●リプレイ本文
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この空をなんと例えれば良いのだろう。
空の青さは心に沁みる。
どこにも生なんてありはしないのに、高らかにその存在を謳っている。それほどに胸を打つ蒼天。
だが、それを穢すものがある。
空へと昇る幾条もの黒煙。三十を越えるそれを見下ろせば、地上は幽玄を錯覚するような煙に包まれているの。地表を守護する、儚い防衛線。そこには未だDレーザーの被害はみえない。
だが、煙幕の外の地表には深々と線条が刻まれている。それまでに軍人達が犠牲を払い、逸らして来た砲火の名残だ。
そして、黒煙の多くは煙幕を避けるようにその外縁からあがっていた。
そこに籠められた決意や意志に彩られた空はどうだろう。
そこを往く傭兵達は、どうだろう。
相反する情が、そこには混在している。
しかし、それらを抱きとめる蒼天はその全てを予め内包していたかのように、彼等の胸中に良く馴染んだ。
「シェイド、か。行くも地獄、戻るも地獄なら‥‥踏込まねば生き残れん」
覚醒し、口調が変じた不破 霞(
gb8820)が言う。激戦への予感。強大な敵を前に活路を見出す事に専念しているその姿は、武人というに相応しい。
他方、宿敵との再会を待ち望んでいた男がいる。
「‥‥久しぶりですね、エミタ‥‥」
終夜・無月(
ga3084)。白皇と銘打たれた愛機は陽光に純白を返し、その存在を高らかに主張している。
「この時を、どれ程待ち望んだか‥‥」
長きに渡って積み上げてきた研鑽が及ばぬであろう事を、終夜は解っている。それでも、高揚に似た感覚に金色の瞳がより強く光を宿していた。
アクセル・ランパード(
gc0052)も似た心境ではあった。だが、背負う物は異なっている。
左目に在る傷痕から血を流しながら、金色の瞳で『敵』を見据える。
――遂に来ましたか。
男はただ想う。
彼は、自身が駆る機体に籠められた想いを知っていた。対シェイドを目指す、途上の機体。
「いつか戦う日が来るとは思っていました」
北米での戦闘の果てで、その機会に巡り会うだろうと。だが、彼にとってこの戦場は、それだけでは無い。
コクピットから視線を巡らせると、そこにはシェリー・クロフィード(
gb3701)の駆る灰色のガンスリンガーがいた。
大事な人だ。
それは、彼女にとっても同じで。
「えーっと‥‥アクセルの名前を見て入っちゃったけど。もしかして、ボク場違い‥‥?」
想い人と同じ金色の瞳にやや困惑を滲ませながら、独白する。
緊迫した空は、生と死で彩られていた。黒煙に、不吉な物を感じなくもない。
――ででででも、アクセルも一緒だし‥‥きっと、頑張れる!
