タイトル:最果てで、手にしたものマスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/25 20:59

●オープニング本文



雨だ。
今はまだ日は高い筈だけど、空は雨雲に覆われていて、森の中は暗い。僕は手頃な樹に背を預け、座り込んでいる。大粒の雨が、ひとつ、ふたつと、僕の体を打った。僕はすぐに濡れ鼠のようになって、急速に熱を失っていく。元々、我慢できないくらいの寒さを感じていたはずなのだけれども、今は、それすら感じない。すると、それまで疎ましかった寒さが恋しくなり、僕は思わず自嘲の笑みを浮かべた。

‥‥先程の戦闘で、僕は大量の血を失い、もはや殆ど自由も効かず、腰から下は感覚すら無い。右腕は肘から先が無くなった。左手は動かせるが、それだけではもはや出来る事がない。止血はしたが‥‥どれだけの意味があるかはわからない。
僕はいま、これまで無自覚に振るい、無意識に恐れていた『死』と向き合っている。その事実が、ただひたすらに、怖い。

‥‥皆は、無事だろうか。


僕と、その家族である妻と息子。そして、家族ぐるみで交友のある者たちが、ピクニックに出かけていた最中にキメラの群に襲われたのは、不幸以外の何物でもない。たまたま、予定を合わせてでかけた先で、たまたまキメラの群と鉢合わせした。

人は逃げ、キメラは逃げるものを襲った。それだけの事だった。

その14名の中で、僕が能力者だったことは不幸中の幸いだった。傭兵として戦って来た経験のおかげで、窮地においても冷静な対処を取る事ができた。僕は、僕以外の守るべき者達に対し、自分が時間を稼ぐ事と、ULTに連絡するように、告げた。そして僕はキメラ達の気を引き、脅威度を示す事で、彼らが逃げる時間を作った。その貴重な時間で、彼らは皆、車に乗り込み、この場から逃げる事ができたのだ。

‥‥どれだけ頑張って彼らを逃がした所で、手元に武器が無かった。ともすれば逃げる家族と友人達を追おうとするキメラ達に対し、素手で立ち向かう事で、どうにか時間を稼ぐ事が関の山だった。

そして今、キメラ達は居ない。いつでも始末できる僕よりも、逃げて行った獲物のほうを優先したのだろう。心底憎らしい‥‥。


――ふと、電子音が、ひびく。
大きく切り裂かれたジャケットの胸ポケットで携帯電話が鳴っていた。
僕は、震える手でそれを取り出すと、発信者を確認する。

そこには、妻の名前が表示されていた。

安堵の息をつく。熱を失っていた身体だが、それでも、何かが満たされていくのを感じた。震える指で、どうにか通話ボタンを押す。肩が上がらないので、眼前に掲げる事しか出来ないが、十分だった。小さな、小さなスピーカーから、妻の声が届く。

「‥‥無事、かい?」
この雨は、恵みの雨、か。乾きから少しとはいえ開放されたため、声を出す事は出来た。だが、それ以上は、体が、動かない。キメラが、追いついていないか、心配だった。軍人か、傭兵の保護は、受けられたのか。
『‥‥なた‥‥の‥‥?こっち‥‥無事‥‥から‥‥!傭兵が‥‥』

‥‥それを聞いて、安心してしまった。
堪えていた一線は容易に決壊し、そのまま、意識は濁流に呑み込まれた。
薄れ行く視界の中で、妻の名前を示す携帯電話と、その小さな灯りに照らされる結婚指輪がいつまでも残っていた。

――怖いし、悲しいさ。でも。
――今はこんなに、誇らしいんだ。こんなに、安心したんだ。

――愛してる。さようなら。ありがとう。

声にならない声でそう、呟いた。

●参加者一覧

Letia Bar(ga6313
25歳・♀・JG
メビウス イグゼクス(gb3858
20歳・♂・GD
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
赤槻 空也(gc2336
18歳・♂・AA
カズキ・S・玖珂(gc5095
23歳・♂・EL
杉田 伊周(gc5580
27歳・♂・ST
ベルティーユ・ロワリエ(gc6499
14歳・♀・DG

