タイトル:【JTFM】夢の果てマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/09 00:04

●オープニング本文



 私は何故、こうして笑えるようになったのか。

 当然だ、と自答する。
 だって、私はかつて諦めたもの全てを手に入れたのだから。

 届く事が無いと思った力を手に入れたし、仲間も出来た。
 私のような偏屈な人間でも、認め、共に立つ友が、今はいる。

 そして、私はあの子と――ユウと出会って。
 まだ普通の人間だった頃に捨てた筈の、女としての暖かさも思い出す事が出来た。

 私は、道を外れ、力を求めた筈だった。
 そして――そこで手に入れたのは、かつては手に入れる事の無かった全てだった。
 

「エドゥアール」
 気付けば私は、傍らにいる男に言葉を投げていた。
「貴方なら、本城殿についていけるだろう」
 男は、私の言葉に一瞬動揺したようだった。直後にはその表情は平静を取り戻してはいたけれど。
 ――まったく。
「私はどうも、そういうのは向いていなくてな」
「‥‥ああ、知ってる」
 私の冗句に対して皮肉げに苦笑する褐色の肌の男にこちらも苦笑を返しながら、続けた。
「私は」
 胸に満ちる感覚をどう言葉にしていいのか。
 解らない。それでも、誰かに伝えたかった。
「私は、幸せだった。いや、幸せなんだ」
「‥‥そうだろうな」
 自然、笑みが浮かぶ。視線を彼から外せば、人類とバグアとの間に横たわる緊迫を感じた。グアヤキルから南東。こちらの退路を断とうと動いた人類が、私達の敵になる。
 決戦は――近い。
「だから、私は行こうと思う」
 腰に佩いた剣に手を添える。今回の戦場に愛剣の出番はないが‥‥共に、行こうと。
「勝利の為に、行こうと思う。でも、それだけじゃないんだ。ユウのために。‥‥本城殿のために、今は戦いたいと思う」
「‥‥呆れたな。この期に及んでも甘いな、貴様は」
「そうか? ‥‥そうだな。そうかもしれない」
 ――だが、貴方もそれは同じだよ、エドゥアール。
「本城殿を頼む。あの人はどうも、危なっかしい」
 強化を施されてもそれを振う機会は少なく、目的もなかった癖に洗脳を受けず――それでも命令に従い、信頼を得た。

 そんな彼女は、ただひたすらに空虚だった。

 彼女はユウを守るだろう。
 なら、誰が彼女を守るのだろうか。
「――ふん。どこに行こうとお前の勝手だが」
「うん」
「今、俺はお前の部下だ。行けというなら、行く。誰かの盾になれというのであれば盾になろう」
 言葉に視線を男へと戻すと、その頃には彼は私に背を向けていた。
「さらばだ」
 広い背中で、男はそう言った。
「ああ、さようなら。‥‥貴方の道行きに、幸在らん事を」


「行ったか」
「ああ」
 その背を見送っていると、声をかけられた。
 クリスト。
「本城が何て言うかね。‥‥女のヒスは恐えぞ?」
「本城殿は、ただ受け入れるだろうさ。それに」
 それに。
 仮に逆鱗に触れたとしても――この先、どう転んでも怒りをぶつけられる事はないだろう。
「違いねぇ」
 呵々、と男は笑った。
「貴方も、行っていいんだぞ。貴方なら」
 何だって器用にこなす男だ。エドゥアール程ではないにしても‥‥
「バーカ」
 ‥‥。
「本城とユウを守りてえのは解るが、それとこれとは話は別だ。粒が無くちゃ、妙手は打てん。そうだろ?」
「‥‥驚いた。もう少し、いい加減な男だと思っていたのだが」
「は。言ってろ」
 そう。
 戦場がどう推移しようが、私がやる事は決まっていた。それを見抜かれた事は悔しくもあるが‥‥。
「何故だろうな」
「ん?」
「妙に、嬉しい」
 私の言葉に、クリストは大笑した。
 むぅ。
「おめでたい奴だ」
「すまない」
「や、褒めてんだよ。‥‥どうだい、一献」
「‥‥ああ」
 差し出されたのは、東洋の小さな器だった。呷る。私の呑みっぷりを笑みと共に見ていたクリストが再度注ぎ足しながら、言った
「女には花が似合う」
「ん?」
「どうだ。この一戦が終わったら、アイツらと花でも眺めながら、また酒でも」
「‥‥悪く無いな」

