タイトル:【決戦】ドゥルガー再臨マスター:凪池 シリル

シナリオ形態: イベント
難易度: 難しい
参加人数: 27 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/02 05:45

●オープニング本文


 月面、まだ基地から離れたそこに、巨大な影が降りる。

「地上の愚かな民どもよ‥‥今再び、王の怒りを知るがいい! 絶望と後悔と共に、支配者の名を再び刻み直せ‥‥! はーっはっはっはっは‥‥!」
 復活したドゥルガーの中央で、ナラシンハが哄笑を上げる。
 宇宙を制し、地上へと再侵攻する際にはインドの支配を。ブライトンとの約束の後、ナラシンハの軍勢は月面に降り立ち、崑崙へと進軍を開始する。
 ――‥‥復活したのはドゥルガーだけではない。デリーにて、ナラシンハが指揮していた兵。それがひと塊りとなって再生されていたのだ。


●前の戦い

「全機、一斉射撃!」
 KV中隊を率いる隊長が声を張り上げる。吐き出されるミサイル弾幕に、敵機に無数にとりつけられた全自動パルスレーザーが反応する。その反応直後の隙を狙って前に出ようとする数機のKV。だが。
「くっ‥‥だめだっ!」
 ミサイルが薙ぎ払われた煙幕の向こうに、微かな光が見えていた。先頭を行く一機が号令と共に散開。直後――KVたちがいた場所を、プロトン砲が貫いていく!
「近寄れん‥‥」
 もはやUPC軍は相手の恐ろしさを十分に知っている。そのため、前のように中堅クラスのKVすらバタバタ落とされる、ということはない。陸と宙に配備したKVによる継続的な牽制と弾幕での足止めを中心に作戦を組み、大きな被害は出ていないが、慎重過ぎる作戦は大きな効果ももたらさない。僅かに速度は落としているが、ドゥルガーは、いまだ平然と月面基地への前進を続けていた。
「‥‥やっぱ、近寄れるようにすること考えなきゃだめだよね」
 呟くように、僚機たちに通信を入れたのはリトルフォックス隊、御武内 優人(gz0429)だった。
「お、おいリーダー? なにする気だよっ!」
「いやーいつも通りだよ? 俺がまず出て囮になるからはやみんが一撃。タイミングは須磨っちお願い。で、梅やんは援護ね。目標パルスレーザー。堤防に穴開けよう」
 宣言すると共に優人はHBフォルムを起動、再びミサイル弾幕が迎撃されたタイミングを狙って前に出る。
 意識を全て回避に注ぎ込み、プロトン砲の囮になる。死角となった位置から速水 徹の機体が回り込み、一撃を加えて離脱!
「おっしっ‥‥! ナイスはやみん‥‥、さすが相方っ‥‥」
「相方じゃねえっ! オメー、軽く息上がってねえか‥‥」
 優人の声に、徹は苦々しげに返す。
「あーうん、さすがに緊張するねー。須磨っち、援軍の到着まであとどんくらいだっけ?」
「およそ‥‥20秒ほど、だったかと‥‥」
「20秒かー。ま、なんとかしよう。もっかい、狙えるなら狙うよ。皆よろしく」
「‥‥だ、大丈夫なのかよ」
 隊員の一人が不安な声を上げる。確かに後少しで増援が来る予定ではあるが、「こっちに来る」とは限らない。それ以前に、自分たちもうまく援護し続けられるのかどうか。
「言っても無駄だ。諦めろ」
 徹は溜息交じりに答えた。思い出すのはアデン基地攻略の時。敵に親がいる、と知って動揺した自分すら、あっさり信じた優人を見て、寒気すら覚えた。彼は疑わない。一度信じると決めた者は。築いた絆に対する、恐ろしいまでの楽天さ。だから。
「諦めるしかねえんだよ。アイツに一度戦場で『信頼』されちまって、それでかつアイツに死なれたくねえなら‥‥」
 応えるしかないのだ。その信頼に。何て言う、身勝手な話だろう。
「だから俺は、オメーに相方って呼ばれんのが嫌なんだっ!!」
 心底忌々しげに徹は言って、ブーストを発動させた。


