タイトル:【決戦】Dont betray meマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/01 01:31

●オープニング本文




 あの暗い死の底はそれでも、暖かかった。
 傷だらけの心の、柔らかい奥底で呟く。
 ここは‥‥なんて、冷たいのだろう。

「リリア様は」
 あの時、口をついて出たのはそんな言葉だった。でも。
「行け」
「‥‥っ」
 あの人はあたしの言葉を、ただ命令を押し付けて退けた。ただの強化人間であるあたしを慮る必要など無いとでも言うように。トリプル・イーグルだなんだともて囃されても、あたしなんて所詮その程度のものだった。
 もっとも、その返答にあたしが胸を詰まらせたのは別の事が理由だった。
 だって。
 ‥‥あのリリア様が、もういないのだと解ったから。
 急かされるように移動しようとした、その矢先。そっと掌に触れた感触にあたしは顔をしかめた。その感覚に、馴染みがあったからだ。
「‥‥ガルム」
 尾を振るガルムが、小さく鼻を鳴らした。



「‥‥戦えだって」
 本星型HWのコクピットの中で、ガルムの背を撫でながら、そう零す。
 ガルムは何も言わない。ただ静かに、狭い隙間に身を横たえている。
「裏切られたあたしに、それでも、戦えだって」
 なんて仕打ちだろう。いつまで、世界から拒絶され続けなければならないのだろう。
 裏切られ続けなくちゃ、いけないのだろう。

 ――ッ!

 衝動のままに、コクピットの内壁を強く打ち付けた。
 今戦うという事は‥‥あの温もりを無かった事にしろと言われてるようなものだった。
 あたしの命を人質にして、あたしの心を無碍にして、一方的にあたしを従わせようとしているやり方が厭だった。
 痛む手にガルムがそっと首を挟み込み、労るように摩るのを感じながら、荒く、息を吐く。

「―――――」

 零れた名前は、誰のものだったか。
 逃げ出したいと、強くそう思った。
 ただ、安らぎが欲しくて‥‥そう。

 行き先なんて、決まっていた。


 バグア衛星内から地球へと向かって加速する機影を補足。
 バグア戦力は本星型が一機。これに対し、損耗ゼロで撃破に成功した。
 本星型は大破しながら大気圏内へと墜落。
 太西洋上の部隊へと連絡し、対応終了とした。


 ――本星型が反撃することなく、突破を最優先した戦略的意図は不明。


 海上の警備隊からLHに報告が入ったのは、それから1時間余り経っての事となる。報告のための通信を飛ばしてきた隊員は動転した様子ではあったが、要約すると、つまり。

 小野塚愛子を、拘束した。
 そして彼女はLHへの移送を希望しており――。
「話したい事がある」
 そう言っているのだ、との事だった。


「罠か?」
 その報せを受けたジョン・ブレスト(gz0025)は、開口一番そう言った。
 何らかの要因で蘇ったと思われるシェイク・カーン。小野塚愛子は強化人間だったが、死亡が確認された一点だけならば同じ、とも言えた。
 畢竟、そこにディエア・ブライトンの関与があるのは確実ともなれば‥‥慎重にならざるを得ない。
「ふむ」
 通信を受けるブレストの後ろで、トマス・スチムソン(gz0002)はその報せを聞きながら、小野塚愛子に関する情報に目を通している。
「‥‥材料が足りませんね」
 大きく考えれば、これが罠かそうでないかの二つだが、秘された事実を読み取るには、状況はあまりに不鮮明だった。
 それを踏まえてのブレストの言葉だったが――返事は、無かった。
「‥‥‥‥」
 予感を覚えて、振り返れば。

