タイトル:【AC】Assemble.マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/29 13:46

●オープニング本文



 テベサ。
 ゆっくりと、だが着実にその足場を広げつつある人類が、ピエトロ・バリウス要塞とアンナーバに続き人類の元に取り返す事が出来た土地。
 現在では、軍事施設が設置され人類の重要な拠点の一つとなっていると同時に、軍の庇護の元、避難民の受け入れや街の復興が進み、着実にかつての在り方を取り戻そうとしている、力強い街だ。

 なぜ、テベサが重要な拠点となり得たか。

 その答えは単純で明快だ。テベサには空港にあった。バグアの支配下でもその空港は破壊される事なく在り続け、十二分に復旧が可能な範囲だったことが調査に入った傭兵達の手で明らかになった事で、軍は本腰を入れてテベサの復興と空港の軍事利用に乗り出す事になった。それが半年前の事。

 それからは軍の庇護の元、避難をしていた難民の一部や、未だキメラが闊歩する地域に住んでいた住民が街に入って第二、第三の故郷として暮らしはじめるようになった。
 それには、人類が確保した土地が余りに狭く、かつ散在しているという事情もありはしたが、今、アフリカで暮らす者にとって、テベサは安寧の地として受け入れられていた。そういう意味で、その生活を支えてきた軍に対して、住民達は好意的ですらある。

 互いに対する目立った反感もなく、時に双方から歩み寄ることで、テベサは着実に復興と発展を果たしていった。結果、テベサの空港はアフリカにおいて最大の要衝であるピエトロ・バリウス要塞に最も近い基地であり、同時に同要塞を必要とあらば守護し、時にその窓口となり補給を取り扱う事もある、多機能な基地となった。

 それは軍と民が手を取り合う、戦時にあってはある意味で理想的な在り方と言えるかもしれない。

 だが、これまでの道のりがどれだけ順調で、平穏なものだったとしても。
 それがいつまでも続く物では無いことは、どれだけの人間が理解していたことだろう。


「‥‥まぁ、そうだよね」
 平穏な午後に、声が溢れた。

 柔らかく、くせのあるミディアムショートの黒髪に、優しげな鳶色の瞳。それなりに引き締まった身体で、年の頃二十代半ばに見える彼だが、実年齢は三十路と少しを数える歴としたUPCの少佐だ。名を、レイヤー・ロングウェイという。彼こそがその能力を買われテベサを預かる事となった、この基地の司令であった。
 軍服を着込んではいるが、その姿はどこか頼りなく、階級に見合った威厳は見受けられない。だが、テベサの住民と手を取り合い此処まで来た事も、基地の運用に滞りがない事も、全て彼の手腕によるものだ。

「どうかされましたか」
 どこか憂いを含んだ司令の言葉に、副官であるメイ・コットン中尉が応じた。こちらは絵で描いたような女性軍人だ。生真面目そうに金髪をきちんと結い上げたその姿は、規律を重んじる制服軍人の良い見本のよう。
 彼女は文官寄りのレイヤー司令の元で軍事的な要素を補佐するように配された、いわば武官である。とはいえ、基地の副官ともなればデスクワークも多く、こうして出撃や訓練の無い日はレイヤー司令と共に雑事に奔走している事が多かった。

「いや、さ」
 彼は、先ほどの通信の内容を思い返しながら、部下が淹れたコーヒーを口に含む。甘い。口腔内を浸食し、泥のようにまとわりつくようなその甘さが、彼は。
「ぶはっ!」
 嫌いだった。
「甘!?」
「ええ、そうでしょうね。難しい案件には甘い物は欠かせない。これは、この基地にいる我々の総意です」
 噎せ返るレイヤーに対して、メイは生真面目な視線と態度は崩さぬままに告げた。
「いい加減司令も、甘い物の価値を正しく理解すべきかと思います」
「いや、もう、その話は僕、疲れたんだけど‥‥」
 ミネラルウォーターで口を濯ぎながら、レイヤーは疲れた様子でそう言った。
 半年前、此処で出会って以来、互いに仕事に関しての能力は認め合い、尊敬し合う仲ではあったが、ただその一点だけが噛み合う事はなかった。レイヤーは早々に「いいじゃないか、甘い物が嫌い。これは僕の宗教なんだ、それで勘弁してよ!」と、その件に線引きをしたのだが、肝心のメイがそれを受け入れるつもりが無いようで、時折こうして奇襲じみた悪戯をしかけてくる。

