タイトル:【QA】言霊の弾丸マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 19 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/20 01:10

●オープニング本文



「旗艦はブリュンヒルデIIを用いる。危険な任務ゆえ、撤退の足は速い方がいい。何か付け足す事は何かあるか、バグア?」
「見事だ、と申し上げます。人間。ユダに乗るエアマーニェは楽しい時を過ごすでしょう」

 通信を終え、オリムは小さく息を吐いた。それと気付かせぬ程の薄い吐息。
 傭兵達を死地へ送る事にではない。そんな事ではオリムは揺るがない。それは、今、一つの段取りを終えた事に関しての安堵であった。
 エアマーニェの4と名乗ったバグアは、言葉の刃を交わす相手としては容易い。だが、科学技術は勿論、価値観も、精神構造も、心理も、全てが異種の相手というのはそれだけで綱渡りを強いられているようなものである。
 此の場は交渉のための場だ。とはいえ、それだけでオリムや基地の面々の命は担保される保証は、この異星人達が相手な以上どこにも無い。
 彼女とて軍人だ。死ぬ覚悟は出来ている。
 だが。
 ――安売りする理由も、無いからな。
 オリムは胸中で呟き、立ち上がる。管制室の機器が鳴らす無機質な空間に、指揮官用のチェアが軋む音が響いた。
「このくらい円滑に全てが滞りなく完了する事を願います、人間」
 そこに降った言葉は、エアマーニェの4が発したものだ。
 発された不可思議な響きは、温度を感じぬ管制室のオーケストラに良く馴染む。
「事がそのように進めば、努力しよう。だが、貴様が持ち込んだ案では反発は必至だぞ、バグア」
「その為に、此の場に私がいて‥‥貴女がいるのですよ、人間」
「重々承知している」
 今度こそ、オリムは溜息を隠さずに、言った。
「出来れば、私の部下の隣に居る女が、もう少し話の解る相手なら良かったんだがな」


 簡潔に述べれば、エアマーニェの4が持ち込んだ降伏勧告、その骨子は以下の通りだった。
 一つ。統治。地球人類はバグアに承認された一つの政府の元での管理を為す事。
 二つ。納付。人類はバグアの要請に応じ、指名された個体を出頭させる事。
 三つ。履行。上記全ての事柄が為された場合に限り、地球人類の安寧を約束する事。

 幾人の犠牲のもと、全体の安全を担保する。
 波紋を呼ばぬ訳が無い。
 だが、事と次第によっては受け容れざるを得なくなる事は勿論、現時点でもそれを受け容れる事を望む者が現れる可能性がある事も容易に想像がつく。
 人類と同じように、バグアもまた多くの人員を失っている。それに見合うペイをバグアが望む以上、確かに担保される平和はあり得るのだろう。こと此処に及び、戦争目的は揺さぶられるのかもしれない。
 人は何の為に武器をとり、争うのか。
 こと、このバグア達との戦いにおいて、それは何を意味するのか。
 ――無益な問いだ。
 そこに耽溺するのは学者や政治家、マスコミ関係者達の仕事だとオリムは思う。
 だから、だろうか。現状を思えば自然と、オリムは嘲笑に似た衝動に駆られるのだ。
 地球上でエアマーニェ達が『一つの政府』としての価値を認め、交渉に降り立った組織がUPCであった事に皮肉を感じざるを得なかった。

 だが、それ故に。
 エアマーニェの4が告げた言葉に、オリムは僅かに逡巡する事になる。


「貴女が統一政府の早期樹立が困難とする理由は解りました。一定の時間が必要である事は認容しましょう」
 長い問答の末、漸くの言葉にオリムは小さく目を閉じ、言葉を吐いた。
「当然、だな」
「ですが、何故波紋を呼ぶに到るかが理解できません。滅亡か、生存か。どちらかしか道が無い以上、結論も明白な筈でしょう」
「統治しようとするなら、理解を示して欲しいものだな、バグア。私は貴様の教師ではないぞ」
「ならば、理解に足る根拠を提示しなさい、人間」
 この調子だ。
 幾度目かの重い息が漏れる。疲労と呆れが綯い交ぜになったその音に、部下が怯えた視線をこちらへと向ける。
 交渉とは名ばかりの圧倒的な無理解。つくづく、眼前のバグアの背後に立つユダを憎く思う。
 オリムの溜息に、エアマーニェは視線を脇に立つ女性士官に向け、言った。
「貴女は彼女が言う事に納得できますか、人間?」
「え、ぁ‥‥は、はい」
「‥‥なるほど。では、話は簡単です」
 怯えた士官から目を逸らさずに。
「人間を理解するには、人間の知識が必要なようですね」
 エアマーニェのその意図は余さず、解せられる。女性士官が息を呑む一方で、オリムは静かに口を開いた。
「――徒にヨリシロを得ようとしない事だな、バグア。そうなればこの交渉そのものが割れるぞ」
 血塗れの刃の様な不吉が宿った言葉を、正面から砕くような、意志の籠った言葉だ。
「そうですか。ですが、それでは此の場での結論が得られません。貴女方は至急、この一件に対する根拠を提示するべきです」
「‥‥ふむ」
 そうして、オリムは思案する。

 エアマーニェが降り立って以来、北米戦線の大拠点であるオタワ基地は、平素にも増して警戒を深めている。
 それは、内部に居る最大脅威に対してのものではない。
『内側』に向けられた警戒では、無い。
 エアマーニェ来襲時、オリムと同じくオタワに居た覇道中佐の指揮のもと蜘蛛の子一つ見逃す事のないように張り巡らされた警戒網は、『外部』へと向けられたものだった。

『私は民衆の意見を代弁しているのだ。その私が会いたいと言っているのを断るのは民意に反している。これは軍の専横だ!』
 ――こういう輩を、今のエアマーニェに接触させる訳にはいかないのだ。

