タイトル:【彷徨】Ira.マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/07 11:06

●オープニング本文



 何故だ。
 なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。何故!!何故!!!
 ‥‥何故、だ。

 何故、彼らは。何故――僕らは、苦しまなくてはならなかった。
 死を背負わなければいけなかった。

 助けは来なかった。
 ‥‥見向きも、されなかったのか。

 僕の周りで、静かに、静かに街が死んで行く。
 真っ黒な死が、街を覆っていた。

 知人が、隣人が、友人が、家族が、恋人が死んでいった。
 望みが絶たれ、意思が削がれる。

 何故だ。何故僕らが。
 幾度も繰り返された問いに答えはない。

 誰にも見向きもされず、手を差し伸べられもせず‥‥死んで行くしか無いというのか。

「――――――――――――ッ!!」

 絶望は、痛みは、慟哭に変わる。
 何者にも見向きもされないまま、惨めに死んでいくしかない事が、ただ、許せなかった。
 ああして惨めに死んで行った彼らが、ただ、哀れだった。

 僕は死を前にして、理不尽を憎んだ。
 周りは死に塗りつぶされていたから、世界の片隅にある幸せが疎ましく感じられた。
 慟哭に籠る情は――誰に向けられたものだったか。

 そこに。

「――やぁ。君で最後だよ。絶望の味は、どうだったかな?」

 少年が、近づきながら、そう言った。

「ニクイ」

 枯れた喉で、それを言う。

「俺達を、殺した‥‥お前達が、憎い」

 自身の無力さに。全身を包む絶望に、怒りの矛先が無限に拡大していく。

「俺達を、知らずに‥‥平穏を噛み締めている奴らが、憎い」

 それは、死を前にした悲憤だ。非業を背負わされた僕達の為の、怒りだ。

「そう」

 でも。
 そんなものなんて、直ぐに吹き飛んでしまう程に邪悪な笑みが――

「――良かった」


 そこは、南米の山間にある小さな街だった。
 教会を中心に広がり、戦時にあってなお、戦略的価値の無さから平和に暮らして来た街だった。

「飛んでいる天使を見たんだ」
 子供達が時折、そうやって嬉しそうに神父や家族に言うようになったのは、いつ頃からだったか。
「雲から、ゆっくりと飛んで、どこかにいっちゃった!」
 大人達はそれを、時に優しく、時に呆れたようにして、見守っていた。

 ――彼らが、来るまでは。


 漸く、予定していた数のキメラが揃った。
 激情に目が眩みそうになりながらそれを待っていた僕にとっては、朗報以外の何物でもない。

 その間、僕は集いつつあるキメラ達と共に、森に潜んで暮らしていた。
 まるで、彫像のように微動だにせぬ天使達と共に、静かに。

 漸くだ。
 胸中に滲む、自傷してもなお消えない程の激情が、解消できる。

 ――ハヤク。

 急かされるように、僕は。


「天使が見える街があるらしい」
 そういう噂を聞いて、気がつけば私はLHを飛び出して南米に向かっていた。
 目撃件数が余りに多くて‥‥胸騒ぎがした。
 ただの――そう。子供達の、退屈しのぎの為の遊びであれば良いと思いながら。

 でも。
 遠景から、その街を見下ろせる場所まで辿り着いた時には、もう遅かった。


 その街は、ゆっくりと壊されていった。
 赤子のような姿をした天使があどけない笑い声をあげながら、断続的に住居にぶつかっては爆発していく。
 異変に気付いて脱出を図った時には、もう、逃げ場は無かったのだろう。
 通路は鋼のような、作り物めいたキメラに封鎖されていた。車両で強引に抜けようとした者達は、車両ごと槍に貫かれ、あるいは矢に射抜かれて命を絶たれた。
 そうして、住民達はまるで彷徨える羊のように街の中心へと追い立てられていった。

 教会へと。


「やあ」
 声が、静まり返った広場に響いた。
「どうかなぁ、絶望の味は」
 槍を手にした男は、宙に浮かんだ赤子のような天使達を従えていた。汚れた濃紺のワイシャツに、黒いスラックス。
 金髪は薄汚く乱れているが、その体、顔つきは至って普通の男だった。

