界を彩り。誰かをクリスマスの魔法にかけていくから。

 恥ずかしがらなくても、街のあちこちで、きっと。





「今度こそ、ちゃんと言える、だろうか‥‥」
 地上に向かうシャトルの中、孫 陽星(gz0382)は、ぐるぐると頭の中でシミュレートを繰り返していた。
 LHに到着する時刻と、デパートで日用品を見て回りたい、という予定。『都合が合えば好きな時間に合流してください』とだけ伝えてある。
 幸せな一日が過ごせるだろうか。自分といて、あの人は幸せだろうか。
 それを確かめることが出来たら、今度こそ――
(‥‥そう言えば、この想いを自覚したのも、去年の聖誕祭だったな‥‥)
 中国人にとってそれはまだあまり馴染まない記念日ではあるのだが。自分にとってはおそらく、忘れられない日に、なるんだろう。




 さあ、あなたも、世界に魔法をかけに行きませんか。

●参加者一覧

/ 篠森 あすか(ga0126) / メアリー・エッセンバル(ga0194) / 鯨井昼寝(ga0488) / 綾嶺・桜(ga3143) / 小鳥遊神楽(ga3319) / 夕風 悠(ga3948) / 夏 炎西(ga4178) / 響 愛華(ga4681) / キョーコ・クルック(ga4770) / 守原クリア(ga4864) / 阿野次 のもじ(ga5480) / 百地・悠季(ga8270) / 守原有希(ga8582) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 狭間 久志(ga9021) / 憐(gb0172) / ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488) / キリル・シューキン(gb2765) / 矢神小雪(gb3650) / 安藤ツバメ(gb6657) / 夢守 ルキア(gb9436) / モココ・J・アルビス(gc7076) / クラフト・J・アルビス(gc7360

●リプレイ本文

●魔法の始まり

           (健やかなるときも――)

 ブライダルサロンの一角で、賑やかな声が上がっている。モココ(gc7076)とクラフト・J・アルビス(gc7360)、若い二人の元気な声。
「ドレスの試着もできますよ?」
 店員の言葉に目を輝かせるモココ。おー、と声とともに腰を上げたクラフトは、「とっておきにしたいので、クラフトさんにはまだ見せません」と押し留められた。
 ちぇ、と座りなおすクラフト。だけど、試着室に向かっていくモココの背中。雲の上でも歩くかのようなふわふわとした、夢見心地のそれを見るそれだけでも、十分に幸せだった。


           (病めるときも――)

 鈍重な灰色の空から、雪がしんしんと降り注いでいる。
 白と灰色。モノクロームの世界を一人歩くのは狭間 久志(ga9021)だ。
「傭兵になって‥‥いろいろあったな」
 去来する思いはこの空のように灰色の記憶が多かった。
(思えばいつも、状況や世界に翻弄されつつも、後悔したくないからって必死になってやってきた。そのつもりだったのに‥‥僕はいつも後悔していた)
 道行きとともに、己のこれまでを踏みしめ、確かめていく。
(失敗して失敗して負け続けて、夢も、希望も、あのひとも。何もかも失くしたと思っていた)
 思い返しながら、それでも前に進んでいく。重いはずのその足取りはしかし、止まる様子はなく。
 彼は進んでいく。愛するものが待つ、約束の場所へ。


           (順境のときも――)

 待ち合わせの場所で、メアリー・エッセンバル(ga0194)と夏 炎西(ga4178)は朗らかに手を上げて互いに歩み寄る。
 二人は今日、クリスマスの準備にと買出しに出かける予定だった。
「ローストビーフと、ミンスパイと、ポテトサラダとー‥‥」
 メアリーが、作るものに、その材料に、と、何を買うべきかを指折り数えていく。
「‥‥二人で食べるには、ちょっと多いかな? 長城の皆に持ってく?」
 何気なくメアリーが発した言葉に、炎西は苦笑した。背中がひりつくのを感じて、思わず手を回す。
 彼の背中は今、男所帯を抜け出す際に仲間達から付けられた手形紅葉で彩られていた。



           (逆境のときも――)

 守原有希(ga8582)とクリア・サーレク(ga4864)の挙式は、中々思うようには行かなかった。
 メトロポリタンXにある、クリアの両親が結婚式を挙げた教会で‥‥という彼女の夢はどうあがいても不可能だった。半年前にようやく奪還したばかりの地は、まだ調査段階で、故郷の人々すら立ち入れる状況にない。ならばせめて近い場所で、と探しても、候補地が中々見つからない上に、ようやく見つけても中々許可は下りなかった。調査と復興の邪魔にならないのか、と。
 言葉と誠意を尽くし、引き受けてもいい、己が管理していた教会を貸し出してもよい、という牧師が見つかってようやく、話が前に進んだ。
 どうにかメトロポリタンXを遠望できる位置。
 そして――そうやってようやく確保した教会は、永く人の手が入っていなかったことによる傷みを見せていて。とても、すぐに結婚式などあげられる状態ではなかった。


           (これを信じ、敬い――)