 オリムが今しがた思いついたプランは、それを、崩すリスクがある。
 だが。
 それを機と捉える事が出来るかもしれない。

「‥‥ならば、実際に尋ねてみてはどうだ」
「どういう事です、人間?」
「軍人だけの意見では無意味だろう。民間人を呼ぶ。そいつらに実際に賛否を尋ねてみれば良い。ケースを重ねれば、論拠に足る情報が得られるだろう」
 オリムは、口の端を歪めて、言う。
「それは」
「ただし、だ。情勢に気を払う必要がある現状、私が用意できるのは機会だけだ。貴様の質問に答えが帰ってくる保証は無い。貴様からの一定の歩み寄りは必須だと思え。それが呑めないのであれば‥‥」
「‥‥良いでしょう、人間」
 エアマーニェ自身、『統一政府の設立』の妨げになるからと、外部との接触は極力断たれていた。なればこそ、これは彼女にとって望んでいた機会でもある。
 これは、一つの契機になるだろう。
 ブライトンは退いたが、他方、強硬派の幹部であるズゥ・ゲバウが動き出そうとしている。
 だからこそ、彼女は‥‥いや、『彼女達』は、成果を出さねばならないのだ。
 あの時のように。あの時よりもなお、不安定な現状で、あの時以上の成果を。
 これは、その動静を見極める、一つの契機になると、エアマーニェは感じていた。

 ――そしてそれは、オリムにとっても同じであった。
 後日、ULTに下記の様な依頼が張り出される事になる。

『北米、オタワでの意見聴取会』

●参加者一覧

/ 煉条トヲイ(ga0236) / エマ・フリーデン(ga3078) / キョーコ・クルック(ga4770) / 時雨・奏(ga4779) / アルヴァイム(ga5051) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / 鐘依 透(ga6282) / 錦織・長郎(ga8268) / 時枝・悠(ga8810) / 赤崎羽矢子(gb2140) / ソーニャ(gb5824) / 月城 紗夜(gb6417) / 夢守 ルキア(gb9436) / ラナ・ヴェクサー(gc1748) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / 天野 天魔(gc4365) / ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751) / 月野 現(gc7488

●リプレイ本文


 この報告書を読むもの全てに、重ねて問おう。
 ――貴方達の選択に間違いが無かった事を、果たして貴方達は朽ち行く同朋に誓えるのか。
 いずれ、全ての終着に貴方達は立つ事になるだろう。
 その結果は、今、この時の人類の手に委ねられていた筈だ。その結果を挽回出来ない時、それでも誓う事が出来るのか、と。

 時の流れは不可逆で、定まった命運は覆らない。そして、貴方達の命運は貴方達自身で掴む物だ。だから。

 貴方達が選んだ結果が何を残したとしても、貴方達には受け止める責任がある。

 物語は巡る。
 その転機の一つであるこの物語とその行く末を、見届けて欲しい。


 ヴェレッタ・オリム(gz0162)から告げられた真実は傭兵達に多彩な感情を抱かせた。
「バグア相手に意見を言うとか‥‥予想外過ぎだよ」
 キョーコ・クルック(ga4770)が、自身の細腕を抱くようにして言う。
「女王直々に面会してくれるとはね」
 ――良い機会だ。意志と共に、赤崎羽矢子(gb2140)。
「なぁんだ‥‥残念ですわ。えあまーにぇ暗殺計画ではないんですの?」
 巨大な滅斧を壁に掛けたミリハナク(gc4008)が嘆息し、抗議の声をあげる。
「査問会だと思ったのに‥‥」
 覚悟してたんだけど、と、ソーニャ(gb5824)が言う。

 控えめに言っても個性溢れる反応にオリムは苦笑した。意図しての事だったが、此処までばらつきがあるとは思っていなかったようだ。

「しかし‥‥ユダを使っての降伏勧告、か。この微妙な時期にやってくれる」
 苦い表情で、壁を背に立つ煉条トヲイ(ga0236)。重い気配が室内に響くや否や、時雨・奏(ga4779)が小さな挙手と共に、言った。
「退路は確保してるよな? お持ち帰りされたくないぞ」
「無論だ。だが、あのバグアにも立場がある。その点は大丈夫だと思ってくれて良い」
「ふーん‥‥ま、虎穴に手を突っ込んでみるか」
 悩んでもしゃーないしな、と赤髪を掻く。奏の言葉は、多くの傭兵達の胸の裡を代弁していた。ブリーフィングの最中から、この場にいる多くの傭兵がとうに肚を括っていたため、準備自体は極めて順調に進んだ。


 広大な演習場。その平坦な一角に二十数名の傭兵達と、エアマーニェの4、軍人二名がいる。
 ヘイル(gc4085)が手配を依頼したティーセットと菓子類が配されているのだが、それはともすればゴシップ記事として売り飛ばせそうな程に奇異な光景だった。
 状況に頓着をしないエアマーニェは最初にエアマーニェの4である事を名乗り、問いの言葉を発した以降、回答を待つように沈黙を保っている。
 互いに隙を伺うような奇妙な膠着の後、男が手を上げた。

 黒子――アルヴァイム(ga5051)だ。

●アルヴァイムの場合
 自身に課したタスクが他にある以上、最初に口を開いた男が彼であったことは必然であったかもしれない。
「答えはNOです」
 言葉には礼節が籠められている。それを汲むバグアでは無いが、それが己の領分である事を示すように。
「何故ですか」
「私自身がヨリシロになった所でバグアに見合う投資になり得ないからです」
「それを決めるのは貴方ではない筈ですが?」
「それでも。私はそう言いましょう」
 彼の言葉に傭兵達の中に苦笑の音がたった。ラナ・ヴェクサー(gc1748)や朧 幸乃(ga3078)といった彼を良く知る人間にとって、男の自己評価の低さは冗句に近しい。
「また、私一人の決断が全体に影響する可能性を思えば、それは他者への冒涜に繋がるリスクがあります」
「決断を恐れる心理とも取れますが?」
 意図しての事ではないだろうが、それは臆病者の論理だとバグアは言う。
「‥‥それでも結構」
 だが、男はそれすらも容れた。
「貴方達バグアにとっては、我々能力者も人の括りに入るのでしょう」
 それは、彼にしては珍しく私的な見解で。
「私は、人で十分です。それで事足りています」 
 エアマーニェの反応はない。一例として受け容れたようだった。
「私の質問は、最後にさせて頂けたらと思います」
「構いませんよ」

