タイトル:【福音】応答丸マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/06 13:07

●オープニング本文



 いつからだろうか。
 フラガラッハの艦内に、『声』が響きだしたのは。

 ――テキジャナイヨ テキジャナイヨ

 ――はなしをきいて たすけてたすけて

 拙く、舌足らずな淡い声だ。
「ボスゥ‥‥この声ァなんなんスかね‥‥」
「さぁな」
 そこには邪気はない。残酷さも底意も見えん。幼子のような声相応に、知性もそれなりのものなのだろう。紡ぐ言葉はどれも語彙に乏しく、曖昧なものばかりだった。
 紫煙を吹かしながら待つこと、いくらか。
『‥‥中佐』
 それが来た。ビビアンからのものだったが‥‥相変わらず、声には震えがある。
「怯えた声を出すんじゃねぇよ」
『す、すいません‥‥あの‥‥この声は、届いていらっしゃいますか? 接触の結果‥‥彼等はクリューニスと名乗りました。そして‥‥』
 ――クリューニス、ね。
 俺は一際強く紫煙を吐き出した。上質な香りが鼻腔を撫でるのを感じながら‥‥口の端をつり上げる。
「‥‥な、なにか?」
「なに‥‥嬢ちゃんもあの声を聞いたんなら、うちの阿呆共が持ち込んだクソドラッグの線は消えたみてェだと思ってな」
 言うや否や、艦橋に声が響いた。

「ウォォォォッ!」

 賭けに買ったマヌケ達と負けたマヌケ達を載せた船は今日も騒がしかった。


 大型封鎖衛星アテナの攻略に成功したUPC宇宙軍中央艦隊は、奇妙な『亡命者』を保護していた。脳内に直接響く謎の『声』に導かれるまま、ULTの傭兵達が、有人機『フィーニクス』の自爆装置を破壊し、撃墜と鹵獲を装って収容したのだ。
 意思疎通における多大な労苦の末、バグア本星艦隊の出撃拠点の一つである『低軌道ステーション』の位置と、そこに常駐する『本星第三艦隊』の巡洋艦数。次に、本星第三艦隊に隷属するバーデュミナス人の数。最後に、謎の『声』は、クリューニスと呼ばれる別の異星人であるという事が解った。

 彼等は、中央艦隊にバーデュミナス人の救出を懇願した結果、UPCが下した決断は、『低軌道ステーションへの強襲』である。
 本星艦隊は出撃拠点を明らかにせず、常に別方向から現れては中央艦隊の後背を突く戦法を採る。しかし、出撃拠点と艦隊の規模が判明しており、それを人類に知られたとあれば、守勢に回らざるを得ないだろう。
 今回の作戦は、人類が握る本星艦隊の情報。それを敵に知らしめるため、そしてステーションの全容を知るための、牽制と威力偵察だ。
 バーデュミナス人の救出は、主目的ではない。しかし、その二次的目標に対して人員を割く事、傭兵を雇う事に異を唱える者は、もういなかった。



 次の戦場はこれまでにも類を見ない程に大掛かりな宇宙戦闘になる予感を、中央艦隊の誰しもが感じていた。
 そんな折、艦長同士のミーティングの最中にモラエス中佐が挙手し、低軌道ステーションへの威力偵察を買って出る。
 元より、フラガラッハ自体が多対多での戦場に適さないという運用思想の問題もあり、結果としてフラガラッハとヴァルトラウテの二隻がその任務に当たる事は最早必然と言って近しかったのだが、ステーションに接近するだけに撃沈する可能性が高い役回りだ。
 また、この威力偵察にはある二次的目標の存在もあり、リスクは更に高くなっていた。
 情報によると、25人のバーデュミナス人が冷凍ポッドで眠っており、傭兵達はこの冷凍ポッドを回収する事が任務になる。
 彼等の専用機であるフィーニクスも同数、そこに在るらしいが‥‥今回は、見送る事となった。

 傭兵達の段取りや回収状況、敵の迎撃など、どれか一つでも歯車が狂ってしまえばそれだけリスクは高まって行く。不確定要素も多く、それだけに、この決断は重かった。

 ただ。
「‥‥ガキの声と女房には逆らえねぇンだ」
 モラエス中佐はそう言って皮肉げに笑っていた。
 誰しもが解っていた。今回の本目的には、バーデュミナス人の亡命によって得られた本星艦隊の情報をある程度以上握っている事を示し、不用意なゲリラ戦術を取れなくする事にある。だとすれば‥‥今回の作戦が終わってしまえば、警戒を深めるバグア側に対して、バーデュミナス人の救出は事実上不可能になってしまうだろう。

 最初で、最後のチャンスだった。だからこそ、モラエス中佐は笑ったのだ。
 フラガラッハには、『応答するもの』という意味がある。
 ――応えてやらなきゃ、嘘だよなァ、おい。


 そんなモラエス中佐の決断に、フラガラッハのクルーは大いに沸いた。
 彼等の躍動ぶりを描くには残念ながら字数が足りないのだが、ヒーロー願望をコレでもかという程にくすぐられ、それはもう狂乱の渦と言って良かった。

