タイトル:【東京】She doesn’t cryマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/19 02:46

●オープニング本文



 ――罪のない人間なんて、居ない。お前は、振り返るな。
 父さんはそういって、何かに詫びながら、逝った。死んだ母さんと似たような事を言って、死んだ。病にかかっても、無理に労働に従事し続けていたせいだろう。私達家族の嘆願は、最後まで受け入れられる事はなかった。



「サンプルが足りないぞ、もっと増やせ!」

「設定条件が悪かったな、あれじゃ、ただ殺し合って終わりじゃないか‥‥まったく」

「洗脳群と非洗脳群で比較したデータはまだなのか?」

 慌ただしく通り過ぎて行くバグアの研究者達の声が聞こえる。いつも通りの、倫理を無視した狂人達の言葉だ。
 私は機材に繋がれ、いつも通りに、尊厳を踏みにじるような好奇の視線に晒されていた。
 いつも通りの、地獄のような日々。


 私達の一族が代々管理して来た神社の跡地には強化人間関連の製造施設が建築され、この土地で作業員として働かされていた私達はそのまま、強化人間用の材料として管理された。その内幾人かは既に強化人間になり、戦闘訓練や悪趣味な実験に振り回されていた。私も、その一人だ。

 そんなある日、転機が訪れた。
 ――人類が、秋葉原に侵攻を開始したらしいよ。
 私と同じく強化人間にされた女性が、そう言った。それを聞いて、ここ大宮から秋葉原は、強化された私達の足でなら、さして問題の無い程度の距離だということを思い出した。それから私達は、密かにここから逃げるための計画を練った。監視下で出来る事は限られていたけど、実現の可能性は、零ではないように思えたから、私達は本気で考えた。こつこつと時間をかけて逃走経路を考え、今後の訓練スケジュールから決行日時を決定した。でも、決行の前日。相棒であった彼女が、訓練中に亡くなった。計画自体が頓挫したわけではないが、私には、象徴的な出来事に思えた。

 振り返るなと、父さんは言った。それは、私を思っての言葉なのだろうと思う。過去に囚われすぎると、ここでは生きる事が出来なくなる。

 ‥‥でも、今更だよ、父さん。
 何度もそう、独白した。あの施設群が吐き出す汚水は、着実に土壌を汚染していた。かつて神をまつった土地は、数多の血と歪な死で徹底的に穢し尽くされている。いつか、人類が此処にきて、お前達を助けたとしても無駄だ、という意図を突きつけられているように感じられていた。

 私は、あのバグア達に復讐がしたかった。占領下にあって、精神的な拠り所でもあった神社をこの手で壊す事になって、両親も、死んで。私自身も、もはや人ではない体に改造されて。私には何も残っていなかったから、何かを残せるとしたら、バグアには私の罪に見合うだけの罰を与えたかった。その為に、生にかじりついて生きていた。死ぬかもしれない。でも、何かを出来るとしたら、それは今しかない、と思った。

 だから、私は――。


 その連絡が来たのは、傭兵達が秋葉原に潜伏しているレジスタンス達と接触していた最中の事だった。
 薄汚れたビルの地下、レジスタンスの拠点のひとつ。地上の騒がしさはそこには届かず、穏やかな空気が漂っていた。傭兵達は地上の狂乱を忘れ、どこか安らかな気持ちで今後のUPCの動きについての情報をやりとりしていたのだが、そこに、一人の男性が駆け込んできた。

