タイトル:【彷徨】acediaマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/05 01:29

●オープニング本文



 鮮血に塗れてでも、全ての外界を振り切って‥‥切り離すことを望んだ。
 痛みも感傷も何もかも、全てを。

 何かを決めるのはもう、いやだった。
 自分のせいでなにかが変わるのは、もう。

 身を刺すような泥の中で生きるのは、もう。

 ――いやだった。



「‥‥でも」


「貴方が、来てくれた」



「そだ! こないだのアレ、喜んでくれたかな。『感動の再会』! あーあ。ホント、嵩張っちゃうけど声だけじゃなくて映像も見れるようにすればよかったよ‥‥アトレイアの顔とか、きっと‥‥とても見ものだったと思うんだよねえ。久蔵。君も君だよ。斬りたい相手だったんでしょう?」
「‥‥」
「‥‥はぁ。返事してよとは言わないけどさ。君もフィーもせめてその無表情だけは何とかならないかなぁ。アリサとか、アトレイアはもっと色々な反応を返してくれるのに‥‥」
 落胆の溢れるプロードに、老人は無反応を貫く。取りつく島も無い老人の姿に、少年の姿をしたバグアは嘆息を一つ‥‥深く、吐いた。その吐息に応えるように、傍らで静々と立っていたフィーが小さく頭を下げる。
 フィーが徹底的に会話というものに不向きな以上、久蔵が黙り込むともう、プロードにはどうしようもなかった。
 こんな些細な事で自爆装置を振りかざすのも大層興ざめであるし‥‥二人の反応も容易に想像できたから、小さな苛立ちを感じながらも彼は話題を変える事にした。
「ま、いいや。ねえ久蔵。来てばっかりだけど、お引っ越しの準備をしてもらえるかな」
「――何処へだ?」
「お。やっと返事してくれたね! 場所はねぇ‥‥メトロポリタンX、だよ」
「‥‥ほう?」
「エドガー‥‥って、解らないよね。ゼオン・ジハイドの1人なんだけど、彼が北米のバグア連中に声を掛けて、メトロポリタンXまで撤退をしよう、って言っているのさ。僕らの場合は‥‥この通りだしさ。必要無いと言えば、必要無いんだけど。久々にあのカタブツに会ってみるのも面白いかなって思って、ね」
「‥‥成る程な」

 ひと呼吸。

「アトレイアは、どうする気だ?」

 老人の声は、そこ――聖堂に、余韻を残して鈍く響く。
 余韻の理由は、淀み無く言葉を継いでいたプロードが呆気に取られて言葉を無くしたからだった。唐突に降りた沈黙の中、老人は返答を待つ。
 じきに――老人の予想通りに、沈黙は笑い声で切り開かれた。
「‥‥あは、あはははっ! そっか、あの子の事が気になるかな、久蔵。それとも‥‥アリサの事の方かな?」
「‥‥‥‥」
「んー‥‥向こうに行ってから色々やろうと思ってたけど‥‥気が変わったよ。こっちに居るうちに、何かしてみるのも悪くないね」
 言って、愉しげに思考を巡らせる少年は指折り数え、どの案が良案かを捻り始める。そんな折に、老人はまたも言葉を紡いだ。
「彼奴は‥‥いずれ此処に来るだろう」
「へえ‥‥なんで?」
「屋敷に己の手記がある。昔の物だが‥‥そこに、此処の事が記してある。もし彼奴に相応の気概があるのならば、手がかりを求める筈だ。時間はまだかかるだろうが」
 昏い色を纏った視線が、その室内を巡った。
 ――まさか、お前が以前と同じく此処を根城に使っているとは奴も思うまい。
 老人は嘲るように嗤った。その侮蔑は、少年に向けられたものでは無い。


 それは――。





「お前なァ」
 アトレイア・シャノン(gz0444)が持ち込んで来た依頼に、ジルベルト・マーティン(gz0426)の凛々しい太眉が歪んだ。アトレイアはそれを見て、気まずげに視線をそらした。
 彼女が持ち込んだ依頼の内容は――多少、非典型的だが、奇妙なものではない。
 滅びた街の、朽ちた施設への調査。ラテン男が吐き捨てたのは、そこではなく。
「てめェまた一人でヤリやがったな」
『‥‥すいません。でも』
「未調査の競合地域だったから、だろ? 見りゃァ解るが‥‥ッたく」
 言って、ラテン男はガリガリと頭を掻きながら挑むように申請された内容を見つめては宙をにらんだり、指先で小刻みにリズムを刻んでは、固く目を瞑ったり――とにかく落ち着きがない。
 そして。

「このアホッ!!!」
『ひゃっ!?』
 叫んだ。




「プロード様。ミス・アトレイアと、その同行者を確認しました」
『えっ、早くない?』
「‥‥‥‥」
 フィーが判断を待つ最中も、通信先では忙しなく『準備』が進められる音がしていた。
『あーもう! フィーは時間を稼いでおいて!』
「了解しました」
『己も出よう』
『あ、そうしてくれるかな。君、此処に居ても何もしないもん‥‥』
 この晩餐には相応の準備が必要な事は、フィーも知っていた。彼女の主が凝り過ぎたの所為かもしれない。
 にしても――アトレイアの来訪が『早過ぎる』ように感じていた。それとも、知ったのが遅すぎたのか。
「‥‥‥‥?」
 思考の端で、何かが引っ掛っているのを感じた、が。
 じきに、少女は思考を放棄した。
 いつも通りに。それは、彼女の領分ではないのだから。


 ――コレに懲りたら無茶ばっかりするのはやめろよ?