●後ろの戦い

「ドゥルガー、依然前進中。KV部隊、止められません」
「今の距離だと厳しいわね‥‥」
「しかし、敵の脅威は話に聞く通りのままですぞ。前に出してもやられるだけです」
 崑崙基地司令部では、めまぐるしく戦況と、状況に対応する指示が飛び交っている。
「‥‥いえ、過去にある通り、ではありません」
 そこで孫 陽星(gz0382)中尉は、静かに声を割り込ませた。
「被弾状況を確認しましたが、デリーのころと比べ、少なくともプロトン砲の威力は低下がみられると考えて間違いありません」
 断言する口調は意識してのことだった。「〜かもしれない」などという言う方をして、議論を重くしている場合ではない。
「トップのKV隊に通達しなさい。もう少し前に出ることを許可するわ」
 李中佐の言葉に、孫中尉は掌に汗がにじむのを感じていた。己の判断が認められたのはありがたいが、その判断の責任を取るのが自分ではないというのはやはり、重い。‥‥だが、長く逡巡している暇はないのだ。状況的に、このままだと、押し切られる。活路を見出さなければならない。たとえ他人にリスクを負わせてでも。
「‥‥今回、デリーの時のように内部に突入する作戦は取れない、そう言ったわね」
 李中佐が、モニタに移る戦況から目を離さないまま告げる。
 そうなのだ。前に使った、内部に突入して機関部を破壊する作戦は今回は取れない。これまで、再生された存在は、その活動を止めた時一気に風化して崩れ去ることが確認されている。
 つまり。内部突入して『中核』を壊し、崩壊が始まれば‥‥突入人員は高い確率で「生き埋め」になるのだ。
 故に今回は「再生バグアの限界時間を迎えるまで耐える」、あるいは外から撃破する、というのが目標とされる。‥‥順当に、行けば。
「突入しない理由は、犠牲を前提にした作戦は士気にかかわるから、よ。でも、逆に言えば『その方が犠牲・士気低下が少ない』状況になれば――‥‥選ぶべきものは変わってくる」
 李中佐は机上に広がる戦略図にぴ、と一つ線を引く。
「ここがデッドライン。ここを超えたら、あたしは突入作戦を指示する。さて、デリー戦を体験した孫陽星中尉、あなたに聞くわ。あなたなら、突入部隊に誰を選定する?」
 残酷な問い。
 そんなことにさせません、という回答は無意味なのだろう。そうならないように尽力する、というのは当然の前提。かつ、そうできなかった場合の話。
 逡巡する時間は――やはり、短い。
「‥‥完全崩壊の前に生還する可能性が少しでも高い者に。内部構造を知る、つまり、かつて突入した事のある者を連れていくべきです」
 血を吐く様な想いで答えたのは、自分の元部下たちを生贄に捧げる内容。李中佐は、「‥‥そう。やっぱりあなたもそう思うのね」と短く告げて、分析作業に戻るよう指示した。
 ぎり、と奥歯を噛む。自分から視線を外した李中佐を一度睨み据えて、孫中尉は決意する。言いたくないことを言わされた、ならもう、やれるだけやってやる。この戦いの後のことなど考えず、ここで得られる情報、これまで築いた人脈を駆使して、今ここを切り抜けるだけを考える。
 尽くさねば。ここで戦うと、自分自身で決めたのだから。



 ドゥルガーの巨体が、それにも勝る巨大な妄執が、崑崙に迫る。
 再びの勝負。今度は、誰が笑い、泣く事になるのだろうか。

●参加者一覧

/ 夏 炎西(ga4178) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / クラーク・エアハルト(ga4961) / アルヴァイム(ga5051) / 秋月 祐介(ga6378) / 砕牙 九郎(ga7366) / 飯島 修司(ga7951) / 張央(ga8054) / 夜十字・信人(ga8235) / 森里・氷雨(ga8490) / 金 海雲(ga8535) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 狭間 久志(ga9021) / 白虎(ga9191) / ソーニャ(gb5824) / 湊 獅子鷹(gc0233) / 南 十星(gc1722) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / カグヤ(gc4333) / 天野 天魔(gc4365) / 那月 ケイ(gc4469) / ルリム・シャイコース(gc4543) / ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751) / フール・エイプリル(gc6965) / 御剣雷蔵(gc7125) / クラフト・J・アルビス(gc7360

●リプレイ本文

『傭兵戦力、到着です!』
 軍オペレーターの声が前線で戦う部隊にもたらされる。
 極度の緊張で速くも疲弊を見せ始めた兵士達にそれは福音となるだろうか。
 崑崙上空に現れた巡洋艦から、繋留されたKVが次々発進していく。
「あれが、ドゥルガーなんて巨大な」
 まだ距離があるうちからもはっきりと分かる存在に、南 十星(gc1722)が思わず呟く。あんな巨大なものが再生されたとは信じられない。だが間違いはないのだろう。
 ‥‥戦うためだけに生み出された再生体は許せないと、十星は思う。
「報告書で見た移動要塞か‥‥! 実物は流石に迫力があるな」
 ヘイル(gc4085)もまた、巨大なだけではない、幾つもの砲台が突き出る禍々しい姿、絶え間なく空を切り裂き続けるレーザーと砲弾の嵐に声を漏らした。
「このような所に迷い出るとは‥‥」
 夏 炎西(ga4178)はかつて、デリーの戦場でドゥルガーとまみえている。今眼前にそびえるあれはかつて記憶にある姿とまったく変わりないように思えた。ならばいやおうなしに思い出す。‥‥あれが止め切れなかったとき、どうなったのか。
(これ以上あの亡霊を進ませてはならない。絶対に‥‥!)
 今回は突入作戦は下されていないため、KVでの参戦。そのことに炎西は、いやな予感も覚えていた。
 実物を前に気を引き締めなおす一行。数機のKVが、ドゥルガー側面に回りこんでいく。