 曰く。
 秋葉原に、薄汚れた巫女装束を着た女がやってきた。レジスタンスとして地上で生活している彼らも、洗脳されている者達も、突然現れた巫女の事を一様に騒ぎ立てていたが、そこにバイク部隊が到着し彼女を追い立てはじめると、事情が変わった。レジスタンス達も、周囲の洗脳された者たちに合わせて表面上は新手の映画の撮影か、巫女ヒーロー、いや、ヒロイン?と狂気乱舞していたが、内心は穏やかではなかった。様子がおかしかったのだ、と彼はいう。彼らの隣を、巫女装束をきた女性が駆けぬけた時、ただ単に薄汚れていたように見えた巫女装束は、実際は黒褐色に変色した返り血と、土に汚れているものだとわかった。人間とは思えない速度で駆けだした彼女の目は、何かを訴えるようにそこを徘徊する人間達を見つめていたように、思えた。拠点の一つに、傭兵達が来ている事は知っていた。だから彼はレジスタンスの拠点に、走った。急げば、彼女を助ける事はできるかもしれない、と。

 彼の話を聞いたレジスタンスの男は、改めて傭兵達に向き直ると、頭をさげ、こういった。
「‥‥すまない。何かが起っているかもしれない。だが、我々に出来る事は限られている」

 ――その女性を、助けてくれないか。これは、レジスタンスとしての依頼だ。‥‥頼む。

 こうして傭兵達は、バイク部隊に追われている女性の救助へと向かう事になった。バイクの駆動音は、遠くさいたま市の方へと向かって行ったが、レジスタンスの証言と、その音を辿れば、後を追う事は可能な筈だった。


 強化された足でも、バイクの速度を振り切る事はできなかった。それに加えて、向こうには地の利も、数の利もあった。
 私は、もと来た道をなぞるように、さいたま市の方へと追い立てられていった。幾度目かの角を曲がる。‥‥後方で、バイクに乗る男の笑う声が聞こえた気がした。
 駆ける。後方から放たれるプロトンライフルに晒されながら、全力で走った。強化された肉体が疲労を訴えることはなかったが、前方に、新たなバイクの影がいくつか見えると、足を止めざるを得なかった。
 眼前の、バイクにのる男が、何かを投げた。足下に落ちたそれは、小さなスピーカーがついた通信機器のようだった。拍手の音が、小さなスピーカーでひび割れて聞こえ、続いて、雑音混じりの言葉が、私の耳朶に触れる。

 ――ハハ。見物でしたよ、お嬢さん。

 それは、かつて聞いた、バグアの声。その言葉で、私は全てを理解した。
 消えた相棒。
 そも、彼女はだれから、秋葉原に人類が侵攻しはじめたという事を聞いたのか。
 そして何故、消えたのか。
 
 怒りとも、諦観ともつかない感情が、胸中を渦巻くのを感じる。周囲を囲うバイク部隊が、くつくつと笑う声が不快だった。
 私は、手にした鉄製の棒を構えた。最後に、一矢報いる事を決意し、同時に、眼中の死の予感に最後まで抗おうと、覚悟を決めた。

●参加者一覧

二条 更紗(gb1862
17歳・♀・HD
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
猫屋敷 猫(gb4526
13歳・♀・PN
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
功刀 元(gc2818
17歳・♂・HD
明河 玲実(gc6420
15歳・♂・GP
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER

●リプレイ本文


 秋葉原と埼玉の境。占領下、戦時にあってなお幻想に包まれていた異境、秋葉原を抜けた先には荒廃したビル群があった。閑散とした道路には走る車は無く、幅広い道路を傭兵達の車両が独占している。駆動音が四方のビルに反射され、不思議な響きとなって傭兵達の耳朶に触れた。ただ、その中を往く。

 余談だが、彼らの車両は実に彩り鮮やかで、傭兵達自身ですら正視に耐えぬであろう変身を遂げている。それは偽装のためだが‥‥。

 某かのヒーロー的なペイントが施されたバイクは、リヴァル・クロウ(gb2337)の物だ。ダークスーツに身を包み、眼鏡の奥に光る怜悧な瞳からは彼の心中は伺いしれない。
 また、側面に『超バグア巫女☆リズ・ヴェック』という文字が書かれた車両は、レジスタンスが自前の痛車に即席の工作を施したものだ。秋葉原では発案者であるリズィー・ヴェクサー(gc6599)が狂乱の渦を巻き起こしたとか。人の視線を集める事の快感に彼女は酔っていたようだが、同乗者や並走するもの達の胸中はいかほどであったか。

