タイトル:White lieマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/26 12:14

●オープニング本文



 ――大丈夫だよ。
 私は安心させるように目の前の少女を優しく抱きしめる。抱きしめながら、もうちょっと、こうしていようか、と、彼女の掌に言葉を綴った。
 不幸な事故のせいで盲目になり、耳も聞こえなった彼女にはそうする事でしか私の言葉を伝える事はできない。
 彼女は、はにかむように笑った。

「うんっ」

 その声は、狭くはない個室に余韻をのこして消えていった。徐々に耳が聞こえなくなった彼女は、高揚すると声が大きくなるクセがあることを、不意に思い出す。
 彼女の顔に浮かんでいるのは、童女のような純粋無垢な笑顔。彼女は人とふれあう事を好んだ。そうする事で、世界と繋がれるんだ、と言っていた。ひとりぼっちじゃないって分かると、泣きたくなるほど嬉しいんだ、と。彼女はこの施設にきてからずっと、そういって嬉しそうに笑うのだ。

 私が抱きしめている事を、彼女が素直に喜んでいてくれているのが、今はどこか嬉しく、どこか悲しかった。

 ‥‥ここにはまだ、血の匂いは届いていない。最後のその時まで、彼女がこの世界を怯える事のないよう、祈る。
 ちくり、と。私の胸を刺す痛みが、した。

 屋外からは、いくつもの悲鳴が、聞こえている。


 私は、ある街の山あいにある養護施設に勤務している、ヘルパーだ。
 といっても、勤め始めたばかりで、今年の四月からの勤務。
 一口に養護施設といっても色々あるのだけど、私が勤めているのは身体障害者療護施設という施設で、怪我や病気で介護を必要としている人達のお世話をしている。

 今日は月に一度、施設の庭を使ってバーベキューをする日だった。私達職員は、総出で慌ただしく準備を追えると、その日、それぞれが担当している利用者さんを迎えに行って、必要な準備をして、彼らを施設の外にだした。彼らの表情は一様に明るく、久しぶりのハレの日を、心待ちにしていたようだった。‥‥普段は機嫌の悪い爺様も、今日はなんだか気難しさが八割減で、ほっと胸をなで下ろしたものだ。正直、私は彼が苦手だった。

 二回目とはいえ、まだ段取りが悪い私は、他の職員よりその準備が遅れていた。でも、こういう物事は、経験ありき。先輩職員はそういうと、一足先にバーベキューを始めていた。残る一人。盲目の彼女を待たせた事を申し訳なく思いながら、私は施設の二階へと上がろうと、正面玄関をくぐり、中にはいった。

 最初の悲鳴が上がったのは、その時だ。
 次に、地鳴りのような、すごい音が後ろで響いた。私は転びそうになって手を床について、振り向く。そこには、壊れた玄関と、こちらに背を向けている、巨大な化け物の姿があった。沢山の悲鳴が聞こえる。それを、咆哮がかき消した。施設が揺れたのかと錯覚するような、重厚な音の壁。

 ここにいたら、死んでしまう。

 私は、駆け出した。事務室の中には、誰もいない。よく考えたら、あたりまえのことだった。電話の子機をとり、駆ける。悲鳴と咆哮に腰がぬけそうになりながら電話をかけた。助けて、と。
 荒い息で、何とか現状を伝え、電話を切った頃、彼女の部屋にたどりついた。

「無事‥‥っ?!」

 言いかけて気付く。彼女には音は届かない。光もまた。彼女は、ぼーっと、部屋の一点を見つめるようにして、考え事をしているようだった。私は、荒い息を整えながら、いつものようにベッドをかるく叩く。気付いた彼女が、ゆっくりとこっちを振り向いて、はにかんだ。阿鼻叫喚の中、彼女は荒野に咲いた小さな花のように、微笑んでいた。

「どうかしたの?」
 声はすこし、眠たげだ。彼女が、外の様子に気付いていない事がわかると、私は何かに安堵した。

 そして私は、嘘をついた。

 ――じゅんびが、おくれてるの。 もうちょっと、じかんが、かかるから。 いっしょに、まとう?

