●リプレイ本文
「‥‥人を壊す塔‥‥ですか‥‥」
BEATRICE(
gc6758)が愛機、ロングボウIIのミサイルキャリアの中でポツリと呟いたその時。
「最後の最後で舐めた真似を‥‥」
堺・清四郎(
gb3564)もその時、自機のタマモ、狐ヶ崎のコックピットで怒りの声を滲ませていた。
(さすがに順当に落とさせてくれないとは思っていたがこんなゲスな手に出るとはな)
思うと同時に清四郎は理解もしている。確かにこれは人類を相手取るには効率的な手なのだろうと。
効率的、そう、効率的だ。
D‐58(
gc7846)は理解している。電波塔は所詮ただの兵器だし、相手の言っていることもただの策以上の意味はないのだろうと。そう、解釈している。のに。
「何故かは分かりませんが‥‥イライラしますね」
思わず零れる想い。その理由が、分からない。
怒りや苛立ちを覚えるのは彼らだけではない。電波塔がもたらす不快感がそれを余計に増幅させる。耐えかねて、怒りに任せ身を乗り出すKVは、最初に飛び出した傭兵以外にも居た。
頭一つ抜けたKVに向かって、HW数機が一斉にフェザー砲を向ける。慌てて急旋回し難を逃れたKVだが、仲間とはっきりと距離が離れたそれを、HWの一機が追撃に向かい‥‥BEATRICEの真スラスターライフルが、咄嗟にHWの動きを牽制した。孤立は免れたものの、動いたKV付近の布陣は乱れ、しばらくは仕掛けられないだろう。
「クソッタレ、全軍でうまく当たらなきゃ無理だな」
無機質、それゆえに統制された敵の動きに、清四郎が悪態を漏らす。
彼の呟きに応えるように、秋月 祐介(
ga6378)は静かに敵の分析とその対応のための演算を開始していた。
(敵は形振り構わず来ている‥‥)
敵陣の守りの中核にあるのは、すでに機械融合を始めたHW。バグアとしてのプライドはかなぐり捨ててかかってきているのだろう。そんな敵に対し。
(リスクを背負わない為に、負けないことを優先する今の僕の思考では厳しいか‥‥)
認めると祐介はすっと眼鏡を外す。
負けない戦いではない、勝つためにリスクを背負う戦い方をするために。
(今の僕には命を賭けるだけの欲があるんだ‥‥)
祐介のワイズマン、Laplace’s demonのモニターに目を落とす。その中から敵の動きのパターンを読み取る。
――電波塔を優先して守ろうとする敵の動きは読めた。あとは‥‥。
通信を入れる。まずは軍。
『こちら秋月傭兵中尉。電波塔破壊に考えがあります。申し訳ありませんが、協力をお願いしたい』
それから、付近に展開する傭兵達に対しても。
『傭兵の秋月です。電波塔の破壊に策があります。奴の筋書きを台無しにするのに手を貸して下さい』
祐介の作戦には人数が必要だった。電波塔を狙う者を優先して狙う敵AIを利用しての声東撃西。つまりまず「声東」をあげるものが要る。
通信をうけて、傭兵達のいくつかが、同調する動きを見せた。
パステルナーク(
gc7549)がその動きを感じて、自機のタマモ、Lunaris Umbraの操縦桿を握りなおす。
「こうして皆と協力しあえたからこそ、ボクは今ここに居られるんだ」
電波塔とは影響をかんがみてやや距離をとり、いつでも狙撃が出来る体勢をとる。アンテナ上部を狙えば、潜入部隊への影響は少ないだろうか‥‥目標をしっかり視認。タイミングは、祐介の指示を待つ。
パステルナーク機と連携するように、ドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)のフック・フォクス・イーノクスが居た。こちらも機体種類はタマモだ。
ドゥは眼前に展開する敵をやや醒めた目で見ていた。
(あの前口上を述べた男から枯れ果てるヤドリギの哀れさがプンプン臭うぜぇー!)