頷き、傍らを見やると、奇しくもこちらを見つめるアクセルと目が合った。
かつてとは、覚醒に変化が在る彼。その理由を、少女は知っているのだろうか。
男に、少女はとびきりの笑みを投げ、再度頷いた。
「‥‥アクセルの背中は、ボクが守るのですよ♪」
その想いが伝わったか、どうか。男もまた、頷きで応え敵を見据えた。
(シェイド相手に、120秒稼げたぁ、無茶言ってくれる)
濃紺のシュテルン・G、『リゲル』を駆るセージ(
ga3997)の呟き。
蒼い瞳と蒼い闘気を纏う彼が見据える先では、軍のKV八機がシェイドを中心に展開し、戦闘を行っている。
男の目にはそれが、死の舞踏のように見えた。死守。その言葉を否応無く意識してしまう。だが。
黒煙に籠められた、軍人達の献身を思えば――無駄には出来ない。
「そして、俺自身も、決して犬死にはしない」
想いの果てには、『敵』がいた。
幾重にも重なる想いはそのままに。傭兵達はエミタとの邂逅を果たす。
迎えたのは、しかし。
傭兵達の想定していなかった、激動だった。
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この期に及んで、シェイドから視線を逸らす人間など一人も居ない。
だが、それでも。
『無様ですね』
女は、接近する傭兵達をそう評した。
人型に変じたシェイド。その左腕部は有機的な構造のままに開き、新たな姿を見せていた。
伸長する長大な砲。軍の動きがそれに応じるように攻撃を重ね照準をずらすべく、加速するが。
その狙いは、軍人達すら気付けなかった。
回避しながらも、時折衝撃に揺れる機体。それは、地表、定点への狙いを逸らす上ではそれなりの効果が上がっていただろう。
しかしそれは、地表を狙ったものでは、ない。
『皆さん、散開してください!』
天戸 るみ(
gb2004)の悲鳴に似た喚起の声が全機のコクピットを叩く。
『はいですの!』
ノーマ・ビブリオ(
gb4948)の声が応じるが、その声には焦燥が滲んでいた。
砲口は、近づいて来ている傭兵達へと向けられていた。
軍人達は散開し包囲を組むことで被弾を避けていたが、エミタへと向かう傭兵達にその意識は無かった。
そして、一匹の羽虫なら兎も角、纏まった羽虫を無視する道理はエミタには無い。
『さようなら』
傭兵達は回避機動を取ろうとするが、格上の機体を相手に、想定を外していた傭兵達に、それを躱す術は無かった。悪寒が脊椎を貫くのを感じながら、高度を下げ地表の煙幕を目指するみは息を呑むしかない。瞬間。
『おぉ‥‥ッ!』
声がした。
シェイド。ただでさえ強力な機体から放たれるDレーザーは、光そのものが爆発に近しい。
しかし、閃光は空中変形したスカイセイバーによって機剣でもって砲ごと逸らされ、あさっての方向を向いている。
『急げ、散開しろ!』
雄叫びとは違う声が、さらに届く。傭兵達は急ぎ各班毎に展開し、改めてシェイドへと視線を巡らすが。
『‥‥後は、頼みます、隊長ぉ』
『――ああ』
嗚咽に似た、血の滲んだような声。
巨大な光条を逸らすべく拮抗していた機体は、シェイドの右手に据えられていたフェザー砲で貫かれていた。
しゅるしゅると、スカイセイバーを固定していたワイヤーが解ける。死の抱擁から解放されると、それは余りに容易く。コクピットからは何者も打ち出される事も無く。煙幕内への墜落を避ける事も、無く。
静かに、墜ちていった。
『無謀ですね。ですが、戦術的効果はそれなりと言った所でしょうか』
嘲笑するでもなく、淡々とそう述べ傭兵達と向き直るシェイドに。
『やるぞ』
イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)の声。感情の発露を無くしたその声は、割れた無線の中ではエミタのそれと驚く程近似していた。
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忘れられないと、彼は言う。