 鯨井昼寝(ga0488)は一人、クリスマスムードに浮かれる街並みを歩いている。
 通り過ぎる人波の、そのひとつひとつの顔も大半は笑顔で。
 それを眺めているだけで、こちらも幸せの欠片を拾ったような気分になる。
 浮き立つ心を隠そうともしない。賛美歌を口ずさみながら、彼女は進む。
 その道行きは、どこまで言っても一人。行く先に、彼女が想う人が待っている――という期待は、そこにはなかった。
 約束はしていない。
 だから隣に彼がいないのは良いのだ、と彼女は言う。
 元よりそうベタついた関係ではないし、お互いイベント事をマメにこなすタイプでもない。
『それぞれが目指す道を歩いているのであればそれで良い』
 素直にそう思えるそのことが、誇らしい。
 この季節。
 街がきらびやかに彩られるこの季節。たった一人、浮かれた足取りで、謡い歩く彼女は奇異だろうか?
 ――いいや。愛し、愛する自信に、堂々と歩く彼女は美しい。
 彼女が好きだといったこの季節。その風景。彼女自身もしっかりとその一部になっている。


           (これを慰め、助け合い――)

「‥‥お帰りなさい、陽星さん。せっかくの休暇だから、ゆっくり英気を養ってね」
 ラスト・ホープの空港で、小鳥遊神楽(ga3319)は孫 陽星を迎えていた。
「神楽さん。わざわざ空港まで‥‥こんな時間から、有難うございます」
 思った以上に早く会えたこと、それから、普段と趣の異なる、女性らしい装いの神楽に胸が高鳴るのを感じながら、陽星は彼女の元へと向かう。
「休暇が終われば、また崑崙へとんぼ返りだろうから、休暇の間はあたしに少しだけでも多く時間を割いてくれたら、嬉しいかな」
 その言葉に、同じ気持ちです、と、陽星も嬉しそうに、微笑んだ。


           (死が二人を分かつまで、固く――‥‥)



●育まれる魔法

 あちこちがクリスマス色に飾られた街を、メアリーと炎西は歩いていく。西洋の行事であるクリスマスにデート。だが、誘ったのは炎西からだった。
「西欧では大切な人と過ごすという聖誕祭の日に、メアリーさんと一緒に居られるのは本当に嬉しいですよ」
 そう言って微笑む炎西に、メアリーもまた、LH最後のクリスマスがこの人と過ごせてよかった、と心から思う。
 これまでの荷物は、約束どおり炎西が抱えていた。それなりの量だが、片手で軽々抱えている。‥‥勿論それは、大概の能力者にとって難しいことではないのだが。何というか、こういうのが様になるあたりが男の人だなあとか考えてしまうのは、惚れた欲目、だろうか。
 なんとなくしげしげと彼の姿を振り返って、ふと気付く。
 荷物は、片手。
 もう片方の手が、空いてる。
(てっ、手とか繋いで歩いてみちゃったりー!?)
 ふと思いついて、もじもじと彼の横に並ぶと、思い切ってその手を――取れなくて、指先をチョコン、と彼の指に触れさせる。
 ‥‥ほんの少し、躊躇う空気のあと。炎西はメアリーの手をしっかりと握りなおした。二人して暫く、照れくさそうに歩く。
 気を紛らわすように雑貨屋の小物を流し見して。誤魔化すような視線はしかし、愛らしい小物たちを前に自然と、普段の緩やかな笑みに変わっていく。そんなメアリーの様子がまた可愛くて。見蕩れそうになりながらも、炎西はその中で、彼女の様子を見守ってもいた。
「‥‥少し、休みませんか?」
「あ、うん。そうだね。ちょっと、歩き疲れたかも」
 だから、炎西が提案したのはメアリーにとってちょうどいいタイミングで。素直に彼の言葉に従うことにする。
 なんとなく、目に入った喫茶店がよさげな雰囲気だったので、そのまま突入すると。
「「‥‥あ」」
 その先で、同時に何かを見つけた二人が、同時に声を上げる。そしてその直後、目を見合わせて、同時に慌てて口を閉じたのだった。