 その碧眼が、異質な色をたたえていることを除けば。

 くすくすと嗤う赤子達を背に、眼前の羊達に、笑みを浮かべ語りかける。
「まだ死んでいないだけ、マシだと思ってよ。‥‥ね?」
 周囲の赤子達に向けて首を傾げるが‥‥その目は、明らかに歪だった。

「ああ。何故、僕達は苦しまなくてはならず」
 赤子達から視線を外し、改めて住民達を見据える。
「何で、君達はのうのうと、幸せに、平和に生きているのか」
 言い切ると、男の表情はそれまで笑んでいた事が嘘のように、悪鬼の如き表情に転じた。
 歯を噛み締め、呼吸が荒く、高まる。
「僕達は、それが許せない。僕達は、君達が許せない。僕達は、人類が許せない。僕達は‥‥世界が、許せない」
 彼の言動の異質さは明らかだった。
 眼前の住民達は置いてけぼりなまま、男は言葉を連ねる。
「僕達は救われなくちゃいけない。君達は、救われなくちゃいけない。この憤怒から、その絶望から」
 彼が手にしている槍からは、今も赤い雫が滴り落ちている。
 彼はそれを大地へと突き立てると、両の手を組んだ。

 まるで、祈りを捧げるように。

「僕達は、君達が永年の眠りにつく事で君達を許そう。君達は、そうする事でその絶望から救われる。――そうする事でしか、僕達の怒りは、鎮まらないから」
 くすくす。
 その在り方も、言動も、住民達には理解が出来ず――彼らはただ、震えている事しか出来なかった。
「祈る時間をあげるよ。それぞれの神に祈る時間を」
 そう言って彼は、口を閉ざした。

 ただ、赤子達が嗤う中。
 住民達は身動きも取れず、息をのんで身を寄せ合っていた。

 ‥‥ある少女が家から逃れる際に持ち出した通信機器を、隠すようにして。


「あ」
 惨劇の街から遥か遠く。少年は、小さく声をあげた。

「そうか、そろそろだね」
 暗い部屋の中、切りそろえた金髪を揺らしながら、少年は愉しげに笑みを浮かべていた。
「調整に大分手間取っちゃったけど‥‥どうかな。彼は最後に、何を見るんだろう」

 くす、と笑みが宙に浮かんで、消える。

「きっと、救われないまま逝っちゃうんだろうなぁ。あは。楽しみだ」
 ――しょうがないよねぇ。歪んでるんだから。

 堪えきれないように嗤う彼はそう言うと、その部屋を後にした。


 アトレイア・シャノン(gz0444)は、ただひたすらに刃を振っていた。
 両の手に掲げた二刀小太刀は、既に天使達の血と油で汚れきっている。
 紫電を纏った両の手が霞むと、次の瞬間には男性型の頸部が裂け、続く一太刀で首が落ちた。
 彼女の双腕では、一体のキメラを倒すのに時間がかかる。各所に配されたキメラが点在していたおかげで包囲されずに渡り合えていたが――どれだけ急いでも、行く手には天使型のキメラが居た。

 ――あの日と、同じ。

 住民達を救出できたとしても、退路が確保出来なくては意味が無かったから、彼女は眼前の敵と相対するしかない、と彼女は判じていた。

 そこには――天使の姿をした化け物達に対する激情もあるのだろう。
 双刃を振るう彼女の表情には、破壊への執着が滲んでいた。

●参加者一覧

狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
神楽 菖蒲(gb8448
26歳・♀・AA
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
フェイル・イクス(gc7628
22歳・♀・DF

●リプレイ本文


 街は、静まり返っていた。
 照り返す陽の明るさと荒廃した街の対比は見る者の心をざわつかせる程で。

 そのただ中を、傭兵達は進む。

「今回の依頼も‥‥救出、かー」
 声の主はリズィー・ヴェクサー(gc6599)。
 ――ボクは、二回もヒトを助ける事ができなかった。
 感傷――あるいは悔恨が胸を衝く。
 掌から零れ落ちた物の苦さ――痛みは、簡単には拭えない。それを解消する術を彼女は知らなかった。だからこそ、成功への決意が少女の胸中にはあった。
 その想いと共に往く。