 この生き方に、悔いはない。例え明日果てたとしても。
 だが、それが続くのだとしたら‥‥。笑みと共に再度、呷った。


「‥‥ちぃっ!」
『少佐、奇襲です! 奴ら、泥の中にアンブッシュしてやがった!』
「解っている、至急応戦しろ! 後方の傭兵達を叩き出せ、急げ!」
 戦力的にも、戦況は五分以上。そう読んでいたのだが。
「ここを抜かれたら司令部まで一気に取られちまう、止めるぞ!」
 警戒はしていたが、伏兵に裏を取られた。
「正念場かっ!」
『敵機、EQとその他八機! くそっ‥‥止まりません!』
「ちィ‥‥傭兵達を回すしかないか、止めれるだけ止めるぞ!」
『Roger!』
 指揮系統を乱されたら、この戦場、どう転ぶか――。
 祈るように、後方の傭兵達に託した。


「一息に抜けるぞ!」
『おう!』
 本城殿から譲り受けたティターンの動きは驚くほど軽い。元々は彼女のために調整された機体だから、本来の性能は出し切れてはいないにしても――。
「‥‥いけるか」
 鈍重なKV達を加速で振り切る。敵の指揮系統がどう配置するかは賭けだったが、戦線の推移を飽きる程想定した結果‥‥辛うじて、捉える事が出来た。
 疾駆。
 追撃はゴーレムとEQ達に対応させ、精鋭三機で、駆けた。
 びょうびょうと鳴る鈍い風の音を聞きながら往く。地を駆けるのとは違う、独特の感覚が妙に心を弾ませる。

 本城殿はティターンを預けられはしたものの、実際にそれを駆る事はなかった。

 真新しいシートに、使用の跡のない武器。
 まっさらな機体には、ただ、彼女の癖だけが刻まれていた。
 それも含めて――馴染みは、悪く無い。

 ――おい!

 感慨に一瞬気を取られていた私に、クリストから声がかかった。
『聞こえてんのか!』
「‥‥すまない、よそ見をしていた」
『ったく‥‥』
 呼掛けの意味は、瞬後には解っていた。
 眼前に八機の機体。迎撃の態勢は万全のようだ。――これは。
「抜けない、か」
『関係ねえ、喰い破るぞ!』
「ああ‥‥!」
 手にした大剣が、解放の時を待つように震えている。
 無謀か? いや。
 遠く、KV達の向こうに、後退していく車両が見えた。

 ここが、『分水嶺』だ。

「聞け! 私の名は、アリスン・パーシヴァル!」

 剣を構え、足を止め――名乗った。
 それは、私がかく在りたいと願った、武人としての在り方。

「我が剣を前に、手加減は無用! 死力を尽くしてくるが良い‥‥!」

 本城を確実に逃す為には、相手に余裕を残さぬ事。最善は、勝利を掴む事だ。

 その為には、ここを――。

 意識と同時、再度、加速した。

●参加者一覧

時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
椿(gb4266
16歳・♂・AA
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
オルカ・スパイホップ(gc1882
11歳・♂・AA
明河 玲実(gc6420
15歳・♂・GP

●リプレイ本文


 距離を詰める、僅かな時間。
「名乗りを上げる‥‥のですね」
 武道の志――応えるべきか。御鑑 藍(gc1485)は逡巡したが、返答は、呑み込んだ。
「敵も精鋭のようですが、此処を通す訳には‥‥行きません」
 直接相対するわけではない。だから、ただ決意を示す。
「罠かもしれないけど‥‥でも、ああいう武人みたいな人は、好きだな」
「そうだな‥‥珍しい奴もいたものだが」
 ――通す訳には、行かないな。
 明河 玲実(gc6420)の言葉に、やや距離を取って後方から詰めているカララク(gb1394)が続いた。言葉少なだが、男の声にも僅かに好感の気配が滲んでいる。
 彼は同時に、先を行くラナ・ヴェクサー(gc1748)機の背を見つめていた。
 彼女の危うい在り方にどう関われば良いのか、不器用な彼には正解は見通せない。それでも何かあれば守ると。それだけは己に課していた。