 陽星と神楽の二人は、初めから話し合っていた通り、陽星の日用品を見て回っていた。
「実用一辺倒も悪くないけど、せっかく使うなら永く使えて愛着の湧くものがいいんじゃないかしら」
 しばらくは黙って付き合っていた神楽だが、苦笑気味に口を挟む。何せ彼の選ぶものといったら、白だの薄青だのの、無難な色の無地、といった品ばかりでしゃれっ気の欠片もありはしないのだ。
 神楽の言葉に、陽星はまた馬鹿に真面目な表情で品物の吟味を始める。
 己が好ましいと思うもの。柄。ゆっくりと考えてみると、確かにそういったものが、自分の中に存在することに気付かされる。‥‥ただ、戦いの中、そうした余裕は磨耗していってしまっただけで。
 それでも‥‥これからゆっくりと取り戻していける。――彼女とともに、在れば。
 どこか穏やかになった表情で、だけど真剣に選んでいる陽星の表情は、その真面目さに反して、子供のようだとも神楽は思った。
 そうしてその中で、神楽もこっそりと、これまで見てきた彼の買い物を踏まえて、何かを買い求めて。
 大体の買い物を終えて、それからまた二人で街を歩いて。
「あら。ここの店、評判みたいよ?」
 何気なく立ち寄った一角で、予め調べていたのだろう、神楽がそう声を上げる。
「そうなんですか? じゃあ‥‥ってすみません、お誘いしたのはこちらなのに、結局色々頼ってしまって」
 せっかくなのでと、指し示された喫茶店へと向かいながら、陽星はつい、詫びの言葉を口にして。
「‥‥あたしの方がLHには詳しいし、せっかくなら少しでも楽しんだ方が勝ちだからね。あたし達の間でつまらない気遣いとかなしにしましょう」
 気にした風もなく答える神楽に。感嘆の吐息と共に、陽星から、今日何度目になるか分からない「ありがとうございます」が告げられる。
「‥‥これ。よかったら、受け取ってくれる?」
 そこで、そう言って神楽から差し出されたのは、使い出のよさそうなマグカップだった。それが取り出された袋には、色違いの同じような箱がもう一つ、収まっている。
「‥‥長く使って貰えると嬉しいわね。離れている間、お互いを感じられるしね」
「‥‥あ‥‥」
 プレゼントの意味を悟って、陽星は嬉しさを抑えられない様子で暫くカップを見つめていた。そうして。
「‥‥その、もう少し、歩きませんか?」
 何かを決意した様子で、そっと神楽に手を差し伸べて。彼女をどこかへ連れて行く。

(これがウェディングドレス‥‥可愛い‥‥)
 モココは、鏡に映った己の姿に驚嘆の溜息を零していた。着てみる前は似合うだろうか、と不安だった分、予想を超えて素敵になった自分の姿に舞い上がってしまう。こうなると、あれもこれも試してみたい、と欲が出てしまう、のだが。
 Aラインだ、マーメイドだのと、ドレスだけでも色々あるのに、じゃあティアラは。ヴェールは。手袋はロングタイプとショートタイプがありますがどうしますか。次々と問いかけられて頭が沸騰しそうになる。自分には何が似合うだろう。それから。
(彼は‥‥どんなのが喜んでくれるだろう‥‥)
 最後は、自然にそこに思考がいってしまう。
「‥‥あ」
 そこでようやっと、ずっと彼を放っておいてしまったことを思い出す。
 ひとまず、一旦試着は置いておいて、彼の元に戻ることにした。
「‥‥ん。おつかれー。いいのあった?」
 そんな自分の状況を知ってか知らずか。彼はのんびりと、サロンから出されたコーヒー片手に気軽に声をかけてくる。
「はぁ‥‥ドレス選びだけで‥‥こんなに大変なんて‥‥」
 色々と拍子抜けて、モココはテーブルの上にくたっと頭を垂れた。
「大変だったら他の準備は任せてもいいんだからね?」
 実は結構、疲れているモココである。集中が切れると一気にのしかかってきて、彼の言葉に甘えてしまいたくて。
「‥‥適当にやっちゃ、駄目なんですからね? 無駄遣いは駄目ですよっ!」
 それでも、どうしても伝えておきたいことがあって。とろけてしまいそうな意識を、最後にぐっと引きしめる。
「‥‥クラフトさんは、どんなところで式を挙げたいですか?」
 金銭面ではどうしても、今後を考えると現実的になってしまうけど。
 彼の希望も、ちゃんと叶えたい。
「俺? んー、西洋式でいいなら、できればオーストラリアであげたいな」
 そうして、唯一の希望をクラフトが告げると、それまでにこにこと見守っていたサロンの店員の表情に陰りが現れた。
「オーストラリア、ですか‥‥」
 まだそこは東部も西部も復興半ばで、気軽にツアーなどは組めない。サロンが主導しての派手な式は、今すぐでは難しいですよ、と店員が言って。
 二人は、思わず顔を見合わせていた。

 ――そう。いかに深く想っても、世界はまだ復興半ば。
 たとえ故郷でも、それに匹敵するほどの思い入れのある地でも。必ずしも、望むときに望むことが出来る、とは限らないのだ。
 有希とクリアが挙式を上げようとした北米の地に、傭兵の中で最初にたどりついたのは夕風 悠(ga3948)だった。
 元々メトロポリタンX近辺で作業があり、近くまで来ていた悠が最初に見た教会は‥‥「荒れ果てた」という表現がふさわしい姿を晒していた。
「こうなったら私も手伝います、エミタのメンテもまだちゃんとやってますので!」
 腕まくりして大急ぎで悠が作業に加わる。まだ手を出せていない、屋根の修繕などの高所作業を引き受ける。有希とクリアもやってきて、新郎新婦自ら作業を開始したことを、止めようとも思わなかった。絶望も妥協もさせるものか。やれることは何でもすべきなのだ。
「ねえねえ! これこのあたりでいいのかな?」
 続いてやってきた安藤ツバメ(gb6657)が、元気よく声を掛けながら修繕と設営に駆けまわる。次いで矢神小雪(gb3650)が、それから式を祝うために集った傭兵たちが、文句の一つも言わずに修繕の輪に加わっていく。