 そこにはもう、老人の姿は無かった。



「どれだけ待たせるつもりなの?」
 そう広くはない船室内。不機嫌そうにそう言う愛子に次いでその横でお座りをして背を伸ばすガルムが低く唸るが、警備隊員は刺さる視線に居心地の悪さを感じながらも、不思議と怯えを抱くことはなかった。
「急ぎの用事って事くらい、解るでしょう? 対応が愚図過ぎない?」
「しかし、LH側の結論が出ない事には」
「‥‥っ!」
 曖昧に言葉を濁す警備員に、それ以上噛み付くでもなく愛子がそっぽを向いた、その先で。
「‥‥トマス・スチムソン?」
「待たせたな」
「‥‥」
「挨拶は省こう。余り、時間があるとは思えないからな。君が伝えたい相手が私ではない事も承知している。だが、聞かせてもらえないか。君が何故、此処にいるのか」
「その為に、直接ここに来たの?」
「ああ」
「‥‥馬鹿みたい」
 驚愕する警備隊員を他所に愛子は不機嫌な表情を崩さないままだったが‥‥暫しの後、口を開いた。



 少女の口からは、幾つかの事実が告げられた。

 スッチーがかつて予想したとおり、今の愛子がブライトンの手で再生された身であること。
 そして。
「本星から‥‥多分、ブライトンから離れれば離れるだけ、あたしたちの身体は脆くなり、力を出しにくくなるみたい」
 両の手で試すように力を籠める愛子は、その事自体には何の執着も抱く事なく言い、
「‥‥でも、それも今だけ」
 そう、結んだ。
 その意味をスチムソンは余さず理解する。身体能力が余りに乏しかったと推測される”K”と比べ、この少女は墜落に耐えられるだけの余力を持っていたと踏まえれば。
「今後、ブライトンに時間を与えれば与えるほど改善が図られる‥‥か」
「早くブライトンを討たなければ‥‥あなた達、負けるわよ」
「‥‥そうか」
 告げられた事実と、少女の胸の裡。どちらが老人の胸を揺さぶったか。老人は何かを堪えるように堅く目を瞑った。そうして、片手に持つ無線機を掲げ、告げる。
「聞いたか、ブレスト」
『ええ」
「急ぎ、全UPC軍に連絡を。私は彼女を連れて帰る」
『解りました』
「‥‥あなた達」
 事の運びに、愛子が驚きを抱いた、瞬後。





 ――痴れ者が。



 声が、落ちた。


「あ、ぁ、あ‥‥ッ!」
 身体中の細胞が熱を帯び、バラバラに崩れて行くような感覚に、たまらず膝を突いた。ガルムが心配げに見上げるが、大丈夫、と頷く。
 痛い。身体中の神経を炙られ、嬲られているような荒い痛み。
 でも。
 苦しくなんか、ない!
「‥‥は、は、ザマぁ、見ろ‥‥」
 信じてなければ、裏切られない。あの頃の苦しみと比べれば今のこれなんて――。
 スチムソンは、あたしを痛ましげに見つめている。何も出来ないことを解っているからこそ、その眼に焼き付けようとしているのだろうか。
「裏切られ、るのは‥‥どんな、気分、よ」
『博‥至急‥そこから離れ‥バグア本星‥大量の‥放‥、地上の‥も』
 音が、遠い。
 死ぬのは解ってた事だ。だから、怖くない。
 裏切られたわけでも、ない。
 ただ。

 会いたかった、なぁ。

 そう思って、目を瞑ろうとした、その時だ。
「‥だが、もう‥間移動‥できない」
『は?』
「帰れんよ‥‥練力切れだ」
 そんなやり取りが、聞こえた。

 ‥‥こんな状態で、こんな間抜けを踏むのが、世界の頭脳だなんて。
 ――本当に、この世界は。
「馬鹿じゃ、ないの‥‥とんだ、徘徊老人‥‥ね」
「‥‥ぬ」
 ガルムが、途切れ途切れのあたしの言葉に同調するように弱々しく一吼えをする。その事を愉快に思いながら、あたしは――。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
弓亜 石榴(ga0468
19歳・♀・GP
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA

●リプレイ本文

●The end of epilogue.

