●リプレイ本文
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鮮やかな青空の下には、青年と老人に加えて、5人の傭兵さんが集まりました。
ゲオルグ・シュナイダー(
ga3306)。物静かな、優しい、力持ち。
嫋やかな笑みが似合うシスター、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)。
はにかみ、会釈をする那月 ケイ(
gc4469)。
黒羽 拓海(
gc7335)は少し考えこむよう。
老人と青年を見て、そっと左手の指輪を見つめる月野 現(
gc7488)。
「皆さん、お揃いですね」
ハンナはそう言って、青年を促しました。
「道中の事はご安心ください。必要な手筈は整えますので‥‥」
「行きたい所があるのなら、連れて行ってやるさ」
ハンナとゲオルグは笑ってそう言いました。大丈夫だよと、告げるように。
「すまんのう、助かるよ」
車椅子に座った老人が会釈と共にそう言いました。青年は小さくお辞儀をして、促された方向へと車椅子を押して進みます。
大陸を貫く大きな列車に乗るために、彼らは駅に向かいました。
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青年は、列車に乗るための手続きの事がよくわかって居ませんでした。
「俺達が代わりにやっとくよ。ジェンキンスさんのそばに居てあげて」
窓口を見て困り顔の青年にケイはそう言って、老人を示すと列に並びました。ハンナと拓海も一緒に。
「指定席にしよう。少しでも休める方が良い」
「そうだね」
一緒に並ぶケイに拓海はそう言いながら、老人の方を見ました。
弱々しい身体を車椅子に押し込んで、駅までの道のりを見つめる老人を。
「残された時間を削ってでも会いたい‥‥俺もその内そんな事を思う時が来るかもしれないな」
「‥‥そうだね」
拓海の呟きに、ケイはそう応えました。
――最後の時を、あれだけ落ち着いて過ごせるのは、願いがあるからなのかな。
そんな想いと共に。
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老人の側には、誰も居ませんでした。
現とゲオルグは少しだけ老人から距離を取って、声を落として談笑をしています。
青年が訝しげな顔で老人に近づくと。
「なあ」
と、老人は言いました。
「はい」
「この街が、好きか」
「‥‥良く解りません。他の街を、知りませんから」
そういう青年に、老人は苦笑しました。
「ワシは、この街が好きじゃったよ」
「‥‥そうですか」
暫くの間、老人はじっと、これまでの道のりを見返して。
「行こうか。あまり待たせるのも悪い」
そう、言いました。
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ガタゴトと。心地よい揺れに包まれながら、列車は進みます。
車内で簡単な食事を済ませた老人の元に、現が薬を差し出しました。
「どうぞ、昼の分の薬です」
現は老人の主治医に色々尋ね、老人が飲むべき薬の事を調べていました。差し出された薬をゆっくりと呑み下す老人を、現はじっと見つめて。
「‥‥貴方の終活は、この旅なんですね」
と、言いました。
「そうなるじゃろうな」
「俺も命懸けで再会を願ったことがあります、から」
解ります、と。現は指輪の感触を確かめながら小さく呟きました。
そんな現を老人は微笑ましそうに見つめ、応えました。
「ワシはな。会いたいのもある、が‥‥確かめたいんじゃよ」
「‥‥何を、ですか?」
「それは‥‥内緒じゃよ」
くすりと微笑んだ老人の柔らかな空気に、現も笑みを返しました。
「いい旅になるよう、祈ってますよ」
「そういえば、誰に会いに行くんだ?」
様子を見守っていた拓海がそう聞くと。
「大事な人じゃよ。命の恩人でもある」
そう言って、老人は幸せそうに笑うのでした。
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傭兵さんたちの段取りのおかげで、滞りなく旅は進みます。
