●リプレイ本文
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昇りきったばかりの太陽に照らされながら、KV達は蒼天を貫くように飛行していた。
分厚い雲を上空から見下ろした世界は柔らかな純白に覆われていて、まるで幻想の世界かのように美しい。
現世にあって、穢れを見せぬ情景。
――綺麗だ。
言葉にこそしなかったが、感慨がエクリプス・アルフ(
gc2636)の胸を衝く。彼にとっては、見慣れぬ風景。それだけに、響くものがあった。
‥‥その感慨を言葉にしなかったのは、下界の穢れを知っていたからだ。
彼方へと連なる雲の下で行われていた非道を、数多の犠牲を、踏みにじられた尊厳を、知っている。
視線を変えると、軍のKV隊が見えた。編隊を組んだその姿は幾何学的で、乱れが無い。
彼はその構造に、行く末に感じる緊迫をそのままに孕んでいるような張りつめた空気を感じた。引き絞られた弓のような、強い意志。
それは同行している傭兵達にしても同じだろう。勿論、彼自身にしても。
平素は穏やかな彼だが、その表情は固い。日本は彼にとって因縁の地だった。傭兵になるに至った、その一端を担う土地。
「‥‥まさか、再び仕事でここに来ることになるとは思いませんでしたね」
『傭兵達、聞こえるか。予定地点だ』
軍の能力者からの通信。
そう、彼は紛れもなく『そこ』に居た。そしてそこは、依然としてどうしようもない程に戦場だった。
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軍人の無線に応じたのは、白鐘剣一郎(
ga0184)。
「ああ、了解だ」
彼は同道する者全てに回線を開くと告げた。
「‥‥報告書は読んだ。この任務、必ず成功させよう」
それは居並ぶ者達にとって共通の念。
その感覚。その感情は、彼に数年前の事を想起させた。
大宮の彼女と同じく、望まぬ強化をされた女性。人として生き、人として死んだ一人の女性。
それが、繰り返されている悲劇だという事を彼は知っていた。そして自身に出来る事も彼は良く知っていた。
「これ以上、好きにはさせない」
呟きは回線の向こうには届いていない筈だった。だが、応と。彼の言葉に呼応するように、眼前で軍のKVが機体を傾けて一様に高度を下げ、雲海へとその身を沈めていく。
『作戦空域に侵入。‥‥生きて帰ろう』
浸透するように生還を契る声。
『敵機確認。予定通りだ』
続く声は極々事務的な物。間もなくして口笛の音がスピーカーから届く。それは自らを鼓舞するかのように高く、軽快だ。
『凄い数だ! 喰いきれるかねェ』
『無駄口は叩くな。‥‥健闘を祈る』
叱咤、激励の声の後、傭兵達のコクピットに暫しの間沈黙が満ちた。
刻一刻と、彼らの予定地点が近づいて来ている。
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交戦の音を聞きながら、傭兵達は二手に別れた。
六機と四機。夫々に紡錘状の陣形を組み、ゆっくりと離れて行く。
西区へと向かう為に旋回したKVの装甲に、太陽の光が煌めいた。女性の願いと、軍人達の信頼を背負った翼。
その光を視界の端に捕らえつつ、シーヴ・王(
ga5638)は今回の依頼、その発端となった女性の事を思った。
――彼女の姿。‥‥あれは、日本のシスターでありやがるですよね。
仕える神は違う。でも、その意味と彼女の境遇を思えば、自然、シーヴの胸中に触れる物があった。
神に仕えるその身を穢され、これからを生きる筈だった土地、神祀る地をその手で壊さねばなければならなかった女性。
予定地点。シーヴは徐々に機首を降ろし、雲海へと入って行く。白い世界に包まれ、それを貫きながら進んだ。風防に水滴が生まれては、流れて行く。
――でも、生きててくれて有難うと思いやがるですよ。
