●リプレイ本文
(運営注:MSより申し出があり、また内容的に妥当であると判断した為、文字数制限を若干緩和しております)
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もし、一歩『外』へと踏み出せば、そこには音はない。
ソラの静けさ。ただただ広い空間の中で、取り残されているような錯覚すら覚える者もいるだろう。
孤独を感じる自身の立ち位置とは裏腹に地球は静かにその存在を誇示し、その輝きは見る者の心を撫でる。
転じれば、星々の輝きがどこまでも広がっている。人類が、犠牲を払って再び手にした、極限の自然風景。
「初陣だ。行くぞ、羅喉‥‥!」
煉条トヲイ(
ga0236)の言葉に答えるように、その機体の機関が高く咆えた。
加速。
彼が喰らい付く先は大量に浮遊したCW達。『羅喉』に続くように、アルヴァイム(
ga5051)機が往く。
交差する寸前の僅か数撃でCWは爆散し、頭痛の程度で敵の撃沈が知れた。
「うじゃうじゃとまだ出るか‥‥流石に大型衛星の攻略は一筋縄では行かないな」
潰しても潰しても、まだ終わりは見えない。ヘイル(
gc4085)は苦笑すら浮かべて、言った。
「だが‥‥祈りも願いも託された。後は、内部の彼等に任せるとして、俺たちは帰り道を護るとしようか」
『慣らしのつもりで輸送艦の護衛についたってのに‥‥あぁもぉ! そこのキメラうざったい!』
クノスペ部隊に至る敵の露払いをしているエリアノーラ・カーゾン(
ga9802)から届いた嘆きに、ヘイルの苦笑が深まる。
戦力としては大した事ない個体だが、その数が厄介だと言えた。
『ある意味、根比べ‥‥といった所でしょうか?』
遊撃隊【翔凰】の一員として飛び回っているリゼット・ランドルフ(
ga5171)がそう言った。
動員されている彼我の戦力は多く、結果が出るには時間が掛る。言い得て妙と言えるだろう。
『悪あがきを始めたか‥‥もっとも、傭兵の――いや、地球人類の諦めの悪さは筋金入りだよ?』
『覚くん‥‥貴方の諦めの悪さも相当なものじゃなかったかな』
鳳覚羅(
gb3095)がどこか愉しげにそう言えば、笑みの気配と共に、姉である鳳由羅(
gb4323)が応じた。
『‥‥姉さん、覚くん、お喋りする時間はもう無いですよ?』
そこに、鳳 螺旋(
gb3267)が続く。
激戦のただ中で機動する彼等の軽口が、聞く者の緊張を解す。
『CWが居ては全力を出しきれない。降り掛かる火の粉は俺の方で可能な限り引きつけるから、CWへの対処を頼む』
『はーい!』
榊 兵衛(
ga0388)の要請にヨグ=ニグラス(
gb1949)がのびのびと応じた。
「なんともまー‥‥デカイもんですっ」
大型衛星を脇目に、ヨグは自機であるピュアホワイトを進める。ロータスクイーンを展開しながら、味方機の支援を優先しながら、余力が有る時だけCWへと照準を向ける。
「音声認識対応でしたか‥‥つまり、気合ですね!」
などと『気合』を籠めたら、CWへとめがけてレーザーが飛ぶ。減衰された威力だが、繰り返せばCWの一体が爆ぜる。
「‥‥んと、なんかよく解らないライフルですね‥‥」
ヨグ自身は、支援の方に重きを置いていたので細かい事は気にしていなかったのだが、なんとも和やかな戦闘風景であった。
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「‥‥あなたと共に宇宙を飛べること、私は嬉しく思います」
――力を、貸してください。アールマティ。
里見・さやか(
ga0153)の、コクピット内のディスプレイにそっと触れながらの一言で、電子情報の共有が波立つように広がって行き‥‥同時に、その戦域が動き出す。
その戦域に座すブリュンヒルデIIへと向かって、敵が到りつつあった。
『マウルちゃ‥‥マウル・ロベル艦長! 一つお願いがあります!』
『な、なに?』
募りつつ有る敵影を前に昂るように、高らかに声が響いた。勢いのある言葉に怖じつつも、マウルがそう応じれば。
『無事にこの艦を護り切れたら俺とデートしてください!』
『へ?』
『お願いします!』
ゴツ、と打撃音が同じ通信で響いた。頭でもぶつけたか。
『あ。それは聞き捨てなんないわね。ね。これ終わって時間取れたら私ともデートしない? 去年の夏以来ご無沙汰じゃん?』
『なっ!?』
鷹代 由稀(
ga1601)のご無沙汰という言葉に反応し、勇海 東吾(
gb6517)が吠える。
『集中しなさいよ、アンタ達!?』
『‥‥遊び人なの』
『留美!?』
『はは‥‥マウル少佐も、相変わらず元気そうで何よりだ』
快活な笑い声は、白鐘剣一郎(
ga0184)。平素は頼りになる好青年の声も、状況を解決するものではなく、マウルは途方に暮れるしかない。
『で、どっち、どっちなんですか! イエスって言ってください!』
『え、あ、は、はい?』
『‥‥イヤッホォォォォォォゥ! 人生サイコォオオオオオゥ!!』
暫しの沈黙の後、全チャンネルでそんな声が響いた。そのまま、東吾機は軽やかな機動で敵陣に突っ込んで行く。
『今の、聞いたからね?』
由稀はきっと、人の悪い笑みを浮かべているのだろう。
マウルはパタパタと顔を仰ぎながら、留美の視線からそっと目を背けた。
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不意に生まれた重力は、明らかに異質を纏っていた。
浮遊していた身体が、不意に『沈んでいく』中。
エアマーニェの加護を受けた最後の軍勢が、生者を喰らい尽くさんと衛星の内外へと向かっていた。
カルサイト達が言葉を交わす中央部への通路。地球の大気に似た環境がそこにはある。
光が、爆ぜた。
「‥‥邪魔だ!」
響いた気勢は、月城 紗夜(
gb6417)のもの。彼女が投げた閃光手榴弾の光を貫くように、電磁波が足を止めたキメラ達へと届く。
