タイトル:【新宿】Little feet.マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/16 05:45

●オープニング本文


●子供達は、歩き出した

 あの日。
 新宿で、大きな戦いがあった。
 まるで、東京が変わったあの頃のような、長い、長い一日だった。

 あの日。
 遠くで、『マスター』が乗っていた機体が崩れ落ちて。
 遠くで、『彼女』が乗っていた機体が爆発した。

 バグアに奪われた人達。その中でも、一番大事な二人だった。
 彼らはようやく、解放されたんだ。
 そう思っても涙は止まらなかった。
 これまで、僕を支えてきた思い出たちが、痛いくらいにこみ上げてきたから。

 でも、目をそらしたくはなかった。
 それが最後のお別れだったから。

 僕の背中を、周りにいた子供達がそっと撫でてくれていた。
 皆、僕と一緒にあの塔を建てながら、必死で生きてきた人達だった。

 僕だけが声をあげるわけにはいかなかったから。静かに、泣いた。

   ○

 新宿はすぐに慌ただしくなった。都庁の戦闘は激しさを増す一方で、塔の制圧を終えた軍人さん達は他の戦域を支えるためにかどこかへと向かっていったから、僕達も万が一の被害を受けるのを避けるために、そこを離れる必要があった。

 ――でも、どこに?

 多くの人がそこをねぐらにしている人ばかりだったから、他に行き先など知らなかった。
 子供達は悲嘆にくれていた。泣き出す子も居た。それほどに届く戦闘の合奏は鬼気迫るものがあって――恐ろしかった。

「逃げよう」

 僕はそう言った。彼の言葉を思い出したからだ。

 ――来るべき時が来たんだ。何とかなる。

「何とかなるから、行こう」
 根拠はない。さっきまで泣いていた僕が赤い目でそう言うのだから、とてもじゃないけど信用はできなかったと思う。

 この激しさは、終わりの予兆だった。
 それがどういう終わりかは、僕には解らなかったけど。

 これが、この東京の一つの終わりなら。僕達はそれを待たなくちゃいけない。だから。

 自然、足はあそこへと向かっていた。
 胸をはって、ただ前を向いて歩く僕のあとを、子供達があわてて追いかけてくるのを感じて、ぼくはほっと息をついた。

 『Little feet』――思い出の場所へ。


「よ、ブラザー達。良く来てくれた」
 オペレーター――ラテン男の陽気な声が、ブリーフィングルームに落ちた。

「知っての通り、ブラザー達の頑張りもあって、東京は解放された。まァ、被害が無かったわけでもねェし、実際の所、新宿はその殆どがまだ手つかずってトコだ」
 その言葉は、あの一日の激しさを物語っていた。
「キメラはいる。たまに強化人間もどこからか現れる。軍用車輛も満足に通れねェ。それにまァ、UPCはUPCでやらなきゃならん事は山ほどある」
 肩をすくめるラテン男は、まるで自分が詰み上がった仕事の前に立っているかのようにそう告げた。

「‥‥でまァ、UPCの手がまわらねェから、この依頼が出たってワケだ」
 そういって彼は、依頼の概要を語り始めた。

 曰く。
 東京都内で作業に当たっていたUPC軍の無線機に、救難要請が届いたらしい。
 子供達の声。
『新宿のLittle feetという店に、少年達が取り残されている』
 無線を受けた軍人はそう言ったそうだ。そして、こう続けた。
 ――あの塔の攻略に協力してくれた子供達だそうだ。
 UPCは、一時騒然とした。
 UPCとて、協力者でもあった彼らを見捨てるつもりはなかった。
 ただ、あの日、戦線がそれほどまでに崩壊しつつあり、彼らを助けられる目処が立たないままに、激戦は収束した。
 それ以降も、指揮系統を無くして統制を失ったキメラ達やゲリラ的に現れる強化人間達に対応する為にも、態勢を整える必要があるほどに、深い傷を受けていた。
 いざ救出を図ろうとした頃には、彼らの所在は掴めなくなっていた。幾人かは合流し、救助する事ができたが、それだけで。UPCは苦い想いを抱きながら、積み上がった作業にあたっていた。
 ‥‥そこに、この通信だった。

