タイトル:【彷徨】superbiaマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 不明
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/28 23:09

●オープニング本文


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●沈黙の中
 今を見据えよう。地上では決戦の運びとなり、宇宙でも版図は大きく動こうとしている。そこに在るのは、人類にとって勝利の萌芽だろうか。
 ――それはまだ、解らない。
 確たるものとするには、バグアは底が知れないからだ。

 世界は大きく動いている。
 では、翻って、彷徨い羊の物語はどうだろうか。

 閉じられた蓋は、開かれる事となる。
 誰が暗い淵の底に沈み。一体誰が、凄惨な現実の中で足掻き続けることになっているのか。

 折り重なった状況が、一つの物語を紡いで行く。

 此度のこれは、回想の物語。果たして、貴方達は何をなしたのだろうか。




 風が動けば、粉塵が揺らぎ、鉄錆の香りが届いた。
 吐き気がした。視界が明滅するほどに、出所不明の怒りを覚えた。

「‥‥ぁ、」
「ぎ、‥‥ぃ」

 呻き声が、往く道を彩っている。
 声の主達。彼等はきっと、母の関係者だと直感した。
 痛ましさを覚え、怒りを覚え‥‥私は、そっと目を逸らした。
 この惨状で生き延びている事が、彼等の救いなのか。

「あはは! 人間って脆いよねぇ、ほんと」
 先を行く少年がそう言った。肩口で切りそろえられた艶やかな金髪に清廉な容姿。この埃の中でも染み一つない純白のシャツと黒いスラックスに身を包んだ少年。
 私達は今、地下へと向かって、降りていく。重厚な石造りの隠し扉を抜けて、昏い淵へと降りて行く。
 ひりつく古傷の痛みを呑み込んで大人しくついてくる私が愉快なのか、彼は私を見て、嗤う。
「君とアリサは良く似ているね」
「‥‥」
「何、無視? 喋りなよ。なんなら今から彼らの所にいっても‥‥」
『‥‥冗談じゃないわ』
「いやいや、似てるさ」

 ――。

「ありもしない物を追い求めて、掴める筈もない事を闇雲に掴みに行こうとしている欲深さとか、ね」
『‥‥っ』
 ひび割れた電子音に次いで、屋内に風を切る音が響いた。
 風を切った私の手は――彼のFFに阻まれて、空しく力を失った。
「アハハ! いいね、いいね。その激情こそが実に君達らしいよ!」
『‥‥‥‥うるさい』
「ふふ、君達は本当に、親子なんだねぇ」
『うるさい‥‥ッ!」
 プロードの楔のような言葉は私を無力感に苛む。それでも今は待つ事しか、出来ない。
 ただただ死を突きつけられる事になるかもしれない。
 それでも――。

 ふと。
「え?」

 プロードの歩みが、止まった。


 片腕を断たれた四ノ宮久蔵は溢れる血潮を自身の着物を裂いて無理矢理に止めた。
 老人の胸中はその様相からは伺い知れない。傭兵達を前にして彼等を気に留めるでもなく、彼等に断ち切られた自身の腕を気に留めるでもなく、ただ、手にした刀を見つめ、そこに残る何かを確かめるようにして、俯いている。

「‥‥カカ」

 ただ、老人は倒れ伏し内から湧き上がった爆炎に身を焦がしているフィーを想起し、嗤った。

「お愉しみの所、悪いがな、小僧よ。報せだ」

 明らかに傭兵に向けたものではない言葉を告げる老人は、愉快なのだろうか。それとも、狂ったか。ただ、傍から見る分には、それは、明らかに異質を孕んでいるように見える。
 そして、老人が吐き出した言葉も、また。



「あの木偶はな、死んだよ」



 美しい子だった。
 完璧な容姿よりも、白銀の長く美しい髪よりも、怯える人々を慰撫するためのその言葉よりも遥かに深く鮮烈な印象をかつての僕に与えていたのは、彼女が抱いていた翳りだった。ふとした拍子に溢れ出しては――すぐに、出来合いの仮面に呑まれて消えていく淡く深い翳り。

 ――僕は全てを、知っていた。
 哀れな子だった。
 あらゆる物が与えられる立場にありながら、ただ自由だけを得ることができなかった彼女は、周囲の期待と祈りを前にゆっくりと軋んでいった。

 僕には、それが、堪らなく愉快で。

 だから‥‥彼女より先に、バグアに選ばれた者として、願いを叶えてあげる事にした。
 あの時。
 彼女の本当の願いを、言葉にしてあげた、あの時。
 彼女は初めて、心の底から笑ったんだ。





 その彼女が、死んだ。


 ゆっくりと、深く、地下へと歩いて行く。時折照明が掲げられた石造りの階段には時折踊り場がありそこに扉があることもあった。プロードはそれには目もくれず、ただ、降りていく。
 プロードは何も言わなくなった。彼の背中からは何も伺えない。陽気で傲慢な気配すらも掻き消えていた。
『‥‥‥‥』
 その背がまるで別人のもののように感じ――その姿に気を取られていたせいか、行き止まりに辿り着いた事に気がつかなかった。
 造りとしては変わらない。暗い石造りの階段がそこで終わり、狭い踊り場からは重厚な金属質の扉が鎮座している。
「アトレイア」
 言って、プロードがこちらを振り向いた。
 瞬間。
 赤い目に射抜かれた私は――。