血飛沫が舞う中で、黒い影が踊った。雷翼を曳く影の名を、ラナ・ヴェクサー(
gc1748)という。彼女の獲物はキメラの首を撃ち抜くように振るわれた。弱体した現状でも、彼女の速さにキメラでは遠く及ばない。ラナには思索に耽る余裕すらあった。
例えば‥‥キア・ブロッサム(
gb1240)の事。
『ま‥‥偶には他人の為に働くのも‥‥悪くない、かな。追加報酬の種もあるようですし、ね』
そう零す彼女の口の端には、自嘲の色が薄く乗っていた。彼女達が護る中央部、ブレナーの回収中に何が起こっているかは『解らない』。
だが。
「‥‥他人のため。貴女が」
覚醒故に欠落したラナの胸の中で‥‥どこかに灯るものがあった。
「たっく、何で俺がこんなソラになんてこないといけないとかねぇ‥‥」
そんな二人を他所に、杜若 トガ(
gc4987)はそう吐き捨てた。
バグアの異能故に弱ってはいるが、キメラ達相手に思索は無用とばかりに接近しては、刀で撫で切る。その機動、挙動には、まだまだ余力があった。
彼等の余力は、秋月 祐介(
ga6378)やイスネグ・サエレ(
gc4810)、メシア・ローザリア(
gb6467)といった、充実した支援に依る所が大きい。
だからこそ、自然とキメラ達の負荷は強くなり――激戦区だと、知れてしまう。
となると。
「‥‥やっぱり来るかー」
たはー、と。イスネグが言う。頭を掻きながら、新たな敵へと視線を据えた。
エアマーニェの、3。
「うちのおてんば姫、張り切るのは良いけど無茶はしないでくれよー‥‥」
恋人――吉田 友紀(
gc6253)の事だ。この状況は彼女に取っては幾分以上に危うく感じられていた。今は祈るしかない。
レインウォーカー(
gc2524)は、眼前の威容に対して告げる。
「此処から先は絶対に通さない‥‥この先には、僕の友達もいるんでねぇ」
言葉に続き、二刀小太刀が小さく鳴る。
背には彼の恋人である――リリナ(
gc2236)がいる。
抜刀の音にリリナだけでなくメシアも頷いた。大切な友人が居るのは‥‥彼に限った事ではなかった。
「‥‥博士は、渡さないぜ」
月野 現(
gc7488)もまた、そう言った。
だが‥‥このエアマーニェは、その事を勘案する事など無い。
「――人間。過ぎた言葉は身を滅ぼしますよ」
軋む空間のただ中で、女王の一人は傲然とそう言った。
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衛星外側。傭兵達が突入に際して利用したクノスペや輸送艦が待機するそこもまた、バグア達の目標地点であるという事はすぐに知れた。
「新米傭兵だった頃を思い出しますわ。新鮮な気持ちで戦えますわね♪」
長い通路に対物ライフルを設置して言うのはミリハナク(
gc4008)。言葉とは裏腹に、引金を曳く度に彼方で肉が爆ぜ、骨が砕ける。
黒波のようなキメラ達の向こうに、内側に居るそれと寸分違わぬ女王の姿がある。周囲のキメラや強化人間の指揮を取りながら、刻々と此方へと到る威容。
だが――その進みは、遅い。それは火力運用の賜物であった。
『よーし! お客さんのお見えだ、派手に歓迎してやろうぜ!』
巳沢 涼(
gc3648)の提案により、ミリハナクが構える見通しの良い廊下と、そこに貫くように在る十字路をベースに、十字砲火が形成されていた。
前線は那月 ケイ(
gc4469)やエイミー・H・メイヤー(
gb5994)達が支え、敵の圧力を減ずるようにラサ・ジェネシス(
gc2273)が制圧射撃を放っては、そこに鐘依 透(
ga6282)や終夜・無月(
ga3084)の火力が乗る。
神棟星嵐(
gc1022)は超機械で攻撃を加えながら、その現状をやや後方から俯瞰していた。
――キメラのこの数は、正直恐かったですが。
十字砲火が機能し、今の所は圧倒的に此方が優勢だ。キメラの数も見る見るうちにその数を減らし、死体の山が築かれつつある。
‥‥だが。
キメラの一つ一つがしぶとく、最後の一歩を踏みしめて、果てて行く。それは、特有の脆さを含有していた。
現状の、十字砲火は、即ち――。
「‥‥っと、来るぞ!」
涼の声と共に、星嵐の予想が現実のものとなる。
女王は劣勢を打破すべく強化人間を前面に立て、攻勢に出た。キメラ達の積み上がった亡骸を抜けて‥‥。
――夫々の、通路へと。
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カルサイトの提案は、傭兵達の多くにとって手放しで受け容れられるものでは無かった。
だが‥‥それでも、彼らは着地点を求めた。
武力による収奪ではなく、言葉による終着を。
「おじいちゃん、身体の調子はどう?」
「ご覧の通りじゃのぅ‥‥じゃが、気持ちは軽いぞぃ!」
サンディ(
gb4343)の声にニコニコと語るブレナーは、横になったままだった。その事に、少女の胸が詰まる。感情と理性が、小さな身体の中でせめぎあっていた。
「‥‥やっと貴方と、宇宙で会えた」
ドニー・レイド(
gb4089)。言葉には、万感の想いがある。
「これから俺達は貴方を交渉の為の道具として扱います。だから、貴方の希望を言って欲しい。それが一番の助けになる」
「ワシの、か」
「‥‥えぇ」
真摯な目で見つめるドニーに、老人は笑んだ。
――贅沢者じゃのぅ、ワシは。
居並ぶ者達を笑みと共に見つめて、言う。
「そうじゃのぅ‥‥ワシは、長くはない。それ自体はどうでも良い。だからの」
「後世を生きる者が選択すべき道‥‥でしょう?」
微笑しながら言ったのは、ソーニャ(
gb5824)。寂しくも、儚い笑みで。ブレナーはそれに、満面の笑みで頷いた。
「その通りじゃ」
「‥‥そう言うと、思ってました」
――博士は、意外と厳しい方だから。
カルサイトに対して最初に口を開いたのは、ドニー。
