タイトル:【Re】BIRTH&DEATHマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/13 18:27

●オープニング本文


●Is there the ”K”nights?

 ――失敗した。

 その事を認識したと同時に、エミタ・スチムソンの嘲笑が聞こえた気がした。勿論錯覚だろう。
 敗北した。
 何度目の、敗北だろう?
 胸に去来するのは怒りでも哀しみでもなく、ただただに虚ろな感傷だった。
 昔の私なら、違っただろうか。大局的な勝利を見据え、更なる一手を打ち込んでいなかったか。
 今の私は、それが、できないのだろうか。
 そっと、両の手を掲げてみる。南米の強い日差しを遮るように、高く。
 私の身体を包むスーツの輪郭が、白色光に滲む。溢れたその光を掴むように、私は両の手に力を込め、握り締めた。握り込んだ手が震える程に、精一杯の力で。
 でも。
 ――その力は、あまりにかぼそかった。
 あまりに、不完全の木偶に過ぎた。


             なぜ私だったのか。
        
   こんな思いまでして、戦わねばならないのか。

 惨めにも。



 ‥‥たった、一人で。



 ‥‥悩んだ所で詮無き事だ。
 理由なんて、明解なのだから。
 ――私が、適任だったからだ。
 それだけだ。
 状況の救いの無さと、抱いても仕様のない感傷を吹き飛ばすように、私は自嘲する。
「‥‥次の作戦を、検討しなくては」
 暗示をかけるように、呟いた。
 この生は最早、私の為の物ではない。バグアとしての生なのかも、既に曖昧だった。

 だからこそ、私の意志など、いらない。

 ‥‥その事が、むしろ救いであるように感じられた。



 ボゴタ基地の防衛部隊とULT傭兵達の思わぬ抵抗を受けたKは、奇襲による基地占領を諦め、残存部隊を纏めてベネズエラへと撤退。コロンビア北部に押し寄せていたバグア軍もまた後退に転じた後、南中央軍の追撃に遭い、兵の何割かを失う結果となった。
 南中央軍はこの機を逃さず、ベネズエラ西のバグア要塞――マラカイボ湖上要塞の攻略を開始。
 直径5km程のドーム型湖上要塞は、水中に潜むCWや水陸・水空ワームが人類軍の進攻を阻む他、湖底トンネルを利用して敵の後背を突く部隊の存在により、攻略が容易ではない。
 そして、両軍がほぼ互角の戦いを繰り広げる中、南中央軍の側面を突く形で現れたのは――Kが率いる精鋭部隊であった。
 
『K、どうやって地獄から舞い戻った?』
 東の空に浮かぶKのビッグフィッシュを見詰め、コルテス准将はマイクを取った。
『何の話でしょう。敵地で戯言を言うほど、余裕があるとは思えませんが』
 淡々と答えるKの言葉には、動揺の色がない。
 コルテスはマイクを置くと、温存していた傭兵部隊に出撃を指示。

 ボゴタ基地で録音されたKの音声は、戦慄の鑑定結果を示していた。
 突如として地上に現れ、南米バグア軍総司令官の座に着いた高位バグア。
 その声紋と一致する個体は、過去に一人だけ。

 ――瀋陽で死亡が確認された筈の、シェイク・カーン(gz0269)である。


●”K”ill’em all.

「敵地で戯言を言うほど、余裕があるとは思えませんが」
 ――知られたくない、という想いの方が、強かった。
 その事すらも俯瞰して、私は心底、自らを唾棄する。浅ましく、怯懦な自分を。
「‥‥‥‥」
 BFの艦橋から戦場を俯瞰する。眼前では、数少ない使える手駒達と、それまで人類と交戦していたワーム達が奇襲に晒された間抜けを喰らい付くしている。
 遠景では、KVとワーム達が踊り狂い、爆炎を上げ、墜落している光景。誰も彼もが、私の掌の上で踊っている。
「次だ」
 思うままにならぬ自身の身体に苛立ちを覚えながらも、指揮官としては冷静だった。
 この戦に、勝ちは、無い。
 ――戦略的には、南米の敗戦は必至だった。
 それでも、戦わなければならない。足掻かねばならない。

