●リプレイ本文
●
戦場は、まだまだ地球に近しい。視界を巡らせれば、深い青から瑞々しく変化していくグラデーションを帯びた地球が、傭兵達を見上げているのが分かる。見る者の胸を打つ程の威風を、柔らかな白雲が彩っていた。
もっとも。
そこを貫く電波に乗った音声がその光景を台無しにしている現状は、如何ともし難かったのだが。
●
連絡は、歓声と共に叩き付けられるように届けられた。陽気で、暢気で、熱に満ちた声。
「‥‥ああ、保険には入ってるぜ」
呟く声がソラに落ちた。アレックス(
gb3735)だ。口の端を愉快げにつり上げ、思う。
背には如何なる鎧も貫き通すと謳われた剣の名を冠する艦。
――なら、俺達もトゥアハ・デ・ダナーンの一員、なんてな。
そうして、まるで神話の時代だと少年は笑みを深めた。
『くはっ! 楽しくなっちまうじゃねぇか!』
共鳴するように、無線に威勢の良い声が響いた。宗太郎=シルエイト(
ga4261)だ。
『後ろからやべぇ奴らが来る、な! おらアレックス! 気張ってかからねぇと、陽気なお兄さん達に掘られちまうぞー!!』
ここまでくると、下世話な話もいっそ清々しいのだが。
「‥‥何言ってんだ、先輩」
少年のスルースキルも中々に高い。
「うちにはよう真似出来しまへんけど」
くす、と笑みながら月見里 由香里(
gc6651)が言う。覚醒を示す仄かな灯りが踊る中、細指は軽やかに舞っていた。
「あないなノリもあれはあれで味があるのかもしれまへんなぁ」
遠く、視界の先に在る敵影を見据えながら、由香里はその全てにナンバリングを施し、友軍へと伝達していく。
『遠方に増援もいるようです。そちらの管理もお任せしても?』
「構しまへんよ」
静かに響いた声はアルヴァイム(
ga5051)のもの。彼も情報の扱いに関しては留意しているが、今作戦では前衛に立つ事になる。由香里はそれを了承した後、こう告げた。
「‥‥ともかく、招かれざるお客さんには早々にお引き取り願わなあきまへんな」
●
傭兵達はフラガラッハの進行ルートに合わせて右舷と左舷に展開した。
右舷に由香里、桐生 水面(
gb0679)、霧島 和哉(
gb1893)、アレックス。
左舷に御鑑 藍(
gc1485)、カグヤ(
gc4333)、アルヴァイム、宗太郎。
それぞれに前衛と後衛に別れながら敵を迎撃する構えだった。大きく数に勝る敵は分散し、バグア側の数は左右夫々にキメラが六、ワームが三。
右舷側。水面は迫る光点を見据えながら、僅かに唾を呑んだ。
彼女にとってこれは、初めての宇宙戦だった。笑んではいるものの、自然、気持ちは固くなる。
共にあるのは、長きを共に過ごした愛機ではない。初の実戦が少し気がかりではある、が。
「なかなか面白い人達やった」
ぽつ、と。呟きは足下に。
――しっかり露払いの任を努めてみせんとな。
思えば、手に力が籠る。水面の旧愛機の魂を継いだ、新たなコクピットはそれを柔らかく受け止めた。
「‥‥ローズマリー、うちに力を貸してや!」
水面の言葉を背に、右舷側、二機のシラヌイがブーストを開始した。
加速する機体の中で、くすくすと和哉は笑っていた。ヤンキースの狂乱ぶりと戦場のギャップが、彼にとって愉快だったのもある、が。
『余裕ありそうだな?』
「‥‥や、別に、余裕な訳じゃないよ。きっと、多分」
応答に、アレックスは呵々と笑った。返す和哉の笑い声は何処かぎこちない。 KV戦は今ひとつ勝手が掴めず不得手。加えて、初の気圏外戦闘だった。
――迷子になっても地球にダイブすれば、墜落するだけで済むよ、少年。
