タイトル:【彷徨】Silent sheepsマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/05/13 23:56

●オープニング本文



”――もう、何も無いんだ”



 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
 夢か現実かもわからない。ただ、感触と、そこから想起される現状への実感だけが私を貫く。
 ずぶずぶと、差し込まれる刃。
 それを持つ手が見える。青白い、私の手だ。
 研澄まされた刃先は狙い通りにするりと潜る。体を入れる。
 それは正しい事だから、確実に、刃を押し進めた。

 ――何かを想った。

 想いながら、確実に命を留めるために、

 ――抉る。



 深く沈んだ刃の根元で、それを拒むように肉の密度が増すのを感じる。
 でも、それだけだ。ぐるり。
 傷口は必要以上には広がらない。ただ、十全にその内奥を掻き乱す。


 ――――――。


 降り掛かる言葉が遠くで響く。
 続いて響いたのは――私の絶叫だった。


 声は紡がれない筈なのに、確かに聞こえた気がした。




 だから私は、蓋をする。
 意識を逸らして‥‥私を、護る。





 落ち着いた色調の調度品が並べられた部屋に、私はいる。目の前には机があって、右斜め前には馴染みの男性。
 私は余計な事を考えないように目を伏せ、目の前の机の模様をじっと眺める。

 すると、目の前に一枚の写真が差し出された。プロードの写真。
 記憶の中のものよりも、少し若い。

「彼は、君にとってどういう相手かな?」

「‥‥‥‥」

「敵かい?」

 頷く。間違いなく、憎むべき相手だった。
 ――彼はあの日、あの時、死んだのだという。
 あの場所、あの時間を思い出しかけて、喉が引き攣れるのを感じた。
 慌てて、意識を逸らす。

「じゃあ」

 目の前の男の人は、医師だと名乗った。
 それ以上のことは言わなかった。でも、そういうことなのだろうとおもう。

「味方かな」

 頷いた。
 私はあの人の手足となって、敵を――。

 ―――――。

「そっか。じゃあ、彼らはどうかな?」

 並べられたのは、顔なじみの傭兵達の写真だった。
 知っている。

「彼は、敵?」
 頷く。

「‥‥彼らは君にとって、何かを託せる人達かな?」
 頷いた。

「‥‥そっか、それは、ステキなことだね」
 素敵なこと。
 ――本当に?

 伏し目がちの私の様子を見ても、彼は何も言わない。
 落胆も侮蔑も見せず、彼はただただ言葉を重ねる。
 放っといてよと示すだけの活力もなく、差し出される物に私はただただ反応しつづけた。


 血塗れの祖父が。
 教会の名も知らぬ屍達が。
 金髪の少年が。
 彼が、彼女が。
 誰も彼もが、無機質に私を見ている気がしていた。


 だから、飽くまでも自動的に。
 全てを帳の彼方に追いやる事で。
 私は、緩やかに、終わりを――待つ。





 洗脳を受けた強化人間、アトレイア・シャノン(gz0444)とアリサ・シャノンの母子を受け容れた施設で彼女達の担当をしている医師は、訪れた傭兵達にこう言った。
「現状を簡潔に言うよ。彼女の洗脳は解けていない。だが、彼女は洗脳に依らない反応ができてもいる」
 二本の指を立てて、続ける。
「興味深い事に、ある物事に対する印象が明確に二つある」
「つまり、どう言う事なンだ?」
 口を挟んだのはラテン男――ジルベルト・マーティン(gz0406)。彼女に縁ある人間として声がかかったらしい。
「端的に言うと何が彼女と‥‥『人間社会』にとって問題か、という話さ」
「‥‥胸糞悪ィな」
「理解が早くて助かるよ」
 医師は幽玄の彼方を見つめるように、言う。
「彼女を悪意で転がそうとする人間が現れる可能性は決して高いとは言えない。けど、転がりつづける彼女の中での『印象』が、どこまでいってしまうのかは‥‥無視できない。そこで、君達が呼ばれた、というわけさ」
 一同を見渡す男は、続ける。
「君達を見て、彼女が自立的に判断できるのか、どうか。敵と判断した時、彼女がどうするのか。味方だと判断したとして、それは揺るがないものなのか」

 小さく、沈黙が落ちた。

「それを、見たい」


「なァ、先生さんよ、いくつか聞かせてくれねェか」
「何だい」
「まず、一番大事なことからいくぜ。これは‥‥アイツを殺す理由を探すためのものじゃァねェだろうな?」
「違う」
 即答は、この問いを予見していたから、だろうか。ラテン男はそう思った。
 ならば、と、ラテン男は続ける。