「‥‥おやすみ」

 大きいものに縛られ――圧されたかのように、身体が、動かない。

 膝が落ちる。息が吐けず、吸えず、言葉は――継げず。
 精一杯目を見開いて、見届けようとする。
 でも。

 暗く、閉ざされて行く視界だけは、止められず。


 最後、扉が開かれる音を聞いた――気がした。




 ――時間を稼ぎなよ、久蔵。

 小僧の言葉一つで、他人事のように身体は動く。
 ――蹂躙されているような心地よな。
 
 走りながら、自問する。

 これは、逃走か?
 ――応。惨めな事によ。

 潔く、負けを、死を、認めぬのか?
 ――認めぬさ。
 断ち切られた腕の事になどなんの痛痒も覚えてはいなかった。
 ただ、切られた。
 戦場での事。切る、切られるの間柄ならば当然の事だ。

 だからこそ――。

「カカッ!!」

 己を追いつづける傭兵達の姿に、これこそは己の衝動のままに、嗤った。

 逃げれぬと悟った時、己はこの命令に縛られる事は無くなる。
 その事が解っていたが故に、己は、嗤っていた。


 その場にいた傭兵達は、アトレイアを奪われた教会――もはや残骸と言ってもいいだろうが、その跡地の前に居た。
 傷を癒し、救出の為の準備を整えていたその矢先のことだった。

 眼前の教会跡地。瓦礫と――散り散りになった遺体達が爆風に舞い上げられた。
 怨、と。鈍く重い風の音がその場に居た者達の耳朶を叩く。

「聞いたよ、フィーを、殺したって」
 声は見上げる程の高さから響いた。
 声の主は、プロード。その装いも声も表情も態度も全て陽気で、快活そのものなのに――。
「ふふ、君達みたいな路傍の石がさ。生意気だよねぇ」
 どうして、辺りを流れる風は、こんなにも不吉な響きを有しているのか。

「罰をあげる。君達皆に‥‥苦しくも甘い、死の罰を」

 ひらり、と。少年の指が舞った。
 直後。傭兵達は、不可視の壁に叩き付けられたかのように高く宙を舞う!

「ふふ‥‥あははは! さあ、足掻くなら足掻きなよ!」

 加減されているのか痛みはない。だが――。

「この僕が、直々に、踏みつぶしてあげるからさぁ!」

 叩き付けられた殺気は、本物だった。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
不破 炬烏介(gc4206
18歳・♂・AA
黒羽 拓海(gc7335
20歳・♂・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
フェイル・イクス(gc7628
22歳・♀・DF
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

●傲慢なる少年は斯様に嗤う

 はたはたと傭兵達の衣服を揺らす風は、縦横に巡っていた。巻き上げられた砂埃が、その風の異質さを浮き彫りにしている。意志ある獣がその身を捩りながら疾走しているかのような光景。
「‥‥奴は風を操るのか?」
 煉条 トヲイ(ga0236)が2mを越す大剣を掲げながら、言う。風を前に怖じるでもなく敵を見つめる武人然とした威容は、この風の中で小揺るぎもしない。
 ただ、その胸中には一抹の戸惑いがあった。
 ――フィーの殺害を命じたのは、プロードでは無い?
 彼は、混戦の中で久蔵が為した所行が気に掛っていた。
「‥‥面倒ですね」
 応じる言葉をラナ・ヴェクサー(gc1748)の唇が紡ぐ。
 元より白すぎるくらいの肌が色を失い、蒼白に転じていた。固く引き結ばれた唇、血の気が引く程に握られた手から、彼女の胸中が零れている。
 悔恨。不安。憎悪。悲嘆。
 アトレイアを奪われた事に対して渦巻く負の感情の連鎖を、ラナはそのか細き身体で必死で堪えていた。
 ――落ち着いて。
 言い聞かせ、無理矢理に戦闘へと意識を絞る。
 彼女の傍らには、不破 炬烏介(gc4206)。覚醒を示す紅蓮を風にはためかせながら、煌々と灯る瞳はラナと同じものを見ている。そこに宿る色はラナよりも明瞭で、それ故に深く鮮烈な印象を見る者に与えた。
 破裂しそうな怒気に、高く澄んだ音が添う。
「踏みつぶす、と来たか」
 音に、抜刀の刃鳴りが続いた。言葉は、刀を抜いた黒羽 拓海(gc7335)のものだ。炬烏介は頷いた。
「‥‥罰と、言った」
「人間を見下し切っている、な」
 ――その驕りが、数々のバグアが葬られた一因だ。
 その事をその身に刻んでやる、と。鋼の決意と共に拓海はそう呟いた。
「‥‥ソラ、言う。『罪人‥罰、語る。裁ケ、裁ケ裁ケ』」
 拓海のそれが、己を高めるための熱であるのとは対象的に、炬烏介のそれは敵と己が身を削る破滅的な焔。
 溢れ、込み上げる熱に突き動かされるように炬烏介は蔑み笑う少年に対して叫ぶ。
「裁かれるは、テメェだ‥‥下種ッ!」
「ふぅん?」
 大音声を前にしても、少年は余裕げな態度を崩さない。
「ふふ。ステキな憎悪だねぇ。キライじゃないし、悪くない‥‥でも、ダメだなぁ」
「‥‥あァ?」
「もっともーっと、何もかもを憎んでくれないとダメだよ。そんなんじゃ僕のヨリシロにはしてあげられないや」
 ゴメンネ、と手を掲げる少年は、上位存在としての己を崩しもしない。隔絶された立ち位置に拓海は怒りに似た目眩を覚えた。
「――その傲慢、いつまでも続くと思うなよ」
「フフ」
 拓海の言葉にプロードが笑った、瞬間。
 掲げられた片手が振り下ろされる。挙動に傭兵達は蜘蛛の子を散らすように散開。示し合わせたように、それぞれが異なる方向へと放射状に散った。