 兎角。彼らはバイク部隊の立てる駆動音を頼りに女性とバイク隊を追走し、ある程度の距離まで近づくと車両を停めた。依頼の目的は救助だが、急いて自分達の存在が露見しては事を為損じる。

 猫屋敷 猫(gb4526)が交差点の角から様子を伺うと、膝をつく少女を囲むバイクの群れが見えた。
「同じ巫女として助けてあげたいですけど‥‥」
 今はまだ動けない。迂回していった二条 更紗(gb1862)と功刀 元(gc2818)が配置につくのを待つ必要がある。
「巫女装束に返り血‥‥それに、追い回す‥‥悪趣味ですね」
 呟きは、御鑑 藍(gc1485)のもの。覚醒し、刀を持つ手から蒼雪の影を散らす彼女の目は険しかった。その横で長刀を掲げる少女、夢姫(gb5094)が頷く。
「アンパン紅蓮隊? いい年して暴走族なんて‥‥かっこ悪いよ‥‥」
「「へ?」」
 吐き捨てるような言葉は、聞く者によっては絶対零度の冷たさを含むものだろう。
 だが、不幸にもその言葉が聞こえてしまった藍と明河 玲実(gc6420)には、あまりに予想外で。気まずげな沈黙。だが、夢姫は至ってまじめな顔でUG隊と女性を睨んでいる。
「移動速度から、人でないことは明らかだけど‥‥」
「えと、その‥‥『アーバングレー隊』、です、よ‥‥?」
 恐る恐る発された藍の言葉は、夢姫には届かなかった。迂回組から連絡が入ったからだ。

 同時。

 少女を越えて遥か向こう、三百メートル程先で異質な変形を見せたバイクから、砲撃が放たれるのが見えた。
 蜘蛛の名を関するバグアの新兵器から放たれた一条の光。
 それは、彼女に吸い込まれるように‥‥。

「行こう」
 リヴァルの声。最早一刻の猶予もない。



 他方、功刀と二条は裏路地を進み、女性の位置に最も近い影で息を潜めていた。
 二人は無線とその目で状況と段取りを確認する。失敗は、許されない。

「女性を追い回すなんて、悪趣味な連中です。‥‥そんな連中は、皮剥ぎの刑です」
 女性の状況を眺めているうちにふと溢れた二条の言葉に、功刀が頷く。
「大人数でなんて‥‥同じバイク乗りとして、絶対にゆるせませんー‥‥っ!」
 潜められた声には、怒り。平素笑みを絶やさぬ彼にとってもなお、眼前のUG隊の所行は許せなかった。故にその視線は険しい。
 ――こいつらが、東京奪還の敵。
 その意味は眼前の光景に重なるように、彼の心に刻まれた。

 二人はただ、その時を待つ。
 

 傭兵達は、三列に陣を組んで進んだ。UG隊へと続く道路上、リヴァルを最前に他の傭兵達が続く。
 距離、200。UG隊が彼らに気付いた。互いに連絡を交わしている姿と、その傍らには、地に伏せ、息を荒げる少女。その身体は、人ならぬ身を示すように赤光に包まれていた。

 ――強化人間。
 その可能性は、多くの傭兵が考慮していた。だが。まずは依頼を果たす。事此処に及んで、そこに異論を挟むものはいなかった。
「誰だろうと関係ありません。救えるなら絶対に助ける、そう決めたんです」
 玲実の言葉は、眼前の敵を睨みながらの物。UG隊と視線が交差するのを、彼は感じた。絡み付くような殺気。でも、今更退くつもりなど、無い。
 二振りの剣を手に、彼は高揚する自身に気付いた。

