●リプレイ本文
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はらはら、と。都市中を覆う戦闘の余波が音や振動となって傭兵達が居るそのビルまで届いている。彼等が身を潜ませる階段内に届く音は少ない。時折周囲のスピーカーから発されるエラー音声と、キリーが向かって行く後方から獣や機動兵器が奏でる雑音が遠くから届くくらいで、階上は静かなものだった。
『試行、エラー』
吐き出されたエラー音を聞きながら、ミリハナク(
gc4008)は艶然と笑った。
「ごきげんよう。自分の無能を悟って機械に頼ったアルヴィトたん。聞こえてますかしら?」
声を張って言う。そのまま足音を高く鳴らして後方――キリーの方へと向かう。キリーは、唐突に声を張り上げたミリハナクに意表を突かれたか、足を止めていた。
「お、おい?」
その肩を掴み、有無を言わさずに階段の方へと連れ歩きながら、女は大斧を振るった。
斬撃は空間を断ち切る真空を曳いて、天井へ。瞬く間に無惨な残骸となった天井が大理石様の床上に積み上がるように落ちて行く。
「エラーの原因は貴方という異分子ですわ。陽動も見抜けぬ経験不足で指揮能力は低く、人の意思の力も理解出来ない中途半端な機械融合」
ミリハナクの言葉に続くように階段から宗太郎=シルエイト(
ga4261)の爆槍が天井を貫き、セラ・インフィールド(
ga1889)の銃撃、ルノア・アラバスター(
gb5133)の知覚砲が砕き、灼き落とした。
築き上げられたのは即席のバリケード。迫るキメラ達の足を鈍らせるための一手。
「機械は貴方が邪魔で敗北すると叫んでいますのよ、お分かり?」
『試行、エラー』
ミリハナクは余裕げな表情を崩さずにそう言い切ったが、返る言葉は無機質な音声のみ。女はその様が滑稽に思えたか、笑みを深めた。
「これを使うのである」
「お?」
美紅・ラング(
gb9880)が差し出したのは、二つの閃光手榴弾だった。受け取ったキリーは傭兵達が整えた戦場を再度俯瞰し検討を重ねた後に太く、笑う。
「ありがとよ、何とかなりそうだ」
「問題ないのである。‥‥あとは、厄介な相手のみであるな」
――だが、面白い。
美紅はそう言って、真っ直ぐに階上へと向かった。その目、その足取りはどこか弾んでいるようですらあった。退けぬ状況、強敵との相対がそうさせたのかもしれない。確かな熱と共に段上へと登り切る前に身を伏せれば、そこには日野 竜彦(
gb6596)と館山 西土朗(
gb8573)の姿がある。
「どうであるか」
「うーん」
小柄な少年が大の大人と並んで伏せている中、竜彦が唸りながら応じる。
「何とも言えないな。瓦礫を投げても反応が無かったし、自動迎撃の類いじゃないんだろうけど」
「それが逆に、ちょいとと面倒だな‥‥ああ、そう言えば。射撃は曲射じゃなさそうだ」
言いつつ、西士朗は太い指で目標を指し示す。
「ほう?」
「あれだ」
その先には一つの空洞があった。天井を貫きながら、一直線にキリーを穿ったであろう射撃の痕。その先には、アルヴィトの砲口が開いている。
「幸いここは射程内じゃないみたいだが‥‥あの精度だ。”目”はあるんだろうな」
「ふむ」
「‥‥ま、やるしかないさ」
問答を聞きながら、時枝・悠(
ga8810)が小さく息を吐きながら言った。
――いつも通りだ。
そう、思う。敵が強い事も、負けられない戦いであることも、長く重ねて来た強敵との果たし合いの一つに過ぎない。
それらに勝利し、積み重ねて来たからこそ今があり‥‥先がある。
「遠慮無く油断無く容赦無く、派手に行こう」
そう知っていたからこそ、彼女はそう言ったし。
「そうだね」
竜彦を始めとしてその場に居た傭兵達も皆頷いていた。
そうして――戦端は、開かれる。
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打合せの末、傭兵達の動きは多方面からの侵攻、という形となった。
「‥‥っし、行くぞ」
至近で目に見えるセンサ類を破壊した後に、最先を担ったのは――西士朗。AUKVの機速は凄まじいが、それ故に狙い撃たれる的でもある。全体の為にも、個人的な縁故の為にも、正面から往く竜彦の負担を減らしておきたいと思っての事だ。
そう言って、一歩目を踏み出した刹那。
『捕捉』
―――――ッ!
