タイトル:【Re】沈黙の亀さんマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/16 23:15

●オープニング本文




「東南が陥落したそうですね」
 メキシコを訪ねたKに対し、エミタ・スチムソンは単刀直入にそう切り出した。
 南中央軍指揮官の暗殺、及び破壊工作は、ULT傭兵の協力により阻止され、ベネズエラ東南のバグア要塞における攻防戦は人類の勝利に終わった。もはや、現在の南米バグア軍に前線を押し返す力は無い。
「貴女はそもそも『敗者』なのですから、今更、失態を詫びる必要はありません。必要な事だけ述べなさい」
「‥‥中米より援軍を。失態を犯した身で大軍は望みませんが、奇襲を行うに足る精鋭部隊を望みます。そして、それにより十分な戦果を挙げられた場合には、更に多くの援軍を約束して頂きたいのです」
 見下すようなエミタの言葉に、Kは黙して耐えた。ただ事務的に、『必要な事』だけを述べる。
「奇襲によりボゴタを落とし、太平洋側にもメキシコと南米を繋ぐ経路を確保します。後に援軍を約束して頂ければ、それを維持する事も可能でしょう」

 突如、ベネズエラ西部の要塞より、南米バグア軍のコロンビア侵攻が開始された。
 オセアニアバグア軍撃退時の消耗を残すコロンビアのUPC軍は、援軍を待つ暇も無く、戦力の大部分をその迎撃に充てざるを得ない。
 しかし、それこそがKの狙いであった。
 カリ、メデジン、ボゴタの3基地の防衛能力が大きく低下した僅かな間に、沖合の海中より高速攻撃型BFの群れが浮上。ティターン、タロス、本星型HWを中核とした精鋭部隊が、薄くなった防衛網を強引に打ち破り、ボゴタ基地へと迫っていた。



「面白くなってきたな、オイ」
 そんな事をボゴダ基地の司令である肥満中年、エスタバン・ウダエタ=サナブリア少佐は良く口にしていた。毛むくじゃらの腕毛がチャームポイントな、黒髪巻き毛の肥満中年だ。
 この男。ここ一番での引きの強さが尋常ではない。奇策の類を扱う人間ではなかったが、肝を捉える嗅覚だけは異様に発達しているのが、この男だった。
 エマージェンシーを告げる基地報が鳴り、数多の機体が出撃していく中、彼の周りには出撃を留められた傭兵達がいた。
 怪訝そうな顔を浮かぶ者も少なくない。敵は現に、此処に向かって攻めて来ているのだから。
「よう、どう思う兄弟。南米バグアの動きは俺たちのソフィアが死んで以降はささやかなもんだった。キメラは居た。残党も少なくない。だが‥‥ただ、アツく無かった。しかし。ここ最近のこれは、どーいうことだろうな?」
 決して激しい動きではない。動員されている戦力も、これまでの人類の戦果相応のものだ。
 ――それでも、隙あらば喉元を貫こうとする怜悧さを含んでいる。
「南米のバグアは武人ばかりでしたから、奇妙ではありますな」
 そんなエスタバンからやや離れた位置で、葉巻を撫でている老軍人がいた。エステバンの副官で、ブルーノという。白髪を撫で付けた、白髭の老人の言葉に、エステバンは懐かしげな表情を浮かべて笑った。
「おうよ。あいつらときたら噛めば噛むほど肉汁が溢れる下町のアサードような、気持ちの良い奴らだったしな!」
「直接会ったわけでもないでしょうに、貴方はいつもそう言う」
 ブルーノの対応は素っ気ないが、それでも笑みがあった。そのままの表情で、老人は続ける。
「‥‥敵はこの基地まで来ますかね」
「来るさ。匂うなァ、ビンビン匂う。オイ、これを見ろよ」
 そういって差し出したのは、一枚の報告書だった。
 完璧に補足できたわけではないが、中米のバグア基地から出発した機影が確認され、南米方面へと向かっている、と記されている。
「‥‥前線に現れた敵精鋭が中米からの増援だ、と」
「おうさ」
 そこにこれだ、と。エステバンは現状を鼻で笑い、こう言った。
「どう見る、兄弟。俺たちは偶然、幸運にもコイツらを見つけられたか? はたまた、見つけさせられたのか? どうだ、どうだ、どうだ。ビールに、キレイな姉ちゃんを賭けてもいいぜ」
「‥‥どうせまた、根拠の無い確信なんでしょう」
「根拠? 根拠なんかいるかよブルーノォ! この女々しい何者かは、白鳥みてェにそ知らぬ顔で準備をすすめてはいるが成果にマッシグラだ。闘牛のようにな。これだけ静静と準備して、完璧に状況を整えようとするコイツは、その一点だけはブレてねえ」
「成果、ですか」
「おうさ。最後の最後でも賭けるだけでは安心できんタイプに見えるね、俺ァ。‥‥この部隊が丸っと囮の方が実に”らしい”」
 嘆息するブルーノの背を、席から立ち上がった肥満中年は勢いよく叩く。そうして丸っこい顔で心の底から笑った。将来の鉄火場を、心待ちにしているかのように。
「そォこォで、お前らだ!」
 わざとらしい拍手を鳴らしながら、エステバンはぐるっと居並ぶ傭兵達を見回し――BAAANG!! と、手を広げ、声を張った。
「ピン! と来たやつらをズズイと集めてみた。おィ、期待してるぜ、兄弟達。俺ァ熱いハートが好きだ。ソウルが好きだ。こんな‥‥女々しい白鳥野郎をな、蹴飛ばしてやりてェ」
 中年は隣に座った誰かをそのまるっこい手で叩きながら続けると、ブルーノはその傭兵を大変気の毒そうに見つめながら、零す。
「そういって前線に負担をかけた訳ですが、ね」
「HA、HA‥‥ま、賭けようぜ。でもって、賭けに勝ったら盛大に騒ごう、兄弟」


