タイトル:【NS】Good bye.マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/14 14:31

●オープニング本文


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●Hilde.
 誰だって間違えない事は出来る。
 高望みしなければ良い。極論すれば、地を這って何もしなければいい。

 ありふれた、負うべきでない責。
 そこに身動きを削がれるか。それでも進むか。

 それを決めるのはあくまでも自由意思だ。
 あまりに不確定で、儚い標。

 だが、だからこそ。
 ‥‥人間は、面白い。


 夜が、明けた。
 長い夜だった。

 夜明け時に爆発、炎上したトラックからは、焼け焦げた遺体が見つかった。
 
 歯形からその遺体が行方不明のティナだと明らかになったが。
「そんなことはいい。ティナはいつ死んだんだ」
 未だ蒼白のヒルデは、検死結果を報告する自身の副官にそう告げた。重傷を負ってもなお、その眼光はくもってはいない。現状で、そこに誰かが居たという存在証明、その可能性を高めるには、必要な情報だった。
 かなりの火力で爆散したトラック自体を調べ上げるには、余りに破損が酷く、一筋縄ではいかなかったからだ。
「は、はい! 遺体の頸部に、大きな切創があったそうです」
「‥‥ふむ」
 ヒルデはその意味を噛み締めるようにして、皮のチェアに背を預け、天井を見上げる。

 爆発した施設は鎮火が進み、一応の安定を得た。
 敵の襲撃も、何とか押返した。
 懸念されていた暗殺者も、HWに乗って去った事は確認されていた。

「そうか‥‥」
 思案しながらの、言葉。

 ヒューストンは、深く、傷ついていた。ルイスの治療には、まだ暫くの時を要するだろう。
 彼女自身、こうして指揮や調整をしていることすら、医師に止められているのだ。
 発電施設ひとつをとってもそうだ。

 彼女は、その意味と、その中で渦巻いていた事に思いを巡らせたが‥‥。

 ふと、彼女は、思い出したように、こう告げた。
「そういえば、傭兵に依頼していた護衛期間は、今日で終わりだったか」
「え、ええ‥‥」
「なら、帰りの車両を用意しておけ。経緯はどうあれ――司令も、博士も死なずに済んだのは、彼らのおかげでもある」
 苦いものをのみ込むようにして、彼女はそう言った。

●Tina.
「私を撃っても、無駄なのに」
 目の前で、私に向かって銃口を向ける彼に対して、つい、そう零してしまった。
 私達は互いに銃口を向け合っている。張りつめた緊張に、つい、蓋をしていたものが溢れた。

 彼はその意味をしばし噛み砕いていたようだが、なにかに思い至ると、「そうか」、と告げた。
「君も、道化だったのか」
「‥‥さあ?」
 私は彼を殺すつもりで来ていた。彼も私を殺すつもりで、ここに居た。
 ――無駄なのに。
 その表情に、彼は何を見たのか。
「そうか」
 彼はもう一度、そう言った。哀れな男は、そのまま銃口をこめかみへと向けようとする。

 私の銃には、サプレッサーがついていた。
 でも。彼の銃には‥‥。

 瞬間、手にした銃で撃とうとした。でも。

 万が一、銃創が二つでは――あいつの要求は、果たせない。
 私は汚い言葉を吐き、後ずさるようにして、部屋を後にした。

 後方で響く銃声。
 それを聞きながら、私は走った。


 傭兵達に、その連絡を告げにきたのは――傭兵達にとっては意外な事かもしれない――ヒルデだった。
 車椅子を副官に押してもらいながら、彼女は傭兵達、一人一人の顔を見つめながら、告げた。

「依頼していた期間の護衛任務、ご苦労だった」
 どこか優しげなその表情は、誰を慮っての事だろうか。

「博士は無事だった。それが結果で――それが、全てだ。司令は倒れ、私はこのザマだが――それは果たされた」
 車椅子に座り、ままならぬ身を嘲笑するように、彼女はそう言う。

「発電所の一件を悔いているのなら、お門違いだ。我々が依頼した任務は博士の護衛だった。貴様らがそれを嘆くのも、背負うのも勝手だが――基地の人間が何か言うようだったら、私に伝えろ」