 ‥‥やがて少しずつ「らしく」なっていく教会。自分も、自分こそ頑張らねば、と前に出るクリアの腕を、誰かが引っ張った。
「ね、髪型、やらせてもらっていいカナ」
 夢守 ルキア(gb9436)が、責任と緊張にこわばるクリアにそう話しかける。
「そうですね。先に衣装を合わせておきましょうか」
 ヴェロニク・ヴァルタン(gb2488)も賛同して、クリアの手を引き、急きょ修繕された控室へとクリアを導いていく。
 慌てて直された教会の、手作りの挙式。プロとして専業で働いているメイクや着付け師など望むべくもない。このあたりの作業も、身内で行わなければならないのだ。
「内巻きトカ、女の子らしいウェーブが人気だよね、編み込みもいいな」
 ヴェロニクが壁にかけ、形を整えているドレスを横目に見ながら、何が良いだろう、とルキアがクリアの髪を梳きながら話しかける。
「どーする? クリア君が可愛くて、有希君、ひっくり返っちゃったら!」
 緊張と不安を解すように、冗談を交えて。クリアがそこでようやっと、くすりと笑う。
 ねえ、私と一緒に逃げちゃう? なんて、冗談にならないような冗談にも「あはは、それはできないよ。ごめん」などと軽く受け流――すところで。そこでクリアは、真面目な表情でルキアに向き直った。
「逃げない、です。絶対に」
 改めて、クリアはきゅ、と拳を握りしめる。

 ルキアとヴェロニクがクリアを別室に引き込んでいく、そのタイミングを待っていたかのように、有希に近づいていく、小柄な影があった。クリアの親友の憐(gb0172)である。強い意志を秘めた瞳に、有希は作業の手を止めて彼女に向き直った。頷いて、気取られぬようにそっと二人、落ち着いて話せる場所へと移動する。
「‥‥あのメトロポリタンX陥落の日‥‥このメトロポリタンXで‥‥大怪我をしていたクリアを見つけたのは‥‥憐なのです‥‥」
 やがてポツリと語られる言葉。たどたどしい言葉の中に、だがその時の風景を、気持ちをまざまざと想像させるだけの、真実が持つ凄みがそこにある。
 あの時は本当に危なかった。それ以来、クリアと憐は一緒にいたのだと。ラストホープに来た時も、能力者になった時も。
 年端も行かぬ少女の姿をした相手に、有希は背筋を伸ばしてその話を聞いていた。そうするだけの重みが、その相手には在るのだ。
「‥‥でも‥‥それも今日で終わり。これから先の‥‥クリアの隣は貴方にお任せします‥‥」
 そっと小指を掲げ、憐は請う。クリアのこの選択が、間違いなく彼女を幸せにするものであってほしいと。その証が欲しいと。彼女が幸せなら、それでいいのだと思えるから。
「約束、します。クリアさんのことは、何があってもうちが幸せにします」
 有希はその小さな指に、しっかりと己の指を絡めた。


 ――そうして、とうとう、『その時』が近づいてくる。

 クリアが、ヴェロニカにゆっくりと手を引かれて、新婦の控え室として使っていた部屋から、教会の正面へと回っていく。
「――‥‥わあ‥‥!」
 その出で立ちを見たクリアは、思わず声を上げて‥‥それから、言葉を失った。
 ‥‥この光景に、どんな言葉が出るというのだろう。無人の間風雨にさらされ悲惨な姿を見せていた教会は、修復され、掃除されて。急遽修繕した跡やどうしても落とせなかった汚れなどは布や飾花などで絶妙にカモフラージュされて。式場と言って恥ずかしくない、相応しい姿へと変貌を遂げていた。
 ‥‥約束のチャペルで式を挙げることはかなわなかったけど。このほうがずっと素敵で幸せ。心からそう思う。
 そして、この教会の扉を開いて。バージンロードのその先の宣誓台の前には、あの人が――
 ゆっくりと歩み寄って。教会の扉に手をかけて。


 久志は、厳かな気持ちで、たどり着いた教会のその扉を開いていく。
 どこか薄暗いその中は、雪振る景色よりもなお、静謐な静寂に満ちていた。
 そうして、視線の先にすぐ、見つけ出す。新雪よりも尚純白の、眩いばかりのドレスに包まれた愛しい人、キョーコ・クルック(ga4770)のその姿を。
「女の子を待たせちゃだめだぞ?」
 キョーコは、ヴェールで覆うその奥の顔をはにかませて、照れ隠しにそう、言葉をかけて。
「ちょっと迷子になっちゃっててさ、待たせちゃったかな」
 久志はそう答えてから、当たり前のように彼女の隣へと進んでいく。


●魔法の完成

           (――愛しぬくことを、誓いますか?)