「なら‥‥アイツがまだ強化人間のままなのは、何でだ?」

 射抜くような目は、問う声は、鋭い。

「‥‥」
「オィ」
「‥‥彼女が、協力的だからさ」
「あ?」
「彼女は、洗脳されているにしては度を越して協力的だ。だがそれは、彼女自身が自罰的だからこそ、と僕は思っている」
「‥‥」
「もちろん、社会的な背景がないわけではないよ。強化の程度、洗脳の有無、肉親が犯した罪、社会生活が送れるか、どうか」
 指折り数える仕草は、実に何気なく。
「それら以上に、彼女自身こそが問題さ。その意志を持てずにいる。投げやりに、放棄している。――解るだろう?」
 多くを語らずに、結ぶ。
「メンテナンスを受けていないから弱り始めているのも事実ではある、けど。‥‥彼女から罪と罰を奪う事が、そのまま救いになりえるのか」

 ――僕には、解らないな。


 ラテン男はその言葉と声色に、これまで積み重ねられたであろうものを測った。
 ――そう、だよなァ。
 これまでそのリスクを負い続けているのが他ならぬ眼前の男だと解って、ジルベルトは大きく、重い溜息を零した。
「‥‥最後に一つ、聞かせてくれ、ブラザー」
「どうぞ」
「アリサ・シャノンは、どうしてるンだ」
 問いに、今度こそ男は小さく目頭を揉んだ。思い悩むように。
 だが、紡ぐ。
「これは、アトレイアくんには伝えてない事だけど‥‥生きてはいる」

 僅かに、沈黙。言い淀んだ、その後に。

「ただし、状態が良いとは言えない。最初の頃は、UPCの能力者が常時見張っていて、鎮圧する場面も少なくなかった。今では‥‥彼女もまた、メンテナンスを受けていないから、ね」
 そう言葉を濁し、続ける。
「彼女にはより多くの瑕疵がある。何より、そもそもの罪が重い彼女は‥‥そうだね、アトレイアくんが居るから、死んでいないだけかもしれない」
「‥‥そうか」
 経緯を思えば、アリサの方は洗脳を受けていなかった可能性は低くはない。だが、その一方でアリサは崇拝していたものと同時に、愛しているものを奪われた、とも言える。

 狂女の真実。
 ――それを知る術が、最早無い。

「いずれにせよ、彼女は罪人だ。それも重罪さ。治療の成功率も限りなく低い。だから、エミタでの治療はできない」
 ――アトレイアくんと、違ってね。
 言外に男はそう告げていた。
 そして。
「‥‥時勢の影で人知れず死んで行くのが、彼女にとって一番良い事かもしれないな」

 そう、呟いた。



「頼んだよ」
 見送る男の声を背に、傭兵達は三々五々散って行った。







 あなた達は何をしてもいい。
 考える時間だけは十分にある。結論を先延ばしにしてもいいだろう。

 ――ただ、次の機会が再び供される保証だけはどこにもない。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER
黒羽 拓海(gc7335
20歳・♂・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
フェイル・イクス(gc7628
22歳・♀・DF

●リプレイ本文


 一つ、話をしよう。

 自分の正しさを求めると時に彷徨う。強く望む時に限ってそんなもの、ありはしないからだ。
 自分の間違いを知る方が時に有益だ。二度と覆せなくてもそれこそが、確たる真実だからだ。

 ただ――人が進むのはいつだって茨の道だ。
 過去の記憶、現在の選択、未来の不安は、唐突に痛みを伴って夫々を襲う。
 無明の中で、痛みと迷いに囚われながらも人は進まなくてはいけない。その点、それらを感じぬ鈍感、欠落こそが人間にとっての救いかもしれない。

 ‥‥でも、今だからこそ、私はこう思えるのだ。

 救いは、未来にしか無い。

 茨に囚われて、どれだけ辛くても。”いつか、何か”が茨を払ってくれる。

 ――重い荷物を背負うのは、それからでも良かったんだ。

 私にとって。
 あの日はある少女の言葉から始まった。


●微睡み

『私、ルキアって言うんだ。ヒカリって意味』

 玻璃の向こうから、声。
 霞み、滲んだセカイの先から光芒を思わせる強い声が届く。
 滲んだ景色が、揺れた。彼女はどうやら笑ったみたいだった。
『ジブンを再確認するタメに、来たんだ』
 挫けきった私など顧みずに彼女は笑う。その強さを――私は知っている。


 彼らが、来たんだ。
 急な状況に、茫と、そう確信する。ふいに、強い焦りが湧いた。
 逃げ出したい。消えたい。見られたくない。

 ――傷つきたくない。

 でも、諦観や怠惰が支配した私の体は動かない。体全身が泥の中に沈み込んだみたいに、思考が、体が、重い。

「私はバグアや、ヒトを殺すコトに、なんの疑問もない」

 少女の言葉は、続く。
 私はただ何もせず、そのコトノハに晒されていた。

●Secret1

『状況を整理したい。今だからこそ明らかになったことも在る筈だ』

 円卓のように机と椅子が配された会議室。思い思いの姿で室内に在るは傭兵たちと軍医。この場が用意されたのは、煉条トヲイ(ga0236)の希望があったからだが――。
「解っているだろうけど、ここで見知った事は他言無用だよ?」
 軍医の言葉には疲労の色。傭兵たちに開示される事となった情報は、彼の協力があってこそだった。言葉と、室内に満ちる続きを促す気配を受けて、トヲイは小さく咳払いをした。
「時間軸に添っていこう。まず」
 手元の資料を掲げて、彼は最初にこう告げた。
「アトレイアがまだ学生だった折――彼女の父親が、死んだ」