 その日。その場に居た傭兵達は確かにそれを見た。

 夏の香りが色濃い空には厚い筆で塗りあげたような濃淡のある白い雲。

 KV達が見守るように飛行する中、燦々と注ぐ陽光を返す海上に浮かぶ船の上。

 そこで紡がれた物語の終幕を、確かに。



『敵機の接近を確認した。迎撃してくれ』
 連絡を受けた傭兵達は、直ぐに最速を愛機に叩き込んだ。
 その一団がスチムソンと小野塚愛子を狙う刺客だと言う事は容易に知れた。いや、愛子とガルムが刻一刻と死に逝こうとしている現状、スチムソンを狙ってのものと考えるのが妥当だろう。
 不吉な未来を切り裂くように、音。機速はまばらだ。自然と足並みが揃わなくなっていく行軍は、往き足の速さを優先しての事だろう。解けて行く編隊飛行だが、機体の限界に挑むような飛行は雄々しく雄大。

「この前の大規模作戦の時もそうでしたけど‥‥スチムソン博士って想像していた以上に即断即決というか、奔放な方だったんですね」
 道中。九条院つばめ(ga6530)がそう呟いた。
『瞬間移動、便利だよなぁ‥‥』
 ――俺らも使えるようにならねぇかな?
 緊張を笑い飛ばすように冗句を飛ばすのは宗太郎=シルエイト(ga4261)だが。
『‥‥使い手は選んで欲しいな。とんだ徘徊老人だよ、全く』
『貴様〜! 我々の先達だぞ〜!』
 応じた時枝 悠(ga8810)に対して、ドクター・ウェスト(ga0241)が刹那の間をおかずに反駁。
『‥‥あー』
 ――めんどくさ。
 独語だけは無線に乗せずに、そそくさと悠は会話を打ち切った。
 放置すれば数時間でも説教に及びそうなウェストをナチュラルに無視し一同は前に集中した。懸念は他にもあった。
 それは概ね。
(まさか‥‥こんな形で、また出会う事になるなんて)
 つばめのこの想いに集約されていた。
 ブライトンの所行は多くの者にとって冒涜と言って良い。
『あの時』負った傷を、無理矢理に抉る。
 でも。
 だからこそ、つばめはこう思うのだ。
 ――急がなくちゃ。
 焦がれるように。
(でないと‥‥このままじゃ、何も伝えられないまま、終わっちゃう‥‥!)
 彼女と縁があるものならばそれはやむを得ない事だ。
 なぜならば、彼女との別離は。

『愛子ちゃーん!』
 その、別離の苦さを振り切るように、オープンチャンネルで声が響いた。底抜けに快活で、今空に在る夏の太陽に似ている、聞く者を焦がし熱を与える声。
『お待たせ! 今邪魔なのを片付けるからちょっと待っててね!』
 弓亜 石榴(ga0468)。
 口の端に笑みを浮かべながら彼女はそう言い切った。
 声は傭兵達だけでなく船舶‥‥バグアにまでも、届いているであろう。その真っ直ぐさが嬉しくて、石動 小夜子(ga0121)はくすくすと笑った。
『彼女』を裏切って、そうして死なせて、今。蘇らせて戦わせようとしていた所行に怒りを覚えていたが――それでも。声の暖かさに、引き上げられた。
 そして。

『‥‥ゃ、ないの‥‥』

 そんな声が耳をくすぐったのが嬉しくて笑みを深め‥‥石動はこういった。
『周防さん、交戦開始しました』
 ESM「ロータス・クイーン」を起動させながらの言葉に。
『速過ぎんだろ!』
 周防と同じくBF対応にまわっていた宗太郎の言葉が乗った。




 少しだけ、英国は反省した方が良い。




 その機体は、まさに雷光に等しい速度で進んで行く。金色の光を纏って大気ごと叩き割るように機動。
 ――どちらの死も見た人間としては、少し複雑と言うか。
 Gが血流を乱す中、周防 誠(ga7131)はそう零した。
 感傷というには己が余りに割り切り過ぎている事を彼自身自覚している。敵として見続けた事も、彼女を敵として討った事にも悔いは無い。
 加速のまま。船舶を追い抜いた。
 側面にまわるように機速を活かして迂回しながらだが、数瞬後にはHWに届く。
 応射がくるか。圧倒的な速度は濃縮された時間と同義。その刹那の中で思考し、次の瞬間には不要と知った。
「目も、くれませんか」
 然り、と思う暇もなかった。
 誠は引き金を引く。