 ――良い声だ。
 透き通ったまっすぐな気迫。怖じぬ声に引き出されるように、時枝・悠(ga8810)はそう想った。
 交戦前の冷めた思考でも、敵として相対している事に何かを感じずにはいられない、そんな声だった。
 ――これだから、武人という奴は好きになれない。
 魂を、揺さぶろうとしてくる。
 ――‥‥熱いのは、嫌いなんだよ。
 時枝と対象的に昂りを覚える者も居た。
 椿(gb4266)だ。
 名乗る声に、身体だけでなく心が震える。武の道を行くと定めた椿にとって、アリスンは未来の標だった。
 ――その業を、知りたい。
 見たい、と。若き侍の心が、逸る。

 他方、ラナはコクピットで錠剤を飲み下した。掻き乱される胸中も服薬の感覚も慣れた感覚だ。
 だが、平素とはその色合いが違っていた。
 あいつだ、と。左目が疼き、覚醒で欠落した感情でもなお復讐の黒い念が渦巻く。
 因縁の、決着を。
 女は機体を指揮車両と敵との間に滑り込ませると、ティターンとタロスが射程に入るや射撃を開始。
「‥‥アリスン」
 昏い声と共に放たれた光条が往く。鳳覚羅(gb3095)の弾幕と玲実の閃光も続き、爆音が大気を叩いた。

 それが、開戦の合図となった。


 ブーストし加速した時枝機が最前を往く。相対するのはティターン。
 大剣を掲げるティターンはラナ機の射撃を回避しながら、大気を叩き伏せ高速で迫る。椿機はその側面を取るように機動し散弾を掃射。しかし、散弾すらもその機動には届かない。
 当たる気がしない、と痺れる椿を他所にアリスンの動きには減速も遅滞もない。流れるように時枝機へ喰らい付いた。
 先手はアリスン。
『――ッ!』
 気勢。低く下段に構えたティターンが、機体ごとぶつかるように大剣を切り上げる。
 苛烈な踏込みが地を鳴らし空気を裂く高音が響いたと同時、時枝機は機盾を構えたまま弾き飛ばされていた。
『受けたか‥‥良い目をしている』
『‥‥そりゃ、どうも』
 ブーストで制動を掛けながら時枝機は再度向かい合った。アリスンは動かない。
『貴様達が、私の相手か』
 タロス対応とティターン対応、数の不均衡の意を汲んだか。椿と時枝、ラナに向けての言葉だった。
『オレは椿、未熟な身ですが、御相手させて頂きます!』
『‥‥名乗り返すのが礼儀、なのか?』
 ――覚える程の価値は、無いと思うよ。
 名乗る椿と嘯く時枝。二人の対比は――アリスンに取っては好ましく見えた。
 どちらもまっすぐに自分を見ていると感じられて。
 だから。
「‥‥すまない」
 彼女は小さく、言った。


 他方、槍持ちのタロスとの交戦は多数の弾丸と機体が交差する凄まじいものだった。

 長大な槍を掲げるタロスに玲実と鳳の弾幕が注ぐが、容易くそれを躱すタロスの制動に鳳は敗戦のあの日を想起した。
 アリスンと名乗りをあげたティターン。
 ――なら、あのタロスは‥‥クリスト?
 その疑念は、今や確信へと変わりつつある。
「いつぞやの借り‥‥返す事ができるかもね」
 黄金色の瞳で仇敵と見定めながら――鳳機は徐々に距離を詰めていく。