「まず、確認したい。博士の個性が貴重なら、お前が博士になっても人類に敵対出来る筈が無いと思うが?」
「融合した場合、バグアとしての私もまた残りますからブレナー博士と私が同質になるわけではありません。‥‥私とて、バグア内部にあって恣意を通し続ける事は不可能です」
「それが、博士の個性を蔑ろにする事であっても?」
「‥‥」
「‥‥そうか。話の腰を折ったな」
返事に窮したカルサイトに、むしろドニーは満足したように引く。
「あの、聞きたいのですが」
「たしか、ドゥと」
カルサイトの言葉に、ドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)は驚きを覚えた。
「――覚えていてくれたんですね」
そう言って頭を下げ、こう問うた。
「あの‥‥博士をヨリシロにする以外に延命する方法は無いのですか?」
「機械化等も含めればおそらくは可能ですが、それには知識と設備が必要です。ここにはそのどちらもがありません」
「‥‥成程。では、地上に戻る、と言う事も」
「現在のブレナー博士の状態では、選択出来ません」
ドゥの問いの夫々に、カルサイトは丁寧に応じた。
その事にドゥは再度、深々と頭を下げる。その後を継いだのは、夢守 ルキア(
gb9436)。
「教えて。外部の状況は? このジャミングは誰がしたの?」
「‥‥推測も含みますが‥‥前者についてまずお答えします。外部ではエアマーニェの1の命を受けたエアマーニェの3が、人間に対して攻撃に出ています。彼女の役割は、ブレナー博士の奪還阻止です」
そして、と。カルサイトは続ける。
「私はエアマーニェの1にこの交渉の可否を確認しています。ですが、エアマーニェの3の行動もまた、その意志に連なるもの。
ですから、ジャミングは、私が。より高位のバグアによる介入を防ぐためにしました」
――その可能性を、無視できませんでしたから。
カルサイトは、躊躇うようにそう添えた。
「さて。交渉に入ろうか。まずは、交渉決裂までに脅迫と武力を用いない事を誓おう」
「では、私も」
天野 天魔(
gc4365)がそう言って、『交渉』は始まった。
「まず、提案に関しては幾つかの矛盾と、破綻予測があります」
森里・氷雨(
ga8490)が、言う。
「何でしょう」
――ほぅ。
カルサイトの態度がかつてと比して軟化している事に、美具・ザム・ツバイ(
gc0857)は小さく感嘆の声をついた。
――変わらねぇな、爺さん。
地堂球基(
ga1094)も、また。
(こんな具合でもちゃぶ台ひっくり返し、か)
込み上げてくるのは、笑みに似た衝動。それを感じながら、球基は動勢を見守る。
「バグア陣営でヨリシロ確保は人類の態度の硬質化を誘発しますし、延命目的でのバグア陣営所属は、人類にとっては不満の種。とはいえ、人類圏ヘの投降もまた火種の元でしょう」
「‥‥」
その言葉を継いだのは黒木 霧香(
gc8759)。
「現状では、バグアへ無償で利益提供という形になるので、UPCへの認可も得られないでしょうね。軍事的・政治的な優位をUPCに用意する事が望ましいかと思います‥‥彼等を説得するための見返りがあるのならば、提供すべきかと」
霧香は僅かに逡巡した後、こう続けた。
「‥‥それに。見返りのためのヨリシロ化が、そもそも一部の人間を激怒させる可能性もあります」
「情勢や、その展望は理解しました。ですがそれは‥‥ヨリシロ化は認められない、という事でしょうか?」
「けっひゃっひゃっ。その質問には我輩が答えよう 0」
狂笑しながら、男――ドクター・ウェスト(
ga0241)が応じた。
――視線には紛れも無く、憎悪が籠っている。
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――道を拓くのは本人と本流を担う人の役目。‥‥なら、あたしは帰るために必要な場所をまもるのが、役目。
由稀はそっと独白し、機体を進める。想起するのは、過日の戦闘のこと。
「彼女まで、渡すわけにはいかない」
エアマーニェがブリュンヒルデII――マウルに興味を示していた事が、気に掛っていた。
「‥‥ほんと、面倒ね」
「機体が重い‥‥バグアの能力か」
赤崎羽矢子(
gb2140)は眉を顰めた。鈍い頭痛が広がる。
『便利なものだな、自分に有利なフィールドを展開出来ると言うのは』
『‥‥それに加えて、分身だなんて。どこの』
「せめてジャミングだけでも除かないと押し切られる。皆、まずはキューブから排除して!」
剣一郎の言葉に続いた新居・やすかず(
ga1891)の発言はちょっと危ない所だった。この宇宙に忍者なんて今の所、いないのだから。
「ふむ‥‥承知致しました。では、私は大型HWを抑えますか」
伊藤 毅(
ga2610)を初めとして、多くの機体がCWの掃討を優先する中で、飯島 修司(
ga7951)は機動を深めた。この戦場にあって独特の存在感を発する大型HWに、ただの一機で切り込んで行く。CWの影響など微塵もないかのようなそれは、超越者のそれといって過言ではない。
羽矢子は、やすかずから回ってくる各種データや自身の頭痛を勘案しながら、CWの密集地帯――文字通りの頭痛の種を探り、ブリュンヒルデIIへと打診するとさして間をおかずに了解が返り、直にG5弾頭の軌道が転送されてくると羽矢子はそれを一瞥し、自身を鼓舞するように声を上げた。
「G5弾頭はあたしがカバーする。援護頼む!」
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遊撃を旨とする【翔凰】は、クノスペと輸送艦の護衛を主にあたっていた。
螺旋機が戦域の目となり、追い立てるように覚羅機とリゼットが加速。敵機がその応撃に回ろうとすると、横合いから急接近をかけた由羅機が迫り、その軌道が鈍る。