だとすれば、先程果てた男の言葉、先の光景も、彼に取っては忘れられない物だった筈だ。
淡い朱色と白色に塗装されたシラヌイ・S2型『紅弁慶』に搭乗する柳凪 蓮夢(
gb8883)は、イレーネの声に応じ初手の攻勢に参じていた。
その中で、彼は思考していた。実力差は広大。それは解っていた。
でも、それ故に、気持ちで負ける訳には行かないと。そう思っていた。
――負けられない理由が、増えてしまったな。
苦笑と共に、機体に据えられたアハトアハトが咆哮。エミタ機はそれを、空中に在って容易く紙一重で躱すが――構わない。それは、これから行われる攻勢のための援護射撃だった。
A班、イレーネ機が行く。エミタ機をより高みからうち降ろす形だ。
「さあ、闘争の始まりだ」
射程に入るや否や、イレーネ機はAAMを発射。エミタ機のファランクスに全弾撃ち落とされるが、爆炎が生まれる。それに重なるように柳凪機より電磁砲が放たれた。爆炎を貫くように放たれたそれは、しかし赤光を前に完全に阻まれてしまう。
ダメージは無いだろう。だが、管制機が態勢を整え、傭兵達が用意した作戦――車懸に移行する時間を作った。
――これは、狼煙だ。
イレーネは機動し、突入の態勢を整えながら思考。
爆炎は狼煙だった。自分達の存在を告げるための。闘争の始まりを知らしめるための。
――生と、死の輪舞を愉しむための。
敵は最上。ならば、そこに在る輪舞も至上の物だろう。感情の発露を無くした女は、思考と共に愛機を駆る。
同行するのは二機。不破機と終夜機。
『悪いな、使えるものは何でも使わせてもらう‥‥それが味方であってもな』
『ええ、俺は構いませんが‥‥』
A班は、終夜機を先頭にデルタフォーメーションを組んでいた。不破の提案である。性能に優れた終夜機が最前、イレーネ機と不破機の二機が脇を固める形。
ただ、機体の機動速度に大きな差があった。突入時が揃っていても、終夜機はブースト下、不破機はHBフォルムを起動し、足を稼いでいる。また、夫々に機動も異なっていた。
終夜機は、ブースト機動による旋回性向上を活かし、他機の追随を赦さない。
辛うじてイレーネ機と不破機は足並みを揃える事ができるが、それでも結果として為される攻撃は連携にはほど遠いものだ。
最も、不破は被弾率の低減を意識していたし、他の二人にしてもそうだったから結果としてはそれで良かったのかもしれないが。
それに、A班にとって幸いな事がもう一つあった。
再度航空形態をとり、沈黙を保つシェイド。
エミタは、回避に徹していた。
A班の攻撃は結果として多方面から為される事になったが、それでも完璧な機動は、三機による散発的な攻撃では捕らえられない。
だが。
「――それでいい」
イレーネの独白。
この十秒を凌ぎ、次の十秒を稼ぐ。これは、そういう戦場だった。
「目障りだと思え――自分達を」
それが、この闘争における勝利の道だと、彼女は認識していたから。
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ノーマ機、柳凪機、セージ機が、離脱するA班を援護するように、シェイド機の死角から接近、射撃を加えていく。
セージ機が文字通り一撃離脱に専心して通りすぎる様を、しかしエミタ機は見送った。
それが管制機として空域に目を向けている少女――るみにとってはどこか不安に映った。
Dレーザーのチャージか、それとも純粋に自分達の動向を見定めようとしているのか――結論はでない。だから彼女は、自身の仕事を優先した。
機体スキルを発動してはいるが、過度の接近はシェイドのいい的になってしまう。
間接的な情報になってしまうが距離をとり、得られた情報の範囲で通達しながら、るみはシルヴィス隊との仲介を行った。
マリアンヌ砲の充電ができるまで、また、その後の作戦行動について穏やかな口調で説明をすると、隊長――クライフはわずかに考え込んだ後にこう応じた。
「誘引、か」
「ええ。正規軍の皆さんは、基本行動理念のままで、かまいません。どう、でしょうか?」
