●リプレイ本文
レーダーの端に最初の敵が映し出される。そこから光点は染みのように広がりモニターを埋めていった。視点をカメラへと移しかえれば、地平より敵群が大量に押し寄せている。見渡す限りのキメラ、キメラ、キメラであった。
「ここは良い戦場ね」
鯨井昼寝(
ga0488)がニヤリと笑っていった。
負けを認めず無様に足掻くその姿。それで良い。兎角物分りの良い連中が多い中、ここのバグアは良く分かっている、と。
地球に対して彼らは今までどれほどのことをしてきたか? ならば、最後の最後の最後まで、後に消えぬ不快感を相手に残して死ねばいいのだ。
突撃してくる群れ、その状態も悪くない。不満を言うならば、彼女が狙いをつけたいゴーレムがまだ狙いやすい位置に居ないということか。敵の初手は密集隊形をとっての前進、まずは盾役のキメラを蹴散らさねばならない。昼寝機は初手、ライフルを構え敵出鼻をくじきにかかる。
その時、同じように西島 百白(
ga2123)機もミサイルポッドを構えていた。
「さて、狩りの‥‥時間だ‥‥逝くぞ‥‥虎白‥‥」
愛機に語りかけるとともにトリガーを引く。白い尾を引いて小型ミサイルが立て続けに発射されキメラたちに突き立っていく。
ただ、誰もがこの戦場に奮い立っているかと言えば、勿論そんなことはない。
「これで終わりだと良いけどね」
百地・悠季(
ga8270)は、肩をすくめ、電子戦機として各機とのデータリンクを開始する。
「殲滅戦か‥‥」
こうなって欲しくはなかったと、重々しく溜息をつくのは狭間 久志(
ga9021)である。
(騙し、罠にかけ、多数で袋叩きにする? そんなの戦術の基本じゃない。そうやってボクたちは戦ってきた。それをバグアがしかけてきたからといって、どうこう言うつもりはないよ)
ソーニャ(
gb5824)は特別な思いを抱くことはなく平然と、軍勢を迎え撃つ。開幕からアリスシステム、マイクロブースト、そして通常ブーストのフル起動。猛進する敵の最前線をすべるように移動、高速機動で敵陣営を撹乱しにかかった。囮になるように戦場各地を飛び回る、無茶な機動をドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)がサポートする。
ただ、ソーニャが言うそれはバグアにとっては『当たり前のこと』には出来ない。プライドの問題もあるが、無尽蔵な戦力で相手を押しつぶす、という戦い方は、優秀なヨリシロ候補となりうるか否かの区別なく殺してしまうという問題があるからだ。バグアにとって、そんな勝利は本来は意味がない。
これまでの戦いも、過酷なものではあった。だが、それも「本当に優秀なものはかろうじて生き残るように」、意識的か無意識にか、ある程度の調整はあったはずだ。
つまり――『バグアが、その本気の生産力をもってそれをやったらどうなるのか』ということについては、まだ未知数な部分が多い。人類にとっては勿論、おそらく、仕掛けたバグアに、すら。
敵は数を減らしつつも前進を続け、ついには先頭集団が人類軍最前線と接触。戦況は乱戦へと突入する。集団で猛進する敵は個々の戦法レベルでは止められない――否、止まれなかった。多少最前列の動きを乱しても、後続のキメラは全く歩みを緩めることなく前のキメラを押し倒し踏み潰して人類軍に迫る。とにかく肉薄し足止めせよと与えられた命令のままに。
「敵ははぐれた奴から狙ってくる、集団行動。最低でもトリオ、出来なきゃ死ぬぞ」
BLADE(
gc6335)が声を上げる。各機は互いの死角を埋めるようにして立ち回り隙を突かれるのを防いでいる。だが払っても払っても絶え間ないキメラの猛攻に、時折こうして気を取り直さなければ、ふとした拍子にはぐれそうでは、あった。
そのかいあってか、傭兵達の機体はもはやレーダーを埋め尽くすかのようなキメラの濁流に押し流されることなく耐え凌ぐ。大きな隙を作らず、丁寧に対処してキメラを潰しにかかる――。