●Secret2
「詳細は明らかではない辺りに、当時の状況が伺えるが――キメラに襲われたようだ。騒乱、混乱のさなかに彼は死んだ」
「‥‥そう」
  狐月 銀子(gb2552) はこめかみを抑え、言う。目の前で紡がれるのは転落の物語だ。現状と惨状を思えば、楽しく聞ける話ではなかった。
「彼の死に関する記載は、それだけ?」
「いや、一応追記はある。後日、アトレイア自身に聴取されたものだが‥‥殺された際の状況に関しての追記、だな」
 資料を手繰り、彼は続ける。
「彼が死んだ後は、アリサとアトレイアは暫く二人で暮らしていたようだ。その際の二人の生活の内情に関しての記録は無い」
「混乱も在ったんだろうが。記録の不備は優先順位の問題、かな」
 UNKNOWN(ga4276)が、手元で幅厚いライターを器用に滑らせながら言う。平素であれば紫煙の一つや二つを漂わせているであろう男であったが、軍医の視線と『この部屋は禁煙だよ』との言葉で肩をすくめ、手慰みをするにとどめていた。
「‥‥真っ当に裁くつもりもない、か」
「手痛いね」
 黒羽 拓海(gc7335) の言葉に、軍医は苦笑を返した。否定も肯定もしない立ち振舞いに、拓海は舌打ち。
「アトレイア自身に関しての記録はあるようだ。彼女はその頃から、通学しなくなったそうだ。時勢ゆえか、大きく取り沙汰されてはいない。そうして‥‥記録上、アリサの凶行までは空白、だな」

●Secret3
「空白の時間‥‥問題は、プロードの関与と、何がアリサを狂わせたかですね」
 仄香る紅茶で口元を湿らせて、フェイル・イクス(gc7628)。戦闘中の狂喜はどこへやら。落ち着いた淑女の佇まいだった。溶けきらず、唇についた砂糖を舐めとる舌の艶めかしさだけが、どことなく彼女らしかった。
「プロードに関しては何か分かったの?」
 退屈、とまでは言わないが、鬱屈した場に リズィー・ヴェクサー(gc6599) は足元をばたつかせながら言う。
「プロードはアリサを含め『彼ら』が縋る先、信仰の対象でありバグアとの交点だった。アリサの件を思えば、見返りも与えていたんだろう」
 月野 現(gc7488) だ。この日に至るまで、彼自身の手で調べたこともあり、言葉は滑らかに紡がれる。
「結局、プロード、という名で該当する少年はいなかった。ただ、そのヨリシロである少年については明らかになっている」
「そう‥‥」
「ま、そうだよね」
 バグアにはヨリシロが要る。『プロード』の背景には『ニンゲン』がいた筈で。自分たちが知るバグアの性質は多寡あれど『彼』が担っていた事になる。それに対して同時に上がったリズィーと夢守 ルキア(gb9436)の声は真逆の色を帯びている。ニンゲンの昏さの受け止め方が、二人では大きく異なっていた。
「とはいえ、彼に関する記録もほとんどない。組織の中での彼の立ち位置についてもだ。ただ‥‥妹の名前は」
「フィオナ‥‥フィー、か」
 名に、トヲイは痛みを覚えた。彼が手にしている書面には、逆境に活路を見出すために、彼自身が踏みにじったものが無機質に連ねられている。
 ――君たちが、それを。
 彼の裡で響いたのは少年の声だった。亡者の、怨嗟の声。仕方がなかった、と正当化することは容易だった。あそこは、そういう場所だったから。ただ、平和の中で識るのは痛みが伴う。それだけのことで。
「‥‥本筋とは離れてしまうな。雑駁な事は割愛しよう」
 トヲイの様子をちらりと見て、現はそう告げた。
「後に、アリサが凶行に及ぶ。不明な点は多いが、搬送された病院の記録と現状を相補して要約しておく。一つ。運んできたのは彼女の祖父である久蔵。病院の記録によると彼は入金を済ませた後、一時的に連絡が取れなくなっていたようだな。ただ、アトレイアの病状が落ち着いた後、彼女を久蔵が引き取る事となった」
 周囲の理解を待って、現は続ける。次こそが彼にとってはより核心に近しく、それ故に告げる事は痛みを伴う。
「そして、二つ。‥‥彼女は『手術』によって、両側反回神経麻痺を呈し、声を無くした」
「‥‥何だ?」
 聞きなれぬ言葉に、拓海が問いを返す。問いに答えたのは、元サイエンティストであるリズィー。その表情は事実を想起してか酷く、硬い。
「反回神経は声帯を動かす神経なのよ。アトにゃんは声帯が動かないからまともな声が出ない。そう『手術』したのが‥‥アリサ」
「――そう」
 間を置いて、銀子。飲み込むのに時間がかかったのは、想起された言葉があったからだった。
「『いっぱい練習した』ね。‥‥度し難いわね、母の愛」
「それだけにニンゲンらしい、ケドね」
 銀子の言葉に。ルキア。
 そうして落ちたのは、長い沈黙だった。その沈黙を彩るそれぞれの表情、その行く末をUNKNOWNは静かに見つめている。その点で、彼の立ち位置は周囲とは一線を画しているが‥‥男はそれを悟らせるでもなく、小さく手元のライターを握り直していた。