 閑話休題。

 作戦が開始され、予定通りにフラガラッハとヴァルトラウテは強引に接近を果たしつつあった。中央艦隊の戦力の内多くを敵の艦隊戦力に当てた為、なんとか強引に突破する事が出来たのだが――此処からが、本番だった。
「‥‥あれか」
 モラエス中佐は、メインモニターの一部に拡大されたハッチを確認して、そう呟いた。
 現状、予定通りだった‥‥のだが。
『ボスゥ‥‥』
 通信が入った。フラガラッハの艦載KV部隊のヤンキーからだ。
『俺ァ、納得がいかねェよ!』
「‥‥続けろ」
『ボス、俺ァパイロットだ!』
「‥‥」
『パイロットにとって乗機ってやつァ、魂で繋がった半身なんだよ、ボス! なのによォ‥‥機体を見捨てるなんて‥‥俺ァ‥‥俺ァよぉ‥‥何とかならねェンですか、ボス‥‥』
 ――不憫でならねェよ、と。ヤンキーは泣いていた。
 悔しげで湿った声から、彼とて何ともならないことは解っているのだろうと知れた。
 フィーニクスに取り付けられた自爆装置の存在と、繋留して運ばなければならなくなる都合がある以上時間が掛ってしまい、時間がかかれば掛るだけフラガラッハ、ヴァルトラウテが沈む可能性が増していく。現状ですらミイラ取りがミイラになる可能性は、低くないのだ。
「‥‥解ってンだったら、泣くんじゃねェ。死んだマヌケになりたくなけりゃぁ、ちったぁ気合入れろ」
『‥‥アンサラー‥‥ッ』
 声は、艦橋へと落ちていった。

●老兵は独り、唯立つ。

 ――きたいをみすてるって、ないてるのー。

『‥‥そうか』

 ミィブは、心やさしき者達に拾われたようだ、と。そう思った。

『ないている、か』

 呟いた、瞬間。ステーションが大きく揺れた。
 被弾だろう。爆発は近しい。崩壊の鳴動が地鳴りとして感じられる。だが、老いたとは言え、このくらいではまだ揺るぎもしない。
 遅れて、警報が響く。
 咆哮に似た大音声でも、同朋達は強いられた眠りから目を覚まさない。
 ――だが、これでいいのだろう。
 眠っている間に事が済むに越した事は‥‥無い。若い者達には、受け容れ難い事もあろう。
 バグア達にハッチが破壊されて出撃が出来ないと伝えながら、私は待つことにした。

 彼等の言う、『たすけ』を。

 ――我らに、フィーニクスの加護が在らん事を。

●参加者一覧

時雨・奏(ga4779
25歳・♂・PN
守原クリア(ga4864
20歳・♀・JG
メティス・ステンノー(ga8243
25歳・♀・EP
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
ルナフィリア・天剣(ga8313
14歳・♀・HD
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
依神 隼瀬(gb2747
20歳・♀・HG
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
カグヤ(gc4333
10歳・♀・ER

●リプレイ本文


『――頼んだぜ、嬢ちゃん』
 絶え間なく指示を飛ばしながらも渋く言うモラエス中佐の声を背に、ヴァルトラウテは加速。ヴァルトラウテは電磁シールドを全開にしながら、自身も砲門を開きステーションへと突撃する。
 狙う先は、既に決まっていた。
「‥‥発射!」
 ビビアンの言葉のまま。ヴァルトラウテの砲火がそのハッチを貫き――交錯は一瞬。
 ステーション上を舐めるようにしてヴァルトラウテは機動し、威力偵察へと移行していく。残ったのは、破壊され尽くしたステーションのハッチばかり。
 防衛にあたるバグア達は、ヴァルトラウテのハッチが閉まりつつあることに気付かぬまま、懐に飛び込んで来た敵を叩くべく応戦の構えを深めていた。