「‥‥残念ながらその行動は想定内です」
指揮者である螺旋は、その結末を当然だとでもいうように言う。乱戦の中で、有機的な交戦を測る彼等の行動は実によく回っていた。
効率的な運用故に、螺旋には余力があった。
例えば、彼女はG5弾頭の軌道と、それをカバーするように動く羽矢子機の動勢を捉えていたし。
それに乗じて動く敵影を、確りと捉えていた。
尤もそれは、やすかずや、さやかのように同様に電子支援をしていた者達だけでなく‥‥黒子を自らに任ずる男にとっても同様で。
「高脅威度の敵機接近を確認。対応に周ります」
男が言った、その時。
彼方で炸裂するように光が生まれた。G5弾頭の爆光だろう。
その光を背にするティターンへと向かって、アルヴァイムは加速を深めた。兵衛とトヲイ。狭間 久志(
ga9021)、楓姫(
gb0349)がそれに続く。
精鋭対応を任じていた彼等は、そちらに向かわざるを得なくなった。
ティターンの装甲、その到るところに、生物的なフォルムが巻き付いている。それが、機械融合の証だと連想できる程に明らかな異質を孕んでいたからだった。
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「我輩は能力者だ。それ故に、ヨリシロ化など認める訳にはいかないね。ただし‥‥」
翳った視線はそのままに、男は続けた。
「カルサイト、貴様がソノバグアの体を捨て、ただの異次元存在に戻るのであれば、ラムズデン君の体に乗り換えることまでは我輩も譲歩しよう〜」
男の根底にはバグアへの憎悪がある。だからこその言葉だった。
「バグアのように模倣ではなく、貴様はラムズデン君となって生きる、どうかね〜?」
「‥‥」
返答は、沈黙から。問いの意味を探り、検討するように。
出た答えは――。
「バグアは確かに人間と異なる存在ですが、私にはそれが可能とは思えません。‥‥貴方たちなら、望めば存在の根幹から違う生き物に変態できるのでしょうか?」
ブライトン。あるいはスッチーなら、別な解答をしたかもしれないが。彼女には‥‥バグアには、それが限界であった。
だが、ウェストはそれを斟酌しない。
‥‥出来る筈が無い。応答に、彼は苦々しげに顔を顰め、押し黙った。
「バグア‥‥ね」
紫藤 文(
ga9763)はそう反復すると、こう言った。
「バグアの本質は不変――だそうだ。なら、その本質って何だと思う?」
「観点によって、様々な本質が得られるでしょう。ですが‥‥根底には、収奪があるかと。私達は何かを生み出す事は不得手です」
沈黙が落ちる。それは、覚悟を再度問う沈黙であった。
「ねぇ、カルサイト」
つと、サンディの声が響いた。
「何でしょう」
「‥‥おじいちゃんのそばに、行ってもいいかな」
携えた武器を床に置きながらの言葉に――カルサイトは、頷き。
「‥‥何故、泣いているのですか」
そして、問うた。
「‥‥寂しいし」
――悔しいから。
湿った声は、全てを告げる事はなく。サンディはそっと老人の傍らに膝をつき、その手を取った。その熱を、確かめるように。
カルサイトは、その姿を食い入るように見つめていた。
「収奪、か。それは身内や自分が死んでも将来に繋がる、無駄じゃないって確信をくれるんかな?」
文は、その姿に感じるものがあった。
「人類にそんな力は無いんでね。死ぬまでに何を伝え、何を残したかしかない」
「‥‥そう言っている人間が居ましたね」
「そうか。なら、話は早い。俺達には『生命』を信仰する程に大切にする想いがあるんだ。自分達に見えないだけで、今も傍に居るんじゃないかと考えたりな」
――解り難い話で申し訳ないけど。
苦笑する文に。
「生命礼賛、魂への神聖視。‥‥だからこそ、先程の『案』だったのですね」
カルサイトはウェストへと視線を送りながら‥‥そう言った。
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G5弾頭による強襲が成功した直後に、『それ』らは現れた。
G5弾頭はその超火力故に敵味方の別無く全てを呑み込む。だからこそ、人類は爆発範囲から逃れる必要があったし、『彼女』はそれを選んだのだろう。
本星型HWの一団が、G5弾頭の光輝を貫いてブリュンヒルデIIへと加速していた。機体が無事である理由は‥‥恐らく。
「強化FF‥‥罠か!」
羽矢子が舌打ちし、加速する。だが、その距離故に間に合わないと直ぐに知れる。
CWはその数を大きく減じていた。その成果よりも、カバー不足を痛恨に思いながら――羽矢子はその方角を見守る他、無かった。
その初期対応に出る事ができた傭兵は、ブリュンヒルデIIに貼り付いていた由稀機と東吾機の二機だけだった。カグヤ(
gc4333)機も近くにはいたのだが、西王母を利用した補給のために、身動きが取れないでいた。
この突撃を予測していたわけではないが、その配置には意味があった。
「ウッヒョォォ! 行くぜ! 『撃墜ユアハート!』」
東吾が歌いながら意気揚々と突撃するが、あっさりと躱される。強化FFを張っている都合だろう。防御と反撃よりも回避を選んだ。
ブリュンヒルデIIからも応戦の対空砲火が奔り、直衛機が攻撃を始めると、多くの本星型の動きが回避に気をとられて鈍り始める。
だが、明らかに機動が光る一機がいた。濃密な対空砲火の隙間を縫うように、機動。
「‥‥出たわね、イカ女! こっから先は通行止めよ!」
エミオンスラスターを全開にし、自機にDコーティングを発動しながら、そこに横合いから強引に喰らい付いた。東吾は後続の本星型の対応に追われ、二機で当たる事は不可能か。だが、東吾機の突撃と対空砲火に泳いだ機体に弾丸が命中しはじめると、本星型――女王機の機動が明らかに、外敵を意識したものへと変わった。瞬間の転舵に、由稀は反応しきれない。だが――それでも良い。
此処で自分が及び腰になってマウルを失うくらいなら、と。