『もう十分だな‥‥話を聞きに行こう』
 暫しの後、拓海がそう言って漸く、各々は席を立つ。
 先ず向かうは、母親の、独房。

●mother

 そこはそれなりに広い作りをしていた。何かに備えて誰かが待機するにしても易い部屋。一同は、照明を落とした隣室から、硝子の向こうにアリサを見る。

 対峙した者にはその衰弱が、その焦燥が見て取れた。艶黒であった髪は掠れ、乱れ、伸びていた背は手折られた草花のように折れ曲がっている。地に伏している女の姿に、かつての面影は無かった。
「‥‥ひどい」
 光景に、誰かがそう言った。そこにあるのは――奪われ、果てて行く弱者の姿だった。彼女の様相とは対照的に、衣服や室内が整えられている事がせめてもの救い、だろうか。
『返、して』
 室内に向けられたマイクが声を拾う。かすれた声を無理矢理に拾った所為か割れた音に。
「‥‥っ!」
 たまらず、室内に駆け込もうとする者がいた。
 銀子だ。‥‥だが、至らない。UNKNOWNがその手を掴んだからだった。
「何、よ」
「ベストは会わせないことだよ」
 射抜くような男の目に、銀子は激情を呑み下す余裕を得る。その間を置いて、UNKNOWNは続けた。
「彼女の症状や妄想を助長させず、依存をさせないために。『眼前』のアトレイアは逃げ道にしかならない」
「だから、あの子のことは話すなって?」
「さて、ね」
「‥‥」
 言外に示す男に、女は小さく唇を噛む。
「‥‥その判断は後ですればいいだろう。この瞬間にも二人の時間は失われてるんだ」
 現が二人の会話を留めた。言葉に、頃合いと見たか、UNKNOWNはそっと手を離した。気障ったらしくも自然な仕草に、女は深くため息をついて踵を返し、そして、隣室へと足を踏み入れた。その背に、トヲイと拓海が続く。
 多人数では徒にアリサを刺激するだけ、と。他の面々は隣室で待機していた。

●mother2
 近づけば近づくほどに、アリサさんの姿が大きくなっていって‥‥あたしは掛けるべき言葉を失っていくのを自覚した。ただの他人。何様だ、と。その自覚が、あたしを責めている。これから告げるのは、残酷な願いで、残酷な現実だ。それでも‥‥押し付けなくてはならない。
 乾き、ひりついた舌を、無理やりに動かそうとして。
「少し、話を聞かせて欲しい」
 寸前、後ろから、トヲイ君が言葉を紡いでいた。

 先を越された、とは思わない。
 ただ、あたしは小さく、そして長く、息を吐いた。冷静になれない己の内の小娘を、鎮めるために。

●mother3
 トヲイはアリサの傍らで片膝をついた。気配に気づいた女が、トヲイへと手をのばす。震える手。
「かえ、して」
「‥‥アリサ。お前は『アトレイアから悪魔を祓う為に』沢山練習していた‥‥そう言っていたな?」
「アト、レイア」
 深く没入していた声が、変わった。その弱々しい震えが潜まった事に気づき、男は続ける。
「そう、アトレイアだ。聞かせて欲しい。アリサ。お前の言う『悪魔』とは、一体何なんだ。何があった?」
 アリサは顔を上げない。傍から見ている拓海には、それが何故かが見て取れた。彼女にはもう、それだけの力が、無い。
 ――こうして、こいつは失っていくのか。
 彼女の身を蝕ばみ、近づきつつあるものに気づき、拓海はそう独語した。かつて彼が病的に恐れたもの。その過程を、己は今目にしているのだと、強く感じる。
 そして。
「‥‥悪魔、は、あの子を、奪ったわ」
 女が、口を開いた。声は、地の底から響くよう。
「あの子の心をねじ曲げて。狂わせて。呪詛を吐かせた」
 それは、怨嗟の声だった。
「呪詛、は、あの子の、心も‥‥灼いていた。悪魔は、あの子、も、傷つけた」
 滲む怨嗟はそのままに、声は、女は、嗤っていた。くつくつと。不全なそれは、引き攣ってはいたが、それでも。
「だから私、は」
 心底、誇らしげに、アリサは笑った。