●リプレイ本文


 雨は、次第に勢いを増していた。厚い雨雲の向こうから日の光が照らす世界は灰色だ。山のいたる所で雨は様々な音を奏で、幾重にも重なってオーケストラとなり、傭兵達の元に届いている。平素であれば穏やかな行楽の地である山は今この時、戦場だった。
 
「こうして一緒に戦うのは久しぶりだね」
 サンディ(gb4343)はメビウス イグゼクス(gb3858)のバイクの後部座席に横向きに腰掛けながら言った。メビウスの腰に回した手に、力をこめる。長く美しい金髪と、純白色の鎧が、雨の山中に彩りを添えていた。
「頼りにしているよ。あなたも私の事を頼りにしてね」
 目に映るのは、広い背中。それを見ながら、彼女は言った。答える声は穏やかで心地のよい声音。
「えぇ、勿論です。頼りにしていますよ、サンディアナ。‥‥どうしました?」
 疑問は背中越しの気配に対してのもの。サンディは眼前の背中‥‥というより鎧に対し、複雑な表情を浮かべていた。憧れの人の声に慌てて応じる。
「‥‥大丈夫、急ごう」
 自身の胸の高鳴りを感じながら、彼女はそう言った。関係は中々進まないが、この感情は心地よい。ただ、ちょっと残念なだけ。
 サンディの胸の内が伝わったかはともかく。メビウスのバイクが走りだす。他の二台のバイクもそれに続いた。

 灰色の世界を切り裂くように進む。

 道沿いにいるキメラを最初に見つけたのは、Letia Bar(ga6313)だった。
「いたっ! キメラが、3匹!」
 予想よりかなり少ない。だが、キメラ達がここにいるという、その意味は。思考を巡らすと、彼女は無線機を片手に告げる。
「先を急ごうっ」
 他のキメラがいるであろう場所は、想像に難くない。だから。傭兵達は頷きを交わす。
「しっかりつかまってて‥‥っ」
 Letiaは同乗している杉田 伊周(gc5580)にそう告げた。その声に応じるように、三台のバイクは加速すると、キメラ達を抜き去った。瞬く間に、風景ごと後方へと流れていく。
「一人で戦場に残ったという、能力者の方。今、お助けに、参ります!」
ベルティーユ・ロワリエ(gc6499)は、決意と共に加速する世界を愛機と共に走る。

 加速は音を生む。音は、山中に破裂するように響いた。
 

 連絡を受けたカズキ・S・玖珂(gc5095)と赤槻 空也(gc2336)は、道路上を疾走していた。赤槻がカズキの足に合わせて走っているため、美具・ザム・ツバイ(gc0857)は自分達より先行している。
「銃を抱えてランニングか。‥‥陸軍時代を思い出す」
 カズキは肩から掲げた小銃を見やり、過去を振り返る。陸軍時代の訓練と、実戦。‥‥そして、父を早くに失した少年時代。あの頃の貧しさを想う。軍に入った理由。稼ぎを求め、傭兵になったのは、何故だったか。
 ‥‥今更、詮無き事だ。カズキは苦笑すると、追想を止めた。

 ――彼は男の中の男だ。
 カズキは、まだ見ぬ男をそう評価している。
 だからこそ、家族には彼が必要な筈だ。自分がそうだったように。
 ‥‥必ず救い出す。

 この依頼は、彼が戦場に立ち続ける理由にも直結している。ならばなおさら、失敗はできない。
 彼の想いを映すように、覚醒を示す両肩の炎が、青白く、強く、揺れた。

(この手の依頼‥‥何度目だ?)
 一方、赤槻は自問する。答えの代わりに浮かぶのは、過去の映像だ。一年半前。自分以外の全てが終わった、あの日。
 あの時、もし俺が能力者だったのなら。‥‥仮定は無意味だ。これまでに幾度も繰り返した問いの無意味さは、とうの昔に知っている。だからこそ、死地に残った男の気持ちは痛い程に分かった。でも、このまま彼が死んだら、残された家族は、自分と同じ境遇になる。
 燃えるように輝く瞳が、心中の焦りを示すように揺れる。