 私は、ブライトン様に命じられたのだから。

 ‥‥勝ち目があるとすれば、この拠点の地の利を活かし、何としても防衛を果たす事。
 こちらが堅固であればあるだけ、人類の兵力がここに集う。血が流れれば流れるだけ、それこそが戦果となる。それを為し続ける事で、エミタ・スチムソンを引き出す事にしか‥‥勝機は無い。
 それほどまでに物量と戦力に開きがあった。
 それを避けるために策を練ったが、どれも阻まれてしまった事も大きく影響している。

 ‥‥また、次の前線へと移動せねばならない。
 私自身がリスクを侵さねば、まだ、この戦場は膠着には持って行けない段階だから。
 ルートを選定し、移動しようとした、その時だ。

「来ましたか」

 色とりどりのKV達を捕捉した。軍属ではないと一目で知れる構成。
 コルテス准将の切り札、だろう。

「‥‥‥‥傭兵」


●Who is ”K”?

 出撃の指示とそのためのルートの伝達をした後、この戦場の統括指揮官であるコルテスは無線に告げた。
 男の脳裏には、不安と懸念がある。
 だが、検討を重ねた所で実態は掴めない。飽くまでも、情報を積み上げた結果の、推測でしかないから。
 敵指揮官が、既に死したバグアであるなど。
「‥‥移動しながらでいい。聞け」
 しかし、その事を無視するわけにはいかなかった。彼は、指揮官として此の場にいるのだから。
「これから諸君が相対する精鋭部隊が、この戦線の肝だ。このまま行けば、時間さえかければ俺達が十中八九‥‥いや、必ず勝利するだろう。だが、それも中米が動かなければ、の話だ」
 プレッシャーをかける事になるだろうか?
 男は自問し、直ぐに口を開いた。
「時間をかければかけるだけエミタを始めとする援軍のリスクは増していく。だからこそ、我々にとっては早期決着が望ましく、バグアにとってはその逆だ」
 ――問題無いだろう。
 これまでの傭兵達の戦果を思えば、此処一番で遠慮する道理も、男には無かった。
「だからこそ、その精鋭部隊を、逃がすな。此のタイミングで、必ず討て」
 まずは簡潔に、勝利条件を打ち出した。物事はシンプルに越した事はない。
 補足は、その結論に続いた。
「その部隊を中心に敵の動きが際立って良くなっている。通信からも敵最後尾のBFの搭乗者は、恐らく南米バグアの現指揮官、”K”だと推定される、が」
 真実伝えるべきは、その先だった。

「‥‥入手した音声データから、この人物が、あのシェイク・カーンである可能性が高い。用心を重ねろよ、傭兵。その女はまだ諦めていない」

 そして、依頼内容も、また。

「勝て。‥‥そして真実を掴むぞ、傭兵。この戦場の勝利も重要だが‥‥あの女が蘇った事が真実かどうかも捨て置けん。直視でもいい。遺体でもいい。何としても、あの女の正体を探れ」

●参加者一覧

地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
タルト・ローズレッド(gb1537
12歳・♀・ER
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER

●リプレイ本文


 今日この日、南米の空は果てを感じさせぬ程に澄み渡っていた。そこが戦場だと言う事は誰にだって分かっている。だが、これからそのただ中に飛び込まんとする者達にとっては、その清々しさがかえって憎々しい。