「さぁて、楽しいダンスの始まりだ! 気合い入れてこうぜぇ!!」
 宗太郎=シルエイト(ga4261)が景気のいい声を上げる。
「こら、大変そうだね。優人達も無事帰るんだよー」
 宗太郎機に同行するのはクラフト・J・アルビス(gc7360)。兵士の中に知り合いがいるクラフトは、共用回線に一言挨拶を乗せると、操縦桿を握り速度を上げる。
 追随するもう一機はユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)のものだ。
「ラインホールド出て来た辺りで予想はしてたが‥‥やっぱり来たか」
 溜息のようにユーリが零すと、それに応えたわけではなかろうが、ドゥルガーは新たに現れたKVにもったいぶることなく『熱烈な歓迎』をお見舞いした。
 備えられたパルスレーザー、およびプロトン砲が新たに現れた彼らの機体に向けられると、苛烈な攻撃を浴びせかけてくる。
 ‥‥ユーリの声かけにより、散開する三機。旋回し迎撃を回避する彼らを、砲台は執拗に追い掛け回し宙に光の筋を描いていく。
 ドゥルガーの猛烈な火力についてはすでに織り込み済み。覚悟を決めていた彼らは全力で回避行動にあたり致命打を避ける。
「ハヤテもハウンドとおんなじくらい速いんだぜー」
 初撃をどうにかかいくぐったクラフトが軽口を叩こうとするが、実はそんな余裕がある状況でもない。三機がかりで火線を分散させどうにか初回は乗り切った、という状況だ。いつまで続けられるかは、正直危うい。かつてデリーを悪夢に沈めた砲撃は、甘くない。
 飛び回る三機。はじめは満遍なく狙いを付けられていたが徐々に攻撃はその中の一つ、彼らの中で積極的に反撃を交えるユーリ機へと偏り始める。
「‥‥頑張れディース、全部避けるぞ!」
 長く連れ添う自機への信頼の言葉に、機体もまた応えようとする。傑出した回避性能を持つユーリ機は集中砲火も何とか乗り切るが、意識して狙われ始めると、ユーリのアサルトライフルもまた中々狙いを定められない。
 ‥‥だが、これでいい。
「でかいだけに針鼠の様に武装しているね」
 静かにつぶやいたのはルリム・シャイコース(gc4543)。彼女はその一言を呟いたきり口を閉ざすと、ラスヴィエートの照準最適化機能を起動させる。前を行く三機が分散させた敵の攻撃をかいくぐるようにしてロケット弾ランチャーを発射、まずは最外殻のパルスレーザーに着弾する。
 ルリムと同タイミングでドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)の機体も切り込んでいく。
(このご老体まで晴れて俺の後輩入りか。直接の面識はないが‥‥やる事は否定か‥‥)
 死から蘇った存在であるドゥルガー、その中核であるナラシンハに、いやむしろ、思うところがあるのは『黄泉還り』という現象そのものにか。ともあれ、ドゥは常人には理解できない想いを乗せる。ドゥ機もまた、先の三機がこじ開けた敵迎撃網を抜けてホーミングミサイルをパルスレーザーに叩きつけた。
 一度や二度の攻撃ですぐにどうにかなるほど敵もやわではない。攻撃を受けると砲台の口は当然攻撃者へと向けられた。一撃を与えすぐに離脱していたドゥ機はかろうじて大きな被弾は免れ、ルリム機は受防最適化機能を起動して耐えようとするが‥‥長く無視していられるダメージではないだろう。
 だが二人に攻撃が向けられると今度はユーリ機、クラフト機が攻勢に出る。特にブーストをかけて突貫したユーリ機のソードウィングによる一撃は大きい。
 回避能力が高いものが前に出て囮になり、開いた隙を縫って敵対空兵器を潰す。誰かが狙われればそれを誰かのチャンスに変える。彼らはそうした動きを担うチームだった。すべるように、楽しむように空をかいくぐっていく、「チームヒャッハー」。
「‥‥宗太郎‥‥」
 そのチーム名をふと思い出し、ユーリは発起人の名前を思わず愚痴るように呟いていたのであった。
 チームヒャッハーと動きを合わせるヘイルの視線は、巨体の中央に堂々と鎮座する主砲へと向けられている。何とか、敵対空網を、チームヒャッハーがこじ開けた隙に掻い潜れないだろうか。後方の管制機とも連絡を取り合い、タイミングを計る。‥‥が。
「――!! シャレにならない対空網だな‥‥。まずは近づく事から命懸けか」
 外周に展開するパルスレーザーの一部は、囮となった部隊が拡散してはくれる。だが主砲周りの防衛網はやすやすと油断してはくれなかった。乱れ飛ぶレーザー、それから向かい来るHWに動きを制限されたところで、大型プロトン砲に動きありとの警告が入れば、慌てて下がるしかない。まだ‥‥主砲攻撃の機はつかめない。