 強風というには些か苛烈に過ぎる精射が、巨鯨の要所を、抉る。



「‥‥外に、連れてって」
 戦闘のただ中。少女の言葉を、老人は断る事ができなかった。
 ただ危険であるという事が、なんの理由になろうか。
 少女が死に往くこの瞬間に見せた気丈さを拒絶するには‥‥老人は、喪ったものが多過ぎたし。
 これこそが、彼女が目にする最後の光景だと‥‥老人は、知っていたから。

 薄暗い船室などで終わらせるわけには、いかなかった。



 誠機が交戦を開始して少し。次に敵機と火線を交えたのは悠機。
「この距離だと一人だけ逃がして、っていうのは厳しいか」
 HWとKV。双方が距離を詰めている現状、残された時間自体がそもそも限られている。
「‥‥嗚呼、今日も今日とていつも通りだ」
 欲しい成果と結果をもぎ取るためには、その過程での失敗を赦されない。
 極論、全ての戦場はそういう要素を孕んでいるのだろう。
 今。一機と四機の距離が詰まる。
 先手は悠。最大射程から高分子レーザーが猛々しく咆哮。
 ――どうでる?
 射撃は小手調べのものだった。老練と言って良いだろう。出方が解らない戦場での動き方を心得ている。尤も。籠められた威力は本物で、それ故に欺瞞を赦さない。

 敵機は、突破を選んだ。

 回避が叶わなかったのかもしれない。兎角、敵は悠を『無視』した事が現実。
「なるほど、なぁ」
 数撃後、ブーストをかけながら現実離れした機動で旋回。一挙に追う側へと回る。
『傷ついてる‥‥? 動きが何か遅いような気がするけど』
 追撃している最中に降った声に、悠はマイクを切りっぱなしにしていた事に気づいた。
 ――目の前で攻撃している所を見てるし‥‥つまり。
「‥‥よく見てるな」
 そう思いながら、マイクをオンにした。



 追う悠の対面。HWを挟む形で、小夜子機と石榴機。そして、BF対応として宗太郎機が横並びになっている。機速の都合だが、小夜子と石榴は連携を最優先したため石榴機が小夜子に合せる形だ。
『‥‥急に宇宙から敵を寄越すのは無理だろうし、前のLH強襲の時の残存部隊なんじゃない?』
『『なるほど!』』
 悠の返答に、石榴と宗太郎の声が重なった。
『いやぁ、気になってたんだよなぁ』
 暢気に言いながら、宗太郎機からK02の瀑布がHWへと飛ぶ。そうして、そのまま宗太郎機はそれ以上追撃するでもなくBFへと向かって直進を選んだ。
『後は頼んだぜ!』
『はい、そちらも御気をつけて』
 小夜子の声は、些か気安げだ。予断を許す訳ではないが、此処まで気安い戦場も珍しい。
 ――多分、皆さんのおかげですね。
 自答している所に、声が降った。
『突撃ありきなら早く落とさなくちゃ、ね!』
『‥‥そうですね』
 石榴の言葉に、小夜子は最善を誓った。
 ――会わせてあげたい、ですし。
 一刻も早く終わらせたかった。宗太郎と同じようにK02を全弾吐き出した後、真っ向から切り込んで行く石榴機のオウガと悠機に合せるように『ヴィジョン・アイ』を起動。
 精緻な情報が、敵を抉る牙となる。
 


 同じ頃。ハンナ・ルーベンス(ga5138)は船舶の上空に待機していた。
 小夜子機の情報と自身の機体に集う情報を監視し、整理する。小夜子機と同じくESMが駆動。敵の突破狙いが明らかになった現状だが、射程内に捉えるには遠い。
 だから、思考する余裕があった。
「小野塚さん」
 ハンナ自身が敬愛するリリアの、妹のような女性。なればこそ、自分にとってもそうでない理由など、無くて。
 想いながら、ハンナは祈り手を小さく添える。
 この先、何が紡がれるかを神ならぬ彼女は知り得ない。
 だからこそ、彼女は祈る。

