●リプレイ本文
●まず、新婦さんを止めろ?
依頼を受けてくれた能力者たちを出迎えたのは、依頼主の天満橋タケルと、結婚式で主役となるふたりだった。
タケルはいつもの調子でメンバーに製粉所の若社長・杉森と、能力者で新婦のあずさを紹介する。
「まー、今回はみんなにお願いしとる‥‥んや。あんまり周囲の状況は気にせんと。全部お任せなんやし‥‥」
いつもは明るい依頼人だが、この時ばかりは歯切れが悪い。同様に、新郎の素振りもどこか落ち着かない。
原因は、あずさの服装だ。しっかりと防具を装着し、SES搭載の刀を背負い、まるで依頼を受けた者のよう。
放っておくと戦闘に参加しそうなので、ガナドゥール(
gc1152)とガーネット=クロウ(
gb1717)が制止した。
「新婦の貴方が行ってはなりません。貴方はこれから幸せになる御身、血に濡れてはいけません」
「普段でしたら肩を並べて戦うのも構いませんが、今回は依頼ですから。危険は私たちが引き受けます」
良識ある説得に、タケルと新郎も大いに頷く。すると、あずさはしぶしぶ作戦から外れる旨を伝えた。
「仕方ないわね。自分でお義母さんを見返すつもりだったけど、ここはみんなに任せるよ」
口ではそう言うが、彼女の目はまだ教会に向いている。同じく御闇(
gc0840)も、双眼鏡で様子を伺っていた。
「中で盛大に暴れてるってわけじゃなさそうですね。鳴き声はすっごいけど‥‥」
人間の会話までも妨害したいのか、とにかくギャーギャーと鳴き続けるカラス型のキメラたち。
その姿は黒と白‥‥ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は「新郎と新婦を気取ったつもりだろうか」と呟いた。
そんな敵の妨害を無視するかのように、作戦の準備が始まった。
ホアキンはタケルを通じて、教会の見取り図を用意してもらう。タケルはすでに用意しており、それを広げた。
それを見ると、この教会は古い上に手狭で、あまり飾りっ気がないらしい。
神聖な儀式を行う祭壇にステンドグラスに、空から光を得るための窓ガラス。そして、調度品が数点あるだけ。
入口の扉は木製だが、こちらはキメラの侵入時に傷ついたので、すでに新しいものを注文してあるそうだ。
「双眼鏡で確認した限りでは、その辺の被害はないですね。こっちで光り物を見せれば、すんなり出てくるかも」
御闇はそう言いながら、大量のサングラスを取り出した。上杉・浩一(
ga8766)は、思わずそれを覗き込む。
「ふぁあ‥‥あ、なるほど。これを外に撒いておびき出すんですね。じゃ、俺のシグナルミラーで光らせますね」
さらにホアキンが、スブロフの瓶を割って使用すると申し出た。キメラの誘導は、これで話がまとまる。
その後は展開次第だが、ホアキンと浩一は中から調度品を運び出して、教会内の安全を確保することとなった。
もしかすると巣のようなものを作っているかもしれないので、それもついでに出してしまう手はずである。
巣を気にするのにも、理由がある。カラス型のキメラだけに、そこに調度品を蓄えている可能性があるからだ。
無事だったはずの調度品が壊されるのはよくない‥‥最善を尽くすため、さまざまな可能性を導き出す。
この間、あずさが作戦会議に混ざろうとしたため、ガナドゥールが微笑みながら「いけません」と制止する。
「ホンマあかんで! そら、お義母さんがナンボ厄介かしらんけど、ここは前に出たらあかんよ!」
タケルが図星を突いたからか、あずさは何も言わずに引き下がった。御闇は思わず、大きな声を出して笑う。
「ははは! ま、もうしばらくの辛抱だって! じゃ、さっそく準備を始めましょうか!」
この言葉を合図に、2匹のキメラを倒す作戦が動き出した。
●黒と白は、不吉な予感
ホアキンはスブロフの中身をタケルに預け、空になった瓶を割る。それを他の光り物と混ぜ、入口近くに撒く。
シグナルミラーは教会の扉の真正面に位置する場所に置き、ご在宅中のキメラが気づきやすいように工夫した。
まずはこれでおびき出せるかどうかを試し、出てこないようなら教会の中で戦うことになる。
調度品の場所などは把握済みなので、飛び道具を持つメンバーは緊急の時以外は使わないよう、肝に銘じた。
「よし、陽動は任せた。派手にやってくれ」
「今日はいい天気だから、爪を存分に使って挑発しましょう」
ホアキンの声かけに、ガーネットが応える。エーデルワイスに一工夫を加えて、キメラをおびき出すようだ。
全員が扉の前に陣取り、武具の準備を行う。そして一呼吸置いて、浩一と御闇がゆっくりと静かに扉を開けた。
その瞬間、キメラの鳴き声が止む。開いた扉の先を見ているのだろう。そこには光り物が散らばっている。
2匹の興味を引くには十分すぎたが、ガーネットはついでとばかりに爪を使って黒いカラスに光を浴びせた!