 舞台は、その影で進行する。
 人類で恐らく初めてとなる――囚われの異星人達を敵地から攫う、救出劇の始まりだった。


「お、おい。ヤニが吸えんのやと。あー。あかん、最悪や宇宙。もう帰りたい‥‥」
 ハードシェルスーツに身を包んだ時雨・奏(ga4779)が低く呻いた。確かに、現状は愛煙家には堪えるだろう。某未来研の某という博士は地上で業務に励んでいるから、改善はまだ先の事になるのだろうか。
 ――なるほど、『彼女』が唯一交渉の上参加に得た種族とは、彼らかね。
 他方、錦織・長郎(ga8268)はこれまでの状況からそう推察していた。
 蛇は現状に低く笑う。自分の流儀に合う、得難い状況だと。情報を確保する事が人類側に有利な一歩たり得るのであれば、この人員救出、失敗はできない。
「くっくっくっ‥‥まさに強行救出行為はエスピオナージュに連なるものだね」
 男はそう笑って、肩を竦めた。舞台が大きければ大きい程、思考は冴えていく。衝動に似た笑みには、同時に怜悧でもあった。
「ハードシェルスーツ良し、エア接続良し、SESと水素タンクの接続良し、髪は邪魔にならないようにバレッタで纏めて‥‥っと」
 奏が口寂しさに苦しみ、長郎が低く笑う一方で、装備を一つ一つ確認しながら、クリア・サーレク(ga4864)。
 彼女にとっては始めての生身での宇宙戦闘だった。事前の準備を欠かしていざ戦えない、といった事を防ぐための確認作業だった。
 彼女達は今、クノスペのコンテナの中にいる。無骨な照明が照らすそこで、傭兵達はその時を待っていた。
「‥‥イルカっぽい外見のバーデュミナス人さん達かぁ‥‥仲良くなれるといいな♪」
 クリアが爛漫な笑みで言うと、居並ぶ傭兵達の中に小さく笑顔が咲いた。これから足を踏み入れるのは戦場と同義だが、のんびりとした言葉は正鵠を射てもいた。
「‥‥そうだね。救ってあげたいな」
 声は、エイミー・H・メイヤー(gb5994)のもの。交流は、未だ手探りの段階だから、真実友好を保てるかは解らない。ただ‥‥その可能性があるならば諦めたくないと、騎士たらんとする少女は言う。
「でも」
 御鑑 藍(gc1485)は首を傾げながらこう零した。
「バグアはなぜ、ヨリシロにしなかったの‥‥かな」
 救出先には25人のバーデュミナス人がいると言う。その事が、藍には奇異に映っていた。
「さて、な‥‥バグアにはバグアの事情があるんだろう」
 ーー追々明らかになるさ、多分、きっと。
 時枝 悠(ga8810)が小さく伸びをしながらそう応えると、藍は頷いた。

 じきに、振動を感じた。
 クノスペのコンテナに固定された彼女達は投げ出される事はなかったが、誰とも無く安堵の息を零す。作戦は、無事に進んでいるようだった。
 それは、即ち――。

『ヘイ、保安官が居眠りしてる間に上手い事やってくれよ。‥‥グッドラック』
 クノスペのパイロットの言葉と共に、輸送用のコンテナが設置され、開く。
 コンテナ内部より遥かに明るいそこは――紛れも無く、目的のステーション内部で。
 カグヤ(gc4333)はそのパイロットの声に小さく頷いた。
「‥‥誰かが失われる事がないように、がんばるの」
 カグヤは、小さな身体にはち切れんばかりの責任を滲ませて、そう言った。



「わ‥‥派手にやったもんだね」
 クノスペから降り立った依神 隼瀬(gb2747)は、ステーションの惨状に僅かに目を見開きながら、そう零した。出撃に備えていた機体ごと破壊され、ドッグは多くが瓦礫が積み重なった有様だった。
「予想はしていたけど‥‥案の定、ロマンも何もあったもんじゃないわね‥‥」
 メティス・ステンノー(ga8243)が、パイロットスーツに包まれても尚それが解る妖艶さを滲ませながら、嘆息するように言った。
 目の前にあるのは、紛れも無く見慣れた戦場。のびのびと宇宙が満喫できる訳でもなく、挙げ句の果てにはドッグ内に重力があり、真新しい感覚は殆ど無い。
「‥‥息苦しいだけじゃない」
「そうかなぁ、これはこれで楽しくない?」
 苦々しく言うメティスを励ますように――あるいは、単に楽しんでいるだけかもしれないがクリアが朗らかに笑うと、メティスは疲れたように小さく項垂れる。
「‥‥あれかな?」
 ルナフィリア・天剣(ga8313)が破壊されたHWを足場に周囲を見渡しながら目標の入口――機体ですら通れる程の大きな扉を指し示すと、メティスはもやついた何かを吐き出すよに溜息を吐いた。僅かの後、メティスは眼差しを上げる。
「とりあえず移動ね。時間もないし、迅速に行きましょ」
 その声を合図に、傭兵達は動きだした。
 一つは、その場に残りその場を堅守する備えとして。
 もう一つは、異星人達を救出するための、差し伸べる手として。