「私、は、あの子の声を、奪った。祓った。悪魔が、あの子を、傷つけない、よう、に。私、が、あの子、を‥‥救ったの」

 ――それを、狂女の妄言と片付けることは簡単だった。

 だが。真実は、そこに在った。


●mother4
 言葉に、隣室で待機していた面々も確信を得ていた。
「アリサの言を信じシンプルにすると、こうなる」
 深みある声はUNKNOWNのものだ。観察者の眼差しで母親を見つめながら、言う。
「悪魔は『彼女』に憑いていた。つまり」

「最初に心を病んだのは、アト‥‥か」

 現の声は、痛みを堪え、絞りだすようだった。
「――アト本人からは、教えてもらえなかったな」
 痛みの理由は渾然としていて‥‥それだけに、言葉がこぼれた。留めおくことはできない感傷に、フェイルは目を細めた。
「程度はともかく、目を背けて、忘れていたのかもしれません。それに」
「覚えてても、アトにゃんがアリサを狂わせたと思っているのなら、言えないのよ。だって‥‥」
 真意は兎も角として、慰めるように言うフェイル。そこに続いたリズィーの声色、表情は現と同じ色を帯びていた。


●mother5
「そう、か」
 ――狂気の根源。
 探っていたその事実に、トヲイは言葉を呑んだ。
 女を狂気に追い詰めたのは、アトレイア自身。その根に父親の死が関わっていたとしても、そこには、『彼女達』にとっては何の救いも存在し得ない。一端を想定していただけに、そのことが重く響いた。
 アリサは、困憊故か聞き取れぬ小声で何事かをつぶやくようになっていた。その背に、トヲイはそれ以上を継げずにいた。

「なぁ、アリサ」
 そこに、声が落ちた。それまで静観していた、拓海の声だった。

  ◎

 伏すアリサを視界に捉えながら、言う。
 この場に於いて、最も聞くべき事を確認するためだ。
「お前は、アトレイアをどう思っていたんだ。本当にしてやりたかったのは、何だ」
 言葉には自然、熱が篭る。だが、その熱をよそに、アリサは伏したまま何の反応も返さない。
 黙秘か、そも、届いていないのか。
 ――狂った女だ。こいつを相手に、何のために聞く?
 馬鹿馬鹿しさに、自問する。
 救ったと思っていた女が無為に生きているのが赦せない?
 発破をかけるために、この女の言葉が要る?
 そうだったかもしれない。直接、相対するまでは。

 今は‥‥どうだろうか。

●mother6

 ――なるほど、この愛は、本物だ。

 あたしは、そう思った。
 狂っていたかもしれない。でも‥‥彼女の愛は完全に、間違っていただろうか。彼女が娘に残したものは、確かに、ある。
「ねぇ、アリサさん」
 言おう。全部を。そう決めた。
 身勝手なあたしの思いを。たとえ、それが、彼女を絶望させたとしても。
「貴女には、もう先は無い。もう、貴女はあの子を救うことは出来ない」
 彼女にとっての、残酷な現実を。
「お願いがあるの、アリサさん。それを受け入れて‥‥ただ最後に、娘へと母の愛だけを見せて欲しい」
 一方的な言葉は、とても痛い。それでもあたしは、続ける。
「今なら‥‥伝えられる可能性はある。ただ、伝えられる機会は最後かも知れない」
 拓海君が、あたしの言葉を継いで、続ける。

 そう。早晩、彼女は死ぬ。いつまで保つかは、解らない。
 けど。
 だからこそ。

「‥‥アリサさん」
 あたしは、それを見て、手を伸ばした。
 震えだした母の手に、伸ばさずには得られなかった。

 握った手、握り返すその手は――その強さは、怨恨は、あたしの心を嬲った。
 彼女の罪は赦されないものだ。
 それでも‥‥徒に傷つけられて良い道理はなかった筈だ。それを知っていて、それでもあたしは、彼女を傷つけることを選んだのだった。
 痛みが欲しくてあたしは唇を噛んだ。強く、強く。

 微かな慟哭が響く。
 その間ずっと、あたしはその手を握り続けていた。

●interlude
「一段落、かな」
 必要があらば介入も辞さなかったのであろうが、UNKNOWNは微笑と言葉を一つ残すに留めたようだった。
「そう、だな‥‥む?」
「どうしました?」
 頷く現だったが、何事かに気づき、眉を顰めた。問うたのは、退屈に凝った背を伸ばしていたフェイル。

「そういえば、ルキアはどうした?」

●微睡み2

 そのほとんどが私には意味不明。一人の生が垂れ流されてるだけ。
 ――なのになんで、こんなに胸を灼くのだろう。

「私はバグアや、ヒトを殺すコトになんの疑問もない。そも、ニンゲンは生きている限り、何かを搾取しなきゃ生きていけないしね」
 権利はビョウドウだよね、と彼女は笑った。
「両親がいなくて、養父はいた。本職は対人傭兵だったケド――養父を殺した後、私には汚い身体しかなかった」
 声色、笑い声は明るいが、ひどく、空虚で。だからこそ余計に、私は彼女との距離を‥‥自分の弱さを、思い知る。
 ――ね、アトレイア君。
「ゴミで居なくてもいいソンザイなら、わざわざ死ぬコトもない。ヒトであるヒツヨウ、なんてない。誰にも望まれない私だから」
 ――だから、なんでも受け入れて、世界を愛そうって。怨嗟の風の混じる、この世界が悲しすぎたから。
 いびつかもしれない。
 けど、私には、無理だった。そんなに強く在ろうなんて、出来ない。
「私はただ、望んだダケ。在りたいと望んだダケ。ヒトが、在ることがそのものが罪なら――全員死なないといけないしね」
 強さを押し付けられて、私にどうして欲しいのか。
 解らない。ただ‥‥胸を、串刺しにされた気がした。

