タイトル:【櫻】SHIT BOOOOOOMB!マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 11 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/01 13:20

●オープニング本文



 積み重なっていた仕事が、漸く片付いてきつつあった。昨年から続く立て続けの事件や作業の連続に、ミユ・ベルナール(gz0022)は多分に疲労を深めていた。
 彼女は自らを多忙に追い込み続けて来たから、ある意味で当然の結果ではあるのだが、それは妹であるリリア・ベルナール(gz0203)の死に対して思う所があった故の‥‥昇華的な、あるいは逃避的な行動だったのかもしれない。
 ただ、それすらも消化されつつある。後の仕事はいずれもミユでなくても処理出来るものばかりで、急に出来た時間の隙間が唐突に溜まりに溜まった疲労を意識させた。
 時間ができると、つい、物思いに耽ってしまう。
 戦争は未だ止まない。だが、戦争だけでは人は、疲れてしまい‥‥そうしていつか、折れてしまう。その事をミユは、あの日以来痛切に感じていたのだった。
 喪失の痛みは、未だ癒えていない。だからこそミユは、何か出来たら、と。そう思ったのだった。

「‥‥ん」

 出来る事をやろう、と思った。
 傭兵に。兵士に。企業に。人に。何か出来る事を、と。
 折しも時期は四月も近しく。
 ――宴の季節だった。
 



 俺は、場末の飲み屋でその噂を知った。ドロームのお偉いさんが何か大々的にやるらしいと。支援活動の一環なんだろう。
 会社としてのイメージアップも含んでいるのかもしれないが、俺としては大いに結構と、そう思う。
 そういや、あの女ももう三十過ぎか。時間の流れというのは恐ろしい‥‥。
「要は金持ちの道楽なんだろ? 自分の財布開いて騒いでくれってよォ‥‥」
 ぷはぁ、と生ビールを胃に叩き込みながらそんな事を言っているのは、腐れ縁の傭兵仲間だった。名をオダギリという。
 いい具合に中年に差し掛かりつつあるコイツは、同じくヒマしているであろう俺を呼びつけては、こうして世を儚むことが多い。
 俺は手元のハイボールで口元を湿らして、チーズを摘みながらこう言った。
「別に、道楽でも何でもいいじゃねーか。それで誰かの心が癒されたり、美味い酒が呑めたりするんだろう? 斜に構えてたら人生楽しくねーぞ」
 穿った見方にはとりあえず反論してしまうクセが俺にはあって、時折こういう感じで文句を垂れ流してしまう事がままあるのだが。
「ハ‥‥もうちっと俺がマシな人間だったら、そりゃぁ、どこぞの堅苦しい奴とこうしてシケた酒呑まなくても済んでるだろうよ‥‥あぁ、さぶさぶ‥‥」
 反応は大体、こんな感じで鈍い。
 俺は溜息をついた。取りつく島がないとはこの事だった。昔っから、コイツは色恋めいた事が絡むと悪い方に悪い方にとギアが掛る傾向がある。
「――――まぁ、そう嘆くなよ。ひょっとしたらチャンスかもしれんし」
「何がだよ」
「こんだけ人があつまればまぁ、何かしらの出会いはあるもんだろう? カップルが周りに多ければだれだって浮ついた気になる。チャンスかもしれないぜ?』
「‥‥‥‥」
 黙り込んだ中年手前の姿は、どこか寒々しい。耳を澄ませば、ぶつぶつと何事かを呟いているようだった。
「どうしたんだよ」
「‥‥‥‥カップルか」
 言葉に、背筋が凍る思いがした。

 その声はあまりに膿んでいた。
 無惨に千切れ、潰されてしまった肉厚な花弁を思わせるような声だった。挫滅した組織から草花の苦々しい香りに似た何かが、言葉の端々から滲んでいた。
 何より、そんな声を自分と幾らも年の変わらない中年手前の男が出している事が、空しく、居たたまれなかった。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥おあいそ」
 俺が何も言えないでいると、奴はそっと立ち上がり、会計を済ませて立ち去って行った。

 俺は知らなかったのだ。あの男の心の裡を。
 知らなかったのだ。あの男の鬱屈した暗い炎の熱さを。


 知らなかったのだ。あの男の阿呆さ加減を。


 それは、3月の寒い日に起こった。
 哀しい事件だった。
 
 

 ラストホープ。
 そこは人類にとって最後の希望であると同時に、能力者の犇めく安寧の地でもあった。
 数万にも及ぶ能力者がそこにいる。自然、治安は良くなろうというものだ。
 だが、人の数だけ思想はある。思想の数だけ、対立はおこる。
 くだらないと笑う者も居るだろう。だが、当事者達は必死なのだ。
 己の主義や、守るべきものの為に身命を賭している。なればこそ、この日、この下らない騒動に男女問わず本気で振り回されていたり振り回していたりしていたとしても、それは仕方がないことなのかもしれない。
 
「逃げたぞ! 追えーーーーっ!」
 長閑な街並の中、中年手前の男が真っ昼間から駆けていた。手には巨大なジュラルミンケース。
 恐らく、能力者なのだろう。全力で地を蹴り、くたびれたスーツを風になびかせながら、男は走っていた。薄くなりかけている長めの髪もまた、激しく揺れている。
 男は荒く息を吐きながら、吐き捨てた。

「‥‥何故計画が漏れた‥‥!?」

 同志達と組んだ計画は完璧だった筈だ。だが、どこからか情報は漏れ、こうして今、自分は追われている。何故だ、と叫んでも答えは出ない。裏切り者か、同士達の中に紛れ込んでいたスパイが居たのだろう。
 クソ、と。吐き捨てる他無かった。
 俺の必死な様を、嘲笑って嫌がったに違いない、と。

「クソォ、絶対に赦さん、赦さんゾォォ‥‥!」

 男の鈍い声が路地に響く。
 男の同士達は今、各地で『敵』の対応に追われていて、彼は今、独りだった。
 寄る辺も最早無く、運を天に任せる他ない。

 まだ見ぬ魂の同志達――嫉妬の炎にその身を焦がす者達の、援軍を。
 騒ぎは大きくなって行く。『敵』も増えるだろうが、『味方』も増えるだろう。
 甘い恋に現を抜かすリア充達に制裁を加えるべく立ち上げられた一連の計画は、本戦を待たずして苦境に立たされていた。