 ポッドの回収に向かったのは、メティス、長郎、ルナ、隼瀬、エイミー、藍、カグヤの7名。その中で、メティスは最先を駆ける。
 通路は高さにして10mを容易く超え、幅もそれ相応にある。明らかに機体を意識した造りのそこに、硬質な足音が高く響いた。
「次はあそこね。気をつけて」
「破壊しとくねっ」
 周囲を注意深く警戒しながらメティスが指示する先には、常に留意すべき物がある。指示されたそれを、隼瀬は破壊しながら進んだ。ステーション内部の通路の各所に据えられた監視カメラや集音用の装置が、銃撃を前に崩れて行く。
「‥‥随分、多いですね」
 足下に零れるような藍の疑問は、破壊されたそれらの装置に対してのものだった。バグアの衛星内部にも関わらず、厳重にも程がある監視機構。
「虐げられた民、なのでしょうか‥‥なら、友好の目はありそう、かな」
 藍は運搬に使えればと持ち込んだキャリアーを運びながら、そう結んだ。逆説的だが、そうするに到った理由を思えば、これから救出しにいく異星人達と友好的な関係を築く事は不可能ではないように思える。
「‥‥だと、良いけどね」
 ルナは飽くまでも硬質な態度を崩さない。語り得ない事象に結論を出す事が憚られたからだ。彼女はどこか上の空でもあった。努めて冷静であろうとしたのは、その裏返しかもしれないが――。
「救えるうちは、救いましょう。‥‥それに」
 エイミーが淡々と言う。金色に転じた瞳にも、その表情にも感情の色は見えないが、指向性だけは変わらずに。
「すぐに確かめる事が、出来そうです」
 駆けた、その視線の先。
 静々と立つ、奇妙な影があった。水棲生物のようなその姿に、その個体がバーデュミナス人だろうと傭兵達は直感する。
 生き物としての造りや歴史が違えば、意思疎通の手段も方向も違っているのだろう。その表情からは感情の色は見えず、どう接すれば良いのかと、しばし傭兵達はその距離感を掴み損ねていた。
「‥‥ミィブさんのお知り合い?」
 既に起きている個体が居るとは思ってなかった隼瀬は、驚きから立ち直るとそう言った。今回の作戦は、過去に救出された個体――ミィブによってもたらされた情報が元となり組まれていると聞いていた。だからこその、呟きだった。
 そこに。
 声が、響いた。

 ――そうなのー。



 ポッド回収に向かった傭兵達を見送った傭兵は、三人。
 奏とクリア、悠だ。彼らはドッグに残り、『場』の整備に取り組んでいた。
「とにかく火事場泥棒は相手が何が起きたか解らんうちにやるのが定石やしな」
「‥‥無駄に経験者くさくないか‥‥まあ、いいけど」
 意気揚々と瓦礫を物色し始めた奏に、悠は嘆息しながらそう言った。そういう彼女も、手頃な瓦礫を見繕っては運び出している。
 敵は、未だ現れない。露見していないという事なのだろう。
「あっ! あそこにも生きてる監視カメラあるわ。やっといて」
「‥‥はいはい」
 その場に銃を持って来ていない奏は、頭上にあるカメラ的な構造物を捉えては、逐一悠に知らせている。悠はその度に一射で破壊せしめるのだが、貫通した弾の行方が密かに気にならなくもなかった。
 クリアも銃を持って来てはいるのだが、彼女は彼女で、悠達とは違う仕事を果たしている。
「‥‥ま、細かい事はいっか」
 とりあえず、通路を塞ごう。そう頷き、悠は選りすぐりの瓦礫を運び出していた。
 ――傭兵達が消えたのとは別の通路へと。

 それは、ポッド回収組を見送った直後の事だった。
『この人数で敵の本拠に突っ込んで背後に救出対象抱えて戦闘? アホか、やっとられんわ』
 薄れゆくニコチン濃度への怒りが混じっているのかもしれないが、奏はグチグチとそう零した。
『はいはいというわけで、みんな頑張って通路ふさごうねー?』
 と、手を振りながら奏が言えば。
『あ。私はポッド側の道整備しとくねっ』
 クリアは満面の笑みでそう言って。
『‥‥ってことは、私が塞げばいいわけか』
 ――別にいいけど、と。悠は小さくごちた。
 どうせ、殴って散らすくらいの心算だったのだ。殴る相手がいない現状、丁度言えばいいといえば丁度いい。
 瓦礫の山に登っては、手頃な瓦礫に手をのばし――幾つかある通路へと、運んで行く。

 気がつけば結構な数の瓦礫を運び出していた。悠の膂力は、細身に似合わず凄まじい。なにより、単純作業ならお手の物だったせいだろう。無心に作業をしていたら、いつの間にか通路には瓦礫が所狭しと犇めいていた。
 敵は――まだ、来ない。
「‥‥いっそ来てくれないかね」
「いやいやいや、面倒増えるだけやん!」
 悠の深い嘆息に応じた声は、電磁が爆ぜる音を貫くべく怒声に近しかった。
「‥‥なにしてんの?」
「くっくっくっ、見てのお楽しみや。バグアめ、無駄にハイテク効かせた事を後悔するが良いっ」
「‥‥そ。クリアの方は手伝わなくてもいい?」
「大丈夫〜!」
 クリアは傭兵達が消えた大きな通路付近の整理をしていたのだが、彼女にしても相応の膂力はある。退けるだけなら大した労苦ではなかった。今は、ポッド用に確保したスペースを更に広げるべく試行錯誤している所だったが、敵に備える方から人手を割く程ではない。
「‥‥そっか」
 悠は‥‥有り体に言えば、暇だった。