 しゅるり、と。音が響く。
 それは風の解ける音だった。深い圧に軋んだ大地がひび割れて自壊していく静かな音が紛れて消えて行く。巨大な金槌を連想するような一撃。
 ――でも、挙動ありきなら。
 ラナは目を細めた。まだ、やりようはある。そう感じて。
 女は銃身を低く下ろしながら、小銃を片手で照準を定め、引き金を引く。それとほぼ同時に、他の傭兵達が放った銃撃が天を衝いた。
 少年はそれを、ひらひらと、時に中空を蹴って不規則に機動し回避。
「あはは、上手上手!」
 空を泳ぎながら、少年の手指が縦横無尽に踊る。

 ――戦端は、開かれた。

 辛うじて風の圧撃を回避した月野 現(gc7488)は、荒び狂う風と少年の様子を見ながら、奇妙な共感を覚えていた。
 ――プロードは、フィーを喪って憎悪に囚われているのか?
 直接、間接を問わず幾度と対峙してきて、少年の有り様を見て来ていたから、尚の事深くそう思った。
「それだけ、フィーが大事な存在だったということか」
 それが心の隙間を作っているのだとしたら、殺意を抱くのも――自分達がこうして戦う事になるのも、当然のこと。
 だからこそ、現にはそれが、赦せない。
「それを、他者から奪い続けたお前が、言うか‥‥!」
 少年への哀れみはある。共感も、少なからず。
 ただ、それ以上に込み上げる反感が勝った。盾を掲げ、現は少年へと照準を合わせた。そうして迷い無く、銃声が続く。

●何が為の刃
 隻腕の老人――四ノ宮久蔵と傭兵達は、廃ビルが立ち並ぶ一角で対峙していた。
 フェイル・イクス(gc7628)と大神 哉目(gc7784)が銃撃で追撃を駆けているうちに、教会からは遠く引き離されてしまっている。
 疾走の名残か、老人の様相は悲惨を極めている。止血しているとはいえ、傷は深い。滲む血がその衣を染め、砂埃が薄汚い灰色を重ねる。残る手には一振りの刀。見る者を焦がすアカイロは今は宿されてはおらず、ただゆらゆらと揺れていた。
 老人は胸を開き、自然体でただ、立つ。
 ――何を考えてるんだか。
 狐月 銀子(gb2552)はその姿を見て胸中で呟く。
 ただ武人として高みを目指しているのか。
 ‥‥はたまた、為したい事があるのか。
 老人の行動はちぐはぐだ。アトレイアを切ると言い、実際に刃を交えたかと思えば――今回は憎悪を剥き出しにして、仲間を斬る。明らかな裏切りを見せながらも、こちらに味方するでもなく、殺気を当たり前にぶつけてくる。
 ――信頼されてない、とかなら‥‥その方が良いんだけど。
 その方が、銀子の『好み』により近しい。それに足る物を示してしまえば、いいのだから。