 流れが生まれ、次いで艶やかな仕草で手が上がる。

●ミリハナクの場合

「素敵形状宇宙人ですわ♪ 美味しそうですわね♪」

 こいつはこういう女だった。

 微妙な空気が場に満ちるが、女王はそれすらも頓着しない。
「このヨリシロは食用には適していませんよ、人間」
「あら、私にはそうは思いませんわよ?」
 くすくすと、女は妖艶に笑う。意図を汲む事の無いバグアを、尚も愛おしいでも言うように。

「私は人類の平和については興味はありませんが、ヨリシロになるのは構いませんわ」
 真っ直ぐに、言った。
「永遠に戦い続ける為にヨリシロになるのも楽しいと思いますの」
「‥‥」
「あっ、ヨリシロについての知識が無いわけではありませんわよ」
 言って、女は己の肢体を愛でるように撫でる。
「戦に浸った肉体と記憶が、バグアの意識を乗っ取ると言っているだけですの」
「それでも貴女はバグアになるのですよ、人間」
「ええ、ですから‥‥私は構いませんわ」
 確信と共に女は言った。
 それは彼女自身が見て来た人類のヨリシロの在り方に影響された物かもしれない。
「質問には答えましたから、私から問いを発しても?」
「どうぞ」
「バグアの中で、最も戦闘能力の高い個体はどなたかしら? 名前と、地位をお教え願えたら幸いですわ」
「‥‥」
 僅かな沈黙。情報の価値に対する逡巡‥‥だろうか。
「最強の個体という意味では、最も長きを生きたバグアであるブライトンが該当するでしょう」
 言葉に、ミリハナクは明らかな落胆を示す。それは、絡め手を使ったとはいえ既に人類が超えた山でもあるのだから。
 エアマーニェもそれ以上の言葉を発しはしない。この回答では、この辺りが関の山と行った所か。

「‥‥さて」

 終了の空気を感じて、青年が口を開いた。

●ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751)の場合
「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
 再度、空気が固まった。予想外の直球が多くないか。
「それは?」
「地球の人達では、年の初めをこう言って祝うんです。‥‥折角なので知って欲しいなと」
「そうですか」


「答えは、NOです。悪いけど、世界のためとか、そういう理由でヨリシロになりたくはないのです」
「それ以外の理由が?」
「ええ。僕自身としての自我を保てるのならヨリシロになっても構わないと思います」
「その意を汲む事も可能ですが?」
「‥‥ちょっと考えちゃいますね」
 唸るドゥ。黙るエアマーニェ。膠着はやはり、青年の言葉で解けた。
「あの‥‥これは、質問というよりお願いなんですが」
「なんでしょう」
「その‥‥『人間』というのを、止めて貰えないでしょうか」
「理由を述べなさい」
 ――通じるかなぁ。
 不安を覚えながら、ドゥは続けた。
「人間とはここに居る皆に言える事です。けど、それぞれに名前という物があります」
 ――自分が人でなしという自覚はありますけど。
「考えている事も各々で違う。機械のプログラムや体の細胞のように統一されている訳ではありません」
 だから。
「時折、喜びや悲しみ‥‥怒りや、憎しみ。様々な思いを分かち合ったり、ぶつけ合ったりしながら、皆は生きています。
 貴女とブライトンの考えが完全には一致しないのと同じようにです」
「個を尊重すべきだと?」
「ええ」
「それが尊重すべき個でも無い者を尊重する理由にはなり得ないと思いますが? ――”人間”」
 最後の言葉に、青年は大きく息を吐かざるを得なかった。

「‥‥それは、ヨリシロにすべき人間ならば尊重するとも取れます、ね」
 引き継ぐように、離れた所に立っていたラナが、言葉を継いだ。

●ラナ・ヴェクサーの場合
「ええ。全てにおいてそう該当する訳ではないですが」
「‥‥そうですか」
 距離を縮めながら吐き出された痩身の女の言葉は細い。
 胸の裡を占める思いをどのように言葉にするかを悩んでいる心が現れているようなか細さ。

「私は‥‥条件付きで、ヨリシロになる事を受け容れます」
「条件とは?」
「私がヨリシロになる事で‥‥誰かを指定して、その人を、保護したいかな、と」
 そう言った女の脳裏に浮かんだ幾人もの影を、エアマーニェは知らないだろう。
 それは、女にとっては自らを犠牲にしても構わない程の宝物。
 そこには愛している者がいる。師であり、兄であり、愛情を抱いている相手。
 そこには血の繋がらぬ妹がいる。細い銀髪が、思いの向こうで揺れる。
 そこには血の繋がった妹がいる。過去を共有している金髪の少女。
 そこには爛漫な友人がいる。脆い彼女を支えてくれる太陽の如き少女。
 そこには‥‥黒衣の友人がいる。長い銀髪は、時に言葉の刃を向けるが‥‥どこか心に残る女。
「見ず知らずの誰かの為には‥‥なりたくありません」
 その献身には大事な物が傷つく事を厭う心と、依存する心の弱さが綯い交ぜになっているのかもしれない。それでも、そう言った。
「約束を反故にする可能性も‥‥あるでしょうけど、ね」
「対象にもよるでしょうが。それが必要なのであれば、最善は尽くしましょう。人間」
 エアマーニェの言葉に、ラナは笑んだ。
「‥‥我侭を言っても、大丈夫ですか。もしヨリシロとなるなら‥‥貴女のような、強い個体と共になりたいもの、かな」
 その時彼女の心に去来したものは、過去の残滓達。

