タイトル:【LW】遺志、その先マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/12/01 15:31

●オープニング本文



 最終決戦の熱さめやらぬ頃、僕達はボストンの郊外(この国での『郊外』は凄まじく広義なのだが)から市内へと移動している真っ最中だった。世界の動勢は気になるものの、僕達は急な報せとその運びに気が気で無い日々を過ごしていてそれどころでは無かった。
「‥‥ふぅ」
 落ち着こう。深く、息を吐く。
 窓の向こう、どこか枯れた風景の中に、僕は日本とは違う陽気を見た。その彩り一つ一つが風の行方を示すように仲良く揺れている。大きな存在が優しく大地を撫でているような、そんな光景だ。
「ふふ。あなたでも緊張するのね、マカベ」
 声が響いた。ハンドルを握る僕の雇い主、エマ・ジェファーソンの声だった。二人で移動するときは彼女が運転をする事が多い。別に改めて取り決めた訳でもないのだが、何となくそういう事になっている。
 彼女の運転は細やかで、優しい。
「僕が緊張しないっていうのがそもそも誤解ですよ。そんなに感情が表に出ませんか、僕は」
「私は見慣れたけど、やっぱり貴方の表情は乏しいと思うわ」
「‥‥‥‥」
 僕は歯を剥くようにして思いっきり笑ってみせたが、彼女は運転中で前を向いていたので全く意味がなかった。ただ、その空気を察したかエマは小さく笑う。
「別に感情がない機械とか思っている訳じゃないわよ?」
「‥‥傷ついている訳でもないので、フォローは不要ですよ?」
「あら、ごめんなさい」


 つい二ヶ月ほど前の事だ。
 僕達は長きに渡って準備していた事を実行に移した。尤も、実際に長きに渡って準備したのは僕ではなくてエマなのだが。
 その日、僕達はミッキー氏を始めとする近所の農家の皆さんやエマの知人達、そしてちょっとずつ親しくなった軍人の中で非番の皆さんに声を掛けて、ある『作戦』を遂行した。
 作戦の名前は『オペレーション・ウィル』という。名はエマの提案だが、その意味を知る人は訳知り顔で頷き、事情を知らぬ人間はその頃有名になった某少年の事を想起して頷いたようだ。
 ちなみに僕は前者の方であったが、その事を悼ましく感じていたが、僕は努めて表情を殺して説明役に徹していた。

 作戦とは、簡単に言うとこういうものだ。
『ボストンに、花を』


 ボストンに大挙して押し掛けた大小様々なトラック達。そこにはエマの農場産の食料と、それよりも遥かに多く、目を疑う程に膨大な花々と苗が積まれている。
 最初の行き先はスラム街だった。
 そこには親や住処を無くした子供達や大人達が暮らしている。彼等とコンタクトを取る事が僕に与えられた最初のミッションで、そこにはそれなりに苦労があったのだけど、今はそれは置いておく。
 彼らにも予め声を掛けたところ、噂が人を呼んでそれなりの人数が集合場所に集った。
 軍人達や友人達が小さな隊を組んで整列させ、子供達はくすぐったげにその賑やかで暑苦しい空気と莫大な花々の彩りを祭りとして楽しみ、その騒動が更に人を呼び始めた頃。
「ボストンに、花を咲かせましょう!」
 エマが陽気に叫ぶと、予め段取りを了解していた大人達が一斉に指示を飛ばした。
 喝采が上がり行列が動き出す。目的地はスラムと人通りのある大通り。ボストンはその規模の割には比較的狭い土地だが、流石に全域をカバーする為には手持ちが足りない。限られた範囲に限るが、荷台に花や苗を積んだトラックが地図上で予定していた地点へと移動し、そこを中心にまさしく花開くように彩りが灰色の街に添えられていった。
 裏では警察や他関係者に事前に文字通り花を送ってその日も細かく情報を伝えるなど細々した調整は幾つもあったのだが、当の参加者――特に子供達はそんな事など露知らず、一心不乱に花を植えていく。その中には僕の妻や子供も混じっているのだが、通りすがりの人々も参加し始めると人の波に呑まれてさっぱり見当たらなかった。
 そう。
 それほどの人が、集ったのだった。
 裏方仕事で忙殺されながらも、僕は感慨を抱かずにはいられなかった。ボストンはもっと枯れた街だと思っていた。寂しげで、錆びゆく街だと。
 それが、この様だ。
「ウィル、か」
 それは意志であり‥‥遺志である。
「‥‥どんだけ重いものを残したんだよ、あんたは」