「‥‥解った。こちらはこちらで最善を尽くそう。提案感謝する」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
提案自体に筋は通っていたし、シルヴィス隊にとっても余力があったわけではない。
僅かな時間だったが、シルヴィス隊内、るみ、クライフ間で調整の後、攻撃機、支援機の枠組みで簡単な連携が図られる事となった。るみが希望した護衛機は、軍のワイズマンと共に後々に役目の出来たマリアンデール二機によるカバーが入る事になり、隊長機であるクライフ機はそれらの枠組みからは外れた。
『しかし、隊長!』
表面上は穏やかな物だったが、傭兵達に秘匿されたシルヴィス隊の通信は、しかし騒然としていた。
「代案があるなら異議を認める。だが、無いなら話は別だ。黙って任務を遂行しろ。それに」
――何事も無ければそれでいい。
返事は、と問うまでもなかった。
『‥‥Roger』
「いい返事だ」
クライフは、戦場を見据えながら――小さく十字を切った。
彼はただ、その時を、待つ。
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新しい機体。その性能を試すように、あるいは引出すようにノーマは参式・紅炎と名付けたF−204を乗りこなしていた。
急拵えだが、懸念となる練力も現状では問題ない。オーバーブーストによるSESの高鳴りに引かれるように、疑似慣性制御で離脱する。
死角から死角へとミサイル一撃だけを当てて離脱したセージよりも踏込んだ攻撃でも――エミタは、動かない。
「変なかんじですの‥‥」
「そうだね‥‥出方を見ているのかな、あれは」
ノーマの呟きに柳凪が応じた。エミタから十二分と言える程の距離を取りながら、B班の面々は離脱していく。アクセルが先頭、シェリー、瑞浪 時雨(
ga5130)が続く形でC班がエミタ機に喰らい付く様を見据えながら、旋回を開始。
「見られてるのは、落ち着かないが‥‥」
やるしかない、と一足先に旋回を果たしているセージ。攻撃、離脱の流れは誰よりもスムーズだったから、次への動きも素早い。
「みているうちは、いいですの。でも‥‥」
あまりにも静かなシェイド。三機がどれだけ攻撃を重ねても揺るぎもしない。
本来は、十機――軍もあわして二十機弱で挑むような相手ではない、と痛感する。覚醒で転じた少女のネコ目は、緊張の色を孕んでいた。
――動きだしたら、どうなるんですの?
そう思わずにはいられない沈黙だった。
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車懸を提案した時雨がいるC班は、最も良くその理念に忠実に動いていた。
攻撃そのものに付加的な意味合いが最も色濃く、自然な形での連携に繋がる。
シェイドは、アクセル機のミサイルポッドをファランクスに阻まれ、続くシェリー機の砲撃も僅かに機体を傾げるだけで躱す。
「さすがシェイド、ですか」
「はやすぎなのですよー‥‥」
ダメージを与える事が目的ではないから、機動に専念している現状は構わない。
時雨自身も火力を敢えて落として運用しているくらいだ。互いにそれを解っているから、負担に思う程の事でもないが――。
僅か十秒、攻防自体は一瞬だ。
去り際、時雨は論理ではなく感覚で感じた。粘つくような被視の気配が、急に失せたように。
(――次を、見てる?)
気をつけて。
そう無線に告げる前に、A班はエミタ機の直上から攻勢に移っていた。
車懸が円滑に動いている事が、仇となる。
『もう、十分ですね』
機動は一瞬。
完璧な慣性制御に、向きの概念はほぼ無意味だ。
ブーストで誰よりも先に居る終夜機を抜け。
HBフォルムで加速し、被弾を防ぐためにラージフレアを投下している不破機を抜け。
『――確実に減らす事にしましょう』
イレーネ機。濡烏色のサイファーに、エミタが牙を剥いた。
