タイトル:【NS】静寂に、沈む孤影マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2011/10/18 16:57

●オープニング本文



 巨大な砲戦型ギガワームが、震えた。苦悶の声をあげるように轟く重低音に、艦橋に立つ私は報告を待つまでもなく、状況を把握した。
「‥‥避けられなかったのね」

「敵艦より歩兵、機動兵器が侵入を開始しました!」
「艦内戦力で対応を。航空戦力は継続して制空と、敵旗艦への爆撃を優先してください」
 私の口からは予め用意していたかのように、解答が零れる。
 同様に、局地的な戦闘をより有利に進められるように艦内の状況を迎撃に向けて整えて行く。
 取り得る手段を取り得るだけ。部下達は天啓のように了解し、実行に移って行く。
 今は怖じる事なく、粛々と振る舞わなくてはいけない。それを、此処にいる者達に向けて示さなくては、いけない。


「リリア様、エミタ様より通信です」
 瞬間――心が軋むのを感じた。
 あの女が関わると、昏く、黒い感情が澱のように深く沈んでいる事を自覚してしまう。
「繋いで」
『――まだ、無事でしたか』
 空々しく、冷たい表情に嘲りの色を乗せて、言う。
「ええ‥‥おかげで、苦戦を強いられていますけどね」
 私の言葉を聞いて、エミタはくす、と笑った。怜悧な表情に、堪えられずに浮かんだ笑み。
『‥‥私に逆らったんですから。その程度、覚悟の上でしょう?』
 ――この女はいつだって、徒に私の中の澱を、掻き乱す。
『生きてお会いできる日を、楽しみにしています。さようなら』
 そう言って、エミタは私の返事を待つ事なく通信を切った。

 生きて。

 それは紛う事なき牽制だった。私から選択肢を奪うための、毒の籠った言葉。
「‥‥エミタ」
 ブライトン様が居れば、こんな事にはならなかっただろう。
 決定的な亀裂はそのままに、この一線を踏み越える事なく人類をより優れたヨリシロ足り得るように育てられる筈だった。
 口の端に、笑みが浮かぶ。
 これまで、多くの駒をあやつってそれを為して来た私が‥‥今は、そのための駒としている現実が、滑稽だった。

「それでも‥‥貴女には、任せられません」
 北米だけじゃなく、ソフィアを無くした南米までも背負って行くには。
 ――エミタ、貴女には荷が重すぎる。
 だから、何としても此処を切り抜けなくてはいけない。そうして私は、再度部下に命じ、通信を開いた。

 現状、人類に北米にばかり戦力をあてさせる訳には行かない。
 ビル・ストリングス。彼にも、役目を果たしてもらわなくては。

 ――だから、この通信は、そのためのもの。

「‥‥久しぶりね、お姉さま。もう一度この回線で話せて嬉しいわ」
『リリア? あなた、どこから‥‥』
『お姉さま』は、言いかけ――僅かに思考したのち、切り出した。
「ビル・ストリングスの件ね。私に降伏を考えろというの?」
『前半はご明察。でも後半は違います』
 かつての私が慕い、羨んだ彼女は相変わらず聡いままで。
『手短に言います。ワシントンのギガワームは宇宙から地上を攻撃するように調整されていないわ。あのギガワーム自体も砲戦型への換装は終っていない。それに、恥知らずのビル・ストリングスについていったバグアは私の知る限りほとんどいません。あのギガワームが地上へ攻撃できるようになるのは、一ヶ月前後の時間を必要とする筈。あなたなら、この時間を有意義に使えるでしょう』
「え、一体何を‥‥」
 だからこそ、その聡明さに運命の皮肉を感じざるを得ない。
『‥‥残念だけど、お姉さま。余り長話は出来ないわ。するつもりもないし』
 使える時間は、限られていたから――それだけを告げて、通信を切った。

『お姉さま』は聡さの他に私が羨むものを全て持ち合わせていながら――かつての私が何を抱いていたか、気づきもしなかった。
 愚かで救いようがない。
 ――それでも、『私』の後を追い、『私』の言う事を、信じるのだろう。

「‥‥だから、お姉さまの事、嫌いなのよ」

 部下には聞こえないように、小さく――言った。


 内部での戦闘が、徐々に激しさを増しているのが、ここからでも解る。
 そこに届いた通信は、まさしく天の恵みに等しかった。
「各地より通信が届いております。ただちにリリア様の元へ増援をこちらへと送る‥‥と」
「‥‥そう」
 趨勢は決まりつつある。でも――増援が間に合えば、勝機は見える。
「増援が来れば、流れはつかめるわね。‥‥増援が間に合わない事にも備えて、自爆の用意を」
「自爆、ですか」
「UPC北米軍の戦力は、その多くが此処に集中しているから。GWと引替えにはなりますが――問題はないでしょう」
「‥‥了解致しました」

 これで、うてる手は全てうった。
 あとはGW内部に踏み込んだ者達を追い払い、援軍を待つだけ。

 ふと。
 ――その時初めて、傍らに立つ者達の不在を、強く意識した。

 愛子も、アルゲディも、アキラも、ソフィアも。――誰一人として、ここには居ない。
 彼等のうち一人でも、ここにいたら。
 換えのきかない部下達の多くを失ってきて‥‥私は今、一人だった。

