タイトル:空に響く歌マスター:村井朋靖

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/02/01 13:37

●オープニング本文



 長きに渡って繰り広げられたバグアとの戦いに勝利した人類。しかし昨年中は事後処理に追われ、その実感を味わう者は非常に少ない。
 しかし、クリスマスからお正月にかけて、例年になくのんびりした時間を過ごした人々は、平和な時間を実感していた。たまに野良キメラが出現したりするが、それもご愛嬌。今にそんな報も聞かなくなるだろうが、人々が平穏な世界に慣れるには、まだ時間がかかりそうだ。

 そんな折、ラストホープにひとりの男がやってくる。彼は民間人のミュージシャンで、戦時中から今まで音楽一筋で生きてきた。
 2013年の初仕事は、「ラストホープから発信する希望の歌」の制作である。男は作詞を担当。最前線で戦い抜いた能力者に印象深いフレーズをもらい、それを元に歌詞を紡ぐ。それを作曲や歌唱を担当する仲間が受け取り、ひとつの曲として完成させるのだ。
 何はともあれ、まずはフレーズ探し。男はひとりでラストホープを練り歩くが、どこに能力者が集まるのかさえわからず、思った以上に作業がはかどらない。
「これが観光ならいいが、今回はそういうわけじゃないからな‥‥」
 フレーズ探しに時間を食うと、その後の作業に支障をきたす。男は焦る気持ちを抑えるかのように、路上のベンチでホットの缶コーヒーを飲む。不意に出るため息が空に向けて上がるのが、せめてもの救いだ。今の気持ちを代弁するかのように下がりでもしたら、それこそ途方に暮れてしまう。男のモチベーションは下がりつつあった。

 すると隣に、割烹着姿の青年が座った。彼は周囲を気にせず大きく伸びをし、落ち込む男に遠慮せず大きな声で喋る。
「ふ〜っ、久々のラストホープやな! 今度の滞在でも、ガッポリ稼ぐで〜!」
 その青年は、見たところ商売人らしい。ベンチの近くに「世界こなもん屋台チェーン」と書かれた屋台が鎮座しているが、こんなご時勢にこれを引いて商売していたのか。男からすれば、この青年はロックのような信念を持っているように思えた。
 それはさておき、彼はラストホープの事情に詳しそうだ。男は躊躇することなくすぐに声をかけ、事情を包み隠さず話す。
「‥‥と、いうことなんです。能力者さんのいそうなところを巡りたいんですが、案内していただけませんか?」
「なるほどな〜、フレーズ探しか‥‥ええよ、付き合うで!」
 その青年、天満橋・タケル(gz0331)は胸を叩き、「任しといてや!」と声を張る。
「でも、フレーズってどうやって探すん? みんなに聞いて回るんかな?」
「それがベストですけど、デートとかなさってる方には声をかけづらいんで、そういう時は雰囲気からフレーズを感じ取ることにしてます」
「へぇ〜、その辺は俺らと一緒やね。お客さん同士で盛り上がっとる時は、余計なこと言わんと黙ってるしなー」
 タケルは「うんうん」と頷く。
「せやったら、善は急げや。能力者さんのいそうなとこ、いろいろと巡ってみよか!」
 男は「お願いします」と頭を下げ、バッグからメモ帳とペンを取り出した。はたして、希望の歌は完成するのか。

●参加者一覧

/ 秋月 祐介(ga6378) / 赤崎羽矢子(gb2140) / リヴァル・クロウ(gb2337) / ミリハナク(gc4008) / ヘイル(gc4085) / セラ・ヘイムダル(gc6766) / 村雨 紫狼(gc7632