『B班、ゴーレム来ます‥‥!』
後方から奇襲を警戒していたカグヤ(
gc4333)が鋭い声を上げる。同時に、殺(
gc0726)機の前にいたキメラが次々に爆発した。警告を受け盾を構えていた殺はどうにか目の前で起きた爆風に姿勢を崩すことなく、直後に襲ってきたゴーレムの一撃を、そのままストライクシールドで弾く。同時に昼寝機を初めとする周囲のKV数機が、待ってましたとばかりに反撃を狙う。
‥‥だがこのとき、多くのKVがまだキメラの群れに対処しきれずにいた。一人がゴーレムに対し構えたその瞬間にキメラが飛び掛ってくるため、どうしても狙いが甘くなる。掠めるような一撃のあと、ゴーレムはまたキメラの影に埋没していく。
ゴーレムに対し最初に有効打を上げたのはドゥだった。味方の動きを意識しての同時攻撃、十字砲火が、攻撃の直後の反応に対しキメラを盾にするというゴーレムの戦法を打ち破る。だが、この状況では簡単にはそれで一撃必殺、というわけには行かない。
やはり――この、大量のキメラの数をまずどうにかせねばならない。
そういう意味で、序盤最も成果を上げたのは風山 幸信(
ga8534)、金 海雲(
ga8535)、ロック・ヘイウッド(
gb9469)のチームだった。
「全く冗談じゃないんだぜ! ケツまくって宇宙へ飛んでってくれた方がビリオン倍マシだぜ!」
ロックが文句を言うのと共に、光条が、キメラをなぎ倒していく。
彼らの作戦は、幸信とロックがプロトディメントレーザーを撃ちチームがその冷却時間の護衛をするという、言ってしまえば単純極まりないものだ。だがKVがキメラを相手にするという状況だけ考えればその程度で十分だった。この戦局、本当に最序盤において必要なのは集団での制圧、殲滅という行動だったのだから。
‥‥しかしやはり、それが通じるのは最初だけだ。単独で目だった成果を上げたが故に、彼らのチームは即座に敵に目をつけられた。敵が明確に彼らを狙い始めると、簡単な打ち合わせしかしていない彼らの動きは乱れ始める。
全体の動向に意識を巡らせていた悠季は即座に彼らの救援を指示した。同時に、彼女とデータリンクをしていた秋月 祐介(
ga6378)が、彼女に通信を入れてくる。
『彼らが入れてくれた亀裂‥‥貴女は行けると、考えますか?』
ロック達のチームが戦っていた戦域は、今明らかに戦力が薄くなっている。だが、同時にこの動きに対し敵は戦力を集めつつある。この機を逃せば、また暫く、再びの泥沼の乱戦となるだろう。
『戦力的に、行けなくはない‥‥けど、必要なチップは安くは無い、かしらね』
悠季の言葉に、祐介は同じ考えだったのだろう、小さく頷いていた。現在、全体で倒せている敵の数はまだ十分ではない。祐介たちが行おうとしている作戦は、危険性も高い。
だがそれでも、電子機二台がいける、と判断したならば‥‥。静かに、祐介は決断する。
『アンジェリナ君、目標座標送ります。既に斜線上に味方機は無し、細かい誤差の調整は任せましたよ』
呼ばれ、アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)が動く。
「リリエル・プロネクス‥‥活路を切り開くッ!」
高出力のプロトディメントレーザーが、風山チームの穿ったポイントから敵本陣に向けて真っ直ぐに放たれる。光の消えたそのあとは、まるでモーセが海を渡るときのごとく、キメラの波が二つに分断されていた。
AI制御の敵が、呆けるのは一瞬のこと。二つに割れたキメラの崖は、直後、アンジェリナに対し殺気を剥き出しにしてその幅を狭め始める。
そんな状況を――
『んじゃあちょっくら行ってくらぁ。背中ぁ任せた』
砕牙 九郎(
ga7366)はただ一言そういい残して、グレートザンバーを掲げ突き進んでいく。
狐月 銀子(
gb2552)が、僅かに息の残るキメラへスラスターライフルで追撃し止めを刺しながらそのあとを追う。
BLADE機がツインブースト空戦スタビライザーを発動、高性能ラージフレアをばら撒きながらそれに続き、モココ(