 綯い交ぜになった感傷の中で僕は、見知らぬ男にそんな事を思ったものだった。



 ――まさか、それが。

「初めまして。お会い出来て光栄です」
 言って、待ち合わせ場所に現れた少女が頭を下げる。周囲で屈強な男達が仁王立ちしている光景は些かシュールに過ぎる、が。
「あ、どうも」
「‥‥初めまして。まさか、こんなに御若い方だとは思わなかったですわ」
「ふふ、良く言われます。アリシア・ローントゥリィです。宜しくお願いします」
「こちらこそ」
 それが極々当たり前な事であるように、伸べられた手にエマは握手で応じる。

 ――まさか、ドローム社の役員の目に、とまるなんて。
 堂々と応じるエマに驚嘆の念を覚えながらも、僕は小さく会釈を返すに留めた。


 僕がエマの知人という新聞記者の存在を聞いたのは、その『作戦』が終わってからの事だった。男の記事は些か気障ったらしくはあったが写真の腕は本物のようで、そこには沢山の子供達や大人達が満面の笑みで、それはもう文句の付けようがないくらいに楽しげに『作戦』に従事している様が切り抜かれていて、確かな熱が籠っていた。そのせいか、今回の『作戦』が地元紙や地元のニュースに取り上げられる事となり――。

 ドローム広報の目に、止まった。

 そんなバカなと思うだろう。僕だって思う。

 だが、実際にやって来たのはメガコーポの中でも十指に入るであろう有名役員で、僕だって知っている程の人物だった。
 信じない事の方が、難しかった。


「どうするんですか?」
「‥‥そうね」
 帰り道。僕は正直な所、複雑な気分ではあった。アリシア氏の人格を疑うわけではないけれど、どうしてもドローム社としての社会貢献だとか、そういった恣意を意識してしまうせいだ。素直に喜べない。
 能力者の傭兵に託された一人の女性。そして、能力者でなくなった僕。二人の活動がこの国に馴染み易いのが想像がつくだけに、余計に。
 ――でも。
 ふと、エマが口を開く。
「マカベは、反対かしら?」
「‥‥正直、悩んでます」
「何に?」
「‥‥‥‥‥‥」
 問いに、言うか悩んで。
 
「お金の、使い道です」

 心底渋った末に、そう言った。
 瞬間、彼女にしては珍しく、車の運転が僅かに乱れる。楽しげな気配に、見るまでもなくエマが笑っている事が容易に想像がついた。
「‥‥ちょっとズルくないですか」
 彼女はこの辺りのさじ加減が非常に、上手い。というか狡い。
「ふふ、雇い主の特権よ。‥‥でも、難しいわね」
「困りましたね」
 そう。
 目の前に積み上げられているのは、ほぼ自給自足を旨にしているような僕達には望外な額だったのだ。

 だから――。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD

●リプレイ本文

 肌を撫でる風が爽秋を告げている。
 LHを発ってここに来るまでの道行きも随分と柔らかなものだと感じるほどだった。
 樹々を撫でる風や、通り過ぎて行く人々の営みと――その、表情。
 数年来なかったその穏やかさは、終戦がもたらした大きなものなのだろう。
「日々の営みに、花を添える‥‥だな」
 月野 現(gc7488)はその一つ一つを胸の奥底に仕舞い込みながら、言った。

 ボストン。
 その街には、華があった。


 ミッキーと名乗った老人は傭兵達を車両へと招き入れて車を走らせ始めてからずっと、稚気と威勢に富んだ声で今回の依頼主達の作戦について語っている。
「此処がスタート地点でなァ!」
 道々に。街中に。その熱とその結果が根を張っている。
 ――知っていたら、私もお手伝いしたかったくらい。
 誇らしげに語る老人が道端で手を振る子供達に歯を剥いて笑うのを見ながら、朧 幸乃(ga3078)はそんな事を思った。
 かつての自分よりは幾分若い少女達。
 彼女達が笑っている事が、今は素直に――沁みる。
 少女の裡でしこりとなって残っているそれを、優しく解きほぐすようで。
 すっかり指に馴染んだ胸元のロザリオの感触を味わいながら、見渡す。彼女が良く知っているアメリカの、今の姿を。
 車両が目的の場所に辿り着き停車するその時まで‥‥微笑を抱きながら、ずっと。


 煉瓦造りのその店は、かつて似たような趣旨で開かれた時とよく似ていた。
 少し肌寒く感じるようになった風を阻む重厚な壁の内に満ちる穏やかな熱と香りに、大泰司 慈海(ga0173)は、一年半前の初夏に訪れたあの日の事を想起する。