 ヘイル機離脱の際に、追いすがるHWには岩龍型遠隔攻撃機が横から攻撃をかけていた。
「味方機に近づけさせんぜ」
 操るのは御剣雷蔵(gc7125)。それと動きを合わせて、フール・エイプリル(gc6965)機のシェルクーンチクが追撃をかける。
「ドゥルガーと乗り手にセベク神の呪いあれ」
 静謐な声でフールは告げる。セベク教団の敬虔なる神官である彼女にとって、死の眠りを冒涜するのは許しがたい行為だ。
「永遠の眠りを与え、2度の復活無きように」
 遠隔攻撃機はそう長くは戦闘できない。雷蔵とフールの二機は連携しながら前に出る。二人の目標は、ドゥルガーそのものではなく周囲を守るHWの数を減らすこと。
 ともに照準最適化機能を起動したラスヴィエート二機、雷蔵機のミサイルポッドの攻撃を起点に群れに向けて切り込んでいきドッグファイトを仕掛けに行く。
 彼らの銃弾と迎撃するHWのフェザー砲が、数度火線を交わし。
「ウェーッハッハッハ。弱いぜ、こいつら」
 やがて相手のほうがダメージが大きいと見て雷蔵は声を上げる。それは偏った愛情を注がれて育った彼の幼さでもあったが、再生HWは弱体化しているはずという彼の目測が正しいという確認でもあった。
 実際問題、ただでさえ本星から離れれば情報劣化を起こすとされる再生体、さらにはドゥルガーのおまけのような形で復活した存在である。HWの撃破に集中すれば、落とすのは思った以上にたやすかった。
 ‥‥HWをいくら叩き落そうが、戦果としては地味だ。でかい標的、主砲というあからさまな脅威を前に、あえてその役割に専任出来るものは、それほど多くない。だが移動する砲台と考えればいち早くその脅威を取り除くというのは、大きな意味があった。

 傭兵たちは今回、ドゥルガーをいち早く攻略するために、宙域と地上とに分かれているが、方向としては片側に戦力を集中させるという布陣を取っていた。その動きを連携させているのが電子線機たちである。
(役を終え舞台を降りた役者を臆面もなく再度舞台にあげる監督。厚かましくも一度演じた演目を再び演じようとする役者。どちらも醜く見るに耐えん)
 高空から全体を見下ろす天野 天魔(gc4365)はこの『舞台』は甚く気に食わないものらしい。早々に幕を下ろさせるべく行動を開始する。ピュアホワイトのロータス・クイーンを起動、集まった情報でまず、事前に軍に問い合わせた情報と現在のドゥルガーに差異がないかを確認する。
 同様の分析は地上に立つ秋月 祐介(ga6378)も行っていた。自機である幻龍の解析能力に電子魔術師を用いてシンクロし、機体が分析した状況をリアルタイムで把握する。
 上空と地上、二つから観察した結果ドゥルガーは過去にデリーに現れたものとほぼ同一の状態とみて間違いなかった。しょせん情報を上書きして作ったかりそめの姿だ。過去の状態から更に改造を施すのは難しいのかもしれない。
 天魔と祐介の二機は電子機が、距離を置いて全体状況を分析。傭兵各機の動きに無理や矛盾が生じていないか管制する。カグヤ(gc4333)のピュアホワイトが二機とデータリンクし、情報を統合させ、そして。
「崑崙の一大事なのは分かってますよ。ですがね炎西さん、こんな紙防御の機でアレに向かえと? 支援ですか、そうですか。それにしても射程長そうな砲ですねえ‥‥」
 ぼやく声はイビルアイズに乗る張央(ga8054)のもの。彼の機体はロックオンキャンセラーにより多くの砲台を巻き込もうと低空、やや前のめりに位置している。その位置は同時に、前衛機と支援機のちょうどいい中継地点ともなった。‥‥ただ、彼自身が言うように、防御力の低い機体では危険のある位置だ。ある程度の生存戦略は考えているが、それでもいつまでここに踏みとどまっていられるか。

 四機の電子機の支援を受けて、傭兵各機が奮戦する。序盤に前に出たチームの奮戦により、パルスレーザーのいくつかはダメージを受け、動きを鈍らせ、あるいは止めている。
(あんなの、近付けさせちゃいけない‥‥もし、自分に出来る事があるなら、少しでも‥‥)
 レーザー迎撃網が少し薄くなった場所を狙い、金 海雲(ga8535)は実践試験型RCMをはるか後方から放つ。標的は大型プロトン砲。出来れば主砲や狙撃砲を狙いたかったが、外側からのアタックではまだこれが限界だった。ロングボウの能力を生かした超射程からの攻撃。距離を置いての攻撃は、レーダーに察知され迎撃される。だが一発に対し反応の遅れは確認される。電子機器の統制の元、片側に攻撃集中を行った成果は確かに出ている。海雲の一撃を追うようにクラーク・エアハルト(ga4961)のフォビドゥンガンナーが大型プロトン砲を狙う。更に上空から、十星機のサンフレーアが狙いをつけつつ、プロトディメントレーザーのチャンスをうかがっていた。
 ミリハナク(gc4008)は、積極的にカグヤと連携をとる。距離をとって、遠隔攻撃機でのパルスレーザー砲潰しの一翼を担っていた。
「管制機とペアでの無人機の戦術運用は、人の被害を減らしたい孫中尉には有用でしょうからしっかりデータ取っといてね」
 軍に向けたミリハナクの言葉に、カグヤも思いを改めるようにしっかりと頷いていた。
「誰かがうしなわれることがないよう、色々とお手伝いなの」
 カグヤはピュアホワイトのカメラを利用して遠距離の敵を映像として収め、ミリハナクへと提供する。敵味方が入り乱れる戦場での遠隔攻撃機の効果的な運用を考えてのものだ。
 ミリハナクの戦い方は普段の彼女を知る者からすれば随分とおとなしい。だが。
「虚構の王よ‥‥今度こそ明確な敗北を味合わせてあげますわ」
 臆したわけでは決してない。竜は静かに機を待ち、その時に向けて爪を研ぐ。