そんな風に思う。だからと言ってやることは変わらないのだが。
傭兵達の一部が動いた。つられるように護衛HWの一群がそちらへと傾く。
だが‥‥まだ、少ない。軍はすぐには傭兵の動きには同調できないし、傭兵達も祐介の作戦、その冷静すぎる呼びかけに戸惑うものたちは多かった。
電波塔による精神被害。その威力を肌で感じているからこそ、一部傭兵たちはまだ、揺れていた。陽動とか作戦とか、そんな悠長なことやっている場合なのか、と。勿論、最終的にはそのほうがいいことは間違いない。だが誰もが落ち着いて判断できる状況ではないのだ。バグアの言葉は、確かに効果を上げている。
敵陣に突入しようとする清四郎も、電波塔を狙撃しようとするパステルナークの動きも、まだ契機とするには足りない。ならばどうするか。
『ブレイド1、堺・清四郎だ、我々が突入を担当する。タイミングを合わせて援護をお願いしたい‥‥』
――清四郎がとった対応は、ごく単純なものだった。
『我々に指揮権がないのはわかっている、しかし我々の機体は高改造してある機体だ。現状では一番成功率が高い。どうかご協力を‥‥!』
ただ、真摯に頼み込む。それは祐介と対照的に、計算などないものだった。そして、感情で動く者たちを確かに揺さぶるものだった。
じわり、傭兵達の間に応答の輪が広がっていく。生まれた波が、HWたちをひきつけていく。
パステル機とドゥ機、両機の狙撃が一発ずつ、電波塔の上部に命中した。‥‥それだけではまだ破壊には至らないが。
多数展開するHWの別の一翼が、二機へと向かっていく。
『引き付けて撃ちやすいように頑張るから、お願いっ』
パステルはドゥに呼びかけ、FETマニューバBやブースト、超電導ARの準備に入る。追撃する敵に対しては、自分は回避に専念して味方の射線に追い込もうという考えらしい。
『了解。それじゃあ行こうか』
ドゥの返答はパステルと自機、両方に向けてのもの。向かい来るHWにミサイルポッドがその口を開く。同時にライジングフレームが輝きを放ち、ドゥ機の姿を幽霊のごとく浮かび上がらせる。ドゥ機はレーザーライフルを軸に一撃離脱、敵戦力を地道に確実に削り落としていく。
これらの動きで生まれた、敵陣の薄い層に向けて、清四郎機がK−02を放ちながら突入していく。ドゥやパステルナークたちが再び狙撃の体勢を取れるよう、こちらでも敵を引きつけかく乱するのが清四郎の目論見。そして。
電波塔付近に向かう道がこじ開けられたことで、ここで大きな動きを見せる機体がいた。音桐 奏(
gc6293)のガンスリンガー、ディスコードとソーニャ(
gb5824)のロビン、エルシアンである。
『では行きますよ、ソーニャさん。すみませんが、私と彼の因縁に付き合ってもらいます』
静かに、奏はロッテを組む僚機に告げた。
‥‥越谷で生まれた因縁、その決着をつける戦いが、始まろうとしていた。
『またお会いしましたね。能楽堂で貴方に殺意を向けた男です』
声明を放ったバグア機に対し、奏機もまた音声で呼びかける。付近の傭兵機と交戦していたその一体は、一撃を眼前のKVに命中させるとともに奏機へと向き直った。
『そう言えば名乗っていなかったですね。私の名は音桐 奏と申します。覚えるかどうかは貴方にお任せします』
呼びかけるのは時間稼ぎの目的もある。奏の言葉に、バグアは。
『私が今更貴方の名を覚えることにあまり意味はありませんね。しかし別のものがその名を覚えることもあるかもしれません。貴方がそれにふさわしい資質を示してくれるのならば』
ころころと笑いながら、応える。
