●リプレイ本文
●冒頭
八王子。
そこは人類にとって因縁の地。手にした機会は念願の物。関東にとっての要衝は、在りし日とは違う姿で今日ここに在る。
地上と上空の戦闘は苛烈。その音は確かに傭兵達の元へと届いてはいた。だが、煉条トヲイ(
ga0236)にとって視線の先にある蟻塚は、静寂の中にあるように感じられた。戦いの予感を伴う、張りつめた糸のような静けさ。
「遂に、俺達は此処まで辿り着いた」
彼の言葉は、緊迫に沁みるように紡がれた。回想されるのは数年前。八王子にある銀河重工の跡地の上空を、ただ通り過ぎる事しか出来なかったあの日。
目を瞑る。
その地に、彼は今立っているのだ。その事実が感慨として満ちる。
再度開かれた視界にはあの日と違う空があった。
「与えられたこの機会、決して無駄にはしない‥‥!」
手が届く所にまで近づいた、悲願の空。それを想いながら、彼の誓いは決意を伴って結ばれた。
他方、相澤 真夜(
gb8203)の胸中は軽い。23区内出身である彼女にとって、やはりこの作戦は特別で。
「東京上陸っ!」
蟻塚、その先の東京が近づいて来た事への喜びから、彼女は我慢出来ずに声をあげた。
応じるのは六堂源治(
ga8154)。相澤が「兄貴」と慕う男。
「相澤の故郷、か。‥‥気負う事ぁ無ぇぞ? 何時も通り、一発カマしてやろうぜ!」
「あにき!! ありがとうー!」
六堂の心遣いに相澤は一々大はしゃぎする。彼はそれが微妙に気恥ずかしくもあるが‥‥悪い気はしなかった。
それを見つめるラルス・フェルセン(
ga5133)の表情も柔らかい。東京に帰る事を待ちわびていた人は多いのだと、居並ぶ傭兵達の様子から伺えたからだ。彼らの為にも、その障害は死力を尽くし、最大限排除しようと、決意した。
傭兵達は、八王子の地に刻みこむようにその距離を縮めて行く。
未踏の地獄は、静かにそれを受け入れた。
●
傭兵達を迎えたのは、彼らを受け入れてなお余裕のある通路。通路を見通した先には等間隔で十字路があり、そこから伺い知れる基地の構造は合理的だ。
「蟻塚なのは外見だけか。物凄い基地だね」
新条 拓那(
ga1294)は、感嘆混じりに呟いた。
一つ目の十字路に至る。左右には、重厚そうな壁。
アルヴァイム(
ga5051)が手にした指差し1号で叩く。その光景は不思議と心に響くものがあったが、本人は至ってまじめだ。兎角。音は余韻を残して消えた。
「ふむ‥‥ひとつ、やってみよう」
それを受けて、UNKNOWN(
ga4276)がその凄まじい火線で穴を穿つが、そこから覗く先、近くにも鎮座する隔壁が見えた。また、分厚い隔壁に人が通れるだけの空間を作るのにはそれなりの時間がかかりそうだった。
このままこの道を抜けていったとして、どれだけの時間を浪費する事になるかは未知数。
「なら、進もう」
提案の主はL・エルドリッジ(
gc6878)。紫煙の宿らぬ煙草を咥える彼の提案はシンプルで明快。
「隔壁が降りているという事は、それを制御している場所が在るはずだ。その所在は、解らないが‥‥」
彼の言葉に、傭兵達は頷いた。期限こそ切られていないが、状況がつかめていない今、巧遅よりも拙速の方が優先される、と。
そのまま道なりに進み、時折発見したドアを時に工具で、時に力技でこじ開けては中を調査したが、救出対象はおろか指針となるような目新しい物も見つからない。だが、傭兵達も何の工夫もなく歩きまわっていたわけではない。
地図作製と情報整理を行っていた柳凪 蓮夢(
gb8883)は正確に記帳しながら、蟻塚の外部構造等と照らし合わせて一つの結論を出した。
「うん、道なりにあっちの方角へいくと、かなり外縁に近い位置になるようだね」
隔壁から成る道行きに対してそう告げた。
彼は直近の依頼で重体を負っていた。だから、無茶はしない。更なる傷を負うような真似をするつもりもなかった。
――約束も、有る事だしね。
無事に生きて帰って、頭を撫でる、と。気恥ずかしい約束だが、今はそれが支えになる。
だが、それと最善を尽くさないのは別だ。彼はその傷をおしてこの場に立ち、彼に出来る範囲で尽力していた。
彼の言に沿って向かう先で最初に目にしたのは、外壁でも見かけた五メートル程の巨体の蟻型キメラ。
ぎち、と広い通路に反響する不快な音と壁に取り付き蠢くその姿は、生理的な嫌悪を伴う。
発生源は、10を数える程。
赤光に煌めきなからも迫る蟻型だが、放たれた濃密な火線に押し切られるように潰れる黒蟻もいた。それらを越えて迫る蟻型を前に、前衛達が獲物を手にかける。
宗太郎=シルエイト(
ga4261)は、接近してきた蟻型の体節の隙間に穂先を突き込む。地を鳴らす踏み込みと同時、槍を捻り込むようにして深く蟻型を貫くと、爆槍を点火。
轟炎と共に蟻型が散る。
その余韻を感じつつ、彼が想起するのは痛みを伴う撃墜の記憶。
――無策に突貫し、無様に撃墜された。
爆槍に灯されるのは決意の炎。
――あの時の私は、もういない!
