タイトル:【LW】Wandering Queen マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/21 02:34

●オープニング本文



 傭兵達との一幕から、それなりの時間が経った。
 正直な所、いまだ気持ちの整理は出来ていない。青天の霹靂。私にとってあの日の出来事は、そういうに相応しい。
 ただ、あの日以来私は客を取る事をやめた。一人の男がこんな私に何かを託したまま死んで、その上、年端もいかない能力者達が尽力したのであろう結果を受け止めるには、まずそこから始めなくてはならないように感じたからだ。それは、それなりに生きて来た年長者の責任感に近い何物かとも言えるけど、どちらかというと女の直感に近く、単なる思い切りによるものだったような気がする。

 幸い、私はそこそこ高級な商品として扱われていたので、実入りは良かった。加えて、客受けが良い服やアクセサリーは客自身が買ってくれる程度には、愛想という名のサービス精神が旺盛だったので、特別欲しいものも無く。贅沢な暮らしに夢を見るより質素な夢に胸をときめかせていたおかげで貯金だけはしていたから、あの男の金に手を付けなくても当分生活には困らなそうだったのも理由ではある。

 ――勿論、あの子達が知りうる事ではないのだろうけど。

 くす、と笑みがこみ上げる。胸のわだかまりは、罪悪感に近いものでとても苦い。それでも投げ出さずに立っていられるのは、あの子達のお陰かもしれない。



 一人暮らしには広すぎるくらいの、ワンルームの部屋。そこは、かつての仕事用の服と本棚、それと大きめのベッドが置かれていてもなお余裕がある作りだったが、今は、一角にあの男の遺した物が乱雑に積み上げられていて少し窮屈だ。
 あの男らしい、こだわりの無さがにじみ出ている鞄達。
 ベッドの上で、壁に背を預けながらそれを見ていると、妙に胸がざわつく。

「‥‥ばかなひと」
 あの男は、寝物語に零した、夢とは言えないような願いを信じたという。
 それは、私には手が届かないと思っていた、こうなる前の私が歩んでいたかもしれない、という空想の物語だった筈だ。絵空事だった筈だ。でも、あの男はそれを信じた。

 自然、溜息が溢れる。

 それは、嫌悪かもしれない。突然押し付けられた大金に、それを押しつけた男の身勝手さやズルさに。あるいは、それを受け取った自分自身に対する怒りに似た何ものか。

 それは、期待かもしれない。眼前の大金で、自分は空想した自分になれる。かつてのような怠惰な毎日ではなく、私には馴染みの無い日々に対する、子供じみた興奮に似た何ものか。

 ‥‥そしてそれは、感謝の念なのかもしれない。こんな私を、あんな生活から救い上げようとした、あの男に対する。

 ただ一つはっきりしているのは、そこには必ず、罪悪感が付いてまわっているという事。
 私だけが、あそこから救い上げられた。それは今までに味わった事のない居心地の悪さで。

「あー‥‥」
 どうにも、すっきりしない。


 私は、何をするべきなのだろうか。
 突き詰めれば、この数週間悩んでいる事なんて、それだけの事だ。
 私は、かつて描いていた少女のような夢を実現するべきなのか。それとも、他の形を模索するべきなのか。

 正直なところ、ただ花屋を開くのは嫌だった。ただそれだけの事をするには、背負った物が重すぎた。それは決して不幸な事ではないのだけれど、苦い胸の内を抱えて生きて行く事になるのは目に見えていた。‥‥私とて、そこまで鈍感ではいられないのだ。

 どうせなら、前を向いて生きたい。この苦さも糧に、前を向きたい。それは、贅沢な望みだと、自分でも判っているけど。

 前、か。

 あの子達の顔が浮かぶ。自分よりも年下であるあの子達が、私の代わりに命をかけて戦っているのだ、とふと思った。そこはきっと、私には想像も出来ないような、苛烈な戦場なのだろう。

  ‥‥あの男の顔が、浮かぶ。あの縋るような、優しい瞳。あの男は、過去の亡霊に囚われたまま、逝った。私の中に勝手に何かを見つけたくせに、肝心の私の事はどこまでも置いてけぼりなままで、勝手に死んだ。それはとても悔しい事実だけど、同時になんで彼が死ぬまで戦い続けたのかを、思った。