 ――人の救出。‥‥やっぱり、自分はこっちのほうが合ってるや。

 進む。眼前で、槍を構えたバイクがこちらを向く。その数、四
 進む。少女を取り囲んでいたバイクが、一斉にライフル様の銃口を向ける。その数、六。
 進む。遠くで、地を噛み締めた砲台が、傭兵達を狙う。その数、二。

 軋むような緊迫。その中で猫屋敷がはにかむように笑った。槍を構えたバイクが跳ねるように加速。

「でわでわ皆さん、行くですよ〜」
 緊迫下で、余りに気の抜けた声。だが、その声の直後。

 閃光。  
 そして、動きが生まれた。


 リズィーを残し五人が疾風となって駆けた。
 眼前、槍を構えていたバイクが閃光で態勢を崩している。リヴァルを残し、四人がそれぞれに倒れたバイクに向かった。

 先行したのは銀光と蒼光。

 銀。狂戦士の名を冠する長刀を振るう夢姫の剣筋は、その銘に反して鋭く、優美だ。バイクの操者を狙う剣閃は、姿勢を崩したままの男を違わず切り伏せる。

 蒼。振るわれるのは藍の翠閃。神秘の意が込められた刃は、閃光と共に振るわれた。蒼雪の光が舞う。操者は倒れ伏しながらも、車体で何とかそれを受けたが、続くスコルの一撃で、沈んだ。

 次いで、白髪の猫屋敷と、桜色の輝きを放つ玲実が走る。

 猫屋敷。猫のように身を低くし、駆けた。敵はこちらに槍の穂を向けるが、遅い。片手に備えた盾でそれをいなすように退けると、沈めた姿勢から飛びかかるように、雷光を備えた爪で薙いだ。刹那による神速の一撃は、その一撃を受け止めようとする事すら許さない。

 玲実。花鳥と風月、それぞれの名を冠する二刀を構え接近。使い手と同じく桜色の輝きを放つ刃と、淡く輝き、風を纏う刃が連なり、血の花が咲く。

 彼女達は、その手応えに違和感を覚えた。弱い。だが、その身には明らかに赤光が宿っていた。
「強化人間でも‥‥こんなもの、です?」
 猫屋敷の声には、辿り着いた答えに対する疑念とも驚きともつかぬものが含まれている。戦術面の影響が大きかった為だとしても‥‥?

 その思考が隙となった。
 遥か遠方、距離400。彼らは閃光の影響外にあった。砲台となったアルケニーから強力な砲撃が放たれる。
 白光が眼前の六台のバイクを抜けこちらに届くと思われた、瞬間。

 爆発は、彼らの前方。

「流石に、痛いな。‥‥諸兄らは、無事か?」

 爆煙の向こうに、男の声。
「なら、行こう。敵は我々の想定していたよりは脆いと判断する。この戦い、俺たちの勝ちだ」
 リヴァルの言葉に、少年と少女達は頷きを返す。
 それと同時。前方、女性の傍らで動きがあった。


 二機の機龍。それらから生まれる衝撃波が唸りを上げ、陣を組んだアルケニー達を側面から喰らった。二条、やや遅れて功刀、二人が駆るバイクが衝撃の主だ。
「纏めて吹き飛ばす。爆ぜろ」
 二条の横撃に反応を示した二機がそれを回避したが、残る六機が彼女の槍、ヒベルティアの餌食になる。勢いはそのまま、彼女はAU−KVを着装すると、持ち替えた黄色の槍ユビルスを、女性に近い位置にいるバイクに対して振るう。
「邪魔だ、飛べ」
 その声は、覚醒を示す蒼炎の中にあってなお冷たさを感じさせるもの。彼女のAU−KVから放電が起こると同時、バイクごと操者が弾き飛ばされた。
 彼女の軌跡は辺り一面に刻まれている。
 そのなかで彼女は、やや離れた位置でこちらの様子を伺う二台のバイクを牽制しつつ、女性をその背に庇った。
 二条の纏う蒼い炎をなぞるように、功刀が倒れたバイクを弾き飛ばしながら走る。
「貴方を助けにきました! もう安心ですよ!」
 言葉と共にスピンターンをしながらAU−KVを着装した功刀は、傷だらけの女性を抱えると一目散に後方にいるリズィーの元へと駆ける。
 両足の装輪が唸りを上げ、疾走。抱えた女性の四肢には、驚くほどに力が通っていない。
 ――急がなくちゃ。
 意思は、速度に変わる。