 だが。

「‥‥貴女が、それに足る個体であるのなら」

 それを、バグアは斟酌する事は、なかった。

●鐘依 透(ga6282)の場合
「‥‥そうですか」
 ラナとエアマーニェの問答の中で透は確信を抱き、言った。
 元よりバグアへの怒りはあったが、このバグアは人間の事を全く理解していないと。
「僕はヨリシロにはなりたくありません‥‥そもそも、それは僕にとって平和な事ではない」
 どこか遠くを見つめながらの言葉。
「いつ、自分の大切な人がヨリシロになるかも知れず、怯えながら過ごすなんて‥‥生贄が作ってくれる平和なんて、そんな欺瞞を僕は楽しめない」
 そもそも保証がない、と言う。
「一度隷属して牙を抜かれれば抵抗すら出来なくなる。そうなったら‥‥滅びるしかない。同じ滅びなら、最後まで戦って死んだ方がマシです。人としての、誇りを保ったまま」
「そうして拾えた命を自ら捨てるのですか、人間」

「‥‥人間が重視するのは、『全体』じゃない!」
 透はエアマーニェの言葉に反駁し、強く、言った。。
「尊厳、自由、個の意志‥‥」
 青年は、ラナへと視線を巡らせる。
「人は目の前の大切な人間一人を救うために、全てを敵にまわす選択だって出来る。死ぬと解っていても、自分に嘘さえ付かなければ、後悔なんて、しない」
 向き直りながらの言葉は語勢こそ収まったが、その言葉に籠められたものは重い。
「理屈でも合理でもない。僕らにとって幸せとはそんなもんじゃない。人間は、そういう生物なんです‥‥わかりますか?」
「一意見としてなら」
 理解して欲しい。そう思っての言葉が届いているのかどうか。湧き上がる様々な感傷を呑み込んで、透は続けた。
「‥‥人間を対等な存在と見なして共存する気は、ありますか」
「何故です?」
 即答を、しかし透は受け容れる。
 ――答えは解り切っていた。
「‥‥そうですか」
 認めさせたいと。青年は強く思った。人間の在り方と――バグアに隷属する存在では無い、という。その意味を。

●キョーコ・クルックの場合
 女は脚甲の感触を確かめながら、GooDLuckを発動した。
 ――神のご加護を、ってね。どの神様に祈れば良いのかわかんないけど。
 死ねない理由があるから、普段は祈らぬ神に祈らざるを得なかったのだろうか。
 そうして、彼女は言葉を告げた。
「‥‥人類の平和なんて大きな事はいえないけど。今、心から愛している人がいて、その人といずれ結婚して、子供も作りたいと思ってる」
 事情を知る幾人かがその言葉に小さく笑んだのを知ってか知らずか、彼女は続ける。
「だけど、その子供が生きて行く世界を、いつヨリシロとしてその身を差し出さないと行けないかもしれないと怯えさせるなんて絶対に嫌だし、そんな世界にするつもりは無い」
「結果貴女が死に、貴女の願いが叶わなくなるとしても?」
「負けないよ」
 キョーコは女王の言葉を遮る様に、強く言う。
「人類は、絶対に負けない」
「――理解出来ませんね」
「‥‥あんたには、きっと解んないよ」
 そう言って、キョーコは幸せそうに笑った。

「一つ聞きたい。先の大規模作戦の最中、オリム中将を暗殺しようとするバグアの動きがあったわけだが‥‥それを思えば、今回の勧告の流れは不自然だと思う」
「それが何か?」
 女王は糾弾に似た言葉にも揺るがない。不審に思いながらキョーコは続ける。
「‥‥この勧告はバグアの総意と捉えていいのか? それとも、一部の独断か?」
「『私達』はエアマーニェです。決さえ下れば、バグアの総意に至るでしょう。これはその為の交渉ですよ、人間」
「‥‥そう」

 ――バグアはまだ、一枚岩ではないってこと?


●時雨・奏の場合
 奏はハイハーイ、と極めて軽い調子で注意を引いて、口を開いた。
「まず、ヨリシロになるかやけど、コレはノーやな。透君もゆーてるけど、約束が破られない保証がないやろ?」
「それは不信、でしょうか」
「せやなぁ。管理下にあり続けられれば、質も下がるかもしれへん。その後全処分されるかも知れへんやろ? そもそも、アンタが退任したら次の奴が方針を変えへん保証もないし。出来るもんなら、それを証明すべきや。違うかな?」
 ――まあ、出来るとも思えんが。
 奏は飽くまでも軽い口調でそう言いながらも、内心でそう呟き、続ける。
「提示した条件が保証できて始めて、漸くスタートラインやろ? そもそも、アンタがわしらの立場やったら、降伏する?」
 ゼオン・ジハイドは多くが討たれ、占領地は奪還され、ユダは一度とはいえ攻略され。
「別にバグアを侮っているわけやないけど、結果だけ見たら今此処で降伏するの‥‥損やない?」
 奏の言葉にエアマーニェは黙考。奏は最後にこう言って、結んだ。
「もっと判断材料おくれ。せやったらもっと考えてやるし」

「成る程。参考になりました」

 奏の言葉を全て聞いた後、エアマーニェが言葉を発した。
 そこには、理解の色がある。
「まず、私達は期間を定めましょう。貴方達の時間単位で、数年程度。
 それ以降、バグアは人類に関わる事はないでしょう。これまでにも、全てを滅ぼす事なく去った星もあります。その時点で私達にとっては過ぎたものに過ぎないからです」
「‥‥ふむ」
「この交渉において必要な物が何かも解りました」
 この席において初めて饒舌になったバグアが、言う。