どこからか響いた幻聴に和哉は僅かに身を震わせる程度には‥‥有り体にいえば、彼はビビっているのであった。固さを増した笑みは、開き直っただけのもの。
『ま、宇宙でもいつも通りに、ってな。行くぜ、相棒』
「‥‥ん。頑張ろうか、相棒」
それでも、行くしか無い。元より機動力に優れた機体だ。火線を交えるまでは――一瞬。
他方、左舷。
「血気盛んな方達ですね。少し、言葉が悪いですが」
時折無線に響く喝采を聞きながら、藍。
『なんだ藍、楽しそうで上等じゃねぇか!』
『ひーはー、お手伝い頑張るー』
同情の籠った藍の声とは対称的に、宗太郎、カグヤはノリノリだった。もっとも、カグヤの声には抑揚が無く、今ひとつ締まらないのだが、ご愛嬌。
――やっぱり艦長、大変そう。
溢れた藍の呟きを、拾う者は無かった。
なお、アルヴァイムは特別感想を示さずに沈黙を保っている。
なんとも不思議な空間だ。
『っと、来たな!』
つと、宗太郎の声が響いた瞬後、機体から大量の白煙が吐き出された。
K−02。
『まぁ、常套手段だがな‥‥開幕の花火にゃちょうどいい!』
数百の弾頭はキメラ達へと喰らい付いて行く。その跡を追うように、四機は加速。先を往くのは藍機とアルヴァイム機。その後背を、カグヤ機と宗太郎機が埋める形。
『ひーはー』
機体のブースターが放つ光輝に続いて、少女の長閑な気勢が響いた。
●
右舷側。
アレックス機と和哉機が切り込んだ。それを水面機、由香里機が支える。二機のシラヌイS型は良く動いた。逆説的だが、制約のある地上機だからこそ、か。それを支える二機の動きも、状況に良く適合している。
離れた位置から火線を交えただけで強敵と解ったのだろう。敵はシラヌイ機へと群がっていく。両シラヌイはブーストで加速しており、さらに由香里、カグヤ両名の電子支援もある。その機動には目を見張るものがあった。
――だが、敵の数も多い。被弾は嵩んでいく。
一方で後続の由香里、水面への負担は小さい。由香里機、水面機は前衛二機へと喰らい付くキメラ達へと横合いから弾幕を叩き付ける形だ。
『派手にしてはりますわなぁ』
『せやね、おかげで楽できるけど‥‥っと!』
時折溢れてくるキメラが後衛へと向かってくるが、水面のアサルトライフルで接近の間に穿たれ、果てていく。
加速し、縦横無尽に動く前衛の動きを、水面は想定していた。故にその射撃にも滞りはなく、由香里も情報支援と戦闘の両立が果たせている。キメラ達の死角に回るようにして、由香里機はミサイルと弾丸を浴びせた。
『しっかし‥‥燃費が悪過ぎるな』
「‥‥そう、だね」
互いに視野を広げるべく、夫々に違う目標を狙いながら【矛盾】。
ブーストの消費練力を思えば、和哉機の練力はやや心もとない。抜ける所は抜いておきたかった。
多方向から接近を優先するバグア達を前に、和哉はアサルトライフルでの弾幕を強いられたが、吐き出された弾丸はキメラ達を貫き、血の華を宙空に咲かせる。
総じて、十と数秒。一枚一枚と剥がすようにキメラを墜していくと、キメラを前衛に後衛から火力を集中していたワーム達が剥き出しになる。
「増援、は?」
『あと、十秒ほどやねぇ』
『オーケー。さっさとケリつけちまうか!』
●
左舷側。こちらも、構図としては右舷側と似た形だ。
カスタムされている藍、アルヴァイムの両機が先行。宗太郎とカグヤはその後方につく。
ただ、その戦闘経過は右舷側とは違っていた。
『ひーはー。後方艦隊の射線上に連れて行くにはちょっと遠そうなの』
『そのようで』
カグヤ、乗機のピュアホワイトでロータスクィーンを起動させ、敵を捕捉しながら無線に告げた。応じた声は、戦闘機動を取りながら艦隊の動向に留意していたアルヴァイムだ。