 そんな話をしていた、直後の事だった。


「ん? なんか暗くなったか?」

 肥満中年の言葉通り、辺りが暗くなった事に傭兵達が気付いた、その時。


 風を裂くような音に続いて、大地が鳴動した。
 何もかもを塗りつぶし、綯い混ぜにする程の圧倒的な音の壁。
 その轟音に、耳がやられたか。何事かを叫ぶエステバンだが、その言葉は傭兵達には届かない。
 ただ。彼が指差す先で。


「‥‥‥‥!」


 KVのガレージが、倒壊していた。その場にいたであろう作業員の悲鳴は墜落時の爆音に飲まれたのだろうか。
 ‥‥一切、聞こえないままだ。
 何も、聞こえない。

 敵の正体を見紛う事はない。間違いなくそこに在る、一機のワームだろう。

 目算にして500m程先、凄まじく巨大な、亀のような姿があった。

「‥‥! ‥‥‥‥! ‥‥‥‥!!」

 どうやって此処までこの亀が到ったかは、定かではない。可能性は限られている。だが、そこを探るのは現状では至難だった。なんにせよ対応しなければ基地は破壊されてしまう。こうなれば、KVに乗ってガレージ内で待機していなかった事を幸運と思うしかない。

 沈黙の戦場が、こうして出来上がった。
 戦場は、否応無く動いていく、のだが。


 ――大変だ。一切の音が、聞こえない。
 打ち合わせが、出来ない。

 微妙な空気が辺りを包んだ。

「‥‥! ‥‥? ‥‥‥‥!!」

 しかし、エステバンは、やたらと愉しげに白い歯を輝かせ、傭兵達の背を叩いては、グッとサムズアップした。

 その口パクは、非常に解り易く。

(GO!!)

 多分、そんな感じだった。

●参加者一覧

地堂球基(ga1094
25歳・♂・ER
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
水無月 紫苑(gb3978
14歳・♀・ER
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
黒羽 拓海(gc7335
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

 ありとあらゆる音が遥か遠くの出来事のよう。分厚い膜に覆われ、世界から隔絶されたかのような寂寞を感じさせる沈黙が、傭兵達を包んでいた。

 その場で問われるのは、即応させる自制心か、適切な判断力か。
 遠景には敵。
 そして、背には護るべき基地がある。

 さて。傭兵達はどう動くか。

●宗太郎=シルエイト(ga4261



 ウホッ、いい獲物。




 はっ、違う、違う。待ちましょう。周りを見よう。
 敵はタートルワーム‥‥にしては少し大きすぎますか。
 基地まではまだ余裕がありますけど――。
 少佐にはとりあえず、笑顔で返しておいた。
 そして、サムズアップ。

(とりあえず、派手に暴れられるって事でいいんだよな!?)