それは、今回の情報をもたらした事に対する物ではない。
女性の身に起こった事は、不幸以外の何ものでもない。それでも。彼女は生きてここまで来た。
――何か希望感じるじゃねぇですか。
視界が開けた。迎えたのは厚い雲に覆われた、薄暗い世界。地上は数多の砲台で埋め尽くされ、かつての有り様をしらない彼女から見てもなお変化の痕が伺えた。
彼女を穢し、土地を穢した歪な世界。それは、シーヴの目に哀惜を伴って映った。
光を宿した両の手に、力が篭る。
――解放の礎の一歩、踏み出しやがろうです。
これ以上、彼女のような者を増やさぬためにも。
『‥‥行くぞ』
緋沼 京夜(
ga6138)の声に頷くと同時、一瞬の浮遊感が彼女を包む。直後。
Ur。炎を纏う野牛の紋を冠する鋼の竜が、雨天の世界に放たれた。
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『ミサイル!』
加速と同時、軍人の声が傭兵達のコクピットに響いた。
地上に墜ちるように加速していた傭兵達。嵐 一人(
gb1968)はその声に視界を転じる。地上の対空砲火施設。そこから、白いスモークを曳いて大型のミサイルが打ち出されていた。加速し、こちらへ迫るそれは、破裂するように幾つもの小型ミサイルを産み、それらは折り重なるように傭兵達の機体へと迫る。数式化、自動化されたその軌道は複雑で多彩。その全てを追う事は困難だ。
だから、傭兵達は更に加速した。
強烈な負荷が嵐を襲う。加速を感じると同時、強引に機首を上げ始めた。女性のような顔立ちに浮かぶのは、熱の篭った笑み。
「捕まるか、よ‥‥!」
重いGの中、吐き出すように言った。ミサイルはその急な制動に対応できない。それらは傭兵達の機体が雨中に刻んだ軌跡を貫いた直後に爆発。
赤い炎が生まれ、それに押し出されるように傭兵達のKVが奔る。
「凄い数だ! 蜂の巣になるなよ!」
低空へと至った機体達。先を往くのは、緋沼と嵐だ。
地表の様子を確認し、機銃とロケットランチャーの位置を確認した嵐は、警告を無線へと叩き込む。軌道上、旋回途中の機銃に照準を重ね掃射。次の瞬間には爆発の音を後ろに聞きながら、嵐はさらに視界を巡らせる。
遠く、街の外縁から離れた位置に数多のHWと交戦する軍のKVが見える。複雑な機動。それらで紡がれた遠景は美しかった。
他方、大宮の上空にはHWが二、三機。遠方のHWはこちらへと惹き付けられるように機首を向けはじめ、移動を開始している。
――順調だ。
機先は完全に傭兵達が握っていた。
「てめえらが奪っていった分、きっちり取り立てさせてもらうぜ。これはその手付けだ!」
嵐と緋沼はその足を活かし、後続の道を拓くように障害を排除していく。
御鑑 藍(
gc1485)はそのやや後方から、彼らが撃ち漏らした対空砲台を逐次減らしていった。機体に備えられたファランクスがすれ違い様に放たれ、施設の爆発に巻き込まれるように付近にあった機銃も炎上する。加えて、D−02を遠方に向け発射。沸き上がる蒸気。その後を、シーヴ、エクリプス、明河 玲実(
gc6420)が続き、対空施設を砕き、焼き払っていく。
緋沼はその土地を知っていた。レーダーを見ずとも、向かう先にある物が分かる。
「敵の出足は鈍い。‥‥先に基地を叩くぞ」
呟くように無線に告げた彼の両の眼は、深い紅に染まっている。ナグルファル。巨人が舵を取り、死者を載せて進んだ船の名を冠する彼の機体に沿うように、その姿には死の傍らにあるかのように壮絶さが滲む。
――俺は、弔うべき者達の為に来た。
左目。最早何物も映す事の無いそこに宿る幻影。彼らは、その怨嗟の声で京夜に無念を訴えている。
彼がこの東京戦線に掛けるの目的のうちの一つ。その始まりに、彼はいた。埼玉県には彼がかつて所属していた航空救難団、その司令部が在った。今更その誇りを語る気はないが、バグアに蹂躙され、今なお荒らされたままで良いという訳でもない。