 ――あとはドクターが彼女達を確保さえしてくれれば。

 少しだけ、良い結末が描ける筈だと。



 一方、そのドクター・ウェストはと言えば。
「トマス君、コウして会うのは初めてだね〜」
「確かに、『私』とはそうなるかな」
 オロチ改を海上に着水させて船舶に乗り付けた後、スチムソンとの会話に興じていた。
 燦々と陽が照らす下、何となく以上に楽しげに。傭兵達に向けていた不信は今はどこかに溶けて消えていたようだ。

「なんだって〜! 武器がない〜? ふーむ、我輩の持ち物の中では〜‥‥」
「今更、要らんだろう」
 ソラを見上げた老人はそう言った。敵は全速力でこちらに向かい、傭兵達もそれに対応しようとしている。電撃戦と言って良い。なればこそ、今更自分一人が武器をとった所で意味はないと老人は判じた。
「我輩が魂の共有で練力を供給すればここから離れる事も可能ではないか〜?」
「‥‥さて、な。難しいかもしれん」
 続く提案にスチムソンは僅かに言い淀み、そうやってはぐらかした。
「そうかね〜‥‥」
 彼にはここから離れるという選択肢を選び得なかった。

 ――少女と傭兵達の想いの先を見届けずには居られなかったからだ。

 ウェストもまた、空を見上げる。甲板にいる少女達を視界に拾わぬように。
「確かに今更上がる時間も‥‥意味もなさそうだね〜」
 男は言って、スチムソンへと視線を戻す。
「では、雑談に興じようとしようかね〜、話したいことは山ほどあるのだ〜」
「‥‥まぁ、構わんよ」
 憧憬、賞讃、期待の籠った眼差しに、老人は苦笑してそう応じた。


 誠は、巨鯨をたった一機で喰らいつくさんとしていた。
 苦鳴するように巨鯨の身が震え――。
「‥‥あー」
 これは参った、と誠は声を零した。
 搬出口は潰されてしまったが、内壁を喰い破るように湧き出たのは、目視で数を数えるのも鬱鬱としてしまいそうなキメラの山、山、山。
 機動力・火力に優れた誠機だが、群れた単体戦力の相手となると些か以上に厄介‥‥と言えた。
 とはいえ。
「ま、後はお願いします」
 誠は慌てるでもなく、そう言った。
『残しててくれて、ありがとよ!』
 どこかやけっぱちな声が帰って来て、誠はつい笑んでしまった。餅は餅屋、と。

『フィーニクス・オーバードライブ!!』
 高らかにそう言い放ち、『ストライダー・ゼロ』のフィーニクス・レイが限界駆動。
 湧き出たばかりのキメラ達は、未だ広く散開するには到らず――それ故に、彼にとっては良い的で。
『貫くぜ、ストライダー!!』
 言葉と同時、放たれた光条が数多のキメラ達を呑み込んだ。
「御見事、御見事」
『‥‥ま、な」
 結果を全て見ない内から、残党処理へと移って行く二機の間で交わされた会話は、今ひとつ煮え切らないようだったのは‥‥まぁ、余談だろう。


 BF側が一応の決着を見せつつあった頃、かたやHW側は、というと。
『い、急がなくちゃ!』
 存外、苦戦していた。
 追い立てられるように機動する敵はただ、KVの動きに比べて動きの鈍い船舶への攻撃、あるいは墜落を狙っている。
 回避機動を潰すように悠が火力をばらまき、小夜子、石榴が追撃する。開いた距離を詰め、射撃し、距離が開くが‥‥開く距離、その積み重ねが地味に響く。
 漸く二機を落とし――三機目。
 プロトン砲の間合いを考えれば間に合うか、否か。状況は不透明に過ぎる。
「‥‥大丈夫です」
 だが‥‥HWを迎撃すべく機体を進め始めたハンナは、この期に及んでも信じていた。
 これだけの想いが募っている空の下で――。
「間に合わない筈が、ありませんから」