 ――貴方達には目に見える痛みと絶望がまず、必要なんですね、人間。

 このバグアの認識は、これまでどこかズレ続けていた。
 その理由は、次いで発された問いで、明らかになる。

●錦織・長郎(ga8268)の場合
 ――珍しく中将の呼びかけがあると思って興味を惹かれたのだけどね。存外、面白くなって来た。
「支配において時間制限を設ける、と」
「ええ。そこが不満であるなら解消すべきでしょう、人間」
「‥‥成る程ね」
 男の脳裏に、諜報の気配を感じた。
 心地よい。
 諜報すべき相手がいて、情報がある。これに心をくすぐられない男ではなかった。
「それが解消されるのであれば、落とし所としては悪くないね。永劫支配ではなく、未だ保証に足らないとはいえ‥‥失礼、これは相互理解の問題だと思うが‥‥バグアは以降人類に関わる理由がない、と」
「その通りです」
 奏が発破を掛け過ぎたかと面倒くさそうな顔をしているのを見て、長郎は毒を含んだ笑みで頷いた。
 ――重畳だよ、と。
 例えば明確になったズレ。そのズレが生じた理由を、長郎は思う。
「ヨリシロになるかどうかは、僕個人は条件付きで是としておくかね。僕自身を含めて数千人のみで犠牲がすむのであれば」
 本音かどうかは伺い知れないが、体裁上はバグアの問いに答えた形だ。
「さて、僕から質問をしても?」
「どうぞ」

「では、今までにこういう条件で隷属化を許した種族は居るかね? 例を示さぬとと受け入れ難い面もあるだろうし、ね」

「居ます」

 即答に、その反応を注視していたアルヴァイムはその時初めて引っ掛るものを覚えた。――喜色、だろうか?

「我々バグアがこれまでに遭遇した種族の中で最も肉体的に優れた種族との交渉による隷属化。‥‥それが、『我々』エアマーニェの成果です。今なお彼らは我らと共に存続し、生存を許されています」
 ――ただ一つだけ、かね。
「‥‥回答、感謝するよ」

●時枝・悠(ga8810)の場合
 ――成果があったから調子づいただけか、案件が少なかったが故に必要なプロセスを把握できていないのか。
 いずれにせよ面倒な話だよなと、悠は思う。
 彼女がそも何でこんな所に来ているかというと、たまには戦闘以外も、と適当に受けただけなのだ。面倒だと懸念を無視した過去の自分に文句を言いたいが、無理な話だ。結局、空しさが募るだけなので悠は考える事を止めた。

 ――早く帰りたい。

 なら、早く終わらせるしかないだろう。そう思って、悠は口を開いた。
「私は否、と言っとく」
 極めて気楽に。
「生き延びる人類の中に、私が望む者が含まれているという確証がない。そんな曖昧なモノの為に自分を投げ売りする気にはなれん」
 悠は嘆息しながら、続けた。
「私は別に博愛主義者ではないんだ。『愛すべき隣人』なんて、あんたから見たブライトン程度には遠い関係だぞ‥‥多分。そもそも、自分で選べたとしてもその中に自分が含まれないなんて論外だろう」
 そう言って悠は言葉を切り、暫し待ったがエアマーニェにも特別言う事がはなさそうだった。
「で、質問だけど‥‥なんで、この質問にしたの?」
 直球すぎるだろ、と悠は思い、問うたのだが。
「私達と貴方達には、隔たりがあるようなので。この件の検討に必要な案件の確保を図っての事です、人間」
 返答もまた、直球だった。
 ――此処に来ている事もそうだけど。焦っているのか、はたまた、言葉を交わす機会がすくなかったのか。
「そ。んじゃ、私はそれでいいや」
 結局、悠はそれ以上言葉を連ねる事はしなかった。

 面倒だったんだろう。

●赤崎羽矢子の場合
 羽矢子は夫々の問答を聞きながら、思索した。
 夫々の意見がある。バグアの意見がある。
 違いはあるが‥‥多くが、自分と近しい考えなんだと。楽しげな感覚を抱きながら、口を開いた。
「じゃあ、あたしからも。まず、あたしたちは自分が生存するために生きてるの。
 個には寿命があり、環境の変化に対応するにも限界がある。だから、それを乗り越えるため異性から遺伝情報を得て、自分の血を継いだだ子を残し、未来を託す。
 ――それが、個で弱い生き物の生存法」
「それが、何か?」
「人間はその血と自分達を護る為、生きるための集団を作る。個人主義のバグアには解り難いでしょうけど、時にはそれらを自分の命より大事にするの。貴方達から不合理に見えるとしたら、そういう所。例外もあるけど、殆どの地球人はそう思っている。だから、あたしも彼等を代弁して、言う」
 澄んだ鳶茶の瞳に強い意志を込めて。
「答えは、Noだよ」
 女王はその結果を予測していての事だろう。頷きもせず、傾聴した。
「バグアも生存の為に生きているという意味では同じなんじゃない? ただ、そういった感情が生まれなかっただけで」
「特別な意味があるとは思いませんが?」
「‥‥そう。なら、改めて言わせて貰う。バグアが人をヨリシロとして奪うのなら、あたしは命を賭けて戦う。あたしの家族や友人、全ての人を、守るためにね。
 あなた達から見たら原始的にみえるでしょうけど、そうした感情がブライトンとユダを退けた。手を引くのなら‥‥今のうちだよ?」
「そうですか」
 検討の影すら見せぬ対応に羽矢子は小さく嘆息するが、最後に語調を落とし、問うた。
「バグアは、何の為に他の星を侵略し、ヨリシロを得ようとするの?」
「‥‥貴方の言を借りれば、ですが」
 言葉は、僅かな逡巡の後に。