「ギ、ギギィーーー!」
「確かにカラスですね。私の名の綴りはRではなくLですので、別物ですが‥‥フフ、少し腹が立ちますね」
「そっちも今は白いかもしれねぇが、そんなことしてるから真っ黒に染まっちまうんだろうが! おバカ!」
ガーネットと御闇はしっかり挑発すると、さっさと扉を離れた。2匹は我先にと扉を抜けて敵を追う。
キメラは完全に能力者の術中にハマった。ガナドゥールは陽動組の援護を、ホアキンと浩一は教会に突入する。
浩一は周囲を見渡し、巣のありかを確認。頭上も丁寧に見るが、それらしきものは見当たらない。
その代わりに、いくつかの燭台がまとまって祭壇の近くに転がっていた。どうやらここが2匹の寝所らしい。
「ずいぶんと寝心地がよかったんだろうな、ここは。なんともうらやましいじゃないか」
「調度品は俺が運ぶ。上杉は祭壇の上にある机を壁に寄せてほしい。終わったら扉を閉めて、キメラ退治だ」
ホアキンが素早く行動するのを見て、浩一は「了解」と答え、予定どおり破壊を防ぐ作業に取り掛かった。
不意打ちを食らうといけないので、ふたりは盾を使いながら作業する。もちろん外の戦況にも気を配った。
自分たちの大好物があるわ、不意に挑発されるわで忙しいキメラは、教会の外で混乱気味に暴れ散らかす。
白いカラスは御闇に鋭いくちばしで何度も攻撃を仕掛けるが、非常に特徴的な動きをして彼を驚かせた。
「おわおわ! 眼鏡とか腕時計とか、光るとこ狙ってくるぞ!」
御闇は回避や防御に専念したが、すべてを避け切れず一撃を腕にもらってしまう。
続けて黒い方が翼をばたつかせてガーネットに羽根を飛ばすが、これは華麗な身のこなしできれいに避けた。
そのままガーネットは御闇に熱中している白いカラスに向かい、エーデルワイスを赤く染めんと切りかかる。
その表情が物語るかのごとく冷静な攻撃は、見事に敵を穿つ。白いカラスに鮮血が滴り、悲鳴が木霊した。
「自分を裂いた爪までは欲しがらないのでしょうね‥‥」
彼女の挑発は、まだ続いていたのか。傷つけられた敵は怒りの色を宿した瞳を向けるが、今度は御闇が反撃。
シールドから雲隠に持ち替えて、負けじと突きを繰り出す。これが翼を的確に捉えた。白い体が血に染まる。
「集中力がないぜ、やっぱおバカらしいな!」
「御闇さんの治癒は、私にお任せください」
ガナドゥールは練成治癒を発揮し、御闇のダメージを全快させる。どうやら陽動組の息はバッチリのようだ。
その牙城を崩したいキメラたちは、必死になって攻撃を繰り出す。ここにきて連携した動きも見せた。
白いカラスがガーネットたちから離れ、入れ違いで黒いカラスが飛来。同じくくちばしでふたりを攻撃する。
攻撃回数が分散したが、攻撃の鋭さはまったく衰えない。御闇は避け切ったが、ガーネットが一撃を受けた。
さらに逃げただけと思われた白い方も、不意打ち気味にガナドゥールへ羽根を飛ばし、これを命中させる。
「うっ‥‥!」
「ま、まさかの射撃‥‥! お、おい! 大丈夫か!」
「事を成すのに、困難は当然。この痛みも必然です‥‥これを耐えずして、何ができましょう」
腕に邪悪な羽根が刺さるも、牧師はぐっと痛みを堪えて気丈に振る舞った。それを見た御闇は長い息を吐く。
彼は敵を攻撃する直前、不意にガーネットを見た。自分や仲間が傷を負っても、冷静さを失ってはいない。
その表情から何かを悟ったか、御闇は新たなる敵に迷いなく突きを仕掛ける。すべての攻撃が敵の体に命中。
怯んだところを狙い、ガーネットが疾風脚を駆使して素早く攻撃。爪で切り裂くたび、カラスの悲鳴を響く。
「一文字違いで大違い‥‥というわけですね」
ガーネットの呟きが終わる頃、自然と傷が癒えていく‥‥ガナドゥールが、再び練成治癒を行ったようだ。
戦闘は有利に進んでいる。ホアキンと浩一が加われば、もはや負ける要素はない。3人は戦闘に集中した。
●決着は熱く、クールに!
ホアキンは手早く教会の中にある調度品の搬出を終えると、浩一の作業を手伝った。
これでカラスが戻ってきても、被害を最小限に食い止めることができる。浩一は作業の出来を見て頷いた。
「よし。これでひとまず、人間に気持ちのいい空間になった」
「あとはキメラ退治か。みんなを待たせている。急ぐぞ」
ふたりが揃って外に出て、扉を閉めようとした瞬間を狙い、白いカラスが容赦なく羽根を飛ばしてきた。
いくら扉の替えがあるとはいえ、ここを傷つけるわけにはいかない。ホアキンと浩一は攻撃を受け止めた。
ホアキンは攻撃を無効化したが、浩一は衝撃でわずかなダメージを負う。ここで浩一が気合を入れた!