 傭兵達の進路上にはキメラの亡骸がいくつも転がっていた。事前の通信から、アトレイア・シャノン(gz0444)の手による物だろうと推測はしていたが――彼女に追いついた頃には、彼女は返り血で血塗れだった。
 同業者達に気付いたのだろう。彼女の周囲から紫電と、微細な粒子が沁み入るように消えると、積み重ねられた戦闘の痕に彼女は荒く息を吐いた。
「教会、は、もう少し、です」
 喉部に取り付けた特殊な電子発声器を介して、独特の語調で声が紡がれる。電子的な音声に籠められた情は暗かったが、月野 現(gc7488)が傭兵達の動きを説明し、協力を要請すると彼女はそれをすんなりと受け入れた。彼らの分担や役割は理にかなっていたし、それに。

 ――その後でも。

 言葉にせずとも、彼女の姿、その笑みには滲むものがあった。予感に駆られ、月野は言葉を重ねる。
「‥‥熱くならず、冷静になれ」
 月野が無線を示しながら言った。そこからは狂信者の言葉が垂れ流されている。
「アトにゃんが、ああいう敵を嫌悪しているの‥‥調べて、知ったの」
 執着の理由はしらない。それでもリズィーは申し訳なさそうに言う。
「でも、ボクはあの人達を護りたい。だからお願い。力を貸して」
 あの人達。それは、リズィーには届かなかった者達の影だ。だが、それだけに彼女の言葉には熱が籠っていた。
「俺たちは救助者だろ。アイツみたいな、殺戮者じゃあない」
「‥‥はい」
 リズィーの想い、月野の言葉に籠められた意味に、彼女は頷いた。
 彼女とて、『それ』は解っている。

 でも。

 ――彼女は反駁を口にしようとしたが、呑み込んだ。そして、

「指示に、従います」

 そう言った。


 無線からは狂信者の割れた声が届いている。

 ――成程。色々あったのだろう。
 男の言葉を聞きながら、神楽 菖蒲(gb8448)はそう、胸の裡で思った。

 悲憤に足る悲劇があったのか。
 狂信に足る妄執があるのか。
 ただ、踊らされているだけなのか。
 男の背景を、彼女はただ想像するしかない。

 だが。結論は明解だった。

 ――あんたはもう、人類の敵なのよ
 そして。
 彼女は『騎士』だった。

 そこには揺らがぬ鋼の精神が在る。
 組んだ腕。身を包む『REiNA』の感触。
 心身ともに十全ならば、作戦への不安は無い。
 ‥‥此処には、信頼に足る戦友もいたから。

「第一は市民の安全。良いわね?」
 菖蒲の視線の先で狐月 銀子(gb2552)は改めて告げた。視線の先でアトレイアが頷くのをみて銀子は一応の納得を得るが――。

 生きる。
 その中で恐怖や憎悪は避けては通れないものだ。
 そして――それを乗り越えてこそ人は強くなれる筈だ。
 なら、拘泥している彼女は。そう思うが故の確認だった。

 視線を巡らせる。
 遠景。羊達のように囲まれている彼らがいる筈だ。

 避けては通れないもの。
 狂った男を除いて、皆がそれと戦っている事を彼女は知っている。
 だからこそ、彼女はそれに応えようと決めていた。

 ――彼らの戦いが、恐怖に手折られる事が無いように。


 傭兵達は配置についた。左右の男性型に銀子と菖蒲、反対側にアトレイアと御鑑 藍(gc1485)、正面に月野、リズィー、フェイル・イクス(gc7628)が対応する手筈だ。

 フェイルは遠く、祈りを捧げている男の姿に沸き立つものを感じていた。
 ――闘争、あるいは嗜虐に対する予感。
「バグアの天使‥‥天へと誘う使いという意味では、あながち間違いではないでしょうね」
 ――悪趣味ですが。
 そう言って小さく笑う彼女にとってはこれが初陣だったが、その言葉には不安の色はない。
 任じられた役割を果たす。方針が明確なら、ぶれる道理も無かった。