吶喊するフラガラッハを射撃で援護する都合上、誤射を避ける意味でも二艦は左右に広く展開していた。敵性艦隊との撃ち合いとその射線は自然、フラガラッハの到着予定地点である現在地からは僅かに遠い。
そうこうしている内に、敵の方からやって来た。蛇と昆虫が綯い交ぜになったようなキメラが身をくねらし、歯を剥いて藍機シラヌイへと突進するが、藍機はこれを難なく回避した。彼我の機動性には大きな開きがある。ブーストに伴う慣性制御を利用し、通り過ぎ際に手にした機剣で三閃。
無音の悲鳴をあげながら、身体の至る所に灯った赤光が掻き消えていく。
しかし、吶喊して来たキメラは一体では無い。
ブーストで加速した藍機の立ち回りは鋭いが、右舷同様、複数のキメラがフロントに立つ藍機の回避機動を抑えるように覆って行く。
『させねぇ‥‥!』
『ドテッパラにくらいやがれー』
宗太郎機、カグヤ機からの支援射撃は、やや後方から。実弾、レーザーはそれぞれにキメラを貫き、焦がすが完全に足を止めるには到らない。藍機の機体に細かな傷が刻まれて行く――が。
突如、キメラの動きが乱れた。
『? 急に動きが鈍くなったの』
カグヤの疑問に、応える者がいた。
『ワームと交戦を開始しました。恐らく、そのせいでしょう』
アルヴァイムだ。どうやら行間で敵指揮官機に迫っていたようだった。
アルヴァイム機は空間を泳ぐように激しく機動しながら、火線を交える。その一撃は中々に重い。宇宙用のワームの装甲は見る見るうちに穿たれ、果てるまでそう長い時間はかからなかった。
『カカッ! やるねえ‥‥っと、余所見してんじゃねェぞ!』
指揮官機の危機に身を返そうとしたキメラ達を、宗太郎達が見逃す道理もない。こちらも危なげなく敵戦力の駆逐を完遂していた。
その後、散発的に繰り出されたバグア達を、右舷側、左舷側共に同様にして駆逐していく。被弾していたとしても、カグヤ、由香里の索敵によりどの程度の戦闘が予想されるかも明らかになっていたから、特別方針に手を加える必要もなかったのだ。
そして。
●
フラガラッハは戦況全てを活用しながら急加速で向かい、他方バグア側の二艦は判断を強いられていた。フラガラッハを無視すれば接近され、これを狙えば、遠距離砲の的になる。
【‥‥面倒な】
【どうする?】
【決まってるだろう! 折角向こうから向かってくるのだ、撃ち落としてヨリシロを得る!】
【――そうだな】
人類側には解らぬ事だが、バグア側の二艦の間でそんな通信がなされていた一方で。
『聞こえるか傭兵ィ!』
陽気で騒々しい声が無線上に響いていた。
『《ピー》で《ピー》なフラガラッハのお出ましだぜェ!』
全長二百mを越す威容が、傭兵達の背へと到りつつあった。
『遅かったじゃねぇかニーサンたち! 早いとこそのデカイの《ピー》じまってくれ!』
『ひーはー』
『‥‥なんや、楽しんではるねぇ』
『うちはこのノリ、嫌いじゃないで』
『つーか先輩も規制かかってんじゃねぇか』
『‥‥まぁ、いいんじゃない、かな? 多分』
はしゃぐ宗太郎に、どこからともなく抑揚の薄いカグヤの喝采や傭兵達のぼやきが乗る。
『聞いたかヲイ!? 幼女が俺達に囁いている!』
『『ヤーハー!』』
――艦長、本当に、大変そう‥‥。
と、紳士達の雄叫びが幾重にも重なるのを聞いた藍が胸中で嘆息したと同時。
幾つかの動きが連鎖した。
一つは、キメラ達の制動が、傭兵達を無視しフラガラッハへと加速する動きに変わった事。
そして、もう一つが。
『ボォォス! ハイエナ共の片方が距離を取り始めやがった!』
「‥‥逃げ足だけは早ェな、チキン共め」
まぁいい、と紫煙と共に吐き捨て、『ボス』は告げた。