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待機していたB班の面々が援護射撃に向かうのを知覚しながら、イレーネは瞬時の判断で攻撃を中止し、回避機動をとる。
女の身に感情の発露は無く、その胸中を正確に伺いしる事はできない。
だが、窮地にあってその機動は見事だったと言えるだろう。
生死の境に立ってなお、イレーネは冷静だった。
――自分がすべきは時間を稼ぐ事、だ。
るみの張り詰めた声からとるべき経路を知る。軍、B班が攻撃を加えやすいよう、旋回し、加速し、疑似慣性制御も駆使して只管に射線を外すように機動。
今、イレーネにとって時間は引き延ばされ、細分化されていた。
加速された知覚で、針穴を通すような機動を成す。遅滞した時間。そこには常に、エミタの色のない無慈悲の気配を感じていた。
機体の操縦以外の事に気をまわす余裕はなかったのだが、
「‥‥避けて!」
るみの悲鳴で、初めて世界に色が戻った。
同時に、機体の悲鳴が耳に届き、旋回と墜落を三半規管で知覚した。
ミサイルの雨にコクピットが損壊し、熱と破片で痛覚に灼熱が走る。見れば、左翼が中程で消失していた。
――十秒か。
機首を操舵で建て直し、煙幕上に落ちる事を避けながら、それでも冷静に確認。
『‥‥すまない』
不破の言葉だ。足並みが揃わなかったが故にイレーネが撃墜された事を詫び、噛み締めるように言った。
エミタを相手に十秒を稼いだ。
車懸、軍の援護。どちらも準備あっての事だ。
その事はむしろ賞讃されるべき事なのだが、落ちる彼女に賛辞を送る者はこの場にはいない。
エミタが、次の目標を定めていたからだ。
車懸を打ち崩すに辺りまずは連携に乏しかったA班を、という心算か。
非凡な機体である事は明らかな上、不破はその終夜機を盾にするような機動に努めていたから次に狙われたのは終夜機だった。
シェイドは離脱を図り距離をとりつつあった終夜機相手に正確無比の射撃を重ねて行く。
常にブーストをかけたままの終夜の操縦は、たとえ疑似慣性制御を用いていても緩急に乏しい。C班と残ったR−02が射撃を重ねてシェイドの射撃を散らしても、少なく無い光条が終夜機を貫く。
「持ちますか、白皇‥‥」
雷鳴がコクピットを叩く。振動と熱に機体が幾度も踊るが――鍛え上げられた機体は、損傷五割と言った所で持ちこたえる。
そのシェイド相手に、B班の三機が加速。イレーネへの援護の後に迂回の必要があり、やや攻撃が遅れた形。
「これ以上やらせないですの!」
「とはいえ、迅速に、な――!」
ノーマの気勢を込め、セージ冷静に。
有利な位置をとっても、振り向かれては無意味。セージはそれを意識してはいたが、実例を間近で見せつけられた形だったから
その意識は強まった。
とはいえ、これ以上友軍を落とす訳には行かない。執拗に終夜機を追い立てるシェイド機を振り向かせるには、セージのような一撃離脱ではなく、ノーマや柳凪のように火力を集中させる方が有用――否、必要だった。
結論から言えば、獲物を定め、追撃するエミタを留めるには脅威度が不足していた。
軍のR−02のうち一機がイレーネの代わりにA班に加わる形で辛うじて車懸を成立させるが、リスクを分散する為の配置は、結果からみれば脅威度の低減に繋がる。目的通りリスクの分散は適ったが、車懸の構造的な弱点を埋める工夫に欠け――そこから先は壮絶な消耗戦だった。
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るみの乗るワイズマンは、一言で言えば異質だ。換装されたコクピットには鍵盤が配されており、少女はそれを用いて機体の全てを制御している。
彼女はそこでは、『聴衆』であり、『奏者』だった。
未だ解析の及ばぬ敵機の動きは不協。損耗を重ねていく友軍の痛みもまた不協。
解析の為の演奏は、不吉な響きを箱庭に響かせている。その中で少女は懸命に作業に当たっていた。
R−02のうち一機が墜ち、練力の尽きたイビルアイズもまた墜ちた。
(シェイドの旋律‥‥絶対掴んでみせます!)