 叫ぶだけ叫んで、後は気が済んだとばかりに依頼を受理したラテン男の言葉が、脳裏で過る。
 無茶。
 そう、無茶だったのだろう。アトレイアには痛い程にそれが解った。
 この街も、これまでに見た滅びた街と何ら変わらない。軍事的にも、資源的にも恵まれなかった小さな街の成れの果て。
 だからこそ、寂れたそこに一人で此処の調査に訪れた際、遠巻きに眺めるに留めた事は、正解だった。
 今。彼女の視線の先。
「来たか」
 そう言って佇む老人と‥‥物言わずに礼をする、カソックを纏う銀髪の少女がいた。



 アリサは、投獄されていた。
 当時のアトレイアはそれを知れる状況には無かった――あるいは、何らかの事情で知らされなかっただけで、その事を久蔵は知っていた筈ではないのか。
 傭兵は祖父が娘をずっと探していたのではと言った。ならば、それはいつだろう。いつから、いつまでだろう。
 それを調べるために、アトレイアが久蔵の自室を探り‥‥見つけたのが、彼の手記だった。
 あまり多くの事は記されていないそこには‥‥かつての事が、少しだけ記されていた。
 それが、今彼女達がいるこの街とある施設のこと‥‥そして。
 彼が、アリサを連れ帰る事に失敗したという――結果だけが、少しだけ。

 だから、此処には手がかりを求めてきた筈だった。
 無論、プロード達がいないと思っていた訳ではない。
 傭兵達に依頼をだしたのも、その為だ。だが、彼女にとって腑に落ちない事があるとすれば。
 ――何故、今、外に出て来たの‥‥?
 最初に偵察した時には存在を感知できなかった彼等が、今はこうも堂々と現れている。
 アトレイアの問うような視線を前に、老人は、ただ嗤った。

「悪いが‥‥小僧の希望でな。少し、己達と遊んでもらおうか」

 ――何故、時間稼ぎの意図を、隠しもしないの?

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
不破 炬烏介(gc4206
18歳・♂・AA
黒羽 拓海(gc7335
20歳・♂・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
フェイル・イクス(gc7628
22歳・♀・DF
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

●Before→
 御鑑 藍(gc1485)は辺りを見渡す。そこは枯れた街並だ。北米の良く有る小都市。今までに何度も見て来た、触れれば崩れてしまいそうな街。
 何故だろう。藍はこの街の何処かに、生の空気を感じていた。
「‥‥また一人で危ない事を」
 じと、と藍が横目でアトレイアを軽く睨むと、アトレイアはそっぽを向いた。真っ直ぐな指摘は痛いが、何も言えなくて。だから、彼女はそれを曖昧にやり過ごそうとした。
 だが。
「まだ一人で戦っているつもりなのか」
 いい加減にしろ、と。月野 現(gc7488)。
 彼女が望んだ曖昧さを強引に崩す堅い声色で。それは、慮るような声であると同時に怒りの籠った声でもあった。
 彼女の抱く執着は理解できているつもりだ。それでも。
「本当に求めるモノがあるなら‥‥頼ってくれ」
 例え、それでどれだけ彼女が醜態を晒す事になったとしても。男はそれを望んでいたし、そうするべきだと思っていた。
 募る言葉に、アトレイアはしばし何も返せなかった。
 じくり、と。胸の奥が痛む。
 ――違う。
 そんな衝動が、ただただ痛かった。
 不和 炬烏介(gc4206)は、そんな彼女じっと見つめている。その胸の裡や懊悩‥‥そんな、心が動く事そのものに惹かれるように。
『‥‥頼ってますよ』
 俯いたアトレイアは、そんな炬烏介の視線に気付かず、現の方を向く事も出来ずに。それでも正直に言った。それ以外に言葉も無く、それ以上に言葉を継ぐには、その衝動が彼女の中で凝り固まり過ぎていた。
 しばし鈍い時間が過ぎる。歩む音だけが廃ビルに弾けては消えていく。
「‥‥次は最初から、依頼に出して下さいね」
 空気を察したか、藍はそんな風にその場を締めた。