 その時だ。

「ちょあー!」

 割って入る小さな影と、声が。

 その声を、私は知っていた。


 そこは、アリサの部屋と似たような作りをしていた。ただし、差異は際立つ。軍人達がアトレイアの隣におり、その前にルキア。そのただ中に嬌声を上げて突撃する少女と、その先にいる女の姿を見やりながら、UNKNOWNは言う。
「アトレイアは、厄介だな。PTSDに近い。その根は深いのだろう」
 ただ、と前置きして続けた。
「本当を言うと、ね。バグアの技術や倫理を排すれば解決する方法はある」
 アリサとの邂逅で酷く困憊した銀子は、渋い顔をしながら応じる。
「でも、あの子は、心を守るために大事なものもその手から離してる。以前の彼女みたいに」
「そうだね。解決だけでは意味がない」
 ――さて。どうなるか。
 言って、ふと、室内に据え置かれた品に気づく。

 ‥‥男は静かに、煙草に火を付けた。


●Re
「久しぶりっ☆ 元気だったー?」
 ボクは努めて明るく、そう言った。
 思い切って姿勢を低くして、アトにゃんと目を合わせる。彼女の状態を、知るために。

 ――――。

 鈍い反応。驚きもあるのかもしれないけれど、そのぎこちなさに、彼女の痛みを見た‥‥気がした。
「――ねえ、アトにゃん。今の第一印象を聞かせて」
 だから、明るく。楽しく。勢いにのって、ボクはそう言った。
「ボクは敵かな。味方かな?」
 きょとんと丸く見開かれた目。視線が交差する。長い時間、そうしていたよう。緊張で不安を覚えだした頃、アトにゃんは――。

『‥‥み、味方』

 そう、言ってくれた。
「ぐーっど☆」
 安堵。それを隠してそう言って、ボクはぽぽいと手にした盾を捨てる。敵意や害意を感じさせぬよう。そうして、大事なことを、勢いで押し切るように。
 ハグ。
『え?』
 ‥‥混乱してるアトにゃん。それを引いても、反応は決してなめらかじゃない。
 ――負けない。
 だからボクは、一番近くで言葉を紡ぐ。
「今までいろんなことがあったよねー」
「‥‥」
 戸惑う表情に、初めてあった時を思う。それからを。知ってしまった過去と、先ほどの母の姿を思う。
 ‥‥でも。大事なのはこれからだ。そう、思うから。
「ねえ、アトにゃん。ボク達、友達だよね」
 そう、言った。
『――』
「まあ、違うと言っても友達だし、離さないけどねぇ〜」
『ご、強引すぎる!』
 ボクのハグを、押しのけるでもなく、困り顔でいうアトにゃん。少しずつ返ってくる手応えに、自然と頬が緩む。

 ――ボク達には、アトにゃんには何の問題もない。それを、とにかく示したいんだ。

 あの人たちに。
 ‥‥そして、アトにゃんに。

 意気込んだ、その時。

「どうも、お久しぶりです。とりあえずは生きての再開を喜びましょうか」

 ‥‥いつの間に近づいたのよ?!


●Re2

「お互い、あの時はギリギリの状況でしたしね」
 驚愕するリズィーをナチュラルに無視し、笑顔とともに、フェイルが言う。言葉には再開を喜ぶ弾んだ声色。
『‥‥あ』
 その様相に、しかし、アトレイアは息を呑んだ。

 ――血塗れの手。あの時彼女は、血を吹いて。

 フラッシュバックと、感触。軋んだアトレイアの表情に、フェイルは不快げに眉をひそめた。
「‥‥まさか、後悔しているんですか?」
 言って、女は深く、嘆息。
「貴女が私に刃を振るったように、私も貴女を撃ちました。なのに何を後悔するんですか?」
 先程までの穏やかな表情は何処へやら、次第に語気は強くなっていく。
「天使を追っていた時、あるいは私たちの前に立ちはだかった時の覇気はどうしたのです?」
「‥‥」
 リズィーの強い視線を受けても怖じるフェイルではない。返らぬ返事になんたる怠惰、とフェイルは深く息をつく。アトレイアは言葉を継げずに、固まっていた。
「そもそも、善行とは独善的な行動の結果生まれる施しですよ。人の為といいながらの行動は結局は偽善です。貴女がそうやって怖じるのも、ただ貴女のための偽善。私には何も還元されません」
「‥‥その辺にしておくのよ」
 見かねたリズィーはついに、静止の声を張った。
「そう、ですね」
 興ざめした、とばかりに、フェイルは手を振った。言葉は過ぎたかもしれない。だけどそのくらい深い落胆を抱いたのだった。女は踵を返し、その場を後にする。
「‥‥貴女と旅を、とも思っていましたが、この様子ではね」
 ――結局、怯えるばかりで手は出さず、ですか。
 ともすれば、それこそが彼女が最も落胆した点かもしれない、が。去り際、フェイルはこんな言葉を残した。
「罪を償いたいなら生き抜きなさい。生き恥を晒すことこそが贖罪です。自分以外はすべて敵でも、私はそれでいいと思いますよ」
『ぁ‥‥』