「よく、生きていてくれた。俺ァ、そう思う」
 ラテン男は、快活な笑みを浮かべてそう言った。まるで、東京に落ちる影を笑い飛ばすように。
「だからまァ、ブラザー達は颯爽とアイツらを助けて来てくれ」
 そう言って、彼はチャオ、とイタリア語で手を掲げて、去って行った。去り際に。

「‥‥あ。キメラもいるらしィが‥‥ま。二ヶ月近く大きな問題も無かったンだ。大丈夫だろ。ンじゃ!」
 そう告げて。

●少年は、思い出に抱かれて眠る

 街中にはキメラがうろうろしていたから、僕達は身を寄せ合い、店の中で静かに暮らしていた。
 幸い、店の中の倉庫には、あの頃の食料がまだ残っていたから、僕達はそれらから食べれそうなものを少しずつたべて、飢えを凌いでいた。

 ――そうして、時が過ぎた。

 ある日、子供達のうちの一人が、無線機を見つけた。
 汚れのこびり付いたそれを、どこで見つけて来たかを僕たちは漠然と察したけど、その少女がにこやかに「これで何とかなるね!」と言うから、何も言えなかった。
 ただ、ようやくこの生活が終わりを告げるんだ、という実感は、理屈なしに嬉しかった。

  ○

 そこでの生活は、僕にとってはただひたすらに懐かしくて。
 痛くて、哀しかったけど、でも、胸に満ちていたのは暖かさだった。
 泣いたのはあの日に一度きりで、ここでは僕は、リーダーのような扱いを受けていた。
 といっても、ご飯の量とか、簡単な事を決めるくらいの事で、殆どなにもしてはいなかったのだけど。

 子供同士の話は自然、ここから出たら、という話が多くなった。

 軍に入るという子がいた。
 お腹一杯ご飯食べたいという子がいた。
 物を作りたいという子がいた。
 キレイな服に着替えたい! という少女の言葉には皆が頷いた。

 そして、お墓を作る、という子が、いた。

 時折沈黙がおりて、UPCに対して恨み言をいう子や泣き出す子がいると、僕は思い出話をした。
 それは時に街をさまよっていた頃の武勇伝だったり、幸せだったあの頃の話だったり、建築現場でのむかついた監督官の話だったりした。波瀾万丈を生き抜いたのは僕だけじゃなかったから、話す事には、事欠かなかった。

 そうして、僕たちは互いに支え合いながら迎えを待った。

 僕は、彼らが助けに来てくれる事は、これっぽっちも疑っていなかったから。
 解放の予感に、ただ、胸を弾ませていた。

 けど。


「キメラに、見つかっちゃった」
 荒廃した新宿で遊んでいたリサが、青白い顔でそう言って店に駆け込んできた。
 その意味が他の子供達に波及する前に、僕は。

「わかった。此処にいて。‥‥大丈夫だよ。助けはもうすぐ来るから。――アカネ?」
「う、うん」
「無線で、連絡しておいて」
 そういって、僕は店を出た。
「傭兵さん達が来るまで、絶対に店から出ないで!」
 そう言い残して。

 フラッシュバックしたのは、あの時の光景だった。
 店が蹂躙されて、あの人達が奪われた時の。

 あの日を繰り返すのだけは。絶対に、嫌だったから。
 不思議と、恐くはなかった。

●参加者一覧

綿貫 衛司(ga0056
30歳・♂・AA
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
鹿島 綾(gb4549
22歳・♀・AA
不破 霞(gb8820
20歳・♀・PN
鹿島 灯華(gc1067
16歳・♀・JG
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA

●リプレイ本文


 寂寞が、募る。
 そこは灰色の世界だった。何処からか酸鼻さすら届くそこは、地獄を内包していて。

「一段落して改めて見ると」
 ――矢張り、ひどいモンですね。
 綿貫 衛司(ga0056)が行軍の最中に零した。新宿は、馴染みの土地だった。だが、今。彼にとってそこは、死に物狂いでくぐり抜けた戦場で。だから、皮肉な事に現状を受け入れる事に苦さはあっても、呑み込む事は難くは無かった。
「そうッスね」
 一方、赤槻 空也(gc2336)の目には、どう映ったか。
 東京への想いは強い。それは故郷へ繋がる土地だから。かつてバグアに奪われ、壊された彼にとっては他人事ではない光景で、それ故に。
「――復興、したいッスね。いつか必ず」
 握る拳は堅い。それでも、決意と共にそう結んだ。
「そのために、生きていてくれた彼等を救わなくちゃ、な」
 赤く、美しい長髪を髪留めで束ねた鹿島 綾(gb4549)がそれに応じる。少年達は孤児と聞いていた。ならば尚更、捨て置けない。少なくとも、彼女にとっては。

 彼等。
 シーヴ・王(ga5638)が、ぽつり、と囁くように言葉を零した。
 シーヴにとっては、少年達こそが縁であった。あの日、協力をしてくれた少年。
 ――辛ぇ想いをした子、ですね。
 別離の痛みを、彼女は想像するしかない。自分にとっての永遠を引き裂かれたのだと。
 それは魂を引き裂かれるような痛み。
 ――これ以上あの地で哀しみが増えやがるのは、嫌、です。
 だから、万が一の事が起こる前に、助けなくては。

 思考した、そこに。

『聞こえますか!』

 通信が、弾けた。



 鈍く重い音を響かせながら、巨人が追ってきている。

 瓦礫を踏み越える。角。右へ。
 建物の面影を残したそこへ逃げ込んで、息を整える。

 挫けそうなのは心じゃなくて身体。それを引きずって、また走りだした。

 背に轟音。入り口が、瓦礫へと転じた。

 さっきからこれの繰り返しだった。

 破壊の残響に心が竦む。瞬間。

「‥‥ッ!」
 女の人の声が届いた。
 後ろを振り向くと、巨人と切り結ぶ人の影が見えた。直後。

 とん。

 何かにぶつかり、そのまま抱きとめられた。

「もう大丈夫でありやがるですよ」

 柔らかさに、張りつめたものが溶けて身体から力が抜ける。

「変な言葉」
 その熱の懐かしさに、つい、そう零してしまった。



 無線を受けて、シーヴと不破 霞(gb8820)を除いた一同が走った先。
『Little feet』は未だ健在で、中にいた子供達も無事だった。
「――良かった」
「そうですね‥‥」
 綾がそう安堵の息と共に言う姿に、灯華(gc1067)が頷きで応えた。
 そこには五人。連絡にあった少年を除いて全員がそこにいた。
 戸の開く音に身を竦ませていた子供達は、訪れた見慣れぬ影に、夫々の反応を示した。

 安堵する少年。怒りを見せる少年。より一層不安を深めた少女達。
「ユウキは‥‥?」
 長い黒髪の少女――ユカリの抑揚のない掠れた言葉が、少女達の心境を告げていた。
「大丈夫、仲間が向かってます」
「きっと無事です‥‥ですから、ね?」
 綿貫の暖かみと張りのある言葉に、灯華が続いた。手にはレーションや種々のお菓子。それを子供達に渡しながら、視線を綾に合わせると綾は頷く。
「さて、ちょっと行ってくる。‥‥安心しろ。キメラは、お姉さん達が倒してやるからな?」
 槍を掲げそう言った。

 それでも、子供達の不安を拭うには至らない。その事に此処にいない少年の影を感じながら、綾は暗い、地上へと至る階段を昇る。

 あの子達は、守られる事はなかったんだ。

 身を寄せ合う姿に、痛切にそう思った。
 その事に、滲むように記憶が溢れる。
 両親が死んだあの日。
「貴様等さえ、来なければ‥‥!」

 昂った激情に、槍を握る手が軋んだ。


「遅ぇんだよ‥‥」
「ハジメ、やめなよ」
「でもよ!」
 綾が去って暫しの後。ハジメが堪えきれぬように零した。手にした沢山の食べ物や、飲み物が、ただ、哀しかった。年長のアカネがそれを叱咤するが、それでもハジメは怨嗟の言葉を吐こうとする。
 でも。
「だって、よ‥‥!」
 浮かぶ涙を、零したくなくて。彼は言葉を呑み込んだ。そっぽを向き、ただ堅く歯を噛み締めて。
 ユカリは傭兵達だけでなくそんな彼にすら無反応を貫いていた。灯華は言葉をかけたが、なおも無反応で。
 そこに。