 その趨勢は――男の手にする『それ』と共に、LHの能力者達に託される事となる。
『しっとボム 零号機』。
 それが、この作戦の根幹であり、全てであった。

●本部
「‥‥なんだこりゃ」
 男は、本部に張り出された依頼を怪訝そうに覗き込み、小さく唸った。
 目に留まったのは、二つの依頼だった。

・しっとに狂った男の凶行を止めよう
・志の高い男の血と汗と涙の結晶を救うべく力を貸して欲しい

「‥‥‥‥世も末だなぁ、オイ」
 言いながらも、読み始めた義理か、最後まで目を通して行くと――。
「って、オダギリ!?」
 驚愕に溢れた声が、本部に木霊した。
 男が良く知る中年手前、肥満に片足突っ込みはじめたオダギリが、にこやかにサムズアップをしている写真がそこにあった。

 引き蘢っているオダギリは知らなかった事だが。

 依頼、でてました。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 煉条トヲイ(ga0236) / 鯨井昼寝(ga0488) / UNKNOWN(ga4276) / クラーク・エアハルト(ga4961) / 白虎(ga9191) / 湊 獅子鷹(gc0233) / エリス・ランパード(gc1229) / ミリハナク(gc4008) / 祭城 勇弥(gc8704) / 坂下 桜(gc8785

●リプレイ本文

●それは本物の香り
 陽の光は暖かで、どこか眠気を誘う気怠さに満ちている。
 ある一室に、陽光に目を細める男がいた。UNKNOWN(ga4276)だ。
 身嗜みは既に整っている。上質な黒と白の装いは平素と何ら変わりなく乱れもなかった。
 強いて違いをあげれば、豊かな香りを放つエスプレッソを手にしている事くらいだろうか。
 湯気立つそれをそっと口に含みながら、朝刊を広げようとした、その時。
「――ん?」
 窓の外、屋根上を飛び回る奇怪な影が目についた。並の人間ではあり得ぬ動きだ。
 男は僅かに逡巡した。一般人では無いだろう。
「‥‥バグアかも知れん」
 男はそういって調度品のように飾られた拳銃型の超機械を構えると――。

●恋人達の散歩道

「アッーーーーー!」

 突如響いた野太い男の悲鳴と、黒煙を上げながら頭上を流れていった半肥満体の影に鯨井昼寝(ga0488)は形の良い細眉を顰めた。
「何、なんかのイベント?」
「さぁ‥‥」
 眼鏡の向こうから届く真っ直ぐな視線に、煉条トヲイ(ga0236)は小さく頬を掻いた。昼寝の春を感じさせる装いが、彼にとってはどことなく気恥ずかしい。
「まぁ、大事じゃないだろう」
「‥‥それもそうね」
 昼寝は切り替えると、ニッと人好きのする笑みを浮かべた。久しぶりの休暇だ。楽しまなければ損だろう。昼寝は細かい事は気にしない性分でもあったし、トヲイはなんというか、それどころではなかった。彼は今、右手にもった重箱の均衡に心血を注いでいたからだ。
 住宅街の道路脇に植えられた桜の木が徐々に花開きつつある姿を横目に、歩き始めた。
「そういえば、もうすぐ桜の季節ね」
「そうだな‥‥」
 それは、見る者の心に花が咲くような仄若い恋ではなく、空気にそっと馴染むような光景であった。


●ミッション開始
「ぐゥゥ‥‥な、なんだったんだ今のは‥‥流れ弾か?」
「だ、大丈夫ですか?」
 坂下 桜(gc8785)が、突如飛来してきたオダギリに怖ず怖ずと声をかけるが、余りの衝撃に心を奪われているオダギリは気付くことはなかった。周りの地面が焦げ付いているのは多分、彼の涙ぐましい消火作業の名残だろう。荒く息を吐きながら、オダギリはチリチリになった前髪を悲しげに眺めた。
「‥‥抜けないでくれよ」
 浅ましい願いだったが、年を重ねるとカミに祈りたい事も増えるというものだった。
「は! こんなことしている場合では無い。急がねば‥‥!」
 叫びながら、男は手にしたケースを確認するとバッと大地を蹴った。軽やかに舞った身体は、屋上に到達するや否や疾走へと繋がる。

「‥‥目標を捕捉」
 奇怪なスーツに身を包んだ男――クラーク・エアハルト(ga4961)が短く告げるその声に、オダギリは気付かない。
 影から沁み出るように現れたクラークは通信機にそう告げると、走り出した。突如閑静な住宅街に現れた装甲服姿の男を、住民達は驚愕の面持ちと共に見送る。
「ねー、かあさん、カッコイイ!」
「しっ、見ちゃいけません!」
 通報するとか、どちらかというと真っ当な反応に到らないあたり、彼等もよく調教されたラストホープの住民であると言えるだろう。クラークは声を尻目に、無線機へと囁いた。
「変わった依頼だと思うかね?」
『え、ええ‥‥でも、自分の実力を測るには、良い機会だとも思います』
 通信先の相手は、この度共に追走する事となった新人傭兵の祭城 勇弥(gc8704)だった。緊張を孕んだ声に、クラークは小さく笑みを浮かべる。若い傭兵のひた向きな姿は、男にとっては少しばかり眩しく見える。
「依頼として出ている以上、手抜きは無しだ。どんな下らない事にでも、ね」
『は、はい!』
 頷く声にクラークは「よし」と満足げに頷くと、雑談の傍らに試算を重ねたそれを開示する。
「『ハンター1』より追跡者各員。目標の現在位置と予想移動ルートを通達」
 連絡を終えると――男は片頬を釣り上げるようにして笑った。もっとも、彼が身に纏っている装甲服でその表情は伺えなかったのだが。
「マンハントの始まりだ」
 遠めにはソフト剣に叩かれた男が地に叩き付けられたりしているのを尻目にクラークは足を速めた。
 まだ、あの少年の姿は見えない。
「さて‥‥。久しぶりにこういう依頼に関わるが‥‥出てくるかな。あの子は」
 言いながらも、来るだろうという確信だけがあった。