●リプレイ本文

●昼下がりの格納庫
 割烹着に許可証をぶら下げた天満橋・タケル(gz0331)は、ミュージシャンの男とともにKVのハンガーにやってきた。さすがに屋台を引くのは禁止されたので、今はとても身軽。軽快な足取りで、男を案内する。
「実は俺も、こーゆーとこあんまり入ったことないんやわ〜」
 とはいえ、周囲は慌しい。ロシアで燻っている火種は、また世界を包むやもしれない。整備員は今も懸命の作業を続けていた。
「もしかしたら、俺たちが思い描く平和ってのは、まだ遠いのかもしれないですね」
 男がポツリと呟き、シュテルンの前で立ち止まった。そこには所有者であり、操縦者の赤崎羽矢子(gb2140)が珍客を迎える。
「あら、最近見学の人が増えてるわね。これってやっぱり、世の中が平和になった証拠かな?」
「いやいや、みんな忙しそうにしとるし、まだまだちゃう?」
 それを聞いた羽矢子は「バグアの火種はまだ残ってるしね」と笑って見せた。そんな彼女は、ロシアへの出撃に備えて機体の装備を点検中だという。ただ、装備の選択に煮詰まっており、気晴らしで見学者に声をかけたというわけだ。
「せやったら、いっちょ希望の歌にふさわしいフレーズをいただけたらと思って!」
 ミュージシャンのお困り事をタケルが説明すると、羽矢子は「なるほどね」と頷き、快く協力を申し出た。
「もう少ししたら、兵器としてのKVや、SES装備は必要なくなる時が来ると思う。その時に、このシュテルンで、思いきり自由に飛び回ってみたい。バグアから邪魔されることもなくなるわけだし」
 男は「なるほど、空ですか」とメモを取りながら、不意に天井を見上げる。わずかに見える青空が、少し眩しい。
「あと、ここは人類最後の島なんだけど、そろそろ「最後」っていうのは改めていいんじゃないかなって思うの」
「言われてみれば、そうやね。これからは前途洋々たる未来があるわけやし!」
「だから、曲のタイトルも「NEW HOPE for the WORLD」なんてどうかな。世界に届ける新しい希望。地球だけじゃなく、宇宙にも届くような歌にしなきゃね?」
 大空を、そして宇宙を舞台に戦ってきた羽矢子の言葉は重い。ミュージシャンも必死にメモを取り、歌詞の案を余すことなく書き記した。

 今度は奥へと進むと、ヘイル(gc4085)が鼻歌を歌いながら、端末で機体チェックをしていた。いつものように黒ずくめだが、動きは軽い。
「おっ、歌ってはるで。これはチャンスちゃう?!」
 ひとりで盛り上がるタケルに気づき、ヘイルは「これは失礼」と言いながら振り向く。
「いえいえ、お邪魔しているのは俺ですから。ところで今、何かを口ずさんでいたようですが、それはどちらで‥‥」
「この歌か? 『コレ』に関係した依頼の中で覚えたものでな。『虹の女神』という」
 試作型アンサーシステムを撫でながら、ヘイルは答えた。
「祈りと憧憬、託された希望と夢。そして幸せを願う。そんな歌だ」
「それそれ! そういうの待ってたんや! ちょっと聞かせてもらえると、このミュージシャンさんが助かるんやけど!」
 俄然盛り上がるタケルに対し、ヘイルは「俺のアレンジでよければ」と、作業をしながら歌い出した。


  雲は高く 夢は遥か

  希望は胸(ここ)に 願いをのせて

  貴方はどこまでも飛ぶのでしょう

  見上げた空に 軌跡を追って

  全ての音がいつか 消え失せた静寂の中でも

  私達は震えながら この歌を唄います

  私は全てを愛している

  貴方の飛ぶ空の向こうに 未知の結末を見る

  全ての祈りを抱きしめたい いいえお願い 抱きしめさせて

  私が皆を抱きしめる だからお願い 遠慮はしないで

  自由な空と 自由な世界で

  永遠の貴方に願う どうか遥かな高みへと導いて

  全ての想いに 巡りくる祝福を

  届かなかった祈りも 喪われた願いも

  新しい世界へ 忘れる事無く 語りましょう


「‥‥と、耳汚し失礼」
 これを聞いたふたりは、静かに拍手を捧げる。その後、歌詞を書き留めるミュージシャンから「まだ戦いでお忙しいのですか?」と、おおよそ曲と関係のない質問をした。
「ああ、まだ戦いは続いているし、復興も目処が立った訳でもなし。俺もいちおう未来への展望はあるが‥‥諸々を放ってはおけないのでな。でも、いつか俺たちを必要としなくなる世界が来ればいい。そう思う」
「そうなったら、今度は歌手デビューやな!」
 タケルの言葉を聞き、思わず「カラオケ喫茶」という単語が脳裏をよぎるも、ヘイルはすぐに首を横に振った。これはあまりにムーディー、というかアダルティーすぎる。
「曲作りの参考になったのなら幸いだ。縁があればまた、いずれ何処かで」
「はい。あなたの気持ちを歌詞に乗せます」
 最後は言葉もなく、ただじっくりと握手をし、3人は別れた。