『子供達が希望をもって生きられるようになったらいいな』

 あの時、そんな想いを得た。
 未だ燻る火はあるとはいえ、今、人類はそこに手を付ける事ができるようになっている。その事が、じわじわと微熱となって彼の身で焦がれているのは事実で――。
 いよいよだ、と。そう思う。
 ――彼女のような人が、活躍する時だね。
 慈海の視線の先。エマ・ジェファーソンが、傭兵達の訪れに気づき、歩み寄ってきている。
「少し焼けたかな?」
 距離が緩やかに詰まり、慈海の冗談めかした言葉は笑みを生む。
「そう見えます?」
 手の甲を透かしてみるように掲げて、エマ。彼女は十分に近づいた事を確認して、居並ぶ面々に向き直り。
「今日は、来てくれてありがとう。歓迎するわ」
 訪れた四人に対して姿勢良く会釈をした後で、続けた。
「‥‥無事で、良かった」
 誰が、この平和を掴み取ったのか。
 亡き人々。生き抜き、これからをも歩む人々。
「本当に、ありがとう」
「‥‥まぁ、それがあたし達の本分だし、ね」
 礼を言える事、そのものを慈しむように言うエマの姿に、百地・悠季(ga8270)は柔らかく笑んで応じた。
 年若い少女が戦争のただ中で母になり、こんな顔で笑えるように『なった』事をエマは知らない。
 ただ、その笑みの柔らかさは、本物だったから。
「ありがとう」
 重ねて、そう言った。

 そうして。
 小さな宴が、始まる。


「‥‥む、無茶するなぁ」
 裏方で準備にまわっていたマカベもまた、エマと同じように礼を述べた後、訪れた四人のうち、現の姿を見て苦笑した。
 本来ならば病床にあるほどの重傷だ。それを押して此処に居るというのだから、宜なるかなだろう。
「そうしたかったから、来たのさ。あんまり気にし過ぎないでくれ」
「ま、切った張ったするわけじゃないしね」
 ミネラルウォーターで口元を湿らせながら現は苦笑して応じ、悠季がグラスを傾けて、くすりと笑った。

「さて」
 一時を待って、悠季。
 仕切り直し、と言う程間が延びた訳ではないが、その一言で場が締まる。
「要するに、将来を見越した色々な面について助言すれば良いのよね?」


 団欒は楽しいけれど、それでは仕事は果たせないし、と。あたしは切り出した。
「そうなるね」
「なら、話は簡単よね」
 マカベの返事に、あたしは人差し指を伸ばして言う。
「一歩を踏み出して、それが評価されて融資の流れになったのなら‥‥やれることを出来るだけやった方が良いんじゃない?」
「‥‥とはいえ、やれる事とはいったものの、手は限られてるのが現状、でね」
 苦笑いしながら、マカベ。
「そう? 話しを聞いてる限りだと、人手も集まりそうな気がするけど?」
「んー‥‥集めようと思えば、確かに」
 時勢だし、活動の内容の上でも、その目はあるわよね。
 結論、人手さえ足りるならば活動の幅というのは広がるもの。あっさりと引き下がった所を見るにマカベもそれは解っているのだろうけど。
「あたしは、ドローム社からの融資を受けたら良いと思うわ。彼等だって採算が見込めると思って申し出てるのだから」
「ドロームも、今後はクリーンさを求められる‥‥という事なら、イメージアップとして使われる事は想像に難くないですし、ね」
「そう、だね。まぁ、どう転んでもそれは避けられない」
 あたしの言葉に続いて幸乃が言えば、マカベはまたも苦笑して、言う。
 ――うん、そういう事。
 頷いて、続ける。
「持ちつ持たれつ。だからこそ、良い塩梅があると思うのよね」
「まー、あそこは黒い噂も多い所だけどねっ」
 慈海が明るく言うと、この場の全員が苦笑する。
 そう、そういう意味で、この申し出は賭けみたいなものよね。
 それに。
「もし、金銭の大きさが気になるのなら、融資を受ける負担は共同して分担したら良い」
 二人で抱え込むには、規模も額も大き過ぎる、というのが結局のところ問題というのなら。


 ――そう考えたら、楽にならない?
 ‥‥そう結んだ、悠季さん。
 その言葉を聞きながら、思考を紡ぐ。そうして、エマさんへと視線を送った。
 応答は基本的にマカベさんがしているよう。
 エマさんは、というと。
「‥‥」
 じっと、興味深げに話を聞いている様子で。
 だから、という訳ではないけれど。私は彼女を見つめながら一つ、付け加えた。
「何をなすにも、必要なのはお金、ですから、利用できるものはなんでも利用する、というのも良いと思います」
 それが彼女や――私が経験した世界での、生き方だから。
 それはとっても肌に馴染み、染み込んだ思考。
「利用するのは、お互い様ですし、」
 そこまで言って、私はふっと笑った。
 でも、これは、違う。
「‥‥あくまでも、ビジネスですから」
『昔』とは、違うのだから。
 くすり、と。音が零れる。
 自然に零れた私の笑みに、エマさんも笑ったようだった。
「そうね、ビジネスだわ」
 言って、溜息を零した。透き通った、重さの無いそれに続いて。
「ほんと凄い所に‥‥辿り着いちゃったわね」
 小さく、それでいて笑顔のまま、そう零した。