「そう叫んだところで‥‥何か変わるのか?」

 声は、その姿を真っ直ぐに見つめる赤槻の物。厳しい言葉だ。ユカリ以外の子供達が息を呑む中、反駁しようとハジメがそちらを睨む。けど。
「分かるんだよ。俺だって、戦争で何もかも無くしたクチだ」
 言う赤槻の表情から溢れたのは、ハジメのそれと似ていて。
「ゴネたところで世界は変わんねぇ! むしろ『死ね』って言ってくるだけだ! しかも弱けりゃ余計に狙ってくる!」
 経験に基づく言葉だ。だからこそ、正しかった。でも。
「なら‥‥必死に、『じゃあどうする』を考えるしかねーんじゃねーのか?」

「ふざけんな!」

 それは、正し過ぎた。

「知ってんだよ、全部! 知りたく無かった! ふざけんなよ、アンタ達が、それを言うのかよ‥‥!」
「ハジメ!」
 少年は溢れる涙も拭わずに、叫んだ。でも、涙の衝動に呼吸が乱れて言葉を継げなくなると、しゃくりを上げながら言葉が萎む。赤槻はそれでもその姿を真っ直ぐに見つめていたが。

「すいません。それは私達、大人の責任だ」
 綿貫が、少年に目線をあわせて言った。
 ――苦い、なぁ。
 男の胸中には言葉よりも、その姿が胸に突き刺さった。
「貴方の怒りは正しい。その怒りは私達にぶつけてくれて構わない。ただ」
 ハジメの頭を撫でながら続ける。
「忘れないであげて欲しい。東京を守ろうと、取り戻そうと戦った大人もいた事を」
 ――そうして、死んでいった事を。
 言葉にはしなかったが、そう、結ばれた。
 誹謗も、誤解も慣れている。だが、死者が忘却の彼方に捨て置かれる事は、嫌だった。
 ただ、忘れてくれるなと、願わずにはいられなかった。沢山の血が流れてきていたから。
 泣きじゃくるハジメはそれに応える事は無かったが、伝わる物はあったのだろう、それ以上怨嗟の言葉を継ぐ事はなかった。

 ふと。
 階段を下る足音が響き始めた。予感に、子供達が一様に戸を見つめ。

「ユウキ!」

 先に現れた霞、遅れて、シーヴに背負われた少年が照れくさそうに笑う姿に、子供達は一様に駆け寄って。

「‥‥この、馬鹿!」
 無事を確認したアカネが潤んだ声でその背をはっ叩き、少年の情けない悲鳴が店に響くと、途端に弛緩した空気が満ちた。


 少年の無事が解るまで誰も食事に手を付ける事はなかった。でも、彼が帰ってくると話は別で。
「急ぎだったからあまり数は揃えられなかったんだけど」
 霞はそう言うが、傭兵達が持ち込んだ食料品は子供達には多い程で。ガスも、水道も生きてはいなかったから食事は自然質素な物になったが‥‥それでも。
「ぶはぁ、うめ、うめえ!」
「あはは! リョウ、きちゃない!」
「うるせ! なんだリサ、喰わねえなら俺が」
「だ、だめ!」
 彼らに取っては一等のごちそうで、次から次へと彼等の胃袋へと消えて行く。
 傭兵達の女性陣は、その様子を驚きと感慨を持って見つめていた。残る二人は今、見張りに立っている。
「咄嗟でゴチャ混ぜ、ですが」
「いーのいーの! こまけぇことは抜き! うめぇから良いんだよ!」
 シーヴの言葉にリョウが快活に笑いながら独特の箸遣いで、かき込むようにレーションを食す。
「ははっ。遠慮なく食べてくれ」
 そう言う綾に応えるように箸遣いが加速。霞はその様子に苦笑を浮かべながら視線を巡らせると、ユウキは既に箸を置き、壁に背を預けて息をついていた。