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衛星、内側。交戦によってキメラの数は減っているが、破損により空気が失われた為、宇宙服を纏っていなかった幾人かの傭兵も後退を余儀なくされていた。
エアマーニェの足取りには気負いなど一切なく、悠然と歩を進めていく。その姿に、舌打ちが響いた。須佐 武流(
ga1461)だ。
「‥‥結局、マトモに交渉する気はねぇってことじゃねぇか」
唾棄しながらも、両の足は軽やかにそれを刻んでいる。
「交渉だなんだと言って、結局のところお前達はまだ、俺たちを認めちゃいねぇ」
「否定します。私達は、ヨリシロとしての価値を」
返答が、須佐の心に火をつけた。
「ぶち破る!」
脚部装甲に据えられたブースターが点火。変則的な機動を描いて男の長身が軽やかに舞う。対峙まで一瞬。女王の触手が蠢きだし、それぞれに須佐を迎撃せんと迫るが。
「やっぱり、ですね」
囁くようにキア。銃弾が触手の動きを削ぐように放たれ――。
「ォォ――ッ!」
須佐は咆哮しながら、スコルに更なる加速の意志を叩き込む。推力は回転速度へと転じ ――衝撃に、僅かに女王の身体が揺らぐ。
その隙を祐介は見逃さなかった。
イスネグから支援を浴び、自身も力を高めている。その中で放たれたのは、『虚実空間』の光。
「‥‥只の人の力、見せてやるさ」
そこには、矜持がある。挑戦者の意志がある。
光は、女王の身体を包んだ。瞬間、その身体が映りの悪い映像のように、『ぶれる』。
だが。
(‥‥力及ばず、か)
祐介は、胸の裡でそう零した。
「‥‥なるほど、こういう手段もあり得るのですね」
視線の先。平常を取り戻した女王の視線は‥‥祐介を、最大の敵として捉えていた。
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混戦の中で、局面は綺麗に二つに別れた。
即ち、強化人間を請け負う者と、女王に対峙するものの二つに。
星嵐は前者に回っていた。ばらまくように練成弱体の光を敵に浴びせながら、道を作り、抜けようとする敵へと牽制の一撃を放っていた。彼が動く、その空間を演出しているのは、エイミーとラサの二人。その動きには妙がある。
「今ダ、お姉様!」
ラサの制圧射撃の一射に続くように、閃光手榴弾が、爆ぜた。そこには、在りし日の泣いていた少女の姿はなかった。この状況を、少しでも支えるため、彼女は力を振っていた。
そのラサに背を任せながら、エイミーは静々と長大な刃を振るう。軌跡は弧を描き、通路ごと切り裂くように、動きの鈍った敵の急所を断つ。
「‥‥グランパ」
血の香りを浴びながら、エイミーは無感情にそう言った。
――この戦場が終われば、また。
そう願いながら。
綾河 疾音(
gc6835)もまた、三次元的に駆けながらキメラ相手に斬りつけては、その反動を利用すらして、反撃を防ぐ。長期戦に備えた動きは、殲滅という点では乏しいが、立ち回りとしては正解であった。
だが、善戦してはいるものの、戦線は混迷を極めている。
「ったく、折角因縁のインベーダー野郎とのラストバトルも終わったのによ‥‥!」
獣頭の如き鎧を纏った村雨 紫狼(
gc7632)吐き捨てながらも、二振りの刀を振るう。
――俺、この戦いが終わったら恋人と‥‥。
そう言って連戦でこの戦場に飛び込んだ彼が、色々な意味で一番の昇進候補だった。もっとも。
「危なくなったら一旦下がって! 治療するよ!」
そう言って、治癒の歌声を響かせる友紀にはそうさせるつもりはない。自身を後に回してでも、周囲の回復に勤めていた。
「煩わしいですね」
現状に女王はそう零した。
地力では圧倒的にエアマーニェが勝っている。だが、彼女の攻撃を最前で受け止めるケイは、猛攻を前に屈する事はなかった。
「‥‥ッ! このくらいで怯むと思うなよ!」
女王の圧力を前に、攻勢に出る余力はケイには無い。自身の回復で手一杯だからだ。
だが‥‥彼はそれで、良かったのだ。
「足りない力は、誰かと力を合わせれば良いだけの事だ!」
ケイが吐き捨てる、そのままに。
火力に勝る残る三人が、往く。
その攻勢は、烈火の如く。
透の魔剣から、真空の刃が延びる。ケイの後背、あるいは前を往く涼の脇を掠めるように。そして涼が咆哮で膝を突かせれば、次の瞬間には透が神速で、魔剣を振るう。
彼の動きは、凄まじかった。
「‥‥‥‥それが、何だと言うのです!」
エアマーニェとて、反撃はしている。だが、その全てが予見されているかのように、距離を外され、あるいは舞うように回避をとる。火力もあり、動きも速い透に女王の呼吸が乱されていた。
そこに、無月が光輝を曳く大剣を振るう。
この戦場で、幾度も振るわれた刃は、確実にエアマーニェの身体を削いでいた。
誰か一人でも欠けていては成し得なかった戦果は。
――じきに、終幕に到る。
「‥‥我らにはエミタの力が在る」
身体は平時より重い。だが、それでも。無月は躊躇わずに力を籠める。
「譬え力を削られても‥‥決意を胸にしたあの日より錬磨し続けた力が無くなる事は、無い‥‥!」
刃を交えてから幾度目かの、剣の紋章の発動。
尋常ならぬ火力で振るわれたそれは――エアマーニェの身体を深く、断ち切った。
断ち切られたその姿は、空間に溶けるように、消えて行く。
「‥‥博士、僕らは、諦めが悪いですね」
透はその姿を見届けながら、荒く息を吐いて、それだけを言った。
そうして彼は、周囲の敵の掃討へと移って行った。
●
危険と判断され、標的となった祐介が諦観を抱くまでそう時間は掛らなかった。留めるには、策が足りなかったのだと。
理知の人物だからこそ、それが深く解った。だが。
「‥‥凡夫だからといって、諦める理由にはなりません」
男は、立ち続けた。
「主よ、わたくしの侵攻の盾が守りになりますよう――!」