彼らの為。自分の為。その為の、埼玉解放。そして此処はその為の戦場だった。
「まずは、力を削がせてもらう」
言葉のままに、亡者達が乗る船はその凄まじい火力で基地の対空砲台を薙ぎ払った。
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傭兵達は暗い空の下を加速する。大宮に在る砲火を確実に削りながらの進軍。
その時。
――来る。
予感が傭兵達を貫いた。瞬後。前方から機銃の雨。その中を掻き分けるように、ロケットが打ち出される。
熱を帯び、光を曳く弾丸を、傭兵達は散開し交差するように回避を試みた。相対する速度の世界では全てが一瞬の出来事だ。その中で傭兵達は優先順位をつけていく。
加速した世界で銃弾が機体の装甲で高音をあげ、後方へ流れて行く音を玲実は聞いた。彼にとって硬質な被弾の感覚は馴染みの無いものだ。背筋を貫く冷たい敵意に負けぬよう、機体を操縦する手に力が篭る。
彼は首にかけた紅水晶を意識した。両親の形見の品。
(‥‥まだ、死ねないから)
想いに応えるように、彼の駆るロビンがロケットを躱す。機銃のものとは違う鈍い低音。遠くでそれが炸裂する事を感覚するが、すぐさま次の砲弾に備えた。
そう、此処は敵地だ。ベイルアウトできたとしても、受け入れるのは先の見えない生存不確定な世界。
油断はまだ経験の浅い彼にとって命取りだ。彼はそれを心得ていた。
‥‥それでも、この戦場に来た。
――彼女のような人を一人でも無くす為にも‥‥!
機銃に煽られながらも、次のロケットを躱す。回避機動上に機銃が流れる。
「絶対に、負けられない‥‥!」
彼のやや後方を、シーヴの鋼龍が往く。
彼女の機体は、KVとしては黎明期のもの。だが、それを感じさせない機動は見る者の心を奪う。
玲実と同様に機銃の被弾を覚悟しつつ、ロケットを回避。その動きは熟練さが滲み、隙が無い。計算された機動は予測通りに対空砲を照準に捕らえ、吐き出された銃弾は違わずそれを喰い破る。
「撃たれるだけっつーのは癪」
彼女は紅玉色の瞳で冷静に俯瞰しながら、次の砲台を捉える。
躍動し、戦場に刻み付けるように砲火と業火を散らすその姿は壮絶の一言に尽きた。
だが、破壊の主の瞳にはどこか哀憐の色が見える。それは、『彼女』の街をその手で壊している事によるものかもしれない。あるいは、未だ断ち切れぬ悲しみの連鎖に対する哀惜の念か。
彼女は、強化人間の最後を何度も見てきた。その中には、非業とも言えるただ哀しい最後もあった。
――これ以上、哀しい存在は作らせねぇです。
彼らの非業は、手が届く限り断ち切りたい。それが、今踏み出せる一歩だと彼女は知っているから。
『もう少しだ』
緋沼の声が、無線から響いた。
初動で遅れたHWは徐々に近づいているが、こちらの方が到着は早い。
施設が迫る。肉眼でも確認できる距離だ。
神社跡。かつての姿を知っている緋沼にとって、吐き気を催す程に醜悪な施設がそこにあった。広い。彼が持つフレア弾だけで焼き切れるか。
「俺が先に落とす。残りは頼む」
この状況で旋回し、迂回するのは極力避けたい。そう判断し、彼は加速した。それは数多の砲火に旋回による対応を許さず、置き去りにする。
ブーストを吹かせたままに上昇、捻れるようにして爆撃軌道に入ると、空力で制動を当てて減速し狙いを定める。
かつて、神を祀った土地。そこは今、死に穢れていた。
だから、男はフレア弾を投下した。最も巨大な施設に弾頭が打ち込まれる。
僅かな静寂の後、炸裂するように施設が爆発し、劫火に呑まれた。それを背に彼は静かに祈りを捧げる。弔いの祈り。一瞬の後、放たれた対空砲火に回避機動をとりながら、彼は無線に告げた。
『撃ち漏らしを頼む』