「‥‥私は、艦橋と自爆装置の守りに回るわ。キメラを準備しておいて」

 だから、往くのは私しか、いない。
 恐れはない。ただ、蹴散らすだけなのだから。それでも‥‥心に燻るものを、感じた。

「来るなら、来なさい。私は、必ずあなた達を倒してみせるわ」


 ――高エネルギー反応を捕捉。
 その報が前線に届き調査に向かった軍人達が、異様なまでに激しい暴威を振るうキメラの群れに遭遇したと、同時。
 その上階で、この戦域に置ける最重要目標が発見された。
 リリア・ベルナール。傍らには、リリアを『護衛するように立つ』五匹の犬型キメラの姿がある。
「――こちら、アンガー隊。目標を発見した。至急、狩人達を頼む」
 言いながら、嫌な戦場だ、と思った。見通しが良くて広いこの戦場は、奇襲には徹底的に不向きだ。難敵を前に、正面からの力押しが要求される戦場だった。
 何より。
 リリアが、動かない。こちらに気付いているのだろうが――何かがあるのか、無いのか。この周辺から現れるキメラが、見た目と裏腹に強力なのは知っている、それと関係が、あるのか。
 その時。
 ドーベルマンに似た五匹のキメラが、口を開いた。
「――伏せろ!」
 言葉は、高速で迫った火焔に呑み込まれるように掻き消える。伏せた背中に、たかがキメラが放ったとは思えぬ程の熱を感じた。
 身を起こし、身を隠した通路の壁をみて、隊長は唾棄するように言った。
「‥‥くそ、どうなってやがる!」
 それは、GWの内部構造が爛れる程の一撃だった。見た目だけで言えばただのキメラなのに、その能力が、桁違いだった。
「――こちらアンガー隊、お姫様のナイトが五匹いる、が」
 変だ。
「肝心のお姫様が動かねぇ」
 背にしているのがGWの中枢だとしても‥‥。

 何故だろう。
 元より儚い美貌。人類の敵は、まるで幽玄の彼方にいるような笑みを浮かべている。余裕の笑み、か。
 だが――。

 今なら、倒せるんじゃないか。予感が、した。


●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
西村・千佳(ga4714
22歳・♀・HA
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA

●リプレイ本文



 そこは――地獄を体現したかのような戦場だった。

 金属質な通路は明るく照らされているが、熱気と赤熱が大気を焦がし、霞めている。熱源は通路の随所に刻まれた火焔の痕だ。通路の最奥から溢れたキメラ達が振るった暴威の痕。堪えきれぬように溶解した内部構造は、多くの者にとって嗅ぎ慣れぬ金属質な臭気となって戦場を彩り、周囲に満ちる死の匂いと混じって臓腑に落ち込む。
 随所での戦闘は苛烈さを増しているのだろう。此処からでは伺えないが、駆けるその足に伝うものがあった。

 戦場は、軍人や他の傭兵達によって拓かれている。

(ここまで、辿り着いた)
 遠石 一千風(ga3970)は、炎に映える赤髪を揺らしながら思った。
 アルゲディ。闘争を愛した男が、それでも従った相手がこの先にいる。一千風はその事に予感を覚えないでもなかった。あの男が彼女に何を見たのか。それを見れるのかと。
 興味がないわけではない。知りたいとすら思う。
 でも‥‥視線を逸らせば事切れた兵士の姿が見えた。
 願いが果たせるとは限らない。今はただ、意志を研澄ませるに留めたが。
 ふと。
 ――イチカ。
 懐かしい声と狂笑が、背を掠めた気がした。

 一千風と並走する鳴神 伊織(ga0421)も思いを馳せるには十分なだけ、この地の敵と縁を結んで来ていた。
 幾度も強敵と刃を重ね、漸く辿り着いた戦場。この先にリリア・ベルナール(gz0203)がいる。
 彼女にとっては久しぶりの再会だ。振り返れば雪のように儚い邂逅。
 ――きっと、彼女は覚えていないでしょうね。
 貴重な体験だった。彼女のぎこちない笑みを、今でも覚えている。
 アルゲディの最後も、また。
 だが、伊織からリリアに伝えるべき言葉は何も無い。男は我侭だったと笑いただ果てた。
 だから、せめて。
 ――私は、最後まで見届けましょう。

 一様に戦闘への意志を漲らせている中に在ってただ一人、UNKNOWN(ga4276)は余裕の滲む足取りで駆けている。
 その傍らには、ハンナ・ルーベンス(ga5138)の姿がある。男にとっては義理の娘のような女性だ。彼女の張り詰めた表情を横目に見やりながら、男は静かに目を閉じた。
 ――皆で無事に帰れる様に、ね。
 誰も欠ける事なく。優しき男はその事を一人負いながら、往く。