「それで、どうかされましたか」
「‥‥」
 彼ももう慣れたもので、ある程度時間をかけさえすれば、様々な物を呑み込む事は容易になっていた。未だ消え去らない口内の甘味に耐えながら、副官の質問に答える。
「『そろそろ戦に備えろ』ってさ」
「‥‥バグア軍に動きがあった、という事ですか」
「そ。一連の作戦の結果、敵も危機感を覚えたみたい、だね。例のあの『すっごい砲』を、送ってくれるらしいよ」
「解りました。至急、手筈を整えましょう」
 そこに、多くの言葉は要らない。メイは急ぎ退室しようとしたのだが。

「あ。ちょっとまって」
「‥‥?」
 レイヤーの呼び止めに、メイが怪訝な様子で応じる。やる事が決まっているのであれば、此処での問答は不要な筈だが。
「や。今回こうやってこの『街』に手を加えるとなると、僕達だけだと手数が足りないし、さ」
「傭兵ですか?」
「そ! 話が早いね。で、彼らに手伝って貰う際に、彼らに街の防衛用のプランとかがあったら、聞いといてもらえるかな」
 瞬後。空気に冷たい物が走る。
 メイは反感を隠しもせずに言った。
「理由を、お聞かせ願えますか。防衛思想に、我々ではなく傭兵の声を反映させろと?」
 口調は変わらず、事務的なまま。だが、その言葉には冷たい気迫が込められていた。
「怒るのも無理はないけど、さ。テベサの街は広く、僕達の戦力は有限だ。最も近いのはピエトロ・バリウス要塞だけど‥‥彼処は本陣。どうしてもという時は仕方ないけど、極力彼処の戦力は動かしたくないかな」
 その視線を受け止めながらも、優しげな表情は崩さぬままに彼は言い切った。

「実際、本気で攻められちゃったら僕らだけじゃ守りきれないよね?」

 だから。
「傭兵の手は借りなくちゃいけない。全てをちゃんと守り切って、これから先も彼らに暮らして行ってもらう為には、ね」
「それで?」
「僕らは、備えなくちゃ行けないんだ。でも、軍人のやり方が彼らに適合しない事が多いのは、君も知ってるでしょう? そして、『軍人』である僕らは、先ず空港を優先しなくちゃいけないから、ここ一番で街を守るのは傭兵になる。だったら、彼らが得意な方法でやって貰うのが、理に適ってるんじゃないかな」

 ‥‥それは、軍人に取っては認め難い事実だ。
 だが、メイはそれを呑みこんだ。彼女も、自分達の戦力がどの程度かをよく知っていたから。

「‥‥分かりました」
 そうして、彼女は退室していった。最後に、丁寧な敬礼を一つ残して。

「‥‥やれやれ。女の子の扱いは、いつまで経っても慣れないな」
 溜息と共に溢れた言葉は、ただ宙に舞って、消えた。

 ――こうして束の間の平和は、急速に崩れさっていった。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
セージ(ga3997
25歳・♂・AA
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
石田 陽兵(gb5628
20歳・♂・PN
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
南桐 由(gb8174
19歳・♀・FC
エクリプス・アルフ(gc2636
22歳・♂・GD

●リプレイ本文


 アルジェリアの沿岸部は温厚な地中海性気候で知られているが、砂漠に近いテベサの六月は熱い。LHからやって来た傭兵達を迎えたのは、乾いた大気と、それを灼く陽射し。そこは、熱砂の街だった。