gc7076)機のヘルヘブンは二輪に変形して駆け抜ける。その他、敵の首級を挙げようとする面々が、ここで決死の突撃をかける。
進行方向奥に存在するキメラが、指示を受けまわりこみ、その進撃を少しでも阻もうとして。
「ディ・ワルキューレ発動、一気に突破する!」
那月 ケイ(
gc4469)の機体が合図とともにワルキューレの騎行IIを発動、弾き飛ばしていく。
『アンジェリナ、後は頼む。‥‥吶喊する』
最後に、リヴァル・クロウ(
gb2337)がそういい残して駆け抜けた、彼らの後。
キメラの波は、アンジェリナ機の両端に迫っていた。殺到し折り重なった、キメラの大波が。
突入組はかろうじて通り抜けたものの、やはり‥‥戦場に残るキメラの数からして、無理をしたことには変わりなかった。
そうして、残された膨大な、あまりにも膨大な量のキメラが。
「中枢へ向かう者ばかりがエースだと思うな。お前達の相手は私だ」
静かにそう告げるアンジェリナ機を、飲み込んでいく。
数多くの機体が、その救援に向かおうと奮起する。
‥‥傭兵達の機体は、キメラの群れに対しチームを組んで対処し、それぞれに丁寧に作戦を立て対処していた。彼らは大きな隙を見せることなく、キメラの猛攻に耐え、目の前の敵を、着々と潰している。
だが、隙を見せることを恐れるが故に、個々が牽制し作った敵の隙に対し「畳み掛ける」動きも少なかった。各チームの連携は点に留まり、線へ、面へとは広がっていくものではなかった。
一気に多くの数を減らすことがない。押し寄せる波を押し止めることもない。倒しても倒しても、周囲にいるキメラの数はいつまでも変わらない、という流れは、当分終わりそうにない。
‥‥狙ったか、結果的になのかは分からない。が、平原の戦いは――
KVが限界を迎えるか、それともキメラが尽きるのが先かという、泥沼の消耗戦、という形を迎えていた。
●
そんな、平原の地獄を知ってか知らずか。突破部隊はいよいよ市街地へと迫っていた。
先頭を駆け抜けるのはモココ機。マシンガンが地面を撃ちぬく音がけたたましく響く。進路先に地雷がないかの確認。ド派手に突き進む彼女の機体の前に、ゴーレムが立ちはだかる。
突如現れた障害物に、モココは勢いよくトリガーを引いた。急停止‥‥ではない、加速。キャバリーチャージDueで弾き飛ばそうとする。慌てて盾を掲げたゴーレムを吹き飛ばすことは出来ず、モココ機、ゴーレムともにバランスを崩す、そこに、ビル影から大型キメラが殺到する。
だが、モココの隙には久志の機体がフォローに入れるよう体制を整えている。ブーストをかけてジャンプすると現れたキメラに対し降下しながらの射撃。モココが体勢を立て直すまでの間キメラの接近を牽制する。
(戦史に名が残せるようなKV乗りにはなれなかったけど、コイツの戦闘力は一級品だってトコは結果で残してやらないと‥‥『ハヤブサライダー』名乗れないからさ。負けたくないよ)
久志は、愛機への思いを確かめて、操縦桿を握りなおす。
ゴーレムには榊 兵衛(
ga0388)の機体が向かっていた。モココの突撃で姿勢を崩した敵に対し、スラスターライフルでキメラを牽制してから一気に接近。機槍を突き立てる。
「‥‥歴戦の勇者である【忠勝】と俺の前に現れた以上、撃破されるのが定めと心得え、疾く沈んで貰おうか!」
口先だけではない、文句のつけようもない破壊力。一撃は脇腹を一気に貫通し大きなダメージを与える。
建物から姿を現した迎撃砲は、そこに火力がともる前に彼方から攻撃を受けて激しく振動した。ミリハナク(
gc4008)のものである。