「もういいの?」
「あ、はい。‥‥お腹、いっぱいで」
 少年は走り疲れたからかな、と苦笑して言う。
「こんなに賑やかなの‥‥久しぶり」
「そう‥‥」
 少年の目はどこか遠くを眺めるようで。
「ごめんね」
「え?」
 その視線が胸を衝いて、霞は思わず謝罪を告げた。
 霞があの日、あの時。二機の鹵獲KVを仕留めた六機のうちの一人だと説明すると、ユウキは苦笑を深める。
「‥‥気分は良くないよ。バグアとそれに与する者は敵だって思ってるけど、乗ってるのは、多分私たちと同じ人だから」
「‥‥うん」
 覚悟はしていても苦さは拭えないと少女は言う。少年はただ、頷くことしか出来ない。あの日の戦闘の激しさは知っていたし‥‥それに。
 そこに、別な声が掛かった。
「あんな形じゃ、助けたとは言えなくて‥‥ゴメンです」
 シーヴだ。
 ――倒す事でしか、彼女達を解放出来なかった。
 違う、幸せな結末はあったかもしれないが‥‥どうしようもなく、夢物語だった。
「でもバグアは壊したです。これからも‥‥誰かがユウキみてぇな想いをしねぇよう、壊していきやがるです」
 それは少年がかつて望んだ事だった。他でもない、彼等のために。
 少年は、その事を解っていたから。
「ありがとう、ございます」
 湿った声でそういう少年の頭を、霞が撫でる。


「ユウキは、これからどうしやがるですか?」
「‥‥これから」
 落ち着くのを待ってからのシーヴの言葉。
 それを、初めてその事に思い至った、というように少年は繰り返した。
「皆の事で精一杯で、考えてなかった。ただ」
 籠められたのは、寂寥と、暖かさ。
「‥‥あの子達の事、ちゃんと、見送りたい」
 僕は、彼らの手を取ったんだから。

 そう言った。


 シーヴと霞が見張りに立つ頃には、子供達は腹もくちて、のんびりと過ごしていた。
「こういうの、好きだと聞いたんですが‥‥」
 赤槻とハジメの間にある微妙な空気を感じ、灯華がそう提案した。手にはトランプ。
「懐かしっ!」
 リサとリョウが歓声をあげると、綿貫や赤槻も加わる。ハジメは一瞬距離を取ろうとしたが。
「仲直りしなきゃ。男でしょ?」
 と囁き、背を押すアカネに何も言えず、輪に加わる。
「なにするっ」
 目を輝かせて灯華を急かすリサだが。
「あ、あの」
 灯華は、彼女にしては珍しくやや気まずそうに、言った。
「遊び方、知らないんです」
「えーっ!」
 子供達の無邪気な声が響くのを、綾は苦笑しながら、
「よし、そうだな‥‥大富豪なんかどうだ?」
 再度、歓声が上がった。

「そういやそれ、どこで拾ったんだ?」
「え、無線? 街中だよー」
「一人でか」
「うん!」
「見事な物ですが‥‥後でサバイバルについて講義して差し上げましょう。きっと役に立ちますよ」
「わ! いいの、ありがとう!」
「ええ‥‥失礼、革命です」
「えーっ!」

 子供達は、傭兵達と共にゲームに興じていたが、ユカリはもう離すまいとでも言うようにユウキの服の裾を掴み、眠りについている。ユウキは苦笑しながらもその頭を撫で、店内の喧噪を眺めていた。
 ルールにも慣れ、やや余裕が出て来た灯華が少女の姿を探してその光景を目にすると、不意に。

 記憶が、溢れた。

 八咫烏の紋。
 兄と過ごした最後の誕生日。
 あの紋は――ナイフに、刻まれていた。
 それは‥‥私が持つベレッタと同じで。

 なら。
 ――あの人は。

「お姉ちゃんの番だよ!」
「‥‥あ」
 リサの声に、現実に引き戻された。
「すいません‥‥じゃあ」
 札を切るその手は、どこか自失に揺れていて。灯華は暫し、その感情を噛み締めた。