●交戦は、一発の銃声から
「ハァハァ」
 自分を追う依頼が出ている事など露程も知らず、チリチリ頭のオダギリは屋根上を飛び跳ねながら進んでいた。
 此処まではなんとか進んで来ていた。だが、この先は?
 不安がオダギリの胸中に沈んでいく。独りがどうしようもなく辛かった。だから、その音が響いた時、オダギリの心の裡は心底冷え込んだ。

 タンと。軽い銃声が一発。それはオダギリの足下を掠めて流れていく。
「ヒェェェッ!」
 中年手前の男は緊張に固まりながら、そっと横目で下手人を確認する。
 そこには、ぼさぼさな髪を白色に染めた少年――勇弥の姿があった。
「き、貴様ァ! 危ないだろう! こんな街中で銃を撃って!」
 と、顔を赤くしてオダギリは叫んだ。身体は緊張に固まったままだが、心だけは羽根のように軽く、目の前の前途ある少年への怒りに突き動かされていた。
「ご、ゴム弾ですけど‥‥」
「‥‥な、なん‥‥だと‥‥」
 勢いに押されるように零した勇弥の弁明に、オダギリは愕然とした。
 直後。
「ブァーカめー! ゴム弾如き畏れるか! まだまだ若いからって調子にのるなよ‥‥!」
「ま、待て!」
 言葉を聞くや否やゴキゲンに走り出したオダギリに、勇弥は反射的に引金を重ねて引く。
 銃声と共に勢いよく放たれたゴム弾は3連。その音に、隣の奥さんや道ゆく子供連れがキツい視線を勇弥に向ける。
「‥‥此処じゃ音が響く‥‥!」
 依頼なんです、仕方ないんです、と嘆息しながら放った銃弾達は、しかし、オダギリの分厚い脂肪に阻まれて落ちて行った。
「イテテ」
 呻くくらいで。そう。オダギリは、腐ってもガーディアンだった。
 ゴム弾如きでは、彼のしっとに満ちた心身には響きはしない。
「‥‥これが、熟練能力者の力」
 勇弥の呟きはがある意味正しいという事は保証しよう。ラストホープには色んな方向に凄まじい化け物が沢山居る事を、報告官は嫌と言う程見て来た。
 ようこそラストホープへ。良質な変態から人非人まで多種多様な傑物達が入り交じる人工島へ。
「くっ、追いつけない‥‥!」
 銃撃に動きを止める事なく駆けるオダギリを勇弥は悔しげに追走するが、全力で走っても差は縮まらない。
 このままでは見失ってしまう――そう思った、その時。
 オダギリの身が、傾いだ。
「ノォォッ?!」
 走るオダギリの足が重なる一瞬。放たれたゴム弾が、両足を掬うようにして放たれていた。
「‥‥!」
 さりげなく振るわれた神業に勇弥が目を剥く中、瞬天速の神速で迫った黒い影が、倒れたオダギリを赤い屋根に押さえ込んだ!
「悪いが、ここで終わりだ」
 後ろ手を取るようにして、完全に極めに入りながら発した声は、完全に悪人の様相と悪人の声色で――声の主は、クラークだった。
「グォォ、は、離せ‥‥!」
「無駄な抵抗はするなよ? 両腕両脚の関節を外すぞ」
「諦めるもんか‥‥!」
 凄みある恫喝にもオダギリは怖じる事なく、前へ前へと進もうとしていた。クラークがやむを得んと手に力を籠めた、瞬間。

「その意気やよぉぉぉし!!」

 住宅街に、声が響いた。

●名乗り上げには字数が欲しい

「聞いたか諸君! 悪漢に取り押さえられながらも全力で足掻く心の同士の声を!」

 ――ウォォォォ!

「見たか、諸君! 傷つき、痛む身体をそれでも引き摺って前に進む同士の姿を!」

 ――ウォォォォ!

「その声に! 姿に応えるボク達の名を言ってみろ!!」

 ――しっと団! しっと団! しっと団!

「そう! しっと団! しっと団とは、リア充とカップル撲滅を掲げてLHに馬鹿騒ぎを起こすモテない傭兵達によるモテない傭兵達のモテない傭兵達のためのテロ組織である!!」

 ――ウォォォォ!

「こんにちは住宅街の皆さん! お騒がせしております! ボク達は――オダギリの蜂起に感化され、全力で支援をしに来ましたァ!」


●一方その頃
「ははっ、総帥、楽しそうだねぇ。いいこと、いいこと」
 お立ち台よろしく屋根の上、から更に伸びるアンテナの上に威風堂々と立ってメイド服から伸びる生脚とその奥に覗く紺色のブルマを惜しげも無く晒す白虎(ga9191)の姿に、大泰司 慈海(ga0173)は顎をつるりと撫でた。
「んー」
 手元には本部に掲示された依頼の詳細と、その参加者の名簿がある。そこには慈海の名前はないが、見覚えのある名前がちらほらと描かれている。
「‥‥よっし!」
 ダークスーツに身を包んだ慈海はそう言うと、颯爽と歩き出した。
 手元には携帯電話。それを掲げると、スンスンと鼻歌混じりにどこぞへと電話を掛け始めた。



「やはり、来ましたか」
「‥‥撃たなくて、良かったんですか?」
 愉しげに好敵手の到来を真っ向から迎えたクラークに勇弥が訝しげに問うと、男は野太い笑みを浮かべた。もっとも、その表情は装甲故に確認は困難なのだが。
「お約束というやつですよ」
「‥‥は、はぁ」
 呆気に取られる勇弥を他所に、クラークは白虎に向き直った。
 対峙する全身装甲服と、メイド服に身を包んだ少年。とんだカオスだ。
「‥‥やはりこういう依頼には出てきますか」
「久しぶりだにゃー」
 白虎は余裕ありげに薄い胸を張った。当たり前の事なのだが。
「‥‥フ。変わりませんね。さて。久しぶりにやり合いますか」
「フッフッフ‥‥」
 腰だめに銃を構えたクラークを前に、白虎は低く笑って指を鳴らした。
 ぱちん、と。無駄に小気味良く音が鳴り響いた瞬間、付近の屋根に上がる幾つもの影が!
「‥‥白虎さん、これは!?」
 屋根上に上がった男達は、白虎と慈海が調達してきていたジュラルミンケースを掲げていた。
 ダミーか。そう思った刹那。
「スキ有り!!」
 高らかな気勢と共に、白虎が走った。手にした長柄の影が、風を切る。
 ガッと地を踏み鳴らす音と、美しいフォームで振り抜かれる音は連鎖し。