 もし、外のキメラに見つかったら、私達は死ぬんだろう。ひょっとしたらもう、見つかっているかもしれない。‥‥死ぬのは怖かった。逃げ出したかったけど、でも、その過程で家族のようだった人達が死んで行くのを見る事、目の前の彼女を捨てて逃げる事は、もっと嫌だった。縋るように見つけた言い訳は、僅かに胸を刺したけど。

 ‥‥それ以上に彼女の笑顔が綺麗に見えた。だから私は、嘘をついた。

●参加者一覧

鋼 蒼志(ga0165
27歳・♂・GD
煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
テト・シュタイナー(gb5138
18歳・♀・ER
フローラ・シュトリエ(gb6204
18歳・♀・PN
杉田 伊周(gc5580
27歳・♂・ST

●リプレイ本文


 施設は山間にあった。
 施設機能に見合うだけの十全な土地を確保する為の方策だったが、急ぐ傭兵達にとってはこの上なくもどかしい距離。
 その距離を、傭兵達は駆けて行く。
 
「時間との勝負になりそうね。急がないと」
 フローラ・シュトリエ(gb6204)が言う。生存者を、諦めたくはなかった。
「よりにもよって、養護施設を襲いやがって‥‥っ!」
 唾棄するように告げるのは、テト・シュタイナー(gb5138)。
 少女の怒りは身に纏う雷光のように激しい。
 彼女はバグアの襲撃のせいで孤児院に入った。その過去が、より怒りを駆り立てている。
「理不尽な悲劇なんてのは、誰にだって訪れる可能性があるもんだ」
 応じたのは、鋼 蒼志(ga0165)。彼自身もまた悲劇に遺された者の一人だ。覚醒し、どこか乱暴なその言葉に籠められたものは、重い。
 ――ま、そんなものクソ食らえだが。
 視線の先には、門がある。咆哮と‥‥嗅ぎ慣れた血の匂いが、届いていた。槍を持つ手に、力が篭る。
「先にいく」
 リュイン・カミーユ(ga3871)の姿が、言葉の直後に霞むように消えた。
 独りでの先行は危険だ。だが、止める者は居なかった。

 悲鳴が、聞こえたからだ。

「生存者か!」
 煉条トヲイ(ga0236)がリュインの背を追い、走る。
 門を――抜けた。
 そこにいたのは、嗜虐的な表情すら伺える獅子型のキメラ、二匹。護るべき者を背に立つリュインを見つめている。
 そして。
「‥‥バグアめ。惨い事を」
 トヲイの言葉。確かにそこには、思っていたより少なく無い数の生存者がいた。
 だが、彼らは一様に地に伏していた。夫々に深手を負い、立ち上がる事が出来ないまま、獅子の狂乱を見つめていた。

「狩りの後の一時、か」
 ――本当にままならないね。この世界は。
 追いついた鳳覚羅(gb3095)がそう独白すると同時。応えるように獅子が咆哮した。
 

 鳳と鷹代 由稀(ga1601)は屋内へと駆けていった。事前に確認した施設にいる筈の人数と、外にいた人数が合わなかったからだ。
 杉田 伊周(gc5580)は、事前の割り振りでは、屋内に行く事になっていた。だが、負傷者達に後ろ髪を引かれていた。地に伏す負傷者に治療の必要はあるのは明らかだ。だが、彼は施設内へと足を踏み入れて行った。
 ‥‥建物の中にも、自分の力を必要としている人がいるかもしれなかったから。

 彼らを見送りながら、残る傭兵達は獅子型と対峙。
「てめぇ等には懺悔させる価値もねぇ。消し炭になって失せろ!」
 テトは言葉のままにキメラ達に向かって、一メートル強にも及ぶ長大な砲身から身に纏う雷電に似た光条は赤光を貫き、肉を灼く。

 ――ッ!!

 憤怒の表情でキメラ達はテトを見据え、吼えた。それを庇うように蒼志が立つ。
「は、俺達を前にして弱者を甚振る余裕があるのか――?」
 青眼で睨みつけ、螺旋を描く槍を向けながら言った。穿ち、滅さんとする槍に籠められた挑発の意図が通じたか、キメラ達は狙いを蒼志へと向けた。それを確認し、彼はキメラへと向かって駆ける。それにトヲイとリュインが続いた。
「生存者を、頼む!」
「まかせてっ」
 走り出すトヲイの言葉に、フローラが力強く応じた。彼女は特に重傷と分かる者に練成治療を施して行く。施設職員と思しき者を治療し、彼らの手も借りて、優先順位をつけて治療していく。
 怪我を負い、恐怖に晒されていたであろう職員達は、それでも能動的に動いた。それは、何に起因するもの、だろうか。その姿は、少しだけ、フローラの心に触れるものがある。
「その意気よ。もう少しだけ、頑張って」
 彼らにも一刻も早く避難して欲しかったが、倒れている人の数に比し手が足りないのも事実だった。敵は味方が惹き付けている。その間に出来る事を最大限為すにはそれしかなかったから、彼女はそう告げた。