彼女は都市部へと近づけた段階で部隊から離脱していた。そのままブーストをかけたジャンプで適当なビルの屋上へと移動、迎撃砲や敵本拠地に向けての狙撃体勢を取っていた。迎撃に来るキメラは弾幕で阻害、狙われないよう移動しつつの計画‥‥であったが、敵のほうが圧倒的に数で勝るという状況において迎撃と狙撃を一人でこなすというのはいささか忙しすぎた。特に、都市部に侵入したとなれば、探索網はきっちりしている。こまめに移動しようが、突入部隊の動きは完全に掌握されると思ったほうがよい。おそらく彼女が期待したよりは、落ち着いて狙撃が出来るタイミングというのは訪れなかった。せめてキメラの牽制役がもう一人、同行していたら面白い立ち回りになっていただろうが。‥‥どちらかといえば、彼女の仕事は、飛行キメラのほとんどをひきつけたということと、敵意識を分散させたということが、大きい。
ただ、総じて突入チームの役割分担はバランスがよかった。モココの、機銃を発射しながらの先陣が囮となって罠と敵戦力をあぶり出し、久志機が彼女危うさを上手くフォローする。厄介なキメラは銀子が弾幕展開で牽制し、ゴーレムには精鋭機である兵衛機が中心となって立ち回る。姿を現した迎撃砲を、九郎機がザンバーで破壊する。各々、何に対処し、何を警戒すべきなのかはよく押さえられていた。その、全体の流れを祐介が上手く取りまとめている。
そして‥‥一行は、ついに目的地へと到達する。‥‥バグアの要塞と化した、変わり果てた埼玉県庁へと。
下層と中層にどこか有機的な、脈動する迎撃砲を備えるその前に、数体のゴーレムと、そして、独自のカラーリングを施された、指揮官機たるカスタムタロスが、そこに居た。
『君達のそれはバグアの誇り? それともただの当て付け?』
銀子が、問いかける。
この戦いで彼女が感じているもの。それは、虚しさだった。本星との折り合いが付こうと届かぬ場所もあるという現実に。
バグアのこの攻勢が、生き延びる為の足掻きなら、そこに戦う理由も自分にとっての正義もある。だが悪足掻きで得られる物はなく、命はそんなに安く使うものじゃない。
『さあ‥‥どうでしょうねえ。なにせ我々にとって初めてのことですから。あらゆることが』
しばしの間をおいて、返答。バグアの声は、本当に、ただただ不思議そうなものであった。
『‥‥どちらだとしても貸していた物は返して貰うわよ!!』
煮え切らないバグアの返事に、苛立ちを振り切るように銀子は叫び、構える!
そうして‥‥彼女の言葉を受けて、バグアは。ふと何か思いついたようで、コロコロと笑い声を上げた。
まだ己が優位に立っていると、そう思っているわけではないはずなのに。
‥‥ただ、このバグア、人を不快にさせることを思いつくことについては、傑出した才能があるらしい。
『なるほど、そうですねえ。お借りしていたものですか。私を倒すことで、返せるものが残っていると、いいですねえ‥‥――?』
滅茶苦茶になった街。
壊された人々の心。
そして、背中に残してきた、仲間の危機。
‥‥果たしてどれほどが取り返せるのだろう。今このバグアを倒す、そのことで。
●
再びの、平原の戦い。残された兵たちは、ただひたすらに目の前のキメラを打ち払い、ゴーレムの奇襲に備え、迎撃するという作業が続いていた。
数と補給力が勝っている敵に消耗戦を行う、というのは、やはり苦しい戦いではあった。
そして何より、何十分戦おうがAIの心は磨耗しない。
『まだだ、この程度なら立ち上がれる。動けるのなら、今自分の出来る事やるぞ』
殺が、傭兵のみならず兵士にも声を掛け合い、士気の低下に配慮していた。
BLADEは、敵に対し嫌悪感を露わに呟く。
「あの野郎。佐渡京太郎みたいなこと言いやがってムカつく」
彼には、今回のバグアの振る舞いが、高笑いを浮かべる佐渡京太郎を思い出させた。
(絶望している人たちをさらに苦しめるバグア最後まで笑ってやがって)
‥‥この際、憎しみでもいい。己を奮い立たせる必要があった。
戦線は、保てている。心が折れたものから負ける。そんな戦場で。
「もう撃った撃たれた、復讐だ報復だってのは終わりにするんだ! ‥‥キメラたち生物兵器だって、殺されるために生み出されたなんて、悲しすぎるじゃないか」
村雨 紫狼(
gc7632)の言葉は、完全に虚しい戯言だった。