 ――この手で、銃殺してやる。

 そういって獰猛に笑うヒルデに、副官は滲む汗はそのままに、胃の辺りを抑えてそっぽを向いた。
「‥‥冗句だぞ、今のは」
 視線だけで副官に笑え、と命じ、副官に愛想笑いを浮かばせながら、彼女は再度傭兵達に向き直った。

「改めて言おう。ご苦労だった、と。車両の準備を終えるまで、1時間と言った所か。‥‥それまで、自由行動とする」

 ――解散。

 彼女はそういうと、まだ詰み上がった仕事があると言い、副官と共に離れていった。

 そうして、一時間の後、傭兵達はヒューストンを離れる事となった。

●Tina.2
 翌日。私はいつも通りに、仕事をしていた。
 動悸がする。吐き気もだ。不安が、こんなにも痛いものだなんて、知らなかった。

 彼の死に、基地は騒然としていた。
 焦燥する私をみて、同僚達は心中を察する、と気遣いの色を見せてくれていた。
 それら全てに曖昧に頷きながら、私はとにかく、仕事に集中した。頭の中では、『教えられ』ていた計画が渦を巻いていた。

 とにかくは夜を、待つ。
 そうして予定通り、私は、此処を――。

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
アクセル・ランパード(gc0052
18歳・♂・HD
ハンフリー(gc3092
23歳・♂・ER
明河 玲実(gc6420
15歳・♂・GP

●リプレイ本文

●孤影
 ――やっと、夜が明けましたか。
 昇り切った太陽に照らされながらも、呟くアクセル・ランパード(gc0052)は憔悴し切っていた。
 深い傷を負った身体は鉄のように重く、心は摩耗し傷だらけだ。
 でも。

 彼は歩いた。歩を進めれば進めるだけ、痛みが胸を刺すが、それでも。

 まずヒルデの執務室へと向かった。
「御体は大丈夫ですか?」
「そう見えるか?」
 職務中のヒルデは忙しそうに視線と言葉のみで迎えた。痛む身体を無理矢理に誤摩化しているのは明らかで、彼は早々にここに来た理由を告げた。

「被害状況のリストだと?」
「宜しければ」
「駄目だ」
 手元の書類を掲げながらヒルデは交渉を拒んだ。
「理由は解るな? ただでさえ守秘が義務付けられる機密を、『こちらから』晒す理由は無い。出て行け」
 取りつく島も無いとはこの事だった。だが、言外に籠められた意味に気付くとアクセルは苦笑を浮かべて部屋を後にした。
「すみませんでした」
 最後にそれだけを告げて。去り際に明河 玲実(gc6420)とすれ違ったが、彼は黙礼のみでその場を後にした。


●Thank
「今度は貴様か」
 続いて入室してきた玲実にヒルデは嘆息混じりに告げた。
「あ、あの」
 気怠げな対応にやや物怖じしてしまう。
 胸元のネックレスの感触を意識して、彼は漸く言葉を紡いだ。
「今回は色々と、ありがとうございました」
「何の事だ?」
「そ、その」
 女の真っ直ぐな視線に、彼は一層緊張が深まり口ごもった。
「い、いえ、なんでもないです」
 曖昧に濁してるんだから解って欲しいとも言えず、俯いてしまう。
「要件はそれだけか?」
「あ、いえ‥‥ジェーンさんにもご挨拶したくて」
「解った。手筈は整えておこう」
 言うなり傍らの受話器を手に段取りをつけ始めるヒルデだが、その動作はどこか鈍い。その事がちくりと彼の胸を刺す。
 仲間の幾人かは彼女を疑い、調査に向かった。その事に彼は反感を覚えないでも無かった。彼はヒルデ大尉を信じるのだと決めていたから。
 そうして、疑念は全て呑み込んだ。

「迎えが来る。外で待機していろ」
「あ、ありがとうございます。それと」
「どうした?」
 退室を促され、慌てて扉を引きながら彼は最後にその感傷を言葉にしようと思ったのだけれど。
「‥‥いえ、なんでもないです」
 ヒルデは訝しげな表情を浮かべたが、玲実は切なげな苦笑を一つ残して、去った。


 残された時間で調査を望む者もいた。
 積極的とは言えずともラルス・フェルセン(ga5133)もその一人だ。
 ――あと一歩届かず、ですか。
 惜しいとは思う。だが、落ち度は軍にもあり、自分達は『博士を守る』一点に関しては完遂していた。