●笑顔の淑女
 太陽も西に傾きかけてきた頃、タケルたちは見学を終えてラストホープの街中へと繰り出した。
「これが普通‥‥なんかな? 正直、平和ってよーわからんわ」
 隣を歩く男も「俺だってイマイチわかってませんよ」と苦笑いを浮かべる。
「せやけど、平和をイメージして歌詞を書くんやろ? すごいわー! 俺なんて、材料から食いもんしか作れんし」
「あらあら、私は形あるものを壊すことしかできませんのよ?」
 甘美で妖艶な声が聞こえた。男ふたりは正直に振り向く。するとそこには、美貌までも備えたミリハナク(gc4008)が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「おっと、傭兵さんや〜ん! あ、あの。俺ら、別に悪いことしてないで!」
「そんなに怯えなくてもいいですわ。変なのが変なことしてると聞いたので、こちらからアプローチしたまでですし」
 男は「そりゃ歌詞に使うフレーズを聞いて回ってりゃ、そうなりますよね」と二度目の苦笑い。さらにタケルは「ま、屋台引いてりゃ、そうなるわ‥‥」と男に詫びた。
「冗談はさておき。あなたたちの暇つぶしに協力しますわね」
「そりゃありがたいわ! ささ、座って座って!」
 屋台にしまってあった椅子を出し、麗しき女性を座らせ、これまでの戦いについて聞く。
 しかし彼女の口からは「友情・努力・勝利」といった熱血要素は一切なし。守り切れずに嘆くこともあり、負けてボロボロにもなり‥‥知恵のある相手との戦いは、とにかく骨が折れたとのこと。
「そして最後はバグアのラスボスのつまらない性格と、どうしようもない小物臭に完全にやる気をなくしたり‥‥そんな絶望ばかりの戦争でしたわ」
 さすがに深い話なので、ふたりは腕を組んで「うーん」と聞き入っていたが、タケルが不意にあることを思い出し、ツッコミを入れる。
「あー、あのー、すごく言いにくいんやけど‥‥ここからは絶望じゃなくて、希望の話にしてもらえる?」
「‥‥あら? そんなに絶望の話ばかりしたかしら?」
 ミリハナクは平然と言ってのけるが、もしかしたらこれが傭兵と一般人の決定的な違いなのかもしれない。
「あー、フレーズね、フレーズ。「笑い続けて前に進む」ってどうかしら?」
「不屈とかのない世界だと、なんだかリアルに聞こえますね」
 ミュージシャンがそう漏らすと、彼女も深く頷いた。
「どんな時にも笑顔でいることが、希望に繋がったんだと思いますわ。たとえそれが本心から戦争を楽しむ笑顔だったり、周りを安心させる為だけの仮面のような作り笑いでもね」
「カラ元気も、元気ってこと?」
 勘違い上等でタケルが言うと、ミリハナクは「当たってるわよ」と答えた。
「ふふふ、私の笑顔は素敵でしょ? 貴方にはどんな種類の笑顔に見えるかしら?」
 ふたりは「自信満々」と声を揃える。
「じゃ、そういう使われ方をするのかしらね。楽しみだわ」
 彼女は今一度、とびっきりの笑顔をして見せた。

●カップルの時間
 ミリハナクと別れた後、商店街に程近い公園でしばしの休憩。男は缶コーヒーを片手に、ここまでのメモを読みふける。
「タケルさんのおかげで、インスピレーションが沸きますよ」
「それは能力者さんのおかげやで。俺とちゃうよ」
 タケルは商売の仕込みをしていると、少し離れたところから、若い男女の声がした。女性はセラ・ヘイムダル(gc6766)で、男性のリヴァル・クロウ(gb2337)の腕をぐいぐいと引っ張っている。
「お兄様、あれが噂の音楽家さんです♪」
「セラ、そんなに急がなくても屋台は急に逃げない‥‥ととと、危ない!」
 リヴァルが無理やり歩幅を合わせようとした瞬間、セラがうまく重心をずらし、押し倒すかのように転ぶ。ここまで来ると、もはや職人芸。倒れこんできたセラを守ろうと、不意に手を出すリヴァルだが、まるで引力のように手が引き寄せられ、やっぱりしっかり胸をキャッチ。これはもう、伝統芸としか言いようがない。
「最近の女の子は、積極的ですなぁ‥‥」
「春やねぇ‥‥春」
 その一部始終を見るだけでなく、少女の行動を完全に見切った男ふたりの会話は、実に淡々としたものだった。