ふと。
ゴトン、と。一際強く、大きな揺れが列車を襲いました。固定が緩かった荷がはたはたと落ちる程の揺れに、老人の近くに座っていたゲオルグが慌てて立ち上がり、老人を庇います。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫じゃよ。傷ひとつない。ありがとう」
老人の無事に安堵する傭兵さんたちの中で、ケイだけが身を強ばらせていました。
「‥‥」
どこか思い悩んだ顔で、ケイは青年を見つめています。落ちてきた荷物を片手で支えている青年もまた、ケイを見つめていました。
青年は――確かに、赤い光を纏っていました。
遠くない過去に地球を襲った、バグアの証。
「‥‥大丈夫かい、君も、怪我はない?」
「はい」
それでも、ケイはそう言って、青年に落ちた荷を元に戻すと、しっかりと固定をしました。
青年は怪訝そうにケイを見つめ、問いかけます。
「‥‥いいのですか」、と。
「‥‥」
ケイは、苦笑しながら深く椅子に座り、目をつぶります。
「いいんだよ」
「そう、ですか」
「‥‥ジョンさん。ジェンキンスさんの所へ行きませんか?」
一部始終を見ていたハンナが促すと、青年は頷いて老人の元へと行きました。
「‥‥ありがとうございます、気を使っていただいて」
「いいえ、お気になさらずに」
ケイはハンナに小さく礼をすると、青年の背を見送りながら。
――どうして、だろうな。
ケイ自身も、疑問を感じていたのでした。昔ならば、きっと、脇に差した武器を抜いていたはずだから。
その日はそのまま何事も無く列車は進み、予定通りに宿で一泊することになりました。
その晩。青年がバグアであるということは傭兵さんたち皆の知る所となりました。
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青年が人類の敵であるバグアだと分かっても、傭兵さんたちは慌てずに、予定を変更することもなく、2日目を迎えました。
1日目と同じように駅に向かい、列車に乗ります。
緩やかな旅路の、再開です。
ガタゴトと規則正しく揺れる列車の中。老人は小声でこう言いました。
「黙っていて、すまなかった」
青年が、バグアであった事についてです。
拓海が小さく首を振り、
「仕方がない、だろう。こういう事情なら」
と言えば、
「‥‥ええ」
と、ケイも頷きました。
「ありがとう」
深々と礼をする老人の背を拓海はそっと撫でました。年月で凝り固まり、痩せ果てた背の感触を確かめるように、柔らかく。
暫し、沈黙が落ちます。
「あの‥‥ジョンさんは、あなたにとってどんな人なんですか?」
その沈黙を、そっと開くように、ケイがそう訪ねました。
「俺も興味がある。バグアだと知っていて、一緒に居たのは何故だ」
老人は顔を上げると、深く、深く息をつきました。
「息子みたいなもの‥‥とは、思うがのう。世間知らずで、不器用で、社会に紛れて生きるのも難しい、手のかかる息子」
紡ぐ言葉を手で探り集めるように、ゆっくりと言い。
「ただ‥‥正直、分からないんじゃよ。あいつがバグアだと分かってから、ずっと、な」
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青年の席の近くには、ハンナと現、ゲオルグが座っていました。
少し緊張する青年に現は困ったように笑うと、こう言いました。
「君の事は詮索しない。総てはこの旅が終わった後だ」
「‥‥はい」
「貴方が、ジェンキンスさんの為にここにいる事は、ちゃんと解っていますから」
青年の様子に思う所があるのか、柔らかく、懐かしげに笑うハンナがそう言って漸く、青年は少し緊張を解きました。
頃合いと見たのか、青年に対してゲオルグが問いかけました。
「そういえば、お前はなんで、この旅に同道したんだ?」
「え?」
「危険だと、思わなかったのか」
「それは‥‥思いましたが」
生真面目に頷く青年に、ゲオルグは問いを重ねます。
「なんで、ついてきたんだ?」