彼の言葉のその真横で、キメラはたやすく次々と、自ら自爆する。至近で四散し撒き散らされた肉片がべちゃべちゃとKVの表面に降り注ぐ。それらはキメラの死後も機体に蓄積し呪いとなっていく。不運な機体は、モニタカメラへと肉片が張り付いて、映像が血と油でうっすらと濁る。地面はキメラの体液で泥濘と化し、射撃しようと一歩前に踏み込めば、死体を踏み潰したかすかな振動がコックピットに伝わってくる。‥‥コックピットに鉄さびのにおいが漂うような気がするのは、一体なんによってのものだろうか。
地獄の様相を呈した戦場。紫狼の叫びは美しいのだろうが、この場においては甘ったれた妄言に過ぎなかった。キメラへの同情は長引く戦いに余計に己を苦しめるだけで、結果、己の主張の半分もいえぬまま、彼の機体が限界を迎える。
いや、彼が特別弱かった、間違っていたとはいいきれない。一機落ちるのはすなわち、かの戦場に「脱落者」が現れ始める合図だった。
序盤に働きを見せたが故に集中攻撃を受けたもの、あるいは耐久力において他に一歩譲る機体に‥‥徐々にレッドアラートが灯っていく。
「‥‥面倒な‥‥死ぬなよ?」
舌打ちして、百白が呟く。殺もまた、倒れた味方機のフォローに回る。‥‥それはつまり、残ったものの負担が余計に増したことを意味していた。
希望がないわけじゃない。キメラの群れに対処しながら、幾度かゴーレムも撃破していた。カグヤと悠季の管制と援護の元、一撃離脱するゴーレムたちに少しずつ反撃し、地道にダメージを積み重ね。一瞬も気の抜けない戦いを、彼らはよく耐えていた。
もうすぐだ。
きっともうすぐ、光明が生まれるはずだ。
仲間を信じるならば、これまで倒してきたキメラの数は。ゴーレムの数は。
それから。
敵の動きに、そろそろ変化が、生まれるはずだ、と。
そのときを信じて、彼らは絶望に抗い続ける。
●
『各機、フォーメーション。仕掛けるぞ!』
県庁前の戦い。これまでは力を温存させてもらう形だったリヴァルがここで声を上げる。
モココがやはり、先陣を切って躍り出た。‥‥県庁の迎撃砲が、一斉に彼女の機体を向く。
「地上最速、なめるなよっ!」
叫ぶとともに必死の回避行動。もとより砲台への囮となるための、被弾覚悟の特攻だった。‥‥そして覚悟の通りに、幾度かの衝撃がモココを襲う。
そして向きを変えた砲台に、やはりこれまでと同じように、九郎機がザンバーを掲げ破壊に向かう。
立ちはだかるゴーレムには、兵衛と銀子が対応に向かい、そしてリヴァルが一気にタロスに向けて接近をかける。
「少しでもお役に立てれば‥‥」
これまでもぴったりとリヴァル機の後ろについていたセラ・ヘイムダル(
gc6766)が、けなげさをアピールしながらアンチジャミングを展開していた。
リヴァル機はPRMシステムに最大錬力をつぎ込んで攻撃力を上昇、一気に勝負をかけに行く。真正面から突っ込んでくるリヴァル機に、当然タロスはフェザー砲で迎撃をかけた。直撃し機体が揺れる。なぜかリヴァル機は避ける動きを見せなかった。高い抵抗力でそれに耐えながら全て受けて、前進してくる。
そして、リヴァルの武器がタロスを捕らえる‥‥直前に。
『‥‥行きますっ!』
叫んだのは、ケイだった。
リヴァルの機体に隠れるようにして背後に潜んでいたケイが、そのままリヴァルの機体ごと貫く勢いで獅子王を渾身で突き入れる!
‥‥リヴァル機はその時、VTOLで上空へと浮かんでいた。
一歩間違えれば、冗談抜きでリヴァル機ごと貫いていた、ケイの繰り出した突きは、それくらい本気だった。
危険な連携であることは承知。その上で、一切躊躇わず最高の一撃を。連携を提案してくれた彼の信頼に応える為に。
『!?』
バグアは、背後にケイ機がいることは捉えていた。何か仕掛けてくる気であろうことも読んだ上で‥‥それでも、この覚悟には、想定とタイミングを狂わされる。
それはまさに数cmの差。タロスが掲げた盾の横を滑りぬけて、機刀がタロスの胴体に付き立てられ、そのまま一気に、薙ぎ払う!