 過去は変えられない。今回の件で過度の後悔は抱き得ない。だから、彼は先を見据えていた。

「まだ黒幕はいる気がー、するんですよね〜」
 独白。
 ――その中に博士を残して去る事は、あまり良い気がしません。
 だから、彼は調べる事にした。


 ヒルデを黒幕として疑い、調査を行う者は彼とは別にいた。
 新居・やすかず(ga1891)とハンフリー(gc3092)の2名だ。

「どうも中途半端な印象を受けるな」
 弾薬庫でハンフリーはそう零した。
 ――発電所はより早期に破壊できた筈だし、博士も相殺覚悟なら殺せた筈だ。 
「警告と建設遅延だけが目的だったか?」
 その理由にはどれもしっくり来なかったが、彼はひとまずそう結論付け、目先の作業に集中した。

 結論から言えば、弾薬庫から爆弾は減っていた。
 ハンフリー自身もざっと弾薬庫を調べた後に責任者を探し、問答の末それが明らかになった。
 正確には。
「なぜ隠していた?」
「当然だ。傭兵に報告する義務はない」
 中佐権限を振り回す傭兵に苦い顔をしながらも、担当官はそう告げた。
(二度手間だったか)
 既にヒルデの手が回っていたようだった。考えてみれば彼女自身が被害者でもあるのだから調査をしない道理が無い。
(にしても)
 爆弾の調達が正規の手段ではないのは明らかだった。『あの晩』、傭兵達がテロリスト達の対応に追われていたあの時、軍服を着込んだ男が一名、正面から弾薬庫へと侵入を果たして居たのだから。彼は知る由も無いが、ラルスはかつて「計画を前倒ししたのでは」、と想定していた。その皺寄せがこれなのだろうか。

 兎角。
「しかし‥‥これは、終わるのか」
 ハンフリーはそう零した。調べようと思った事柄に対して、時間はどう見積もっても足りなかったからだ。


 新居は医務室で中佐に対しFFの有無と、医務室と兵舎の位置関係を確認していた。
「杞憂でしたか」
 あの時は玲実もここに居た筈だったから可能性は低かったが、安堵の息をつく。
 彼も後顧の憂いを断つべく行動していた。状況を俯瞰すれば最も疑しいのは大尉だが。
 ――現時点では、確信に遠いですか。
 だから確たる証拠を求めた。今、彼の眼前には大尉の残した物品がある。彼女はもう業務についていたから、傷だらけの軍服や破損した物品が殆どで処分待ちの物が多かったが、その一つ一つを検分していく。
 だが、盗聴器の一つでもあれば物証足り得たかもしれないのだが、めぼしい成果は無かった。
 大尉が黒幕なら、動きだした段で回収している筈で当然の事かもしれないが‥‥その中で、一つ気になる事があった。
 衝撃に壊れたのだろうか。腰につり下げられていた筈の無線機はボロボロで。

 ――盗聴器が無くても。

 背筋を貫く物があった。だが、壊れた無線機は沈黙に保ったままだったから同時にそれは酷く苦い。
(これでは物証として弱いですね)
 状況証拠は煮詰まりつつある。だが糾弾するには材料に乏しい事を彼は知っていたから、別方面でのアプローチを行う事にした。

 医務室には、もう一人いた。終夜・無月(ga3084)、周囲のキメラ掃討のためにこの基地に足を運んでいた男だ。ヒューストンは解放以来、久々の来訪だった。彼は知己でもあるルイスに練成治療を施そうとしたのだが、そこで医師の激しい反発にあっていた。
 ルイスは未だ急性期にある状態で、障害を受けている呼吸器系に対して、治療において綱渡りを拒む医師と善意で治療を施したいとする終夜の間には隔たりがあった。
「急速な組織治療に伴う合併症の有無に関するエビデンスがない以上、許可できません」
 ――万が一にも、司令を失うわけにはいかない。
 根元は同じなのに、その一点で彼らは平行線だった。能力者として強引にそれを為す事も終夜には出来たが、彼は誠実に話合いでの解決を試みた。
 しかし、説得の材料に乏しい以上、見通しは暗く、解消の糸口は見当たらなかった。