 そうして。その最果て。
 彼等はこれまでに見て来た何れよりも一層深い破壊の爪痕が刻まれた一角で、内壁を盾に身を隠しているアンガー隊を見つけ、邂逅を果たした。


「ん、久しぶりの依頼だけど、頑張らないとかな。厳しい戦いになりそうだし」
 アンガー隊と打ち合わせをする最中、動勢を見据える西村・千佳(ga4714)は静かにそう言った。
 その声に感情の色は無い。
 彼女の裡には、かつてリリア機と相対した時の悔しさはある。だが、その発露だけが見られなかった。
「ふむ」
 情動が死んだような少女の姿に、かつての彼女を知るアレックス(gb3735)は戸惑いを覚えた。
 だが、呑み込む。戦時だ。色々あるさと、自身のこれまでを振り返って思った。
 ――さっさと、終わらせなきゃな。
 元より抱いていた想いだが、少女の姿にその思いは一層強くなる。
「さァ、行くか」
 少年の声に居並ぶ綿々が頷き、足を進めた。
 幅広な通路。遠方にはリリアと五匹の犬型が見える。
 殺伐とした戦場に咲いた儚げな一輪の華。彼女の姿を認めて、ミリハナク(gc4008)が艶かしい妖女の笑みを浮かべた。
 ちろ、と。女の整った薔薇色の唇を紅舌が這ったのを目にしたのだろうか。
 五匹の犬型は嘲笑うように鼻を鳴らすと瞬間、彼等の口から一斉に業炎が吐き出された。

 交わす言葉も無いままに染まる戦場。激しい劫火に引き出されるように動きが生まれる。


 宗太郎=シルエイト(ga4261)、ミリハナク、UNKNOWNが最前を往く。
 駆けながら、宗太郎はこの戦場に籠められた想いの強さを肌身で感じていた。彼等が積み上げ、築いて来たものを他人事とは思えず、自分の力は彼等の為に振るおうと思った。
 腰に佩いた鬼刀故にか、その思いは深い。
 ――貫くなら、今が絶好の機会。
 想いを胸に、往く。
 突出した三人に三十を容易く越える業炎が迫るが、右、宗太郎は足を止めて槍で己の身体を覆うようにして火焔に身を晒す。腰を落とし、渾身の防御でも倒れかねない程の圧力。だが、それを支えるように中央からUNKNOWNの治療の光が届き、火焔が散る頃になると――先行するミリハナクと、悠然と歩を進める黒衣の男の背が目に入る。
「――無茶しやがって」
 嫌いじゃないが、その事を悔しがりながら、豪気な笑みで見送る。
 左方のミリハナクは斧を構え、真っ向からその炎を受け止めていた。熱の余波で白磁の肌が焼け、流血すら瞬時に焦げるが、女は強引に歩を進め、
「ぬるい炎ですわ。女を喜ばすには情熱がたりませんわね」
 そう言って彼女は艶やかに笑った。瞬後には傷は癒えている。燻る熱気に上気した頬が、笑みに一層の凄みを添えていた。
 足を止めて迎撃していたキメラ達だが、詰まる距離と動きに引き出されるように雪崩れ、疾駆。動かぬ宗太郎に二匹。UNKNOWNとミリハナクに三匹のキメラ達が迫るが。
「まずは道を作るよ。犬は邪魔だから吹き飛んでよね」
「おっと、暫しこちらにお付合い願いますよ?」
 千佳による距離を詰めての獣突。周防 誠(ga7131)の制圧射撃でキメラ達の動きが鈍り、空間がこじ開けられた。
 僅かな間隙だ。それでも。

 黒風が――抜けた。

 藤村 瑠亥(ga3862)。身を低くした男は、間隙と微細な動静を見極めて疾る。颶風というには優しく、それでいて迅雷の如き鋭さを備えていた。縋ろうとするキメラも至らない。追撃を歯牙にかけず男は往く。
 残されたキメラ達が追うか否か、僅かな逡巡を見せるが――瞬間。光条が犬型達を焦がした。低い唸り声に怒声が重なり、向けられた先――巨大な砲を携えた狐月 銀子(gb2552)の姿があった。
「ありゃ‥‥躱さなかったのね」
 善哉と。悪びれるでもなく言う。リリアを射線に乗せての一撃を真っ向から受けた犬型に対する賞賛も多少は籠められているが、それは整えられつつある状況に向けたものでもあった。
 砲撃は止まない。銀子の砲撃に沿って一千風、アレックスは左右に展開。それぞれにミリハナク、宗太郎と合流を果たしながら銀子の砲撃が止む頃には各々の武器の間合いに踏み入っていく一方で、千佳が入れ替わるように後退し、相対の流れを組み立てて行く。アンガー隊もやや遅れながら、周防の要請通りに端の一匹を抑えに掛った。
「忠犬共の相手はオレ達に任せろ!」
「ああ!」
 前衛が喰らい合うように交戦に至る中、アレックスの声に煉条トヲイ(ga0236)が応じ、駆けた。傍らには伊織の姿もある。
 傭兵達は動かぬリリア達に戦力を向ける一方でキメラ達にも戦力を割り振った。宗太郎達の陽動につり上げられた犬型達、相対するキメラ対応班の動きで状況が構築されていく。

 夢守 ルキア(gb9436)は後方からその様子を見守りながら黙考していた。

 ――何で、リリアは動かなかったんだろ?