成功を誓う意思と共に槍を振るう。
想いと共に槍を振るっているのは、イルファ(
gc1067)に背を預ける鹿島 綾(
gb4549)も同じだ。
故郷を取り戻す為の大事な一戦。これまでに刻んで来た着実な歩みは、彼女にとっても待ちわびていた物。
――まずはここで力を尽くす。
敵の動向を見極め、砕き、穿ち、時に盾にしてただ蟻を屠るその姿には、並々ならぬ気迫が込められていた。
「イルファ、背中は任せるぞ」
「えぇ‥‥御任せを」
応じる声は機械的で、その響きには少女らしさは無い。だが、鹿島の姿に共鳴するように、彼女の胸の奥で揺れる物があった。まだその感情に名前をつける事は出来ないが‥‥その事に不思議な感傷を抱きながらも、彼女は自身の役割を十全にこなした。
散発的な蟻型との戦闘を経た道中、脇道に逸れる事は出来たがいずれも実りの無いものだった。未だ上階も下階へも至る術無く、一階の調査に終始している。
歩を進めた先。
辿り着いたのは隔壁で閉ざされた行き止まり。傭兵達は無用心に近づく事なく、やや距離をとってそれを見据える。
――そこに、敵の意思を感じない者はいなかった。
春夏秋冬 立花(
gc3009)は、これまで歩んだ道程のマッピングを行いつつ、言葉を吐いた。それは謝罪であると同時、悔恨を示す言葉。
「なんでこんな時に怪我なんか‥‥」
その言葉に、手にした地図から脱出路の設定を行っていた柳凪が苦笑を浮かべる。
「運が悪かっただけだ。責める事なんかするなよ」
その言葉を拾い、慰めるように彼女の肩を軽く叩くのは、滝沢タキトゥス(
gc4659)。今回の依頼では重体者が同行している。春夏秋冬を初めとして、彼らは皆、最大限出来る事を為そうと努力していた。そんな彼らを滝沢や立花 零次(
gc6227)は護衛している。
危険が予測されるこの蟻塚で、彼らは死者を出したくはなかった。
「そうですよ。貴方は最前を尽くしてくださっています。適材適所、です」
立花の言葉は、静かな凪のような響きを伴っていたが、そこには彼らを慮る色が込められていた。
「護るさ。そうでもなきゃ俺のいる意味が無いからな」
頼りにしてくれ、と。滝沢が結ぶ。
春夏秋冬が頷いた、その隣でソウマ(
gc0505)は目を閉じた。温かさを感じさせる仄かな茶色い光が彼を優しく包む。張り巡らされるように広がる感覚に知覚されるのは、100m以内の振動。
――その結果に、彼の胸中は掻き乱された。
ギチ。と鳴る音の揺れ。蠢く足音の揺れ。彼らが鳴らす地の揺れ。その数、無数。
その全てを同時に知覚して、沸き上がったのは嫌悪感。
だが、彼はそれを押し殺して表面上は冷静に、恐れる事などないと歌うように告げた。
「隔壁の向こう、すごい数の蟻型キメラがいるようです‥‥十や二十では、ありません」
瞬後。
音がした。発生源は40m先の隔壁。
その意味にエルドリッジは苦い物を感じる。
管制装置は恐らく彼方にあるのだろう。現状、敵側に先手を握られているのは明らかだった。
だが、こちらには果たすべき作戦があり、ある程度は敵の意向に乗らなくてはそれを果たせない。
開いて行く隔壁の向こうには敵にとって、十全の備えがあるだろう。たかが救出を果たすための依頼にしては人数が多いとは思っていたが。
――余計な事を考えるのは止めよう。‥‥目の前の作戦に集中するんだ。
彼は煙草を咥え直し、銃を構えた。
その時。蟻塚が鳴動するように揺れた。
「流れ弾か? 上空の戦闘が芳しく無いのかもな」
湊 獅子鷹(
gc0233)の言葉。衝撃は外部からの物のように感じられたが、此処からでは確認が出来なかった。
その事実に、先の道のりがどう転ぶか‥‥暗中のような不確かさが滲む。
「鬼が出るか蛇が出るか。しかし、何が出ようと美具の剣の前には塵と同じ」
だが、美具・ザム・ツバイ(
gc0857)はその道行きの不透明さなど関係ないと言う。東京へ至る道。彼女にとって序章に過ぎぬこの戦いで、失敗は許されないと。刀を持つ手は、彼女の揺るがぬ意思を示すように自然体のまま。その隻眼は、開く隔壁を静かに見つめていた。
●
そこにはソウマの言葉通り、蟻型キメラが犇めいていた。彼らは傭兵達に気付くと、直ぐにそちらへと動き始める。
黒波のような進撃。見通す限りが、蟻。
黒蟻の声なき声が音の壁となって傭兵達の元に届く。それを破るように応じたのは傭兵達の斉射。
矢が、銃弾が、光線が数多の線条を残してキメラ達へ殺到。