 ――お、っと。
 勢いのままに覚醒していた。
 応戦の意志を汲んだか少佐は笑みを深めた。その笑顔のままブルーノに引っ張られていく。きっと言葉は伝わってねぇだろうが、意思だけは伝わったか。
 再度、敵を見据える。
 亀だ。紛う事なき、亀。
 当然、甲羅からは、その、亀の、頭が伸びていて‥‥。


 ‥‥なんだ、あのデッカイモノは‥‥!!


●鐘依 透(ga6282

 ‥‥代鏡。

 僕は、今頃下敷きになってしまったであろう愛機を想った。酷く、悲しい。

 はぁ‥‥。

 溜息を一つ吐いて、振り切る。
 直せばいい。有事だし、きっと手当は出る。出る筈‥‥だよね。老後のために、貯金を崩すのは困るんだけど‥‥って、整備員の皆は無事なんだろうか。逃げる暇はなさそうだったけど――。
 ちらりと周りを見る。ちょうど真隣で覚醒した宗太郎さんが呆然とした面持ちで巨大TWを見つめては、俯いて足下‥‥股間‥‥足下を見ている。武者震いかな。その肩は、揺れていた。
 己の矮小さを嘆く気持ちは、解る。
 僕も、ジャイアントキリングは初めてだった。それでも、やるしかない。
 死ぬ訳には、行かないし‥‥皆を死なせる訳には、いかないのだから。
 同じように自失から立ち直った宗太郎さんが、何やら熱い視線で周りを見つめていた。

 ――じっ。

 う。どうしよう、何を言いたいんだろう?
 手振りで応えようとした、そのときだ。
 視界の端で、小さい影が走り抜けていった。

 バイクに跨がった、美具さんだった。

●美具・ザム・ツバイ(gc0857

 うああ、やってしまった。

 バイクに跨がりながら、全速力で駆動させる。
 どれだけ飛ばそうとも、『匂い』は、どこまでも追って来ておる。
 ぐぬぬ。
 次から次へと流れていく風景よりも眼前の敵よりも遥かに、芳醇な香りのほうが気になった。

 ――説明しよう!
 ――美具は、少佐の話を聞きながら身嗜みを整えていたのだが、その最中にTWが墜落してきたために薔薇香水の原液をまるっと被ってしまったのだ!

 ‥‥何たる恥辱。
 脳髄を侵すほどの甘ったるい匂いをまき散らしながら、行くしかないしのと肚を括る。括った所で、この匂いが楽になるなんて事はこれっぽっちもないのじゃが。
 後方の傭兵達に、手振りで美具が囮になる事と、散開しろ、と告げながら。


 こなくそぉ。


 そんな怒りと共に、美具はTWへと爆走したのじゃ。

●水無月 紫苑(gb3978

 何も聞こえねーって‥‥めんどくさいなー。
 宗太郎はなんか気持ち悪くじっと見つめてくるので、笑顔でウィンクをして、小首を傾げて「ばかじゃないの」って言ったら嬉しそうにバイクに跨がって美具の背を追っていった。
 がんばれー、と。笑顔で手を振って見送る。

 さて。囮が颯爽と向かった所で、くるり、と黒羽に向き直る。黒羽は笑顔で手を振っていたボクを、何とも言えない表情で見つめていた。
 ちょっと前。走り去る美具を見た後でもにょもにょとしたジェスチャーで、ボクと黒羽が右から、残る二人が反対側からと決まっていた。ボクが宗太郎とやり取り(?)している間、黒羽はというと、近くのバイクを取りに移動していたようで。
(乗せて?)
 鍵を寄越せ、と片手で示すと、こく、と黒羽が頷いた。
 そしてそのまま、手が伸びてきて――ボクの手を取った。
 !?
 あれ、っと思う間もなく、後部座席へと乗せられる。

(違――っ!)