 ピコン★

 音はマヌケに、しかし結果は明解だった。

「くっ! 卑怯な‥‥!」
 弾かれ、屋根上から宙を舞ったクラークが悔しげに言う様を白虎はにまにまと人の悪い笑みで見やりながら、呆然としながらも感涙しているオダギリに向き直ると再度薄い胸を張って、こう言った。
「‥‥此処はボクに任せて先に行くにゃ!」
「お、恩にきる!!」
 オダギリはキラリと光る雫すら浮かべながらチリチリの髪を振って駆け出した。ダミーのケースを持った二人が同じようにしてオダギリに続く。
「とーぅ!」
 見送った白虎は、ガバァと屋根上から荒ぶる鷹のポーズと共に飛び降り、クラークへと大上段からピコピコハンマーを振り抜いた。ピゴォと響く鈍い音が響くが、クラークはそれを横っ飛びに回避。勢いを殺さず、横転しながらクラークはゴム弾を一射、二射、三射。
 繰り広げられるのは、能力者のスペックで繰り広げられる本気のタイマンだった。
 にゃはは、と響く笑い声を銃声が貫く中で、勇弥は途方にくれていた。
「‥‥はっ」
 ――そうか、これはエアハルトさんが身を張って敵を防いでくれているのか!
 勇弥は頷く。オダギリ達の背を追って駆け出すと、遠目に公園が見えてきていた。
「急がなきゃ‥‥!」


●理想の男は自炊が出来て生活力があって(略)
「‥‥良い天気だな」
「そうねー」
 トヲイと昼寝は、周囲の騒動などどこ吹く風と言った様子で散歩を続けていた。
 会話の種は尽きない。久々の休暇ということは、それだけ色んな物を見て来ていたからだ。
 だが、トヲイはどこか上の空だった。
 ――久しぶりのデートとはいえ、少々作り過ぎてしまったか?
 その事が、もの凄く気がかりだった。
 片手に持つ重箱。そこにはトヲイの全身全霊全力が籠められていた。
 今日、此の為だけに取り寄せた最高級の食材で作った渾身の重箱弁当だ。
 蒸し海老と卵焼きで飾り付けが施された彩りいなり。甘めの稲荷皮に、蒸し海老と卵焼きの塩味が摂食中枢を刺激する。
 唐揚げは確りと臭みを消した上で鶏肉に下味をつけ、あらゆる段階に贅を凝らした自慢の逸品だった。形の悪い唐揚げは試食段階でオミットし、此処に在るのは精鋭達ばかり。
 椎茸の豚肉巻きレンジ蒸し。柔らかく口の中で解ける肉系料理といったら、これだろう。歯ごたえはまろやかで、口に入れた瞬間、豚肉に風味付けされた薄い塩味と椎茸の旨味が広がり、見た目のボリュームを感じさせない極上の舌触りを堪能できる。飾り人参で、彩りの茶色みを華やかにするなど、心配りも欠かしていない。
 そして――。
 お楽しみ春巻き。一本ずつ、違った味をくじ引き感覚で楽しめるべく、創意工夫を凝らした逸品だ。
 中身はバラバラだが、大当たりである超最高級フカヒレだけは、トヲイにだけ解るよう目印が付けられている。
 ――ふふ。
 トヲイの妄想が、広がっていく。

 ――わ、なにこれ。‥‥フカヒレ?
 ――お。やはり昼寝の方が運がいいな。
 ――そうかしら?
 ――ああ、そうだよ。‥‥美味しいかい?
 ――うん、凄く美味しい。凄いわねー。これ、自分で作ったの?
 ――ああ。
 ――素敵! 私ねー、自炊出来る男って‥‥

 途中から斜め上に走りだすのはご愛嬌だが、こう言った所で好印象稼ぎ、思い出作りの為の布石を忘れない辺りも、煉条トヲイ、侮れない男だった。
 いい物件とは早く売れるものだと誰かが言っていたが、可愛らしい計算も含め、非の打ち所の無い完璧超人ぶりだった。
「少し早いが、そろそろ昼にしよう。‥‥あそこなら、座れそうだな」

 だからこそ、敢えて、声を大にして言いたい。後に起こる悲劇は色々な偶然が重なった結果であって、他意はないのだと。


●遅れてやって来た護衛者
「‥‥‥‥む、アレか」
 走る中年手前とその他数名を漸く見つけた湊 獅子鷹(gc0233)が言った。
 本部で依頼を見かけた時には、熱を持った魂を持った男が居るのだと、それ『だけ』を抑えて依頼を受け、駆け出してしまった。
 オダギリの写真くらいは確認していたが、ドコでとか、何故とか、そう言った諸々は殆ど意識に入り込まぬままに、走っていた。
 迷走の結果、漸く合流した頃には、最早公園に差し掛かる頃合いだった。
「合流が遅れたな。アンタが依頼人か。その中身はよほど大切な物らしいな」
「い、依頼人‥‥?」
「ん? 依頼がでてたぞ? ‥‥まぁ、それの中身が何か知らんが信念を貫き通すなら俺はアンタを護る盾になろう」
 獅子鷹の言葉に隣のしっとの同志が、ウンウンと深々と頷いているのを見ながら、オダギリは感極まったように声を上げた。
「おぉ‥‥名も知らぬ誰かが、俺を助けるために‥‥依頼を‥‥!」
 感涙に膝をつきそうになったオダギリを、獅子鷹は義腕で小突く。
「行こう」
「‥‥ウン‥‥!」
 どこか幼ささすら感じる声で、オダギリが応じた。
 mobも、獅子鷹もどこか微笑ましそうにその様子に頷く。