「能力者‥‥」 
 ぽつり、と呟く。傭兵、戦争、軍‥‥。時折客でやってきていたとはいえ、どれも馴染みの薄いものだ。

 それは、私と彼らの遠い距離を示しているように感じられ、何だか物悲しさを覚える。

 ――ふと、思った。

 何かをする、というのなら。彼らの為になる事をする、というのはどうだろう。
 発想は極々シンプルなもの。

 それは、とてもしっくりきて、一本の芯のような形で私の心の中に残る。
 ‥‥なんだか、あの男に対する意趣返しになるような気もして、何だか楽しくなってきた。

 よし。
 今日は、何か作ろう。出来合いのものではなくて、すこし手の込んだものでも。


 料理をしながら、それを食べながら、お風呂に入りながら、色々悩みに悩み抜いたすえ、結論がでた。
 能力者の為にできること。
 それをやりたい自分、あるいはそれに惹かれている自分はどうも嘘ではないらしい。

 ただ、何が本当に望まれているのか、何が必要なものかが、私にはわからなかった。

 私の唯一の知り合いだった能力者には、こういう時にこそ役に立ってほしかったのに、今はもういないのが悔やまれる。となると、他にあてを探さなくてはいけない。

 ‥‥だから、頼むことにした。彼らの仕事事情はしらないけど、嘘さえつかなければ物好きな人が引き受けてくれるかもしれない。

 鼻歌をうたいつつ、貯金の残高を確認。まぁ、それなりに、それなりの額。‥‥問題無さそう。

「よし!」

 思い立ったが吉日、という諺もあることだし、折角なのでそれにあやかる事にした。身支度をして、戸締まり等を確認して、家を出る。
 ‥‥久しぶりに誰かを接待する事に、こんなに違った感慨を持つ事になるなんて。
 その事に自分でもやや驚きながらも、傭兵達を迎える段取りを組み立て始めた。
 依頼を出しにいく、道すがら。
 世界はこれまでよりちょっとだけ、明るく見えた。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
Letia Bar(ga6313
25歳・♀・JG
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER

●リプレイ本文


 指定された場所は、海辺に面した煉瓦造の倉庫街。その一角に目的のレストランはあった。種々の煉瓦からなる模様は歳月で汚れてはいるが、不思議な趣を備えている。
 中に入ると、そこには肌触りの良い清涼な風の流れと、料理の香りが満ちていた。
 迎えたのは、黒髪碧眼の女性。彼女は居並ぶ傭兵達に見知った顔を見かけて少し驚いた表情を浮かべたが、はにかむように笑うと、傭兵達の来訪に謝辞を述べる。
 そして簡単な自己紹介の後、ささやかな宴が始まった。

●Letia Bar(ga6313
「久しぶり、だねっ」
 私は、女性――エマ・ジェファーソンに対して声をかけた。
 あの時は何もかもが突然だったけど‥‥今、表情は柔らかくなってる。
「ええ。また会えるとは思ってなかった。来てくれて、ありがとう」
 言葉も、また。
 私は近くのテーブルをすすめた。立ったままというのも落ち着かなかったし。

「――という事でね」
 私自身の話を終え、事の経緯や彼女が悩んでいる事に話が及ぶと、私は直感のままに言葉にした。
「お花屋さんも素敵な夢だよっ」
「ぇ?」
 驚いたせいかな。美人の口から少女のような声が漏れた。
「花見ると純粋に和むし。沢山の人を笑顔にできるよ。こんな時だから、とても大切な事だと思う」
 戦ってる私達には、中々出来ないことだもの。
 そう結ぶ。その言葉に、ラルス・フェルセン(ga5133)が言葉を重ねた。
「正直ー、花屋も大いに結構かと〜」
 柔らかな言葉に、エマは傾聴の姿勢を見せる。
「戦った後にはー、荒れた地やー、傷ついた人々がー、残ります〜」
 そんな『心残り』を癒してくれる、そういう花屋もあると彼は言う。
「――癒す」
 胸中での響きを確認するように再度言葉にするエマに、私は続けた。
「私は、出来る事やってほしいかな。胸張ってさ」
 その想いが伝わったか、どうか。
「‥‥ありがとう」
 ただ、エマはそれだけを告げた。

 でも。うーん。
「とにかく、ちゃんと前を向けるのが、いいのかもとも思う。その事は、嬉しくも思うし! んー‥‥」
 花屋以外。これ、結構むずかしい話だよね。皆に傭兵の事、もっと知って貰えたらいいのかなぁ。うーん。

 すると、私の事を見つめていたエマが堪えきれないというふうに吹き出した。
「ふふ、可愛い。‥‥ね。もてるでしょう?」
「えっ!」
 エマと違って、私の声は店内に大きく響いた。うぅ。