 傭兵たちが参戦して数十秒。現状において撃墜はおろか、退却を余儀なくされる機体もいないことは順調とは言えた。戦力をある程度集中させたことと、皆それぞれに生存戦略を意識し、無謀な攻撃を仕掛けるものが居なかったからだろう。だがそれはこれまでの軍と同様、消極姿勢であることの裏返しでもあった。停止させたのはパルスレーザーが数門。攻勢に転じるには若干の不安がある。そして‥‥。
 ドゥルガー主砲が唸りを上げる。射線上に居る軍、傭兵のKVがそれぞれの管制機の指示の元散開、KVたちの間で榴弾が連鎖的に爆発し空を揺るがせる。余波だけで多くのKVが揺さぶられその威力を思い知らされた。
 天魔がモニタ上に浮かび上がらせたマップに視線を落とす。すでに各機に転送済みのそれには黄色いラインと赤いラインが引かれている。軍から得た情報と目の前の戦いを分析しての主砲の射程。黄色がぎりぎり届く限界射程、赤がそこからなら有効打を与えてくるだろう位置だった。まだ踏み込まれてはいない。踏み込まれてはいないが‥‥ここまでにおいて、傭兵参戦後も、進撃速度は、大して変わっていない。
 祐介は、少し前、孫中尉にドゥルガーの詳細情報を求めた際に交わした会話を思いかえしていた。
『現状だと贔屓目に見て五分五分‥‥となると、出来れば切りたくない奥の手がある‥‥という事ですかね』
 半ばカマかけだろう祐介の言葉に、中尉はどう答えるべきか一瞬迷った。伝えること、しらを切ること、軍と傭兵、‥‥あるいは個人間の関係の為にどうするのが最適か。
 考えて、そしてその一瞬の間に、選択肢は消えたと中尉は悟る。僅かな沈黙、今会話しているのはそれで全てを察する人間だろうと。
『‥‥月面基地を、破壊させるわけには絶対にいきません。そうなれば一般人を含め多くの被害が出ます』
 それでも中尉は、直接的な言及は控えた。
『非情でも、備えるのが普通ですよ。他言はしません。ただ、勝算を高める為の情報として心に留めておきますよ』
 祐介はそのとき、中尉の、軍の思惑に理解を示した。いざとなれば勝利のために、その思惑に乗ることも。
 そうして、今。月面基地上空より、クノスペが出撃準備を見せていた。
『中尉、こんにちわ』
 基地への通信は、ソーニャ(gb5824)のもの。
『もう、誰かの為に泣けないね。少なくとも人前ではね』
 返答を待たずに彼女の言葉は紡がれる。歌うように。
 ――さぁ、笑ってよ。自信に満ちた顔でね。
  たとえ死んでも、その死は無駄ではないと。
  誇りを持って死地に向かえと。
  それが君の今の仕事だよ。
 彼女が言葉を切るまで、孫中尉は遮ることはしなかった。‥‥不愉快と、それ以上の不可解を覚えなかったわけではないが。
 わざわざこちらの傷口を引っ掻くようなことを言いに来て、彼女は自分に何をさせたいのだろう。
 単に遠まわしな非難なのだろうか。‥‥まあ、謗りを受けることは免れないとは分かっているつもりだが。それとも、どうせ自分は覚悟が据わってないだろうと案じての忠告なのか。
 祐介の時とは異なり、中尉のこの場でのソーニャへの返礼は完全な黙殺だった。苛立ち以上に、完全に、どう返事すればいいものか分からない。
 ‥‥せっかくのご忠告だが、少なくとも、今はまだ、クノスペに前進命令を与えるタイミングでは、ない。