 風を裂き、戦線を貫くように機動する八機が行くのは、そんな場所だった。

「はー‥‥気が重い」
 地堂球基(ga1094)が呟いたのは、そんな折りの事。手元には一枚に手紙。そこに記されていた事に、球基は頭を掻いた。
「‥‥とはいえ、やるしかないか」
 誰に告げるでもなく、球基はそう零す。
 今、機体は真っ直ぐに加速し、飛行しているだけだ。それ故に彼等の心には余力があった。
 例えば。
 ――なんで生きてる‥‥瀋陽で死んだのはなんだってのよ‥‥!
 そんな風に、他事に想いを馳せる事ができる程度には。
 鷹代 由稀(ga1601)が駆るフィーニクスは、まさに飛翔するかのように機動している。軽やかな機動だが、それを為す操縦桿を握る手は、堅く。
「言われなくても、確かめるわよ」
 それでも、胸中とは裏腹に言葉は強い。
「一度殺した相手が目の前にいるなんて‥‥笑えない冗談だわ」
『黄泉返り、ってやつかもな』
 応じたのは、宗太郎=シルエイト(ga4261)。故郷の古典を思い出したのだろうか。
『ま、仮にあれがシェイク・カーンだとして、だ』
 そこに、タルト・ローズレッド(gb1537)が割って入った。
『アイツらはバグアだ。故に、本人なのか、体を利用しているだけか。どちらかはっきりさせねばならん。だが‥‥』
 割れた無線に乗って紡がれるタルトの言葉に、軽く叩くような音が混じる。計器かレーダーのモニタを軽く叩いたのだろう。
『その前に、この状況を何とかしなくてはな』
『ま、今悩んでも仕方ない事だろうし』
 極めて気安げな口調でジャック・ジェリア(gc0672)。気負うものなどない、飄々とした声色にラナ・ヴェクサー(gc1748)は小さく首肯した。
 畢竟、Kが誰だとしても彼女にとっては討ち果たすべき敵にしか過ぎなかった。
 彼女がこの地に望む事は、最早一つしか無い。
 南米に、平和を。
 ――それだけで、いい。
 何かと引き換えに別れた者達に報いるために、彼女は今、此処にいた。

「届くか?」
 交戦までは遠く。だが、通信が届くことを確信できるくらいには、距離が縮まっている事を確認し、赤崎羽矢子(gb2140)は口を開いた。
「こちらUPC傭兵、赤崎羽矢子。そちらがシェイク・カーンなら、話しがある」



 ――話しがある。
 届いた言葉に、Kは応じなかった。語るべきを持たないのだからこそ、当然だろう。
『‥‥シカトってわけ? 応えなさいよ、シェイク・カーン。‥‥よもや、自分に風穴開けた相手を忘れちゃいないわよね?』
 次いで届いた先程とは別の女の声にも、彼女は応じなかった。
 BFの艦橋に静かに立ち、ただただ前を見据える彼女の姿を部下達が固唾を呑んで見守る中でも。
『もう十分に負けた‥‥そう言っていたのに、負け足りなかった?』
 侮蔑の声にも、応えない。
『‥‥そう。だったら、もう一度引導を渡してやるわ。今度はそのデカブツごと撃ち抜いてね!』
 声は、激しいノイズで断ち切られるように消えた。
 その中でも、女は応えないまま。
「‥‥生きて帰すな」
 静かに、そう告げた。


「返事は無しか」
 徐々に迫る敵を前に、羽矢子はそう零した。
「‥‥それならそれでいいんだけど」
「ま、逃げるつもりは今の所無さそうか』
 羽矢子は少なくとも時間稼ぎを図るつもりは無いようだと判じた。恐らく彼女の意図を解っていての事だろう。面倒が避けれて良かった、とジャックは嘯く。
 ――だとすれば、必ずこちらを打破しにくるか。
 二人が思うと、同時。

 敵が、こちらへと向かって加速を始めた。

「‥‥ふむ」
 ハンフリー(gc3092)は”敵”を見据えた。眼前に迫る、精鋭を。
 ――私にとっては、能力者になる前に死んだ筈の敵でしかないのだが。
 男にはシェイク・カーンの為人や、彼女が今目の前に立っている事に深い思い入れがある訳ではなかった。
 ただ。
「‥‥どうやって生き永らえた」
 重要人物であったが故に、その死は確実に観測されていた筈だ。なればこそ、彼はその事に逸る心を自覚していた。好奇心こそが、彼の行動原理なのだから。
 見定める、その意志のままに男は機体に加速を命じ――残る七機のエンジンが高く、駆動した。