「‥‥ねえ、久蔵さん」
「応」
 哉目は両手を降ろし、胡乱げな表情を隠しもせずに老人を見つめて言った。
「貴方が一体何の為にここにいて何がしたいのか、私にはやっぱり良く解らないや」
 言葉に、老人は小さく笑った。拒絶と隔絶を孕んだ、砂色の笑み。
 ――ムカつくな。
 出所不明の苛立ちが立った。敵として憎い訳でもないのが、その事に拍車をかけている。息を吐き、倦んだ感情を押し出した。
「まあ、いいや‥‥私の興味は置いておこう。とにかく、ちょっとばし借りがある奴が貴方のお孫さんにご執心なもんでね」
「‥‥あんな小娘に焦がれるとはな」
「や、どこがいいかは私にも解んないけど、さ。ここらで私に借りを返させて貰えないかな?」
「ハ。好きにせい‥‥あの女もまた、歪よ。稚児の時分に受けた情愛などとうに枯れ果てとる。欠落に惹かれた所で所詮無為にしか過ぎんぞ」
「‥‥アトレイアさんの事なら、喋るんですね」
 御鑑 藍(gc1485)が言葉を差し込んだのは、饒舌な久蔵に驚きを覚えたからだった。指摘に、久蔵は閉口。微妙な間が空いた。張り詰めた戦闘の予感が小さく解ける。
 裏で何が起こっているかを、藍は知らない。
 ただ、久蔵には何か狙いがある事は確かなようにおもう。
「終わり、と言って、始まる、と言って‥‥要らぬ事を、と言って。貴方が望まない事が今、起こっているのは解ります」
 言葉を紡げば紡ぐだけ、拒絶の意志が堆く積み直されるのを感じながら、藍は言葉を継ぐ。
「プロードの企みに乗りながら、それに逸る貴方は、」
「‥‥もう、良いだろう」
 老人は今度こそ、万の殺意を縒り合わせて僅かに体を入れ替えた。小さく首を回し、身体を解す。
「己は既に刃を抜いている。貴様達は斬ればいい、己もまた斬ろう。これ以上、小娘達となれ合う道理は無い」
「‥‥その通りですね」
 フェイルが二挺の小銃を掲げ、銃口をはたと老人に合せる。
「このご老人は逃げながら露骨に時間稼ぎを図っていましたし。この会話もそうでないとは言いきれません。それに、答える気もなさそうですし」
 金砂の如き金髪を風に靡かせながら、女は笑った。
「‥‥動けなくしてから聞いた方が、確実ですよ」
 悠然としているのに、獣のように笑う。
「そうさな」
 恫喝のような響きに、しかし久蔵は嗤ってはらりと刃を振るい。
「‥‥御託はもう、聞き飽きた」
 そう言った。

 動いたのは、久蔵が先。
 哉目と銀子は両の手を掲げ、藍は澄んだ刀を下段に。老人の動きに、藍は停滞を択ばない。加速した。蒼光の粒子を曳きながら前へ。その側面に沿うように、銀子と哉目が追走。フェイルの放った銃弾がその背を追い抜き久蔵へと至るが‥‥老人の足は止まらない。
 身を捻り、弾丸の隙間へと縫い込む。そして。
 三叉の矛のような傭兵に対し――久蔵はすでに赤い光を刀身に帯びさせている!
「‥‥お、わっと!」
 その構えを見て可愛げの無い声を上げた銀子は、AUKVの装輪を傾け地面を上滑りさせながら身を低くする。竜の翼を示すスパークが爆ぜ、加速。
 スローモーションの世界の中で、赤い斬撃が――それでも、凄まじい速度で横に薙がれる。
 倒れ伏しそうになるのは、機械拳で無理矢理に支えて、斬撃やり過ごした。銀子と同じように迅雷で加速した藍と哉目は地を蹴って跳躍する事で回避しているのを確認しながら、銀子は苦笑した。
「軽いって、良いわね‥‥っ!」
 飛ぼうと思ったが、自重とサイズを思えばその為に十分な推力を得られるかちょっと怪しい高さでの斬撃だった。
 距離を詰める事を優先し、共に迅雷を発動。速度のベクトルは殺さずに前へ行く二人に比して、やや遅れる形になった、が。
「さて、な」
 言葉と、その姿勢に――気付く。
 ――見せ札ってわけ!
 こちらが久蔵の手口を知っているのと同様に、久蔵もまたこちらの個性を理解している。前に出る事も、刃を厭うて回避を図る事も。
「もう一発来る!」
「カカッ!」

 声と同時。体と手を返した久蔵が、半身になりながら再度斬撃を振るった。
 間合いの詰まった前衛のうち、今だ中空にある二人――藍と哉目を捉えていた。
 
●風威
「あはは! ほらほら、どうしたのさ。ただ這いずり回って撃つだけじゃ何も変わんないよ?」
 追われるように、拓海は廃ビルの中に飛び込んだ。交戦して、幾つか解った事を整理したかったのもあるが‥‥中空にあるプロードに対して、出来る事はそう多くなかったこともある。
 敵はこちらを俯瞰しており、挙動で攻撃の軌道が知れる。元より地力があると思われるバグアに対して地の利すらも向こうにあるのでは回避されるために攻撃を放つのと同義ですら、ある。
 轟、と風が鳴る。風威の激しさは少年の気分によるのか大きくムラがあるようだ。
「‥‥攻撃が読めるのが僥倖、ですが」
 気付けば、一時をやり過ごすためにラナが拓海の隣に来ていた。息を整えながらのラナの言葉に、拓海は頷きを返す。
「位置関係が厄介に過ぎるな。空そのものが回避の足場にもなる上に、有効打が入れ辛い」
 ――どんな理屈で動いてるのか皆目検討もつかんが。
 続ける。
「その上、奴の風は出が早い上に広い。大きな出足はどうしても潰されやすい」
 必要な所作はあれど、その所作が素早過ぎる以上、徒に接近するのも危険に過ぎると知れた。
「ただ、風は回避には使えても防御には使えない。こちらの攻撃が届くのは不幸中の幸い、か」
 言って、拓海は深く息を零した。列挙すればするほど、現状は昏い。恐らく、真っ向から向かおうとする現状にも問題はあるのだろうが‥‥他に、良い方法も思いつかない以上、仕方が無いと言えた。
 つと。気がつけば、ラナが廃ビルの窓から吹き荒ぶ風を見て、何かを言いたげな顔をしている。
「どうした」
「いえ、ただ‥‥子供には、過ぎた玩具だな、と」
「‥‥違いないな」
 無感情に零したラナの皮肉が少しだけ愉快で、拓海は小さく口の端で笑う。
 ――さて、どうしたものか。
 ラナと同じように、廃ビルの窓から外の様子を伺う。プロードの攻撃が弱まったのを見て、炬烏介と現が空へと向かい銃撃を再開していた。
「敵の手の内は割れて来た。あとは‥‥」
「‥‥出来る事を。やるしかないですし、ね」
「そういうことだな」
 深い溜息で呼吸を整えてから、拓海は廃ビルから駆け出る事にした。炬烏介と現だけでは攻撃が集中し過ぎて回避もままなら無くなるだろう、との判断だった。