メシアの祈りと共に、練成治療の光が飛ぶ。祐介自身、イスネグからも届く練成治療を浴びながら、祐介は絶命しかねない程の痛みに耐え続けた。
地獄の責め苦は。
‥‥だからこそ、勝機足り得た。
女王は人類を知らない。
それ故に己の存在を抹消し得る存在の可及的速やかな排除を選ばざるを得なかった。
女王が祐介を一刻も早く仕留めんと焦れば焦るだけ、状況は傾いて行く。反撃の手が減り、回避の機動が鈍る。
「支援頼むよ、リリナ」
「はいっ」
だからこそ、信頼する恋人を背に男が足を止める理由もなく。
「‥‥わりぃな、暫くは此処で遊んでもらうぜ」
御門 砕斗(
gb1876)が刹那の間隙に振るった刃は易々と女王に届き。
「これも、適材適所なのかな。‥‥違うか」
そう言って、紅色の刃を振るう時枝 悠(
ga8810)の一撃に、女王の身は削られて行く。流血はない。ただ、存在だけが希釈されているような、奇妙な手応えだった。
外側と違い侵攻の為にエアマーニェは手勢を分散する必要があり、それ故に彼女の手勢が少なかった事も影響していた。
「‥‥健闘を、称えましょう」
「随分、余裕ですね‥‥?」
趨勢が決した事を認めたエアマーニェの3がそう零すのを聞いて、高速で後背へと回ったラナは怪訝に思った。エアマーニェの3は、劣勢にも関わらず兵を挙げた。だが、こうして、果てて行く。
――何か、意図が‥‥?
そう思うラナを他所に、女王の言葉に、触腕に貫かれて身を震わせる祐介は鈍い笑みを浮かべた。仕事は果たしたとでも、言うように。
祐介が倒れて漸く、女王の攻撃が際限なく振るわれ始めた。
だが‥‥。
「‥‥相容れないのであれば、葬り合うのみ、だ」
紗夜が、心胆を冷やす程の強い言葉とともに、言う。彼女の武器は既に収められていた。これ以上、不要なのだと。
女王が祐介から目を離すのは――余りに、遅かった。
その言葉は、薄れゆく女王に、果たして届いただろうか。沈むように、溶けるように、女王の姿は掻き消えて行った。
「‥‥‥‥この私では、勝てませんか」
空虚な分身はその言葉だけを残し。
こうして――衛星内部での交戦は終了していた。
「‥‥つーか、きちんと帰ってこいよ、アイツ」
中央部から音信が途絶えた義兄に対して、砕斗はそう零した。その口の端には、かつての彼ではあり得なかった感情の色が、滲んでいる。
――帰って、か。
悠は、返り血の残らぬ刃を鞘に収めながら、そっと息を吐いた。
彼女は博士を取り戻したい、とか。そういう想いで此処に居る訳ではなかった。
ただ。
――この騒動の行き着く先を、ただ間近で見てみたかっただけ。
「ああ。全く‥‥不謹慎にも、程がある」
だから。自嘲するようにそう呟いた。
●
二機の交錯は、幾合か。
稼いだ時間は僅か十秒前後、だろう。コロナのコーティングを貫いて、プロトン砲に機体を貫かれ、由稀機は地表の重力に曳かれるように墜落していった。
だが――その十秒が、分け目となった。
「行くぞ、流星皇‥‥!」
「‥‥届いた!」
剣一郎機と羽矢子機が至っていた。修司機は、東吾とトーリャ達の支援に回るように、残る本星型への対応に回っている。凄まじい圧力に、後続の本星型は強化FFの発動を余儀なくされ、次々と練力が枯渇して行く。
『‥‥小賢しい‥‥!』
その末路を女王は予期していたからこそ、強化FFを展開する事なく回避機動をとる、が。
「‥‥捉えました」
やすかずの言葉に次いで。本星型の機動予測が人類側に知れる。ピュアホワイトのヴィジョンアイだ。
機動が鈍った訳ではない。ただ、人類側の動きが、女王の予想を遥かに上回る機動を見せただけの事で。
『‥‥ッ!』
躱した、そう思っていた筈の攻撃が‥‥届いた。羽矢子機から放たれた円環が、女王機のFFを貫き、機体を揺らす。
「ここはもう、あんた達の居場所じゃなくなってるんだよ!」
斬りつけた、その勢いを殺さずに機動しながらの羽矢子の言葉に、剣一郎の剣戟が、宙空を断ち切り兼ねぬ程の鋭さで、振るわれた。
練剣から放たれた光刃が、やすかずが届けた情報――慣性制御装置の位置を違わず貫き。
――爆散の光は、流星皇を呑み込み、一際遠くまで響いた。
●
「ね。質問。カルサイト君は、目的のタメ、味方を差し出せる?」
斟酌するように言うカルサイトを眺めながら、ルキア。
「バグアを裏切れと? ‥‥不可能です。私は、あなたが人間であるのと同様にバグアなのですから。それでブレナー博士を永らえたとしても、結果として粛清を免れません。閉塞した未来しか無い以上、それは選べません」
「――そっか」
「‥‥さて。交渉を、続けようぜ」
取りなすように球基が言うと、天魔が継ぐ。誰かが言葉にしなければ先に進めないのだから、と。
「では、ブレナーが家族や友人に看取られる人としての死を迎えるまで待つ事と、種族限界に関しても引き続きその手段を模索する事を条件に、ヨリシロとする事を‥‥認めよう」
「‥‥待ってよ!」
噛み締めるように言った天魔に誰よりも早く反応したのは――クローカ・ルイシコフ(
gc7747)だった。
「ヨリシロ化して生まれるのは、バグアの記憶を持つバグアだ。エアマーニェを捨てても、バグアを捨てられないのなら‥‥そんなの、ブライトンと何が違う」
言葉は静かに。だが、力強く。
「バグアである以上、本質的に人類の敵だ。人格・意識を維持する方法でなければ、受諾できない」
「‥‥それは、先程の案と同じものですか」
「僕はバグアを知らないから、解らない。ただ‥‥人格が消失するのであれば、それは個人の保存とは言えない」
クローカはそう言って、ブレナーへと向き直った。
――生きる理由をくれた博士。
彼がバグアとして立ちはだかった時、自分は。皆は。
想いが、胸を衝いて、言葉が途切れた。
●
――ヨリシロに、ならないで。
そう言って彼は膝を突いて、涙を流した。
その傍らで私は、思考の奔流に取り残されている。
彼は、何と、言った?