「それが、我々にとっての生存と同義だからですよ、人間」

●月野 現(gc7488)の場合
「人を個として、友として認める事は‥‥出来ない、か」
 他の傭兵達との問答を見た末の、それが現時点での結論だった。
「‥‥質問に答えよう。俺は、バグアの友にはなれても、部下にはなれない。透も言っていたが、誰かの犠牲の上の生存を許容することは、出来ない。
 だから‥‥犠牲を強いる今回の提案を受け容れるくらいなら、戦う事を選ぶさ」
「そうして、誰かを失う事になってもですか?」
「戦わなければ、失ってしまうのだろう。なら‥‥戦う」
 ――誰にだって、失いたくない人は居る筈だ。
 現はそう思う。小を切り捨て大を生かす。
 正論は、時にヒトを抑圧してしまう危うさを秘めている、と。
「理想かもしれないが‥‥俺は、少しでも犠牲が無い選択を望む」
「そうですか。一つの意見として記憶しておきましょう」
 ――手を取りあえれば理想だが。
 叶わないかと、呑み込むしかなかった。

「プロードというバグアについて教えてくれ」
「その名を私は知りません。その個体はブライトンの配下に連なる者では?」
 ――空振り、か。
 落胆に、現は空を仰いだ。
「‥‥そうか。なら、質問を変えよう」
 気を落としてばかりも居られない。僅かの後に切り替え、言葉を継いだ。
「大事な者や、守りたい者はいるか?」
「居ますよ。‥‥私達、『エアマーニェ』です」
「‥‥何?」
「私達の存続と進化こそが、私達の唯一至上の望みです」
 ――ならば、そこには民など居ない、という事か?
 現はその言葉に畏れに似た感情を抱いた。決定的に、コミュニティの在り方が人類とは異なっている。
 故に彼は‥‥続く言葉を、呑まざるを得なかった。

●朧 幸乃の場合
 彼女は傭兵達とバグアとの対話とそのすれ違いを、さしたる感慨も無く聞いていた。ただ、違和感だけが胸の奥に落ちて行く。
 バグアの望みは、生存と進化と言っていた。
 そのために良いヨリシロを探していた筈で。
 ――だからこそ、私達は操作された争いを強いられていたのでは?
 ひょっとしたら今を収穫の時と定めただけなのかもしれない。
 そうなると、この戦争における勝利も敗北も、その線引きがどこにあるかが、解らなくなる。

「仮にバグア内部が統一されていたとしても、それでも人類に与えられる安寧はどうせ、一時的な物でしょう」
 バグアの『保証』に限らず。
「‥‥けど、もし仮初の平和でも、自分の知人達が生きている間くらいの平和が、私の命で得られるのならば。そういう気持ちも、正直あります」
 ――怒られてしまうでしょうけどね、と。幸乃は胸中に浮かんだ幾つもの表情に小さく笑った。
「最も、私はそれに足る素材でもないですし、私一人で事足りる訳でもないでしょうから‥‥難しい、ですね」

「‥‥質問です。ヨリシロの内面に大きく影響を受けた方たちが、います。
 それは必然で、あなた方が求めた変化なのでしょうか?」
「その通りです、人間。私達が収奪する事で種としての能力を高める以上、それが私達が求めるものと不一致になる事は、本質的に有り得ません」
 ――本当に、そう?
 エアマーニェの回答は確信に満ちているが、幸乃は疑問を覚えざるを得ない。
 彼女はヒトをヨリシロにしておらず、幸乃は様々なバグアの最後を見て来た。
 あれが、本当にプラスになっているのか。
 ――なんて。そもそもが人間風情には解らないこと。
 幸乃が言い、その場を辞そうとした、その時。

「――そうか」

 男の声が響いた。

 トヲイだ。

●煉条トヲイの場合
 ――お前に言うべきことが解ったぞ、エアマーニェ。
 感慨と共に男は女王に向き直った。
「何でしょう?」
「先に、お前の問いの答えから言っておく。答えは否だ。
 絶対的な力を持つ者に対して、中庸というものは有り得ない。それは理解できるが」
 男は、己の右手を見つめ、言う。
「お前達とて、エミタの様に人類に使役されるのは、耐えられない筈。――それと同じだ」
「使役、ですか‥‥人類が我々を使役する事態が起こり得る事象とは思えませんが。留めておきましょう」
 エミタの下りをエアマーニェは明らかに一笑に伏した。
 ――これだ、と。トヲイは思う。
 提示された選択肢を見ればいい。初めから、交渉の余地などありはしないのだと。
 戦うべき時に戦わなければ、やがては全てを失う事になる。だからこそトヲイは、剣を取り――数多のバグアと、戦って来た。
 シルヴァリオ。リリア。牡羊座。
 強敵達の顔と最後を、トヲイは生涯忘れる事は無いだろう。
「‥‥エアマーニェ、お前に言霊という名の予言を一つ送ろう」
 彼等の生き方と最後を、彼は知っていた。だから、続く言葉は――。
「地球でヨリシロを得るつもりなら、肝に命じておく事だ」
「‥‥続けなさい、人間」

「『お前達が、『人の感情』を知った時――同じくして、死神がやってくるだろう』。深淵を覗く者は、深淵からも覗かれている」
 それは、彼がかつてシルヴァリオに投じた言葉だった。
 そしてそれは現実となり、彼の命を削いだのだ。
「いつか、その意味を知る日が訪れる。以上だ」