『貴方はバグアの為に死を選ぶのですか? ならば‥‥私が貴方に死を送り、貴方の最後を見届けてあげましょう』
『ふむ。貴方にそれが可能ならば、それは確かにバグアにとって願ったりなことですね。存分に私を喰らい、喰らわれるがいいでしょう。もっとも、半端な存在ならば‥‥ここで私が間引きいたしますけどね』
そうして二機は相対した。
奏機のスラスターライフルが、バグアのフェザー砲が銃火を交し合う。
挨拶の一撃は互いに掠めるぎりぎりのところで回避すると、懐にもぐりこもうとするバグアのHWを奏機のファランクスが牽制。だがバグアは部下のHWを側面に回りこませて‥‥しかし奏機の死角はソーニャ機が補っている。ミサイルポッドの牽制、そこからアリスシステム、マイクロブーストを併用してミサイルを追うようにして標的のHWに接敵した。
ブーストで回頭は滑らかに。高速で敵の攻撃を縫いながら機銃で攻撃、しかる後にミサイルと共に離脱。
舞うように。
立ち止らず、常にステップを刻むように。
敵陣に切り込み、翻弄して去っていく。
陣形を崩し、連携を阻む。――誰にも、二人の邪魔はさせないと言うように。
『うふふ、そうだよ』
心から愉しげに、ソーニャは言葉を紡ぐ。
『そう、もう体裁を取り繕う必要はないよ。君は十分やった。後は思いのまま楽しめばいい』
永遠の刹那。
深淵の蒼。
削りあう君とボクの命。
舞いに、歌が紡がれるように。ソーニャは飛ぶ。
『バグアと人との戦いを、貴女がお膳立てしたと? それはまた、随分な思い上がりですね』
ただ、戦場においてその態度はバグアと人類、双方に不興を買うものではある。彼女の想いを目の前のバグアは理解できなかった。理解できないゆえに興味を引く物ではあるが‥‥しかし、種族的に上位である(と思っている)バグアに対し「よくやった」「楽しめばいい」と諭すような物言いは「上から目線」と取れるものであった。到底、初見の相手に共感が得られるものではない。バグアは命じると、4機のHWが別方向から彼女の機体に襲いかかる。その機動力を認めたうえで、他方向からの攻撃でそれを削ぎにかかる。バグアとの戦いに集中していた奏に、フォローの余裕はない。
完全に囲まれる前にかろうじてBEATRICE機からのフォローが入った。側面からK−02を浴びせかける。
次いでパステル機がサンフレーアで狙撃、パステル機と連携するドゥ機が十字砲火でこれを逃さず、叩き落とす。ただ、電波塔狙撃を狙う彼らをマークするHWも減っておらず、彼らからの援護はこれが限界だった。
しかし、奏にしてみれば望み通り、余計な妨害が入らないという状況が作られたのは間違いない。護衛HWは離れた。指示の合間に生まれた一瞬の隙に、TFハイサイトを使用。咄嗟に掲げたアームに受けた威力に、バグアが驚愕を見せる。
姿勢を崩した改造HWに向けて奏機は一気にたたみかける。DFバレットファストとブーストを起動して追撃姿勢を見せる奏機に、避けきれぬと見たバグアはプロトン砲に光を灯し、相打ち覚悟のなりふり構わぬ迎撃姿勢に出る。
交差する、二機。決着は――。
『D‐58さん‥‥そちらの方面‥‥HWが増えてきています‥‥迎撃に手を貸してください‥‥』
主に足りなそうな場所へのフォローがメインとなったBEATRICEが、ふと気付いてD‐58に呼び掛ける。
『え? ああ、了解』
言われてD‐58は付近の状況を、やや俯瞰して確認してみる‥‥と、確かに、まだ大きな劣勢というわけではないが、他と比べてHWが減っていない。というか、己の撃墜数が上がっていない。
‥‥電波塔に仕掛ける回数が、無意識のうちに増えて‥‥いた‥‥?