 セラがジュースを買いに行っている間、リヴァルが男の取材に応じた。
「俺はユダとの決着がついたあの日から、LAST HOPEという名で呼ばれ、英雄のように扱われることがある。まるで言い伝えに出てくる勇者のように」
「せやけど、それはホンマの話やん!」
「でも、実のところは何のことはない。ただの凡人だ。特技も取り柄もない。普通の学生だった」
 学生だったことを過去とする部分に、戦いの過酷さが滲み出ている。ミュージシャンの男はそう感じた。
「じゃあ英雄の正体って、いわば「平凡な力の結集」ということですか?」
「そう。超科学的な答えを求めていたのなら、謝る」
 リヴァルは少し笑うと、言葉を続けた。
「悲しみや絶望があり、そこから祈りを紡ぎ、最後は生きることを諦めない祈りが、俺や仲間たちを突き動かした。誰もが持っている「すぐそこにある勇気」が、そうさせただけだ。伸ばした手の先が闇に埋もれていても、その先にある太陽のような希望の光を必ず掴める」
 別に青年は、言葉に力を込めて話していない。どちらかといえば、淡々と話を進めている。それでも男のみならず、タケルも言葉が発する力を感じずにはいられなかった。
「復興とかって、どっちかって言うと俺らががんばらなアカン気もするね。そう言われると!」
「青空の下に立って、未来を見つめてるのは‥‥能力者だけじゃないから」
 リヴァルはそう言うと、戻ってきたセラからジュースのカップを受け取り、インタビューの交代を頼んだ。
「今度は麗しの小悪魔ちゃんやね」
「セラ、難しいことわかんないです〜♪」
 完全な猫かぶりに、さすがのタケルも「なかなかのもんやな」と舌を巻いた。
「セラは、この戦いで家族を亡くしました‥‥」
「そういう方は、能力者の方でも大勢いると聞いてます」
 男は言葉を選びながら話そうとするが、少女はそれを制し、力強く訴えるかのように喋る。
「だからセラは、みんなの分まで生きようと決めたのです。私が生きて何かを残せれば、それは亡くなった方々が今まで生きてきた証にもなると思うので‥‥ぽっ」
 その言葉は、まるでセラの純粋さを写すかのような言葉であった。男はその辺をメモしていく。
 しかし最後に何を照れたのかとタケルは訝しむが、実は遠くに行ったお兄様に決意じみた言葉を聞かせるつもりだったことまでは考えが及ばなかった。このかわいい小悪魔、只者ではない。

●夕暮れ前の来客
 「腹が減っては戦はできぬ」と、本格的な夜の到来を前に、ふたりは腹ごしらえすることにした。
 そこにやってきたのは、とても特徴的なTシャツを着た村雨 紫狼(gc7632)である。彼は肉玉ネギ大盛りのお好み焼き、ソースだくマヨ多めを指定。タケルも「わかったで!」と答える。
「話は聞いてるぜ。まぁ、目立つコンビだしな、おたくら」
 もはやラストホープの指名手配犯と言われてもおかしくない知名度を誇っているらしい。男は「それはそれでありがたい」と開き直った。
「でまぁ、俺のアイデアなんだが‥‥やっぱさぁ、ただ前向きな歌詞だけ並べて「みんな希望に満ちましょう!」ってのはダメだな。あんま説教臭くなるのもいけねーけどさ」
「そしたら、ええフレーズ持ってきてくれたんやろーね?」
 香ばしい匂いを漂わせる鉄板の上で、タケルは器用にへらを使い、お好み焼きをひっくり返す。
「俺がこの希望の歌に望むフレーズ、それは『受け継ぐ』って言葉だ」
 好青年が真顔で言い放ったかと思えば、彼はすぐに「いや、ホントは『平和でハッピー! 希望でウレピー!』というのにしようと思ってた」と告白。当初はどうやら、ノリとテンポだけを重視していたらしい。
「ま、それでもよかったんかも知れんけどね〜。なんたって、目の前の御仁はミュージシャンやからね!」
 音楽一本で食ってきた自負もあり、男は「そうですね」と答える。しかしこの場は、「受け継ぐという言葉、いいですね」とうまく難題を回避した。
「平和も希望も、掴み取るより維持する方が遥かに難しい。それに、100年経ったら‥‥俺もアンタも、このバグアとの戦争を生き抜いた人間は誰もいない。だから残された人がこの歌を聴くことで、平和への意思を、希望を捨てずに立ち向かう覚悟を受け継いでほしいんだ」
「兄ちゃん、ハッピーウレピーからよーそこにたどり着いたね‥‥」
 茶化すつもりはなかったが、タケルはつい本音を漏らす。紫狼がジト目で睨んだので、店主は慌てて「あ! こっ、これ俺のオゴリな!」とすかさずフォロー。紫狼も「わかればよろしい!」と出来立てのお好み焼きをがっついた。
「うお、アツアツ‥‥想いを、魂を未来に受け継ぐ。バグアにはない、俺たち人間の素晴らしさだぜ!」
 こんなに明るく振舞う青年だが、彼にも幾多の困難があり、最後に青空を掴んだのだろう。ミュージシャンの男は控えめに食べつつ、紫狼を見ながら、そんなことを考えていた。