 空港に降り立った傭兵達を迎えたのは、レイヤー少佐その人だ。傍らには副官のメイ中尉もいる。彼らは基地本部へと移動しながら、簡潔な自己紹介を済ます。

 朧 幸乃(ga3078)は歩きながら、空港の様子を見渡した。
 資材を運ぶトラック達と、リッジウェイ。至る所で設置され始める対空砲や、補強作業を行う軍人達。活気に満ちた光景だがそれは――戦争のための準備だった。
 ――軍が介入して、要塞化して‥‥元の姿から、変わっていくのかな。
 彼女には、その光景が街の行く末を示しているように思えた。彼女の故郷のロスでも見られた、変化の予兆。
 空港の傍ら、街との間に設置された巨大な砲がそれを象徴しているように見えて‥‥彼女は淡く、息を吐いた。


「街に行く前に、詰められることは詰めておきたいから」
 アグレアーブル(ga0095)の提案で、レイヤーとメイを交え、話し合いの場が設けられた。冷房の効いた会議室内で、傭兵達と軍の二人が相対する。大量の角砂糖が添えられた淹れたてのコーヒーの香りが満ちる中、口火を切ったのはアグレアーブルだった。
「あの‥‥砲だけど」
 言い淀むのは、それと気付かせない程の自然な間。
「あれがある事で、この基地のバグア内での攻撃優先度は上がる筈」
 それは、人類が採択してきた戦略とも重なるから、彼女は言った。
「強力な兵器の存在が露見した場合、結果としてこの街は――」
「戦火に包まれるのは避けられない、ですね」
 結論は、幸乃が続けた通りだ。アグレアーブルが頷く。
 砲の存在を前に、バグアがどう攻めるか。それに関してはきっと、軍人である二人の方が詳しい筈。だから、彼女はこう問うた。

 ――現地民のこと、貴方はどう思っているの?

 アグレアーブルの、刃のような問い。それは、彼女の傭兵としての経験から生まれた問いだ。曖昧な返答を許さない怜悧な問いに、対面に座る軍人のうち、メイが上官の方を見た。レイヤーはアグレアーブルをじっと見つめている。その表情には――柔らかい、心からの笑みが浮かんでいた。
「さすがアグさん‥‥すごい‥‥!」
 と、瞳を輝かせて呟く夢姫(gb5094)にも微かに笑みを深めながら、彼はそのまま隣のメイを見やる。
「中尉。どう? これでもまだ、不満かな」
「‥‥少佐、意地が悪いですよ」
 そっぽを向くメイにレイヤーは苦笑をしつつ、アグレアーブルに返答をした。
「僕自身は守りたいよ。ここは、彼らにとって漸く得た第二の故郷でもあるからね」
 笑みのまま、続ける。
「だが、軍人としては基地の防衛が最優先だ。そして君の懸念の通り、軍人だけではこの基地を守り切る事が精一杯だろう」