 だが。その隣で伏せる月野にとっては現状は苦い。
 男の言葉が全てだとは言えない。それでも。割れた声で届く彼の言葉には、人間の影が――その過去が滲んでいた。それが彼の胸中に否応なく波及する。
(それでも‥‥殺すしか、ない)
 それは了承していた。そうでなければ、より多くの命が失われるのだから。
 彼は感傷をただ飲み下して‥‥時を、待った。

 他方。
 アトレイアと共に伏せている藍は囁くように言葉にした。
「救い」
 男は、確かにそう口にしていた。
「誰もが救われると、いいのですが‥‥」
 藍はそう、続けた。
 アトレイアは、そんな彼女の呟きにただ俯く。
 救い。
 切望してもそれを得る事が出来ない。男の言動が救われなかった果てにある――絶望の産物だとしたら。
(‥‥私と、何が違うの)
「アトレイアさん?」
 目を伏せた彼女の様子に、藍が訝しげに言葉を添える。心遣いにアトレイアは苦笑し、小さく首を振ることで応えた。

「先に言っておくわ」
 エンジンを切り、愛機に跨がり待機している銀子が口を開いた。
「一度背にしたら振り向くつもりはないからね」
 視線は、想定している機動をなぞるようにただ前を向いたまま。紡がれた言葉は風にのって、同乗する菖蒲へと届いた。
「大丈夫。一人も死なせない」
 返答は短い。だが、そのやり取りには、確固たる物が滲んでいる。
 
 時間は、刻々と過ぎ――そうして。


 傭兵達が動いたのは同時。

 リズィー、フェイル、月野が駆け、
 アトレイアと藍の姿が掻き消え、瞬後には男性型へと肉薄を果たし、
 銀子と菖蒲が乗るアスタロトが高鳴りを上げ、急加速する。

 加速に機動を乱されぬよう身を低くしながら銀子は強化人間の横を――抜けた。
 姿勢制御とブレーキで急停車を駆けながら車体を『振る』。その勢いに乗って菖蒲が男性型のキメラへと向かうが。

「‥‥おい」
 ――何だ、これは。

 幽鬼のような言葉に、短い金属音が続く。

 ――『これ』が、あの時望んだ、救い?
「巫山戯るなァァッ!」

 車両の爆音。
 それ故に、狙いは銀子へと既に定められている。激情を叩き付けるように男は機関銃を掃射。
 遮るものもなく、制動に無防備になっていた銀子は全てをその身に受ける。
 銀子が温痛覚で被弾を感覚した時には、車体ごと後方へと弾かれ倒れ込んでいた。
「巫山戯るな、巫山戯るな!巫山戯るなァッ!!」
 憤怒の銃弾を放つ男の狭窄した視野には後方から迫る三名は映ってはいない。だが、代償に朱色の華が一面に広がる。
「銀子!」
「‥‥振り向かないって、言った!」
 血を吐き、灼熱の如き痛みを堪えながらも、菖蒲の声に銀子はただ前を向いて叫んだ。痛みに、熱に全身が震えるが。
 ――役割を、果たせと。
 彼女は必死に銃弾の雨に堪えていたが
「お前達が、『救い』だというなら、僕達は!」
 再度の咆哮と銃弾を前に、
「僕達は、救われる筈がなかった‥‥!」
 血の海に、沈んだ。


 銀子が銃撃に晒されている頃、アトレイアと藍は男性型と交戦していた。
 機先。蒼雪を曳いて男性型の後背より接近した藍の翠閃が、神速の抜き打ちで二閃。それは違わず男性型の両翼を断ち切る。
「逃げられたら、厄介ですから」
 藍の呟きに沿うように、苦悶するキメラの側面へと至ったアトレイアが斬撃を重ね、無声の中に籠る気迫と共に盾を持つ手首を切り捨てる。
 苦悶する男性型だが、刃の如き二人は止まらない。
 後の事を思えば、此処にかける時間は短ければ短い程都合が良かったから。藍達の刃は再度、加速していく。