「‥‥ならば、私達エアマーニェは、貴方の言う深淵すらも収奪してみせましょう、人間」

 男の言葉を愚者の妄言として女王は笑い‥‥掛ける言葉をこれ以上持たぬ男は静かに目を閉じた。

●ソーニャの場合
「‥‥聞いたでしょ?」
 多くの言葉が交わされ、それを総じて、ソーニャは言う。
「人間の行動原理は感情であって、理性的判断は後付けの言い訳に過ぎないよ。
 理性で判断した事は、感情で覆る。理性的判断は、後付けの言い訳に過ぎない
 ‥‥結局、生理的嫌悪とバグアへの恐れみたいな負の感情を凌駕する正の感情を喚起出来るか、だね」
「正の感情――?」
「人間は、自分より優れた存在を認めない。
 許さない。その時は、どちらかが滅びるまで戦うしかない。
 見て、聞いたでしょう?
 あの人達の言葉を。人間はそうやって、過去の大虐殺を引き起こしている」
「それが何か?」
「人間の劣等感に拮抗できるだけの優越感がいる、ってこと」
 言って、少女は言葉を切った。
 継いだ言葉は、問いであり――女王への答えとなる言葉だ。
「貴女は、ボクを愛せると思う?」
「‥‥?」
「愛される事は、何より勝る優越感。その時きっと、ボクは貴女を愛する事が出来る。それが、全てを量がする正の感情になる」
「――それさえ有れば、ヨリシロになると」
「うん。貴女の愛する人の為にこの身体を提供してもいい」
「‥‥そうですか」
 愛という感情を、エアマーニェは理解できない。それ故、少女の言葉全てを諒解する事は出来なかった。
「‥‥解らない?」
「ええ」
「なら、保証してあげる。ボクはバグアを愛せるよ。沢山のバグアと殺し合って、死後の再開を誓い合ったから、解る」
 そして、これこそが共存を為す唯一の可能性なのだと、少女は言う。
 そう言って、自らを異端だと笑うのだ。
「人にも、バグアにも受け入れられないだろうね。でも‥‥不可能ではないと思うよ」
 くすくす。
 少女は、笑う。

 ‥‥たとえ、淘汰される側であっても。

 ――面白い戦いに、なりそうなんだけどなぁ。

 言葉は、静かに後を曳いて――消えた。

●月城 紗夜(gb6417)の場合
「‥‥‥‥」
 ソーニャの言葉を、単なるマイノリティの言葉と思えない者が居た。
 紗夜だ。
 彼女の過去には、痛みがある。家族が死に、人に、人としての扱いをされなかった過去。その痛みが、彼女の決断を拒むのだ。
「ヨリシロにするのは、別に構わん。我がくたばった後は、好きにすれば良い‥‥が」
「どうかしましたか、人間?」
「‥‥いや」
 逡巡した紗夜をエアマーニェは訝しく思い問うたが、反応は鈍い。
 ――バグアと、人間の融和が、理想ではある。‥‥それすらも、憎悪の対象になるという確信は、あるのだが。
 ただ一つだけ、言える事がある。
「隷属だけは、断固として断る」
「何故ですか」
「幾ら存亡がかかっているとはいえ、敵に屈するなど日本人の恥だ。隷属を受け容れるなど、辱めにしかならん。‥‥もし隷属を求めるなら、我は死しても、我が志に従うぞ」
 そこには、先程の迷いなど片鱗も見られず、ただ堅い意思を示す強い光だけが煌々と隻眼に宿っていた。
「覚えておきましょう、人間」
 恫喝にも似た瞳の色を、それでも、エアマーニェは動じる事無く受け容れ――紗夜が、問いを発する順となる‥‥のだが。

 結果から言えば紗夜の問いは数多く、重複した問いを省いてもそれは、紗夜自身が答えた内容に比しても過分。
「なぜ地球か、という問いにのみ答えましょう。偶然行き着いた先で、文明を興している生命体がいた。それだけの事ですよ、人間」
「‥‥ふん、そうか」
 女王の気前の悪さと答えの胸糞悪さに、紗夜は吐き捨てるように言って、対話を打ち切った。

 ただ。ふと。
 紗夜の脳裏に湧いたアイディアがある。
 ――歌に、出来ないだろうか。この状況を。
 そうして、一般人に伝えるのだ、と。

 ‥‥それが、時期を誤れば危険な想念だという事を、彼女は気付いているだろうか。

 その姿を、横目に見る少女が居た。

●夢守 ルキア(gb9436)の場合
 彼女は恐らく、『それ』を諒解しているのだろう。
 でも。
 ――止めたって貫くのが、君だから。‥‥生き様は、自由だ。
 そう、胸の奥で言葉にして、伏し目がちになるのを振り切って。少女は女王へと向き直り、言う。

「‥‥私はジブンがないなんて、死んでるのと同じだと思うよ。だからヨリシロ化はイヤ」
 それに。
「休戦協定もヤだな。だって、ヒトの歴史が平和だったコトなんてないもん。意味がないし私に‥‥私達に、メリットなんてないよ」
「束の間の安寧なら、私達が保証しますが?」
 言葉に、少女は冷ややかに笑った。
「それでも結局、争う事になるよ‥‥キットね」

「ねぇ、この世界は‥‥地球は、好き?」
「特別な感慨はありません」
「そっかぁ‥‥あのね。バグアでね、凄く尊敬出来る戦士がいたんだ。ダム君、なんだけど。
 願いを問いかけた。バグアやヒトとかを抜きにして望む事。世界に、どんな感情を持つのかを」
「‥‥それが?」
「きみは、どうなのかなって」
「‥‥」
 摘んだグミを口に放り込む。柔らかな弾性と、口腔に広がる甘味を感じながら、続けた。
「ヒトの世界も、きみたちとの争いも。それがセカイ。そのセカイをジブンの目でみるために‥‥私は私として、生きるよ。
 ね。きみの‥‥きみ達の、生きる理由は?」
「その問いに、意味はあるのですか」
「無いよ、聞きたいだけだもん」
「‥‥ならば、先の通り。エアマーニェの存在と、進化の為です」
 逡巡の後の言葉を、ルキアは楽しげに受け止めた。
「‥‥そっか、ふぅん」