 誘導の兵士に連れられて、玲実はジェーンを訪ねた。

 玲実はそこで、一睡も出来ずにやや疲れた表情を見せる彼女の手を取って告げた。
「奴は、ああ言っていました。けれど、ここで立ち止まっちゃいけない」
 彼女がどれだけの思いでそこに居るのかを彼は正確には知らない。それでも彼は伝えなくてはと思ったのだ。
 彼は博士を守れただけであって、何かを救えたわけではないと解っていたから、言葉を募れば募るだけ、胸は痛んだ。それでも。
「自分はどんなことがあっても、必ず救ってみせますから」
 だから。負けないで。
 そう告げる玲実の目はひたすらに真摯で。その思いにジェーンは沁みるもの感じて、
「‥‥ありがとう」
 潤んだ声で、そう言った。

 玲実は博士と言葉を交わした後、基地をあても無く歩いた。手にはまだ、ジェーンの熱が残っている。
 それを感じながら、彼は思いに耽った。
「頑張っただけじゃだめなのに」
 それしか言えないんじゃ、意味なんて。独りになるとこれまで堪えていた感情が募るのを止められなかった。
 それでも、掌の熱を意識すると、それは決意へと変わる。
「けど、いつか必ず‥‥救えるようになってみせる。この手で‥‥っ」
 言葉は、この地と彼の胸中にだけ、刻まれた。

●wedge
 一方、ラルスはヒルデの副官に関する調査を終えていた。要所のみの調査ではあったが事件への関与は見られず、限りなく白だと言える。一応副官にかつて鳩尾を抑えていた理由を問うたが、一言「胃痛です」と返答があった。その時の沈痛な面持ちは、多分嘘ではなかったと思う。

 彼は自身で淹れた紅茶を手に大尉の執務室へと赴いていた。彼の希望もあり副官も同席している。
 短い、沈黙が降りた。互いに茶の味を楽しむ時間は、短いもので。
「それで? 話があるんだろう」
 彼女にしては珍しい事に、職務よりもこの雑談の方を優先していた。ラルスに問うその目には、どこか好奇に似た色がある。
「大尉にはお詫びを、申し上げーますね〜。私はー、貴女を疑っていました〜」
「妥当な判断だ。詫びる事ではない」
「でしょうねー」
 ヒルデの返事に、ラルスも鷹揚に応じた。副官は、そのやり取りを不安げに見守っている。
「そしてー‥‥私は、性懲りもなく、まだ大尉を疑っているのですよ〜」
「ほう」
 その言葉に動揺する副官をよそにヒルデは笑みを深めた。肉食獣の、凶暴な笑み。
「理由を聞こうか」

 疑惑の発端は、最初の襲撃。何故、博士の居場所が知れていたのか。
 それだけで候補は絞れる。全体として状況への関与は少ないが、致命的な要素の影には常に彼女がいた。
 覇気の籠った瞳を前に彼はそれを告げ、最後にこう結んだ。

「貴方の動きはー、完璧すぎるんですよね〜」

 言葉と同時。
 執務室の内線が鳴った。副官が急いで立ち上がり受話器を女に渡すと、短いやり取りの後、彼女は舌打ちをした。
「医務室で傭兵が医務官と揉めていてる。収めて来い」
 不機嫌そのものの表情で副官へとそう命令し、慌てて出て行く副官を尻目に、再度ラルスへと向き直った。

「完璧に過ぎる、か」
「ええー」
 そうして、彼はこう続けた。

「貴方がー、黒幕ですか〜?」

 穏やかな口調だが、問いに籠められた意味は重い。
「もし。そうだとしたら?」
「‥‥欲張りだとは、思います〜」
「違いない」
 女は大笑した。痛む傷よりも、衝動の方が強かった。笑いながら女は言う。

「貴様は、執着が無いな。だから、証拠もなく此処に来た」
 言葉に、男は笑みで応じた。
「あいつが白と解っただけでも十分か」
 ――もし、私が黒幕だったならな。
 そう言い添える女の笑みはなおも深いまま。

「さて。私は仕事に戻る。『平素』通り完璧に、な」
 冗句のつもりだろう。そう言って笑う女の無防備な背中を見送りながら彼も部屋を後にした。
「人間はー、しぶといのですよ〜」
「ああ。だから、面白い」

 それが、彼等の交わした最後の会話だった。


 アクセルが向かったのは、KVガレージの屋上だった。
 そこに近づく程に、歩みは鈍った。
 それは、自傷と変容への道行きだと彼にも解っていたから。
 それでも彼は進み――辿り着いた。