今、人類側は大きく数を減じている。動くならそろそろだという確信があった。音の世界で、ひたむきに追うエミタの背中。僅かに近しくなったそこで‥‥遂に少女は、それを掴んだ。
例えるならそれは、異音。
シェイドから拾われる音の変質に、響くものがあった。
確信はない。それでも。
「‥‥気をつけてください、動きがあります!」
そう無線に告げた。
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業を煮やしたか。
攻勢に欠ける人類に牽制の意図を込めてか、地表に対する攻撃のためか。
恐らくは、その全てだろう。
無線に小さな溜息が響くと同時、再度人型に転じたシェイドが左腕を再度露にする。
籠められ、収束する閃光。
それを見るや否や、るみから兆候を受け取っていた傭兵達は、離脱状態にあったC班以外が一斉に動いた。
元より攻撃を担っていたA班だけではない。軍のKVが回避方向を抑えようと射撃する中で切り込んだのはセージと終夜、不破が先だった。
『人間を嘗めるなよ‥‥シェイド――エミタ・スチムソンっ!』
黒椿、漆黒のDSが踊る。機体が全力で稼働し、放たれるのは温存されて来たプラズマライフル。
『させませんよ、エミタ‥‥』
終夜機の粒子加速砲が光輝を纏うシェイドの左腕を狙い、
『さあ、逃げた分の借金返済だ』
セージが嘯きながらも急接近し、リニア砲を打ち込む。
しかし。
砲火は全て、右腕に展開した盾に阻まれた。
エミタがDレーザーを撃つ際に『敢えて』人型に転じる理由が、そこにある。砲を直接狙った攻撃をいなし、対応する為。故に、必中を期す攻撃も、彼女がかざす盾を突破するには至らなかった。
さらに、後背から放たれたミサイルが三機を穿つ。元より傷ついた機体達だ。終夜、セージは辛うじて耐え切るが――。
「‥‥ちっ」
不破の舌打ち。
黒椿は、持たなかった。推進装置をやられ、事実上の戦闘不能。
しかし、傭兵達とてそれを座して見過ごす訳ではない。
「なら――」
十分に接近を果たしていたノーマ機が、オーバーブーストと同時、空中変形。
「これなら、どうですの!」
突貫。爆炎を縫い、終夜とセージの一撃を受けるためにかざしていた盾を避けるように、剣翼による斬撃を振るう。F−204のポテンシャルを十二分に発揮した一撃。脚部、背部のスラスターが業炎を上げ――その剣戟が、鳴った。
伸長した砲は、シェイドの装甲程の硬度は無いのだろう。壊れるには至らないが、砲身に傷が刻まれる。
「やりましたの!」
達成感にそう声をあげ、距離を取ろうとするが。
機動制御に出力を上げる機体は、それでも一切の身動きが取れなかった。
異変の正体は――ワイヤー。過去に傷ついたドリス機を運び、先程も軍のスカイセイバーを屠った死の抱擁。
右の砲は、違わずノーマ機のコクピットへと狙いを定めていた。
死ぬ。昏い砲の向こうに、ノーマはそう確信した。それほどに、絶対的な死が見えた。
――嫌、ですの。
『さようなら』
淡々と響くエミタの声に。
『残念だけど、それはさせられないかな』
柳凪の声が、重なる。
――先程も見たしね。
男の脳裏には、いつまでも刻まれる事となる光景だ。だからこそ、ノーマの行動を事前に打ち合わせていた彼は、そこで彼女の身の安全を確保する事にした。
再現を果たさぬように。
柳凪機の電磁砲と、アハトアハトが雷鳴をあげる。
その狙いはエミタ機ではなく‥‥其のワイヤー。違わずそれらを断ち切った柳凪の技量も凄まじいが、
『ありがとうございま――きゃっ!』
『ノーマ!』
拘束から自由になったノーマ機。揺らぐ的とぶれる照準でそれを撃ち抜いたエミタの技量もまた、筆舌に尽くし難い。
撃墜していくノーマ機だが、かすかに機体の制動が見られる事に柳凪は安堵した。最悪の事態は回避できたし、十二分の仕事だ。何故なら。
『制限全解除‥‥、砲身が焼き切れても構わない』
傭兵達が仕込んでいた罠。エミタの知性を欺く毒。
エミタには、そこに籠められた威力は解らない。十二分に増幅されたエネルギーを知る由も無い。