 瞬間。

 巨大な砲声と共に、アカイロが弾けた。
 総計3発の銃弾が、ジュラルミンケースを持ったオダギリと、mob達を強襲していた。
「アッーーーー!!!」
「‥‥‥‥」
 急速に膨らんだ殺気は、獅子鷹のもの。顔にまで飛び散ったアカイロを、彼はそっと指で撫でた。
「‥‥やはり来たか、戦闘狂」


●モウマンタイと美女は嗤う
 少し、時間を巻き戻そう。
 本部で期待に胸を躍らせながら依頼を受けたミリハナクは、悠然と自室へと戻り、準備に入った。
 アンチマテリアルライフル、OK。
 ピコピコハンマー、OK。
 身嗜み、OK。
 ミリハナクは姿見を前に頷いた後、鼻歌を歌いながら部屋を後にした。無線機からは、クラークがオダギリの逃走経路を告げている。
「♪〜」
 悠然と、美女は公園へと向かって歩き出した。
 物々しい武器を持ってはいたが、まあ、稀によく有る光景だという事と、何より本人が気にしていない素振りだったので、とくに差し障りもなく目的地に辿り着いた。
「現在能力者による鬼ごっこイベント中ですの。ちょっと派手に立ち回りますので、少し離れた場所でのんびり見物してくださいね♪」
 ミリハナク。さりげない心配りも忘れない女だ。

 そして。
「‥‥来ましたわね♪」
 ミリハナクの両腕から黒い闇が湧き上がる。黒煙のように湧き上がったそこに潜り込むようにして、剣を象った紋章がアンチマテリアルライフルへと吸収され――SESが超過駆動。
 両断剣・絶だ。
 正気ですか。
「ペイント弾だから、問題はないですわよ♪」
 いやぁ‥‥。
「いざ人間狩り、ですわっ!」
 銃声は、高く、遠くまで。
 シャレにならない威力で放たれた弾丸は、感涙していたオダギリへと違わず命中し、


「アッーーーー!!!」


 凄まじい衝撃に、体が浮く。響くドップラーを切り裂くように、更に二射、三射。同じようにケースを抱いた男達が、彼方まで弾き飛ばされて行く。
 じわじわと、体を這うように満ちるその余韻を、ミリハナクは全身で味わった後。

「‥‥最っ高!」

 上気した顔で、そう言った。

●交戦開始
 獅子鷹は顔に付いたペイント弾のアカイロを、人差し指と中指を揃えてついと拭った。
 ちろり、と。戦闘の余韻とその感触を味わうように、舐める。
 燃えよグリフォン。
 化学調味料なんて生易しいものではない、賞味に耐えない苦々しさが口中に広がった。
 ――だが、血の味はしない。
 苦さが顔に出ないように、獅子鷹はそんな事を思った。
 奇襲は防げなかったが、その一点では重畳だろう。頑丈なオダギリならまだ走る事は出来る筈だ。
 目の前に居るのは、一級品のプレイヤーで戦闘狂。
 ならば、やる事は明確だった。
「‥‥此処は通さん」
 言いながら、獅子鷹は怜悧な眼差しで陶然と微笑むミリハナクを見据えた。
「あらぁ、あなたが相手ですのね」
 視線にくすくすと愉しげに笑うミリハナク。獲物は巨大ピコピコハンマー。
「あの熱い魂を、護ると決めたからな」
 腰を落とし、年齢に不釣り合いな隙の無い構えを見せる獅子鷹。獲物は義腕と、全身。
「普段は対人戦闘が出来ませんもの。良い機会ですしね。ふふ‥‥たっぷり味わわせて頂きますわ♪」

●修羅

 ドップラー効果と共に、オダギリの弛んだ身体が宙を舞った。威力だけで言えば、並の砲戦特化KVを四機くらい並べて全弾同時に発射し運悪く全弾同時に命中した程度の威力だった。ペイント弾だからダメージは無い、筈だ。
 声の主は、ベンチで今まさに重箱を広げようとしてたトヲイ達の頭上を越え、数メートル先で蛙が潰れたような声と共にへちょりと潰れた。
「‥‥わぉ、死んだ?」
「いや、生きてるみたいだが‥‥もし。大丈夫か?」
 そう言って、トヲイが立ち上がり、オダギリの元へと歩みはじめた、その時。

 トヲイの至近で、衝突音が響いた。

 予感に、トヲイの背筋が凍る。
 瞬後、トヲイの視界の端を掠めるように飛んで行く、男二人の影と――重箱。
 それらは全て、オダギリの傍らに音を立てて落ちた。

「‥‥ゴフ、死んだ‥‥あれ、死んでない‥‥」
 余りの勢いに死を覚悟していたオダギリは、ミリハナクの配慮のおかげで、殆ど無傷だった。
 腰を下ろし、オダギリはパタパタと両手で衣服についた埃を落としていると――それに、気付いた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 物も言わず、此方を茫洋に見つめている、長身の威丈夫。
 拳は青白くなる程に固く握られ、形の良い唇が戦慄いている。
「あの、大丈夫‥‥じゃ、なさそうで‥‥すね?」
 オダギリは嫌な予感に微妙に後ずさると、ついた手に何かの取っ手が触れた。
 トヲイはそれと同じ分だけ距離を詰めてくる。気付けば何かを呟いているようだ。
「‥‥み‥‥で‥‥きか‥‥」
「‥‥はい?」
「恨みはらさでおくべきか‥‥」
 この世に沁み入るような怨嗟の声に、オダギリは心底畏れ戦いた。
 逃げなくては――死ぬ!
「‥‥貴様の血は、何色だ‥‥?」
 此処に居るのは、多くの戦場を渡り歩いた、一匹の修羅。
 その濃密な殺気にあてられたオダギリを、共に吹き飛ばされて来たしっと同志ズは高らかに励ました。
「‥‥くっ、オダギリ、アンタは逃げろ!」
「しかし‥‥!」
「此処は俺たちに任せて、行けェ! オダギリ!」
「‥‥‥‥す、すまない!」
 オダギリは、掴んだそれを握りしめると、涙ッシュ。
 残されたしっと同志達が、トヲイの気を惹くように掴み掛かり、オダギリが十分に逃げて行ったのを見ると、夫々にケースを持って駆け出していく。
「待て、下郎共‥‥貴様らの悪行、神が赦しても俺は赦さん‥‥!」
 憤怒に駆られ視野が狭窄したトヲイは、その二人を追って駆け出した。昼の公園に、男二人の情けない悲鳴が響き渡った。