最も巨大な施設は潰えたが、幾つかの細かい施設が健在だった。藍、続いてシーヴとエクリプスがそこに機体を滑らせる。緋沼を追って散れた対空砲火の中では、接近は容易かった。
「悪趣味な連中は、好きにはなれませんね」
エクリプスは無表情に呟く。その視線の先には、穿たれた土地があった。炎上の向こう、外縁に沿うように散在している施設を確認するとその一つ一つにベスパを打ち込んだ。引き金は、彼が思っていた以上に軽かった。
後には、ただ炎の海だけが残る。
浄化の炎。穢れを洗い流すような紅い炎。それを確認して藍はやっと、小さく息をついた。
――彼女には思い入れのある場所かもしれませんが‥‥だからこそ、失敗はできませんでしたから。
『爆撃の成功を確認‥‥どうやら、敵さんが到着みたいだぜ!』
嵐の声に、まだ作戦は続くのだと思い直すと、藍は再度深く呼吸し、気を張る。
『みんなの邪魔は…させない!』
玲実の声を背に、KV達は再度加速した。これまでに対空砲を破壊してきた進路上でHWを迎え撃つために。
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他方、西区に向かったのは四機。大宮での爆撃がさいたま市上空のHWの多くを引き付けている。彼らの進軍は速やかな物。
「そろそろですね。かなり警備がきつそうだ。気をつけましょう‥‥リヴァルさん?」
先行するカルマ・シュタット(
ga6302)が同小隊のリヴァル・クロウ(
gb2337)に向けた言葉に、返事は無かった。
リヴァルが、彼にしては珍しく作戦中にも関わらず深く物思いに耽っていたからだ。
――まさか、この様なことになるとは。
それは一連の流れを思っての事。だが、それを掴み取ったのは彼女であり、彼自身だ。
その過程で彼が得た物は至極シンプルだ。彼女の笑みと共に託された物と、彼女の言葉に喚起された憎悪。
「‥‥君が求めた結論は、俺が立証する」
――必ず。
壊してと彼女は望んだ。それは彼自身も望んだ事だ。だから。
カルマは彼からの返事がない事で、朧げに彼の状況を理解した。短い付き合いでは無い。彼は小隊長でもあるが‥‥友人だ。
(気を引き締めていかなくちゃ、な)
こういう時こそフォローしなくてはと意識に留める。
そこに、玲実から無線の連絡があった。
『すいません、そちらに幾つか向かってます!』
よし。と応じたのはセージ(
ga3997)。彼は一度深く呼吸を入れると、漲る意思を言葉にした。
「死者の涙は拭ってやれない」
それはもう、終わってしまった事だから。
「だが、その無念を晴らしてやる事は出来る。‥‥生者がしてやれる数少ないことの一つだ」
だからこそ、失敗するわけにはいかない。
その言葉を皮切りに傭兵達は降下を始めた。四機のSESエンジンが吼える。強烈な加速は大宮の傭兵達と同じ機動を描き、四条の流れ星が地表へと向け、墜落するように疾った。
彼らはまず、突破を図った。
応じたのは大量の銃弾の嵐。二度目の空爆。故に、敵の対応も早かった。
先行するカルマ。彼は後続する者の為に対空施設を優先的に撃破し、道を拓いて行く。
だが、矢面に立つ彼を濃密な火線が彼の機体を包んだ。PRMを発動し身を固める事でそれを凌ぐが、衝撃は消しきれない。それは激しい振動となって、機体ごと視界を揺らす。
「おォ‥‥ッ!」
だが、彼は行った。ロケットとミサイルを中心に狙いを定めると、一つ一つ確実に屠っていく。後方からリヴァルが続き、撃ち漏らしを削って行く。揺れるカルマの視界の先、爆撃を行う機動上にHWが現われた。小型が二機と中型が一機。
「任せてくれ。カルマ、セージは爆撃を」
白鐘機とリヴァル機がHWに対峙するように加速。カルマ機を跨ぐ形で対空砲火へと身を躍らせつつ、D−02とツングースカが閃光と共に放たれる。彼らの喰らい付くような機動にHW達が散開し、対空砲火と絡み合うように五機の機体が踊る。
「無人機に、止められると思うな」