 二人のほかには誰もいない教会で、十字架の前。
「わたしキョーコ・クルックは、狭間 久志を生涯の夫と認め、健やかな時も病める時も彼を愛し、彼を助け、生涯変わらず愛し続けることをここに誓います」
「キョーコを妻として共に歩む事を誓います」
 しっかりと誓い合って、そうして、並んで十字架を見上げていた体勢から、二人、向き直る。
 それから、指輪の交換。キョーコの指先は緊張で震えていて。
「はわっ‥‥」
 ともすれば指輪が弾け跳びそうになる彼女の手元に、久志がそっと手を添える。
「ありがと‥‥これからも‥‥よろしくね‥‥」
 どうにか無事に交換を終えると、呟くキョーコに久志は微笑みかけて‥‥そうして、彼女のヴェールに手をかける。
(本当はもう、自分の事も何もかも終わりにしてしまおうとも思ってたけど)
 敬虔な気持ちでヴェールを上げて、あらわになっていく彼女の顔を、片時も視線をそらさず見つめながら。
(僕を必要としてくれた君の為に生きてみてもいいかな。なんて今は思ってる)
 決意が時を追うごとに強くなっていくのを感じながら、久志はキョーコを引き寄せ、口付けた。

「モココ、メリークリスマース♪」
 クラフトとモココは、ブライダルサロンで一通り話を聞き終え、今は彼の部屋。ささやかなクリスマスパーティを催している。
「今回はちょっとプレゼントは用意できんかった、ごめんね?」
「‥‥いえ。私も、式の準備にばっかり頭が行っててすっかり忘れてましたし‥‥」
 ケーキも用意しててくれたし。そういうモココは、本当に幸せそうに、目の前のケーキをつついている。
 それは本当にいつもどおりの光景で。いつもどおり、何気ない動作で、『それ』はクラフトのポケットから引っ張り出されて。
 掌に乗る程度の、小箱。だけど、その形状から、中に何が納まっているのかほぼ理解できてしまう。
「えーっと、返事もう貰ってるけど、これ渡すからには改めて、モココ、結婚しよ?」
 その声は、流石にいつもどおりとは行かなくて、ちょっと照れくさそうだった。
「‥‥。プレゼント、ないって、言ったじゃないですかっ‥‥」
 不意打ちに、モココは、状況についていくのに一歩遅れていて、咄嗟に、そんなことを言うのが精一杯で。
「付けてみて、いい?」
 そっと手を取って、指輪を取り出す彼に。
 モココは、ただ頷いて、その指を真っ直ぐに彼に向けて伸ばした。

「‥‥この場所、覚えていらっしゃるでしょうか」
 庭園を、陽星と神楽は二人で並んで歩いている。昨年、パーティ会場になったそこは、今日は特に何も行われていないらしく、一般に開放されている。
「‥‥よく覚えているわよ。大変な騒ぎになったし、それに‥‥」
 神楽が言葉を途切れさせたその時に、陽星は足を止める。昨年、己がその思いをはっきり自覚した場所で。
 理想どおりにならないと分かっている世の中で。それでも、身の丈よりもほんの少し高い場所に手を伸ばそうとする自分を。
 無責任に煽るのではなく。無茶だと咎めるのでなく。冷静に見守り、支えてくれていた人。彼女だからこそ。
「‥‥これからも、私には貴女が必要なんです」
 そっと、やはり指輪の入った小箱を差し出しながら、陽星は息を吸ってから、告げる。
『私と、結婚シテくだサイ』
 その言葉は、彼女の母国語で伝えた。上手く言えたのか、状況はこれでよかったのか‥‥自信は、まったくない。
 待っていたのは、どれくらいの間だろう。
「‥‥ふつつか者ですけど、末永く宜しくお願いしますね、旦那様」
 応えてくれた彼女の言葉は、気がつけば間近にあって。
 自然、神楽の頬に手を当て、顔を引き寄せるようにして口付けた。
「‥‥二人で一緒に幸せになりましょう。どちらかが無理しても、それはいずれ辛くなるだけだろうしね」
「‥‥はい。幸せに、なりましょう」
 幸せにする、ではなく。それが二人の誓いの形になった。

 ‥‥という、二人のやり取りを、内心ひそかに大声援を送りつつ、結果成り行きで見届けたメアリーは。
 高揚した気持ちそのままに、ショーウィンドウに飾られた純白のドレスを見つけて、思わず足を止めてうっとりとした気分に浸っていた。
「素敵‥‥。こんなドレス、一度でいいから着てみたい‥‥なぁ」
「メアリーさんならきっと似合いますよ‥‥」
 夢見がちな表情のまま零したメアリーの言葉に、炎西が答え。
 ‥‥あれ?
 そんな表情で、メアリーがギギィと、ぎこちない動作で向き直る。
 数拍の間。
「‥‥って、はぅあっ!? 炎西さん、いつから其処に!」
「さ、最初からおりますが?」
 ‥‥いつからも何も、今朝から現在進行形でデートしていた、その一幕の出来事だ。当然、炎西は突然ひょっこり現れたわけではなく、ずっと彼女のそばに居たわけで。
 ――‥‥そんなやりとりもあった、その後日。
 本職として、飾花の手伝いをしたメアリーと炎西も今、有希とクリアの式に参列させてもらっている。
 改めて、本物の花嫁が着るウェディングドレスは、あの時ショーウィンドウで見たもの以上に輝いていて。
「私は‥‥そのぅ‥‥春がいい、です。花園で‥‥」
 やはりぽそりと。傍らの炎西に、メアリーは告げていた。約束を胸に、肩を寄せ合う恋人達。だが、今、他の参列者たちはそれに気づくことはなく。