 離れて行く功刀を背中に感じつつ、二条は周囲で応戦の構えを取るバイクに対して、槍を振るう。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫け」
 それは、彼女の在り方を示す言葉。彼女の猛攻に、元より二度の突撃で深刻なダメージを追っていたUG隊が声も無く倒れていく。
 そうして、功刀が退く時間を稼ぐと、彼女は眼前のバイク二機を睨んだ。二度の突撃をあの車体で交わした二人。間違いなく手練だ。
 だが、次に飛び込んで来た言葉は彼女にとって予想外の物だった。

 ――処理は無用? 分かりました。撤退します。

 言葉が二条の耳朶に触れた気がしたと同時、二台のバイクが踵を返す。急速に高まる駆動音。二輪が地を噛み、加速しきる前に二条は追撃を仕掛けようとするが、遠方から閃光が迫っていた。
 プロトン砲。後方には、功刀の背中。
「‥‥くっ」
 彼女はユビルスを掲げると、眼前の閃光に備えた。閃光の向こうにエグゾーストの咆哮が響くと同時、彼女の世界は爆音に包まれた。


「二条さん!?」
 玲実たちが功刀とすれ違うと同時、前方で二条が砲撃に巻き込まれていた。
 その向こうに、逃走を図る二台のバイク。砲撃を行った敵も変形し、二台に合流しようとする。
 バイクの速度を思えば、此処からでは絶望的に遠い。それは、砲撃の射程の長さ故。追走は困難だ。

 無力感から立ち止まる一同の中で、玲実だけが二条の元へと走った。その手には救急セットが。
 それに気付いた藍と猫屋敷もまた、彼女の後を追う。まだ、出来る事はある筈だと。


「んっとに‥‥これ、仕事だから助けてるんだからねっ! 強化人間さん!」
 リズィーは車両に女性を運びこむと、錬成治療を施しながら眼前の女性に対して言葉をかけた。
 それは胸中に渦巻く不満故の言葉だったが、女性はその言葉に弱々しく頷き、謝意を示す。どうやら、まだ意識はあるようだ。
 ――間に合ったようだねっ。
 本当は、強化人間なんて討ち滅ぼしてしまいたい。でも、これも仕事だった。
 不満は拭えないが、仕事は成功しそうだ。その達成感に胸が弾むが‥‥。
(そういえば‥‥自爆!)
 眼前の女性が強化人間であることは明らかだ。

 彼女は先日の依頼で強化人間の自爆に巻き込まれていた。想起される痛みに、慌てて彼女は女性の衣服の上から自爆装置の有無を確認する。
 どうやら、確認できる範囲で自爆装置はなさそうだが‥‥嫌な予感は、拭いきれない。この方法では、体内にある装置を確認できていない。
 リズィーは、疑念の中治療を続けた。‥‥それしか、方法を知らなかったから。


 金髪の少女が、何かを言った。
 それは弱りきった私には聞こえなかったけど、とにかく感謝の念を伝えたかった。なんとか、頷く。
 彼女が触診を始めた頃、治療のおかげか随分と痛みもましになった。改めて、礼を言おうと口を開く。