蟻型達は弾けるように、あるいは熱線に溶けるように倒れていく。矢で床に縫い付けられた蟻型は続く銃撃で為す術なく倒れた。だが、黒波の勢いは止まらない。動かぬ屍を踏み越え、轢き潰して走る。
俯瞰していたラルスから一瞬だけ黒波の向こうに隔壁が見えた。
「更に増援が来る可能性がありますね。突出は避けた方がよろしいかと」
彼は抑揚の無い言葉で告げた。
連戦の可能性がある以上、消耗は最低限に抑えたい。故に、後衛の火力で最大限黒波に出血を強いたかった。
だから、彼は確認と同時、閃光手榴弾のピンを抜いていた。あと20秒。彼はそれを春夏秋冬に渡し、黒波の到来に備える。
前衛達は後衛を庇うように前に立つ。彼らの間を抜けるように射撃が飛んでいくのを感じながら、各々に武器を構えた。
黒波が迫る。
後衛の濃密な射撃でその数を減じながらも、圧力は未だ凄まじい。
天井から赤い酸が飛んだ。前衛達を狙った放物線。それをある者は躱し、ある者は武器で弾く事で防いだ。
――10秒。
黒波が迫る。
同胞の死骸を踏み潰し、乗り越えて迫る事で多少のタイムロスはあったが、もう限界だ。
前衛が前にでる。身の丈を遥かに越えた蟻型を前に、彼らは手にした獲物だけで立ち向かう。
これまでの交戦で蟻達の動きや弱点は分かっていた。黒蟻の装甲は確かに物理攻撃に強い。だが、体節は明らかに脆く、技量のある者であれば一太刀で切り落とせる程度。
だから彼らはその速度をもって、あるいは武器で敵をいなす事で、黒蟻の側面を取る。
続いて訪れるのは、戦場には相応しく無い静かな決着。蟻型は余さず体節から断ち切られ、糸が切れたように地に伏せた。
傭兵達は夫々の獲物に残る蟻型の体液を振り払い、次の対峙に備える。
――更に10秒。
「いきます!!」
春夏秋冬の声と同時、彼らの後方から閃光と爆音が生まれた。
瞬後には、黒波を押返すように確かな勢いで紡がれる戦闘音のオーケストラ。
元来蟻の視覚は弱く、嗅覚が主な知覚だ。だが、目が眩んだ状態では精緻な攻撃する事が出来ない。
弾幕と前衛達の奮戦は、確かな勝利を掴みつつあった。
●
「さすがに押し切れはしませんか」
動向をモニターで観察していた水桐タカヤは独りごちた。彼の周囲ではUG隊の面々が慌ただしく動いている。
傭兵達の侵入は早期に把握していた。だから彼は、予め設定したように迎撃の準備を素早く整えつつ傭兵達の動向を見定めようとしていた。
まだ、彼らの目的については確証が得られていない。順当にいけば司令部の制圧だが。
「判断するには、未だ材料がたりませんね」
人類の目的が何であろうと、タカヤ達の行動に大きな影響は出ない。ならば、予定通り粛々と迎え撃つだけ。
「さて。私は前線で指揮を取ります。朱呂奇さんはこちらの守護を」
その言葉に朱呂奇は静かに頷いた。
この蟻塚は、恐らくもう持つまい。KVの侵攻の影響が色濃い。残る兵力と彼らの蟻塚への執着を思えば、徹底抗戦は得策ではなかった。
だが、準備を果たさない事には撤退も出来ない。
「あなた方は適時撤退を。良いですね?」
その言葉を残して彼は一階へと降りた。
道中、彼は捕らえた軍人の事を思った。
逆境でこそ、感じる物がある。あの男もそうだったのだろうか。
「覚悟、ですか」
その言葉は彼以外には拾う者はなく。ただ静かに、広い廊下に響いて消えた。
●
流れを掴んだ後は早かった。蟻型はその数を減じ、通路はその亡骸で埋め尽くされていた。
今もまだ戦闘が行われていたが、蟻の酸やその牙で負傷した者の手当を朧 幸乃(
ga3078)は順次行っていた。
――恐らく、この蟻型は何らかの布石。
ならば戦線が崩れる事は防がなくてはならない。彼女は十全な状態をもって敵の出方に備えるつもりだった。
こちらの消耗も少なかった事もあり、まだまだ練力には余裕がある。此処までは順調だ。
――だから、敵の次の一手が越えるべき関門。
彼女がそう思考した頃、前方で陽気な声が聞こえた。
「あにきー!」
六堂を呼ぶ相澤の声。彼女は、六堂の背を守るように戦闘を行っていたが、眼前の隔壁に思う事があったらしい。
六堂は蟻型を切り伏せつつ、半ば苛立つように声を張り上げた。
「今忙しいって、見てわか――」
「とじこめられちゃった!」
割り込むように、眼前の隔壁を指差す相澤。『やってくだせェ』と、その眼は期待に燃えている。
「‥‥ふむ」
相澤に対する六堂の評価は存外高い。例えば、不意に見せる思考の冴え。
状況はほぼ終了。この時点で六堂が抜けた所で問題はないだろうが。
――敵が何かを仕掛けるなら、この後か。