 施設内は照明が落ちていて、暗い。
「血の痕、か」
 屋内に入ってすぐに、杉田がそう言った。施設の有様は、新たな敵の存在を告げている。
 乱雑な行き来の後が見える二条の血痕は、人間の足跡にしては大きく、動物型キメラの足跡にしては軌跡が歪だ。そこら中に散らばる破壊の痕は、人ではなし得ないもの。
「‥‥あっちね」
「みたいだね」
 耳を澄ませ、周囲の様子を伺っていた鷹代と鳳の二人が言った。微かだが、短い金属音が聞こえている。続いて、何かが崩れる音。音の発信源は一つ。
「‥‥分かり易くて、助かるね」
 鳳は肩をすくめながらそう言うと、音の鳴る方へと駆け出す。
 鷹代は二挺の拳銃を手にその背を追いながら黙考した。
 ――連絡があった事実。連絡をした人物は、どこにいったのか。
 施設に居る筈の人間と、外に居た人数の不一致。まだ施設内にいる筈の、利用者の元にいった可能性はある。ならば。
 ある可能性に、気持ちが重くなる。咥えた煙草に火をつけたくなる衝動に駆られるが‥‥。
「‥‥急がなくちゃいけないのは、変わらないわね」


「キマイラを模したキメラ、か。蛇の尾には気を付けろ‥‥!」
 トヲイの声が響く中、敵の眼は蒼志へと向けられている。
 ――――ッ!!
 二重の咆哮と共に巨体が駆けた。地鳴りと共に踏み鳴らされたその勢いに地が震える。一体が翼をはためかせ、空へ舞った。
 天地からの挟撃。
「おォ‥‥ッ!」
 蒼志はキメラの咆哮に負けぬよう活を籠め、槍を構える。
 天から振り下ろされた爪を穂先で。地を駆ける巨体の突進を、槍の柄で受けた。
 ぎちり、と衝撃を支える槍と背が、軋む。

 ‥‥だが、そのいずれも折れはしない。
「守護者として、そう容易く倒れるわけにはいかないんで、な!」
 続く爪牙と尾の蛇による連撃を、蒼志は傷を負いながらも捌き、いなす。だが、全てを回避する事は困難だ。
「‥‥ちィッ!」
 身体が、徐々に重くなる。全てを捌き切った後、自身を襲う痺れに、彼は膝をつきそうになる。だが、折れない。槍を支えに彼は立ち、その青い瞳で獅子達を睨む。その姿に、獅子型は嗜虐の様相で追いつめんとするが。

「そこまでだ、下郎」
「――随分と好き勝手に暴れてくれたな?」
 リュインとトヲイが、接近を果たしていた。

 護るべき者の安全を確認し、側面に回ったリュインが宙に在る獅子型の蛇を手にしたエネルギーガンで射撃。五条に連なる光線。注意を削がれていた獅子は躱す事が出来ない。
「さっさと墜ちろ、ケダモノが」
 血飛沫もあげず、焦げた香りと獅子型の悲鳴が生まれた。意思を無くした蛇が柔らかい草の上に墜ちると、血走った獅子の眼が蒼志からリュインへと向けられる。
「何か、文句でも?」
 彼女は、殺意の篭る視線に対して、泰然と、だが何処か傲然とした笑み浮かべて応じた。

 他方、トヲイ。
「――ッ!」
 裂帛の気合と共に、両の手のシュナイザーで獅子型の横っ腹に打ち込む。
 踏み込みの音は獅子型のそれに負けぬ程に重く、大きい。
 インパクトの音は、それに倍する音量で響いた。容易く赤光ごとキメラを貫く。
「‥‥許すつもりは無いぞ。バグア」
 咆哮が轟く中、トヲイは爪を引き抜いてから再度構え、言った。