 疑念。先行する瑠亥が詰めて行く中、リリアは自然体でそれを待ち構えているが――高位バグアとは思えない程、彼女の挙動は穏やかで。
 ギガワームの深奥から現れ、随所で暴れているという強力なキメラ達が駒であり――思考の鍵なのだろうか。
 強力に過ぎるキメラ達。リリアが犬型に何かを施した上で駒としているのかもしれないと思考が続く。その意味を考えれば――自然、現状に対する懸念に意識が飛ぶ。
 一人で此処に立つリリア。時間稼ぎか、罠か。
 ‥‥何れにせよ、その対応は友軍に任せるしかない。現状の敵はリリアと、それを守護するキメラ達のみ。
 ――私達は、彼等を悟らせないようにリリア君を引きつけるべきかな?
「皆、頑張っちゃうよっ!」
 ルキアはそう結論付けて明るい声をあげた。激闘の予感は色濃いままだ。だからこそ、気持ちが折れる事は無いように。

●再会
 少女の快活な声を背に、瑠亥はリリアへと迫った。リリアは依然として、自然体で獲物を構えている。
 秒すらも刻まれた世界の中、瑠亥は違和感を覚えた。脊髄を貫く予感は想定していたよりも柔らかなもの。だが。
 ――構わん。
 委細を斬り捨て走る。走行の最中想起するのはかつての光景。
 ――ここでこいつを斬って終わらせることが、小野塚に対して何かをしてやれる事にはならんかもしれんが。
 その想念は彼に取っては変化の途上に掴んだ観念かもしれない。それでも、男は続けた。
「今ここで終わらせてもらうぞ、リリア・ベルナール」
「出来ますか、貴方達に?」
 接近されて初めて口を開いたリリアの言葉に応えるでもなく、瑠亥は速度を残し高速で至る。二人の間合いは近しい。自然、交錯は至近。

 攻め気を見せる瑠亥に対して。
 ――リリアは、受けに回った。

 違和感の中振るった二刀小太刀と、レーザークローの篭手部が火花を散らす。
 鋭い残撃も守勢に構えたリリアを突破するには僅かに至らない――が。
(遅い、か?)
 現状とこの遅さ。関係があるのか。
「付け入れさせてもらうぞ」
 言葉に答えはない。代わりに。

「また会いましたね、二人とも」
「ああ――此処まで、辿り着いた」

 瑠亥の斬撃を受けながら、リリアは視線を僅かに瑠亥から逸らし新たな敵を迎えていた。
 感慨の混じる声はトヲイのもの。伊織は怜悧な表情に微かに驚きの色を含ませた。覚えていたのかと。
「いつかお前に辿り着く――その誓い、果たしたぞ」
「‥‥貴方の言う通りでしたね」
 ――やっぱり戦場でしたと、淡い口調でいう女の姿にトヲイは僅かに言葉を呑んだ。
 男の心中を掠めたのは冬の思い出。束の間の邂逅だが、そこで見たのは彼にとっては真実でもあった。
「アルゲディは俺の事を『リア王』と呼んだ。お前との再会の果てに絶望を知るだろうと」
「‥‥そうですか」
 リリア。人類の敵の筆頭を前に、その言葉は正しいのだろうと男は思う。
 でも、あの日々がただの幻想とは思えなくて。
「ならば、この目で確かめる迄‥‥!」
 トヲイの気勢と同時。伊織のソニックブームが奔り、その後を追うように二人はリリアへと己を叩き付けるように切り結んで行く。鬼蛍を受けられた伊織はやはり、瑠亥と同じ疑念を覚えた。
 鈍い、と。
 判断は一瞬。読めない意図は全力で踏みつぶすしかないと判じる。

 意志は踏込みに籠められた。地を鳴らす渾身の斬撃。蒼光を曳きながら振るわれた鬼蛍の一閃は、確かにリリアを捉えたが――赤光に阻まれる。
「FFの強化‥‥」
 反撃の掃射に距離を取りながら伊織は僅かに零した。

 ――まさか、本当に余力がないのですか?


 轟。
 怒声と業炎がない交ぜになった音の壁。一千風は実際に相対して初めて、桁外れの暴威と獣の姿に本能的な恐怖を覚えた。
「さすがに、リリアの番犬だけのことはあるわね」
 恐れを、呑みこんで。一千風はミリハナクを狙う犬型の後背から脚爪を振るう。それとほぼ同時、ミリハナクの背に隠れた千佳の小さな身体が仄かな光に包まれた。
「僕の呪い、受け取ってね‥‥お礼は、要らないよ」
 冷たい言葉に歌が続く。不吉な音階を孕んだそれは犬型一匹を淡い光で縛りつけた。
「無様ですわね」
 千佳の呪歌で動きが鈍くなった犬型をミリハナクが見逃す筈もない。大上段から振り下ろされた滅斧は通路の床面を深く抉る。
 その一撃は一匹の犬型の前肢を容易く噛み切っていた。
 挫滅した創口から血が零れ、更にと振るわんとした滅斧は、