リヴァルが駆る電影。その動きは鋭く、平素と違い攻撃的だ。加速し、交差し、砲火を浴びせる。彼の機体を追う銃弾が曳く光とプロトン砲が雨天の中、彼の機体を照らした。その脇を固めるように白鐘は射撃でHWの機動を制限し追いつめる。攻撃機会を対空砲火によって逸する事もあったが、徐々に天秤を優勢へと傾けていった。
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「空の主役は任せた!」
セージはロケットランチャーで対空砲を破壊しながら、爆撃ポイントへと急ぐ。見えて来たのは大型の工場のような物。ドーム状のそれは、明らかにバグアの手による物だ。
こちらも大宮の施設同様に広い。一発のフレア弾では壊滅は困難そうだが。
「まずは‥‥全力で吹き飛ばす!」
爆撃コースを取る。狙いに気づき、敵の火線がこちらに集中し始めるが、
「やらせない!」
カルマが、その内幾つかの対空施設を破壊する事で火線が途切れ、空間が出来た。
――これ以上悲しい命を造らせないために。既に流された涙を拭うために。
想いと共にセージは縫うようにして、施設上空で減速すると、フレア弾を降下した。
生まれた結果は、大宮の再現。
炸裂し、炎上した施設はその大部分を呑み込まれるようにして大破した。だが。
「ち‥‥すまん、少し残った」
舌打ちと共に、セージが告げる。その言葉通り、破壊を逃れた施設群がまだ残っていた。
「了解した、俺が行こう」
応戦していた白鐘が応じた。彼はフレア弾を二つ容易している。後々の爆撃が可能かは分からないが、この段階では自分が落とす方が効率が良いと判断した。その声を受けて、セージとカルマは施設から散開。対空砲火を引きつけながら、施設上空を裸にする。
「俺が上がります」
カルマの声。ブーストと共にツングースカが再度轟音と共に放たれ、横撃で一機の小型を撃ち落とす。撃ち抜かれたHWは、ゆっくりと高度を落とすと地上の対空施設の一つに激突、爆発した。白鐘はカルマと交差するように爆撃ルートを取る。
リヴァルは状況を確認した。こちらは粒が揃っている。疑いようもなく優勢だ。だが、遠方から徐々にではあるが増援がこちらに向かって来ている。
――あまり、長居は出来ないか。
濃密な対空砲火の中では十全な戦闘行動が取れないため、自然、殲滅が遅くなる。被弾覚悟なら殲滅は可能だが、それでは継戦時間そのものを稼げない。
大宮と比べ対空施設が多く残っている事と、こちらの機体の数が少ないために砲火が集中する事が響いた。
――分かっていた事だ。
元より不利は承知なのだ。先行きが不透明ならば、それを突破する目を作ればいい。故に彼は揺るがない。
白鐘が爆撃に入る間、セージは施設周りの道路の破壊と、対空施設の破壊を行っていた。
「施設も重要だが、そこに資材を運ぶ道路も同じぐらい重要だ。悪いが見逃してはやれねぇな」
インフラを破壊する事で少しでも今回の作戦の影響を長引かせたいが故の一手。彼は対空砲火を潜りながら、告げた。
そのやや上空で白鐘が交差。眼前には炎上し、煙の上がる施設が見える。対空砲火が彼に向けて放たれるが、白鐘は容易くそれを躱す。凄まじい機動だ。
「荷物を抱えているから鈍いなどと思うな。行くぞ流星皇!」
機銃を装甲で弾きながら、速度を落とす事なく進む。強烈なGを背負いながら、強引に機首を残存する施設へと向け‥‥。
瞬後には、機体を翻し上空へと向かっていた。
「これで身軽になった。後は邪魔を退けるだけだな」
遅れて、炸裂音。西区の施設は完全に炎上した。
追って、各所からHWが集い傭兵達に牙を向き始めた。それを仲間達に託す形でリヴァル機が降下し、残る対空施設の撃破を狙い、丁寧にその網を削ぐ。傭兵達はいずれも被弾したが、徐々に対空砲火が薄れていくと、質で勝る傭兵達は徐々にHW達を押し込んでいった。