だが。
それをわざわざ砲身で受ける道理もまた、無いのだ。シェイドは盾をかざし、それを防ごうとする。
その時。
『――すまん、黒椿。最後まで無茶をさせる』
声が先か、それが先か。
不安定な制動の中辛うじて機首を保ちながら位置取りをしていた不破機が中空で強引に変形。
自動落下の浮遊感の中で、黒椿は強引に狙いをシェイドに定めながら射撃し――墜ちて行く。ただ、自動的に、無機質にエミタのシェイドを打ち続けながら。
有効な攻撃ではない。だが制動と意識が乱れた。
『エレクトラ、この一撃に全てを‥‥!』
機体の強度に比して高すぎる出力に、エンジンだけでなく機体そのものが吼えているような錯覚。
そうして、閃光が降り注いだ。狙いは、Dレーザーを放つその砲身。
僅かな隙間を縫うようにして、光条はシェイドの左腕に収束し――
爆散した。
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『‥‥』
エミタは、爆散した自機の左腕を淡々と見つめ、暫しの黙考の後、行動に移っていた。
報復ではない。
ただ目的を果たすために。Dレーザーが使えなくなったのならば、眼前のKV達を一掃すれば良いと。
他方傭兵達にとってもその時が訪れようとしていた。
充電完了まで、残り十余秒。
終夜が現在の地点から定めた発射指定位置を煙幕のただ中にあるマリアンヌ砲へと告げると、無線に響いた応の声に、傭兵達は最後の仕上げに映らんとした。
即ち、指定位置への誘導。
しかし最早、傭兵達にこれまで通りに車懸を行う余力は無い。
それでも。その十余秒の為に、傭兵達は仕掛けた。それまでるみの護衛についていた軍のKVや、るみ機自身も加わり――全身全霊を以て。
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エミタは、それまでの交戦からエレクトラの脆弱性を知っていた。その火力と、罠を忍ばせる知恵を知った今、最初にエミタの犠牲になったのは時雨だった。
無論、その危険は彼女自身も理解していた。だが、それに見合うだけの成果は出せたから。
『‥‥ごめん。あとは、まかせる』
その無線を残して、迫るエミタ機から放たれた小型ミサイルの雨を前に時雨機――エレクトラは形も残さぬ程に爆散、炎上した。
しかし、友軍も少なく残る時間も僅か。時雨の撃墜に気を払う余力は傭兵達にも無い。
『これが、ファイナルステージです!』
言葉と共に鍵盤から奏でられたるみ機の支援により、全機体の駆動が加速。
連携し、砲火を重ね、エミタを誘導し、縫い止めるように機動し、シェイドからもまた濃密な火線が放たれる。
劫火の応酬。
種々の機体がエミタを中心に絡み合うように機動し攻撃を加える中、明確に連携に示した者達が居た。
アクセルとシェリーだ。
敵味方問わず飛び交う火線を潜り抜けるように、両機は並走して機動。
『行きますよ、シェリー!』
『はいですよっ』
二機は、シェリー機からシェイドの眼前へと放たれていたラージフレアの残影を切り裂きながらその両脇を抜ける。
そして、次の瞬間には、二機はシェイドの背を捉えていた。
空中変形の負荷に機体を軋ませながら、アクセルのフェニックスが半身で銃口を向け、
シェリーのガンスリンガーが精細動性アクチュエーターの繊細な駆動で、機首ごとシェイドへと向き直る。
放たれるのは、幾条もの弾丸。
それは無防備なエミタの後背へ吸い込まれ、僅かに赤光ごと揺らし、さらにそれごと呑み込むように温存されていたマリアンデール二機の掃射が重なり――次の瞬間には、地上から煌々と発せられたマリアンヌ砲の砲撃にシェイドは呑み込まれる。
筈だった。
『残念ですが』
いつしか、シェイドの射撃は止んでいた。
幅五十mにも及ぶ光条は、何者も無い虚空を貫き、減衰していく。
傭兵達は、エミタの知性を侮っていた。
『――攻勢への転換が急すぎます。意図が見え透いていますよ』
つまらなそうな声で、そう言う。