「狙いは俺か。‥‥悪くない」
『これならどうだっと♪』
 タロスには、鳳の予想通りクリストが搭乗していた。
 そこにオルカ・スパイホップ(gc1882)のリヴァイアサンが幾度目かの接近を図る。
 その動きは独特のリズムと歩法で滑らかなもの、だが。
『馬鹿の一つ覚えか、坊や?』
 全て、強烈な突き込みに阻まれる。リヴァイアサンの巨体でも、槍と練剣のリーチ差を埋めるには至らない。
 オルカは装甲を活かして突破を図ろうとするが、ブーストの加速も達人の業を前に突破を果たす事が出来ない。装甲の多くは大きくへこみ、あるいは穿たれ、隙間を縫った刺突にその内部も貫かれていた。僅かな間だったが、強引な突貫の対価は甚大だ。
 距離を詰められないままに放った武器狙いの一撃も捉える事が出来ない。彼は槍を振るう格上相手の立ち回りを、根本的に見誤っていた。かつて鳳が敗れた時と同じ光景。
『つっよいなぁ‥‥♪』
 しかし、待ち望んだ強者との相対にオルカの心は沸きあがっていた。
 他方、少年と相対するタロスも無傷ではなかった。その点でオルカの立ち回りは無駄ではない。
 再度開きかける距離。そこに側面から藍機が切り込んだ。
『色男のサガ、かね!』
 難敵と見定めたオルカを徹底的に間合いから弾く一方で、それ以外への対応はやや鈍った。一対多だ。何処かに無理は生じてくる。
 クリストは槍の石突きで弾こうとするが機盾で受け止められ、衝撃を支えながらの一太刀にタロスが僅かに傾いだ。次いで降り注ぐ玲実と鳳の銃弾を、タロスは慣性制御で回避し距離を取る。
 劣勢だ。だが、男の心は折れてはいない。

 戦場は再度、動く。
 中心にいたのは機を伺っていたカララクと、砲戦仕様のタロスだった。


 後方に控えていたカララクはそのタロスを真直ぐに見つめていた。仲間が敵の前衛と十分に組み合うのを確認して後方支援型のタロスに狙いを定め――ブースト。

 それが、転機。

『やれ!』
 アリスンの声が走ったのは、カララクのブーストと同時。だが、偶然ではない。
 彼女達もそれを待っていたのだから。
 この数的不利のもとでアリスン達が切るであろう札を読み切れた者は居なかった。
 低空へと浮上したのはアリスン機でもクリスト機でもなく、砲戦型のタロス。飽くまでも彼等の狙いは指揮車両だ。傭兵達の目が派手に立ち回る前衛に集まったのは――極めて、都合がよかった。
 混戦する地上から離れれば、そこは射撃には適した視界が広がっている。護衛としてついていたラナも射程の都合で遮蔽たり得ていない。
「くっ!」
 カララクは舌打ちと共に低空へとタロスを追う。ブーストを掛けていた事が幸いした。それでも。
『おいおい、しつこい男は嫌われるぜ?』
 それを見逃す理由も、無い。
 追撃はクリスト機に仕込まれていたフェザー砲の天を穿つ光条。彼自身が猛追の最中にあるから精度は悪い。それでも、多くがカララクの『シバシクル』を貫いた。
「‥‥墜ちてくれるなよ!」
 墜落の予感と警告の響く中を往くが。
 ――ちィ。
 距離を詰める必要がある分行動が遅れ、手にした双機刀では――届かない。
 現状で被害を抑えるには。
 判断は一瞬。
 瞬後、男は砲身へとその身を晒した。PRMシステムが駆動する中――強大な紅光が男を呑み込む。
『カララクさん!』
『まだだ――墜ちるな、シバシクル』
 祈るような声が響く中。紅炎を辛うじて耐えきったシュテルン・Gがついにその双振りの刃を振った。胴を薙ぐ剣閃をタロスは盾で受ける。そして、その鈍い音に導かれるように。
 機鎚がタロスの肩に据えられたプロトン砲を打ち砕く音が、響いた。