 加速は音を裂いていく。
『この辺りでいいか』
『りょーかい!』
 タルトと宗太郎の言葉に続き、つと三機が機首を傾げた。湖面付近へと降下したタルト機、宗太郎機、ハンフリー機は僅かに散開し、ソナーブイを落とした後にすぐに高度を戻す。
『これで準備は整ったな!』
 効果範囲は直径にして2キロに届くかといった所。空戦としてはやや手狭ではあるが‥‥そここそが、此度の”円卓”であった。
 敵は迫りながら、陣形を変えた。やや遅れていたヒュドラが、両翼に展開するタロス達に並ぶ。BFはさらにその後方。機速の差、だろうか。
『案の定、敵はやる気みたいだな』
 ジャックがロングレンジライフルの照準を重ねようと機首を調整している最中に、距離1000。
『ま、そーだろなぁ‥‥』
『無駄口叩いてる暇はないぞ』
 至極気が重そうに言う球基に、タルトが応じ、距離900。
『エンゲージ、だ』
 距離800。タルトの言葉に続き――ジャック機のライフルが咆哮した。


 放たれた銃撃は重い。
『‥‥おやま』
 だが、その威力を知るからこそ、ジャックにはヒュドラが直進を選んだ事が意外だった。意表をつかれた事に頓着する間もなく距離が詰まる。700。
 次弾を装填するか。否。ジャックは主砲を選択した。装填に時間を掛けるよりは砲弾を叩き込んだ方がシンプルで効率的だと思ったのだろう。
 同じく、有効射程が迫った羽矢子達も構える、が。
『――ヤバ』
 羽矢子の声が落ちたと同時。

 ジャック機、羽矢子機から射撃と重なるように、眼前、ヒュドラの七つ首からも砲撃が放たれた。
 濃霧を纏ったそれは、水素を喰らう毒龍の連撃。
 着弾は同時に。ヒュドラの一体がジャックの砲弾の雨に呑まれて堕ちる、が。
 ――濃霧が一帯に広がり、傭兵達の機体が、全て呑まれた。
『‥‥くっ』
 逃れようとした羽矢子機だったが、最大射程が重なり、早期撃破を図ったが故に着弾から急速に広がった濃霧に呑み込まれてしまった。


 深い霧に包まれた傭兵達に、五機になったバグア側の内、タロス、本星型が迫った。
 SESの不調を突く猛追は、しかし。
『さあ、俺達の初めての空だ。突っ込むぞ、『ストライダー』!』
 かつての、そして現愛機の名を叫ぶ宗太郎の声に続いて、計六機が濃霧を貫いて現れる。
 ジャック機、羽矢子機は、水素の不足でSESの出力が落ちているが‥‥他の機体は全て、宇宙用の機体だった。それ故に、水素を外気から奪われた所で機体に影響は出ない。
 澄み渡った視界の先に足並みが鈍った敵影を認めて、ラナは現状を俯瞰した。
 敵の出鼻は挫けたが、それでも傭兵側六機に対し、敵精鋭が五機。BFは依然として遠いが、こちらへと向かって来ている。一見した所で、特別な装備などは認めない、が。
 ――勝機と言うには、やや弱いですね。
 これ以上、味方の攻撃を妨害されるのは得策ではないと判断した。
『‥‥私は、ヒュドラを先に』
『そうね』
 即応したのは、同じ結論に至った由稀。
『私も行く』
 睨む先には、BFが居る。そこに手を伸ばす為に、回り道でも最善を選んだ。
『では、道を拓いてやろう』
『タルト、なんか偉そうじゃない?』
『‥‥っ。そんなザマで良くそんな事が言えたな!』
『はは、悪い悪い』
『では、残る四機が足止め。二人はヒュドラを頼む』
 犬も喰わぬ会話をするタルトとジャックをさらりとスルーしてハンフリーが締めると。
『‥‥悪い、頼んだよ』
 上がらぬ出力に歯噛みする羽矢子と、ジャックを背に六機と四機が噛み合う。