六堂は暫し黙考。隔壁の向こうに何かがある可能性は高そうだ。先手を打てるか、待ち構えられているか。
――一発カマしてやろうって、言ったしな。
「うし、やるか」
言いつつ、隔壁へと向かって行く。肚は括った。舎弟の前だ。
六堂の様子に手があいた者が順次隔壁の方へと向かい始める。その気配を背中で感じながら彼は、手にした獅子牡丹に練力を注ぐ。
轟音の後、剣閃を中心にひと二人程が通るのは容易い程の裂け目が刻まれた。
その向こう。眼前に、砲台と化したアルケニーの姿があった。
六堂は喜劇のような近さで砲口を目の当たりにしつつも、不思議と冷静に状況を把握していた。
そこから先は幅広の通路が続き、最奥に階段が見えた。二階と地下へと至る道。
「チ‥‥離れろ、」
相澤、と続くはずだった言葉は、プロトン砲によって遮られた。
炸裂。同時、隔壁が上がり始める。
六堂が弾かれるように吹き飛ぶ。待機していた幸乃から錬成治療が彼に届く、その合間にも戦闘は開始されていた。
UNKNOWNはとりあえず、といったふうに裂け目から覗くアルケニーを撃ち抜いた。放たれた光線は、呑み込むようにバイク一台を消滅させる。
「いや、なに。バイクは燃やさなくては、ね」
などと嘯きながら、状況を俯瞰する。隔壁の向こうに確認できるのは、徐々にその姿を露にしている小型プロトン砲。
一台が減じて、その数、13。一小隊が6人だった事を踏まえると‥‥。
応えるように前方から駆動音が響く。それは幾重にも重なり、通路の壁面にこだまして傭兵達に届いた。音の主はプロトン砲の後方にいる、10台のバイク。
蟻型に対応していないレインウォーカー(
gc2524)と鹿島、トヲイが前に出る。空いているその隙間から押し入り、砲座の側面を取ろうとするが――。
「ようこそ、蟻塚へ。‥‥お相手は、私が勤めさせて頂きましょう」
忽然と現れた長身の男。右手に日本刀、左手に散弾銃を携えた男が、二人の前進を止めた。
「もてなしが遅くなって、申し訳ありませんが‥‥その分、歓待させて頂きます」
言葉に応じるように、傭兵側から火線が飛ぶ。それは現われつつある砲台に向けられたもの。
赤光がアルケニーを包む。居並ぶアルケニーのうち三台が炎上した頃、隔壁が上がり、砲台がこちらに向けられると同時。
壮絶な火力の応酬となった。
「お前にはボクの相手をしてもらうよぉ」
閃光と銃弾が飛び交う最前線。レインウォーカーが夜刀神を振るい男へと迫る。鹿島もそれに合わせて駆けた。
放たれた斬撃と天槍の刺突は、男の両の武器で止められる。
「自称道化、レインウォーカー。お前の名前はぁ?」
刀を合わせつつ、道化と名乗った男が問うた。
「水桐タカヤです。ミスターSの副官をさせて頂いております‥‥どうぞ、御見知り置きを」
男――水桐タカヤは、簡潔な自己紹介で応じた。刃を払い、散弾銃を鹿島に放つ。刻まれた距離が開くと、タカヤは片手を上げ――『目標』を、示した。
状況は芳しくない。元よりアルケニーは攻勢に秀でた兵器。如何に此処の通路が広いとはいえ守勢には限界がある。
その為にタカヤは策を講じたが、うち一つは彼の眼前で立ち上がりつつある男に喰い破られ、乱戦へともつれ込んだ。
応戦の備えがあった人類側は被弾しつつも対応はできている。
蟻型キメラも果て、そちらに居た人間もこちらに来る頃合いだ。
だから、タカヤは次の手を打った。指差す先は傭兵達の後衛。
「疾く、喰らい尽くしなさい」
応じるように、UG隊が加速した。
プロトン砲の閃光を追うように疾走。
その動きを警戒していた鹿島だが、加速したバイクを止めるには手数がたりなかった。一台に槍が届き、揺るがす事は出来たがそれまで。
プロトン砲へと向けられていた火線が、迫るUG隊へと収束。濃密な火線の中、UG隊の最前にいる二台が、一際強く赤光を放った。
強化されたFF。突撃を旨とする近接部隊の生命線。
――加速する足も、それを支える盾にも対応する術を傭兵達は講じていなかった。
猛攻に晒され三台のバイクが爆破したが残る七台の加速は止まらない。
瀧沢、立花は、迫るUG隊を前に思考した。
後ろには重傷を負っている湊、春夏秋冬、柳凪がいる。遮蔽もなく身を隠す場所もない。自分達は横に回避する事は可能かもしれない。だが――。
「止めてみせます!」
立花はそう言いつつ盾を構える。
至った結論は瀧沢も同じだ。
「どうした? 格好の的はここにあるぞ!」
声を張り上げつつ、重体者を含む後衛に防御陣形を取らせる。
誰も死なせるわけにはいかない。
その決意は二人に共通のもの。