「‥‥彼が言う事が、気になりますか」
その言葉は、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)から。今、カルサイトと呼ばれる私の‥‥名付け主。
「彼の言う通り‥‥貴女は、ただ、博士をヨリシロにするだけでは‥‥対話は出来なくなってしまいます」
――それは個人の保存とは言えない。
同化してしまえば対話はできないと、彼と彼女は言う。
「カルサイト。私は‥‥貴女の個性も、惜しいと思っているのです。だからこそ‥‥試みて欲しいのです。貴女が博士の全てを知る方法ではなく、博士の個性をそのまま残し、貴女は博士の命を永らえさせる方法を」
言いながら、彼女は前へと踏み出し、手を取った。とても弱く、小さな手で。
「これは、”願い”です。私は、博士も、そして貴女も失いたくない」
瞬間。
何かが、開けた。
博士と‥‥彼等と積み上げて来た言葉が、爆ぜるように。
「‥‥皆さんが、ヨリシロの何を厭い、何を願い何を拒むか。少しだけ解りました。
その上で、約束します」
「博士の『死後』のブレナー博士の人格と意識の保存と、私のそれとの”共存”を。
‥‥そこに付与する種々の事柄含め、その為に最善を尽くすと」
「私は反対はしないが‥‥『この場』でそれを行わない事は条件にしておくべきだろうね。有事のトラブルに、此処では対応が出来ない」
黒衣の人間が言う。
「なるほど。それは容れましょう」
だけど、これだけは言わなければならない。
「ただ‥‥その為に。ヨリシロ化は、必要不可欠です」
●
「ヒュー、流石プチロフの高級機。大物でも相手にせん限りはなんとかなるか」
クノスペの集団へと至ったHWの攻撃を、時雨・奏(
ga4779)のニェーバが遮った。発動したリーヴィニエにより、被害は殆どゼロに近しい。そうやって奏が遮った隙にエリアノーラ機のアサルトライフルが喰らい付き、あるいは待機するクノスペの銃撃が迎撃していく。奏機のオーブラカの弾数が残る間は盤石だろう。
「あー。弾が尽きんうちにさっさと終われー‥‥」
ぼやきながらも、視線は間近の衛星へと向けられる。
『さっさと』。
――そこには、別な意味も籠められていた。
「‥‥あの爺さん、どのみち、永くはないんやろうからのぅ」
かつて見えた彼だからこそ。そう、零した。
●
最後に残った、エアマーニェの3。
即ち、その本体である女王のティターンの攻勢に対して、軍属もあわせて十数機を越えるKVが当たっていた。撃墜したKVを合わせれば、二十を下らないだろう。
その主体は、傭兵の精鋭達。沢山の機影が入り乱れながら、自己再生に泡立つ生体パーツとの壮絶な削り合いとなっていた。
地上でも凄まじい性能を叩き出す機体達の活躍ぶりは、補給を欠かさぬ限り良く動いた。
例えば、久志の駆るハヤブサ。戦闘が始まってから先、常にブーストを稼働し続けており、かかり続ける負荷に身体の方が悲鳴をあげつつあったが、それでもなお、久志は笑った。
――宇宙ならではだね、こういうのはさっ!
慣性制御と、ブーストの機動。その組み合わせが、何よりも『愉しかった』のだ。
「行くぞ、紫電‥‥!」
切り込んで行く久志。その機影から延びるのは、兵衛の駆る雷電――忠勝だ。
至近戦を挑む久志と対称的に、兵衛は銃撃とミサイルで久志の機動をアシスト。
練力に余裕がある二機と、トヲイのクルーエル、アルヴァイムの天が主体となって、ティターンと交戦している。
「これは敵を倒す戦争じゃない‥‥。可能性を護るのが、私の戦争だ」
その光景のただ中で、楓姫はそう呟いた。
彼女の駆るスレイヤーは地上機だ。だからこそ、こまめに補給を挟みながらの一撃離脱と火力の集中を測っていた。
スルトシステムを機動し、エアロサーカスを発動。一撃の威力を高め――。
「太陽王、暴れるぜ!」
同じくスレイヤーを駆るサウル・リズメリア(
gc1031)と同時に一撃を見舞い、離脱して行く。
彼等だけではない。戦域が優位になった領域から、徐々に戦力が雪崩込みつつあった。
確かに女王単機での戦力には凄まじいものがあるが‥‥戦略的な劣勢が、徐々に響いていた。
●
「‥‥ブレナー。人類の為とはいえ、君に犠牲を強いる事、非人道的である事は理解している。だが、君が拒否すれば交渉は決裂し、カルサイトとも敵味方に分かれる」
カルサイトの言葉を受け、天魔はそう告げた。状況に終着を求める声だった。それは即ち。
「‥‥頼む。この奇跡のようなバグアとの奇跡的な関係を、終わらせたくないのだ」
――死んでくれ、と。
床に額をつけ、ブレナーに言う彼の心中には、どれほどのものがあったか。老人が笑みと共にそれに答えようとした、その時。
凄まじい数の光条が、カルサイトを貫いた。
下手人は、直ぐに知れた。
狂笑が、響いたからだ。
「けっひゃっひゃっひゃっ!」
「‥‥ドクター!」
「コレは、バグアだね。バグアを倒すためだけに我輩は力を求めたのだからね〜!」
博士がカルサイトの向こう――ブレナーへと照準を向けようとする、その刹那。
その動きを削ぐように、幾つもの動きが生まれた。ある者は、身体で。ある者は、銃弾で。
瞬間、地に這わされたウェストの視線の先で、カルサイトが何事も無かったように立っている。