 抗議の声をあげようとしたけど、そのまま加速したバイクに振り落とされないように黒羽に捕まらざるを得なくなった。
 むぅ。
 黒羽の背中を蹴飛ばしたくなったけど、なんとなくいい感じ広い背中だったので‥‥ま、許しておいた。

●地堂 球基(ga1094

 ――やれやれ。
 バイクに跨がりながら俺は溜息をついた。両の大腿で挟まれたフレーム越しに、こいつの調子はすこぶる良好だと整備士のサガで感じながらも、気分は重い。
 久しぶりの南米遠征が、飛んだ惨事だぜ‥‥。
 如何せん、敵がデカ過ぎる。
 俺たちが囮と両翼、三方に別れた事に対して、巨大TWは真っ直ぐ前進を選んだ。動きは鈍臭いが、あのサイズだ。凄まじい速度でこちらに迫って来る。甲羅の周囲のブースターがもうもうと噴煙をあげている様が、さらに迫力ある光景に仕立て上げていた。
 ただ‥‥なるほど、どうやら基地が射程外だったらしい。最悪の事態は免れた、か。
 ぽり、と頭を掻きながら、状況を俯瞰する。
 敵は確かに基地と前進する事にご執心なようだ。俺達にとっても敵を射程に捉えられるまでに接近出来るか否かが今回の戦闘の分水嶺。都合は良い、が‥‥。
 囮の美具、その後方の宗太郎達と巨大TWの距離は大分縮まって来ている。

 いつまで、このままいけるか。

 そう、思った時だ。
 前進し続けた巨大TWが脚を止めた、刹那。その両肩に据えられた、二門のプロトン砲から――光が。

 サイレントムービーのように、大仰かつ滑稽に。美具のバイクが、光に呑み込まれた。


●黒羽 拓海(gc7335

 失って、しまう。
 避ける事が出来ずにプロトン砲が直撃した美具の姿に、理性が爆ぜかけた。迂回を止め、真っ直ぐに、バイクを巨大TWまで進ませ――。

 ぐい、と。背中が引っ張られた。揺らぐ身体にバイクの機動が乱れるのを、俺は慌てて正しながら。

(‥‥何を!)

 言った、が。そうか、通じない。苛立ちと、焦りを覚えながら振り向くと、水無月さんが居た。それもそうだ。同乗していたのだから。

「‥‥、‥‥!?」

 何を言っているのかは全く聞こえないが、笑みながらも怒っているのは解る。そのまま、彼女は前方を指差した。さっさと迂回しろ、とでも言うように。
 落胆や、後悔が胸を灼く。だが、それ以上に背中に熱を感じていた。背負う、といえば大げさだが、一蓮托生の仲間が居るのだった。

 ‥‥クソ。

 唾棄しながらも、進むしかない。バイクを転じさせ、再度迂回し直した時――。
 ぐい、と。今度は顔を横に向けさせられた。視界が回る。

 ひょっとして、俺は乗せてはいけない類いの人間を後ろに乗せているのではないか。

 そんな危惧を抱いた、その、視線の先で。
 プロトン砲の光と、その着弾の噴煙を貫いて、壊れたバイクから前方へと弾き飛ばされた美具が立ち上がる姿が目に入った。傷一つ無いとは言えない姿だったが‥‥深く、安堵した。

 そのまま、行こう、と水無月さんに視線で告げる。
 熱くなった自分を留めてくれた事の感謝は‥‥多分、沈黙に呑まれて、聞こえなかった筈だ。

●美具・ザム・ツバイ

 ぴょん、と。バイクから投げ出された。爆風とプロトン砲に、少し匂いが弾けた気がした。
 しかし、バイクが犠牲になったのじゃ。おのれ‥‥っ。
 吐き捨てながら、着地。そして走る。おのれ亀め。香水といい、バイクと良い‥‥赦すべからず‥‥と、いうか。

 走るまでも、なかった。

 ―――近っ!

 気がつけば目の前に、亀が迫りつつあった。
 やはりこの亀、一歩が凄まじくデカイ。速い。
 しかし、じゃ。
 極めて好都合‥‥!