 多くの者に見守られながら、クリアは一歩一歩、バージンロードを進んでいく。
 ルキアがフラワーガールとして花びらを撒き、憐が厳かにヴェールを抱え持っている。
「神様‥‥クリアの幸せが末長く続くのを祈るのですよ‥‥もし不幸な目にあわせたら‥‥噛み付いてやるのです‥‥」
 一歩一歩、噛み締めるように前を歩く背中に向けて、憐は祈る。
 その震えすら愛しく、幸せに思いながら、クリアはこれまでを回想しながら、バージンロードを歩く。突然のラブレターから始まり、大分長く返事を待ってもらってから恋人同士になり、婚約者になり、今日の日を迎えたこと‥‥。
 回想がちょうど現在に近づくとき、彼女は有希の隣に居た。牧師の手により、式次第がしめやかに進行され、そして、宣誓の言葉が読み上げられていく。
「誓います」
「誓います」
 二人はそれに、しっかりと答えたのだった。


●披露宴

 教会での式が終わると、流石にろくな設備もない、急ごしらえの教会ではこれが限界で。有希とクリアの披露宴は、片づけを済ませて別の場所で、という形で行われた。
 改めて、受付や記帳といった、披露宴の準備と体裁が、主に百地・悠季(ga8270)の主導の下行われていく。
「段々戦後となるとこういうのも増えてきそうなので、遣り甲斐があるわよね」
 片付けと移動という手間を含んで尚、会場の空気は幸せに満ちている。その幸せに十分浸らせてもらいながらも、浮ついた様子なくてきぱきと仕切っていくのは、さすが一事の母にして既婚者の貫禄か。
「ぬぅぅ、こういう格好は動き難いから嫌なのじゃがのぉ。もっとこう‥‥気楽な格好ではだめなのか?」
 ぼやくのは綾嶺・桜(ga3143)。いつもの巫女服姿で行こうとした彼女を制し、無理矢理実家から取り寄せた着物を着せ、桜の簪をつけ、髪もしっかりとセットしたのは響 愛華(ga4681)だ。不服を漏らす彼女に、じゃあ、と代案を出したりもしたのだが。
「‥‥い、いや、スカートは遠慮するのじゃ。それよりはこっちのほうがいいのじゃ」
 ということで、二人は揃いの桜模様の着物で参列している。
 やがてまずは、小雪がこのために準備した料理も、次々と会場に並べられていく。
 肉料理はローストビーフにローストポーク、鳥の丸焼きにスペアリブ。
 魚は鯛の塩焼きに活け造りの刺身。他の刺身は船盛りに、洋風はサーモンのカルパッチョ。
 ご飯は白米からパエリア、炒飯、ドリアとさまざまなものが並び、サラダは季節の食材を使ったものと取りやすい野菜スティック。
 スープもコンソメにコーン、チャウダーと味噌汁、豚汁まで用意され、から揚げや焼き鳥、枝豆にお菓子類とおつまみ系まで完備されている。そのほかにもバーニャカウダやオイルフォンデュ、チーズフォンデュにチョコレートタワーなどが、歓談しやすくかつ、食べやすいようにと配置されている。
 そして‥‥準備が終わるといよいよ、新郎新婦の登場と相成った。
「うううぅっ、有希さん、クリアさん、良かったんだよぉぉ」
 愛華が感動して、その顔を雫で濡らしていく。‥‥ただ、その雫は、瞳からだけではなく唇の端からも漏れていたが。
「ええい、天然(略)犬娘! 感動か食い気かどっちかにせぬか!?」
「わぅぅぅっ!? こ、此れは、えーっと、えぐっ、え、えへへ?」
 桜に突っ込まれ、愛華はわたわたと口元をぬぐう。
 しかし、愛華が新郎新婦の姿に感動しているのは間違いないし、それは桜とて紛れもなく同じ気持ちだった。
「長い付き合いのアヤツが結婚とは‥‥感慨深いのぉ‥‥。ともかく結婚おめでとうじゃの。末永く幸せになるのじゃぞ」
 桜がしみじみと呟く。
「良いなー‥‥彼も来れば良かったのに」
 ツバメは、共にこれなかった恋人のことを思い出して、ふと呟く。その手元には既に大量の料理が盛られていた。
「‥‥流石はゆっきーの結婚式。料理が美味しいわ、このローストビーフとか」
 パクパクと食べながら、ひとまず会場を見回していた。
 早くも賑やかになってきた会場に、参加者は次々に、祝福の言葉を新郎新婦に投げかける。
「あの有希さんもとうとう結婚ですかぁ。かねがね戦争が終わったら結婚したいという某フラグのようなことおっしゃってましたけど、無事にその時が来て何よりです」
 率先して教会の修復に参加していた悠は、今はアオザイに着替えきちんとおめかしして参加している。
「ん? そうね、有希っち一目みたときからクリアちゃんにくぎ付けだったし、新郎側が一方的に押しまくった感じかね」
 歓談に加わり一際賑やかな声を上げているのは阿野次 のもじ(ga5480)だ。新婦に釘付け、とのころで、その視線がクリアの胸元に向けられており、大変に誤解を招く表現となっている。‥‥狙ってやってるんだろうが。