爆雷の如き閃光が、男の身を包んだ。
「‥‥ッ!」
だが、それを予期しなかったわけでもない。西士朗は自身障壁に身を包み、傷ついたそばから練成治療で自らを癒していく。皮膚が熱で泡立ち、泡立つ度に癒えていく。痛みごと踏みしめるように、男は前進を択んだ。
その一撃を見て他の傭兵達が続く。
「キリー! 聞こえるか! あんな鉄の塊なんざすぐに吹っ飛ばす!」
階段を踏みしめながら、宗太郎はそう吼える。
「‥‥ここまで来たんだ、絶対死ぬんじゃねぇぞ!」
反響する自身の声に後押しされるように、宗太郎は駆け上がり、美紅、ルノアが続く。
その時だ。
『領域内への侵入を感知。重力制御開始』
「‥‥ちっ」
異変を感知したのは西士朗が先。舌打ちの後にこう続けた。
「気をつけろ!」
だが、言葉の頃には同階、前進を択んだ傭兵達は皆その『領域』に足を踏み入れていた。AUKVもその類に漏れないが、速度差が大きい。西士朗と竜彦の交差は一瞬。加速し、ブースト機動で西士朗を抜き去った竜彦が最先をとる。
「西士朗さん、ありがとう!」
「‥‥死ぬなよ、隊長!」
背を押す太い声を受け、竜彦が更なる加速を意識した、その時。
『機動戦力を確認、優先撃破を図ります/チャージ』
音声と同時、球体に据えられた砲が竜彦へと向けられた。
――西士朗はすぐさま、部屋側を抜ける事を諦めざるを得なかった。竜彦の機速は速く。
アルヴィトの射撃が、正確に過ぎたからだった。
「っと」
一様に足が鈍った者達をみて、悠はその領域の寸前で足を止めた。僅かに思索した末に、肩から掛けていた対物ライフルを構える。
「持って来ておいて良かったよ」
こんなこともあろうかと。
――というには些か銃火器に過ぎるかもしれないが、兎角、据えられた銃口は真っ直ぐに壁を抜け‥‥鈍る足で前進しようと足掻く宗太郎達の方角へと向けられていた。
「前門の、アルヴィト。後門の、キメラ」
――前進あるのみ、とはいえ。
ルノアは深紅の瞳で周囲を伺い、センサーの類いを潰している。精緻に秘されたそれらを一つ一つ暴いていく彼女の傍らでは、宗太郎が吼え声を上げながら爆槍で壁を突き割っている、のだが。
進む足の鈍さが、存外響いていた。
アルヴィトの射撃音と、それに応射するミリハナクの砲撃音が響く度に、それがこちらへと向かってのものではないと知りつつも冷や汗が浮かぶ。こちらに合流する筈の西士朗もいない。日野の状況が悪いのだろうか。ただ、先に往け、と無線で告げてはいた。
「もう少し、急ぎたいですが‥‥」
『あ、撃つよ』
「つあっ!?」
奇声と砲声は殆ど同時に響いた。
恐る恐る、ルノアが後方を見れば、悠がひらひらと手を振りながら再装填をしていた。
「‥‥ぉー」
少女の嘆息が暢気に響く中、直近にいた宗太郎は冷や汗を浮かべながらも、悠のなんでもなさそうな目線に早々と気持ちを切り替えるしかなく。
「流れ弾で、とかは勘弁してくれよ!」
そう、叫んだ。
返事は無かった。
他方、セラは階上へと上がり、センサ類を破壊しながら着実に距離を詰めていた。無線に耳を澄ましながらの孤独な行軍。階下の進行度合いに合わせ、敵の動向が直視できない不安を振り払うように疾走。
――いけますか。
猶予はない。外部での戦闘然り、殿として立つ事を択んだキリーの事然り。
全力の疾駆は、即ち彼の心中を、その焦りを顕していた。
だからこそ。
『捕捉』
無慈悲で、無機質な言葉と同時に生じた重圧に、彼は舌打ちを零した。
「急ぎたいのに‥‥!」
空しく、言葉が落ちる中。
『西士朗さん!』
『――セラっ!』
響いた声は、緊迫を孕んでいた。
悠さん?