「蒼志! 無事か!」
 テトが練成治療を蒼志に飛ばす。傷が癒え、活力が満ちるが‥‥蒼志の身体の自由は未だ損なわれたまま。
「‥‥麻痺か」
 知覚砲を再度構えながら、彼女は悔しげに言う。毒には対応出来ない。
「悪ィ、ちっとそこで我慢しててくれ。――我慢。出来るよな?」
「ああ」
 どこか子供に言い聞かせるような口調のテトに、蒼志は苦笑して応じた。


 屋内班は利用者用の個室が並ぶ通路で、相対を果たしていた。鳳と鷹代が銃を構えるのに対し、黒塗りの甲冑に身を包んだ人型は獲物を認識すると身の丈程もある盾を構え、傭兵達の出方を見るように動きを止めた。
 その動きは機械的で、どこか歪だ。
「荒事は苦手なんだ、戦闘は任せたよ」
 動こうとしない人型を前に杉田はそういって、彼は鳳と鷹代に対して強化を施し彼らからやや離れた。

 動かない敵に、様子見とばかりに鳳と鷹代の二人は銃撃を開始したが、銃弾は盾に弾かれ、硬質な音を立てて落ちる。‥‥この位置関係では、有効な射線が確保出来ない。
 鷹代が跳弾で狙い打とうとするが――そも、視界が十分ではないこの状況では鎧の一部をやや穿つのみに止まった。
 互いに出方を待つ、均衡というには奇妙な状態。
 だが、長くは続かなかった。
 太い、炸裂するような音とほぼ同時、高鳴りが響く。
「――ッ!」
 声は、鳳のもの。片手の日本刀。その切っ先には、刹那の間に接近した人型の手で振るわれた盾が地に押し付けられていた。
 空気が焼ける匂いと同時、ザリ、と異音が響く。
 見れば、逸らされた盾には数多の刃が生まれていた。それが音の正体か。
 ともあれ、不意をつかれる形となったが、牽制に止めていた鳳はそれを空いた手でいなす事が出来た。
「‥‥面倒な能力を持ってるみたいだけど」
 ――あまり侮らないでもらいたいね?
 盾を抑える日本刀に力を込め、人型の動きを削ぎながら、空いた手で引き金を引いた。
 乾いた音と同時、人型の頭部が弾けるように飛ぶが。
「まだだ!」
 後方からの杉田の声の通り、日本刀で挙動を制するキメラの身体には未だ、確かな力が篭っている。
 人型は不安定な姿勢のまま、機械的な挙動で短く小脇に構えた槍を鳳へと向けた。
 その穂先は砲口に変じ、紅色の光条を宿している。
「‥‥くっ」
 間に合うかは解らないが、日本刀でいなせば盾が自由になる。飛び、回避する事は可能か。だが‥‥直線上にいる杉田を、銃撃に晒す事になり得る。
 逡巡は一瞬。


 ――射撃音が、通路に響いた。

「‥‥無駄よ」
 声の後、人型は不安定に震え、倒れ込む。
 鷹代は先程の機動の理由――後背に備えられた噴出口を確認していた。
 彼女は、敵が砲撃のために身を固めた隙に。
「Bang! ってね」
 通常ではあり得ない射線を跳弾で可能にした。咥え煙草のまま、拳銃を降ろす様は演技がかってはいたが、憎らしい程に決まっていた。
「‥‥や、お見事」
 杉田の拍手が、狭い廊下に響いた。

 どさり。

 不意に、鈍い音が響いた。見やれば、そこには、年の頃二十歳頃の女性が、足腰の力が抜けたかのように座り込んでいた。
「おっと。待たせたね‥‥怪我はないかな?」
「もう、大丈夫ですよ」
 鳳が安心させるように微笑みながら言う。杉田もまた容態を確認しながら、優しい声音で続けた。