 菖蒲。掃射される銀子を後背で知覚しながら、紅を手に男性型へと間合いを縮める。
「巫山戯るな? ‥‥こっちの台詞よ」
 相対を果たす一人と一体。
 しかし、瞬後には菖蒲の姿は男性型の側面へと至る。低い姿勢から放たれる刺突。
 盾を持つ手を突き上げるように放たれたそれは鋭く、精緻。
「そんな狂った救いなんて」
 続く一突きは、肉の隙間へと差し込むように。

 ――口にする事すら許さない。

 刺し貫いた刃を抜きながら、彼女は銃口を向けた。姿勢の泳いだ、男性型の頭部へと。
 加速した時間が、不意に鎮まりかえるような錯覚の後。
 一発。
 貫通弾による一撃は、キメラの頭蓋を貫き赤色を散らす。
 だが。
「‥‥しぶといわね」
 火力に勝る菖蒲でも、藍、アトレイア側と比べ手数と総合火力で劣っていた。
 向き直る男性型を前に、小さく舌打ちの音が響いた。


 正面、三人は容易に接近を果たしていた。
 眼前では銃弾に晒される銀子。その光景に、揺らいでいた月野の胸中が僅かに固まる。
(これが、救いを求める人間の所行か?)
「銀ちゃんっ! ‥‥皆急ぐのよ!」
 機械剣を構え、最前を往くリズィー。彼女の表情には作戦が崩れた焦燥が滲んでいる。
 銀子が倒れようとしている今、住民達を護る盾はない。銀子が倒れたら次は。焦る思考に自然足が速まる。
「まずは‥‥住民の皆さんの安全を、ですね」
 独白しつつフェイルが足を止める。射線の確保は出来た。あとは。
 ――それを脅かすものは、何であろうと排除を。
 フェイルが携えた小銃を掃射。続いて、月野が構えるガトリングからも。
 くすくすと、銀子をいたぶる姿を見て嗤っていた赤子型の一体に弾丸が収束。赤子型の身体が泳ぎ、そこに。
「じゃまっ!」
 リズィーが合わせた。手にした機械剣の柄を握りしめると、蜂蜜色の閃光が生じ、赤子型を貫く。
 同時。
「わわっ?!」
 少女の目の前で、赤子型が狂笑を上げながら爆散。盾で直撃は避けるが、衝撃に大地へと叩き付けられる。
「リズ、大丈夫ですか?!」
「だ、大丈夫なのさね!」
 後方からフェイルが呼ぶ声に応えながら、彼女は月野の背へと隠れる。銀子を治療したい所ではあったが、まずは身の安全を確保した。この戦闘どう転ぶかはまだ解らない。
 フェイルと月野は残る二体の赤子のうち片方へと射撃を集中しているが、銀子へと執拗に射撃をしていた男の銃撃が不意に止んだ。

「もう、いい」

 掠れた声に、赤子達は応じた。

「救おう、彼等を」

 宙を駆ける赤子達。月野達の銃撃に晒されていた一体が爆発するが、うち一体は無傷なまま、未だ動きがとれぬ住民達へと加速し――。

 爆散。


「‥‥っ」
 絶句するリズィー。彼女だけじゃない、傭兵達の間に緊迫が走る。
「ハハ‥‥これで、いい。これで!」
 爆炎を前に狂笑する男。
 だが。

「あなた達は私達が守る。落ち着いて、指示に従ってもらえるかしら?」
 煙の向こうから、声が響いた。
 菖蒲の声だ。
 その意味が浸透すると同時。煙が――晴れた。

「‥‥させません」
 そこに、爆炎に晒されて所々が傷つき、煤けた藍の姿があった。

 二人掛かりでの交戦に時間的な猶予があった彼女は、赤子型の突貫に対して迅雷で間に入り――スコルの蹴り足で、喰らい付く事が出来た。
 藍の後方で住民達の避難が菖蒲達によって行われている。
 男は呆然と銃口を住民達に向けようとして――『それ』に気付いた。