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さいたま市司令部。
そこでは、副官である男が羞恥に身を染めながら、陽動に釣られ、外縁部で応戦している部隊を都市上空へと急ぎ下げろと、指示を下していた。
都市上空での応戦に十分な戦力があれば、状況の打開は容易。『損失』は大きいが、挽回が不可能な程度ではない。
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『敵部隊が反転しています!』
――分かっている。
陽動に専念していた軍は、外縁でこれを為す事に成功していた。だが、反転し、撤退して行く部隊を看過しては傭兵達の生存が困難になることは必至だ。対空砲火がある状況でこれまで通りの交戦を行えば、加速度的に被害が増すのもまた必至。
「‥‥背を向けてる阿呆共に喰らい付け!」
無線に叩き込むように告げると、加速した。ただ、その任を果たす為に。
『敵陽動が突撃。このままでは、被害が増えるだけです!』
――分かっている。
副官は苛立ちから、爪を噛んだ。まずはこちらを排除しなければ思うように動けない。
「対空砲火が届く範囲まで後退、そこで迎え撃て。都市上空の蠅には本星型をあてろ」
決断と同時、彼は苛立たしげに指示を飛ばした。
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大宮上空。
対空砲火の薄れたその一角では激戦が繰り広げられていた。
スラスターを発動しながら、エクリプスは眼前のHWを追い立てていた。距離に応じて武器を使い分け、確実に距離を詰めながら、より高威力の一撃を叩き込む。一対一であればその方法論は正しかった。
だが、此処は敵地で、乱戦の最中だ。
HWを落とすと同時、コクピット内に警報が鳴る。
「しまった!」
視界の端。HWが迫っていた。背筋が凍り、身が固まる。
『加速して!』
玲実の声に、反射で応じる。敵の側面に玲実のロビンが激突するかの如き勢いでレーザーを浴びせた。撃墜には至らなかったが制動をずらす事には成功し、彼は難を逃れる。
玲実と嵐は、戦線から一歩引いて積極的に交戦する各機の援護を中心に行っていた。敵から狙われている間はその限りではなかったが、その間は回避に専念し、優勢に立ち回るシーヴや緋沼、藍が対応する事で、乱戦の最中でも相補的な構造を形成していた。
冷たい汗の感覚が、彼の頭を冷やす。
慎重に立ち回りながら見渡せば、嵐がその機動力を活かして一機の動きを制限し、藍がそれを機銃で撃破しているのが見えた。続いて藍機は上空からの攻撃に備えるように、大きく旋回し、別のHWに狙いを定めていく。
シーヴと緋沼は乱戦にあって、敵の増援を上回る程の勢いで敵を喰らい尽くさんと奮戦している。
「‥‥もっと、修練が必要ですね」
頷く。意識と同時、再度戦線に加わる。自身に出来る事を最大限に為す為に。
傭兵達の動きは戦術レベルで噛み合っていた。それ故に、彼らは数の不利、地の利を覆しつつあった。
その時。
『皆、無事か?』
白鐘の声が届いた。
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傭兵達は大宮上空で合流を果たし、上空での戦闘に終止符を撃つと、桜区上空へと向かった。
細かい被弾が重なり、損耗は少なくない。だが、いずれの機体もまだ撤退をする必要はなかった。
『‥‥いやがるですね。本星型、二機』
シーヴの声が届く。遠く、桜区の上空に二機の本星型HWが見えた。その後方に小型HWが六機と、中型が二機。
『どうする?』
問う声は嵐の物。予定では、二カ所の空爆を終えた後は状況に応じてとなっていたが、桜区は対空砲火への対応が出来ておらず、敵の脅威度も高い。その判断は難しかった。
「すまない」
リヴァルは気付けば声を発していた。思考が纏まらぬままに、続ける。