『畳むぞ』
●
動きに、言葉を待つまでもなく傭兵達は機動していた。
右舷側。殲滅速度に余裕のあったおかげで、ブーストを切る時間を取れた和哉機は辛うじて残り十秒最後のブーストを掛ける事が出来た。一瞬背筋を冷たいものが通ったが、見なかった事にする。
水面機はブーストを起動し、バグア艦との距離を測る。加速して、喰らい付けるか。
『‥‥無理そうやな』
『そう、ですね』
藍もまた、距離を取り出したもう一艦を見据え、言った。もとより距離が離れていた事もあるが‥‥目先の敵への対処が優先されたからだ。
加速したキメラ、ワーム達に喰らい付くようにして右舷側の四機は加速。
『ワームの位置は!』
アレックスの声は由香里へと向けられたもの。
『座標をおくりますわ』
敵の動勢を管理していた由香里は、掌の上で弄ぶようにして、敵の急所を指し示す。
そうして、最前を行くはアレックス機カストル。秩序だったキメラ達の隙間を縫うようにして被弾を堪えながら加速。その脇を固めるようにして、和哉機ポルックスが幾重にも銃弾を吐き出す。
『アンタらも簡単にはいかさへんで‥‥!』
少年達を無視してフラガラッハへと向かうキメラ達は、水面機が加速し喰らい付き手にした大剣を振り抜けば、太陽の如き輝きが剣線にそって光を曳き、キメラを断ち切った。
最前。先頭を行くアレックス機。肉の壁を振り切れば、そこには、ワームが。
手は練剣。加速した速度を殺す事なく――アレックス機は、それを振り抜いた。
二閃の後、ワームは爆散。途端に、群体のように加速していたキメラ達の動きが僅かに鈍る。
『あんじょう、動きも乱れて‥‥ほな、あとはキメラ達やね』
それを見届け、由香里は穏やかにそう言った。
他方、左舷側。
アルヴァイム機はこれまでと同様に、ワームを狙う。射程の長い武器の強みを活かし、機動に多少の差が開いても気にせず狙い撃っていく。機動は側面へ。射撃はキメラの隙間を縫うようにして。
『‥‥いかせません』
呟きのままに、藍機は温存していたミサイルを掃射。当てる事のみに主眼を置かれたミサイルは強化された機体で放たれると凄まじい。
ミサイルで足が鈍ったキメラ達を宗太郎が追撃する。
『――――ッ!』
裂帛の気合は、宗太郎のものだ。人型に転じたハヤテが背負ったブースターが点火し、爆発的な加速を伴って敵に迫る。
「すんなり通れると思ったかよ」
言葉は短く。動作もまた、生体と見紛う程に簡潔に。
「絆の居合、『羅刹・風牙』‥‥運がなかったな」
結果だけが遅れて刻まれた。振り抜かれた練機刀は熱を帯び、キメラを焦がしながら断ち切る――!
宗太郎の残心、その一方で、カグヤはヴィジョンアイを起動していた。対象は――その場に残り、フラガラッハへと砲口を向けるバグア艦。カグヤはその慣性制御装置の中枢を把握すると、すかさずヤンキ―ス達に共有した。
『ひーはー。敵のドテッパラ位置情報を送るの。一発ドギツイやつをブチカマシてやれー』
カグヤの口調は、言葉の割にやはり抑揚に乏しいが、楽しげで。
『聞いたかよボス! 幼女がやってのけましたぜェェ!』
――場を沸かせる魔力をも有していた。
『ハ。気が利く嬢ちゃんも居たもんだ‥‥お前ら。此処で外したら男が廃るぞ』
その通信と同時――ついに射程に、捉えた。
『撃て』
命令は、短く、簡潔に。
『『アンサラー!』』
応答は、陽気に。
光条は、伝承と違わず敵を貫いた。カグヤが示した敵艦の慣性制御、その中枢を。
動力を損ない沈んで行く艦に畳み掛けるように、G5弾頭ミサイルが喰らい付き――爆炎と共に。
――状況は終了。
完勝と言って良かった。次いで響いた喝采は、語るまでもないだろう。