 その手応えをカララクは衝撃として感じながら――向けられたフェザー砲を前に、墜落した。


 ――外した。
 砲撃は、指揮車両を呑み込むには至らなかった。僅かに散った光条はラナ機が寸前で間に入った事も有り、指揮車両の傍らを叩き横転させたに留まっている。
「なら!」
 打ち砕くまで。アリスン機の神速の踏込みから放たれる斬撃。時枝は止まぬ攻撃に後手に回り、姿勢が崩れ攻撃に転ずる事が出来ない。
 だから彼女は冷静に機動し、その時を待っていた。そして。
 ティターンの大上段の斬り降ろし。躱せぬと察した時枝は盾でそれを受けた。
 一瞬の均衡。だが。
「や、やああッ!」
 情けない気勢と共に放たれた、側面やや後方から膠着する腕部への一撃。
 時枝が位置取りで死角を配し、それを汲んだ椿による渾身の一の太刀だ。
 アリスンは腕部の盾でそれを受ける。同時に怨嗟と共に放たれたラナ機の光条が直撃。装甲が泡立つそばから、再生していく。

 斬れる。

 そう思った時には、時枝は振り抜いていた。手には雪村。機盾を死角に放たれた一撃は、その胴を大きく裂いていた。超威力に大気が灼ける。
「――え?」
 だが、時枝はその結果に驚いた。
 あの刹那、確かにアリスンは反応していた。だから――斬られる、と思いすらした。
 なのに――。
『良い手だ』
『はっ、あ、ああ、ありがとうござい‥‥わああっ』
 言葉と同時に放たれた反撃の一振りは時枝ではなく椿に。そこに、答えがあった。一振りで腰部から断ち切られた椿機。その片腕からワイヤーが伸び、アリスンの腕部に絡み付いていた。不意の均衡に、迎撃が遅れたのだ。
 動けぬ椿機を庇う形で時枝が間に入るが、アリスンもそれ以上の追撃はしなかった。
『‥‥あ、あの、ひ、一つだけ、良いですかっ!』
 破壊の代償か、コクピットの中でも傷は重い。それでも少年は高揚し、言う。
『あ、貴方にとって、強くなるって、強さって、なんですかっ?』
 言葉に、時枝と相対するアリスンは暫し黙した。‥‥少年の声に想起するものがあった。
『私も、未だ道半ばだ』
 少年の、憧憬を含んだ声にかつての幼い自分を感じてか――その声は、とても、優しい。
『答えを知りたいのならば、その問いを自身に問い続けろ。‥‥それが、私の答えだ』
 己の中にしか答えは無いから、と。
 少年はしばし、その言葉を噛み締めながら、
『あ、ありがとうございます‥‥っ』
 ――忘れない。
 想いと共に、それだけを言い切って。椿の周囲で、覚醒を顕す風が、止んだ。

『次は、貴方だ』
『‥‥』
 再度の相対。切り結ぶ両機だが、椿の援護が止んだ状況では劣勢の色が濃い。機体の損傷が重なっていく。
「――ち」
 あと、どれだけ持つのか。そう思っていた時。