「俺と白鐘はまだ、フレア弾を残している」
事此処に及べば、後は意地を通すか通さないかだ。ならば、彼はそれを通したかった。幸い、こちらにもまだ余力はある。だから。
『諸兄さえ良ければ、俺は』
「‥‥いいぜ、行こう」
嵐の声。それが難苦を伴うのは、彼にも分かっていた。だが、通す目があるなら通したい。何より。
――そういうのは、嫌いじゃない。
傭兵達は、夫々に立ち位置は違う。だが、その結論に異論は無かった。それだけの物を、夫々が抱えてこの場にいたから。
だから、傭兵達は進んだ。
迎え撃つのは、ミサイルの雨。それは、傭兵達が回避のために散開するのにあわせるように、放射状に曇天に白線を描き、連鎖する爆発を残した。
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シーヴ機とリヴァル機から、白煙を貫くように750発のミサイルが放たれる。
『邪魔はさせねぇです』
その言葉に押されるように、白鐘、リヴァルが地上へと加速。何度目かの強烈なGに堪えながら、地上から吐き出される機銃の雨を両機は変則的な機動で被弾を抑える。
K−02が、HW達に着弾。爆炎を切り開くように、前方から本星型が顔を出す。そこに、シーヴ、緋沼、藍、カルマが喰らい付き、爆撃に向かった二機に向かわせぬよう立体的な機動で相対していく。
他方、通常のHWには、セージ、エクリプス、玲実、嵐が向かった。数の不利はあるが、シーヴ達の一撃が効いている筈だ。こちらの損傷を加味しても勝算はある。
その中で最も損耗の少ないセージは、他機から突出するように切り込んで行く。絡み合うようにHWを射撃で追い立てていく。単機の突出を嘲笑うように、HW達が連動して囲むように動くが、セージはブースターとPRMで被弾を抑える。
HWが彼の機銃を回避した、瞬後。
玲実、エクリプスの両機が横合いから喰らい付いた。レーザーと高威力の散弾がHW一機を散らす。
「弾を当てるだけが射撃じゃないんだ。よーく覚えとけよ?」
爆散し、墜落していくHWに対してのセージの言葉。その言葉に応じるように、彼を追うHWを嵐がさらに横合いから乱しにかかった。
「ミサイル!」
嵐の言葉は、味方に向けての物。傭兵達は彼が作った間にあわせるように夫々に回避行動をとるが、濃密な弾幕に幾つかが被弾する。‥‥戦術面では、傭兵達がやや有利。だが、対空砲火が邪魔だった。
緋沼と藍の二機は夫々に速力を活かし、緋沼はその火力で、藍はバランスの良い兵装で切り込んだ。接近の代償は並のHWとは比べ物にならない威力のプロトン砲。藍機はそれに呑まれたが、超伝導AECでそれを凌ぎつつも、本星型に強化FFを発生させる事に成功する。こちらの損耗に比し敵の損害は微々たる物、だが。
「破れねぇ壁じゃねぇです。とっとと墜ちるが良し」
シーヴ、カルマの両機が、K−02を発射。再度HW達に750発のミサイルが群がる。赤光が張られた今だからこその、畳み掛けるような攻撃は連鎖した着弾を生む。
爆炎と、炸裂した炎の中でなお際立つ赤光がHWを包んだ。厚いFFに阻まれ、本星型二機は無傷。だが、傭兵達の狙いはそこにはない。
「まずはそのFFを、削ぐ!」
カルマの声に続くように、傭兵達が畳み掛けようとした、その瞬間。
『ミサイル!』
嵐の声が響いた。同時に、眼前の本星型がミサイルの機動に応じるように機動、強烈なプロトン砲を吐き出しながら、傭兵達に噛み付いた。
「ち、ィ‥‥!」
被弾した緋沼が悔しげに舌打ちした。
戦術は正解だ。だが、戦場が不適だった。事を為すには妨害が多く、そちらに気を取られると本星型の餌食になる。不安定な膠着。しかし、元より不利な戦いだ。それを辛うじて均衡にまで持ち込んだのは、純粋に傭兵達の手腕だ。
徐々に、傭兵達の機体の装甲が削られていく。
――削りきれないか!