そう認識する前に、――
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竜彦は剥き出しの身体を灼かれながら、何とか距離を詰めていた。それは偏に西士朗の練成治療の賜物だといえるだろう。予定は狂ったが、それに見合う成果はあるという自負は、ある。側面班が詰めた距離が、その最たるものだ。
アルヴィトはと言えば、ミリハナクの超威力の射撃に対して応戦しながらも、最接近を果たしている竜彦に対して優先的に火線を向けている。対する竜彦は鈍った機速で、的を絞らせないようにしながら往く、のだが。
『――チャージ完了』
その声に、ぞくり、と皮膚が泡立つのを竜彦は感じた。予感に駆り立てるように声を張る。
「西士朗さん!」
「隊長!」
互いを慮る声は、同時に。
だが。
瞬間、視界ごと埋め尽くすような光が生まれた。余りに圧倒的な、血色の光。通路ごと呑み込むように生まれた、その光は――。
『ディメント・レーザー、実行完了。目標・二、撃破/チャージ開始』
無機質な音声を聞きながら、竜彦は薄れ行く意識の中で、勝機を見た。
分散を択んだ自分達の選択と、その間に味方が詰めた距離そして、今の一撃が、紛う事なく敵将の切り札である、という事に。
――後は、頼む、よ。
灼け爛れた喉。声にならぬ声で、そう言って。
「――美紅」
紡がれたことそのものが奇跡のような、淡い言葉を最後に、竜彦は意識を手放した。
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「――たっくん」
ぽつ、と。美紅は言葉を零した。
胸に落ちたのは、微かに耳朶を撫でた火種。それは一瞬にして、少女の胸中に業火を抱かせる。
怒りと痛みが、報復と打破を声高に訴えていた。
「‥‥‥‥」
視界は既に 悠の弾丸で『抉じ開けられている』。
射撃に、言葉は要らなかった。アルヴィトの場所は初見で認識している。
だから。
少女は、引き金を引くだけで、良い。
砲声は、高く響いた。
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認識した全てが、滞り無く巡る。
光学系の多くが潰されたが、他の情報で補完し、私の機能は十全を維持している。
最も接近し、機動力に優れた個体とそれを支持していた個体を撃破。計算された勝利へと向かって一つ一つ、処理を進めていく。
幾つもの試算の果てにあらゆる可能性を想定し、夫々に適した対応を、此処/階下/都市で押し広げる。
十全で、完璧だ。
―――――感知。
それは、彼方へと流れて行く弾丸。対応不要。迎撃を続――。
次の、瞬間。
数多のエラーメッセージが思考を灼いた。
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美紅が放った弾丸は、通路側から抜けた壁を叩き、運動エネルギーを殺さぬままに、跳ねた。
エミタの深奥と言っても良い。物理法則では説明のつかぬ一撃は――。
「‥‥ふふ」
ミリハナクは『それ』を見て、嗤った。
それは明らかな、嘲笑だった。射撃はFFに阻まれたが、脅威は示せた。手数を自身に向けることは決して無駄ではなく。
「ほぉら、言った通り」
美紅の一打で、状況は動いた。
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『チャージ中止。迎撃/試行、エラー/迎撃/迎撃/迎撃』
それは、光の奔流と呼ぶべき光景だった。鋼色の球体の彼方此方から、砲口とそれと同じ数だけの光条が紡がれている。Dレーザーの為の充填を止め、過剰エネルギーを全て射撃にまわしているのだろう。光条は壁を貫き、天井を灼き、周囲を薙ぎ払っている。宗太郎、ルノアはその火線に晒されることとなった。
「‥‥っ! 弾丸の次はこれかよ! ルノア、無事か!」
「は、はいっ」
至近まで至っているのに、最早遮蔽も何も無く、ただただ直撃を避けるべく身を縮めるしかなかった。
だが、嵐のような射撃の中、直撃はない。
――センサーを壊していたことが、効いている?