「白いの‥‥お前の相手は俺だ。覚悟するんだな」
浩一は活性化でダメージを回復させ、ソニックブームと流し斬りで宙を舞う白いカラスを落とさんとする。
本来の刀の射程外、しかも側面を突いた一撃に、敵はなす術なく叩き落された。キメラは地面でもがく。
そこにホアキンが接近し、容赦なく紅炎を突き立てた。この一撃で白いカラスは断末魔の叫びを奏でる。
「残すは、黒いカラスか‥‥」
彼はそう言いながら、武器を雷光鞭に持ち替え、中距離からの援護に備えた。
白い相棒を失い、黒いカラスの興奮は最高潮に達する。くちばしによる攻撃は熾烈を極めた。
ところが冷静な動きを心がけるガーネットと御闇に、その攻撃が命中することはない。
「ここだ! ガーネット、行くぜ!」
御闇は雲隠を構え、縦に切り裂かんと全力で斬りつける!
それに合わせてガーネットが渾身の力を込め、エーデルワイスで横に向けて攻撃した。
最後はホアキンが雷光鞭をスタイリッシュな立ち姿で巧みに操り、強烈な一撃をお見舞いする!
「ガカ、カコケェェェェーーーーーッ!」
手を焼かされたものの、無事に黒いカラスも倒し、この騒動に一応の決着をつけることに成功した。
それを見届けたガナドゥールが自分の傷を練成治療で癒した後、2匹を視界に収めて、静かに語る。
「キメラのつがい‥‥だったのでしょうか。せめて、安らかに眠ってください」
牧師は胸の前で十字を切って、その冥福を祈った。その祈りは同時に、ふたりの幸福を祈るものでもある。
●安らぎのひととき
キメラを撃退した能力者たちは、みんなで協力して教会の掃除に取り掛かる。
装飾品の設置や紛失物のリストアップ、そしてカラスがご在宅の間に汚れた床などの掃除をこなした。
タケルは小腹の空いた能力者のためにお好み焼きを作り、あずさは新郎とともに雑巾を持って掃除に参加。
一足お先に共同作業をする姿を見たからか、御闇がやけにニヤニヤしていた。
「キミはずいぶん楽しそうじゃないか。私が献身的に動いているのが、そんなに面白いのか?」
「たまーに旦那さんを気遣って声をかける様が、普段の喋り方とギャップがあって‥‥ね」
それを聞いたあずさは、顔を真っ赤にして「次に会った時は覚えてろ!」と意味のない脅しを口にした。
御闇は『そんなあなたが面白い』と言わんばかりに「はいはい、わかりましたよ」と笑いながら答える。
自分たちで行える作業を終えると、あずさと新郎、そしてタケルは能力者たちにお礼を述べた。
仕事を終えて安心したからか、浩一は教会の長椅子でごろんと横になり、今ではすっかり寝こけている。
ホアキンは「さぞ寝心地がいいことだろう」と微笑む。確かに、なかなか居眠りできる場所ではない。
そんな中、ガナドゥールが「自分の報酬を返したい」と申し出たが、そこはあずさが丁重にお断りした。
そんなこともあろうかとばかりに、牧師はささやかな金額の入った封筒を差し出す。結婚祝いのようだ。
それを見たタケルは「あのお説教で十分やと思うけどなぁ〜」と笑いながら、横目であずさの顔を見た。
「の、能力者が戦わないのは‥‥そ、そう。こ、粉のない屋台と一緒なんだっ!」
「粉がない時は、ソースの研究でもするわ。そういうことやね、牧師さん?」
「タケルさんのおっしゃる通りです。戦うだけが我々の仕事ではありません」
言葉を喋らせたら、牧師と関西人にはかなわない。あずさはこのふたりの前ではぐうの音も出なかった。
あずさは当日に使うはずのブーケを、ガーネットに手渡した。
「女の子がひとりだったから、悩まずに済んだ。もらってほしいんだ。いつか幸せになってほしいから」
ひとりの女性として何か思うところがあるのか、あずさは何のためらいもなくそれを差し出す。
するとガーネットは小さくお辞儀をするとそれを手にし、感謝の言葉を口にした。
「ありがとうございます。花は、嫌いじゃありません。大事にいたします」
御闇とタケルは、ここぞとばかりに盛大にズッコケた。ふたりとも「いやいやいやいや」と輪唱する。
しかしあずさだけは何も言わず、穏やかな笑みを浮かべながら、静かに彼女の赤い髪をやさしく撫でた。
女同士だからこそ、わかることもある。ホアキンはそう思いながら、南国の青空にふたりの幸せを祈った。