「少し、待って」

 一千風の声に、阻まれた。

「自爆でしたら、私も解ってますわよ?」
「‥‥リリアが、気になるわ」
 リリア達の交戦の様子を見た一千風は、明らかに弱体化しているように見えるリリアに疑念を口にした。原理は不明だが‥‥自分達はキメラ達にプレッシャーを与えるのがいいのではないか、と。
「たしかに‥‥ね!」
 犬型へと砲火を向けていた銀子が蒼く龍紋を光らせながらリリアへと砲口を向けて掃射。光条は攻撃を受けていたリリアを、実に呆気なく貫く。

 ――理屈は解る、が。
 強者との相対を望むミリハナクにとって素直に認容するのも憚れるのも事実ではある。

 束の間の懊悩。だが。
 解答は別所から示された。


「流石に、強ぇか!」
 足払いを狙った槍の穂先がキメラに躱される事に舌打ちが零れ、吐き捨てる宗太郎。
 振るわれる爪牙、機動。どれをとっても並の強化人間にも勝りかねない程だ。だが、周防、アレックス、宗太郎はいずれも古兵だ。被弾は重なるが治療が功奏して大事はない。
 爪牙で抉られたAUKVを駆動させるアレックス。周防の射撃で姿勢が泳いだ犬型と相対する彼は、頭部を撃ち抜くように連打。赤色に変じた篭手に籠められた威力は絶大だが。
「ったく、頑丈だな」
 ――貫くには至らない。
 それでも治療の後ろ盾がある傭兵達が圧倒的に優位だ。十全な火力を備える彼等からしたら全力で挑む限り勝機を掴む事は容易い。
 銃声。犬型の動きを挫く一射。即席の連携だが、幾合かを経て彼らは互いの呼吸を掴みつつあった。
 決める。
「行けるか、センパイ!」
「オーライ、一気に決めちまうか!」
 必殺の意志を込め二人が走る。
 宗太郎は爆槍を掲げ、ランスチャージ。対するアレックスは竜の翼に装輪走行で通路に火花を散らしながら、拳を掲げる。
 振るわれる先は周防の射撃で姿勢を崩した犬型。

「「Wイグニッション!」」

 左右から振るわれる槍と拳は違わず犬型の一匹を貫き、轢き潰し――そして。

 爆散した。

「おぁっ!?」
 犬型の自爆。爆炎に巻かれ、爆風に弾かれる二人を、残る犬型の報復の劫火が立て続けに降り注ぐ。周防の支援も爆風に視界が取られてしまい、全弾直撃する。熱傷と激痛に身動きもとれない、が。
「大丈夫〜?」
 余りの派手さに苦笑が混じるルキアの練成治療が届き、漸くの思いで立ち上がる宗太郎とアレックス。
「今イチ締まらなかったが‥‥後は俺達で何とかするさ、行け!」
「ああ」
 男の言葉に少年は任せたと言い残し、装輪を唸らせ、走った。

 それが、引き金だった。


「良く此処まで、育ちましたね」
 成果をその身で感じながらも、リリアは自身の能力の低減に苛立ちを覚えてもいた。
 強化FFと立ち回りで何とか被弾を抑えてはいるが、どこかで限界が来る。GW内での戦闘を思えば、此処で能力を解除するのは下手ではあるが‥‥。
 限界まで耐えるか否か。その判断を常に強いられながらの戦闘だった。既に消耗は小さくない。

「‥‥リリア。アンタは俺達が討つ。今日、ここでッ!!」

 そんな折り、彼女は爆炎を貫いて迫るアレックスと僅かに遅れてこちらへと至るミリハナクを視界に捉えた。火力に秀でた二人だという事は、これまでの交戦の光景から解っていた。
 判断を、下さねばならない。
 リリアは下層を任せた部下に念話で状況を確認すると『数十秒であれば問題無い』との解答があった。優勢だと。
 ――最も、保証はありませんが。
 掌から零れ落ちた珠玉達の不在を痛切に意識するが。

 ――決断を急がせたのは、

「――ッ!」

 伊織の無声の気迫が届いたと同時、リリアの視界が急速に傾ぐ。天地撃。攻撃を受けるも地に膝を突くリリアに。
「こいつら程ではないが、持って行け‥‥!」
 雷光のような小太刀が振るわれた。達人の二撃は重なる輝閃となって赤光に刻まれる。
 否。
 それは赤光を貫き、パイロットスーツをも切り裂いた。紅黒い血が溢れ、肌を撫でる感触をリリアは確かに意識して。

 ――眼前の危機と、迫る脅威だった。

「‥‥いいでしょう」
「――離れて!」
 異変を察知した伊織の声が鋭く響く中、リリアはゆっくりと立ち上がり青い目に赤光を滲ませて言った。

 傭兵達は勝ちを拾おうと急いだ。
 急いで、しまった。

「貴方達に‥‥絶望を!」

 弱体化しているリリアの余力を削りきる事が無いままに。人類は、バグアの本質をその身で味わう事となった。


 異変はキメラ達にも現れた。
 速さも、堅さも、膂力も、一気に消え失せた。切り結ぶまでもなくそれを悟り、
「‥‥急がなきゃ」
 千佳の呟きが終わる頃には、残ったキメラ達は駆逐されていた。いずれも手練の傭兵達を前に単騎ではひとたまりもない。
 彼方此方で戦線が片付くと、残るはリリア一人だが。