目の前に居るのはバグア――滅ぼすべき敵なのに。
「離せ! 離せ離せ離せ離せ‥‥! こんな事が、こんな事が、赦されるものか! みすみす人を死なせて、何の為の能力者だ‥‥!」
狂乱は、しかし。
「‥‥オヤスミ」
小さな歌声で、幕を降ろす。
「大人の事情なんてワカンナイ。でも、喧嘩しても、セカイは変わらない」
――ごめんね、デューク君。
ルキアがそう言って結ぶ傍らで。
「我輩は‥‥何の為に、人間を、捨てなければならなかった‥‥」
ウェストは、静かに、眠りへと落ちて行った。
「手、出さなかったんだな」
文は銃口を降ろしながら、カルサイトへとそう言った。ウェストは熟練の傭兵だった。それでも‥‥傷一つつかない。この異質な空間の影響もあろうが、それでも。
目の前に居るのは、正真正銘の高位のバグアだった。
「最初にそう約しましたから」
「‥‥そっか」
――堪らんなぁ。
男は胸の裡でそう言って、苦笑した。その傍らで、カルサイトを見上げた美具は彼女を見つめ、言う。
「まずは信用する事でしか対話は生まれん。そなたが変わってみせたように、人類も変われる筈。‥‥だから、我らの事も信用してもらいたい」
「‥‥そう、ですね」
「有難うのぅ、サンディ。もう、大丈夫じゃよ」
ほぅ、と。嘆息するようにブレナーが言うと。
「‥‥ううん」
銃撃の瞬間。サンディは博士に危害が及ばぬよう、身を挺して間に入ろうとしていた。
そして、同じようにカルサイトがブレナーを庇うように動いた事を彼女は目にしていた。
(‥‥嫌いに、なれない)
綯い交ぜになった感傷は辛いが、不快とは言いきれなかった。
「‥‥ねぇ、博士。博士って女たらしだね」
「ホッ?」
「実はこうなるって、知ってた?」
問いに老人が寂しそうに笑うのを見て、ソーニャはそっとその部屋を後にした。
――ねぇ、知ってた?
その後に呟いた言葉を拾う者は無い。‥‥ただ、少女の頬には、雫が伝っている。
「ねぇ、おじいちゃん」
「ホ?」
「‥‥最後に、伝えたい言葉って、ある?」
「‥‥『また会おう』、かのぅ」
そう言ってブレナーは目を閉じた。深い息と共に、静かに。
「おじいちゃん?」
サンディがそっと手を触れても、返る言葉は無い。ただただ、安らかな呼吸の音が、響いていた。
どれだけ傭兵達が――カルサイトが言葉を掛けても、満足げに笑ったまま、意識を取り戻す事はなかった。
「‥‥移動しよう、か」
傍らに立ち、容態を診ていたUNKNOWN(
ga4276)がそう告げると、傭兵達はブレナーの安静を保ちながら、カルサイトと共に、帰路についた。
●
どれだけの機体を私が落としても、趨勢はもう、決定的になっていた。
敗北はもう、揺るがない。
――撤退は許可しません。
エアマーニェの1が、そう言った。
何故だと思う事もない。
状況を俯瞰していた彼女が、それ故にそういう判断を下す事は、容易に想像がついていたからだ。
エアマーニェの1にとっては、長い目で見れば替えの効く部品で在る事も、これまでの生から私は知っていた。
エアマーニェの2は、まだ、手は出さないだろう。
ポセイドンが落ち、私が死なねば、状況は変わらないのだから。
その事に何かを思うには――私は、エアマーニェであり過ぎたのだろう。
『問おう、エアマーニェ。俺はかつて、貴様達に、『深淵を覗く者は深淵からも覗かれている』と言った』
ふと、声が響いた。人間からだろう。混じるノイズは‥‥機体の損壊のせい、だろうか。
聞いている。
エアマーニェの4から。
『あの時、『深淵すらも収奪してみせる』と言った。‥‥今も、同じ考えか?』
私はそれを、無感動に、当然のように感じた。
同時に、その解答を、あの4がした事を酷く滑稽に思いながら。
それこそが、バグアの――エアマーニェの解答に相応しいだろう。
「ええ」
鈍い思考の中で、辛うじて、そう言った。
「いつか――『私達』は必ずそれを、収奪するでしょう。なぜなら」
同時。
私の言葉は、光に呑まれた。
それが死である事すら、私は無感動に受け入れ――そして。
●
道すがら。
不意に、身体を縛っていた重力が解けるように消えていった。
それは――緩やかな、終戦の合図であった。
通信の封鎖も解け、連絡を取りながらも傭兵達は重力の失せたそこを泳ぐように移動していく。
その間も、調整は続いていた。
「あと、一つ。中立地帯があると良いと思うぜ。エジプト、別の衛星、なんでも良いんだが‥‥人類圏が本当は良いんだが、博士の体調次第では無理そうだしな」
という球基の提案は。
「真実中立、という地帯の確保は、現状では難しいかと思います。検討は、可能な限りしてみますが」
じきに、終着が見えてくる。それは、この衛星の終わりであると同時に――この交渉の終わりでもあった。
そして。
この戦闘の終わりは、つまり。
「――では、オリム中将、名代としてマウル少佐の承認命令を‥‥」
「いえ、それには及ばないでしょう」
――迎えが、来ますから。
氷雨の言葉を、カルサイトは遮った。彼女が遠くを眺めていた頃――それが、来た。
その後の詳細は、また別の機会に語る事になるだろう。
ただ。
ラムズデン・ブレナー博士は二度と目覚める事なく、その長い生に、幕を降ろす事となった。
誰よりも希求した宇宙のただ中で、ただ一人の人間として。
――安らかに。