 ――だから、君達がいるんだ。
 レイヤーは最後にそう付け加えた。その意味は、傭兵達の間に静かに波及する。
「そう」
 それに対する彼女の返答は短い。彼らの真意が確認できたのなら、それでよかった。
「ちょっと、いいか?」
 そう言って手を掲げたのは、セージ(ga3997)だった。
「俺は、あの砲に関しては、基本的に使わない方が良いと思っている」
 セージの意見には、エクリプス・アルフ(gc2636)、レイヤーをそれとなく腐のオーラが篭った視線で見つめていた南桐 由(gb8174)も賛成だった。砲は最終手段であるべきだ、と。
「砲台もいいんですけど、それだけだと、ここ、堕ちますよね?」
 そういってエクリプスは、空港内に設置されつつある砲撃設備を窓から眺めた。基地に関しては十分な備えが用意されようとしているが、街では、となると‥‥。
「テベサ都市部に設置できる兵器には、制限があります」
 そう応じたのは、メイ。彼女は、生真面目な姿勢は崩さぬままに,その理由を告げた。
「まず、ワームに用いるような兵器を都市部に置く事は結果的に敵の目を引く可能性があります」
 設置するにせよ、しないにせよ、功悪はあるとした上で、彼女はこう続けた。
「何より、それを運用する人員が、決定的に不足しています」
 軍人の手はこれ以上割くことは出来ない。暗にそう告げていた。
「なら、バリケードと機銃なら、どうだ?」
 食い下がるという訳でもないが、セージがそう告げた。キメラにかろうじて有効な程度の兵器なら、軍人に限らずとも運用は不可能ではないからだ。
「民間人の手を使う、と?」
「ああ」
 メイは、何かを堪えるように、小さく息を吐く。想起したのは、彼女自身も触れ合って来た住人の表情だろうか。
「‥‥可能でしょう、ね」
 だから彼女は、そう告げた。


 次に夢姫が手を挙げ、避難誘導や、その為の場所の選定に関して提言をしようとしたのだが、それはレイヤーが片手を上げて遮った。
「あ。その辺は、君達が自由にしてくれていいから。てきとーに、ね」
 あとで、書面でくれたらいいよ、信頼してるからさ。そう言って彼は退室しつつ、解散を告げた。
 取り残された形になったメイが、彼の後を追い、退室しようとするのをエクリプスが呼び止める。
「あの‥‥傭兵は、好きにはなれませんか?」
 それは、この場において不要な問いではあった。ただ、頑固そうな彼女の様子が気にかかったから、問わずにはいられなかった。
 メイは少し逡巡し、言った。
「好悪の感情は無いです。‥‥ただ、雇用の形態と実情が肌に合わない、それだけです。――失礼します」
 そういって彼女は、退室していった。規律然としたその姿に、エクリプスは問いを重ねようとしたが‥‥その頃にはもう、戸が閉じられていた。
「‥‥またお話できると、いいですね」
 見送る彼はただ、そう言った。

 ――見応え、あったな。
 貸与された車両やKVに乗り込み、市街地や砲塔へと共に移動しながら、石田 陽兵(gb5628)は感嘆の念を覚えていた。
 頭を使うのは得意ではないからと、同僚の言葉を自身に刻み込むように話し合いの様子を見守っていた。同僚の言葉は彼にとっては学ぶ事が多く、それだけでも此処に来た甲斐はあったように感じられていた。
「あ、ここで降ります」
 そう言って彼は、街にさしかかった所で一人車を降りた。自身の足と目で街の構造を把握したかったからだ。
 車両の外は、炎天。じりじりと肌を刺す熱気に、汗が吹き出る。
 初めての街。目に触れるもの、呼吸の感覚、全てが新鮮で。
 ――探し人の手がかり、見つかるかな。
 真新しい土地に、微かな期待を抱きながら。
「さて、いきますかっ」
 歩き出しは、とても軽やかな物だった。


「変わったわね」
 ぽつりと、車内から街の様子をみていたアグレアーブルが言った。彼女は、この街のかつての姿を知っていた。
「そうなんですか?」
 へえ、と言いながら、彼女と同じ物を見ようと夢姫が、窓を覗く。
 都市部では、かつての駅を中心に街の至る所で復興作業が進められている。作業に従事する人々の表情は明るく――かつて見た時と違う色があった。軍用車両とその後をついていくリッジウェイにも興味津々なようで、作業の手を止めては手を振る者も少なからずいるくらいだ。
 アグレアーブルにとっては、その良し悪しの判断は難しい。此処はまだ、途上。色んな物を乗り越えて最後に、此処がどうなっているか。――勝つか、負けるか。それが大事だから。その過程にあるであろう辛苦を思えば、楽な事ではないけれど‥‥最善を尽くす事に、変わりはなかった。