 その暴威は、踏み出そうとした足が竦ませる程だった。

 名のある傭兵達が、蹂躙されている。先程とは別人のような鋭さでエース五人の攻撃を去なし、躱し、ただの一撃で弾き飛ばす。儚い立ち姿はそのままにそこに籠もる力だけがただ異質だった。
「‥‥あれが、リリアの」
 一千風は言いかけて、呑み込んだ。アルゲディが従った程の、単純に圧倒的な暴威。それを目に焼きつけた。
「先に行こう」
「あ、私も!」
 治療を担うUNKNOWN、ルキア、ハンナが距離を詰め、支援を開始。壊滅する寸前で建て直される戦線に、やや遅れて他の傭兵達も走る。
 力を振るうリリアを視界に捉えながら、銀子は獲物を知覚銃へと持ち変えると、そこには不思議な感慨が伴った。

 ――確かめられる。
 想起されるのは小野塚の最後。
 彼女は確かな未来を掴みかけた時に、息絶えた。裏切られた絶望を抱き、死んだ。
 だからこそ、正義を自らに任ずる女は真実を望んだ。リリアが、最悪の裏切り者なのか、友を悼む者なのか。
 あの時の、真実を。

 他方。周防も想いを連ねていた。その立ち位置は銀子とは異なる。有り体に言えば。
「‥‥気に入りませんね」
 その言葉に、尽きた。今一人で戦場に立つリリア。心酔していた小野塚を容易く切り捨てた女。
 ――勝手に、ライバルだと思っていたんですがね。
 あの少女も、死んだ。殺された。自分は聖人ではない。彼女の為に闘うつもりもないが。
 視線の先にはリリア。引き金は驚く程に軽かった。


 その一撃を躱す事は叶わない。
 瑠亥はそう悟り空間に小太刀を『刺し』、それを起点に回避を図るも‥‥その時には既に一撃を見舞われていた。兆候を掴んでの回避行動もリリアはその先を行く。
「‥‥ちィ、届かんか」
 ただの一撃で肋骨を砕かれ、血を吐きながらも弾かれるように距離を取る。屈辱か、痛みか‥‥それとも更なる高みを目にした故にか男の身体が震える。
 見れば、前衛の誰もが同じような状況だった。互いにリリアの攻撃に獲物を挟む事で辛うじて致命打を避けるような危うい均衡。
 数の有利を単純な暴力で食い潰されている。
 左右から同時に振るわれたアレックスと宗太郎の挟撃も受け止められ、反撃に振るわれたクローと光条に貫かれてしまう。
 UNKNOWNとルキアが戦線を支えなければ、瞬時に破綻してしまうのは目に見えていた。
「UNセンセ、まだいける‥‥?」
「さてね‥‥だが、まだ目はあるようだ」
 紫煙を靡かせながら男は飄々と嘯いてはいるが――同時に、リリアの現状を見極めてもいた。
「お姫様、私とも踊って頂けるかしら?」
 弾む声が戦場に響き、攻撃が連なる。周囲は包囲されている。ミリハナクが振るう滅斧を躱すためのスペースが攻撃に泳いだリリアには、無い――!

 轟音に、通路が軋む不協和音が連なった。

「‥‥っ! 強引、ですね」
「私達を此処まで高めてくださったお姫様への、感謝の証ですわ」
 ミリハナクの一撃も凄まじいが、真っ向から滅斧を受け止めたリリアもまた、凄まじい。新たな血を流しながら、反撃にと振るわれた蹴り足が退こうと下がるミリハナクを弾くが。
「以前は何も出来なかったけど‥‥今の僕はあの時の僕とは違うから」
 ――ぶつけさせてもらうよ、全てを。
 感情を表さぬ少女の内面を示すように、呪いの籠る歌がリリアを包む。僅かな拘束でも、追撃を妨げるには十全だったが――。
「その耳障りな歌を、止めてもらえますか?」
 歌の範囲は、元より広くは無い。崩れる前衛の向こうに歌っている千佳を狙う事など――リリアにとって、雑作もない事で。
 言葉の瞬後。千佳の小さな身体を、光条が貫いた。
「‥‥リ、リア」
 肺から溢れた血で歌が唐突に止み――最後に、掠れた声に僅かな感情の色が滲んだ。

 ――厄介だ。
 包囲している傭兵達を文字通り蹴散らしながらリリアは状況をそう評した。全力を振るい、形振り構わなければ彼等を薙ぎ払うのは容易い。
 だが‥‥全力を振るえば、ギガワームが持たない。
 それに、力はたしかに戻ったが、消耗は依然として残ったまま‥‥人類の予想以上の粘りに、時間がかかりすぎてもいた。
 バグアとしては屈辱的な判断だが‥‥結実した労力だと呑み込んで、戦況を見据えたその時。