「心配だったからです。私は彼に恩を感じているので」
「心配、か‥‥なるほどな」
その返答が気に入ったのか、ゲオルグは嬉しげに、こう言いました。
「もし、お前がこの世界が気に入っているなら、夕方の光景を一度よく見てみるといい」
「はい?」
「どの場所でも、どの国でも、この世界の太陽の落ちる瞬間はまるで一枚の絵画を見ているようだからな。
‥‥この世界は、日の出とともに始まって、日の入りとともに終わる。生と死も然りだ」
「‥‥」
生と、死。青年自身が直面している現実が不意に現れて、青年は言葉を失いました。
「シスターがいる前で柄じゃないが、もしあんたの大事な人がこの世界で分かれても、いずれまた会えるさ。この世界が10年たって巡り会えるように、どこかの世界でな」
「巡り、会える‥‥」
「それを、俺達は見守りたいだけだ‥‥だから、今は警戒しないでいい」
どこか照れくさそうに笑うゲオルグが、最後にそう付け足した――その時でした。
「ハンナさん! 現! 来てくれ‥‥ッ!」
緊迫した拓海の声が、車内に響きました。
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青年たちが老人たちの部屋に駆け込んだ時、
胸を抑えて息苦しそうにしている老人に、ケイが声をかけていました。
「ジェンキンスさん‥‥!」
「何が起こったんですか?」
「横になってから、急に苦しそうになったんだ」
医療の心得もあるハンナが拓海にそう聞く横で、事前に対応について聞いていた現が駆け寄り、治療にかかります。
現はお薬を取り出し、なんとか老人に飲ませ、ハンナはその背を支えるように身体を起こさせました。
「ジェンキンスさん、大丈夫ですからね‥‥すこし、身体を起こしましょう」
「‥‥狭い室内では邪魔になるだけだ。俺達は外で待とう」
「あ、ああ‥‥そうだね、解った」
動揺するケイや、入り口で立ちつくしている青年に拓海はそう声をかけ、部屋から離れて様子を見始めました。
「わかっていたのに‥‥なにも、できないもんだな」
ケイは一人つぶやくと、深い溜息を吐きました。ほんの僅かな間の出来事だったのに、重い疲労が押し寄せてきます。
無意識に、左手の薬指に視線が落ちました。その手に光る指輪を眺めながら。
「‥‥しっかり、しないとな」
そう呟いて、ケイは車掌を探しに行きました。
なんとか、目的の街に辿り着けるように、今は最善を尽くそうと、そう思ったからです。
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治療を施しても、老人の体調は決して良くはなりませんでした。青年はそっと傍らに立ち、治療の様子を見守っています。
拓海は、そんな青年に対して、こんな言葉を投げました。
「‥‥この10年間。どうやって生きてきたんだ?」
拓海自身も、幾分かはましになったものの喘鳴を続ける老人を見ながらの言葉でした。
「生かされてきた‥‥のでしょうね。私は、あなた達の社会に馴染めないままだった」
「彼に、か」
「その通りです」
「‥‥この世界とは、相容れないか?」
それは、10年前から続く、問いでした。
「それは‥‥」
青年はしばらく、答えられませんでした。
「私自身は、この世界に馴染めていなかったとは、思います。ただ、排斥されたわけでもありませんし‥‥貴方がたが憎いとも思えない。
ただ――私が、私だからこそ、馴染めないままなのだと。そう思います」
「そう、か」
――10年前は、考えられなかった光景だな。
「何か?」
「‥‥いや、なんでもないさ」
返事が、愉快に感じられての呟きでした。
老人は、死んでいく。
青年を、一人置いて。
仮初のものかもしれませんが、この二人にはその事実だけで十分なのだと、感じられたからです。
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その夜。ハンナは老人の看病をしていました。
ホテルのベッドに工夫して身体を起こさせて、汗を拭い、少しでも楽に過ごせるようにと。