●朧 幸乃(ga3078
 Letiaさんと話している様子から彼女が誰か、思い至った。
 ――そう、あの時の。
 私と同じ黒髪に碧眼で‥‥。
 よぎる影はかつての記憶。彼女と重なる、私の――。‥‥同じなのは、髪と瞳だけじゃない、か。

「怪我は‥‥大丈夫?」
 女性の声。そこには、暖かい気遣いが込められている。
「ええ‥‥大丈夫です。ありがとうございます」
「――そう。今日はありがとう。あまり、身体に触るほど飲み食いしてはダメよ?」
 先日の負傷を心配してくれたの、かな。冗談めかしたその言葉にも、彼女の気配りが見て取れた。

 彼女との会話は、とても滑らかなもの。見ず知らずの他人が少しずつ溝を埋めて行くような普通のやりとり。
 ――やっぱり、似てます、ね。
 話しながらそう感じた。

 あの日々が嫌な記憶であっても。それがなければ、私は生きて行けなかった。
 ‥‥だから私は、それを抱えたまま、これからを生きようと、前を向こうと思った。

 彼女にも歩き出してほしい。
 そう思うのはエゴかもしれない。

 やりたい事を見出して、踏み出す。それはとっても小さなこと。けどそれは、誰かにとってはとても素敵なこと。例えば思いを託した彼や‥‥私にとっても。

 そうする事の苦さも、恐さも、痛みも私は知ってる。
 だから。
「‥‥応援します、よ」
 言葉と同時、祈りに似た気持ちが生まれた。ロザリオに手が伸びる。

 ――God bless you.
 できれば、直接戦場に関わらず平和で幸せで居てくれるように。
「ありがとう。‥‥あなたにも」 


 次いで声をかけたのは、フォーマルな装いの辰巳 空(ga4698)。
「能力者も、大半は人間です」
 彼は私が理解しやすいように配慮を示しつつ続けた。
「それでも、周囲との比較や環境で孤独になる事は多いですし、その経緯から罪悪感に苛まされる事も多いでしょう」
 頷く。胸中でゆれる男には、確かに彼が言う通りの影が落ちていたと感じられたから。
 それが問題だったりします、と。彼は嘆息と共に言う。
「今後の話、ですけど‥‥戦時中は、反乱の懸念もあって、それなりに処遇するでしょう」
 甘さを排した、怜悧な言葉。
「でも、戦争が終われば能力者に恐怖を抱くものも多いでしょう。メンテナンスの都合で第三者に左右される能力者の今後は、想像できません」
 ――それは、あまりに酷い仕打ちだ。
 そういう知人が居なかったわけでもないけど、反感に似た何かがちらついた。
「でも‥‥そんなに、暗いものかしら」
 ぽつりと言葉にする。彼は込められた意図を察したのか。
「能力者の能力活用とモラルの維持が出来、能力者自身にもいる『反能力者派』を納得させられれば共存は可能とみています」
「反、能力者‥‥」
 それに、共存。
「そうですね‥‥コミフェを見て思ったのですが、もし普通の人に出来るとしたら‥‥今は文化的活動の支援だと思います」
 コミフェ?
「それによって能力者の孤独を少しは癒す事が出来ますから」

 孤独。そこに、焦点を当てるべきと。
 彼の言葉は、衝撃的な物だったけど、どれも大事な話だった。
 ――彼に礼を告げ、その場を後にした。コミフェの事は帰ってから調べよう。


 幸せそうにパスタを頬張り、ピザも確保しているヨダカ(gc2990)と目があった。彼女は一瞬迷う素振りはしたが、どうぞ、と快く迎え入れてくれた。
「邪魔しちゃ行けない、と思ったのだけど」
「いいのですよー」

「‥‥個人にできる範囲でですか?」
 頷く。
「そういう気持ちを持ってもらえるだけで嬉しいですけど、それって難しいですよ?」

 驚きよりもむしろ、感心した。
 この少女、見た目の年齢の割に凄く聡い。
「うん、わかってるつもり」
「となると、ストレスを和らげるようなサービスですかね」
 精神科医、カウンセリング、猫カフェなど、など。次々と例示があがる。
「やっぱり、癒しとかが大事ってこと?」
 少し気圧されながらも辰巳さんとの対話で思った事を問いかけてみた。