 辿り着いた、ね。
 ――彼女は、どこに行こうとしてるのだろう。
 思い返すのは、あの時の事だ。

『足りなかったら、賛同者を集めたりとかしたらいいかも。手間が増えちゃうけど』
『そこは、がんばってみます』

 あの時、彼女は笑ってたけど。
 これが、俺の思い上がりでなければ――今はその過程にあるのかなって思う。
 その道行きがどこに向かっているかは、彼女に聞いてみないと解らない。
 でも。それが、例えば。
 平和な社会に戻るための‥‥子供達が、生きられるための。

 なーんて。

「ね、エマちゃん」
「はい?」
 努めて気安く呼びかけて、一番聞きたい事を聞こう。
 これが、俺の買いかぶりでないのなら。
「エマちゃんは‥‥花屋で終わるつもりは、ないんだよね?」
「ええ」
 今度こそエマちゃんは苦笑した。昔を懐かしむような、大人の表情で。
「花屋で終わるわけには‥‥いかないなぁって」
「‥‥そっか」

 背負って、前を見てるってことかな。

 だとしたら‥‥眩しいな。
 どんどん、前進してる。

 俺には、背中を押す事しか、できないのだろうか?
 思いながらも、続けた。

「なら‥‥思い切って賭けに出るならドロームはありかもねっ」
 やりたい事が、大きいならさ。
「色々、大変だと思うけどね」
 俺の言葉に、エマちゃんはちら、と顔をそらす。
 そして。

「そこは、頑張ってみます」

 悪戯っぽく、笑ったのだった。
「ならば‥‥ドロームの支援を、ということで決まりですか?」
 そうして、そっと、現くんが口を開いた。


 戦争が終わった今、俺達は、何を考えるべきだろうか?
 自問する。
 戦いの日々の中では、生きる事に‥‥生かす事に、必死だった。
 ならば‥‥今は、『活きる』ためにどうすべきかを、考えるべきではないのか。
 ――もっとも、俺に考えられる事など、高が知れてるだろうが。
 苦笑した。
 俺自身の傷だらけの身体が、それを象徴しているようだった。まだ折れるわけにはいかないと、心だけで立ち上がって、歩いているような体たらくだしな。
 ――俺に出来る、最善を尽くそう、か。
 言葉に、エマとマカベが顔を見合わせてから頷くのを見て、続けた。
「となれば、あとは、どう使うか」
 目的のない手段では、意味が無い。
「人手のことは‥‥悠季が触れてるが、置いておきましょう」
 思考を纏めながら、続ける。
「俺は‥‥この街が、豊かになるような活動をしては、と思います」
「‥‥どういうことだい?」
 意表を突かれたように、マカベが言う。
「基本的には、農業が中心になります」
 とかく、草案を並べる事にした。
「大規模な土木や農作業は、新たな雇用になります。職にあぶれる人は減るだろうし、農作物‥‥それに花自体を売り物にすることも出来る。花を使って、観光地化も良いかもしれない」
「持ち腐れしても、意味はない、と」
 俺の言葉に、悠季が続く。ある程度、持論が重なっていたのかもしれない。
「――経済の興隆そのものが、直接的に世の中を活性化させることになるしね」
 そう、大金は、ある程度は循環させなくては、意味がない。
「労苦を伴うような開墾作業も、KVがあれば捗るでしょう。ドロームがにつくのなら、それも難しくない筈です。多分、流通に関しても融通は利くでしょうし」
「私は、食料生産を第一にするべきだとおもうけどもね。あと、種々の管理や、安全確保に関しても検討は必要じゃない?」
「確かに。その辺りは――」

「‥‥っと、ちょっと、待ってくれ」


 果たして口を挟んでいいものかと。
 凄く悩んだ末に、結局声をあげていた。
「まず、その‥‥なんというかね」
 ただ、上手く言葉が纏まらなかった。もどかしくなりながらも、なんとか、紡ぐ。
「僕らは‥‥経済とか、街を復興したいわけじゃ、ないんだ」
「‥‥」
「や、今のもちょっと語弊があるんだけど」
「‥‥それが目的ではない、ということですか?」
 幸乃さんの助け舟に、頷く。
「もちろん、それも一つの手段足り得るのは、解ってるけど、さ」
 なんというか。
「それは、いくら人手が集まったところで、『僕ら』の手には余るし‥‥忙し過ぎて、本当にしたいことを、見失ってしまいそうだよ」
「‥‥なるほど」
 僕らの力不足を認めるようで今ひとつ締まらないけども。
 悠季さんや現さんが、至極ご尤もという表情で頷くのが、何とも情けないけれども!