『敵』が現れたのは、そんな時の事だった。


●→After.
 久蔵の言葉に緊迫が満ちた。瞬時に戦場を覆った殺気に、その場にいた十人の能力者は余さず武器を構えている。
「フィーの他に鬼が一匹――奴が四ノ宮久蔵、か?」
「ああ」
 拳を掲げた煉条トヲイ(ga0236)の言葉に、黒羽 拓海(gc7335)。応答に、トヲイは微かに目を凝らした。堂々たる立ち姿に何かを見通そうと。
 血縁でありながら、彼女と人類を裏切ってバグアについた男。
 そんな男に、トヲイは自分を重ねる事が出来ていた。苦笑とも衝動ともつかぬ渾然とした笑みが浮かぶ。希求するは力。老人の渇望に、何より男の心が逸る。
「‥‥武に取り憑かれた顔をしているな」
「力にだけ、かもしれないけどね」
 狐月 銀子(gb2552)は、そんなトヲイの様子に微苦笑を抱いていた。暑苦しさには自負があるが、素直に笑い飛ばせないのは、違和感を覚えていたからだ。自分には理解できていない事なのかもしれないが、それ故に‥‥眼前の武人を、トヲイのようには認められなかった。
 他方。拓海の視線は久蔵ではなく、傍らに立つ大神 哉目(gc7784)の方へと向いていた。
 過日の彼女の無謀を思い出す。
 あの危うさを男は既に知っていた。またあれが繰り返されるかもしれない‥‥そんな事を思っての視線だった。
 ――ほう。
 しかし、彼はすぐに敵へと向き直った。動きに合わせ、手にした日本刀の美しい刃が光を返す。口の端に浮かんだ笑みは、振り返った先で哉目の表情を確認していたからで。
「‥‥ふん」
 アトレイアから視線を外し、傭兵達に視線を巡らせた老人はそんな彼女を見て鼻を鳴らした。言葉や態度は不満げだが、愉しげな気配を抱きながら。
「捨てたか」
 老人は何を、とは言わなかった。
「いえ、思い出したんですよ」
 そんな老人に、哉目は言う。
「全てが塵芥に、無価値になってしまう前に‥‥思い出したんです」
 哉目は眼前の老人を見つめながら、同時に遠くへと想いを馳せる。
 もう戻れない、二度とやり直す事が出来ない時間の事を。
「私、言ってたんですよ。『待っていても何も変わらない。自分から行け、って』」
「無責任な言葉よな。木偶?」
「その判断は私がする物ではないと判断します。また、訂正します。私は木偶ではありません」
 空虚な言葉が足下に落ちていくのを嘲る老人の目線が、哉目へと返る。
 ふと、哉目はある事に思い至った。フィーの対応、その根底には無関心があり‥‥だからこそ彼は、彼女に似ていると言い捨てたのだと。
 返す言葉もなかった。
 でも。
 ――そんな自分を。
「それでも、あの子はそんな私の言葉を信じてくれた。最後まで、自分の意志を突き通してくれたんです」
 此処が戦場だという事が嘘だと思えるくらいの晴れやかな笑みで、彼女は笑った。
「だから、今度はあの子の信じた私の言葉を、私が信じてみます。私を信じたあの子の意思を、間違いにしない為に」
 胸の奥は、今だって痛いままだ。それでも。


「あの子の願いを塵芥に、無価値にしない為に‥‥もう、目を逸らさない。だから」

 ――とりあえず、目の前の人類の敵を、殴り倒します。


 そう言う彼女からラナ・ヴェクサー(gc1748)は眩しそうに目を逸らした。それはきっと、無自覚な行為。
 彼女は敵を見据える。依頼と、状況と、彼我の戦力と。その事だけを考える。どう動くか。どう、戦うか。何を目指すか。幸いにして、此処は戦場だった。そういった他事は、後に回せば良い。
「そろそろ始めませんか?」
 募る言葉を切り捨てるように婉然とそう言ったのはフェイル・イクス(gc7628)。両の手に据えられた小銃が鳴る。そこに籠められた暴威を解き放つのを心待ちにするように、彼女は笑んですらいる。
「ここまであからさまだといっそ清々しいですけど、時間稼ぎに付き合う道理もないですし」
「‥‥そうですね」
 ラナは言葉を継いだ。ちら、と。アトレイアの方を見据えながら。
 挨拶を交わした時とは違う、膿んだ気配を彼女は感じていた。どことなく自分に似た気配を。故に彼女に語るべき言葉を、ラナは持ちあわせてはおらず。
 ――行動で成果を出し、助力としましょう。
 そう思うと、同時。

「来い」

 老人の声に引き出されるように、ラナは地を蹴った。

●Engage→
 前へ。思考は直ぐに結果へと反映される。
 足音が木霊する。ラナに続いてトヲイ、藍、炬烏介、拓海、現、哉目、アトレイア。計十六の疾走を、相対する敵は待った。フィーが完璧な所作で細剣を構え、久蔵は刀の峰を肩にかける。キメラ達は、フィーに付き従うようにその背に。
 詰まるまで数瞬か。駆けながら、ラナは並走するアトレイアに囁くように言った。
「私達は突破を。証拠が消される前に調査を」
 その意味にアトレイアは僅かに逡巡したが、頷いた。直後。その背を押すように、砲声と銃声が響く。
 銀子とフェイルが、緩やかに距離を詰めながら射撃していた。光条と銃弾が疾走する八名の背を追い抜き、敵の陣容へと容易く到る。着弾の快音を聞きながら、走る傭兵達はそれを見た。