「‥‥じゃあ、運ぶわよ?」
 ――逃がして逃がして〜。
 怪訝そうにいうメティスの言葉を聞いているのか、聞いていないのか。脳裏に響く声がそう応じるのを聞いて、傭兵達はそれぞれにポッドの周りを調べて回っていた。
 対面したバーデュミナス人は身構えるでもなく、敵対の意志は示さなかった。表情からは伺えないが、その所作にはどこか冷静に、傭兵達の動勢を見極めようとしている姿勢が感じられていた。
 クリューニス――020と名乗った個体の通訳は、はっきり言ってあてにはならないのだが、辛うじてポッドを運び出す事に関しては了解が得られていた。
 にわかに、広々としたそこに音が満ちる。
 そんな中で、ルナはポッドを運び出す為に動きだした傭兵達から離れ――バーデュミナス人の方へと、歩いて行った。
「なぁ」
 声をかけると、ポッドの方を見つめていたバーデュミナス人――彼と呼べば良いらしい――が、ルナへと視線を向けた。
 相変わらず、感情の色は見えない。だが、その姿には感じるものがあった。
 勝手な共感かもしれない。それを確認するための言葉が通じないのだから、如何ともし難かった。
 バーデュミナス人の視線を受けながら、ルナは視線を巡らせた。カグヤがふらふらと消えて行った扉の先には通路が橋のように伸びている。その下には液体が満ちており、そこには――胸辺りまで身を沈めた赤い機体の影が、確かにそこにあった。
「‥‥‥‥」
 ――『半身にして相棒』、ね。
 道中で聞いた声が、引っ掛っていた。ここで進めば、味方を危険に晒してしまう。諦めるしかないのか。それとも。
 彼女は道中から、そう逡巡していた。
 だが‥‥それを見たら、想いは固まった。
 視線の先で、カグヤが赤い機体――フィーニクスへと飛びつき、装甲にしがみつきながら登っていた。その手前では、カグヤに続いて遅れて足を踏み入れた隼瀬が、室内を隈無く視線を巡らしている。
 ルナが見たのは、その動きに気を取られ、動きを止めたバーデュミナス人の姿だった。
 カグヤが登る先に何があるのかをルナは知っている。目の前のバーデュミナス人だってそうだろう。だから、『彼』がカグヤの姿に何を感じたかだけは、手に取るように解った。
「‥‥ミィブに、仲間を助けてと頼まれた」
 これだけ外見や生態系の異なる種族では、どう言う風に語りかけるのが礼儀なのかとか、場にそぐわぬ想いを抱いたが‥‥続ける。
「出来るなら、フィーニクスを、置き去りにしたくない」
 クリューニスは、どう翻訳しているのだろうか。この語彙は、通じるだろうか。解らない。
 でも、言い出したら、最早続ける他なかった。
「手を貸してくれないか。寝てる者から、信頼している者を起こして状況を説明して、皆で期待を運ぶとか。自爆装置は‥‥」
 出来ればAUKVを除装したかったが、大気は十全では無さそうだったために、諦めた。そのかわりに、ルナはつと、装甲が覆った指でカグヤを指し示す。バーデュミナス人の目線は、再びそれを追ってカグヤへと注がれた。
 ――くる、る。
『彼』の喉元が、小さく、高く、鳴る。彼等にとって自分の声も、「こう」響いているのだろうか。返答を待つ間がいやに長く感じられる間、ルナは茫とそんな事を思った。
「ちょっと撃つよ。別に、機体を傷つけるつもりとかじゃないから‥‥っ!」
 隼瀬が詫びるようにそう言って引金を引くと、軽い銃声が木霊する。狙いは、フィーニクスを監視すべく据えられたカメラ達だった。
 隼瀬は祈るように、引金を引き続けた。これから、どれだけの機体を救えるかは、解らない。だが‥‥出来る限りの事は、しておきたかったのだ。
 ただ。
「‥‥ごめんね」
 全てを運び出す事は困難だと、隼瀬は知っていたから――隼瀬は小さく、そう言った。

 彼等の視線の先。
 カグヤは、フィーニクスの肩口に取りつき、機械剣を掲げていた。
 自爆装置の場所は事前に確認していた。だが、失敗したら木っ端微塵になる可能性がある。緊張に、自然、手に汗が籠る。
「‥‥ふぅ」
 深く、溜息をついた。清冽な酸素が肺に満ちるのを感じながら‥‥覚悟を籠め、機械剣を振り下ろした。
 振るわれたのは、機械剣『サザンクロス』。
 願いを持った時、煌めきを放つとされる武器。
 その銘に適おうとするかのように、機械剣から伸びる光条はより一層の輝きを放つ中‥‥光条がフィーニクスの装甲に届くや否や、凄まじい閃光がカグヤの目を眩ませる。
 それでも、カグヤはゆっくりと、確実に刃を進める。
 光刃は装甲に通じた。ならば、自爆装置を外す分には十分可能だろう。時間をかけすぎる訳にはいかないが、それでも、確実に。
 過度の集中に、視界が凝る。
 ‥‥だから、彼女は別室の異変に気づきはしなかった。