(‥‥でも、クソみてぇな地獄行き、変えれんのは俺達だけか)
 辿り着いた答えは、明快。視線をあげると、キメラと切り結ぶ美具が見えた。
 赤槻は拳を握りしめ、隣のカズキを見やる。カズキの頷きを受けると、赤槻は瞬天速を発動し疾風となって駆けた。


「許さんぞ、キメラ共。血祭りに上げて産まれてきた事を後悔させてやるのじゃ」
 呟きは、誰にも拾われる事は無い。だが、眼帯の奥から吹き上がる炎が、その心中を如実に表していた。同胞の無念は晴らされなくてはならない。この怒りはその為のものだ。

 視線の先には三体のキメラ達。大型犬のようなそれは鋭利な刃を携えているが、美具は恐れる事なく間合いを詰めた。静かな、静かな歩法。同時に、キメラ達も動く。先頭のキメラが美具に噛み付こうとした瞬間。美具の両の手に構えられた炎剣と火刀が振るわれた。

「炎剣六連流星」

 紅蓮衝撃を纏った刃は、吸い込まれるようにキメラに届く。後には、ただ肉片と剣の熱だけが残った。
 残る二匹のキメラは仲間の死に怯える事なく、小柄な美具に襲いかかる。一体の牙は右の剣で、刃は左の刀で受けるが、もう一体の攻撃には無防備に晒されている。キメラは獰猛な唸り声をあげながら、美具の喉元に喰らいつこうと‥‥。

「‥‥唸りやがって。喰い殺すってか?」

 静かな声は、美具の真横からのもの。

「上等だ‥‥俺ぁ最初からドタマに来てんだ! 来いよオラァ!」

 瞬天速で接近した赤槻が、怒声と共にキメラの横っ面を、その拳で叩き落とす。
「いいぜ、バグアども‥‥ランチタイムだ」
 追いついたカズキは言葉と共に照準をつける。装填は確認済み。スキルの発動を示すように両腕が白く輝く。SMGから放たれた弾幕はキメラ達の足を狙った物。幾つかの銃弾がキメラ達の足を貫き、勢いを削ぐ。そこに、美具と赤槻が攻撃を合わせる。

 傭兵達の連携は澱みがない。狩る事に特化したキメラ達は、守勢においては酷く脆かった。幾合かの後、キメラが動かなくなった事を確認すると傭兵達は山中へと駆けていった。


 家族達が襲われたという場所で、三台のバイクはキメラ達に追いついた。キメラは五体。目撃されたキメラはこれで揃った事になる。
「気をつけてください」
 サンディは散弾銃でキメラを牽制しながら、バイクを駆るメビウスに耳打ちする。平素より女性的な口調。意を汲んだメビウスが頷くと、サンディは一息にバイクから飛び降りた。その先には一匹のキメラ。勢いはそのまま、憧れの人と同じ蒼色の覇気を纏った紅炎が振るわれ、キメラは一刀の元に叩き伏せられた。
「ここから先は行かせません」
 そういうと、彼女は血糊を振るい落とす。行為の血腥さに寄り添う優雅さが、異質な雰囲気を纏う。

「気をつけなさい、今の私は手加減できませんよ」

 キメラ達には言葉は通じない。彼女の勧告に怖じ気づく事なく、四体のキメラが彼女に喰らいつかんと疾走。だが、その勢いを、バイクからおりたメビウスが左手に掲げるゼルクによる堅守と、右のガラティーンから放たれたソニックブーム、そして、AU−KVを纏ったベルティーユの射撃が押しとどめた。

「キメラは頼んだよ!ボクは全力で患者を助ける!」
 戦闘に臨む彼らを尻目に、杉田とLetiaのバイクが奥へと向かって行く。メビウスはその声に頷くと、眼前の敵をその蒼く輝く瞳で見つめた。
 メビウスの身に同じ事が起こっていたら‥‥彼と同じ事をしていた筈だ。メビウスは、献身の徒だった。護るために戦う彼なればこそ、同じように誰かを逃がし、一人で死ぬ事になっても足掻き続け、そして、心残りはあろうとも、満足して逝った筈だ。彼が戦う理由は、そこにあるのだから。