――だが。その意思は。蜘蛛の顎に、喰い破られた。
二人は突撃を盾で受けつつも、勢いを殺す事が出来ずにその槍で貫かれた。後ろに居た者達に被害はなかったが、衝撃と急速な失血に身体が、意識が重くなり、沈み込むような眠気に呑まれた。
身構える後衛達を、UNKNOWNがその身を盾にする形で庇いに立つ。特に河端・利華(
gc7220)と、功刀 元(
gc2818)には、重要な役目があった。此処で損なうわけにはいかなかったから、彼は二人の盾となった。二台の突撃を受け、流石の彼も身が傾ぐ。綻びができた服装を嘆く余裕があったのは、流石と言えるが。
だが、エルドリッジが残る一台の突撃に晒された。タイヤを撃つ事で抵抗を図る姿が目についたのかもしれない。自身障壁で身を固めてはいたが、血を吐き意識を失った。
柳凪、幸乃、イルファ、UNKNOWN、河端から錬成治療の光が飛び交う。突撃を終えたバイク部隊にラルスと宗太郎が打ちこむと、元より猛射に晒されていたバイクが次々と大破していく。バイクの操者達は素早い身のこなしで飛び降りたが、その傷はいずれも浅くは無い。
「十分な成果です! 貴方達は撤退を!」
タカヤの声が届いた。彼は砲座をバイク状態に変形させる時間を前衛達を相手に稼いでいた。その表情には依然として焦りの色はない。UG隊は携帯していた武器を構えつつ、タカヤの声に従うようにラルス達から徐々に離れて行った。
相対する鹿島には、彼の意図が読めつつあった。その戦い方は堅実。散弾銃で間合いを外し、常に致命打を避けるような立ち回りをしている。そこから導き出される結論は一つ。
「時間稼ぎか!」
タカヤは一瞬の思考の後、答えた。
「‥‥ご名答です、お嬢さん」
「こっちは俺たちが受け持つッス、皆は先へ!」
舌打ちと共に六堂が告げる。それはタカヤにとっても都合が良い物だったが、傭兵達も急ぐ必要があった。依然、軍人救出の目処は立っていない。
A班、B班の面々が彼の傍らを通りすぎて先へ向かう。
タカヤとしても十分な時間は稼いだが。
「とはいえ、貴方がた全員が相手となると朱呂奇さんには荷が重いでしょうから、ね。もう少々お付き合い下さい」
後方に居並ぶアルケニーが、その声に応じるように高鳴りをあげた。
●
B班。地下に潜る彼らを迎えたのは、地上より更に広大さを感じさせる威容。照明が照らすそこには、数多の蟻型キメラがいた。
戦闘を避け、一歩、また一歩と歩を進めるたび、静かな感慨が菱美 雫(
ga7479)の胸中に満ちた。
――す、少しずつ、ですが‥‥確実に、敵陣に切り込めています‥‥ね。
長い道のりの果て。彼女の生まれ故郷から、漸くバグアを追い出す機会を得た。
バグアへの憎悪は深い。それだけに自身を奮い立たせる物を感じていた。
――‥‥が、頑張らなきゃ‥‥!
恐怖はある。でも、負けるつもりはない。だから彼女は、静かにそう決意した。
彼らの歩みは静かで着実なものだ。その道程に最も貢献したのは監視の目に留意し、それをくぐり抜けさせた杠葉 凛生(
gb6638)だった。
歩みの静けさは、彼に在りし日の東京を思い出させた。
それは、バグアによる侵略と破壊の爪痕。喪失の記憶だ。
切り裂かれ、地に墜ちた肉片は、血溜まりに沈んでいた。
それらはじきに火炎に呑まれ、吐き気を催す匂いだけを残して消えた。悲鳴や苦悶の中で聞こえた慟哭は誰のものだったか。
‥‥どれも、取り返しのつかないものだった。
――通路の先にカメラを見つけ、死角を往くよう提案しながらも、彼の思考は続いた。
‥‥自分は、転機に立っているのだ。その地を取り戻し、前を向き、光ある道を行く。
その為に、彼は東京を取り戻すのだと。
それが彼が東京にかける決意であり願い。
・―・―・
最初にそれを見つけたのは、アルヴァイム。
先行していた彼は、扉が開いている部屋の中を確認すると班員に連絡した。
「人がいます。‥‥恐らく、救護対象のうち一人かと。もう、息はありませんが」
他の班員が急ぎその部屋に合流したが、頭部を徹底的に破壊されたその姿は無惨な死体そのもので、今更手を加える余地など無かった。
「それにしては、状況が変じゃぞ」
美具が気になったのは、遺体が放置されている事だ。軍服から、それなりの地位だと分かる遺体。殺害者が情報を目的としていたのなら殺し方がおかしい。
室内には、もう一つの椅子と眼前の男から離れた位置にある血溜まりが見えた。傍らには、縄が一本。
「ひょっとして、コイツを殺したのは捕まっていたもう一人、か?」