 シーヴと霞が戻ってきて、灯華と綾が見張りに立つ番になった。
「誰かを守る。誰かの為に戦う。立派な事だ」
 綾は店を出る前に、アカネとユウキに向けて言った。
 夜が深まり、リサやリョウ、ハジメは夫々に疲れたのか、寝てしまった。見張りから帰ってきたら、子供達は寝ているかもしれないから、今のうちに。
「ならば、まずは自分の命を守れ。死ななければ、守れる人も守る機会も増える。決して砕けない盾になれ。‥‥いいな?」
 軍人になりたい少女は頷いて。
 少年は苦笑してそっぽを向く。とっさの事で覚悟があった訳じゃなかったから、どこか照れくさかった。
「本当に、命に代えても、なんて思っちゃだめだよ?」
 そんなユウキに、霞が言葉を投げた。
「あなたの他に誰が守るのか、ちゃんと考えなくちゃ。だから、絶対に死んじゃいけない。ね?」
 霞は、子供達の為に身を張って走るユウキの姿を見ていたから、余計にそう思った。
「でも、あの時は」
「ね?」
 ユウキは反論しようとしたが、霞の真剣な言葉と真摯な瞳を前に、とうとう観念して頷いた。シーヴの笑んだ視線が気恥ずかしくて、その表情は真っ赤に染まっていた。

「ありがと、この子に色々、教えてくれて」
 隣で熟睡しているリサを撫でながら、アカネが綿貫に言う。リサは熱心に綿貫のレクチャーを聞いていたのだが、途中で電池が切れたかのように眠りについてしまった。
「いえ、御易い御用ですよ」
「‥‥この子、この街に住んでいたみたい。ふらつき歩くのは‥‥両親を探してたんだと思う」
「そう、ですか」
「馬鹿みたいだよね。ほんとは解ってるのに。‥‥でも、多分この子も、私と一緒に軍に入るんじゃないかな」
 ――おじさんの事、好きみたいだし。
 困惑する綿貫を前に、そういって、少女は悪戯な笑みを浮かべた。
「‥‥んっとに」
 赤槻が、眠りこけるハジメの赤い鼻を突つきながら言う。
「生きるって、メンドクセーっすよね。こんな時代だしよ」
 こんな子供達がそんな物を背負わなくてはならないのだから。
「‥‥やるせ無ぇ。でもま、頑張りゃ東京だって取り返せんだし!」

 ――希望は、在るってモンすかね。
 自分達にも、子供達の道行きにも。
 その為に、自分は出来る事をしよう、と。青年は想いを固めた。


 東京の夜は暑い。質量を感じさせる温い風が、当然の事なのに綾は嬉しくて。弾む胸中をそのまま、隣に立つ灯華に言葉にする。
「あの子達は、懸命に生きようとしているな」
「そう、ですね」
「‥‥私も、こんな暗示に頼っていないで、懸命に戦わないと、ね」
 言葉と同時。ふわ、と。赤髪が風に泳いだ。
 灯りの無い街で、赤色は月明りに照らされている。解けた髪に沿うように、張り詰めていた心もほぐれ、言葉も柔らかく転じていた。
「‥‥なら、私に頂けますか?」
「ん、いいわよ。むしろ、貴方に受け取って欲しいくらい」
 差し出された髪留めに、灯華はあの日を想起した。

 あの雨の夜、差し出された白い手を。

 受け取り、灯華は夜の色よりなお濃い艶やかな黒髪を結い上げると、安堵の声が溢れる。
 それは夜闇に静かに沁みて‥‥二人は最後に軽く、ハグを交わした。


 夜が明けるのを待って、一同はその店を後にした。
 道行きは決して短いものではないし、キメラもいる。それでも。子供達は不安の色を零す事は無く。
 ただ、彼らは最後に別れを告げた。
 決して短くない間、彼らの揺籠として在った、かつての記憶、その小さな足跡に。

 ありがとう、と。
 涙は、流れなかった。