「‥‥ほゥ、で、結局魚介系異星人さんは、お仲間を叩き起こしておると」
『そうなるね』
 無線で、ポッド回収側の状況を報せる声が届いていた。通信の相手はルナ。
「起こすまでで二、三分のロスやぞ」
『‥‥すまない』
「‥‥‥‥ハァ」
 聞こえよがしに吐かれる溜息は、奏のものだった。それもそうだろう。彼自身は機体の回収は一機で十分だと思っていたのだから。
「ボクも、ホントはあれを回収してあげたかったんだよね。‥‥大切なものみたいだしさ」
 取りなすクリアは、言葉通りに嬉しげだった。負担は増してしまうが、その結果にはまだ、可能性がある。前向きに捉える彼女だからこその、明るい言葉だった。
「結局、そうしたんだ」
 それなりにルナと付き合いのある悠は、在る意味で結果を予測してもいた。ただ、その場にいる訳でもない上に、徒に口を挟んでも現場は拗れるだけだろうし‥‥自分にはその資格も無いのだろうと諦観していただけの事で。
『‥‥私も乗機に愛着があるんで、見捨てたくないのよ』
「‥‥さっさと運んで来ィや。今更何言ってもしゃーないし‥‥」
 それに、と。奏は続けた。
 フラガラッハ達とステーション勢力の戦闘は激しさを増している。その中で、微かに響く気配を感じていた。どうやら、バグア達がこちらの動勢に気付きつつ有るようで。
「‥‥ふぅ。やっと、か」
 悠だけが、待ちかねたようにそう零した。


「‥‥っと、これ、電源みたいなのを抜いてもバッテリーみたいな物で暫くは動くみたいだね」
 隼瀬がその事に気付いてからは、傭兵達の動きは早かった。
 バーデュミナス人が五個分のポッドを解凍させ始めた頃には、すでにポッドは運びだされつつあった。
 バーデュミナス人はそもそもの身体が大柄だった。だからこそ、彼等が眠るポッドは相応に大きい。一つが三メートルを容易く超えるほどに大きい。
「む。コレは中々だね」
「‥‥いけそうですか?」
 そのポッドの巨大さ故に、それを独りで両肩で掲げるのは至難と見た長郎は片方を右肩に掲げた後に、藍に頼んでもう片方へと載せてもらう。彼自身の膂力には余裕があったが‥‥その大きさが難関と言ってよかった。長郎は左右から中心に寄せる要領で支えるが、挟まれる頭が微妙に痛む。
「‥‥まぁ、痛いだけなら何とかなるんだがね」
 仕事柄、痛みには慣れている。そう言って長郎は駆け出した。いざとなれば活性化をすればいい。幅広な通路だからこその荒技だったが、上手くいっている。
「なんていうか‥‥すごいね」
「‥‥ええ」
 その姿を見届けた隼瀬が一筋の汗を零しながら言うのに、藍もまた微妙な面持ちで応じていた。
「エイミー、これでもいけるの?」
「‥‥大丈夫そうです。キャリアーも、KVの弾薬とかを運んでいる奴ですから」
 他方、エイミーの方も中々に凄まじい光景だった。ポッドをキャリアーに巧みなバランスで三個積みにし、強引に持って来たロープで固定する。こちらも力技にも程があったが、それが出来るのは能力者ならではと言っていい。
「では、先に行きます」
 飽くまでも無感動、無感情に言いながら駆け出したエイミーの背を、同様にキャリアーにポッドを積み込んだ藍が駆け出した。彼等のその足取りは速いが、気持ちには余裕がある。
 ルナが言葉を掛けた事が切欠で、状況は固まった。
 可及的速やかにという方針の中で、一挙に最大三分の猶予が生まれた。能力者達にとって、その時間は余りに過大な時間と言っていい。運び出すべきポッドも十九個となり。二往復‥‥最低でも三往復すれば終わる。道中に敵が立ち入る余地がなかった事を思えば‥‥運び出すだけならば、十分余裕があった。
「ああヤダ。普通こんなの女が持つような物じゃないわよね。変な風に筋肉ついたらどうしよ」
「まあ、大丈夫だと思うよ」
 エミタ、凄いし。ルナがそう言えば、奇妙な説得力がある。
「‥‥それもそうね。ところでアレ、置いて行って大丈夫なの?」
「‥‥多分それも、大丈夫」
「あ、そ」
 バーデュミナス人一人だけがその場に残っていた事を指しての言葉だったが、直接相対したルナがそう言うのであればそうなのだろう。特に執着するでもなくメティスはそれを容れた。
「‥‥にしても」
「うん?」
「バーデュミナス人の陸上での歩き方がまさかあんな感じだとは思いもしなかったわ」
「‥‥ああ」
「可愛かったわね」
「‥‥ノーコメントで」