 瞬後。

 弾けるような音。音の軽さの割に体に大きく響いた。痛みは遅れてやってくる。
 二つ目の音。一度目の音で生まれた痛みが、灼熱のように荒れ狂うのと同時、私は。

 陸上にあって、溺れた。


「――っ!」
 唐突に響いた爆発音に身が竦み、リズィーは治療の手を止め、その身を庇った。
 かつての再現のような状況。だが、爆発がたいした物ではない事に安堵し、固く瞑っていた目を開いたその時。
 再度、爆発音。
 こちらもあの時と違って軽い音。だが、発生源の数が異様だった。執拗に殺し尽くそうとするような音の連鎖。
 それらは全て、彼女の体内でのみ起こっていた。衝撃で、眼前の女性の身体が揺れる。

「ちょっと待ってよっ! ‥‥だれか来て!!」

 助けを呼びながら、錬成治療を施す。傷が塞がる手応えを感じたが、依然として状況は悪いままだ。

 爆発の衝撃から立ち直った女性が、思い出したように大きく噎せ返る。
 大量の喀血。それは彼女の体内のダメージを如実に表している。女性の血に塗れても、リズィーは必死に治療を続けた。
 傍らにあるビスクドール、メリッサが血に染まる。

 再度の喀血。それは、一度目よりは遥かに少ない。
 ――傷と出血は、良くなった筈だよね‥‥?
 依然として、彼女は喀血を繰り返しているが、その量は減って来ている。
 荒く、細かい呼吸音が、車内に満ちた。湿った、痛みを覚える程の吐息。

「どうしたの!?」
 車中に駆け込んだ来たのは、夢姫だ。
 彼女は眼前の惨状に一瞬目を見開くが、状況を理解すると車中に乗り込み、女性の手を取る。
「しっかりしてっ!」
 視線こそ定まっていないが、女性の目には確たる感情の色があった。それは夢姫達と変わらない、人の色。
 その色に、夢姫は射抜かれた。

「大宮、で、私、は‥‥」

 夢姫にはそれが遺言のように思えた。生死の保証が無い状況での最後の言葉。
 背中で、リヴァルが車内に入って直ぐ、女性の様子に息を呑むのを彼女は感じた。

 ――こんな身体にされて。

 彼女の言葉を聞きながら、夢姫は戸惑いを覚えていた。
 人の感情を持ったまま、強化人間にされた相手。
 そんな相手に初めて出会った。

 ――あそこは。あの土地は、全て、穢されて。

 どうしてあげたらいいのか。手を加えられた体も、傷ついた心も助けたい。でも、どうやって。

 リヴァルが、車外に出て連絡を取り始めた。夢姫はただ、彼女冷たい手を握る。

 ――全てがバグアの為の施設になって。両親も、死んで。

 女性の目には、涙が浮かんでいた。でも、彼女はそれを拒むように必死に堪えていて。
 気がつけば、夢姫は尋ねていた。

「わたしにできることは、ある?」

「‥‥壊、して‥‥『私達』、の、代わり、に」
 そういうと彼女は、満足げに笑って、意識を無くした。血を失い、蒼白となった彼女の笑顔は、夢姫にはとても美しく見えた。


 女性の搬送の段取りを終えたリヴァルは、UG隊の一人から無線機を奪い取った。震える手でスイッチを入れる。
「‥‥聞こえるか」

 ――ええ。
 僅かな静寂の後に応じたのは、愉悦の滲む声。

「‥‥貴様らは、俺が潰す」
 報復の意を示す宣戦布告と同時、憤怒のままに無線機を握り潰した。
 追憶の彼方に、揺れる影がある。陽炎のようなそれは確かな熱を放ち、いつまでも彼の胸中に残った。


 強化人間の女性は、有益な情報源だという触れ込みでUPC軍の前線基地に運ばれ、軍医による治療を受ける事は出来た。とはいえそれは普遍的な意味での『治療』に過ぎない。

 命は救われたが、肺に重度の障害を抱えた彼女の意識は朦朧としていて、その言葉も、短い。
 ――だが。彼女から得られた情報は、看過出来ないものだった。

(She didn’t cry.And she could laugh.)
(To be continued.)