 メビウスは剣を振るう。左の刃が敵の攻撃を受け流し、右の刃が敵を断つ。舞いのような攻防一対の斬撃は、敵の猛攻を前にしても揺るがない。その堅牢な戦い方に応えるように、サンディとベルティーユがキメラを打ち倒して行く。
 一人残った能力者の勇気に応えなくては。メビウスは思いと共に、剣を振るう。
「負けられない‥‥奪う事しか出来ないお前達には!」


 戦闘の跡を見つけることは容易だった。杉田とLetiaは、中程で乱雑に断ち切れた樹々や、雨に流されずに残った沢山の血痕を辿り、途中からは徒歩で道無き道を進む。Letiaはキメラの存在を警戒しながらも、その道程から傭兵の意思を想った。そしてそれは‥‥過去の恋人に重なる。
(笑ってた。ずっと。微笑んで‥‥)
 助けられなかったのは、他でもない自分だ。
 無力だった。それは彼女自身が負うべき咎では無いかもしれないが‥‥彼女は自分を責めている。大事な人達に囲まれて、より一層その罪悪感は深まっているのかもしれない。
(助ける事ができたら)
 自分は、少しは救われるだろうか。それは許しを請うような、切実な想いだった。

「さて。急患が待ってる。急ごう」
 杉田の声で、Letiaは我にかえった。随分と遠くに来た。二人は注意深くあたりを見渡しながら、その最果てへと進む。


 男は、一本の樹に背中を預け、座り込んでいた。彼の状態は予想していた中では最低より少しましな程度であった。中程から断たれた右腕は、千切られたジャケットの袖で強引に圧迫止血されているが、全身にある大小様々な傷口の周囲には血の色が染み込んでいる。灰色の世界に、黒々とした死の気配が満ちていた。

「そんな安らかな顔してんじゃないよっ! 絶対に助けるんだから!」
 満足げな表情で眠っている男に、Letiaは沸き上がるものを感じながら発見の報を仲間へ送った。キメラが残っている場合に備える必要もあるし、救急隊の到着は早い方が良い。
「聞こえますか! 意識レベル低下、脈拍微弱‥‥呼吸は‥‥」
 杉田は状態を確認しながら、呼びかけに応えない彼を慎重に仰向けに寝かす。呼吸は浅く、速い。頸動脈では辛うじて脈を触れるが、手首では触れない。流れた血が多いのか。‥‥当然だ。自答する。ここにくるまで、自分たちはどれだけの血痕を眺めて来たのか。加えて、肺にも障害があるようだ。

 救急救命医として、これまで杉田は多くの者を救い、少なく無い数の死を見つめて来た。その経験から言えば、眼前の男は既に死体であるべきだった。
 だが、とその言葉は呑み込む。彼は医師だった。命を諦める理由など、この場においてありはしない。彼は持てる能力全てをもって、男の治療にあたる。時にLetiaに助けてもらいながら、懸命に処置にあたった。止血し、縫合し、錬成治療を用いて状態の安定を図る。血が足りない。せめて輸液だけでもしたい所だったが‥‥無いものねだりをしても仕方が無い。

「家族に無線繋いで! 彼に呼びかける様にお願いしてくれないか?」
 杉田は、事前に男の家族に無線機を預けていた。Letiaが家族につなぎ、男を発見したことと、その状態についての説明を行っている間、杉田は思考する。
 市中の病院では、真に最前線で失われる命を救う事はできなかった。
 バグアとの戦争。そこで失われる命を救いたくて、彼は傭兵になったのだ。
 ――ここで助けられなくて、どうする!
 彼は己を奮い立たせる。彼に忍び寄る死の気配に、負けるわけにはいかなかった。