(こんのデカ物が、総身に知恵が回るか美具が検定してくれるわ‥‥っ!)

 亀の頭が、こちらを乗り越えようとした、刹那に。

 仁王咆哮‥‥ッ!
 その発動を、意識した。ぶぉん、と。エミタを通じ、練力が削がれるのを体感で感じたと同時に。

(ぎゃぁ、なんじゃこりゃぁ!?)

 甘ったるい薔薇の香りが、美具の総身から満ち、溢れた。
 エミタの気の迷いか、それとも、美具の身体にまだこれだけの薔薇香水が残っていたのか、そもそもアドレナリンのせいで匂いが無視されていたのか――解らんが。

 のそり、と。

 頭上。彼方で亀が此方を向いたのが、解った。
 脚を止めた亀と、美具の視線が絡む。








 ‥‥。



 ふ、ふはは!
 見たか、仁王咆哮ならぬ、臭う芳香‥‥っ!!

 直後、美具はデカ物の左足に蹴り飛ばされた。

●宗太郎=シルエイト

(美、美具―――っ!?)

 脚を止めた亀に対して、俺はバイクから降りて銃撃を選んだ。が、その判断が仇になったか、蹴り飛ばされる美具を助ける事は、適わない。だが、美具もよく耐えている。
 くっ‥‥。
 美具が防御している盾ごと蹴り飛ばされ続けている惨状を呑み込みながら、撃つ。撃つ。撃つ。元より大きい的だ。外す事は無ぇ。
 銃弾は違わず、きと‥‥亀の頭に直撃する。籠められた威力は、十全に通じているか。TWの頭部が抉れ、大量の体液が溢れては零れ落ちていく。

 何故だろう、胸‥‥と股間が痛んだ。


●水無月 紫苑

 ‥‥なにやってんの?

 微妙に腰が引けている様子で、距離を置いてTWへと銃撃している宗太郎が側面からはよく見えた。
 けど、それもすぐに流れていく。黒羽がアクセルを深めたみたいで。急速に迫る、TWのぶっとい脚。迎撃は全くと言っていい程無かった。TWの攻撃はまるっと美具へと集中しているからだ。
 やばい、超、楽だ。
 にひ、と笑いながら、視界に迫った脚と‥‥その傍らにある、これまた巨大なブースターを視界におさめる。
 ごうごうと唸りをあげているそれは――ボクにとっては格好の的でしかない。
 超機械を持ちかえて念じると、ブースターとボクとの間に蒼い線のような幻影が通じる。この機械に対する干渉を意識しながら、
(こいつでぇ、止まれぇ‥‥っ!)
 無音のただ中で、叫んだ。

 ――――。

 手元で超機械が朽ちてく感触と同時。大きな振動が、止んだ。鈍く低いそれに晒されていたのが急に楽になった感じ、だけど。

(お、わ、やばい!)

 四柱のブースターで体勢を制御していたTWの体勢が崩れた。残る三柱の推力はそのまま、回転のモーメントに代わり‥‥。

 視界一杯に、基地滑走路に叩き付けられたTWの甲羅と、そこから捲り上がり、溢れ還った土砂が広がった。

(黒羽ぁ――――ッ!)

●地堂 球基
 捲り上がる。
 こっち側から見れば、そんな感じだった。亀の身体がずずい、と浮き上がって行く。
 俺も、鐘依も加速したバイクを滑らせるようにして停車して、至近に到った巨大TWへと向かって、走った。
 当然、鐘依の方が脚は速いがそれで良い。俺は後衛として動くつもりだったからだ。
 美具を射程にとらえて、一つ、二つと練成治療を飛ばす。
 ぱたぱたと美具が短い手を振って謝礼しているのに、片手を軽くふって応えた。
 よーし、そのまま働いてもらうぜ、っと。
 ダメージコントロールを担う奴が居れば、俺も後衛に専念できる。
 捲り上がった亀。その側面や、脚の装甲に据え付けられたフェザー砲がでたらめ放たれ、ブレードが蠢いている。
 そこで、俺はそれを見た。
 高く跳躍して亀の脚に取りつき、フェザー砲の隙間を縫うようにして『よじ上る』、鐘依の姿を。

 ――優秀な前衛。後衛冥利に尽きるなっ!