「警報や監視などは揃ってるようなので、避難候補地の選定が第一かな。複数あるといいけど‥‥」
 言葉は、夢姫のもの。
 適当な日陰に車を止めて、傭兵達は作業にあたる前に現在の地図と、実際に目で見た印象を元に、避難に最適な施設を設定していた。
「学校、病院、役所、駅‥‥とかかなぁ」
 そう言うエイミー・H・メイヤー(gb5994)の言は正しい。現在復興作業が完遂されていないだけで、強度や構造を鑑みても避難場所としては最適だ。避難路の設定に際しても、空爆やパニックを想定して無理のない避難路を確立する必要があるから、彼女達は実際に車両を走らせながら、慎重にそれを設定していく。実務的な事はエイミーが詳細にプランを詰めていたし、それに際する大まかな指針も夢姫が触れていたから、現地のガイドの手を借りれば選定には然程時間はかからなかった。


 諸々の事前準備が終わると、傭兵達は住民達と接触を図った。説明の必要があったからだ。

 ただ、幸乃はそこには参加しなかった。
 ――大事なのは、ソフト面ですし。
 そういって、単身街へと向かった。手には、長年を連れ添うフルートが陽光を返していた。

 レイヤーの意向で住民達は幾つかのグループを設定したらしく、そのリーダーである五十名程が作業の手を止めて駅へと集った。
 彼らをみて、夢姫の胸に去来するのは極北のとある街。
 戦火に住む場所を追われ、流浪の果てに辿り着いたというかの地とテベサは、驚く程に似ていた。
 彼処は戦火に晒されたけれど‥‥それを乗り越えて、今も在り続けている。
 テベサも、絶望ではなく、希望と共に暮らして行ける場所に出来たら。
 それが、彼女の願いだった。
 だけど、その為には覚悟が必要だという事を彼女は知っていたから。
 ――嘘をつく事だけは、嫌だった。

「皆さん、聞いてください」
 そう言って、居並ぶ代表者達の注目を集めた所で告げた。アフリカで再度大規模な作戦が予定されつつある事。敵に動きがある事。
 ‥‥テベサが、戦場になる可能性がある事を。

 反応は様々だった。
 多くの者は、苦笑していた。またある者は、既に血気盛んな目をしている。
 そして‥‥少なく無い数が、遣る瀬ない感情を持て余すように、憎しみすら篭った目で悪い報せを運んだ夢姫を睨んだ。
 夢姫には、その視線に籠められた色の意味が解ったが‥‥物怖じする理由も、無い。
 それは、エイミーにしても同じ事で。毅然とした態度でそれを受け止め、言った。
「あたしは軍人じゃないし、軍事にも防衛にも詳しくない」
 でも、武器を取るまでは自分とて、普通の一般人だったから、と前置きし、続けた。
「だから、同じ視点で提案できると思うんだ。あたしは‥‥この地がまた戦火に飲まれるのは、悲しいよ。でも、悲しみに呑まるだけじゃ、いけないから」
 ――あたしは、あんた達をちゃんと守りたい。
 凛とした佇まいでそう告げる少女の姿は、美しかった。騎士を目指しているという彼女の言は、心に響くものがある。
「不安に思うのは当然です。私たちも、一緒に戦うから‥‥一緒に、運命と戦ってほしいです」
 最後に夢姫がそう告げると。