「‥‥ドロームだけでも。いや、他のメガコーポだけでも出来る事、だったな」

 そうして、小さく呟く現さんが酷く自責の念に駆られているように見えた。
「や、ありがたい提案なんだ、とても!」
 ――僕は思わず、声を張っていた。
「そういう方法自体はハッキリ言って『あり』で、参考になるし、実行したいと、凄く思ってる」
「‥‥いいんじゃないですか?」
「え?」
 ぽつ、と。胸元のロザリオを指先でなぞりながら、幸乃さんが呟いた。
「皆さんがやりたいと思う『活動』に、支障を来さない事を前提にしたら‥‥いいんじゃないでしょうか」
「小難しい事はドロームに投げちゃう、とか?」
「‥‥融資を、受けない事も含めて、ですけど。気持ちを大切にしたいなら‥‥とも、ね」
 悠季さんの問いに、困ったように笑いながら、幸乃さんが言うのを聞いて。
 ――なるほど。
 気持ちを、大切に‥‥か。






 時間切れの、その時まで。彼らは話しに耽った。
 戦時中の事は勿論、これからの事も。話したい事、話すべき事は沢山あったから。

「宜しければ、定期的に手伝わせて頂けますか?」
 現が、そう言った。
「受領したKVがあるんです」
 声は真摯で、どこか思い詰めているような響きがあった。
 何かのために、出来る事を模索して‥‥焦がれているような、声。
「‥‥大歓迎だよ」
 それを、汲んだか。マカベの声には過度の喜びも、期待を示すでもなく。ただ優しく紡がれた。
 ――何かを、作る。育てる。
 その事に、現は何かを見出そうとしている。
 戦う事に疲れたのかもしれない、が。
「安全確保にも、いいかもしれないわね。自衛手段に雇ったらどう?」
「違いない!」
 冗談めかして言う悠季の声が、そんな憂鬱をそっと、拭う。
 どこまでも優しい戦後の光景が、そこにあった。

「融資は、知名度をあげる事につかったらどうかな? 例えば――」
 慈海は、エマとグラスを鳴らして、そんな話をした。
「融資に限った話じゃないけど、人の目に触れて、交流を増やして、社会貢献を加速させて、ってさ」
「そう、ですね‥‥」
 じっと、考えに耽るエマの横顔を見て、慈海はふ、と笑った。
 何かを推敲するには、原案がいる。彼女の中には、きっとそれがある、と感じて。
「女の子の相談事ってさ、大抵は自分の中で答えは出てるよね」
「‥‥ふふ」
 言葉に、エマは笑った。気負いのない声から現状を、今日という一日を、心底楽しんでいるのが彼に伝わっただろうか。
「もう女の子って年じゃ、ないですけどね」




 別れは来る。時間は有限で、それぞれに、また違う明日が、来る。
 店から出て、薄暮れが落ちてきたそこには、ミッキー氏の車両が迎えに来ていた。
 それぞれに言葉を交わし、車に乗り込んで行こうとした、その中で。

「あの」

 幸乃の言葉が、落ちた。



 何を、言おう?
 自分と似た境遇の人がいて。
 沢山、同じものがあって。

「あの‥‥」
「どうしたの?」

 それでも、私と違うその姿に強くなれて‥‥暖かく、なって。

「‥‥私自身、今後どうなるかわからない身。またいつか会えるかわかりませんけど‥‥貴女のこれからに、神のご加護がありますように」

「‥‥ありがとう。あなたも、幸せに」

 そういって、エマさんは私達全員に改めて向き直った。

「今日は‥‥『あなた達』の声が聞けて、良かったです。私のルーツは、あなた達にあるから」

 そう言ったエマさんは、とても晴れやかで。

 さよなら。もう一人のエマ。
 そう、思った。




 夜の訪れに、風が吹く。音楽を奏でているかのように澄み切った風。

 深々と冷え込んで行く秋の夜が、どういう明日を紡ぐことになるのかは、まだ誰も知らない。

 ただ、この一日で生まれたものは――若芽のように芽吹くのを、待つばかり。

(了)