 彼は今、完全に包囲されていた。

「私、知りませんでした。傷つき、傷つけるのを愉しいと感じる自分が」
 ――こんなに、怖いだなんて。
 フェイルが嗜虐を滲ませながらそう嗤うのを見て。
「何故だ」
 男は問うた。
「何故僕達は、救われなかった」
 槍と機関銃を手にそういう男の表情は笑んではいたが虚ろで。
「不幸を嘆き他者を憎んでも誰も救われない」
 答えを返す者が居た。月野だ。
「‥‥救いとは自らの行動の結果にしか在り得ない」
「ならッ!」
 月野の答えは、生者の論理だった。
「『僕達』は救われない!」
 激昂した男が引き金を引くと、凄まじい、膝をつく程の衝撃が月野の盾に加わる。
「認められるか!」
「でも」
 疾風となって迫る藍。傷だらけの身体をおしてスコルの蹴り足で機関銃を弾き飛ばし、至近で言う。
「だからといって誰かを殺す事で鎮めるのは間違っています」
 言動の歪さに何かを想った藍の言葉が、
「‥‥今のあなたは蹂躙しているバグアと同じなのではないですか?」
 男の脳髄に溶け込む。
「五月蝿い!」
 不用意な接近だ。元より傷ついていた藍は男が手にする槍が突き立てられ、血を吐いて倒れた。遅れて、フェイル達から銃弾が男へと注がれる。

「僕達はこの怒りを、救われぬなら、どうすれば」

 銃弾に傷つき、衝撃に押されながらも男は滅裂な言葉を吐きながら進む。
 男が槍を掲げた、その時だ。

「‥‥あたしが、教えて上げる」
 男の後背から声がした。
「最後まで抗い戦う心。それを失った時に、あんたは負けてるのよ!」
「銀ちゃんっ! いくのさね!」
 声の主は銀子。リズィーの錬成治療で辛うじて立ち上がった彼女は、砲口を男へと向けていた。
 言葉に応じるように、彼女の手にした砲が唸りを上げる。
 吐き出された幾条もの砲線は男の全身を灼く。銀子の全力の砲撃に身が焦げ、姿勢が乱れた。

 そこに、月野達の銃火が連なっていく。
 憎悪の問いを吐き続ける男を着実に殺していく事に心を削られながらも、月野は男の姿を目に焼き付け。

 ――引き金を、引き続けた。


 蟲の息の男に対して、月野は最後に傍らに立ち、告げた。
「死して救われる事なんてない。‥‥生存してこそ、絶望を乗り越えられるんだ」
「‥‥違う。僕は、やっと」
 救われたんだ。
 そうして、男は息を引き取った。

「ん‥‥怖い中、頑張ってくれたね。ありがとーなのよっ」
 リズィーは情報を流してくれていた勇気ある少女にラムネを渡すと、その小さな頭を撫でた。
 ――今度は‥‥助けられたのね。
 笑みを浮かべる少女を前に、彼女こそが救われたかのように、笑みを返していた。
 
「ヒーローは、負けちゃいけないんでしょ?」
 その光景を視界の端にと捉えながら、菖蒲が銀子にそう言った。
「‥‥勿論よ。あたし達は負けない」
 ――そう決めさせて貰ったからね。
 応じる銀子は傷だらけだった。それでも。彼女が掲げる正義において心だけは挫けぬ。そう在ろうと誓ったから。


 まだ余力のあった私は、残った天使達の掃討に向かおうとしていた。そこに、
「‥‥憎しみに飲まれて穢れれば、あいつと大して変わらないと思うわね」
 銀子さんから、言葉が。
 それは。
「でも」
 ‥‥それは。
「――赦せない罪があるなら、どうしたらいいんですか」
 言葉にして、はっとした。それを零した事が、酷く、辛くて。
「‥‥戦闘時とイメージが違うな」
 そういう月野さんが、何かを続けようとしたが。
 私は失礼します、と一言述べ、スポーツバッグを手にそこを後にした。

 戦闘の後はいつも満たされていた胸中が――今はとても、苦かった。