ここしばらくの己の行動を思い出すと、そうなる。
「戦闘中に感情的になるのは好ましくないはずですが‥‥」
感情的。そう、これは感情的な行動だ。最初の苛立ちからも、ずっと。
紡ぎだす言葉は、記憶と共に色を失い、機械的な調べとなっていたはずなのに、そこには確かに、微かな感情が含まれている。
『多少なら‥‥フォローできます‥‥大丈夫、ですよ』
D‐58の返事に、何か気付くことがあったのか。BEATRICEは言葉を添える。それは単にミスはフォローするという意味なのか。それとも、芽生えかけた何かの為ものなのか、それは分からない。
祐介の指示の元、電波塔への波状攻撃は続いている。
『敵は確実に数を減らしている! もう少しだ! もう一度突撃する! 援護を!』
『指揮官HWとの戦闘に集中できるよう、周りの排除に手を貸してくれませんかっ。お願いしますっ』
清四郎が、パステルナークが、呼びかけに声を張り上げ続ける。
近寄れば妨害電波の影響は強い。傭兵達の手はまだそこへは届いていない。それでも、護衛戦力は着実に叩かれていく。
(勝負を決めるのは一瞬‥‥イメージしろ‥‥勝利への道筋を‥‥それを手繰り寄せる!)
めまぐるしく動く戦況。モニタを流れ続ける数値。過負荷な情報の渦を乗り切り‥‥そうして、祐介の脳裏に、少し未来の映像が浮かび上がる。
『狙えるやつは今すぐ構えろ! 合図とともに電波塔を一斉攻撃!』
祐介は叫ぶように告げた。彼らしくなく。それこそ、なりふり構わずに。
彼の叫びから二秒後。
奏機と敵指揮官機が交差する。
プロトン砲は奏機の左翼を掠め薙いでいき‥‥そして、奏の渾身の一撃が直撃した敵機が、ぐらりと傾き、失速する。
四秒後。
指揮官機からの通信途絶に、各HWのAIが切り替わる空隙と、僅かなブレが生じる。
六秒後。
『撃て!』
改めて、祐介が叫ぶ。
八秒後。
祐介が見た未来。これまでに味方たちがかき乱した敵陣形が、AIの乱れによって最も疎となる瞬間。
呼応したKVたちが、塔に向かって突入、一斉射撃。隙間の広がったHWたちの合間を縫って、幾つもの砲弾が電波塔に向かって伸びていく。勿論いくつかは射線上のHWに阻まれるが‥‥D‐58機のフィーニクス・バイネインから放たれるプロトディメントレーザーなどは、間に敵がいてもお構いなしに、貫いていった。
十秒後。
電波塔の最上部が、崩壊して、落ちる。
アンテナ部が破壊され、邪悪な電波が増幅、周囲へと拡散されることはなくなった。‥‥あとは、突入した味方が完全に止めてくれるのを待つばかりだ。
祐介一人の功績ではない。この場にいる者たちが一丸となった、それゆえの結果。
それをもたらしたのは、初めから彼の作戦に乗ることを決め疑うことのなかった、始まりの8人。
結局のところバグアの挑発は、彼らの結束を益々固める形となったのだろう。はじめに結束した8人が、誰一人焦らず、祐介の作戦を信じたからこそ。
『なるほど‥‥どうやら私の‥‥完敗ですか‥‥』
呟いたバグアは、重力に引かれ、融合した機体もろとも地面に墜落していったのだった。
「これで終わり、ですか‥‥貴方の事も、忘れませんよ」
黒煙を上げるHWに、奏が静かに告げた。
「どうだい。楽しかったかい――また一緒に飛ぼう。ボクがそちらに行った時にね」
ソーニャもまた、言葉を贈り。
「今更に思う所があるけど‥‥こいつらの本性はまるで‥‥最早かね全く‥‥」
ドゥは、その末期に何かやるせないものを感じて、思わず零していた。
●
所沢の戦いは、人類の圧勝、想像以上に少ない被害での決着となった。
埼玉の――この地に残された苦しみからの、解放は、近い。