 工夫が功を奏したのもあるが、先に出た者達よりも先に藍がドッグ部に到達したのだが、それを最初に迎えたのは奏の喝采であった。
「ほれ見い!」
「‥‥どうしたんですか?」
 事情が解らずに、藍は退屈を紛らわせるべく銃のチェックをしていた悠へと問うたのだが、返ってきたのは深い溜息と指で指し示された金属質の扉のみ。
 その前で、奏は小さくガッツポーズをしてはしゃいでいたのだが‥‥。
「溶接されてるんだよ」
「ああ、なるほど」
 なおも怪訝そうな藍に、悠はそう言った。バグア達は果てしなく積み上げられた瓦礫を迂回した結果、奏が溶接した扉へと殺到したようだった。何事か試行錯誤しているような声だけが空しく響いている。それなりの数の敵がいるようだが‥‥。
「手伝わなくても‥‥?」
「んー‥‥早いところポッドを回収してもらった方がいいかなぁ?」
 藍の問いへの返事は、銃を構えたままのんびりとしているクリアだった。今でこそ敵は壁の向こうだが、いつまでも抑えきれる保証はない。
「‥‥解りました」
 その声を背に、藍は来た道を戻っていく。長郎とすれ違い、藍と同じようにカートを押すエイミーとすれ違い、隼瀬達とすれ違いながら、駆ける。
 広い部屋には、バーデュミナス人達が眠るポッドのうち幾らかが高く駆動する音と、隣室でカグヤが機械剣を振るう音が響いている。その中で、一体のバーデュミナス人が立ち尽くしていた。
「‥‥愛機との別離は、辛いでしょうね」
 ふと、隣に響いた声に、藍は驚いて振り向いた。
 そこには、静けさを含んだ金色の瞳で彼等を見つめるエイミーが居た。
 兎角、戻ってくる速度が明らかに異質だった。彼女より先にドッグについたであろう長郎はまだ、遠くに見えている。
 だが。
(‥‥そうか、迅雷)
 僅かに逡巡し、漸くその事に思い至った藍は小さく頷いた。
 落ち着いてみれば、藍の目には感情を示さぬ瞳でそう言うエイミーの姿が、どこか寂しげに見えた。彼女の視線の先には、目覚めを促しているポッド達と‥‥フィーニクス達がある。
 残る機体は置いていく事になるのだろう。これから目覚めるバーデュミナス人はまだ良い。だが‥‥今なお眠る、彼らは。
 藍はエイミーの視線にふと、そんな事を思った。
「‥‥今は、時間も戦力も足りないですしね」
「そうですね」
 簡素な言葉は無機質なままだ。でも‥‥そこに、彼女の心の裡を感じてしまうのは、自分の勝手な思い込みだろうか?
 藍は自問しながらも、ポッドをキャリアーに積み込み始めた。
 ここは、戦場だった。なら、そういう事を話すのは‥‥また別の機会でもいいだろう、と。


 二往復目の傭兵達が戻り始めた頃。バグア側にも動きが見られていた。
 いかに溶接されているとはいえ、相手はバグアだった。肚を決めたバグアは、扉を壊す事を選んだ。瓦礫を積んでおり、それをバリケード代わりに銃撃を重ねているが――如何せん、数が多かった。
 バーデュミナス人達はまだ、目覚めていないそうだ。
「‥‥ったく、要らん事をしたせいやで、ほんま‥‥道具に気にかけすぎて持ち主殺してもうたら道具側にも迷惑やろ」
「まぁまぁ、がんばろうよっ!」
「‥‥ハァ」
 奏とクリアのそんなやり取りを聞きながら、悠は片手で銃撃を重ねながら、つと、手にした刀に視線を落とした。
 後方から鈍く駆動音を響かせるポッドは、過日の一連の出来事を想起させる。
 ――我ながら、重症だな。
 中途半端は好きじゃない。それだけの理由で、彼女は此処にいた。
 あの時脳裏に響いた声に、心を奪われてしまったのだろうか。悠は自問して‥‥苦笑した。
 ――無いか、無いな。
 今此処にいる。それが全てだ。
「アンサラー。‥‥で、良いんだっけか?」
 苦笑したまま、囁くように零す。なんとなく、物好きには非常に馴染む言葉のように思えた。
 悠はそのまま、刀を手に気軽な足取りでバグア達の方へと足を進める。強引に瓦礫を破壊しながら道を開こうとする彼等を、もう少しだけ足止めしなくてはならなかった。
「ちょっと退いといて」
「お? りょーかい」
 気怠げに言う悠の意図を汲んだわけではないが、奏はその言葉に応じ、飛び退る。

 瞬後。

 悠が刀を振り下ろすや否や、凄まじい衝撃がステーションの通路を叩いた。金属質の廊下に吸い込まれるように響いたそれは、次いで、絵空事のような光景を刻む。
 悠を中心に、十字方向に。刀を降ろした一点から湧き上がるように破壊の爪痕が振るわれた。
 重厚なKVが振る一撃よりも尚も強く。衝撃は、通路の天井まで届いた。
「‥‥っと」
 攻撃範囲を微妙に失念していたのか、悠は落ちる影に慌てて一歩退く。
 積み上げられていた瓦礫はバグア達に覆いかぶさるように爆ぜ‥‥そして、天井が、低く唸りを上げて落ちる。
「‥‥わー、派手‥‥!」
「ひゅー‥‥やー。ラクチンやな。重畳、重畳」
 クリアと奏の喝采が響く中、通路に戻って来た悠はふと、それに気付いた。視線の先では揃ったポッドの積み込みが行われている。だが‥‥。
「‥‥あれ、カグヤは?」
「いや、それがだね――」
 悠の声に錦織は肩を竦め、事の運びに興味深げに笑みを深め‥‥言った。