ルノアはそう思いはするのだが、現状では慰めにしかならない。
何かが、要る。そう思って、少女は顔を上げた。
「宗太郎さん」
「どうした!」
少女はくい、と奔流の源を指し示して、ぐっ、と両手を掲げる。応援してます、援護しますと。
「‥‥仕方ねぇか!」
見上げた男は、少女の無茶ぶりに即答、即応した。現状それ以外に打つ手は無く、さりとて少女に往かせる気は毛頭無かったからだ。
膝を立て、少しでも被弾を防ぐために瞬天速を、と思った、その時だ。
光が、翳った。
そして、声が響く。
「――出し惜しみは、しません!」
声の主は、降下し、射撃するセラだった。
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――まるで、恐慌に駆られてるみたいですね。
階下へと向けられていた光の雨が自分へと向かってくるのを感じながら、セラはアルヴィトの様子をそう捉えた。
一射、二射。アラスカからの弾丸と光条が交差するのを捉えられるくらいに、思考が研澄まされる。
交錯は一瞬。
彼はその一瞬に、全てを詰め込んだ。
振り抜かれたのは月詠。剣の紋章を貫くように振るわれた剣閃は、幾重にも及ぶ。
赤みを増した光に、然し確かな手応えを感じながら――着地へ。
「‥‥っと」
彼にとっては決死の降下だったから、無事に着地出来たことにむしろ驚き、セラは姿勢を崩した。そうして、二つのことを知覚する。
一つは、ルノアの深紅色の視線と、そこから届いた練成治療の光。
「覚悟しやがれ、ポンコツ野郎!」
もう一つは、瞬天速で助走し跳躍した、宗太郎の影だった。
「ッ!」
気勢と同時、宗太郎は身体ごと深く捻る。
宙空。そのただ中で心身ともに、一振りの槍と化したかのように突撃し、一打。
その一撃は、セラの斬撃と同様、赤光――強化FFに阻まれる、が。
「ォォ‥‥ッ!」
咆哮。練力を根こそぎ奪われる感覚の中、連撃を見舞う。
その初撃は、両断剣・絶。
爆槍が球体を砕く感触を得た瞬間、彼は己の意志を爆発させた。
「エクスプロード、オーバードライブ!」
連打と爆炎。内部装甲ごと深く灼いたそれは――しかし、強化FFの壁を貫くには手数が届かない。
『CAUTION。重大な損傷が』
次を‥‥そう思う前に、刺突の反動と、重力に囚われる方が先だった。
しかし。
「遅れるトコだったね」
入れ替わりで落ちた声を聞いて、宗太郎は笑った。響いた声が、悠の声だと知ったからだ。
「色眼鏡の千里眼、足を掬われるのは道理だろう?」
『試行、エラー/何故/試行、エラー/私、は』
「‥‥解んないか」
面倒くさそうにそう呟いて、悠は携えた刀を構え、
『十全だった、筈だ』
その合成音声を切り裂くように、騒音が生まれた。
それは、十を数える間に、二十を優に越える斬撃が振るわれた音で。
――最後の一太刀は、球体が爆ぜる音に呑まれて、消えた。
それが、全ての決着の合図だった。
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UPC軍は唐突に敵の圧力が減じた様に作戦の成功を知った。あれほどに強固だった防衛線が、引き波に呑まれたかのように消えて行く。
そうして、UPCは急ぎタワービルにいる英雄達の救出へと向かった。救出されたのは、傭兵全八名と‥‥軍人、一名。少なくはないが、最小の犠牲で地上解放へと大きな一歩を進めることが出来たのだった。
神ならぬ身に、完璧などありはしない。
軍勢の護り手の名を冠したバグアは、傭兵達の予言とも言うべき指摘のままに、メトロポリタンXへの道を明け渡すこととなった。