 出て行く拓海の背を目で追っていったラナは、しかしそこに続く事はしなかった。
 渦巻いた負の感情は、戦闘のただ中では不思議と和らいでいた。今、冷静に周りを見渡せる状況になると頭が冴える。
 プロードは今、隠れている自分達を攻撃の対象にはしていなかった。傲慢故かもしれないが――。
「やる価値は、ありそう、かな」
 そうして、視線を巡らせた。

    ○

 元より、現と炬烏介は回避には不向きだ。そういう意味で、プロードとの相性は最悪と言って良い。同じく、相性の悪いトヲイはというと、彼は拓海と同じように遮蔽を取り、そこで考えに耽っている様子だった。
「時間を稼ごう」
「‥‥あァ」
 盾を構えた現が、炬烏介に告げる。ラナの姿も見えないが、打つ手がない現状、闇雲に戦っても仕方が無い。今は、それで策や工夫を講じ――突破口が開ける事に、期待するしかなかった。
 ――とはいえ、いつまで保つか。
 速度に劣る彼等は乱戦の中で幾らか風の一打を喰らってしまっていた。初手、こちらの姿勢を崩した一撃には何の痛痒も覚えなかったが、この風は、相応の衝撃が身を揺すり、筋骨を軋ませる。
 回避が成らぬ以上、多少の攻撃を諦めてでも回避を優先するか、それを推して銃撃を為すかの二択。
 その中で、炬烏介は前者を選んでいた。
 ソラ‥‥少年を仰ぎ見る炬烏介は、憎悪の満ちた眼差しに力を籠めながら、言う。
「問うぞ、下種。テメェは何がしたい‥‥まして、人が圧してる、この状況で。退去も時間の問題だ」
 彼方此方から銃弾がプロードを穿たんと放たれる中。それらを回避しながらも少年は炬烏介の言葉を咀嚼するように腕を組んだ。
「‥‥ソラ、いう。『虚シイ‥‥一人遊ビ‥‥』、ご苦労な事だ‥‥ボッチ野郎」
「んー」
 炬烏介の罵声は、それこそ風に流れてしまったかのように。
「僕を心配してる訳でもないだろうし‥‥ひょっとして、何も考えてないのかな。それともそれともひょっとして、僕を挑発しようとしてる? ふふ、おかしいね」
 心底から堪能しているかのような声だ。
「全然解ってないよね、君達は」
 言葉こそ見下し切っているが、その表情は酷く柔らかく――酷く、甘かった。
「ね、僕達がどうして色んな街のあちこちに‥‥深くにいけたか解るかな。さっき一杯死んじゃったけど、この枯れた街のどこで彼等を養ってたか、解るかな」
 声に、炬烏介だけでなく現、合流してきた拓海が黙考する。
 確かに、これまでに拠点と呼べるであろう滅びた街はあった。幾つかの戦場、幾つかの街には、少年達が足を踏み入れていた事もある。
 それは時に戦線のただ中であったり、人類の防衛線を深く潜った事すらもあった。
 あるいは、刑務所とそれに連なる街を支配したり――久蔵を、拐かした際にも。
 くすくすと、少年は嗤う。
「どうして彼等を養っていたか、解るかな?」
 声に風が添い、鳴る。それでも不気味な響きを帯びた言葉は、風の中でも傭兵達の耳に届いた。
「‥‥どういう、意味だ」
 現の返答に、プロードは笑みを深めるばかりで応じはしない。ただ笑って、噛み付く子犬をあやすように小首を傾げるばかり。
「ふふ、教えてあげない! それに、僕達バグアが負けるなんてありえないしね。エアマーニェの婆さんも、ブライトンの爺さんもいるし。あの星が健在な以上は‥‥バグアに『負け』はないさ」
「‥‥‥‥」
「だから、僕はただこうしてお遊戯を楽しむんだ。君達と、愉快にね」
 一際深く、風が鳴った。