 フィーがキメラ達を『庇う』姿を。

 銃弾と光条を受け止めたカソックの裾は、何事も無かったかのようにはためいている。
 しかし、僅かにその黒い布地の表面が熱に焦げていた。銀子の砲の威力を、纏う赤光も減じ切る事が出来なかったか。
 微塵も揺るがぬその姿に、フェイルは高揚を覚えた。
 やはり、この二人は良い。この女の内心を簡潔に言えば、こんな所だろうか。
 しかし、早く決着を付けたいと思わなくもなかった。彼らは愛すべき敵であると同時に、この戦場における障害でもあったから。
(‥‥タイミングが、悪過ぎますか)
 この戦場における目的は目の前の難敵を、仲間達に突破させる事だ。
 銃撃は止まない。その銃声を貫くように――今度は、前衛がそこへと到った。統制された獣達の狩りのように、次から次へと銃弾や光条を遥かに上回る圧力で迫る。僅かに距離を開き射撃を開始したラナ、現を越え、残る六名が最後の一足を踏込む。
 狙いは明確だ。四体のキメラ達。まずは数の優位を得ようというのが傭兵達の意図だった。しかし。

「‥‥木偶ばかりでなく、己をも無視するか」

 傭兵達は、敵の戦術を見誤っていた。幾人かはフィーの能力を知っていたにも関わらず、キメラ達を前に出すとそう決めてかかっていた。
 キメラを撃破する。その為に越えるべき壁が二つある事を、見落としてはいなかったか。

 唐突に落ちた声ごと叩き切るように、斬撃が振るわれた。

●Charge.
 ――流れを持って行ったか。
 トヲイは思考する。
 大気を焦がす程の赤い残撃は、横に。
 緩いその一撃は、屈み、あるいは這うようにすれば避ける事は容易い程度のもの。事実、傭兵達は誰一人として欠けてはいなかったが――トヲイはそれを、『避けさせられた』と感じていた。
 戦術は確かに噛み合なかった。だが、それだけだとも男は思っていた。なおもキメラを庇おうと立つフィーに、あらゆる攻撃が集中しようとしていた筈で。
 それを、断ち切った。
 視界の中。あらゆる傭兵が各々の姿勢から地を蹴りだしている。
 男もまた右の足に力を込める。空いた距離は詰めれば良い。崩れた流れは、編み直せば良い。
 目の前の老人への共感と賞讃を抱きながら。
「‥‥だが、俺の相手は、貴様にあらず――!」
 往く。

 斬れぬものを斬った。銀子もまた、老人の動きを『意味』で捉えていた。
 力に裏打ちされてはいるが、それは老人の技だったと銀子は思う。
 だけど。
「力なき正義は無力、そう思うけどさ」
 だからこそ、か。
「誰にも負けぬ力を手に入れたからって、そこで終わりなのかしら?」
 銀子はそう呟いた。砲撃を続けながら進めば、距離は緩やかに詰まって行く。その、視線の先。
「チャージ」
 フィーの言葉と共に、立ち上がり踏込まんとした傭兵達の前衛へと、天使型キメラ達が一斉に踏込んだ。
 無表情に、しかし雄々しく大剣を振りかざす天使達。

 衝突は、激しく。


●Through→
 動きは対称的に、二つ。
 完璧なタイミングの突撃に、それでも藍や拓海、哉目、アトレイアは即応していた。藍の軌跡を蒼い光が彩り、ラナの加速を雷翼が彩る。突撃をかけるキメラ達の、その側面へと往く。

 他方、正面。
 男達は引かなかった。
 炬烏介の拳武器に据えられたSESが高らかに駆動すれば、それに応じるように右の拳から炎が溢れる。
「天使」
 真っ正面に、殴らんと欲する敵がいる。振り下ろされつつあるそれを前に。
「てんし‥‥テンシ!」
 踏込む。左手でその大剣を受けた瞬間に、肉が割ける。動脈まで到ったそこからたちまち血が溢れ。
「失せろ、紛い物‥‥!」
 直後振り抜かれた右の拳が、天使型の一匹を捉えた。踏込んで来ていた天使型に真っ向からのカウンター。弾かれるように天使型の体が泳ぐ。
 同じような結果が、随所で違う形で刻まれていた。現は掲げた盾で二匹のキメラの一撃を受け止めていたし、トヲイの一撃はより重く、キメラを穿っている。
 衝突の直後、僅かな膠着が生まれ、

 ――剣閃と打撃、銃声が同時に続いた。

 銃撃はフィーのもの。キメラ達を囮に側面へと到った四人へと銃弾が走る。それは拓海とアトレイア、哉目を違わず穿ち、藍、ラナの肩を僅かに舐めた。
 着弾と斬撃、殴打の交錯。
「‥‥ッ!」
 痛みを堪えながらの藍の高い気勢が響いた。衝撃で泳いだキメラの体に淀みなく差し込むように突けば――天使型は声無き苦悶を示し、痙攣しながら膝をつく。瞬後、天使型の頭部がフェイルの射撃で吹き飛び、アカイロが咲いた。
「いい加減、天使の相手も飽きてきました。そろそろ舞台に上がったらどうです?」
 そんなフェイルの言葉に、キメラ達の身体が大きく揺らいでいく。攻撃に偏った四体のキメラは傭兵達の集中攻撃に耐えきれない。その身を代償に傭兵達の多くにダメージを刻み、沈んだ。
「行くぞ!」
「はい」
 キメラは討った。ならば、傭兵達の動きは既に決まっている。現の声に、ラナと拓海が迷い無く地を蹴り。