トヲイの呟きに、凛生が頷いた。想像出来る推移はそう複雑ではない。だとしたら、なおの事やりきれなかった。
「ですが‥‥後一人は、生きている公算が大きいですね」
再度、知覚の糸を伸ばしながらのソウマの言葉に一同は頷いた。アルヴァイムが無線で状況を説明している間、トヲイは亡骸に近づくと彼の瞼を降ろした。せめて安らかに眠れるようにと。
再度、ソウマが口を開く。
「‥‥これは」
蟻型以外の反応が、ひとつ。恐らく、UG隊の物と思われる振動。傭兵達は顔を見合わせると、奇襲の段取りをつけ始めた。
●
A班は二階部分の探索を開始していた。とはいえその構造は一階部分と大差なかったが‥‥急ぐ必要はあった。
時折蟻塚が揺れている事も、上空での戦闘が芳しく無い事を示しているようで、残された時間は限られているように感じられていた。
「せめて案内板でも付けてくれれば楽なのにな。不親切なもんだ!」
新条のぼやきも最もで、隔壁で入り組んだ道は時間だけが過ぎて行くようで。
「急がなくちゃいけないんだけどねぇ」
傍らを並走するレインウォーカーが新条に相槌を打つ。
――それに、答える声があった。
「ならば、それ以上急ぐ事はない。此処が、終着点だ」
声は通路の先、三叉路から響いた。直に角を曲がり男が姿を表す。手には双戟。身に纏うは朱色の鎧。横浜で確認されていたバグア――朱呂奇。彼の後方から、二台のバイクが続いて現われた。彼らを背に、朱呂奇は名乗りを上げた。
「我が名は朱胡楓の子にして、水桐タカヤが為の刃、呂奇。水桐殿の恩義に報いる為‥‥いざ、死合おうではないか」
構えられた双戟。かつての戦闘で驕り、その先で父の死を経た彼は、かつての彼とは大きく異なっていた。そこにかつてのような驕りはない。そこに油断はない。ただ、闘争に対する不動の決意だけがある。
かつて彼を目にした事がある宗太郎は、その変化に気付いた。猪武者だった男が今、確たる武人としてこの場に立っている。
「ちっ‥‥いい顔つきになっちまいやがって。手合わせを楽しむ暇は無ぇんだがなぁ!」
言葉と同時、宗太郎が間合いを詰めた。爆槍を手に、その重量を感じさせない軽やかな踏み込み。その背を追うように、レインウォーカーの銃撃が疾る。朱呂奇は身を傾げてそれを躱すと、眼前の宗太郎に向き合う。双戟の間合いは宗太郎の爆槍よりも短く、数の不利もある。故に彼は爆槍の間合いを恐れず、踏み込んだ。二台のバイクは、後衛のUNKNOWNとレインウォーカーに対してプロトンライフルを放ち、それを援護する。
宗太郎はその動きに応じ、距離を取るべく穂先を薙ぐように撃ち込む。初手は朱呂奇の力量を見定めたかった。それ故の慎重な一手。
「ぬるいッ!」
大喝と共に、横薙ぎの一撃を朱呂奇は双戟の柄で滑らすように上へ逃した。遅れて、宗太郎は地を揺らす程の踏み込みを知覚する。自身のベクトルを逸らされ、彼の身体が泳ぐ。
次の瞬間、双戟の石突が彼の下顎に鋭く叩き込まれた。脳が揺れ、口腔から血が溢れる。
朱呂奇は膝をつき、それでも立ち上がろうとする彼に双戟を掲げる。
「貴殿も武人なら。戦場で果てる事に悔いは無いだろう」
UNKNOWNは砲を構えるが、宗太郎、呂奇が一直線上にあった。下手な射撃では宗太郎をも巻き込むが‥‥瞬後の判断の後、彼は射撃を行わなかった。
ラルス。それと新条が駆けていたからだ。
「もう長いこと居座られてるからね、そろそろショバ代払ってもらうよ?」
瞬天速で疾風となり、壁を駆けるラルスが右。言葉の主である新条が左から挟み込むように迫る。
朱呂奇は双方の攻撃を双戟を斜に構え受けた。その間にUNKNOWNが宗太郎に錬成治療を行いつつ、UG隊に対して猛火を吐き出す。
UG隊はFFとアルケニーでそれを受けるが、長くは持つまい。
朱呂奇には趨勢が理解出来た。人数差に加え、人類には能力も連携もある。劣勢。朱呂奇はその苦さを呑み込む。
それでも、彼は傭兵達の前に立ちはだかった。託された任がある。ならば、退く理由などある筈が無い。
双戟を持つ手に力が篭った、その時。
「準備完了しました!」
呂奇がやって来た道から、三人のUG隊が現れた。同時、全ての隔壁が上がる。
「水桐殿に連絡は」
「完了しています。朱呂奇様も急ぎ撤退をと」
武器を重ねる度、傷が増えていく呂奇がその言葉に頷いた頃、随伴していた二台のバイク部隊が炎上する。
それを為し、手が空いたUNKNOWNが他班と連絡を取ったが、未だ確保の知らせはない。この奥に囚われている可能性は無いわけではないが‥‥。