●ヘイルの場合
 ――まさか、バグアの中でもトップクラスの者と会談する事になるとは、な。
 これまでのやり取りを見る限りでは、オリム中将の苦労が忍ばれる、と。ヘイルは苦笑した。
 聞きたい事は山ほどあった。だが、紗夜の例をみるにつけ、問いへの回答は量、質共に限られるようだった。エアマーニェ自身は人類との対話に向いている性質とは言い難いが、無条件で情報を開示するほど愚鈍でもない。
 また、自己紹介の後に紅茶を勧めては見たのだが、食事の方法が人類と異なるのか‥‥結局受け容れては貰えなかった。実際、困惑するエアマーニェが見れたのは僥倖といってもいいのだが、本題からはそれてしまう。
 結局、ヘイルは問いたいものを絞る事を選んだ。
「先に、俺の質問に答えてくれ。‥‥それによって、俺の答えの程度が変わると思ってくれて良い」
「ふむ。‥‥良いでしょう」
「感謝する。何故、その身体を使っているのか、と。‥‥その身体に、何が残っていたのかも、思い出して、答えて欲しい」
「前者は、私達エアマーニェの在り方に都合が良かったためです。分立しながらも共通の個性を有する個体は最適でした。後者は‥‥何も。私達はノイズを厭います。特別目的が無い限りにおいてノイズとなる物は予め消去する方針になっています」
「‥‥そうか」

「質問に対しては、条件付きでYes、だ。俺で最後にし、人類に二度と手出しをしないのであればな」
「その価値が貴方にあるとでも?」
「それを容れぬのなら、受け容れないだけのことだ。
 降伏に関しては‥‥断じてノーだ。俺は親しい人間をヨリシロにされ、それを‥‥この手で、討った」
 男は、エミタを宿した左腕を見つめながら、言った。
「その一点のみでも、貴様らに降らない理由としては十分だろう」
「‥‥以上ですか?」
 明らかな落胆――あるいは侮蔑の色を、ヘイルは無視して言葉を切った。
 不意打ちめいた手法だが、一応の成功と言ってもいいのだろう。

●天野 天魔(gc4365)の場合
 そんなヘイルのやり口に苦笑しながら、天魔は目を通していた小説をそっと閉じた。
「天野 天魔です。まずは、貴女の寛容と異界の美に賞賛を。貴女との会見は一生の誉れです」
「そうですか」
 天魔の麗句を、女王は流す。だが、天魔は落胆することなく続けた。

「質問の答えはNOです。私は世界よりも自分が大事です。故に、自分の為に世界を犠牲にする事はあっても、その逆はありえません」
「そうですか」
「もし人を理解する為にヨリシロを求めているのならば、残念ながら間違いです。人は知性と知識を持ちます。人を理解するには、その二つを知らねばなりません。ですが――知識は兎も角、知性はそのヨリシロに大きく左右され、それだけでは人を理解したとは、言えません」
「それは、知性の高い個体をヨリシロにする事で解消されるのでは?」
「違う、と私は言いましょう。私は人を理解する手段を知っています。それが、物語を読む事です」
 男は手にした書籍達を掲げ、言う。
「人が作った人の解説書であり、人の全てが描かれています。その中で、多様な人が綴られておりましょう。‥‥その全てが人であり、その全てを受け容れた時、貴女は人間を理解できます」
「それが、私がヨリシロを得る事を間違いとするには根拠に欠けているのでは?」
 女王の怜悧な反駁を、天魔は笑って受け流す。
「物は試しと言いますよ。‥‥さしあたっては、これをどうぞ」
 無理矢理に書籍を押し付けられ困惑するエアマーニェに笑顔を浮かべながら、天魔は続けた。

「さて。質問ですが‥‥。エアマーニェは我々の感覚では呼びづらいので、エッチーと及びしても?」
「ご自由にどうぞ」
「それは重畳! それと後日食事でも‥‥と、思ったのですが」

 無理そうですね、と。微苦笑と共に、天魔はその場を辞した。

●ハンナ・ルーベンス(ga5138)の場合
「‥‥どうやら、私が最後のようですね」
 宜しくお願いしますと。シスターが言う。続く言葉は、問いへの返答から為された。
「答えは、否、です。エアマーニェさん。
 私の、友の、何れ生まれ来る生命の未来を隷属の生贄にはさせません」
 静かな言葉。だが、それだけに深い情が籠められた言葉だった。
「残念です‥‥貴女が人類の未来と希望を、理解して下さらぬ事が」
 自身一人が犠牲になるのならば、それも良いだろうと彼女は思う。だが、それが彼女『達』の未来をゆだねる事となれば、話は別だった。
「エアマーニェさん。永き時を生き、数多の命を知識に換えて、貴女は存続と進化を望むと言いました。凍てつくような”孤独”の痛みすらも忘れて‥‥貴女は、何を希望に生きているのでしょうか?」
「‥‥」

 ハンナの言葉に、エアマーニェの4はこれまでに度々感じていた違和感の正体を悟った。
 それは。
 それらは、『エアマーニェ』にではなく。
『エアマーニェの4』そのものに対して向けられた言葉だったのだ、と。
 言葉だけをみれば僅かな違いかも知れないが――確かに。

「私の名は、ハンナ。ハンナ・ルーベンスです。若し次に会う機会があるのなら、名を呼び頂きたく。それは貴女の主義に反するかもしれませんが‥‥人間という括り名では無く個としての名で」
 祈手をきって、シスターは告げた。

「ですから、貴女にも名を送りましょう。4という記号ではなく、愛称でもない。貴女自身の名を、カルサイトと」
「‥‥名、を?」
 呆然とした女王の声を、傭兵達はその日初めて耳にした。ただ、ハンナだけは静かに言葉を重ねる。
「カルサイト。例え貴女が絶望の使徒であるとしても、私は諦めません。未来は不確定であり、それこそが希望である。‥‥そう信じる道を、進むだけです」
「‥‥‥‥」
 エアマーニェは、答えなかった。



 沈黙を抱いた女王を前に全ての傭兵達の回答が終わった中、ただ一人、質問を残した者がいた。
「それぞれの問いを聞いて、感想を頂けますか?」
「‥‥答えたく、ありません」

 その答えを男がどのように評価したかは、彼が纏めたレポートに記載される事になるのだろう。
 傭兵達に貸与されたレコーダー等は全て回収され、エアマーニェの4――カルサイトは、暫し、沈黙の中で思考する事となる。

 ――それが事態の急変に至ると、誰が予期しただろうか。