『――クリスト』
 聞こえたのは、誰の声だったか。
 ただ――終わりを感じさせる声だった。


 多面的な攻撃が重なるようになると加速度的に状況は傾いていった。
 カララクを墜としたものの指揮車両を撃つ手段も突破の足も無いタロスがクリストの支援に回っても、形勢は変わらない。
 それほどまでに、執拗な攻勢。
 四機は被弾を重ねながらも確実にクリストを追い立てていく。その光景は、狩猟に近い。
『ごめんなさい、でも自分にも‥‥救いたいモノがあるから!』
 話し合いが、出来たら良かったのに。攻め立てながらもそう思わずにはいられないのは、玲実の甘さでもあり――優しさでもある。
 クリストは攻勢に転ずる事も少なくなって来た。支援の砲撃に併せる程度で攻め機を掴めない。迎撃用のフェザー砲は藍とオルカの切り込みを前に叩き潰されていた。
 だが。
 その心は、充足していた。
『ああ、来い!』
 槍が縦横無尽に奔る。飛び込んで来た玲実機をその槍で貫いた次の瞬間には、盾越しに放たれた藍の一撃を槍の柄で回すように逸らし、一撃。だが、続く一打がいれられない。
 ――後続が、来ている。
 クリストの立ち回りに射線を味方の機体に遮られていた鳳機だ。
『いつぞやの借り、返させてもらうよ』
 盾を構え、双機槍でクリストの槍を警戒しながらの接近にクリストは対応できない。瞬後の判断の後、幾度目かの仕切り直しを図り距離を取ろうとするが。
『つーかまーえたっ!』
 巨体を活かしブーストで接近するオルカのレプンカムイ。幾度もの試行の果てに見据えた隙に、少年の心が、踊る。
 回避行動に泳ぐタロスに肉薄を果たすと、その胴をついに練剣「雪村」で捉えた。
『ぐ、‥‥おォ‥‥ッ!』
 大きく胴を薙いだ一撃に、自己再生が追いつかない。
 豪快な振り回しの槍で側面からオルカ機を叩き、漸く仕切り直しを図るが。

 ――ここまで、か。

 先程の一撃に、機体の出力が不安定になってきていた。
 諦観よりもむしろ、死闘が今まさに終わり行く事を儚んだ男は、太い苦笑を浮かべる。

 傭兵達は止まらない。
 傾ぐタロスに再度接近した鳳機が肩部に据えられた焔刃「鳳」を振るう。動きに引き出されるように、クリストは槍の柄でそれを受けるが。
『終わりだよ』
 コクピットに放たれた機杭「エグツ・タルディ」。初撃のみの命中だったが、深く、クリストの身にまで達する。
 血色が、舞った。

『数多の戦場を渡り歩き、死線を越え研鑽した戦技‥‥少しは肝を冷やしたかい?』
『バーカ‥‥そう言うのは一人で勝ってから、言え』
 男は最後の最後まで豪気な憎まれ口を叩いたが。

『‥‥だが、悪くねぇ』
 ――存分に、戦場を駆けた。


 クリストが倒れると、敵は後衛のタロスに殺到し――最後が、私だった。
 持てるものを出し切り、全てを尽くした私は今、長らく追い続けて来た、夢の果てにいる。


「貴方は‥‥なぜ、この死地に‥‥? 仲間を倒された、復讐心とも、違う‥‥?」
 朧げな思考に、問う声が、聞こえた。置いていかれる事を拒むような。迷い子の声だ、と感じた。
 なぜ。
 考えるまでもない。自分のため。仲間の為。
 ――ユウの、ため。
 だから‥‥応える筈も、ない。
「‥‥復讐心など、抱き、得ない、さ」
 赤光の騎士も、クリストも、師父も‥‥皆同じだ。
「こうして、生き抜いて‥‥死ねる、なら‥‥私は‥‥」

 何かを伝えたかった訳ではない。
 最後に、ただそれだけを言って。

『時枝、悠。‥‥さようなら』
 最後に、その声を聞いて。

 私は閃光に貫かれた。かつてみた夢の――終幕だ。


 指揮車両は横転してはいたが、不全ながらも指揮は続けられていた。戦線は崩壊する事なく、概ね上手く回っている。
「ヒヤッとしたけど、なんとかなったね〜♪ 強かったなぁ‥‥」
 居並ぶ傭兵達の中で、オルカだけが正しく勝利を喜んでいるが‥‥鳳の表情は、堅い。
「武人の誇り、ね‥‥」
 勝ちはした。だが――彼らの、武人としての愚直さに、感じるものがあった。果たして、自分は勝ったと言えるのか。鳳の呟きは、どこか苦みを帯びている。
「‥‥また」
 ――いなくなった。
 それは、形は種々あれど、『自分』を築く為に『他人』を必要としているラナも、同じかも知れない。
 他方で、自身もまた武人である藍は静かに黙礼し、玲実もまたそれに倣っていた。

 別れの儀式だ。

 こうして、一つの戦局は終了した。勝利という名の、完全な別離と共に。