再度蟻塚が揺れる。
――時間がない。
それが傭兵達の共通認識だった。所在が現時点で不明ならば、確認の必要はある。それも可及的速やかに。
「撤退するんだったら早くしてくれぇ。手間が省けるんだぁ」
射撃で呂奇の挙動を制限しながらのレインウォーカーの言葉。それは、『死守』しようとしている朱呂奇に対する挑発の言葉。激昂し、視野狭窄すれば、『手間が省ける』。その言葉の意味を、朱呂奇は暫し噛み締めた。
「‥‥そうか」
傭兵達は退かない。当然だ。彼らとて背負うものはあるのだろう。
現状で、太刀打ちは叶わない。仮に居並ぶUG隊全てであたったとしても、結果は見えていた。
彼らが今なお司令室に執着する理由を彼は知らない。だが、そこを狙うというのなら、彼に取れる手は一つしかない。
撤退はその為の準備が十全に行われてこそ。そうでなければ、生じた過失の責はタカヤが負う事になる。
――すみません、父上。
「忠義の為なら。この命、此処で散ろうとも構わん‥‥!」
身に纏う赤光が高まり、舞う。それは彼の命の在り様を示すように、散華していく。
父を越える。彼の願いは叶えられる事はないままに、此処で散る。
「付き合ってもらうぞ、人類‥‥そして、最後に見せてくれ、その武を!」
●
「‥‥頃合いですね」
タカヤが散弾で間合いを再度外し、傭兵達とバグアは再度相対した。幾度目かの仕切り直し。
幾つか傷を重ねながらも、タカヤは未だ健在だった。他方、相対する傭兵達も目立った手傷は無い。
時間稼ぎに徹する彼は間合いを外し、UG隊と連携しての立ち回りは乱戦の中でも揺るがなかった。
振動。それは数多もの隔壁が同時に上がった事による、蟻塚の共鳴。
急激に開けた基地。通路の内一つには無人のアルケニーが並んでいる。タカヤは再度バイク部隊に突撃を命じるとそちらへと急いだ。
相澤は逃げるタカヤに気付くと同時、瞬時に矢を番え、彼に向かって四本の矢を放つ。
「すとーっぷ!」
「待てと言われましても、ね!」
狙う先はタカヤの足。うち三本は撃ち落とされたが残る一本が彼の太腿を掠ると、彼のライダースーツが避け、血が滲む。同様に六堂が追撃を行おうとするが、UG隊の突撃を避けた頃にはソニックブームの射程外へと逃れられていた。
タカヤはバイクに騎乗し、エンジンをかける。彼はアクセルに手をかけながらこう告げた。
「最後まで御付合いできませんでしたが」
その顔には、嫌みのない笑みが浮かべられている。彼の言葉はこう結ばれた。
「宜しければ、最後の出し物。楽しんで頂けたら、と思います」
瞬後、蟻塚に激震が走った。音は上から。傭兵達がそれに備えた次の瞬間には、タカヤはバイクを駆り東へと駆けて行く。
「くっ‥‥確保は、まだか!」
鹿島の悔しげな声が通路に響いた、その時。
――こちらB班。対象を確保しました。
涼しげなアルヴァイムの声が届いた。
その声に即応したのは、功刀と河端の二人。
「待ってましたっ! 急ぎましょーっ!」
「じゃあ、行ってくる! 後はよろしくね!」
C班が脱出の為に動き出すのを背に、彼らは高いエンジン音と共に眼前の通路から地下へと疾走した。
●
功刀が前、斜め後方に河端。二人は加速の中流れて行く風景からB班が残した目印を辿り、走る。道中幾度も蟻型キメラと出くわし、その酸を浴びる事はあったが速度を活かして彼方へと置いて行った。
――爆破の音はまだ上層に止まっているようだが、徐々に下層へと振動が近づいてきているのが分かる。唸りを上げる車体が地面ごと揺れるのは、操縦する側にとっては心臓に悪い。
走る。通路に反響するエンジン音は騒々しくはあるが‥‥乱暴で、心地よい。
幾度目かの角を曲がると、直線の向こう、アルヴァイム達が見えた。トヲイが項垂れている男を背負い、何事か声をかけているのも見える。
「わ、わわ‥‥!」
功刀の声。それは、後方から迫る蟻型に向けての物だ。
バイクに追いすがるように、数多の蟻型が彼らの後方にいた。相模側作戦の影響か。その数は地上で見たのと同数程度。
彼らの元に到達した頃にはかなりの余裕があったが、遠くから爆音、近くから黒蟻の怪音が届くのは心穏やかではない。
「‥‥い、一か八か、ですけど、が、外縁の、キメラの出口を、探すのは、どうでしょう‥‥?」
雫の提案は、後方の黒蟻達を思えば、の物。
だが、現在の戦力を思えば‥‥予定外だがそちらから逃れるしか道はない。
近くで見れば、男の傷は概ね塞がっていた。雫の錬成治療によるものか。利華は念のためにFFの有無を調べるが、問題は無くそこで初めて彼女は安堵した。