「ありゃー‥‥」
 一人残された昼寝は、ぽつねんとベンチから事の顛末を眺めていた。
「んー、どうしよっかな‥‥と、あれ?」
 見ればドタバタの最中に捨て置かれたのであろう、一つのジュラルミンケースがぽつりと捨て置かれていた。
 手に持ってみれば、それなりに重い。
 誰かが‥‥恐らく、あの太った男が咄嗟に重箱の方を間違えて持って行ってしまったのだろう。オダギリ、と呼ばれていたか。
「んー‥‥」
 思考する事数秒。
 住宅街から、此処まで幾度もあの男を見かけていた。そして、オダギリが走っていった方角を考えるに、きっと倉庫の方へと向かって行ったのだろう。
 トヲイも何処かへと行ってしまった。老婆心かもしれないが、届けに行ってもいいかなと思うくらいには昼寝も暇を持て余していた。
「ま、行こっかな」
 ジュラルミンケースの重みを楽しむようぶらぶらと振りながら、昼寝は倉庫街の方へと歩いて行った。


●渡る世間は鬼ばかり
「いったーい!! いきなり何するのーっ!?」
「えっ、えっ?」
 勇弥は、困難に見舞われていた。
 目の前では、スーツ姿の坊主頭‥‥慈海が苦しげに肩を抑えて呻き、大声を上げていた。
 事の発端は、勇弥がトヲイを畏れて逃げ出したオダギリを仕留めようとした所まで遡る。
 勇弥は、ようやく捕捉したオダギリの脚を止めようと、ゴム弾をオダギリに向けて撃ったのだった。脚を止めるだけでは無意味かもしれないから、それはもう勢い良く、何発も。
 そしたら、それがオダギリに届く前に‥‥そう、恐るべきスピードで、この坊主頭の男が割り込んで来た。
 そして、見事に全弾命中した男は心底痛そうに喚いている。
 これは、何だ?
「ただの通行人に攻撃するなんて! なんという暴挙! 赦すまじ!」
「ちょ、待っ」
「お巡りさーん! こっちです!!」
 弾が当たった右腕だけは動かさずに、全身で警官を呼ぶ姿に冷や汗を覚えた。
 ラストホープに来て日が浅い勇弥には、想定していなかった事態に為す術もなかった。
 逃げるか。
 いや、でも、逃げたら余計に‥‥。
 では、どうする‥‥?
 勇弥が思考の袋小路に入り込んでいる間に警官がやって来てしまい、「抵抗したら軍を動員しないといけなくなるから、とりあえず大人しくして話だけしてくれたらおじさん助かるなぁ」などと言われたら、すっかり身動きが取れなくなってしまった。
「え、エアハルトさーーん!」
「じゃ、後はよろしくーっ」
 ぱたぱたと警官に手を振る慈海は、最後までただの通行人のフリをしたまま、頃合いをみてどこぞへと消えてしまった。
「どうなってるんだ、これ‥‥!」
 大人の容赦ない搦め手に、青年はただ流されるのみだった。

 一仕事終えた慈海は手元の携帯をぴぽぱと弄りながら、今なお追撃側と激しく戦闘を繰り広げる白虎に連絡を取る。
 慈海と白虎が何とかしっと勢力の手勢を確保した結果、派手に立ち回る少年の元には沢山の追撃勢が集中していた。その為、彼の周りは激戦区となっているのだが‥‥。
「‥‥あ、総帥? こっちで準備しておくから、そろそろ下がって来て大丈夫だよ!」
 だが、彼等とて無策ではなかった。
 長年を連れ添った二人の息の合いっぷりは、このミニマムな戦場では非常に上手く回っていた。


●彼女の尻に敷かれ過ぎて俺はもう駄目かもしれない
 ミリハナクと獅子鷹の戦闘は、一切の容赦がない熾烈なものとなった。
 ミリハナクの一撃は、重く、豪快だ。長柄武器と言って差し支えの無い巨大なぴこぴこハンマーを振れば、プラスチック製の柄がその勢いだけでへし折れかねないくらいにしなりながら、風を切って唸る。
 ビゴォ、と。白虎のそれとは明らかに違う音を立てながら、地面すら抉るほどの一撃。
 対峙する獅子鷹は、それに怖じる事はない。修羅場はいくつも潜って来ていた。
「――ッ!」
 僅かな気勢。実力で勝っているミリハナクの殴打を、獅子鷹は腰を落として右の義腕で叩き落とす。
 その技巧を示せば示す程に、ミリハナクのテンションは高まり戦闘は激しさを増して行く。
 派手な立ち回りにいつしか一般人のギャラリーがつき、一大ショーの趣を見せ始めたのだが。

「――君は何をしてるのかな? カナ?」

 何故だろう、その声はギャラリーの興奮に遮られる事なく、やけに大きく響いた。
 エリス・ランパード(gc1229)の降臨であった。

「ミリハナクさんは追撃側だったよね。獅子鷹君は何でしっと側についてるのかな?」
「‥‥悪いな」
「いやいやいや、悪いなじゃないし、カッコつけないでくれるかな? 男の嫉妬? こういうの見苦しいって思わないかなぁ。折角のミユ社長のご厚意のイベントなんだよ? しっとの人達って、どちらかといえば邪魔者じゃん。なんで? なんで獅子鷹君はそこにいるのかな?」
「‥‥すまない、お前と敵対してでも今回だけは折れる訳には‥‥」
「へー。あー。あーそう。そうなんだ‥‥そう‥‥」
 エリスの双眸が、暗く翳った。
「少しお灸を据えないといけないみたいですわね‥‥。何か、仰りたい事はありまして?」
 口調の変化に、獅子鷹は身体が反射的に地に伏せそうになる。
「ま、待ってくれ。一人の男の信念を、護るためにも」
「――――それは信念ではなく、単なる嫉妬ですわ‥‥!」