●希望の価値
 そして、ラストホープに夜が来る。
 質素な店舗に、ひとりの能力者が静かに日本酒を飲んでいた。ここは焼き鳥屋。客の名は秋月 祐介(ga6378)。幾多の戦いを経験したが、終戦後も現状に懐疑的な眼差しを向ける現実主義者である。いかにして戦後を平穏に凌ぐか。それが今の課題だ。
 そんな講義を受けようと、例のふたりが暖簾をくぐる。
「お、やっぱり能力者さん、いなはったね。おらんかったら、路頭に迷うところやったわ〜」
「や、噂の音楽家ですか。役に立つかの保証はしませんが、お話ぐらいなら付き合いますよ。ま、一杯いかがですか?」
 お互いに成人であることを確認し、最初の一杯を飲み干す。タケルも閉店モードに突入だ。
「いろいろと聞いて回ったけど、希望ってのも取り方次第やね‥‥人それぞれやわ」
「希望、ですか。概念から言えば、「好ましい事物の実現を望むこと。または、その望み」。もしくは「将来に対する期待。また、明るい見通し」。こういうことですかね‥‥」
 それを聞いた男が、ふと眉をひそめる。心のどこかに何かが引っかかったのか、しきりに首を傾げる。
「個人的に言わせてもらえば、希望に意味なんてないと思いますね」
 タケルは「希望があって行動するんちゃうの?」と思ったことを口にするが、祐介は「そこですよ」とすかさず指摘する。
「その「行動する」という意志があって、はじめて結果に繋がるんです。「〜したい」なんて希望だけでは、何も起こりませんでしたよ」
 ミュージシャンの引っかかりは、まさにそこである。祐介から概念を聞かされた時、「あまりに受身過ぎる」と感じるも、なぜか言葉にならなかった。
「たとえ作った曲も、誰かを動かせなければ意味を成さない‥‥」
「ただ、何の裏付けもなく希望を語るだけなら、それはただ希望を騙るだけになるのでしょうな」
 祐介はカップに残った酒を飲み干すと、「ま、あなたたちは違います」と言い切った。
「何を求め、何を賭けるのか。それを考えると、戦ってきた自分とフレーズを探すあなたは同じ立場の人間です。思うだけ、願うだけ、それじゃ何も変わらない」
 男が慌ててメモ帳を出し、それを書き取る。タケルも負けじと真似するが、すでに酔っているのか、串で皿に書いているだけ。祐介は黙って手の甲でタケルの腕を叩く。これが伝統的な「なんでやねん」のポーズだ。
「希望は無償で与えられるべきものじゃない。言葉の概念がそれを許しても、この世界はそれを許さない。それが現実です」
 その後も、祐介との酒席は続いた。ただ、その後は談笑に終始。タケルは祐介を「ツッコミができる!」と目をつけられ、事あるごとにツッコまされた。

 祐介と別れた深夜、タケルは男と別れることになった。
「これは俺の精一杯やったけど、大丈夫?」
「いえいえ、大丈夫です。紡いでみせますよ、必ず」
「歌詞ができたら、俺にも聞かせてや! これ、連絡先。忘れたらアカンで!」
 男は「忘れませんよ」と微笑み、「本当にありがとうございました」と礼を述べ、その場を去った。

●NEW HOPE for the WORLD

 あれから数日後。タケルの元へ手紙が届いた。あのミュージシャンからだ。
 1枚目の便箋には丁寧なお礼が記されており、2枚目からが歌詞である。タケルは青空が見える場所まで屋台を引き、そこで歌詞を読んだ。


「NEW HOPE for the WORLD」


  雲は高く 夢は遥か
  希望は胸(ここ)に 願いをのせて

  自由な空 自由な世界
  笑っていこう この青い地球(ほし)

  受け継いでた 強い力
  心の中そっと 魂で照らせ

  何を求め 何を賭ける
  現実(いま)を作り変えて 真実(あす)へ歩き出せ

  Catch the Sky 掴んだ空へ 羽を伸ばし
  誰もが持ってる すぐそこにある勇気
  絶望の暗い雲に覆われても
  夢を持って飛ぶよ 希望の青空へ

  NEW HOPE for the WORLD 永遠に


 タケルは思わず、届かぬ青空に手を伸ばす。
「こうすることに、意味があるんやってこと‥‥ちゃうん?」
 この空の下にいる音楽家に向けて、素直な感想を放った。風に乗せて。