 まっすぐに見つめる、先。
 つばめ機のディスタン改が、居た。

『‥‥届きました!』
 swallow。
 護る為、とこれまでを共に在り続けた機体。機速の鈍さに焦りを覚えないでもなかったからこそ、その言葉には安堵すら混じっている。
 ――護れる。
 あるいは伝えられるという、安堵。
 つばめはHWと船舶、その間に乗機を差し挟むようにして強引に射線を覆い‥‥通した。
 引き金は、軽く。

 銃撃が放たれた。

 挟撃に、最後の一機まで喰い破られるHW達。
 後に残った僅かなキメラ達も――じきに、駆逐される事となる。


 空中機はそのままでは海上に着水できない事を多くの者が失念していた。
 それ故、直接の対面を果たす事は出来ない。戦闘を終えて改めてその事に気付き、ドクターに輸送の提案をしたが、愛子自身がそれを拒んだ。
 弱々しくも頑なな拒絶。
 でも。
 少女と一匹が、甲板からソラを眺めているその表情を見て、傭兵達は現状を受け容れた。

『‥‥あの時、助けられなくて、ごめんなさい』
 切欠は、つばめ。
 ソラからは、今、愛子が苦しんでいる中でこちらを眺めているのがよく見えていた。
 笑んではいる。でも、痛みに堪えているのも良く解って。
 伝えたい事が、あった筈なのに。
 溢れた情を、止められないでいた。
『今もまた、何も、できなくて、ごめん、なさい‥‥』



 ばかね。
 こんなに、泣いて。
 敵だった筈なのに。
 ――まるで、友達みたいに。
『‥‥リリアにとって、あなたはただの部下ではなかったそうですよ』
 男の声。知ってる声だと思って、次に、言葉の内容に意識を奪われた。
『彼女は、可哀想なあの子に残酷な死を押し付けたのは貴方達よ、と言っていました。‥‥自分はそれを、謝らないといけない』
 この男がリリア様を殺した。でも、その言葉を聞いて。
 どうして、私は。
『私はハンナと言います。‥‥リリア姉様の最期は、安らかでした。姉様は言っていました。貴女は唯の部下では無かった、と。激しく、哀しい声で。だから‥‥」
 裏切られたのに。
 こんなに‥‥。
『ね、愛子ちゃん。一緒に来てくれるって約束を護ってくれて、嬉しいよ』
 ――。
『私も、これからはずっと一緒だって約束を、護るよ。ずっと見てる』
 ‥‥石榴。
『友達、だもん」
 恥ずかしげもなく、いつもあなたは、そういう事を言う。
 夏のソラが、眩しかった。遠く、朧な機影のうちの一つが、石榴のものなのだろうか。
 酷く醜い世界の中で見つけた‥‥友達。

 ――別に、あなた『達』の為に、裏切ったわけじゃないし。

 そんな事を思って‥‥ガルムがすん、と鼻を鳴らすのを聞いて言うのをやめた。
 ほろほろ、と視界が霞んでいく。とても青いソラが、白い光に包まれて。


「‥‥あ、りが、とう」

   ○

 言霊はそっと紡がれて‥‥ソラに溶けて、消えた。




『石榴さん』
『うん』
『‥‥よく、我慢、しましたね』
『‥‥う、ん』
 そんな小夜子と石榴の会話を聞いて、宗太郎は思いっきり笑んだ。
『死者の再生はまぁ‥‥厄介なんだろうが。不思議と負ける気がしねぇな』
 だって、そうだろう。
 自分達は、こんなにも今を歩んでいるのだから。
『負ける訳、ねぇよな』

 声は、どこまでも力強く。
 惜別の蒼天に、響いた。



 ちなみに、これは余談だが。
『‥‥ったく、世界の頭脳ってやつは、どうしてこう』
 無茶する爺ばかりなんだと続いた悠の言葉に、スチムソンは虚をつかれて湿っぽくなる声を整えようとした。
「フン」
 ――だが、結局。老人は咳払いに留めざるを得なかったという。