 傭兵達が全員合流した頃には、杉田達は全ての処置を終えていた。必要な物品のない現状で、為せることは全てやった。だがそれでも、彼が死に瀕している事は、明らかだった。一行は、救急隊の到着を今か今かと待ちわびている。杉田は救急隊と連絡をとりながら、祈る他なかった。元より、今生きている事が奇跡なのだ。

(あ、あ‥‥こんな、ことって)
 ベルティーユは、眼前の男に残る死の影に、恐怖を覚えていた。これが、戦争。これが、死。
 死にたくない。ベルティーユは強く思った。こんなに深く傷ついた果てにあるのが死ならば、もし自分がこうなった時に、自身の義理の兄や姉が、どう思うか。彼らが悲しい想いをするのは、嫌だった。彼女は未だかつて、これほどまでに死を思い、その恐怖に取り付かれた事はなかった。でも。
 ‥‥サンディが、男の手を握りながら微笑み、励まし続けている。その光景は、彼女の心に静かに、沁みこんでいった。

「あなたは大切なものを守りました。後はあなたが無事に戻るだけです」
 それが例え、どんなに絶望的な状況だとしても。気休めと知っていても、彼女は励まし続けた。握る手は不吉なまでに冷たい。でも、浅い呼吸は彼の生を示している。
「諦めずに、希望を捨てないでください」
 その光景を目にしながら、メビウスは静かに頷いた。それは、待つしかない彼らにとっても励みとなる言葉だった。

 美具は、静かに敬礼を送っていた。持たぬ者の為の剣。目の前で傷つき、死の淵に立つ男は、彼女の生き方そのものだ。その終わりを、彼女は今、目にしていた。かくありたいと思っているのだろうか。彼女は畏敬の念に突き動かされるように、ただ、敬礼を続けていた。

 声をかけるているのは、サンディだけではない。
「大事な人、いるんでしょ‥‥なら、生きて! 置いていっちゃダメだ‥‥っ」
 悲痛な、怒りすら篭る、Letiaの声。
「生きろ。‥‥でないと、アンタの家族も、抱え込む事になる」
 痛みを堪えるような、赤槻の声。
「あんたには生きる義務がある。奥さんにとっての夫も、子供にとっての父親も、世界にたったひとりしかいないだ」
 努めて、静かに語りかけるカズキの声。
 かつて、この世界に残され、今を生きる者達の声。彼らは、残される者の痛みを知っていた。だからこそ、彼らの言葉は、励ましではなく、むしろ、叱咤するものに近い。
 声は、救急隊が到着するまでかけられていた。
 男の体が、慌ただしく救急車に運び込まれ、杉田の指示の元、必要な処置がとられていく。予断は許さない。だが、救急車のドアが締まる直前、杉田は力強く頷いた。

 彼は助かる。
 それは言葉にこそなっていなかったが、確かに傭兵達へと通じた。Letiaは、安堵のあまり、雨に濡れた山道で座り込む。
「‥‥助け、られたんだ」
 雨の雫に濡れる頬に、静かに涙が溢れる。傭兵達はそれを、静かに見守っていた。

 そして。多くの人間の想いの果て。生きる事を許された彼は、その大きな立役者を永遠に失った。


 眠りの中で、僕は夢をみた。喪失の夢だ。満たされていた心の中から、何かがゆっくりと消えて行くのを感じる。うまれた隙間は満たされる事が無いまま、ただ僕だけがどこかに置いて行かれているようだった。

 ――ああ。もう、居なくなってしまうのか。
 それが、僕には分かった。
 ――ありがとう。さようなら。
 僕は、感謝と別れの言葉を想った。長きを共にした戦友を見送るには、それ以外に適当な言葉が思いつかなかった。

 ――家族の声が、聞こえる。
 それは幸せな事なのだ。本来なら二度と掴む筈の無かった、確かな熱。
 今はまだ、体が動かない。だけど。
 ――いつか、礼を言いたい。時間がかかっても、必ず。
 そして僕は、再び眠りについた。今は体を休めなくては。

 ――ありがとう。
 最後に、それだけを想った。