「貴女にとって、小野塚の想いはなんだったの」

 問いが、響いた。



「貴女はあの子の信頼を、裏切った。それも――最悪の形で」
「‥‥」
 戦闘のただ中で、不吉な沈黙が空間へと沁みる。
「答えなさいリリア! 誰が裏切ろうと、貴女だけは彼女の手を取るべきだった。応えるつもりがないなら、最初から手放していればよかった!」
 言い逃れを赦さぬ女の咆哮に、私は何かを堪えようと目を伏せた。

 でも。

 私を支える者は、この場には誰一人として居ない。
 ――独りだ、と。
 認識すればする程に、こみ上げるものがあった。

「‥‥ふざけ、ないで」
 気がつけば怒鳴り返していた。

「冗談じゃないわ! 愛子は、ただの部下ではなかった!」
 それこそ、換えが効かない程に。彼女を亡くしてから、長い。それでも、彼女の代わりなんて居なかった。

「愛子に私を裏切らせたのは一体誰? 貴方達人類だって、バグアに寝返ろうとした者は殺してでも止めようとするでしょう?」

「私はそうしただけ。貴女達はあの子を救うと決めて、甘い言葉をかけたくせに徹底しなかった。万全を期さなかった貴方達のせいで、あの子は死んだ!」
 追い込んだのは他でもない人類なのに。

「可哀想なあの子に、残酷な死を押し付けたのは、貴方達よ‥‥!」

「‥‥その結果が、今のこの状況ですよ、リリア」
 沈黙した戦場に、刻み付けるように黒髪、長髪の男が、言う。
「それが貴女のやって来た戦いで‥‥これは、その報いですよ、きっと。貴女は謝るべきだ。‥‥彼女の所で、ね」

 その時、怒りを通り越すと、何も感じなくなるのだと、私は知った。

「――そう」

 それだけの激しい情動が私に残っている事を、意外に思いながら。

「終わらせましょう」
 終わりと――力を、願った。



 まるで泣き言だ。銀子はリリアの言葉に思い――迷いを抱いた。
 敵として見るには、余りに痛々しい糾弾。
 ――困ったわね。
 正義を振るう彼女はこういう時に、脆い。

 揺れる銃口を尻目に――状況は、動いた。

 傭兵達の要所は知れている。リリアが歩を進める先は――UNKNOWN。
 リリアの暴威は先程よりも凄まじい。押しとどめようとする前衛も、中衛で支援に回っていたアンガー隊も熱の籠められたただの一撃で弾き飛ばされる。
「お母様!」
 詰まる距離にハンナの悲鳴が響くが。
「‥‥」
 リリアを見据えながらも男は治療の光を飛ばす。接近されるのを是とするわけではないが、治療の必要性から距離を取るわけにも行かない。迎撃も己一人の力では至らぬと悟っていた。
「UNセンセ!」
「――まずは貴方から」
 ルキアの悲鳴を貫いてリリアの澄んだ声が届く。硬い声に男は笑みを深め、
「――アレックス」
 名を、呼んだ。
「‥‥やらせねェ!」
 ただ一人、後衛を意識していた少年。練成治療で立ち上がったアレックスが、パイドロスの脚部に閃光を瞬かせ男とリリアの間に割り込む。
 中腰の姿勢から振るわれる拳。だが。
「邪魔です!」
 リリアの一撃の方が速い。レーザークローは容易くAUKVの装甲を貫き、臓腑を内側から灼く。無謀の対価だ。少年は激痛と身体の不随に痙攣し、込み上げる血を呑み込む事も出来ない。

 ――マズったな。
 だが、諦めない。ここで終わらせると決めたのだから。

「ォォ‥‥!」
 雄叫びと同時。最後の咆哮が放たれた。駆動し出力を振り絞るAUKVに身体を痛めつけられながら少年はそれを為す。
「‥‥っ!」
 衝撃に弾かれるリリア。最後に大きく血を吐き、痙攣したまま倒れ伏す少年を苛立たしげに見つめながら、リリアは黒衣の男を撃ち抜くべく銃を引き抜いたが。

 ――後背に気配を感じた。
 次の瞬間。弾かれた勢いに勝る速度で視界が回る。
 天地撃。
「伊織、さん‥‥!」
 視界の端に着物の裾を認めて、リリアは思わず叫んだ。 

 そして。

 それが、最後の攻撃の始まりだった。

 立ち上がろうとするリリアだが――その周囲には、直前まで施された治療で立ち上がった前衛達。
 それは――あまりに致命的な一瞬。
 誰もが深い傷を負っている。それでも、武器を振るうには十分で。
「暴飲暴食! 喰らい尽くしますわ!」
 女の声に続いて破滅の斧が振るわれる。その声、挙動に喜悦が混じっているのを感じた瞬間。壮絶な連撃に身体が爆ぜるような錯覚を覚え、視界が明滅した。
 ――まずい‥‥!
 滅びの予感。リリアは焦りの中でミリハナクへと反撃の銃撃を加え、その連撃を押しとどめるが、数えきれぬ程の銃声と衝撃に、歌が重なる。