「要するに、やってる事は殺しですから」
 ――心に、滓が溜まっていくのですよ。

 はっとした。その言葉というよりも、その表情に。
「あ。やるからにはキチンと利益を発生させることですね。サービス向上にも繋がりますから」
 過去の事例を挙げながらその意義を語る少女が、私にはなんだか象徴的に思えた。
「ただ、先の事を考えても仕方ないと思うですけど‥‥どうせ、戦争は無くなりませんから」
 産業の話。政治の話。経済の話。解説する彼女の言葉は、明瞭で明快だ。

 ――だから、バグアに勝利しても戦争はなくならないです。
 そう言って少女は困ったように笑った。
 ――因果はめぐる糸車、ですよ。
 その表情があまりに痛々しくて。

「でも、糸車なら」
「はい?」
「なにも、紡ぐ先が同じ物とは、限らないんじゃないかしら」
「‥‥そうだと、いいのですけど」


 少し物思いに耽ってぼーっと立ち止まってしまった。
 それに気付いたのか、春夏秋冬 立花(gc3009)がやって来た。

「実は、報告書を読んだ時からお話してみたいと思っていたんですよ」
 え。
「その報告書には、どういう風に書いてあったの?」
「内緒ですっ」
「‥‥そう」
 強引にごまかされたが、背筋を伸ばしてジュースで喉を潤しながら華やかに話す少女の様子につい笑みが溢れる。
 こんな面白みに欠ける女を、どう書いたらそう思われるのか、少しだけ気になったのだけど。
「とと。遺産の使い道でしたね。一般人の避難場所や避難具に当てて欲しいです。付近の人たちに伝えたり、避難誘導もできると嬉しいですね」
「避難誘導?」
「はい。能力者は一般人を守るために頑張っているわけじゃないですか。なので、ある程度自分で対処できると凄く楽になるんです」
 それはきっと、彼女の経験から出た言葉なのだろう。
「それに、ダイレクトにお金使われても心苦しいですしね」
「そうかもね」
 二人して苦笑してしまった。
 ちょっとだけ、昔を思い出す。それを振り切るように、話題を変えた。少し、彼女自身の事も聞きたかった。
「あなたは、なんで傭兵を続けているの?」
 質問に彼女は笑った。無垢で純粋な笑み。
「夢があるんです。勿論、誰かを守りたいってのもありますが」
「――夢」
「です! そういう意味で私達、似てますねっ」
「そうね」
 苦い気持ちを押しのけるように温かいものが胸に満ちて、気がつけば自然と彼女の頭を撫でていた。猫のように、ぉぉ、と目を細める彼女はとても愛らしい。
「叶えましょう、お互いに」
「はい!」

●大泰司 慈海(ga0173
「やっ! 色々話は聞けてるかなっ?」
「――ええ。ちょっと、悲しくなるくらいかも」
 カクテルを掲げながら声をかけると、彼女は苦笑しながら答えた。
 少し疲れてる?
「こんな時代だしねー‥‥どう。気持ちはまだ、揺らいでない?」
「――どう見えます?」
 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。
 何となくそれに凄く満足しちゃったので、話を切り出すことにした。

「俺はさ、今から先を見据える人って貴重だと思うんだ」
「‥‥そうですか?」
 む。彼女、俺にだけ敬語だ。 
「そうだよっ! 子供達とは話をしたみたいだけど‥‥傭兵には子供も多い」
 確かに『あった筈』の、平和な時代。
 そう。あの子達の中には、戦いしか知らない子だっている。
「そういう子たちのために、非営利団体とか作ったらどうかな!」
 言葉に、エマちゃんの視線が、春夏秋冬ちゃんとヨダカちゃんへと泳ぐ。
 ――その視線は、ぐっとくるほど優しい。
「そっ! 戦争なんかに行く必要のない、『平和な社会』に戻るための施設っ」
 その為に出来る事は、多い筈なんだ。その一つ一つを、挙げては、説明していく。
 まっすぐに話を聞き、時に手帳にメモを取る彼女の姿勢はとても真剣だ。
 他の人もこの眼で見つめられていたのかな。
「どのくらいお金があるのか解らないから、大きい事も言ってみたりしたけどねっ! 足りなかったら、賛同者を集めたりとかしたらいいかも。手間が増えちゃうけど」
「そこは、がんばってみます」
 そういって彼女はくす、と笑った。
 彼女がどういう結論を出すかは解らない。戦後の事っていっても、俺自身の事すら想像出来てないくらいで、曖昧だもん。
 でも、俺はただ、子供達が希望をもって生きられるようになったらいいなぁ、って。