 その姿に昂りを覚えながら、俺は鐘依の道筋を作るべく射撃を開始した。

●鐘依 透
 やっぱり、陸上と違って速度は出し辛い。時間経過と共に傾が変わるのを視界に捉え、足下で感じながら、大量に据え付けられた近接用のブレードが蠢く中を抜けられる隙間を見つけては、走る。
 その隙間を埋めるようにフェザー砲が砲撃を重ねるのを、空に活路を見出して低く飛べば――。

 見えた。

 張り巡らされた装甲の隙間。老人の皮膚にも似た皺だらけの肌が覗いていた。魔剣を持つ手に、力が籠る。でも‥‥着地点、その先で、僕の着地先を覆うように数門のフェザー砲が砲口を開いている。
 ――くっ。
 焦りを覚えながらの着地は、先程とは違う傾きで受け止められた。
 砲撃は‥‥来ない。
 見れば、先程の砲口は、破壊されていた。

 ――ありがとう。

 後衛への感謝を抱きながら、剣を振り抜いた。一太刀ごとに深く脚が割け、抉れ、執拗に切り裂く。傷口に、身体を沈めかねない程の勢いで。


●黒羽 拓海
 声が聞こえた、気がした。
 気のせいかもしれない。焦るような声に気がつけばバイクを横滑りさせるようにして、土砂の壁をくぐり抜けていた。
 そのままバイクを停め、水無月さんを置いて駆ける。
 勝機を、捉えていたからだ。
 こちらに向けられた亀の甲羅の、その頂上。

 ――プロトン砲。

 走る。近接用ブレードの腹を蹴り、フェザー砲の砲撃を潜るようにして、往く。
 既に姿勢は制御されつつある。徐々に平坦へと至る傾きを蹴り上げるようにして、多少の被弾は無視して駆けた。水無月さんの練成治療が、瞬く間に傷を癒していたから、だ。
 二門のプロトン砲の、その根元への到達まで数瞬。その間に、傾きは水平に到りつつある。
「‥‥っ」
 刃を振るう。狙いは、砲の基部へ。
 鬼剣・颶風。
 真空を纏った二連の斬撃が、空間を断つようにして届き。

 直後、俺は迅雷を発動し‥‥飛んだ。
 その背を、爆風と‥‥確かな爆音が押すのを感じながら。


●宗太郎=シルエイト

 轟、と。確かな鳴動の中、亀が水平に戻り、脚をつく。
 瞬間。

 ―――――――ッ!

 凄まじい悲鳴が、亀の背の爆発が振動となって俺の身体を揺らした。左前脚で自重を支えられなかった亀の姿勢が崩れる。

 チャンス!

「全力でぶちかます! 全員そこから離れてくれ!」
 声が届いたか、はちょっと解らねぇがっ!
 爆槍を手に駆けた。真っ向から攻撃を受け止めていた美具が軽い足取りで亀から距離を取るのと交差し、跳躍。
「SESオーバードライブ‥‥! くたばりやがれ!!」
 浮かび上がった剣の紋章を貫くように。亀の頭へと突き抜かれた爆槍と、着弾点から湧き上がった十字撃の衝撃を感じ。

「おわあああああっ!?」

 きt‥‥亀の頭から溢れた衝撃に、足場無き俺は実に容易く弾き飛ばされた。



 基地を襲撃した巨大TWは、傭兵の迎撃を前に鈍い轟音と共に倒れ伏し爆発、炎上した。
 もしTWが射程内に基地を捉えていたらその時点で基地は崩壊していただろう。滑走路とガレージは破壊されたものの、致命的な事態を阻止した傭兵達の功績は大きい、のだが。

 愛機。
 バイク。
 香水。

 様々な物を失い、そして――爆風と土砂に呑まれてボロボロに汚れてしまった傭兵達は、何となく浮かない気持ちのまま、少佐の派手な歓待を受ける事となった。
 彼等が、何よりもまずシャワーを所望した事は、語るまでもないだろう。