●剣鬼
 前衛の三名。そして久蔵の足の速さから、赤い斬撃はそれぞれの至近で振るわれる事となった。
 久蔵は隻腕を己が身に巻き付けるように、真っ直ぐに、鋭く、刃を振るう。斬撃の、先。中空にいる哉目と藍には為す術は無いように思われた。
「や、っば‥‥」
 哉目はすかさず、腰に下げていたアサシンダガーを抜き、宙へと掲げる。
「――ッ!」
 声にならぬ声についで音が響いた。空中を『刺貫いて』固定された短剣へと攀じ上るようにして体を整え、足を付ける、衣擦れに似たささやかな音。
 斬撃が迫る感覚がおぞましかった。哉目は蹴り足に力を籠めるや否や、それを振り切るように、前へ飛ぶ。
 轟音で、加速していた時間が一息に解けて行くのを感じた。
「‥‥藍君っ!」
 銀子の声に、哉目は激しい音はただ斬撃だけではなかったと知る。寄る辺なき空中で藍は真っ向からそれを受け止める事となった。轟音の正体は、アカイロの刃と水仙の名を冠した刃が噛み合い、瞬後に吹き飛ばされた藍を襲った衝撃か。
 距離を詰める事を優先した事が、裏目にでた。
 ――次が来る。
 哉目は意識を研澄ます。前衛が一枚欠けた。藍が戦闘続行が可能かも不明。銀子はこちらに加速しているのは声から判断できるが、眼前の久蔵と直近で対峙している形だ。
「‥‥」
 久蔵が、自分を見ている。
 その昏い視線に、あまりに深い無頼を感じて哉目は息を呑んだ。
 それでも尚、そういう視線を向ける久蔵に、やはり苛立ちが立つ。
 視線の先。ゆらり、と久蔵の姿が翳った。
「‥‥っ」
 挙動――斬撃の予感に、哉目は迅雷を発動し、回避を優先した。

 しかし。

 哉目の予想に反して老人は刃を振るってはいなかった。視界に真っ先に飛び込んで来たのは――。
「あんまりやられっぱなしってのも、ね!」
 そう言う銀子の銀色の背。
 AUKVを纏った銀子が両の機械拳からスパークを奔らせながら、寸前まで久蔵が居た位置に深く踏込んでいた。対する久蔵は猛追を厭うたか、斬撃よりも間合いを開く事を優先。先の攻防で一応の勝ちを拾っていたから攻め急ぐ必要もない、というのもあるだろう。
 開く距離。しかし、銀子は無理にそこを詰めはせずに持ち替えた知覚銃で射撃を重ねた。
 見に徹した老人はそれを危なげなく回避。そのアカイロの巨刃は既におさめられている。刀に据えられた装置から激しく廃熱が為されるのを見て、銀子は舌打ちした。
 ――攻め機を逸しちゃったか。
 久蔵の攻勢こそ好機と見ていた銀子だが、出鼻からそれが来た上に、間合いの長さも些か以上に予想を越えていた。
「あら、先程までの攻めようが嘘みたいですね‥‥残念」
 そんな声とともに、視界を掠めるように、銃弾。それがフェイルのものだということも、彼女が移動しながら射線を確保しながら射撃している事も解ってはいるのだが、どうにも弾道がえげつない。
 フェイルとの面識も決して浅い訳ではないが、それ故に安心して任しきれない部分も‥‥まぁ、なくはなかった。
「別に刀を使うから『武人』と言う訳ではないでしょう? その覚悟が刃という形に現れるだけ」
 滔々と、歌うように口にするフェイルは、かなりのご機嫌ぶりで。
「私には覚悟など無いので高みには至れないでしょう。武人を気取るつもりもないので、登る気もありませんが‥‥ですが、『無い』お陰で自由に動けます」
 ――だから今ひとつ信頼できないんだけどね‥‥っ!
 言いながらの銃撃は、銀子を盾にしながら同時に間合いを活かして一方的なものとなっている。徹底的に、自身の優位を確保する事に腐心しているようだった。それ故に心安らかでは、ないのだが。
 兎角。
 前を向く。久蔵が守勢に廻ったおかげで哉目が合流する時間は十分に稼げた。
「哉目君、いけそう?」
「ん、さんきゅ‥‥藍は」
 銀子は小さく首を振った。確認する余裕もなかったがあの直撃だ。暫くは立ちあがれないだろう。
 ――時間、稼げるかしらね。
「あのさ」
 フェイルの銃撃と、哉目と交互に前衛を入れ替わりながら重圧を掛けながら、銀子は口を開いた。
「君が彼女を捨てて高みって奴を目指すのなら自由にやれば良いわ。あの子だって守られているだけじゃなくて、一人で歩こうとしてるんだろうしさ」
「‥‥」
 久蔵は応えない。
 ――ま、織り込み済み。
「ただ、君がもしあの子が目指す先と同じ人を探してるのなら‥‥少しだけ力を貸して欲しいわ。あたしらよりは色々場所知ってそうだしね」
 藍の予測は恐らく、概ね正しいのだろう。ただ――その扱い方という点で、銀子と藍はスタンスに違いがある。
「‥‥何?」
 そうして引き出した反応に手応えを感じて、銀子は笑みを深めた。

「探してるんでしょう、アリサを?」

 音が、絶えた。


 交戦のただ中で、トヲイは思考していた。
 気がかりはやはり、フィーの事だ。言動、状況を踏まえてもプロードには利がない。
 矛盾を紐解く結論は、一つ。
「フィーを斬ったのは、久蔵の独断か」
 外道、とも言える所行だった。それを武人然としたあの老人が為した事が信じ難くもあり、同時に頷けもした。そこには多分に、トヲイの感傷も混じってはいるだろうが――。
「‥‥このままでは、埒があかん」
 ――利用できるか?
 小さく、呟いた。