 作業に集中していたカグヤの脳裏に声が響く。
 ――のってー。
「‥‥解った」
 声に、作業に集中していたカグヤは赤い機体から飛び降りた。最後に団扇様の超機械を振るい、フィーニクス達に傷をつけていく。持ち出せなかった赤い機体達に施す、偽装として。
 それを終えた後、赤い機体のうちの一つが水中から彼女へと向けて延べる手にカグヤは飛び乗った。
「オッケー」
 カグヤの声が、恐らくクリューニスによって伝えられたのだろう。僅かな間の後、赤い機体の各所が動き始める。

 ――ありがとう、って言ってるのー。
 そんな声が響いたのは、最後のポッドが運び出されようとしている時の事だった。
 時間切れ。落胆を覚えながらも、カグヤがその場を後にしようとした、その時だ。
 ――このこは、つれていくってー。
「‥‥?」
 唐突な言葉に、カグヤの理解が遅れる。
「ふむ」
 だから、その声に応じたのは長郎の方が先だった。
「くっくっく、なるほどね。確かにその方が効率的だね。先にドッグにいっているよ。そのまま続けていたまえ」
 二つのポッドを掲げた長郎が言うとシュールなのは否めないが、現状をまるっと理解するには、カグヤはまだ幼かった。だが、保証があるのなら‥‥いいのだろうか。
 まだ、此処で、願い続けても良いのだろうか。
 悩みながらも、カグヤは残って自爆装置を取り除き続ける事を選んだのだが‥‥。


 ‥‥まさか、フィーニクスに運んでもらう事になるとは、思いもしなかった。
 機体の胸元まであった水が瞬く間に引かれていき、機体の全容が明らかになる。鮮やかな朱色に彩られた機体が、カグヤの目の前で続々と動き出していた。
 それが、自分達の成した成果だと思うと‥‥少しだけ誇らしく感じられ。
「ひゃはー」
 何と言っていいか解らず、カグヤはそう言った。相変わらず抑揚は無かったが‥‥何となく、相応しい言葉だと思ったのだ。
 その言葉を受けてか、ただの偶然か。カグヤを運ぶフィーニクスも動き出す。
 幅広の通路は、フィーニクスにとってはやや手狭なようだったが、進む分には問題がないようだった。そう間をおかずにカグヤはクノスペ達が待つドッグへと運ばれたのだった。
 丁重に降ろされた後、カグヤは丁度積み込みが終わった頃合いに滑り込むようにしてクノスペのコンテナに乗り込んだ。
 閉じて行くコンテナの中。フィーニクス達が静かに此方を見ているように感じられて、カグヤは扉が完全に閉まるその時まで、ずっと。彼等の姿を視界に収め続けていた。


 連絡を受けたヴァルトラウテの降下に合せるように、クノスペが次々とVTOLで離脱していく。強行偵察の名残か、ヴァルトラウテは至る所が傷ついていた。一方で、ヴァルトラウテのように防御能力に特別優れているわけでもないフラガラッハの損傷はより深く、戦闘を続けられている事そのものが僥倖と言って良い。
 だが、傭兵達を迎えたその時、その戦域に在るクルー達は不平の一つも零さなかった。
 傭兵達は仕事を果たしたのだ。その意味は、宙空を泳ぐように機動する六機の機体を見れば明らかで。
 二艦は全速で離脱を開始した。
 この戦域に置ける目的は――『全て』果たせたのだから。

「しっかし、昔、イルカさんが攻めて来るぞとかいう未来予想図があったよなぁ‥‥」
 KV用のスペースに降り立った奏は、何気なく危ない事を呟いた。
 瞬間、時が凍ったような錯覚が辺りに満ちた。が、数瞬の後には何事も無かったかのように、バーデュミナス人達のポッドの積み降ろしが再開される。
 彼等を起こすのは、暫し後の事になるだろう。
「‥‥人類は、バグアと出会って戦争になった。でも、信じたいんだ。宇宙には友達になれる宇宙人だって居るんだって」
「そう、だね」
 丁寧に運ばれて行くポッドを眺めながら落ちたクリアの声を、隼瀬が拾った。隼瀬の視線もまた、クリアと同じ所へと注がれている。
「俺は‥‥謝りたいな」
 ――謝る事から、始めたい。そう、隼瀬は結んだ。
 じくじくと隼瀬の胸に滲むのは‥‥去り際に見た、赤い機体の姿だった。
 ――大きかった。
 だからこそ、尚の事。命を優先せざるを得なかった自分の無力が、赦せなかった。
「‥‥謝り、たい」
 そう言う隼瀬の背にクリアはそっと手を伸ばした。
 隼瀬の揺れる心を、掬うように。

 状況は終了した。
 全ポッドと多数のフィーニクスの回収は、この戦争に少なからぬ影響を与える事になるが‥‥それはまだ、先の話だ。
 今は緩やかに、激変の収束を待つばかりであった。