●Re3
「銀子の、先の指摘は正しかったね」
「どゆコト?」
 隣室へと戻ってきていたルキアは、楽しげにUNKNOWNの言葉に問い返す。
「以前の彼女みたいに、か。私はかつての彼女を知らないが、想像に難くない。昔は、母親という解り易い対象がいた。彼女はそこに、あらゆる自責を転嫁すればよかったんだろう。だが、復讐はもう済んでしまったのさ」
 一服。そうして男は深く、紫煙を吐いた。
「復讐者の末路、か。死者は還らない。終わってみれば、彼女の手には何も残っていない」
「‥‥償えないと知ったか」
 トヲイが、噛み潰すように言う。鬼気迫り、実感の篭ったそれは‥‥どこか、彼にとっては馴染み深い感情だったのかもしれない。
「そこに他害の咎まで背負い込んだ、という所か。復讐のために全てを捨てて自暴自棄になっていたかつてと、今の状況と‥‥そう。さして変わりはないのかもしれないね」
「だが、違うものだって、ある筈だ」
 絞りだすように言う現は、前を向きながら。その横顔を見て、UNKNOWNは微笑を零した。

●Re4

 私はきっと、許されてる。それが、解っていながら。

 ――ぎし、と。蓋が開いた、気がした。

『ぁ‥‥』

 彼女の無事を喜んでいる私は確かにいた。
 でも。

 赦してほしく、ない。 ――償いたいなら。
 認めてほしく、ない。 ――生き恥を晒すことこそ。

 彼女に言われて、確かに私は、そう思ったのだった。

 目が覚めてから、気づけば思考は迷路に落ち込んでいた。
 ――贖いたい。
 それはもう、不可能だった。でも、自死は選べない。それこそ死んだ人たちへの裏切りだったから。
 解ってたことだった。あの人達に償う術なんて無い。全てはもう、終わってしまっていた。
 ‥‥だから、一生懸命蓋をした。何も出来ない事実から目を背けて、緩やかな死を待った。

 そうして、気づかぬうちに望んでいたものがあった。
 全てを無かったことにしてくれる、私にとってだけ至極都合の良い終わり。

 罰。

 それに、気づいてしまった。
 ――そこにいたのは、あまりに矮小な、私自身だった。


●Re5
 苛立ちだ。
 それが、拓海が足を踏み入れた理由だった。踏み入れ、踏み込む。
「おい、拓海!」
 現は慌てるように。銀子もまた、その背を追う。
 それを無視して進む拓海の足取りには怒気が篭っていた。
「まず、聞きたい。思うままに答えろ」
 語気が荒くなる。アトレイアの躓きは了解していた。それ故に、拓海は聞かねばならないと思ったのだった。
 今の、あまりに無為な姿に。
「お前はどうしたい?」
『‥‥‥‥』
「アトにゃん‥‥」
 アトレイアは奥歯を噛み締めるようにして、目を瞑り、激情を堪えているようだった。リズィーはその背を擦り、手を握る。ここにいる、と伝えるように。

 それら全てを見据えながら、拓海はただ黙して、応答を待ち。

 そして。

『‥‥何も』

 引き出されるように、綯い交ぜになった感情が、はらはらとこぼれた。

『何も、出来ない‥‥!』

 虚しげで、悲しげで、悔しげで、腹立たしそうに。無力を噛み締めているような声で言う彼女の、握られた手に、力が入る。と、篭った力に負けないくらい強く、握り返された。
 差し伸べられるのは、沢山の手。それと同じ分だけ、彼女の胸の裡に情けなさが募る。
『‥‥っ』
 だが。それに倍するだけ暖かく灯る胸の裡もまた、理解していて。
 ‥‥それが、彼女にとっては酷く、切なかった。

 ――出来ない、か。
 拓海は舌の上でのみ、言葉を転がす。苛立ちはまだ残っている。だが、上等な答えだったと、そう思えた。
 殺して、とでも口にするようならば――と、思ってはいたが。こぼれたのは、苦笑。彷徨い、燻っているだけと知れたからだった。
「アトレイア」
 見上げてくるのは底無しに深い自罰の瞳。男は、この手の女は男をダメにするぞ、と。内心で誰かに向けながら呟きながら、続けた。
「悩んでも、迷ってもいい」
『‥‥』
「だがな。答えが欲しいなら歩き続ける事を勧める。それが、茨の道でもな」