 怒りが頂点に達して天にも昇りかねないエリスは、もはやSES兵装の使用も辞さぬとばかりに武器を振るっており――獅子鷹は、冷や汗を垂らしながらも防戦に徹する。
 犬も喰わぬ壮大な痴話喧嘩が始まった一方で、ミリハナクはどこかへと姿を消していた。
「マンハント〜♪」
 言葉だけを残して、どこかへと。

●余所見は危ないって
「‥‥お?」
 そんな事が後方で起こっているとは露知らず、オダギリは走っていた。そんな時、携帯電話に違和感を覚えて確認したところ――。

【我々は しっと団 協力する】

 そんな文章が踊っていた。それは慈海が『情報伝達』を使って飛ばしたメッセージ。しっと団に深く感謝しているオダギリは続いて現れた集合場所の報せに「おお!」と声を上げると、そちらへと向かって方向転換をしようとした。
 その時。
 凄まじい衝撃に吹っ飛ばされた。

「アッーーーー!」

 その原因が能力者御用達の高級車ランドクラウンだという事だけは明らかだった。
 オダギリ。いつの間にか車道にでていたようだった。

●あなたもか
「む?」
 ランドオーバー号を軽快に駆るUNKNOWNは、不意に感じた衝撃に眉を顰めた。
 ふんどしか。
 そう思いつつミラーで確認すると、どうやら違うようだった。だが、動いている様子。
「‥‥一般人でなくてよかった」
 嗜みとしてそっと練成治療を飛ばした後、男は軽快に車を走らせるとそっと窓の外を見やる。今日は、どうKVを改造‥‥整備したものか。
「‥‥そろそろ、SAKURAも見頃か」
 お兄さん、前向いて運転してください。

●走れ白虎
 最初は有利に戦闘を進めていた白虎だが、追撃側の人間が次第に集まりだすと流石に劣勢になってきていた。
「くっ! 撤退! 撤退ーー!」
 これ以上は堪えきれぬ‥‥と言った体で、白虎は周囲に残ったしっと陣営の人間に喝を飛ばしながら一目散に公園へと向かって駆けた。
「! 崩れましたね‥‥追いますよ!」
 他方、いつの間にか追撃側の陣営のトップに躍り出ていたクラークが、背を見せて撤退を始めたしっと陣営に勝機を見て、一気に畳み掛ける。
 脚が速い白虎は、残り少ないしっと陣営に先駆けて瞬く間に彼方へと走り去った。
 追うために突出するか、このしっと陣営をまず蹴散らすか。クラークは逡巡するが――。
「――先に、こちらの優位を確保しておきたい所」
 言うや否や、白虎に追いつこうと息を切って走るしっと陣営のmob達に、大量のゴム弾が襲いかかった。


 ――グアアア!
 後方で響く野太い悲鳴を聞きながら、白虎は急いだ。
「‥‥すまない‥‥! 君達の事は忘れない‥‥っ!」
 涙ッシュしながら向かう先は、慈海との約束の地――辿り着いた先で、白虎は脚を止めた。
 微妙に離れた位置では、獅子鷹がエリスにボコボコにされているのが見えるが、ちらほらと仕込みの影が見え――白虎は実に可憐に笑った。
 じきに、クラーク達追撃陣営が追いついてくる。
「‥‥さぁ、貴方で最後ですよ、白虎さん」
「ふっふっふ‥‥」
 周囲を囲まれながらも不適に笑う白虎。劣勢に気でも触れたか――そう思いかけて、クラークははたとある事に気がついた。
 しっと陣営の数が、これまで少な過ぎた事に。
「っ! 皆さん、下がって‥‥!」
「もう遅いにゃー!」
 威風堂々と白虎は手を掲げ――。

「しっと弾頭ミサイル一斉発射ぁ!!」
 かけ声と同時、随所に仕掛けられた大量のペットボトルロケットが緑豊かな公園に沢山の虹を咲かせた。
 能力者の膂力で容赦なくかけられた圧力で噴出されると、一気に追撃陣営の足並みが乱れる。
 そこを見逃す白虎では、無い。
「シュツルしっとドランク‥‥!」
 縦横無尽に飛び回るしっとミサイルの間を縫うように、白虎は高速でスピンしながら急ぎ指示を飛ばすクラークへと迫った!
 身体の回転に伴い、ハンマーが風を切って唸る。
「‥‥くっ!」
 クラークは真っ向から突っ込んでくる白虎に対してゴム弾を掃射するが――!
「にゃーーはっはっは!! 無駄無駄無駄ァ!!」
 アラフシギ!
 白虎の高速スピンとハンマーによって、ゴム弾が次々と弾き落とされて行く‥‥!
「‥‥ば、馬鹿な!」
「にゃーっはっは!」
 高笑いする白虎を前に、クラークは戦慄せざるを得ない。交錯は一瞬。
 装甲服が遠く、宙を舞った。

●フラグは回収してこそ
「どうしちゃったの、その格好!」
「色々あったんだ‥‥」
 慈海との合流場所に現れたオダギリは、服装から髪までボロボロに過ぎた。だが、微妙に活力だけは有り余っているようで、何とも無さそうにして立っている。
「で‥‥協力してくれるって?」
「あ、うん! 君か、そのケースをこの車で運んで行ってあげようと思ってねっ」
「なるほど、それは助か」
「見つけましたわ♪」
「「‥‥え?」」

 そこには、艶やかな笑みと共に立つミリハナクが、居た。
 激戦の痕だろう、最早圧迫された棒切れに近しい巨大ピコハンが怪しく揺れている。
 明らかに危険の香りしかなかった。

(ど、どうする! あいつは明らかにヤバいぞ!)
(い、いやぁ、俺戦えないし、通りすがりだしぃー‥‥)
(くっ‥‥)

 その時、オダギリの脳裏に、これまでに散って行った幾多の戦士の影が過った。
「‥‥後は任せたぞ、しっと団!」
 ボロボロの衣服の袖をたくし上げると、オダギリは手にしていたそれを慈海に託した。
(倉庫の番号は‥‥だ!)
 それだけを囁き声で伝えると、オダギリはミリハナクに向き直り「掛ってこい! 俺が相手だ!」と啖呵を切る。
 勇ましい漢の姿に――ミリハナクは満面の笑みで、こう言った。
「ふふ‥‥貴方にも何か理由があるのでしょう。しかしこちらの依頼も正式なものですから、無様に泣き叫んで狩られろヒューマン♪」
「ちょ、待って、アイツだめな奴だ!」
「あ、じゃあ俺は行くね。ガンバッテー!」
「待‥‥っ!」