青年はその手伝いをしています。
その視線や、時折老人に声をかける抑揚に懐かしいものを感じて、ハンナは目を細めました。
――かつて彼女が出会い、そして別れた人々を思い出したからです。
気づけば、ぽつり、と。言葉が落ちて居ました。
「お二人を見ていると、地球人の天文学者と心通わせたバグアの女王を思い出しますね‥‥」
「‥‥どうかしましたか?」
「いえ‥‥ああ、埒も無い事を申しました。どうか、お気になさらずに。
するべき事は致しましたし、あとは明日、御老の望みが叶う様、後で祈ると致しましょう‥‥ジョンさんも、身体を休めてくださいね」
「‥‥は、はい」
そういってハンナは、部屋を後にしました。
「カルサイト‥‥」
――叶うならば、あの老人と青年の願いを、叶えてあげて、と。
そう、祈りを捧げていました。
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3日目。出発は、老人が目を覚ました未明になされました。
一刻も早く、老人の願いを叶える必要があったからです。
老人は疲れながらも確かな口調で道のりを示し、そこにたどり着きました。
朝日が昇ろうとする、どこか肌寒い時の中に。
――一つの石碑が、据えられていました。
老人はその石碑に刻まれた名前を静かに見つめます。
傭兵さんたちも、青年たちが見守るなか、どれだけそうしていたでしょうか。
「‥‥ワシの、妻でな」
不意に、老人はそう言いました。
「バグアとの戦争で、死んだよ。ワシを庇って死んだ。それが辛くてワシは街を離れた」
言葉に、青年が身を固くするのを知ってか知らずか、言葉を紡ぎます。
「バグアは仇。そう思っていた。戦争が終わってからも。
お前がバグアだと解ってから、心底、悩んだよ。お前を息子のようにも感じておった。
‥‥考えれば考える程に、困ってしまってのぅ」
言葉を聞きながら、現は列車の中で交わした言葉を思い返していました。
――確かめたい、と。
「だから‥‥貴方は」
「此処に来れば、確かめられると思ったんじゃ」
「‥‥」
不意に老人から向けられた視線を恐れるように、青年が目を逸らす中。
「ずいぶん寄り道をしてしまったが、解ったよ」
――すまんのぅ、お前を置いて行ってしまう。
朝日を背負う老人は笑って、そう、言いました。
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――老人はその夜、静かに息を引き取りました。
涙するでも、取り乱すでもなく、ただ沈鬱な表情で亡骸を見つめる青年に、ハンナが声を掛けました。
「貴方だから、出来ることを‥‥今だけは、躊躇わなくでもいいんですよ」
青年は、そのの意味を理解して。
「‥‥私は、彼が好きでした。生と死が巡るものなら‥‥人として、死なせてあげたい」
と、言いました。
「そう、ですか‥‥それも、尊い決断だと思います」
ハンナは微笑と共に頷き、青年の背を優しく撫でました。
「‥‥笑って、逝けたんだね」
「ああ。上々だろうさ」
柔らかなその光景と、故人の最後を思い返しながらいうケイに、ゲオルグは笑ってそう言いました。
「お前はこれから、どうするんだ?」
「‥‥」
拓海の言葉に、青年は暫く言葉を返せずにいましたが。
「――懸命に生きた結果だ。ジェンキンスさんのように誰かを救い生きると良い」
現がそう告げると、青年は小さく頷き。
「そうですね‥‥今は、私にできることを、探そうと思います」
嘗ては見れなかった光景。可能性の芽吹きに、その場の誰しもが頷きを返し――こうして、傭兵さんと、青年と、老人の旅が、終わりました。
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かつて7人が足を運んだ場所には、石碑が二つ。
添えられた花々はいつでも真新しく、瑞々しさを保ったまま。
――未来は不確定であり、それこそが希望である。
そこに在る青年の息吹を感じて、かつて、あるシスターがそう言ったように。
この世界の物語は、今も、これからも、紡がれていきます。
(了)