「そんな二人の愛を歌にしてみました! 聞いてください! 曲は『恋の‥‥」
 始まったばかりだというのに既にハイテンションで、ノリノリで歌いはじめるのもじ。気合の入ったオリジナル歌詞だが、その、ちょっと版権的に問題ありそうなので報告書にそのまま記載するのは控えさせていただく。
 篠森 あすか(ga0126)は、新郎新婦の周りに集う人々に向けてカメラのシャッターを切っていた。
(有希さんとは、同じ兵舍で一緒にはしゃいだり、隊を組んで戦ったりした仲。料理が下手な私に教えてくれようとして、あまりの酷さに呆れさせちゃったこともあったっけ‥‥)
 新たな記録を残しながら、あすかはこれまでの思い出を振り返る。
(しばらくご無沙汰してた私にも招待状をくれるくらい優しい有希さん。絶対ぜったい、幸せになってね)
 誰かの幸せを心から、強く願うことが出来る。そのなんと幸せなことだろう。
「お2人は、この後どうするんですか?」
「今後はアメリカに本拠地を移すんでしたっけ? 私は日本に戻るつもりなので会う機会はあまりないかもですが、近くまで来たら寄りますので住所とか決まったら教えてくださいね」
 今の会話は、ヴェロニカと悠のもの。その言葉を受けて、有希は悠季に頼んで一度仕切りなおしてもらうと、クリアと共に立ち上がり、今後の展望をしっかりと宣言した。
「うちたちはこれから、メトロポリタンXに移住して、ULTの下請け兼食堂を開いて復興に尽力したいと思っています」
 ‥‥それが、簡単にかなう夢ではないことは今回、十分に思い知らされた。
 皆で直した教会は、しかしやはり、急ごしらえの一夜の夢。飾りの布と花を取り払うと、やはり元の寂しいたたずまいを見せ始めた。
 絶望して、希望が見えたと思ったら、また困難が襲い掛かる。これまでの戦いの繰り返し、そのままに。
 ‥‥それでも、皆の手で乗り越えられると。今回の件は、また教えてくれたとも、思っている。
 クリアの口から、改めて深い感謝が述べられると、一堂から激励の拍手が上がる。
『それじゃあここで、新郎新婦にもう一つ、祝福があるわね』
 そこで、悠季の司会と共に姿を現したのは、二段重ねのケーキだった。
 下の段は小豆クリームでコーディングした大地の色、その上に、抹茶の鮮やかな緑の二段目がしっかりとのせられて。大地から芽吹き育って行く草木がイメージされている。
 側面を飾るのはマジパン細工の注連縄に、稲穂と麦の穂。あえて二段と低いのは、新郎新婦の顔が良く見えるように、という気遣いと。
「踏まれてもまっすぐ伸びる麦と繁栄の象徴の稲穂、ついでに和洋折衷‥‥な感じでどうかな?」
 作成者であるユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)が、その意匠の意図を説明する。
「また食べるの勿体無いケーキ‥‥」
「いや食べなきゃもっと勿体無いよ。一応味も自信あるつもりだからさ」
 そうですね、と笑って、改めて誓いと共に、有希とクリアのファーストバイトが行われる。来客用には、オレンジの花のチョコレート細工を乗せたチーズケーキが振舞われ、また、場はフリーの雑談タイムに入る。
 そうしてまた、新郎に近づいていく者が一人。キリル・シューキン(gb2765)である。
「‥‥あー、なんだ。口下手だから上手く言えんが‥‥結婚おめでとう」
「‥‥遅かったじゃないか」
「スマンな。同志にはなるべく急いでもらったんだが、色々手続きがあってな。‥‥大学にさ、入るんだ。内戦調停官目指してな」
 この場で、しっかりと夢を語った有希に、キリルもまた誇らしげに、己が歩む道を語る。こうして夢を語り合える友が居ること、そのことが、本当に誇らしい。
「ほんの四年前、私達二人共、まだ青いガキだった。だが、お前はもう結婚する。そうだ、二人共もう大人になったんだ。月日ってものは、不思議だよな。あんな辛い戦争の時期が、もう遠くに感じられる。でも、あの時を乗り越えられたのがお前という素晴らしい親友がいたからだということは、決して忘れないだろう。――友よ。友よ。本当におめでとう。お前は私が生涯で最も誇りを持って敬愛できる、最愛の、友人だ」
 悪友というべき間柄の相手から、柄にない言葉と、抱擁。
「なんね、急に真面目にならんして。うちとお前とはそぎゃんとやなかったい。こげんときにしてから、こすかろうが‥‥」
 涙ぐんでしまうのを抑えようとて反発してみるも、気分の高揚は隠しようがなくて。そうして、相手もまた、少し涙ぐんでいることに、気付く。
 冷酷な性格で、感情などめったに見せなかったこの男が、かすかな涙と、笑顔を覗かせている。
「‥‥ありがとう。うちこそ、お前の友達で良かやった‥‥」
 感動的な友情に、会場がまた暖かい拍手に満ちていく。