「それを選ぶかよ‥‥愚か者が」

 突破を図ろうとする傭兵達の前で、再度、老人がその刃を振るおうとしていた。先程のような温い一撃とは違う事は一目で知れる。その殺気と視線の鋭さに射抜かれて、二人に続こうとしたアトレイアの足が止まりかけ――。

「アトレイアさんのやりたい事は、ここで戦う事?」

 哉目の声が、そう紡がれた。
 ――違う。
 シンプルな問いに、アトレイアは思う。絡み合った状況に選びたい事は山ほどあった。でも、決して、ただ戦う事では無い事は確かだった。
 そして。
「往け、よ。お前‥‥の、本当のテキは‥‥何、だ。行け。これは、この戦いは、お前だけの、ものでない‥‥故に」
 ――その言葉で、吹っ切れた。
『はい』
 不安はあった。この状況で奥へと進む事に。でも。
「後方は任せて抜けろ! 必ず護る!」
 突破を図ろうとした四人の、その殿についた現が再度声を張り盾を構えれば。

 行ける。そう思えた。

 前を向き駆ける。その後方で――刃と盾が噛み合う音が響いた。

 崩れて行くキメラの遺体ごと薙ぎ払った剣閃は、颶風と言っても良い。
「‥‥!」
 重い。だが、護ると決めた以上、現はそれを受け止めなければならなかった。
 誤算といえば、『行かせまい』とする久蔵の執着か。追いすがろうとする久蔵は、現でなければ確実に留める事が出来ない。しかしこれ以上、現が殿に立つのに合わせていてはタイムロスになってしまう。
 現とラナの視線が絡む。
 逡巡は。
「ほらほら、行きなさいっ! 引き受けといたげるから」
 銀子の言葉で、振り切られた。
 スパークを曳いて、久蔵へと到った銀色のAUKVの装輪が大地を噛む。無理矢理に体を現と久蔵の間に挟んだ銀子のその手には先程まで手にしていた砲は無く――一振りの、機械剣がある。
「一つ、武人とやらの気持ちを体験させてよ、ねっ!」
 眩い銀光と赤光が、噛み合う。その直後には、藍と哉目が、老人を包囲するように至っていた。
「‥‥ちぃ」
 舌打ちしながら、久蔵は間合いを一つ外すべく後退した。視線は、突破していった四人を振り切って相対する者達へと固められる。
 交錯する視線。
 藍はその眼に、確かな苛立ちを見て取っていた。
 ――あの日と、違う?
 かつての戦闘を愉しもうとする鬼の姿はそこにはないように思え、違和感がちり、と藍の頭を過る。
「木偶、撃てるか!」
「申し訳ありません、試行に失敗しました」
 投げられた言葉の先で、フィーは炬烏介とフェイル、トヲイの三人に応戦している。
「まさか、己らを相手に抜くことを選ぶとはな」
「アテが外れたかしら?」
「‥‥要らぬ事をしてくれた」
 挑むような銀子の声に、老人は、多くを語らないまま。
 ぬらり、と。刃を構えた。

●interlude.

 ――プロード様。ミス・アトレイアが、傭兵三名と共にそちらへと突破しました。

 うん、『見てる』よ。

 ――‥‥。

 予想外だけど、愉しくなってきたよ。
 フィー達はそのまま時間を稼いどいて。

 ――了解しました。

 久蔵も、いいね?






 ‥‥久蔵?

 ――‥‥応とも。

●redemption→
 突破を果たした四人はただ前を向いていた。
 アトレイアが先行して、往く。その背に拓海が言葉を投げた。
「この先か?」
『そう、ですね』
「彼等が出て来た以上、何も無いという事は有り得ない」

『‥‥』
「後始末をしているかもしれん。だが‥‥罠がある可能性も高い、か」
「そうだな」
 それは、現にしても同じで。
 ――奴の嗜好は理解したくないんだがな。
 苦い感情だ。臓腑に滲むのは、これまでの悪辣に対する――吐き気に似た感覚。そこがアリサが居たという施設ならば。
 ――最悪、アリサが絡む展開もあり得る、か。
「‥‥見えてきました、ね」
 隻眼で見据えるラナ。その先には、一般的な教会と殆ど同じ造りの建物があった。この規模の街の物にしてはやや敷地が広いか。広々とした庭の中に、ぽつんと建つその教会は‥‥。