――捨て身の覚悟に立ち向かうには、やはりこちらにも何かの覚悟がいるのだ。
とはいえ。
リヴァルの計算で行けば、彼の機体はこのまま敵頭上を通り抜け、背後へと周り一気に挟撃へと持ち込む予定であった。が、その作戦には迎撃砲の存在が考慮されていない。九郎が、ミリハナクが何基か潰してはいたが、まだ安全と言えるほど対処は完璧ではない。単機で中に浮いた機体は、はっきり行って格好の標的であった。猛烈な弾幕がリヴァル機を襲い、後方へと押し返した。
『う、は、あはははははは!?』
それでも、いきなり想定以上のダメージを受けたタロスに、バグアの動きは混乱する。怒りが通り越しているのか、奇怪な笑い声を上げて、怒りの一撃をケイ機にむけて振り下ろす。ヘルムヴィーゲ・パリングで受けてなお、重い一撃。それでもケイは、回復は許さないと休まず攻撃を続ける。
何とかケイがパリングで耐えてくれている間に、リヴァル機も体勢を立て直していた。ここからは予定通り、連携して追い詰めに行く。
損傷を追った状態で、リヴァル機の攻撃力はバグアにとって脅威だった。ゴーレムを割り込ませようとするが、そうなれば兵衛機前のゴーレムが即座に打ち倒されることだろう。短い時間稼ぎにしかならない。とにかく一旦、離脱しようとタロスが強く地をけった、ときだった。
「まだ、まだいるね〜、滅ぼさなければならない存在がまだまだいるね〜」
声が生まれたのは、タロスが翔んだ、更にその上からだった。
「バグアは滅ぼさなければならない、当然だね〜。交渉だなんだといった結果が、コノ状況ではないのかね〜」
ドクター・ウェスト(
ga0241)の機体が、バニシングナックルを振りかぶり急降下突撃をしてくる。振りかぶった体勢から‥‥放たれたのはメガレーザーアイ、というフェイントを織り交ぜつつ、そのままタロスに向かってまっすぐ突き進んでいく。
‥‥が。
先ほどもそんなことがあったが、現状、対空砲の始末が十分でないのである。上空に反応を検知すれば、それらは最もよく性能を発揮する。上空での盛大な火花はタロスに注意を促すに十分な余裕を与え、結果振り下ろされた拳は、身を翻したタロスの横を通過して、勢いをのせたまま地面へ向かっていく。
タロスは、一瞬考えた後、その背に向けて急降下。姿勢を立て直そうとする、迎撃砲によってダメージを受けたウェスト機をそのまま踏み砕いた。
‥‥沈黙。
『はっはっは‥‥読めませんねえあなたたちは。本当に、わけが分からないことだらけだ!』
しかる後に、バグアの嗤い声。
何かもう、何もかもが吹っ切ってしまったように、バグアが腹の底から笑い声を上げていた。
笑うしかあるまい。上空に逃れようとしたのに、うっかりとこんな方法で再び降りてきてしまったのだから。
‥‥だがまあ、とっくにそれは、どうでもいいことではあったのだ。
『ええ、そうですねえ。意地。当て付け。その通りでしょう。これがきっと、最後の当て付けですよ。無様に逃げ回る末にどうせ殺される‥‥よりは、この方がましかと。やっぱりそう、思いませんか? 分かりませんかねえ?』
銀子に向けて、やはり最後まで嘲笑うようにバグアが答えた、その時に‥‥兵衛が、最後のゴーレムを、打ち倒していた。
‥‥固定砲台の迎撃砲だけを便りには、もはや生き残れまい。
『‥‥いやはや、最初の一撃、お見事でした。それはそれは惚れ込むものでしたよ‥‥ヨリシロにしたいほどに、ね』
リヴァルに、ケイに、バグアは賞賛の言葉を投げかける。ケイが小さく「げっ」と呻いていた。
『退屈しない‥‥ここは魅力的な、星ですよ。本当に‥‥。さて、星の彼方へ逃れた、あるいは地下にもぐったわれらが同胞が‥‥この戦いを見て、果たして本当に、諦める、もの、ですかねえ‥‥?』
勝ち目がなくなって、それでもなお。
最後までこのバグアは、人類の心を弄ぶことを、やめなかった。
●
敵首領の撃破。
泥沼の戦いに疲れきった軍にその報告は、『焦土作戦』という最悪の展開をもたらすことは、思いとどまらせることが出来た。
ただ‥‥逆に、そう、思い切れなかっただけに、残るキメラの掃討戦は、重く、しんどいものとなったのだが。
それがようやく終わるころには、兵士に、決して少なくはない犠牲と、多くの疲労、多大なトラウマを残した。
埼玉には、これから復興活動が待っている。だが、そのスタートを切れるのは‥‥しばらくのときが必要となった。