『それでは最早、奇襲に意味はありません。――残念でしたね』
それは奇しくもモントリオールが陥落した際に彼女が放った一言だった。
次の瞬間には、後背から灰色の機体――シェリー機へと、数多の小型ミサイルが放たれる。機速を上げて距離をとろうとするが、喰らい付いた魔弾からは逃れられない。
当たる。
そう、シェリーが覚悟した時。
「‥‥すまん、Aeon!!」
その声に、理解が追いつくと――シェリーは、悲鳴を上げた。
「アクセルっ」
離脱を図ろうと旋回していたアクセルだったが、『それ』が見えてしまった。
後は、自身を突き動かす衝動のままに、動くほか無い。
そうして彼は『護る』為に、愛機を強引にシェリーと魔弾の間に身を晒し――墜落した。
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状況は危機的だった。二発目は強引に押し込む手筈になっていたが――果たして、可能なのか。
冷たい予感が、柳凪の脊髄を灼く。
「‥‥それでも。仮にも弁慶の名を冠していてね」
――護るべきモノを前に、倒れるわけにはいかないんだ。
そう囁くように言い、加速。他の者達にしてもそれは同じで。最後の最後まで諦めるつもりは無かった。だから、彼等は死力を尽くした。決死の覚悟で我武者らに二射目の斜線上に追い込もうとする。
決死の機動は、しかし、無意味だ。
エミタからすれば、迎撃に全力を割かずとも、いずれ放たれる二射目に備え、回避に徹する事で戦略的な勝ちを手にする事が出来る。
最早充電を終えている事が明らかな以上、それに備えるのは当然で。
現状、人類側は大きくその数を減じており、足場の無い空戦。慣性制御で自在に動くエミタを縫い止めるには――足りない。
『二射目の間合いに入ったが、どうする!』
射程限界から砲撃を行ったセージが、焦燥に灼きつく胸中を押さえつけながら言う。
――最後の一発。確実を期すべきだ。
柳凪はそう認識している。しかし、それ故にジレンマを叩き付けられていた。
――なら、何をもって?
狙いはばれている。幾ら全力で追い込んでも、シェイドは余力を残しているのは明らかだ。
‥‥なら、結果は同じではないのか。
敵の裏をかく為の隠蔽が施されていなかった事が、今になって悔やまれた。
撃つか否か。緊張に口渇が襲う。だが。
『撃てェ!!』
無線が、萎みかける心を叩いた。
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終夜は、その声が届くや否や、シェイドに砲撃を加えていた。
傭兵達の中でなお突き抜けた性能を誇る彼の機体はエミタにとっても看過しかねる脅威だ。警戒故に、白皇の砲は、やはり届かない。
それでも。
『――すみません』
無線の意を汲み、そう言った。白皇が貫いた虚空の傍らに在る、シェイド。その側方に向けて。
そこにはブーストし、空中変形を重ねながら迫るクライフ機――スカイセイバーの影があった。
直後には機剣がシェイドの左腕と噛み合う。
『どうした、撃て!』
彼は再度そう言った。意趣返しとばかりに、スパークワイヤーがエミタに絡む。両機の出力が拮抗し――すぐに崩れた。
しかし、傾ぐ均衡を補ったのは、やはり傭兵達だった。
彼らはそれぞれに、動かぬエミタに対して砲撃を重ねていた。撃て、と。発射を畏れるマリアンヌ砲の砲手を、叱咤するように。
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そして。
煙幕を貫き放たれた光条は――二機諸共に、貫いた。
残ったのは、ただ、一機のみ。
装甲の一部が剥げ、内部構造が剥き出しになったその機体は――何も言わずに、機首を転じた。
讃えるでも誇るでもなく。幾重にも立ち上る黒煙を背に、静かに撤退していった。
追う者など、一人としてありはしなかった。
こうして――激戦の末、ホークスベリーに置ける攻防は決着した。
撃墜したKVに至っては四十を越える。死者も居る。
‥‥それでも。エミタの脅威は、除かれた。