 彼女はそれに、やっとの思いで、頷く。‥‥その頬には、伝う物があった。
 

 屋外。護るべきを背に、派手な立ち回りを制限される状況下での戦闘は、熾烈な物だった。
 最小限の動きで躱し、踏込み、打ち込む。それはよく磨かれた舞踏のような闘争だが、その実態は綱渡りに近しい。
 ‥‥だが、歴戦の傭兵達の地力を前にすれば、キメラ達の劣勢は明らかだった。
 テトの砲火を意識すれば、自然、前衛達への対応が甘くなる。
「どうした、そんな物か?」
 今も、リュインが最早見慣れた爪の一撃をいなし、通り過ぎ際に喉元に一閃を加えていた。
 キメラ達が後ずさり始める。そこに、これまでのような闘争への意思は無い。
 ――逃げる気か。
 直感が傭兵達を貫いたと、同時。
「逃がすかよ。お前は此処で果てろ‥‥!」
 蒼志の声と共に、鈍い打撃音が響く。
 四肢挫き。獅子型の一匹が大きく態勢を損ない、姿勢を崩す。
 麻痺を治療したのは、フローラだった。必要な処置を終えた後は施設の職員に任せ、彼女は戦線に復帰し、蒼志の治療を果たしていた。
「やっちゃって!」
 彼女の声が、戦場に響く。
「ああ」
 トヲイが腰だめに構えながら言う。
 瞬後には振り抜かれた拳が、獅子型を高く中空へと打ち上げた。
 ゆっくりと重力に引かれ、落ちる先には依然としてトヲイが構えている。
 呼気と共に、壮絶な破壊力を秘めた連撃が放たれ、そして。

 もう一体も羽ばたき、この場を離れようとしていた。風圧の中、飛び上がろうとする獅子型をリュインは見送る。なぜなら。
 光条が、獅子型の翼をその根から断った。
「言ったろ? 消し炭にしてやるってな」
 テトの砲撃。
 結果生まれたのは、墜落。堕ちた先には、それを見下すリュインの姿がある。
 それ以上、かけるべき言葉も無かったから。
 ただ、粛々と‥‥。


 混乱の最中、別棟に逃げ込む事が出来た者達も少なからず居た。
 彼らを含む負傷者の治療や近隣の町から駆けつけた救急車への輸送等を、傭兵達がこなしている間に、屋内から二人の女性が傭兵達の手で運び出されて来た。
 寝間着のような服装の少女は、杉田に抱えられるようにして車両へと運ばれて行く。
 続いて、鳳に支えられながらもう一人。
 彼女は戦場となった中庭をみると一言、「ごめんなさい」と零した。
 遺体は運び出され、一部にはシートがかけられているが、至る所に悲劇の痕が残っている。
「私だけ逃げて‥‥全部、知って、わかってた、のに」
 ――安心させる為だって、自分に、あの子に、嘘をついて。
 そう言って、彼女は目を伏せた。堪えきれず、足下に雫が落ちる。

 ‥‥彼女の心中を占める苦い物は想像に難く無かった。僅かの間、沈黙が生まれる。
「‥‥遅くなって、すまない。だが、生きていてくれて、良かった。本当に」
 沈黙をそっと切り開くように、真摯な表情で、ただ、それだけをトヲイは告げた。
「喜ぶことも悲しむことも、嘆くことも怒ることも、記憶することも忘れることも――まずは生きてこそ、です」
 蒼志がその肩を軽く叩き、告げる。彼は、彼女の感情を身をもって知っていた。そこには、彼だからこそ言える響きが籠められている。
「嘘も方便だ。‥‥だがこれからを如何伝えるか、それも汝の役目」
 ――分かるな?
 リュインは、彼女の嘘を認めるように、言葉を重ねた。

 傭兵達の言葉に、女性は‥‥
「‥‥ごめん、なさい。今は‥‥わからない、わかりたくない、です‥‥本当に、ごめんなさい‥‥」
 傭兵達の言葉は、価値ある物だと、彼女にも分かった。
 だが、あまりに色んな事が起こりすぎていて、傭兵達の言葉を呑み込むのに、彼女にはまだまだ時間が必要で。
 彼女は、小さく霞んだ声でそう言うしか、なかった。

 鷹代は、彼女の様子を捉えつつ、煙草に火をつけた。
「‥‥やりきれないわね」
 痛みを堪えるような視線の先で、女性は涙が落ち着くと、ゆっくりと少女が運びこまれた車両へと乗り込んで行く。その背には明らかな影が見えていた。

 女性と入れ違いになるように、杉田が車両から降りて来た。その表情は、どこかぎこちなく、何かを慮る色が籠められている。
「どうしたの?」
 フローラが問うと、杉田はただ、首を振った。

 ――彼女、震えてた。ずっと、あの人は本当に無事か、って、言いながら。

 彼は一人、その意味を噛み締めた。
 この悲劇の中で紡がれた白い嘘は一つではなかったという、その意味を。