予感は、傭兵達に共通のもの。
ただ、ひりつくような時間だけが過ぎて行った。
リヴァル、白鐘もまた、対空砲火に晒されていた。道行きで対空砲火を削る事は叶わない。故に、目標へ向かって真っ直ぐに飛んだ。襲いかかってくる衝撃はこれまでとは段違いに凄まじい。その中を掻き分けて進む。
白鐘が先行、後方からリヴァル。二条の流星は激しい金属音を響かせながら、桜区の上空を疾った。二人の視線の先。遠くに見えていた施設が、急速に近づく。地表への墜落に近い接近に、本能的な恐怖が湧く。
だが、この期に及んでこの二人が物怖じする筈が無かった。
「結論を、提示しよう」
施設を睨むリヴァルの呟きは、機体の激しい鳴動に呑まれた。
そして。
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ミサイルの雨に動きが鈍った所をあわせられた。
「被弾した。ダメだな、建て直せねぇ」
――‥‥ッ!
同僚の悲鳴が、割れた音声で届く。元より困難な作戦。被害は折り込み済みだった筈だ。
「無駄だ、此処でベイルアウトした所で、助からねぇよ」
こうなることも。
遠くで、爆炎が生まれた。続いて、もう一つ。目標の施設が完全に消失したのがはっきりと見えた。
作戦は、成功か。
消え行く命だ。最後に、一矢報いたい。そう思えるような清々しい炎が上がっている。
「‥‥アイツに、連れて帰れなくて済まないと、伝えてくれ」
最後にそう告げて無線を切ると、止めどなく溢れる失血で朦朧とした意識でも最後に出来る事を果たすため、機体に加速を命じた。
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爆撃を完遂したリヴァル機、白鐘機が、対空砲火をくぐるように上空へと上がり、今なおHWと交戦している傭兵達と合流した、その時。
『あ‥‥!』
玲実の悲鳴に二人が回避行動をとりつつ視線を巡らすと、風防が割れ、一部が拉げたフェニックスが加速するように浦和区の方へと、墜ちて行くのが見えた。
パイロットは、笑っていた。不思議と彼らの位置からはそれが見えた。向かう先は‥‥県庁。
対空砲火がスローモーで見える程の緊迫の中、彼らはそこから目を離す事が出来ずに、それを見届けた。
それが、強烈な光条に、呑み込まれるまで。
『‥‥!』
息を呑んだのは、誰だったか。
『潮時だ。‥‥撤退しよう』
白鐘の声が傭兵達のコクピットに響く。傭兵達の損耗、軍の被害を鑑みればその判断は妥当な物。
嵐がそれに応じ、煙幕を発生させて退路を築く。
緋沼の左目が、疼く。‥‥空いたその目に刻み込むように、彼は遠くで燃え墜ちる機体を目に焼き付けた。やりきれない情を吐き出すための舌打ちは、とても小さい物。
『リヴァルさん。気持ちは分かりますが‥‥今は県庁への攻撃は』
『‥‥大丈夫だ』
案じるカルマの声に、リヴァルはそう応じた。
――次は、貴様だ。
殺意の篭る眼差しで、県庁を見つめながら。震える手で機体を翻した。
シーヴは殿を張りながら本星型を振り切った事を確認すると、去り際に機内で手を組み、短く祈りを捧げた。『彼女』にとっては異教の祈りだが‥‥真実、心のままの祈り。赤髪の少女は、この地で逝った者が安らかに眠れる事を、静かに祈った。
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鎮魂の雨の下。
『彼女』の願いは、そこに刻まれた痛みと穢れごと呑み込むように、歪な支配と数多の死を孕んだ施設の多くを焼き払った。それは、軍としても予想を上回る成果。
確かな代償は、それを上回る戦果で充足された。‥‥だが、その代償こそが、傭兵達の胸中に響いているのも、事実であった。