 何故だろう。
 その中で、リリアの聴覚には傭兵達の距離を詰める足音こそが、大きく響いていた。

 ――死にたく、ない。
 死を予感させる足音を前に、リリアは強くそう思った。
 守りたいものがあったわけでもない。覚悟があったわけでもない。死の間際で、ただバグアとしてそれを受け入れるにはリリアは余りに弱過ぎた。
「‥‥い、や」
 底なしの恐慌を覚えたのは、リリア・ベルナールだったか、彼女をヨリシロとしたバグアだったか。

 リリアの瞳の色に怯えと死の影を強く感じながら、トヲイは獲物を掲げる。
 脳裏にその姿を、焼きつけて――

「――これで最後だ。
 叶う事ならば、別の出会い方をしたかった」
 言った。

 振るわれた刃は、彼だけのものではない。降り注ぐ斬撃の雨は、GW内に遠く響いて。

「‥‥やりきれないわね」
 傾けたままの砲口はそのままに。銀子は最後に、そう零した。


 全身を巡っていた力は嘘のように消えていた。
 世界はどこまでも暗く、透明で。自分がどこに居るのかすら定かではない浮遊感が――ただ怖かった。
 独りで死んで行く事が、ただ寂しかった。
 どうしてこうなったのだろう。――理由を挙げる事は簡単だ。
 でも――もう、いい。

「‥‥姉、さま‥‥」

 紡がれたのは、あの人の事。その事をどこか、他人事のように聞いて。
 私は――消えて行くんだ。
 理屈抜きに、それを理解した。

 その時。

「ねえ、リリア君」
 鈴のような少女の声に、意識が引き戻された。


 傭兵達の眼前には力なく横向きに倒れたリリアがいる。
 眠っているかのように、ただ息をしようと足掻く動きだけが生を示してはいるが。
 ――終わった。
 これまでに多くの死を見つめて来た彼等にはそれが解った、だから、ルキアは問いの言葉を口にする。
「私は‥‥一つのセカイの行き先を、見に来た。‥‥きみの、望みは何?」
「のぞ、み‥‥」
 霞んだ青い瞳が、少女の目を捉える。
「私、は‥‥貴方、達を‥‥」
 舌に馴染んだ解答を、彼女は言いかけて――止めた。
「‥‥私、の、望み‥‥」
 言って、彼女は小さく何かを呟いたが――霞んで行く声に、最後まで聞く事は叶わない。ただ、問い故か瞳に雫が生まれ、頬に血で貼り付いた髪に沁みていく。
 リリアは泣いている自分を隠すように、僅かに身じろぎするが――至らない。ただ、嗚咽の気配だけが静寂に沁みる。
「――最後の言葉を、聞きますよ」
 声が聞こえるように、伊織はぼろぼろの身体でリリアの側に座して言った。
 暫くして、伊織の耳に言葉というには余りに儚い音が、届く。
「‥‥お姉、さま‥‥に‥‥」
 リリアは俯いたまま、己を振り絞るように、刻み付けるように言葉を紡ぐ。
「‥‥馬鹿、な‥‥ひと、っ、て‥‥」
 その言葉を、切欠に。
 消え行く言葉に、曳かれるように。
 光の粒子がリリアの身から溢れ出した。ゆっくりと霞んで行く幻想的な光景に――ハンナは静かに十字を切った。
(‥‥此処が、姉様の旅の終わりなのですか?)
「‥‥安らかな、お眠りを‥‥」
 リリアは神の元に。その事は解っていたが、溢れる涙をとめられなかった。黒衣の男に肩を抱かれながら‥‥ハンナは消え行くリリアを見つめ、祈りを捧げる。

 だが――最早リリアはその言葉も、祈りも認識する事はない。

 ただ、静かに、

「‥‥さよう、なら、‥‥っ、て‥‥」

 その言葉を最後に――光となって、消えた。

 彼女の名残を示すのはただ、彼女が纏っていた衣服と――銀のネックレスだけ。

(失われた命と――思いが、晴れるといいのだけど)
 遺品を整える伊織と、そこに縋るように崩れ落ちるハンナを捉えながら、一千風はそう想った。この戦いに、戦局以外の意味が有ればいいと。

 どれだけ、そうしていただろうか。
「‥‥帰るぞ」
「ああ」
 UNKNOWNの言葉に、藤村は頷いた。傷が重い者達を余力のある周防や銀子が支えながら、帰路につく。
 夫々に想いの終着を抱きながら――ゆっくりと。

 依頼は終わった。
 千佳にとっては、それだけでよかった。リリアの事など、もう興味はない。振り返る者がいる中で、彼女は欠片もその素振りを見せはしない。ただ、痛む身体を引きずりながら歩いて行く。
 その姿にトヲイは僅かに痛みを覚えて――最後に言った。
「2年前の冬の日、友として過ごした想い出は‥‥今も胸の中に」
 ――忘れないぞ、リリア。


 こうして、北米における最も重要な攻防は、幕を下ろした。

 リリア・ベルナール、死す。
 その報は直ちに世界中を巡り――一つの時代の終わりを、告げた。