 声が、響いた。
 一人、また一人とその声に乗じ、閧の声となる。それは、鮮烈な、抗う事への意思表明。
 戦うのだと、告げていた。『今度』は、戦えるのだと。

 そこに籠められた熱を、彼らは忘れる事はないだろう。たとえ道半ばで倒れたとしても――彼らはそれを選んだのだから。


 陽兵は乾いていた。手にした野菜ジュースも最早温いのを通り越して、不快な熱を帯びている。
「あっちぃ‥‥歩くなんて、言わなきゃよか‥‥おわっ?!」
 徒歩で裏道まで確り歩くのは、時間がかかる道行きだった。漸くたどりついた彼が目にしたのは、急ピッチで動き始めた、人の山。
 この街の住民全てが労働力として機能するわけではないが、各リーダー達の尽力もあって膨大な数の人間が動いた。
 その際、中心となって動いたのはエクリプスとエイミーだ。グループで動く彼らに、避難時に備えた備蓄や老人達を含めた対応、地図作製などの準備を逐次行っている。
「数日分の非常食だけでもバッグにまとめておくといいと思います」
 そういって微笑し、落ち着いた様子で在庫管理や避難経路に関して教育していくエクリプスの雰囲気がどこか基地司令と重なる所があって、彼の指示下、住民達はよく動いた。並行し、エイミーと幸乃が避難先での段取りや必要な物資の準備を行うが、五千人全てを賄うだけの物資はすぐには集まらない。幸い、テベサは要塞に近い立地なため調達は不可能ではないが、申請の必要があった。
 現状では、千人分が良い所。それでも、しばらくは切り詰めた生活を送る必要がある事が明らかだった。だが、それでもいいと住民達は言ってくれていた。‥‥幸乃にはそれが、すこし哀しくもあったが。互いの絆を手に、それを乗り切ってくれればいい、と願わずには居られなかった。

 その中で、由はリッジウェイを操り、空爆や砲で崩れそうな建物の補修や撤去にあたっていた。時折、夢姫の指示に応じ、空爆に備えるシェルター作成の為のコンテナを地下に埋め込む作業も行う。今も、それ用の穴を用意し、住民達の手でコンテナが運び込まれている。

 掘る作業自体は実に短調なもので、彼女はつい物思いに耽ってしまった。遠くには、巨大な砲。
 ――擬人化しちゃうと‥‥すっごいよね。
 果たして、ナニがすっごいのか。彼女の中では、腐った妄想が渦巻いていた。対象はレイヤーと‥‥砲。長さが変わったり破壊力もあるとか。いい。すごく。
 どっちが『前』だろう。
 ああ、今回のオペレーター、ジルベルトも良かった。彼も混ぜて三人(?)で

「ぶえーっくしょい!」
 ラテン男のくしゃみが、遠くULT本部で響いた。

 割愛。

 他方、町の南側ではバリケードで防衛線を組みながら、セージが有志達に対して射撃訓練を行っていた。実際の防衛時も、彼らは前線で戦う事になる。キメラに多少なりとも有効なレベルの重火器となると扱いは慎重を要するが、その一つ一つを、丁寧に説明していく。付近では、アグレアーブルがSWにも対応出来るように深めの壁を設置する事を検討したり、KVの離着陸や遅滞戦術にも流用可能な建物の配置にも気を使い、防衛時の備えを組んでいた。

「‥‥俺も、いかなくちゃ」
 我に帰った陽兵は、慌てた様子で、合流していった。

 こうして、戦火に呑まれた際の備えが、着々と進められて行く。
 ‥‥テベサには今、確かな火が灯ろうとしていた。


「「ゴリッパサマー?」」
「そう‥‥ご立派様」
 由の提案に、軍人の声が重なる。
 ゴリッパ・サマー、だろうか。
 確かに、次の大規模は夏の作戦だ。眼前の少女は日本人のように見える。となると、ゴリッパとは、日本のジンクスの一つなのか。日本人の発音は、時に不思議なものになるし‥‥とレイヤーは黙考したが。
「まあ、愛称で呼ぶ分には構わないよ。正式な名前なんて、長ったるいだけだしね」

 ――こうして、テベサに鎮座する巨大砲は、ご立派様として生まれ変わる事となった。
 それを成した少女は去り際、腐腐腐と、妖しい笑みを浮かべていたが‥‥それに気付いたのは、それとなく女の目で警戒していた、メイ中尉だけであった。

(了)