 紅く、塗り潰されていた。

「‥‥随分と、悪趣味ですけど」
 砂色の光景に紅く佇むそれを見ながら、ラナはそっと息を吐いた。足を止めたアトレイアの反応を、見て取ったからだ。
「事前の、調査では?」
『‥‥違いました。白い建物だった筈です』
「そう、ですか」
 面倒をそれでも真っ直ぐに見つめながら、ラナはそう呟いた。
「‥‥本当、悪趣味だこと」
「これで疑いは確信に変わったわけだが‥‥どうする?」
 現はそう問いながらも――どうするかだけは既に決まっていた。それは、拓海にとっても同じで。
「まずは調べよう。そうでなければ、あいつらに任せて突破した意味がない」
「‥‥だな」
 思い当たる可能性は、そう多くはない。
「行けますか、アトレイア君」
『行きます』
「‥‥では、行きましょう」
 悪い可能性を考えれば考えるだけ、足が竦みそうになる。それでも進むといった女の姿に、ラナは昔の自分に似た影を感じなくもなかった。

●bounds.
「今とは『次』の連続です。さ、踊りましょう」
「申し訳ありませんが、ミス。私には舞踏の嗜みはありません」
 銃声が響く。後退しながらの戦闘を行うフィーを、フェイル、トヲイ、炬烏介の三人が追っている。三人いずれもがこの銀髪の少女に喰らい付かんと距離を詰めんとしていた。
 どれだけ装甲が堅かろうが。
 どれだけ彼女の細剣が精確にその身を抉ろうが。
 彼らは、彼女の本領が射撃にある事を知っていた。

 フェイルがその懐に飛び込んだ瞬間に、それを予知していたかのように銀閃がフェイルの身を裂いた。高く響く銃撃はフィーの纏う堅守に弾かれて地に落ちるが、深追いはしない。銀髪を靡かせながら後退する少女との距離は自然に開く。

 フィーの銃撃の呼吸が出来る、刹那。
「‥‥答えろ。テメェは‥‥意思が無さそう、だ」
「質問の意図が不明です、ミスタ」

 炬烏介とトヲイが距離を詰めていた。
「何故、テメェは、生きてる」
 炬烏介の問いを聞きながら、トヲイは更に一歩を踏込む。真正面から相対する炬烏介の、その側面を取った。
 疾、と気勢が巡れば、堅い手応えが男の身を震わせた。
 ――目が良い。
 横合いから放たれた一撃は、細剣で受け止められていた。吸い込まれるように、己の拳が描く軌道へと伸びるそれを、男は見た。
 ――射撃手の素養が、格闘戦で活きているのか。
 ならば、と。
「ォォ‥‥ッ!」
 更に、踏込んだ。残像すら残す程の速さで、細かく重い連撃が放たれる。それを回避する術のないフィーは。
「ミスタ。貴方がたに殺されず、プロード様に死ねと命じられていないからです」
「‥‥そう、かよ」
 それでもそれを、カソックの裾と細剣を振るい、受け止め切っていた。鈍重なフィーは残像こそ残さないが――。
 フェイルの言葉を借りれば、”次”の連続。その精確さと反応速度は未来予知に届く程に思えた。
 ――手応えは無くもない、が。
 トヲイの怜悧な視線が、真っ直ぐにフィーを貫く。
「あの鬼と並ぶだけの事はある、か」
「そう命じられていますので、ミスタ」
 ――何か、一手がいる。
 トヲイは揺るがぬ少女の姿に、そう判じた。

 彼等が被弾前提の交戦であるのとは対称的に、久蔵と銀子、藍、哉目の交戦は機動戦の様相を呈した。
 久蔵は刀を振るう事はなかった。時折いなし、合気の要領で投げ返すばかりで、それ以外はただ見に徹している。
 だが、かつてとはどこかが違う。
 銀子の攻撃は直線的で、迷いが無い。なのに‥‥久蔵の反応は、鈍い。
 獲物の喉元に喰らい付く獣のように銀子のAUKVが吼え、機械剣が光を曳く。その閃光は、しかし久蔵には届かない。あの時と同じ、紙一重を残して光刃が消えて行く。
 銀子が一足一刀の間合いで挑む一方で、藍の間合いはそれよりも遥かに近く。
「‥‥っ」
 息遣いすら届く程の距離で藍は刀を薙ぎ、あるいは蹴劇を見舞う。
 触れ合う程に近い、紙一重。それが‥‥単純な距離以上に、どうしようもなく遠く、感じた。

「‥‥なぜ、そんなに、つまらなそうなんですか」

 刃は届かなくとも。

「さて、な」

 言葉は、届いた。深い皺の向こうに光る瞳は、渾然としている。

 藍の言葉に応じるように半歩進んだ老人は、振るわれた藍の刃に手を添え、軌跡をずらす。藍の体が崩れたその刹那に藍の足を払えば、少女は勢いのままに倒れ込んでしまう。
 能力者の身だ。ダメージはない。ただ、相手にもされていないと、感じられ。
「‥‥器用なもんね」
 呆れを示すように、機械剣を正眼に構えた銀子は言った。
 不得手な武器。武人気分が味わえると思っていたのだが――何故だろう、落胆の方が強かった。
 現状に執着は無い。仲間を突破させた時点で、彼女の役割は終えていたのだから。
 だから。
「ねえ、久蔵君」
「‥‥」
「貴方は‥‥与えられた力に、満足する人なの? あたしは自分を貫くためのものって割り切るけど‥‥君みたいな人達って鍛錬の成果でも無い物を喜べるものなの?」
 その問いは、極々自然に発された。
「フン」
 久蔵はそう鼻を鳴らすと、距離を取りながら立ち上がる藍を眺めながら。
「登れる限り高みを目指すのが、己のような人間よ」
「そうでしょうね」
「のう、小娘。己が得たのは、只の力ではない。新たな『高み』を目指すためのもの。今の己はな‥‥未熟よ。得た力に、心も技も馴染んでおらん」
 そういって三人を見つめた老人は――酷く、乾いた目をしていた。