「ここなら」
 蕭、と風が肌を撫でる。

 視線を巡らせると――辛うじてそれが見えた。

 それは確かな破壊の爪痕。彼自身の手から零れ落ちた、可能性の成れの果て。
 外観も傷ついているようだが、崩れ落ちた中枢部の損害はより酷いのだとここからでも解る。

 未だ炎上しているのか黒煙すら伺え――それは彼の胸中と驚く程に近似していた。

「くそったれ‥‥っ!」
 耐えきれず、こみ上げ、溢れたものが頬を濡らした。
 激情に握り拳をコンクリートの床へと叩き付ける。
 何度も、何度も。血が滲んでも、溢れても。

 遠景は罪で。痛みは罰だった。

 長い時間の後、彼は力なく蹲った。ただ痛むだけで、自罰が心に響く事は無いと認容できたから。
 そして。
「‥‥ふ、ふははっ」
 彼は、嗤った。
 過去の――今の自分を。

 それは決別の為の儀式でもある。

 激情のまま覚醒を意識すると、金色の髪は白髪へと転じ、左目に刻まれた傷痕から血が溢れた。
 まるで、癒えぬ心の傷を映しているような痛ましい変容だ。そこにはかつてのような光輝の色は無かった。


 出発の直前。新居、終夜はヒルデと副官の元を訪れていた。
「俺は終夜・無月。宜しくです‥‥」
「今度は、何だ?」
 挨拶に毒気を抜かれながらも、彼女は何処か警戒を孕んだ目で傭兵達を迎えた。この時間。何かを調べるには、十分な時間だったから。

 新居は断りの上でヒルデと副官に赤光が存在しない事を確認した後、調査した内容を告げた。彼女の権限で知り得た情報と彼女の言動に矛盾点は無かったから、ラルスと同様に状況証拠を詰みあげ、無線機に関しても推測だと断った上で触れた。
「面白い推察だが。それだけか?」
「爆薬の一件、僕達に伝えなかったのは何故ですか?」
「下らん。伝える義理があると思っているのか」
「なら」

 此処までは、想定通りだった。だが、彼にはまだ切るべき札があった。
 最後の一枚。

「爆発したトラックが貴女の名義で通過していた事に関しては?」

 今は少佐に関する調査に向かっているハンフリーが調査の末に掴んだのが、それだった。その一言にヒルデは笑みを浮かべ、
「その言葉は正確ではないな」
 告げた。まるで、予め用意していた台詞をなぞるように。
「『車両の出入りのほぼ全てに、私が関わっていた』‥‥だろう?」
 ――それだけでは、私の関与を肯定できない。
 彼女は暗にそう告げていた。
 件のトラックの同定そのものが出来ていない。その愚を去る暗殺者は侵さなかった。ハンフリー自身時間に追われて調査出来た内容に限りがあったのもある。大尉の関わり、そこから先を平素の業務との相関を調べるには至らなかった。
 限りなく黒なのに、煮詰まった状況で手を広げすぎた。もう少し前の段階であれば、まだ。

 それに。

「その『推論』を私に言った所で、何が変わると?」

 札切れへの確信に笑みを深めたヒルデが、結んだ。
「‥‥大尉の言う通りですね」
 一人、不審な動きがないか警戒を巡らせていた終夜がそう応じた。手札が及んでいない現状で『大尉を相手に』打てる手はこれ以上無い。
「もういいだろう。時間だ。‥‥連れて行け」
 それは、事実上の終幕宣言だった。
 新居は、真実大尉を追いつめる方法を見誤っていた。苦い物を感じながらも、彼は去り際に副官へと視線を巡らせる。
 その視線に籠められた物は、彼にしか解らないが。
 副官はその視線を頑なに拒むように、ただ彼等を駐車場へと誘導していった。





 傭兵達が去って暫しの後。ヒューストンは再度騒然とする事になった。ヒルデの副官が遺体で見つかり、上司である彼女も行方を眩ませたからだ。

 傭兵達は知る由もないが、副官は傭兵達の言に不信を抱き調査を開始した。それ故、ヒルデはそれ以上基地に留まる事が出来なくなったが‥‥結果として彼は死に、女は基地を離れ、博士と司令は無事だった。
 彼女の動向を知る者は人類側にはいないが、それはラルス、あるいは新居達の行動が実を結んだ結果とも言え――こうして。ヒューストン、その内憂の物語は幕を閉じた。