  ◎


 アトが、深く傷ついているように見えた。リズィーの手を握り、小さく震えるアト。これまでで一等ひどい光景だった。だが、これまでとは違う。俺は、もう知っていたから――そこに、踏み込もうと、決めた。
 こちらに気づき、目を見開くアト。フェイルとの邂逅よりも深い驚愕が、恐れが、彼女を彩っていた。だが、確かな安堵がそこにあった。自惚れかもしれない、が。
「なあアト。辛いかもしれない。だが君は、真実と向き合うべきだ」
 知ってるんだと、伝えたかった。そしたらもう、一人で抱える必要はないだろう?
「アリサと、会った。そして全てを聞いたよ」
『‥‥』
 アトは息を呑んだ。続く言葉を、予想したからかもしれない。
「母親と話をしよう。そして、彼女が生きた理由を知るべきだ」
 ――会わせるべきではない。
 UNKNOWNの言葉が頭を過る。アリサにとっては、そうだろう。だが‥‥アトにとっては?
 フェイルの言葉が想起される。
 ――まさに、偽善だ。
 だが、それこそが最善なのだと、俺は確信していた。

 対するアトの目には、反発の光。拒絶と、怖れが混じった、儚い光だった。

『今更、』
「‥‥アリサさんね。あの時、君の名を呼んだの。彼が、危ないってのにさ」
 そうして、反駁しようとしたアトに‥‥銀子が言葉をかぶせていた。

  ◎

「あたしは、あの声に応えてほしい」
 彼女の表情には、理解の色がある。それでも受容出来ないのは、彼女が真っ当に、弱すぎただけ。
 ――述べられた手を握り返すのには、勇気がいること。
 その事を感じながら‥‥続ける。
 彼女が握る手は、固い。だから、この背中は、押せる。そう思った。
「他人が苦しんだから、貴女にその分応えろって言うわけじゃない。‥‥アリサさんも、みんなも、ただ君を好きだっただけ」
『‥‥ぅ』
 それは全て、貴女を全肯定するという感情論。と言う名の、直球勝負。
 でもきっと、彼女にとってはこれが全てだ。
「もし君が皆を好きと少しでも思えるのなら‥‥応えて、欲しいかな。皆を好きでいて欲しい」
 理屈だけじゃ、弱い貴女は救われない。同じように、死んだ人は多分、救われない。
 だから。

「だから、さ‥‥心から思うが故に返すものを、彼らに、返して欲しい。それだけで、いいんだから」

『‥‥っ』
「ね?」



 手の熱に。言葉に。

 ――――ッ!

 はらはらと、吐息がこぼれた。
 はたはたと、落ちる涙をリズィーが嬉しそうに拭う。
「怖い中‥‥よく、頑張ったのよっ☆」
 ごめんなさい、ごめんなさい、と。声にならぬ声で彼女は泣きじゃくった。
 抑圧され、堰切った感情が溢れだし、感情の奔流は、夫々の反応を喚起する。

 銀子と拓海は視線をあわせて苦笑し。
 UNKNOWNは微笑し紫煙を浮かべ。
 ルキアは拍手を鳴らし。
 フェイルは小さく鼻をならし。
 トヲイはおもむろに邂逅の場を整えに歩き。
 リズィーは目の端に涙を浮かべて笑い。
 現はその光景に胸を衝かれたか、押し黙っていた。

 その中心で、彼女は泣きながら、確かに何かを掴んだ。
 それはかつて、記憶の向こうで蓋をしたものだった。
 それは、決して消えることのない光。
 これまでの彷徨う道すがら。恐る恐る手を伸ばして、一度は手放した、儚い光。

 それを、漸く――掴んだのだった。


















●Ep1.『おねがい、生きて』

 あの日。伝言がある、と。拓海さんと銀子さんが言った。
 私の母からの、言葉だった。

 もう、出来る事はないと、静々と泣きながらの言葉だと、聞いた。

 ――悩む暇なんて、なかった。

 気づけば、黒衣の人と力強く私の背中を叩いたトヲイさんは、軍の人達と話を付けていた。
 会うべきだ、と。彼も私の背を押した。リズは手を振って、後でもいいのよ、と笑った。何が。
 ルキアと名乗った子は、よかったネ、と笑った。フェイルさんは苦笑していた。

 凝り固まった体は、すごく重かった。でも。


 走った。走りながら、悩んで。

 そして――。





















●Ep2.いつか。

 ”真実から目を背けず生きて幸福を掴んで欲しい”

 あの時。想いを知っていて、あの人の想いを受け止める事は出来なかった。
 傷つけたかもしれない。
 ただ、せめて、真っ直ぐに向き合えるくらいの私になってから――会いたかった。

 ごめんなさい。そして‥‥ありがとう。

 


 待っていてくれたら、嬉しい。


 ――”葬儀を終えて” アトレイア・シャノン 20XX.春


Fin.