『まずは、っと』
 軽い口調と共に、球基は連装電磁加速砲を起動。機体の練力が一息に喰われる様を計器で確認しながら本星型に狙いを定める。が、タルト機、ハンフリー機が攻撃を重ねている中で本星型の繰り手は傭兵達の意図を汲んだか、徹底的に回避を図っていた。被弾が在る程度重なったとしても、強化FFは温存する構えか。本命打だけに必中を期したい球基は、射撃を保留。
『ちょこまかと‥‥ッ!』
『反撃が来る。気をつけろ』
 苛立つタルトに、旋回機動を取りながらハンフリー。周囲警戒の方に重きを置く彼は積極的な攻勢には参加していないが、それ故に敵の動きが良く見えていた。
『本星型が防御主体。タロスがアタッカーか』
『面倒だね。ラナ達がヒュドラ狙いだと解った傍から‥‥っ』
 そう判じたハンフリーに、悔しげに羽矢子が応じた。
 タロスはこの場に置いても最も強敵と見たか、宗太郎機に狙いを定め、各個撃破を図っている。他方ヒュドラはと言えば、追いすがるラナ機、由稀機に対して逃げの一手だ。時折り、濃霧弾をジャック機、羽矢子機へと飛ばす度に被弾してはいるが‥‥畳み掛けようとする所に、余力のある本星型が横やりを入れるため、まだ堕ちてはいない。
 ラナ、由稀の両名がヒュドラ対応に回っているため、敵精鋭と同数での立ち回りが必要となっていた。それ故の、劣勢。
『チィ‥‥ッ!』
 ブーストを起動し、急速なGに宗太郎は視界ごと押しつぶされるような錯覚を抱きながら、二機の猛追に耐える他ない。
『‥‥宗太郎さん』
 その劣勢を、ラナは知らない訳ではなかった。だが、それ以上に気になっている事があったのだ。
 BFが、着々と『迫って来ている』事を。特別な兵装は、恐らくヴィルトだろうと思われる発光以外にはみられないだけに奇異に見えていた。
 無茶を、通さなくてはならない。強敵との戦いにおいて、流れを掴めなければ敗色が濃くなる事を、彼女は良く知っていた。
『行けますか』
『無茶を言う‥‥ッ』
 ――だが、やるしかない。その事は宗太郎にも解っていた。
 肚を括る。
『道は、空けるッ!』
 声と同時、一気に機首を傾けた。本星型とタロス達。両方を捉えた直後、K02の噴煙が弾ける。回避に専念していると見ていた宗太郎機の急な反撃に、本星型の対応が遅れ、直撃。動きが鈍った本星型に、タルト機とハンフリー機が迫り、ラナ機と由稀機はその隙にヒュドラへと肉薄して行く。
 だが、その手応えを楽しむ間も無い。噴煙の向こうタロス達の銃口は、真っ直ぐに宗太郎機を見据えていた。
 ――直撃か!
 間合いも近しく、残像回避をしても射抜かれると悟る。タロスの銃口が光った――瞬間。
『折角の大業物だし、当て易い的の方にしとくな』
 タロス二機の横っ腹に、球基の連装電磁加速砲が喰らい付いた。
『っと、サンキュ‥‥ッ!』
 九死に一生。宗太郎機が残像を残して旋回すれば、間一髪、紙一重で回避が成った。
『貸しにしとくぜ』
『‥‥何か、それ、怖ぇな!』
 タロスの追撃を必死に回避しながら、そんなやり取りをしていた所に。
『――ふぅ、何とかまともに撃てそうだな』
『待たせたね、ゴメン!』
 ジャックと羽矢子。二人の声が響いた。
 見るまでもない。ラナと由稀がヒュドラを落とした事が、その声で知れた。