 しかし、月面基地上空に現れた存在、その意味に、何人かは気付いてはいるようだ。どこかで流れを変える必要がある。傭兵たちはその必要を肌で感じ始めていた。
 後方で援護射撃に徹していた夜十字・信人(ga8235)が声を発する。
「こちら夜十字だ。後方より支援射撃を行う。援護が必要なら声をかけてくれ」
 改めての呼びかけに応じたのは、炎西。
 仕掛けに行くから援護を頼むと要請すると、ブーストをかけて前進する。低空の味方がある程度は迎撃砲を引き付け、あるいは破壊してくれたはずだが、十分といえるか。
 援護射撃にHWが速度を緩めた隙を狙って、アグレッシヴ・ファングとブレス・ノウを発動してディスクスステルラで攻撃。
(高速で動いていれば難しいか‥‥? だが、この大きさなら‥‥!)
 狙うは同じ場所。武装の誘導性と、ダメージ伝導率が高い特性を頼りにして、一箇所にダメージを蓄積する狙い。
 ドゥルガーが多数のパルスレーザーを纏うのはその巨体ゆえだ。回避能力がないからこそ、敵兵装を全てなぎ払う弾幕で代用する。今回も、炎西機が放った武装に反応し、レーザー光がそこにめがけて降り注ぐ‥‥が。これまで与えたダメージがその動きを鈍らせている。数発のディスクスステルラが着弾、炸裂し周囲の景色を一瞬歪ませる!
 劇的な効果はないが足元からの振動は敵の注意を引いたのだろう。すでにドゥルガー傍に迫りつつある炎西機には複数のHWが迎撃に向かい、そして。
『ポジトロン砲に動きあり! 射線を表示する、警戒しろ!』
 天魔の鋭い叫びに。
「ま、俺は鬱陶しいだろうし、そりゃ狙ってくるわな」
 すでに覚悟は完了済みだという風に信人がぼやいた。砲塔の動きを注視しつつ、回避方向を見定め、一気に加速をかけた、その直後。
 膨大な熱量が、少し前まで信人機のあった場所を貫いていく。
 震え上がるような光景。‥‥普通に考えれば。だが。
 ポジトロン砲がこちらに向かって撃ってきた直後、というのは、こちらからポジトロン砲に向けての射線があいている状況、でもあるのだ。
 この機を逃すことなく信人はフォース・アセンションを機動。立て続けに三発、ポジトロン砲に向けて反撃を放つ。
 もとより、前回の戦いでドゥルガーは知覚攻撃に弱いというデータが出ている。ポジトロン砲とその周囲に着弾したその瞬間、動揺か、敵の動きに僅かに乱れが生じた‥‥ように思えた。
 上空と地上、同時に状況が動く。
 炎西が先陣となって切り開いたチャンスをものにすべく、攻勢に出る。
 アルヴァイム(ga5051)機は、管狐の投射により突入先に居るHWを蹴散らし、そのまま敵艦中央部への肉薄を計る。主砲に迫れば当然各迎撃砲座は最優先で反応する。片面から攻め入った傭兵たちは当然、逆側にある砲座にはほとんど手出しできていないわけで反撃の嵐が、アルヴァイム機に襲い掛かる。‥‥だがそれに耐え抜ける性能を持つことも、前回の戦いで彼の機体は実証している。まして威力低下があるとなれば‥‥猛攻は、止められない。かといって、一気に主砲の息の根を止められるかといえば‥‥そこまで甘くはなかった。
 しかしそのとき、別方向から飯島 修司(ga7951)機が動きを見せている。アルヴァイムの動きは、他に大型砲を狙う味方の囮となることも織り込み済みの派手さだったのだ。
 K−02をブチ撒けながら進む修司機が目指す先は。
「なるほど、厄介な武装だらけではありますが、一番鬱陶しいのは狙撃砲ですな」
 ――性能もさることながら、砲手の判断が実に巧い。
 要と見た狙撃砲に向けて、アウルゲルミルが、K−02の余波である火煙を突き破ってぬっと顔を出す。
 涼しげな態度で放たれたそれが着弾した場所には‥‥これが本当に人類側火力なのかと言いたくなるような、馬鹿みたいな威力が炸裂していた。
 巨体が揺らぐ。凶悪な兵器のひとつが、見るからに大きなダメージを被っている。