「鍛錬にならんのよ、貴様らでは」

 なのに、何故。
 こんなにも‥‥空虚に響くのか。

●welcome→
 古くから巧遅拙速という。
 だが――今回に限れば、全てが手探りになってしまったと言わざるを得ないだろう。
 如何に能力者である彼等とて、闇を見通す事は叶わない。
 何を調べるか。調べようとして、それは、あるのか。
 標なき状態では、自然、難度は上がるもの。

 ――ならば、この結果は必然だったかもしれない。

 その紅い教会には、出入口は二つ。
 窓は黒々としたカーテンで覆われていて、内部の状況は伺えない。

 ただ。
「‥‥気配は、ありますね」
 この静かな戦場には不似合いな、噎せ返る程の気配が内部に満ちていた。壁が厚いのか遮音されてはいるが、感じる。
 ラナはそれを感じながらも、どうするかを決めかねている。
 進むか――退くか。
 別な道もある。それぞれに別れてたとえ誰かが見つかっても調査を続行する、という道も。
 そう、密かに検討していた時だ。
「待て」
 壁に耳を当てていた拓海が、そう言った。
 その顔は、僅かに青ざめていた。
「苦しむ‥‥人の声だ」
 聞いた方が早かろうと、残る三人が耳を当てると。

「一人や二人じゃない‥‥数十は、いるぞ」

 拓海の声と同時、折り重なった苦悶の声が‥‥分厚く響いた。
 それを悪辣と断じる事も、彼等には出来ただろう。それでも彼等の選択が撤退に傾いたとして、誰が責められよう?

 ただ――結論を彼等が下す必要はなかった。

 彼等が突破した事は、既に知られていたのだから。

 つと、風が凪いだ。
 刹那。
「ようこそ、僕達の救いの家へ」
 声と同時に、爆風。

 紅い教会。その内部から溢れるようにが風が溢れる。

 その風は、紅く、粘質で――堅かった。
「ち、ィ‥‥っ」
「アトレイア、君!」
 拓海を初めに、傭兵達はそれから逃れようとするが――間に合わない。

 拙速を選んだが故に。
 接近を、悟られていたが故に。

 その奇襲に、ただの一人も対応出来なかった。


●Bye.

 久蔵が言った言葉には嘘はないのだろう。
 かつてのあの時と通じる所があると哉目は感じた。でも。
「本気で言ってるんですか、それ」
「‥‥さてな」
 これだ。今の久蔵は、必要以上に言葉を重ねない。
 前を向くと自分は決めたのに‥‥肝心の老人が、自分達を見ていないと感じていた。
 もっと遠くの‥‥何かを見ているような。
「‥‥何か、目的があるんじゃないですか」
「時間稼ぎの、意味‥‥ですね」
 哉目の問いに藍が続いても、老人は応えない。
 ただ。佇む老人は、確かに何かを待っているように見えた。

「久蔵君、あんたひょっとして――」


 銀子がそう言いかけた、瞬間。

「終わったか」
 久蔵は遠くを見て、そう言った。
 老人と相対していた傭兵達は、その視線を辿るが、伺い知れない。
 ただ‥‥声には、不吉な予感が含まれていた。
「‥‥いや、始まるな。まだ、これからよ」
 皺を深めながらそう呟いた久蔵の刃が紅く染まり、伸びる。
 一撃の予兆に――傭兵達に、緊張が走る。

 藍も、哉目も、銀子も。その瞬間を待つように、全身全霊でその動きを見据え――。




 交錯は、刹那の間に成された。



 老人の刀。それに連なる、指、手、肩。体幹、脚。全てが、空間を滑るように動く。袈裟切りの、大払い。
 対する傭兵達は――前に、出た。
 三人が三様に。銀子のAUKVがスパークを散らして機動すれば、同じ速度で藍と哉目が接近を果たす。
 神速の踏込みは、四人が同時に成された。

 先に振られるのは、久蔵の長大な斬撃だった。刃は轟々と唸っているのに、技だけは静かに。
 そこに、藍の刀が、触れた。
「―――ッ!」
 気勢。達人の斬撃を逸らすべく全身全霊で振るわれた刃を通して、そこに籠められた力の『流れ』を藍は感じた。
 刃が、逸れる。
 いや。

 逸れ過ぎる。

「‥‥待って」

 藍の声は気勢に流れて、掠れるように紡がれた。
 瞬後には、哉目の旋棍が老人が受けに掲げた片腕を撃ち――。
 銀子の袈裟切りが、同じ手を、断ち切った。

 そして。

 その場に居た誰しもが驚愕する事となる。



 崩れぬままに後退するフィーに、トヲイ、炬烏介、フェイルは果敢に挑み続けていた。
 細かい傷が募るが、致命打には到らない。銃撃を厭い、距離を詰めた分だけフィーの火力は下がる。
 その最中で。
 フェイルはそれを、見た。