 悲鳴を聞きながら、慈海は車を走らせた。
 殴打の音がどこまでも追うように響いていたが、じきにそれも遠くなる。
「ふぅ」
 さて、オダギリの言っていた倉庫にでもいこうかと。ノンビリ車を走らせた後で、おもむろに呟いた。
「‥‥なんで重箱なんだろ」

●乙女心は複雑です。
「出来るなら、一緒にイベントを楽しもうと思ってましたのに‥‥っ! この‥‥解らず屋ぁ!」
 どこか湿った声で拳を振るい、蹴りを放つエリスに初めに目をつけたのが誰かは解らない。既に公園は混戦状態と化していた。
 傍からみればどう見ても痴話喧嘩にしか見えないエリスと獅子鷹の戦闘に、むらむらとしっと魂を滾らせる者が現れたとして、一体誰が責められようか?
 一本のペットボトルミサイルが切欠だった。
 獅子鷹に必ずや鉄槌を下さねばならぬと視野狭窄に陥っていたエリスは、それには気付かない。命中――そう思われた、その時。
「‥‥おい、誰だ?」
 義腕が、その弾頭を防いでいた。
 しんと、辺りが静まり返る。声の主は獅子鷹だった。濃密な殺気を、下手人達へと向けて放つその姿は、先程までとは打って変わって凛々し‥‥くエリスには見えた。

「大事な娘を傷つける訳にはいかないんでね」
 そう言ってしっと陣営に切り込んでいく獅子鷹に、エリスはほっと胸を撫で下ろした。
 計算通り、と言って差し支えないだろう。
 ‥‥なら、この動悸はなんだろうか?
 自分の為に拳を振るっている男がいる。その事が、なんだかとても誇らしく感じられていた。
 ――惚れた弱み、かなぁ。
 何となく、そう思った。

●終着点
 昼寝はジュラルミンケースを片手に倉庫街を歩き回っていた。
「‥‥んー、この辺だとは思うんだけど」
 無駄に推理力を働かせて、オダギリが現れそうな辺りをぶらぶらと散策していた。
 何故、彼女が何事も無く此の場に居るのかというと‥‥。

「くっ、どこだ!」
「爆弾とか、洒落にならんぞ‥‥!」
 追撃陣営の人間が彼方此方を探し回っている横を、昼寝はすたすたと歩いて行く。
 散歩然としたその姿にはとくに気負いもなく、何か騒がしい、とか、爆弾とか穏やかじゃないわねとか、詳細を知らぬままに通り過ぎて行く人々の慌てぶりをどこか楽しげに見やりながら、ただただのんびりと歩いていた。
 徹頭徹尾、彼女がただの通行人Hであったため、誰も彼もが彼女とそのケースの存在に気を払う事無く、難なくこの倉庫まで辿り着いてしまったのだった。

「‥‥ん?」
 ふと。昼寝はそれに気付いた。
 徐行する車特有の、低く響くエンジン音。
「――ひょっとして」
 予感するものがあり、昼寝はそちらへと急ぐと――そこには。


「「あれ?」」
 顔をあわせた昼寝と慈海は、お互いに面食らうこととなった。
「なんで昼寝君がそのケースを持ってるの?」
「なんで慈海がトヲイの重箱を持ってるの?」
「「‥‥あー」」
 二人は同時にそう言って、僅かの後、同時に納得した。
「これ、慈海に渡せば良いのかしら?」
「多分ねっ。‥‥じゃ、はい。これ」
 お互いの健闘を称えるでもなく、本当に気楽なやり取りで、夫々にケースが交換された。
 とくに言葉を交わす事はない。慈海はさっさと目的の倉庫にこのケースを収めておきたかったし、昼寝にしても用事は終わり、トヲイを探しに行かねばならなかったからだ。
「じゃ」
「まったねー」
 そのくらいの気安さで、二人は別れた。


●Episode.
 勇弥は警官からこってり絞られたあとで、びしょ濡れのクラークが迎えに来て、解放された。
 突如現れた装甲服が、少しだけ頼もしかった。

 エリスは正座する獅子鷹にこれでもかと説教の文句を浴びせた後。
「‥‥まぁ、今日はこのくらいにしてあげる」
 そう言って、僅かに頬を染めながら、獅子鷹の手を取って歩き出す。

 トヲイは寂寞とした想いに沈んでいた。下手人を仕留めた所で、渇きや失った物が帰ってくるわけではなかったからだ。
「あ、いたいた」
 そこに、声が振ってくる。掲げられたそれを見て、トヲイは目を見開いた。
「お腹空いちゃった。食べよ?」
「‥‥あぁ」
 先程までの修羅はもう、そこにはいない。暖かな気持ちは、紛れも無くその心の裡から湧き上がっていた。

 ミリハナクは艶やかな表情で床についた。いい日だった。手応えを反芻しながら、眠りの訪れを待っていたのだが。
 何かを忘れているような、そんな気がしていた。
 一方その頃。
「ぶえーーっくしょい!」
 倉庫街。全てが終わったそこで、ボロ雑巾のような姿になって倒れ伏すオダギリの姿があった。ミリハナクにいいように遊ばれて、今、彼は独りだった。
「寒ィ‥‥」 
 夜風が身に沁みる。身を縮めた、その時だ。
「‥‥見つけた! 一緒に戦おう!」
「いや〜、置いて行ってごめんね?」
 そう言って手を差し伸べる、二人の影があった。

 泣きつく中年男の姿を遠くに認めながら、UNKNOWNは煙草に火をつけた。
 紫煙は流れ、彼方へ。今日も良い改造‥‥もとい整備が出来たと、満足げに笑む。
「‥‥さて。今日は何を呑もうか」

 こうして騒動から離れた各々の物語が紡がれて行く。各々のための、特別な物語が。
 花見の時期まで、あと僅か。