 ‥‥地上でも動きは出ている。
「さぁ、やってやりますか!」
 那月 ケイ(gc4469)が声を上げ、炎西がつけた傷を更に抉るべく、砕牙 九郎(ga7366)とともに大きく動く。
「俺が二人の盾になるか」
 その二機を守るべく、湊 獅子鷹(gc0233)の機体が追随する。前進する二機を守るために必要なのは、正面よりも背後や横槍からの奇襲を狙ってくる手合いか。近づくHWを、獅子鷹はスラスターライフルで牽制、迎撃する。
 背後に憂いがないとみてケイは前方の砲台の動きに注意しながら前進、炎西と同様、ディスクスステルラでまずは外装へのダメージの浸透を狙うと、九郎のラヴィーナがそこへ追撃。やがて、視認出来るほどの亀裂がそこに生まれる。
 このとき、地上に位置していた祐介機も援護に動いた。少しでも気を引ければと艦橋に照明弾を投げ込んでから、前に出て白金蜃気楼を展開する。
「戦闘もこなそうというのは初めてか‥‥情報処理に戦闘‥‥やってやるさ‥‥」
 白金蜃気楼の効果範囲は狭い。それは電子線機が前線に出るという覚悟を伴うものだった。
 仲間の援護と覚悟に、意を決してケイと九郎の二機はタイミングを合わせ、ブーストをかけ突撃する。互いに手にするのは、手持ちミサイル「雷参型」。
 降り注ぐレーザーとHWの追撃の中、キャタピラを守る装甲に取り付き、位置をあわせ、点火!
「いい加減ぶっ壊れやがれっ!!」
 九郎の叫び。重ねあわされた衝撃が。これまでに与えられたダメージとともに、外装をぶち破り、さらには内部のキャタピラに向けて突き進んでいく。
 通した風穴から立て続けに放たれる攻撃に、巨大な駆動部に明らかに不自然な力がかかり、きしむ。
 もがくように揺れる巨体に、無音の宇宙空間において絶叫する不協和音が聞こえた気がした。
「‥‥さて、目玉の兵装のピンチに、キャタピラ破断による体勢の立て直し。いよいよ忙しくなってきたと思いますがどうですかね?」
 森里・氷雨(ga8490)が、浮いた片軸とその直下へ物理砲撃をかける。
 これまでも制圧火力による過負荷をかけて進軍の停止を狙っていた氷雨機だが、自ら呼びかけるのではなく他者の攻撃に紛れる形で行っていたためはっきりした成果は出せていなかった(もっとも、そうしていたが故にここまで耐え切れていた側面もあるが)。
 が、このタイミングでの擱座を狙った攻撃は的確。目論見どおり、体勢の立て直しと進軍を優先するか、立ち止まっての迎撃に集中するかの二択を迫る形となる。
 そして、ナラシンハのとった道は。
『蚊ごときの分際に過ぎん身で‥‥こざかしいわぁあああ!』
 怒りとともに、残された兵装が全方位に狙いをつける。
 威厳の一つであるポジトロン砲の破壊と、キャタピラのダメージによって見せた無様。 基地攻略という目的よりも、それを為したものたちへと懲罰への思いのほうが勝ったのだろう。一旦動きを止め砲台に命令を集中させる。
 一斉砲撃を許せば対処できる機体は限られる。
 危機に反応したのは――狭間 久志(ga9021)!
「二度も同じ相手に不覚は取れないだろ‥‥僕にもハヤブサライダーとしての意地があるんだ」
 リベンジを胸に前進、敵に連携をとられる前に長距離バルカン射撃でプレッシャーをかけに行く。
「宇宙ならではだろ、こういう変態機動は!」
 ブーストの擬似管制制御を用いての変則的な動きを組み合わせた攻撃は、敵迎撃網を確かに狂わせた。
 ――それは、単純な弱体化だけではない、再生体のもう一つの弱点。
 再生されたということはつまり‥‥死んでから、復活するまでの間の情報が、ない。
 敵は知らないのだ。宇宙において人類がどのように戦うのか。己が死んでから、人類がどれほど進化したのかを。
 タイミングを乱されたまま、ドゥルガー各兵装がやけくそ気味に次々と火を灯す。
 ‥‥状況は決して、楽観ばかり出来るわけではない。一部が欠損、乱れているとはいえ、全砲門を一斉連動された砲撃は傷ついた兵士達に確かにダメ押しの一撃となっていた。
 傭兵達も。
 上空ではクラフトとルリム、十星ら、回避が間に合いきらずダメージを蓄積させていた機体が限界を告げ‥‥ルリムの1/2のジンクスは、今回は微笑んでくれなかった。
 炎西、ケイ、祐介、獅子鷹の機体も、やはり若干の強行軍となったツケは浅くなかった。九郎とともに、獅子鷹の主導の下、撤退を余儀なくされる。
 敵の一斉攻撃。踏みとどまった傭兵達には、逆にこれがチャンスとなったが‥‥これが、最後のチャンスになるかもしれない。そんな兆候も現れ始める。
「――撃ち抜く! 一度で無理なら何度でも!!」
 ヘイル機がラージフレアを投下とともにブリューナクを構える。
「前はここで押し切れなかった。ここだ、今度こそここで決めろ‥‥!」
 ヘイルが主砲を狙う動きを察すると、もとより合わせるつもりでいた久志機がその動きに即応する。
 アルヴァイムも再び好機と見て、囮をかねてではない、今度こそ本命の攻撃を仕掛けにいく。
 難攻の要塞、その中核たる主砲に向かって、次々にダメージが食い込んでいく――。
 ‥‥すでにドゥルガーの位置は、月面基地を限界射程に捕らえるまでぎりぎりの位置には来てはいた。だが今傭兵が見せている成果は、その動きに注視していた軍に、決死の突入作戦をひとまず「待て」といわせるには十分だった。
 ミリハナクが前に出る。これまで彼女の援護をしていたカグヤはその場に留まり、しかしこれからもその場で彼女のための目であり続ける。
 主砲狙いの影に紛れる形で、ミリハナクの機体が狙うのは、主砲ではなくやや後方。