 視界の端から、長大な紅い刃が振って来た姿を。

 そしてそれが。


 真上から、眼前のフィーを、撫でた事を。

「‥‥っ?」

 結果は音よりも衝撃となって伝わった。
 幽鬼の刃と砦の如き少女の拮抗は、長くは続かない。
 完全な不意打ちに、フィーにはそれが、老人の刃であることすら気付いていなかった。
 そして。
 気付く暇を与える程、彼女の前に居た傭兵達は甘く無かった。

「『ブッ‥‥殺サ‥‥レロ、タダノ、敵』‥‥ッ!」

 野生の獣よりも尚猛々しい咆哮をあげながら、炬烏介が間合いを詰める。衝撃に揺らぎながらも、フィーはそれに細剣で応じ、迎撃を放つ。
 銀閃は。
 尚も一歩を踏込んだ炬烏介を、その背まで深く、貫いた。
「‥‥了解不能です、ミスタ」
 ごぶ、と。炬烏介の口から血が溢れる。
 彼の拳は、フィーには届いていない。ただ。
「‥‥死ね、よ、バグア‥‥みっとも、なく」
 その背へと、強く組み付いていた。

 素早く細剣を抜こうとするフィーだが――間に合わない。

「貰った‥‥ッ!」

 男――トヲイの気迫が、大気を叩いた。
 紅い剣の紋章を貫くように、『両断剣・絶』が響き、男の腕が振るわれる。
 凄まじい衝撃が、無防備なフィーを叩き‥‥。
 機械じかけの銃の腕を。
 トヲイの剣が、噛みちぎっていた。

 鮮血が舞う。その中で。

「‥‥この距離で外せるほど、器用じゃありませんので」
 ごめんなさいね、と。フェイルの声が落ちるや否や。
 少女の片腕から覗いた暗い穴を、銃弾が貫けば。
 少女の腕が、その肩口から爆ぜた。相対していた傭兵達には、彼女の銃腕に仕込まれた銃弾がその原因だろうとすぐに知れたが。
 フィーの意識は一瞬で、その爆発に呑み込まれた。
 思考も、言葉を紡ぐ暇もなかった。

 もっとも。
 この少女なら、最後の一時まで、何の執着も抱いていなかっただろうが。







「‥‥カカ」
 爆ぜ、崩れ落ちる人形のような少女の姿をみて、老人はそう嗤って。

「『木偶を崩すとは、やるなぁ、傭兵よ』」

 言った。


 機動力が命綱であったラナと拓海、アトレイアは、その奇襲の一撃で身動きが取れなくなった。
「届き、ませんか‥‥」
 風の一撃は、能力者の超機械に等しいか。威力、精度共に桁外れの一撃は、建物の『向こう』から届いた。
 警戒心の裏をつかれたが、それでも避けようと、地を蹴った足を呑み込んだ風は、そのまま身を貫いた。。ラナは血を吐き、焼けるような臓腑の痛みに膝をつく。しかし、何よりも痛むのは――胸の奥で。
「アハハ、リリアとかと比べられちゃ困るけど‥‥僕だって、それなりのバグアなんだよ?』
 その胸の裡を嘲笑う少年に、手加減されていたのだろう。重傷には到らなかったが‥‥純粋な堅固さ故に、現だけはそれに耐える事が出来ていた。
「あ、君かぁ‥‥メンドクサイし、ここで皆殺しとこっかなぁ」
 心底愉しそうにいう声が聞こえた。
「‥‥っ」
 ラナと同様、拓海もまた死に体だったが、喪失の予感に、意志が痛みに勝った。立ち上がり、ふらつきながらも仲間を逃がそうと思考を巡らせ始めれば、現もそれに続いた。
「後方の戦闘状況は不明‥‥か」
「‥‥時間は、稼ぐ。そうすれば目はあるさ。ラナ‥‥いけるか?」
 拓海の言葉に、現。たとえ犠牲を払っても、事此処に及べば、という思考がそこにはあった。

 しかし。

『待って』

 それを留める声が、響いた。

 現達は、動こうとした。護ろうとした。
 ただ――祈るような、囁きが、彼等の動きを留めた。
『今動いたら、皆、死にます。‥‥絶対に、動かないで』
「アハハ、正解だよ、アトレイア。選ばせてあげるよ、君に」
 ――ふふ、僕って優しい。
 そういうプロードの応答には‥‥嗜虐に満ちていて。
 今、彼等を殺してアトレイアを連れ去るか。
 彼等を殺さずに、アトレイアを連れ去るか。
 その二択しかないのなら。

『さようなら』

 彼女にはそれしか、選べなかった。







 その声が消えて、離れていくのを聞いて。
 ――ああ、今頃気付いた。
 現はそう思った。
 ただ、それでも――彼女の願いを無碍には出来ず。


「‥‥アトレイアが、攫われた」

 彼は静かに、無線機に零した。







”Welcome to the hell.AT.”