 やや手間取ったが、全体としては早期のヒュドラ撃破が果たせた。
 これで、戦力比でいえば八対四。BFも含めれば五だが――数的優位が出来上がった現状、余力はある、と羽矢子は踏んでいた。BFは混戦の最中に最早目前まで迫っている。ヒュドラが欠け、憂いが無くなった羽矢子機は――。
『行くよっ』
『‥‥私も』
 BFへと向かって加速を択ぶ。呪縛から解き放たれたシュテルンGに、同じくBFに優先順位を置いていたラナ機が添った。今、軽く頭を苛む頭痛以外にBFには目新しい物は見えず――それ故に、看過も出来なかった。
 初撃は、羽矢子が遠間から放った長距離ミサイルが四連。白煙を曳いて往くそれを、ラナは追走。ミサイルの着弾を確認し、ラナはBFの射出口へ至った。
 BFは、動かない。動けないのか。何かしらの、意図があるのか。
「‥‥事情は、知りません。ただ、もう一度‥‥朽ちなさい」
 静かにそう呟いた、瞬間。
『ソナー!』
 ハンフリーの叫び声に乗って、ソナーブイからの幾つもの感が届いた。
 それと、ほぼ同時。

 凄まじい頭痛が、ラナを襲った。

『――ラナ!』
 羽矢子の声を聞きながら、ラナは頭痛の真相を知り‥‥最後に、愛機を機動させる。

”前へ”

 開かれつつある射出口。そこには、大量のCWが犇めいていた。
 ――ヴィルトは、見せ札でしたか。
 なら、せめて‥‥一矢だけでも。
 敵は鈍いBFだ。
 外す道理も、無いだろう。


 湖面から顔を出したのは、対空砲を構えた小〜中型ワームの群だった。
 感知が出来ていなければ、BFの動きを意識していなければ、敵の対応に時間をかけ過ぎていたら、CWの進行と併せて直撃は避けられなかっただろう。
 ――だが、直前に撒いたソナーブイが危機的な状況を避ける事に大きく寄与していた。
 意識さえ出来ていれば、高度差故にそうそう当たるものでは,無い。

 ――‥‥ありがと。
 ――どういたしまして。
 尤も、敵精鋭と交戦していたタルトにはその余裕が無く、直撃する所を救われたという一幕もありはしたのだが。

 決着は、じきに呆気ない形でつく事となる。
 奇策にしか依る所が無かった”K”と南米バグア軍の、順当で真っ当な決着だろう。
 海上の敵はフィーニクスのPDレーザーで薙ぎ払われ、CWは薄皮を剥ぐように少しずつ撃破され――そして。

 撃墜は、BFの方が先だった。


『言いたい事があったんだが‥‥ま、此処で堕ちるようなら、意味も無いか』
 そう言う球基の声を聞きながら、気がつけば由稀は生き残っているタロス達すら無視して加速を命じていた。
「‥‥応えなさいよ‥‥!」
 直下。墜落よりも尚速く。巨鯨の姿が霞む程に、視界一杯に碧碧とした湖面が広がっている。
 追いすがろうとする意志に応えるように、スラスターが燐火を曳き、機体が震えた。
 数瞬の間に、巨鯨が迫り、それに倍するほどに湖面が近づき。

 ――彼女は、それを見た。

 BFの艦橋から、空を見上げる一人の女の姿を。仮面は、衝撃故にか、外れていた。
 そこには、彼女がかつて見た、あの――。


 艦橋からの光景が揺れる。重力制御が軋み、不安定になった、直後。
 
 ――墜ちて行く。

 そうでなくても、度重なる衝撃に脆い身体の方が先に限界を迎えていた。

「‥‥ああ」

 もう、終わっていいのだと知って、私は――笑った。
 完膚なきまでに、負けた。
 その事がかえって、私にある事確信させていたからだ。

「‥‥三度目は、もう、無いだろう」

 終わりの、なんと安らかな事だろう。

 艦橋から見える蒼天。そこに映る濃紺の機体を見上げて、私はそっと目を閉じた。

「――もう、疲れた」

 衝撃。