 ――なんでかな。

 強く、そう思った。

●遠石 一千風(ga3970
 他の傭兵の意見も小耳に挟みながら、料理に舌鼓を打っていたら。
「どう? お味の方は」
 気に入った銘柄を見ていた所に、声をかけられた。
「私は、ここの味は好きね」
「そう、良かった」
 そういって彼女は安心するように笑んだ。

 にしても。
 能力者のために、か。妙なこと考える人もいるのね。
「まず。考え方や経緯は十人十色。だから私の意見もそんな中の一つとして受け取って」
「ええ」

 きっかけは、「あの」弟が勝手に能力者になって‥‥勝手に居なくなった事だった。
 そして私は、目指していた医師ではなく能力者になる事にした。

「それは、仇を討つため?」
「どちらかと言えば‥‥弟が目指したという世界が見てみたかったから、ね」
 彼女は共感を示すように頷いた。
 ‥‥たしかに、似てるかもね。

 運良く何年か能力者を続けているけれど。戦って、生き抜くのに精一杯で能力者について考えたりする余裕は無かった。
 だから。
「申し訳ないけれど、提案できる具体的なものは思い浮かばないわ。あなたが普通に日常を送ってくれれば、それでいいとも思うから」
 そう。私にとっては失われたその日常の存在が、一番輝かしい。
「でも、人類は力を得てしまった。それを手放すのは難しい事‥‥だから、私達は多分、ゆっくり進まないと行けなくなる」
 ――その為にも、『日常』は忘れちゃいけない、と。
「そう、思う」
 彼女は私の言葉に頷き真剣な表情で口を開いた。
「私達の今は、貴女や‥‥弟さん達のおかげよ。だから」
「――ありがとう」
 私は、なおも言い募ろうとする彼女の言葉を遮った。それで、十分だったから。
「美味しい料理も頂けたし‥‥色々考えることができたわ」
 彼女は言葉を呑み込んで、寂しげに笑った。
「――そう」


 終わりの時間は刻々と迫っている。
 その頃になるとグラスを手に囲むようにして話をするようになっていた。

 頃合いと見たのか。ラルスさんが口を開いた。
「昔話、ですが〜」
 そこで語られたのは、ある男性の話。
 能力者の為に何が出来るかを悩んだ彼。彼は、一般人と能力者の架け橋になろうと尽力していた。
 でも。その中で気付いてしまった。能力者を意識しすぎて、壁を作っていた事に。

「キミはー、如何でしょう〜?」
 ――能力者を、自ら遠い存在にしていませんか。

 問う言葉は、語調とは裏腹に重い響きを伴っていた。
 傭兵の皆の視線が私に集まっているのを自覚する。中でも、笑みと共に私を見つめる彼の眼は――冷たさすら感じる。

 試されてる?‥‥でも。
 私だって、今日一日で皆の話を――人生を、聞いたんだ。

「能力者が、遠い存在? そんなの、決まってるじゃない」
 だから、言い切った。空気が軋む。

「貴方達は人類の希望で、守護者。先行きも明るく無いかもしれない」
 それは多分、事実なんだと思う。

「でも」
 息を吸う。

「それだけで、私まで貴方達を遠くに感じるわけ、無いでしょう?」
 ――感謝と敬意は抱きこそすれ。
 そう、精一杯の笑顔で言ってやった。

 ‥‥全て、今日この時、此処に居た皆のおかげなのだけど。

「色んな話をして、ご飯も食べて、お酒も飲んだ。それで、十分よ」
「そうですか〜」
 ふふ、と彼の笑みが深くなる。それを見て一気に肩の力が抜けた。
「ありがとうございますっ」
 立花の声がしたと同時、手を引かれて、ぶんぶんと降られた。視界ごと揺さぶられる。
 聞けば、能力者と一般人との間で区別がされなかった事が嬉しかったらしい。そしてそれを周りに伝えて下さい、と託された。
「ふふ‥‥私も嬉しかったかなっ。どう思ってるか、聞けて」
 それを見てたLetiaが満面の笑みでそう言うのを聞くと少し恥ずかしくなった。

 でも‥‥おかげで、何かが固まった気が、した。


 そうして、一人、また一人と店を後にして行った。
 彼らを別れの言葉と共に見送った後、帰路についた。
 得た物はとても多かった。‥‥あとはちゃんと『私』が考えて、決めなくちゃ。

 ――いつか彼らに、良い報告が出来るよう。