 ‥‥白虎(ga9191)の機体がその時、掘り進めていた穴からどこかコミカルな様子でひょこっと顔を出していた。
 まだ己が予測した地点よりは遠くにあるドゥルガーを確認すると、KVのカメラごと視線を上に向ける。
『白虎さん、打ち合わせ通り、お願いします』
 クラークから白虎機にむけて通信が入ったのはそのときだった。
 白虎さんとの共同戦ですか。悪くないものですねと呟いたクラークに、白虎もどこか楽しそうに機体を空に浮かばせると、クラーク機を守るように立ちはだかる。
 白虎機の背で、クラークの吼天が変形を開始する。
『‥‥砲撃形態に移行します。全隊に通達、射線上からの退避と残ってる砲の引き付けをお願いします』
 クラークが味方全機に通達する。
 機関部近い部分に狙いを定めるクラーク機の前に、ミリハナクの竜が咆哮をあげた。対艦誘導弾「燭陰」が、オフェンス・アクセラレータを乗せて、完全に動きの止まったドゥルガーに向けて叩き落される。
 Map兵器たるその大火力に巻き込まれぬよう、祐介機の管制に従いあらかたのKVが退避したタイミングで。
「チャージ完了。照準良し‥‥全力射撃‥‥吹き飛べ!」
 クラーク機の吼天――ここでは機体ではなく対艦荷電粒子砲の意味だ――に、膨大な光が集まる。
 これで決まらなければどうなるだろうか?
 今は、考えない。
 胸騒ぎを押さえつけ、今はただ、全力で一撃を叩き込むのみだ。

 固唾を呑んで見守るもの、そのモニタが、白く、染め上がる。

 光が止んだ、その先に。
 巨体はまだ、そこにある。
 修司機が狙いをつけていたポジトロン砲は完璧につぶれ、残る一門と主砲も見るからにダメージを負っていた。
 ミリハナクとクラークが立て続けに狙い撃った、機関部があるとされる後方は、大きく穿たれている。
 そのダメージはどこまで届いているのか? 機関部さえ落ちたならば、いかに各砲台が残ろうとも‥‥。
 ――ピシリ。
 見つめる一同の視界の端で、何か。
 一門のパルスレーザーが、確かめるようにぴくりとその身を震わせると、伝播するように、もがくように数台の砲台が、再び動き。
 主砲も、再びその首をもたげ‥‥だが、可動部を狙うものがいたのだろう、その回頭はぎこちなく引っかかる。
『馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 認めん、儂は認めんぞ、こんな――‥‥』
 狂ったような叫びは‥‥ドゥルガー全体から響き始めていた。
 破壊したはずのキャタピラに、有機的な物質がしみこむように走っていき、繋ぎ合わされる――
『機械融合!』
 警告の為に氷雨が叫び、ミリハナクが即座に攻撃を開始する。
 だが、はっきりその可能性を予見し指摘していたのはこの二人のみ。他の機体は、反応がワンテンポ遅れる。
 融合が不完全なまま、ドゥルガー、いやナラシンハは無理矢理前進、主砲を持ち上げようとあがく。
「目先の敗北を否定するそのために、王となる目的そのものすら捨て去ったか? もはや耐え難い醜悪だな!」
 天魔が怒りの声を上げるが、しかし砲台は、かつてデリーを破壊したその栄光にすがるように崑崙へとその身を持ち上げ‥‥。

 崩壊の振動が、響く。

『なんだ‥‥これは‥‥!』
 ドゥルガーの主砲が、根元から崩れ去り、ただの質量の塊と成り果てて月面の大地に落下する。
 そのままゆっくりと、砂の城が崩壊するように、徐々に徐々に、崩れ落ちていく。
『な、何故だ‥‥!? 聞いておらん‥‥! まだ、まだ保つはずではないのか‥‥!?』
 その崩壊は、軍の予想よりはるかに早かった。
 巨大質量を再生したが故なのか。そもそもナラシンハに、これほどの巨体と融合する程の器はなかったのに無理をしたのが限界に加速をかけたか。
 言えるのはつまり、ナラシンハはブライトンにとって大した意味のある兵ではなかったのだろう。これほどの兵力を再生するその加減を、試されたに過ぎないと。おそらく妄執に支配された独りよがりの存在は理解できなかったことだろう。
 結局は時間に殺されたナラシンハを、ソーニャは少し残念に思った。
「支配の孤独では、思いを重ねて先へと進もうとする人には勝てませんわ」
 ミリハナクがその死に様に向けて呟く。
 脅威は、もはや、そこにはなかった。



 二度目の戦いは、守るべき場所に被害を出すことなく、耐えるべきを耐え、打って出るべきを出たぎりぎりの見極めによる勝利となった。
 月面基地はその機能を損なわず、これからも宇宙の最前線基地であり続ける。
 それでも、極度の緊張から解き放たれて、崑崙のあちこちでは、歓声よりも先に安堵のため息があちこちで上がっていたのだった。