   ○

「あはは! 動きが鈍くなってきたね。最初に誰が脱落するかなぁ?」
「‥‥チッ」
 吹き荒ぶ風は、激しさを増していた。有効打に欠ける傭兵達は致命傷を避けながら、それでも活路を見出すべく奮戦していた。
 だが、どうしても手傷は嵩む。圧挫した筋組織が悲鳴を上げるのを、無理矢理にねじ伏せながらの戦闘だと言う事を見透かしているのか。少年は高く、嗤う。
 主に猛撃に晒されているのは、炬烏介と現の二人だ。拓海は機動力が相まって十全に回避を果たせている。それ故に自然、少年の狙いも二人に集中しつつあった。
 ――それで、いい。
 最も、それが二人の狙いでもあったのだが。
 地上で足掻く彼等には、『それ』が見えていたから‥‥今は、少年の注意を惹けるように十全を果たすつもりだった。
 炬烏介は見上げたまま、おもむろに自身の腹部を指し示す。
「‥‥ハ、見えるか、下種‥‥この刺し傷、あのゼンマイ人形‥‥最後の他傷、だ‥‥クク」
 堪えきれぬように、嗤った。自身にない感情を、絞り出すように。捻じ合わされた笑いは歪を極めていた。そして、それ故に凄みを帯びる。
「実質のトドメ手は、俺‥‥だ。テメェのお気に入り、アホ面構えて逝っちまったぞ‥‥!」
「‥‥ふぅん、挑発する気?」
 そこに潜む意図を見透かせぬほど、プロードは愚鈍ではない。ただ、その目に喜悦の色が薄れた事は傍から見ても明らかであった。それを見て、現が続く。
「喪って、心が痛むんだろう、プロード!」
「‥‥」
 執着を見せる少年に同情しないでもない、が。現は敢えてそこに切り込んでいく。
「フィーが大切な存在だったら護ってやれば良かった! 殺し合いに参加させずにな」
「‥‥君達が、それを言っちゃうんだ」
「言うも何も‥‥な。全てを想い通りに出来るという傲慢が、フィーを殺したんだぞ」
 追い打ちのような拓海の言葉に、少年は、空を仰ぎ見た。
 己の表情を見られぬように、かもしれない。
「身の程も知らずにフィーを殺した、君達が‥‥!」
 明らかな激情が、見て取れた。だらり、と垂らした両の手からは――血よりも紅い、風。
 これまでとは違う、剥き出しの殺意を前に――。

「聞きたい事がある、プロード」

 男が一人、踏込んだ。

●業炎
 久蔵は、言葉を返さない。
 だが、これまでの無反応とは違う、沁み入るような手応えがあった。
「‥‥久蔵さんの目指す高みってのは、自分一人だけで辿り着いて満足なところなの?」
 違うんじゃないかな、と。言外に哉目は言う。
「別に私は、貴方を討つ事を厭うて無いけど‥‥でも、貴方がいないと面倒くさい事になる人がいると思う」
 当事者でなくとも、その言葉が何を意味しているかは容易に解った。
 ――引き込もうとしている。
 久蔵は、率直で、不器用な二人を前にそう思った。思えば、最初に斬り飛ばしたあの娘も、と。
 その甘さが愉快に感じたか。
 ‥‥それとも、現実の苦さに、達観したか。
「くく」
 小さく嗤う老人に、哉目はそっと、手を延ばした。隔たりがそっと、解けているのを感じたから‥‥こう、言った。

「残った腕で、刀じゃなくて誰かの手を握ってあげるのだって悪くないと思いますけど‥‥例えばこの地球を救う為に、私に手を貸してくれても良いんですよ?」
 ひとひらの、沈黙。
 そして。

「カカカッ! 青いな、小娘!」
 その言葉の青さに、老人は大笑した。
 なぜだろう、その笑い声が、哉目には少し寂しそうに見えた。

「『己に裏切れだと? よう言えたものよな』」
 そうしてまるで、吟ずるように言う。

「『己は、斬るさ。貴様らの甘さも、全てな』」
 まるで誰かに、聞かせるように。
 そこで。
 漸く、銀子はその事に、気付いた。
 ――この会話が、全部‥‥筒抜けだとしたら。
 傭兵として戦い始めて長い。その事例を、銀子は知っている。

「その浅慮、その未熟‥‥貴様らでは、己の変わりにはなりはせんわ」
 欠けた腕を撫でながらの最後の言葉は――極々自然に紡がれた。

 手には未だ、刃。
 その様子に、銀子は深い悔恨を抱いた。

   ○

 動ける。
 藍は漸く、その手応えを得た。傷も痛みも、深い。瓦礫に日本刀を突き立てて、寄りかかるようにして立ち上がった。
 視界を巡らせる。埃と血で重くなった長髪が視界を妨げるのが鬱陶しかったが‥‥見つけた。
 砂色の風が舞う中で、久蔵が小さく呟く声が、聞こえた気がした。