「とにかく、急ごう。少し眩しいが、我慢してくれ」
言うや否や、トヲイは手にしていた閃光手榴弾を投げ、功刀を促す。
激しい閃光を背に再度加速するバイク。蟻型の群れに食い付かれる前に、出口を見つける必要があった。トヲイを中心に陣形を組みつつ、彼らは出口を探すために、駆けた。
●
まだか。
命を削り、最後の力を振り絞る朱呂奇の心中は焦りで占められていた。
初手。挑発し、接近戦を許した赤髪の男を双戟で屠ったが隣の黒衣の男の所為で止めには至らなかった。
まだか。
爆発で揺れる世界の中、男達の撤退を待った。残された時間はもう長く無い。
「―――ッ!」
裂帛の気合と共に双戟を振るう。彼自身の力に耐えきれないように少しずつ自壊していく獲物を、それでも振るい続ける。感覚は既に失われつつあった。
「しぶといっ!」
黒髪の男の言葉も朧げにしか聞こえない。
再度爆発。かなり近い。
爆発の振動に虚脱した感覚が騙され、態勢を損ない膝をつく。
――終わりか。
ほぼ直上での爆発。確保の報せを受けたものの、今の朱呂奇に背を向けて撤退する事が出来なかった傭兵達だが、此処に来て好機がやって来た。
宗太郎が止めを刺そうと槍を構えた、が。
その手を止める者が居た。UNKNOWNだ。
「みんなで、帰ろう」
この階層がいつ爆発してしまうか判らない。今は時間が惜しい。
宗太郎は頷き、槍を引くと踵を返して駆け出した。
胸中に去来するのは、止めをさせなかった事に対する無念ではなく‥‥武人として、最後まで忠義の為に双戟を振るった男に対する、畏敬の念。
彼らは振り返る事なく、出口に向かって急いだ。
――‥‥水桐殿。父上。
揺れる基地の中、朱呂奇は双戟の柄を杖に身体を支え、蹲っていた。崩れ行く彼の顔には笑みが浮かんでいる。
忠義を貫き、死を選んだ事に悔いはない。だが‥‥。
――ここで、終わりか。
失った感覚では最早、一筋頬を伝うものを知覚する事なく。彼の身体は蟻塚に呑まれて行った。
●
基地内から逃走を図るタカヤを迎え撃つ者がいた。緋沼 京夜(
ga6138)だ。
どの方角にタカヤが逃れるのかを無線で確認した彼は身を潜めると、機関銃を構えてその時を待った。
バイクの音が徐々に大きくなり‥‥。飛び出すように、一台のアルケニーがその姿を表した。
「‥‥よォ、お偉いバグアさん。隙だらけだぜ」
強く輝き煌めくガトリングから、数百もの弾丸が吐き出される。
その音と、声を聞いたタカヤが車体を盾にしつつ散弾銃を向ける。その表情は、驚きと同時に深い笑みに満たされていた。
「これは、最高の意趣返しですね‥‥!」
車体が激しく振動。避け損ねた初撃、幾重にも重なる弾丸がFFごと彼の肩を喰い破る。だが、続く弾丸は練力が足りず車体とFFに阻まれた。
一方、タカヤが放った散弾もまた京夜の身体を撃ち抜く。呼吸を損なう程の衝撃。
「‥‥長居が出来ないのが、残念ですが」
着地し、車両を止めたタカヤは空を見上げると、この上なく愉しそうに笑った。
「実に心躍る闘争でした。‥‥また、会いましょう」
言い残し、彼は再度バイクを駆る。痛みに膝をつく京夜はそれを見送るしかなかったが、その眼光は鋭い。
「あァ‥‥必ず、息の根を止めてやるさ」
全ては、彼自身の復讐のために。
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沈み行く蟻塚から、A班とB班がそれぞれに脱出したのを確認すると、先に脱出していた傭兵達は安堵の息をついた。
上層から地上へと降ってきた瓦礫を踏み越えながら脱出する彼らを見やりながら、イルファはここから遠く東京を想う。
記憶を無くし、後付けに塗れた世界。それは彼女にとっては自身の生そのものだった。だが、殺伐とした世界に生きてきた彼女にとっての、望郷。
胸中に在る感情は、そう名付けるべきものだと気付くと、じわりと滲むように、蓋をされていた記憶が蘇りつつあるのを感じる。
――私は、矢張りこの地の何処かに居たのですね。
去来するのは在りし日の事と‥‥なくした筈の名前。浸食されるように。あるいは、混和するように、異なる記憶が、自分と認識される。
去り際。イルファは静かに自分の名を口にした。
「―――‥」
弱々しくて、自身にすら聞き取れない程の声。確認するように、噛み締めるように、言葉にした。
こうして、一人の脱落も無く蟻塚の攻略は果たせた。
蟻塚が沈んで行く。その裡に、結実する事のなかったまま散った、徒花を残して。