●それから、未来へと

「メアリー、あのさ」
 希望に満ちた会場内で、ユーリがポツリと、メアリーに話しかける。彼は将来、ケーキも置いてるパン屋をやるつもりだったのだが、どこで店を開こうか考えていたら、彼女の故郷を紹介されていたのだ。
「水や空気が綺麗そうだし、店周りの花壇や店内の鉢植えの世話の相談も出来て、丁度良いね」
 店の名前は「シトラスハウス」にする予定。語るその様子はかなり本気で。


 幸せが、幸せを伝播して。
 夢が、誰かの夢の背中を押して。
「‥‥大丈夫ですよ」
 少し寂しそうに、披露宴を見ている憐には今、ヴェロニカがついている。
「はい、それじゃあ皆さんお待ちかね、ブーケトス、行きますっ!」
 クリアが高らかに宣言すると、「さあほら、行きましょう‥‥!」と並々ならぬ期待を込めるヴェロニカに、憐はそこまで乗り気ではないが、枯れ木も山の賑わい的にと、輪の中に入っていく。
「‥‥これが取れなきゃ、折角来た意味が無いよね」
 恋人とくることがかなわなかったツバメも、意気込みは高いようだ。
「ふむ、お主の式が見れるのはいつになるのかのぉ? ‥‥まずは相手じゃろうが‥‥」
 桜は、むしろ愛華にとって欲しいと、並びながらも手を伸ばす気はないようだ。
「ブーケトスか‥‥そう言えば、投げた覚えはあっても拾う側には成らなかったわね」
 悠季が苦笑気味に見守る中――空高く、クリアが手にした花束が、舞い上げられる。
 勝利は、気合と作戦の差で、ツバメのもとへと齎されたようだ。

「生誕祭、なんてドレダケのヒトが、考えてるのかな。世界は賑やかで、イロに満ちてる‥‥楽園じゃなくても、今の世界も悪くないよ」
 披露宴会場を、ひっそりと抜け出していたルキアは一人、そんなことを呟いて。
 誰かと一緒に生きる、と言うのはよくワカンナイ。
 だから、見守って、出来るダケ『綺麗』にいい思い出が出来るように。
 そんな彼女に、その背後から、ぬっと人影がさしてきて。
「――式なんて上等なものは上げられるかは知らんが、役所の届けで終わらせるつもりはないぞ」
 キリルがやってきて、それだけ告げて。


 その時。遠い空、雪の積もり続ける教会の空で。
(たったこれだけ決めるのに、どれだけ迷ったのか‥‥)
 唇が触れ合う直前、ほんの少し自嘲の笑みが浮かんでいたことを、久志は自覚していた。
 ‥‥誤魔化そうとはしない。きっと、今腕の中に居る娘には、全部見透かされているだろうから。
 だから、これからはちゃんと受け止めよう
 しんしんと、窓枠に積もっていく雪を見つめながら‥‥。
(ありがとう、そしてすまない。
 許される余地があるなら、いつかの明日にまた)
 ――さよなら、我が半身。
 心の中で、彼は告げて。
「クシュンッ‥‥ちょっと冷えたかも‥‥」
 かわいらしいくしゃみが、彼を現実に引き戻した。
「ムード重視で、暖房なしはまずかったかも‥‥」
 照れ笑いのキョーコを、久志は暖めるように、椅子の上で膝の上に乗せた体勢から、可能な限り肌が密着するように抱きしめる。
「久志‥‥温かい‥‥♪」
 満面の笑みの彼女に、ああ、かなわない‥‥と、つくづく思うのだった。


 披露宴も終了し、全てを撤収させて二人きりになったあと、クリアはどうしてもききたかったことを尋ねていた。
「有希さんはいつ、どうしてボクを好きになったの?」
「4年前のXmasです。初めて長く一緒にいて周りを気遣う優しさと真直ぐな心に触れて同僚への好きが、貴女と一緒に歩きたいって恋愛の好きになりました」
 忘れるはずもないと、澱みなく答える有希に、クリアは微笑む。
 もとより、どんな理由であれ、有希が自分を愛してくれている事も、自分が有希を愛している事も変わるつもりはない。
 始まりは有希さんで、これまで有希さんにずっと引っ張って来て貰ったから、これからは彼の隣に立って微笑める様に。
「有希さん、守原クリアです。不束者ですが、末永くよろしくお願いしますね」
 答えをもらえたことに満足して、クリアはポツリと告げて。
「復興後、約束のチャペルでもう一度式を挙げませんか?」
 そして、新たな目標と約束が、二人の間で交される。


 日が変わるそのときまで、昼寝は今日この日を、世界に満ちる愛を堪能しつくしていた。
(好きな人がいるから人は強くなれる。愛する者がいるから人は強くなれる)
 それで良い。
 それで良いのだ。
 愛で溢れる世界こそ精強。
 バグア無き世界において、間違いなく人はまた強くなる。
 なんて待ち遠しい。
 ――彼女もまた、描く未来の形と、それの向けて己が為すことを見据えている。
「メリークリスマス!」
 高らかに宣言して。
 薔薇の花束が、ラストホープの夜空へと捧げられていた。