「行くぞ」

 訣別の、声だった。
「‥‥行かなくちゃ」
 その声に、藍は加速を意識する。

 瞬間。


 ―――――。


 結末は、余りに軽い音で。

「‥‥こ、」

 ただ、それに相応しい、アカイロをしていた。

「こ、んな‥‥幕切れ、かよ」

 大量の血が口から溢れ、腹圧を受け止めなくなった腹部から――。

「久蔵、さん!」

 今度こそ、藍は迅雷となって駆けた。

●代償と成果

 死中に活。その言葉を喩えようとするならば、それに尽きる。
 紅い風を撓ませた少年の前に立った男――トヲイの言葉。
 聞きたい事がある。
 そう告げた男に、少年は無言で続きを促し、そして――。

「何故、久蔵にフィーを斬るように命じた?」

「‥‥」

 轟々と音を立てていた風が、鎮まった。それは、あまりに儚い、破滅的な静寂を生む。

 見上げるトヲイは続ける。朗々と歌い上げるように。

「あの時、久蔵からの横槍が無ければ‥‥俺達は、フィーを倒せなかったかもしれない」

「‥‥」

 詰問するように。そして、刃を差し込むように‥‥結ぶ。

「なぜ、フィーを、殺した」

「‥‥はは」

 少年の声に。嗤いに。
 限界まで押し固められたアカイロの風が、颶風に転じた。

「あはは、あははははははは!! そういう事かぁ、そういう事だったんだね、久蔵‥‥!」

 少年はもう、誰も見ていない。
「あぁ、亡骸くらいは見に行ってあげなくちゃ‥‥こんな茶番、意味ないもんね。さっさと終わらせよ」
 練り上げられたアカイロが――破壊の颶風が。

 堕ちる。





 瞬間。
 銃声が、響いた。


   ○

 銃声の主は、廃ビルの屋上から銃口を構えた、ラナだった。
 剥き出しの殺意――隙を、確実に捉えた一撃は、これ以上は無い奇襲。
「はぁ?」
「見下される事には‥‥慣れていないんですね」
 己が撃たれたという事実‥‥痛みを、口元から溢れたアカイロで認識したプロードは、その言葉を聞くよりも速く、颶風を解放。
 見て、その颶風の不吉さに囚われる前に、ラナは全速力でそこを離れようとした。
 だが。
 それは今までと違う、プロードというバグアの本気。
 逃れようとするラナに赤い颶風は易々と追いすがり、喰い破り、虚空へと舞い上げた。
 追撃しようとした少年は自然、地上から背を向ける形となる。
「もう、終わりにしよう」
 声は、誰のものだったか。地上から放たれた幾つもの銃弾が少年の脇腹を抉った、刹那。
「く‥‥っ!」
 如何なる力が働いたか、少年を支える風が――乱れた。荒れ狂う風を強引に従えようとする少年は、墜落はしない。
 だがそれは、徹頭徹尾、致命的なまでな隙で。

 その隙を待ってる者が、居た。

「叩き込む‥‥‥‥!」

 地上に、武人が一人。長大な剣を下段に構え、大きく踏込んでいた。
 切っ先には紅い剣の紋章。それが――トヲイの斬撃から伸びた衝撃波で、砕けた。
 両断剣・絶。それを呑み込んだ衝撃破は、荒ぶ風の中を貫くように奔る。
「‥‥生、意気、な‥‥!」
 少年は、これまでのような大きな回避行動がとれない。
 だから、手に籠められた残る颶風を解き放つ。

 紅い颶風と、無色の衝撃。
 ――それは互いに互いを貫き、バグアとヒト、双方を喰い破った。


●託されたのは

 彼方で、破滅が渦を巻いていた。
 その場に居た者の中で、ただ、フェイルだけがそちらへと視線を投げる。
「‥‥派手にやってますね」
 消化不良気味な、酷く退屈げな声だった。
 ――終わってしまいましたね。
 望んだだけの、ただただ深い闘争を得られなかった事が物足りなくて、小さく息を吐いた。

「久蔵さん!」
 刃を支えに膝をつくのを堪えている久蔵に、藍が駆け寄った。一目で致命傷と知れたが‥‥それでも。
「‥‥私、が、爆弾を、解除できなかったから‥‥!」
 これまで幾度も意識はしていたが、それを為せずに来た事を藍は悔やんでいた。
 為す術もなく、そして、取り返しのつかない結末を、悔やんでいた。
 目の前で老人の身体から溢れて行くアカイロが、零れてしまった未来を吐き捨てたくなる程に意識させる。
「ごめん、なさい‥‥」
 震えた声でそういう藍を前に、銀子と哉目は、何も言えずにその光景を目に焼き付ける他なかった。
 望んだ結末では、無かった筈だ。
 そして、最後まで久蔵は自分達を手を取るに足ると見なかったこともまた、事実で。

 だから。

「‥‥聞、け」

 久蔵が口を開いた時。

 その先を、予感して。酷く、胸が痛んだ。
 掴めたのは、自分達の成果だと、思う。
 それだけに――掴めなかったものが、重く感じられた。



To be continued.