●リプレイ本文
●見える伏兵、見えざる伏兵
敵の一団を待ち受けるべく、まずは罠の設置を開始。スコップなどを使って進路のあちこちに穴を掘り、そこに灯油や溶剤の入った燃料タンクを埋める。
これは鼻が利くキメラたちに、伏兵の位置を特定させないためだ。時枝・悠(
ga8810)や翡焔・東雲(
gb2615)はせっせと穴を掘り、設置が終わると栓を開ける。周囲にあの独特の匂いが広がった。
「うまく掛かるかどうか‥‥まぁ、リスクは少ないですし、気楽に行きましょう」
作業を終えた宗太郎=シルエイト(
ga4261)は愛用の槍を用意し、天宮(
gb4665)や海原環(
gc3865)とともに左翼前方へ。同じく、悠も月城 紗夜(
gb6417)とともに右翼前方に潜む。正面はあまり出過ぎずに全体を足止めし、その隙に両翼が挟撃して指揮官を狙う作戦である。周太郎(
gb5584)と龍鱗(
gb5585)が持つ閃光手榴弾が炸裂したその時が、奇襲の合図だ。
その正面には赤くペイントされたジーザリオ、通称「レッドサイクロン号」が停まっている。その運転席には、白衣姿で震えているニコラス・福山(
gc4423)がいた。今日は非常に寒いのだが、それでも白衣の上から何か羽織ろうとはしない。でも時折、「寒い‥‥早く帰りたい‥‥」と呟いていた。環もまた「実家より寒いのは初めて」と語る。
「赤き竜巻、か。そうだな、それらしい所を見せよう」
敵には凍てつくような恐怖を与えよう‥‥悠は持ち場へ向かう直前、抱負を述べた。それを聞いた番場論子(
gb4628)は「ひとつひとつ攻略して、成果を結びつけましょうね」と応える。
まずは手始めの一戦だが、人類側には落とせない一戦でもある。ここは是が非でも成功させたいところだ。
全員が持ち場へ移動し、しばしの時間が過ぎた。
すると、少し前に陣取る奇襲班の耳にバイクの駆動音が飛び込んでくる。きっと隊長の乗る軍用バイクの音だろう。天宮はとっさに眼鏡型のアナライザーを起動させる。
次第にキメラの鳴き声も聞こえてきた。どうやら腹を空かせているらしい。道中で獲物を探し、それを食い荒らすことも仕事のうちなのだろう。獰猛な獣たちとの対面を、周太郎と龍鱗は不敵な笑みを浮かべながら待った。
「閃光手榴弾の改造はできなかったから、同じタイミングでピンを抜く。いいな?」
「了解」
ふたりは作戦を打ち合わせ、それを周囲にも知らせた。
そのうち、敵が傭兵たちの姿を発見する。狐は10匹、熊は5匹‥‥そして目立つ音を奏でるバイクに乗った隊長がひとり。相手が特に慌てる気配はない。正面で待ち受けるのが、いくら傭兵とはいえたったの6人なのだから。そんな舐めた態度をすぐに感じ取った杉森・あずさ(gz0330)は「かかったね」と微笑む。論子も「ここからが本番です」と、ミカエルのエンジンを吹かして挑発した。
交戦状態になるには、まだ距離がある。ニコラスはこの機を逃さず、あずさ以外の4人に練成強化を施した。
すると狼は統率の取れた動きで迫ってくる。ところが脇に埋めたトラップの存在が少し気になるらしく、わずかに隊列を乱しながら接敵した。周太郎は「龍鱗、今だ!」と合図して閃光手榴弾のピンを抜く。龍鱗はそれに倣った。
●惑わされる者たち
正面を受け持つ組は、序盤は押され気味に動くことで対応。十分に敵を引きつける。目印となるレッドサイクロン号も、ニコラスの運転でゆっくりとバックする。
東雲が狐の群れに分け入り、二刀小太刀を使って流し斬りを放つ。素早い動きが身上の敵なので、とにかく脚を狙っての攻撃を続けた。目の前の敵が悲鳴を上げれば、それに向かって豪破斬撃を乗せた一撃を食らわせる。周太郎はメガロマニアで敵の勢いを削ぎながら、パラノイアを使って円閃を二連続で繰り出す。龍鱗も機械脚甲から蹴りでいなしつつ、適度な間合いが取れれば土蜘蛛で斬りつけた。
しばらくすると、狐の群れに熊も合流。論子は隊長の位置を見ながら、ミカエルを装着して熊と戦う。スコールで弾をばら撒いて足止めをしつつ、腕を振りかぶったところを見計らって懐へ飛び込んだ。
「甘いですね!」
そう言いながら、容赦なくイアリスで肌を切り裂く。そこをあずさが背後から狙い、一太刀浴びせた。
展開こそ傭兵側に有利だったが、いかんせん多勢に無勢。おかげさまで無理なく、押され気味の演技をすることができた。
しかしタダではやらせてもらえない。東雲と論子は熊の鋭い爪で、わずかなダメージを受けた。ニコラスはあえて回復せず、ジーザリオの運転に専念する。
これを見た隊長は、キメラたちに総攻撃を指示。一時は敵の待ち伏せに驚いて周囲を警戒していたが、相手がじりじりと引くのを見て安心したのだろう。自らも前進し、獣たちを鼓舞する。実はこの時すでに、両翼に潜む仲間よりも奥に入り込んでいた。それでも宗太郎たちは息を潜め、じっと合図を待つ。
東雲は流し斬りで狐を1匹、豪破斬撃でもう1匹と確実に仕留めた。周太郎も円閃の連撃で、一気に狐を2匹片付ける。論子は徹底的に熊狙い。大振りの攻撃を避けつつ、確実にダメージを与えていく。蹴りで狐のいなし方を覚えた龍鱗は、相手が飛んだところを曲刀で切りつけて1匹倒した。
それでも敵の優位は揺るがない。狐こそ半分に減らしたが、熊が健在だ。狐が傭兵を惑わし、熊がダメージを与える。このパターンを確立し、今度は周太郎にも傷を負わせた。
じりじりと下がる傭兵たちを見た隊長は、思わず高笑いする。
「くっ!」
「はっはっは! ロシアの手先か、貴様ら! 我々の進軍を阻むことは許さん。死ぬがいい!」
強化人間の勝ち誇ったセリフを聞きながら、龍鱗はしゃがむ振りをして無線機を取り出す。
「作戦決行‥‥こちらを見るなよ」
両翼へ閃光手榴弾の使用を連絡し、周太郎にも目配せ。投擲の準備をさせる。彼もまたアイコンタクトで「了解」と合図を送った。
その頃、キメラはそわそわする。そう、例の匂いだ。いもしない敵の姿を探し始め、落ち着かない様子を見せ始める。こうも作戦がハマると、先ほどの隊長のように高笑いしたくなるものか。周太郎は我慢して、ここはニヤッとだけ笑った。そして全員に聞こえるように叫びながら、敵の左側に閃光手榴弾を投げ放つ!
「さて、ちょっと眩しいぞ!」
それに続いて、龍鱗も右側に投げる。高笑いをかき消す爆音、そして威光を遮る閃光が周囲を包み込む。
「グゲェェーーー!」
獣たちは堪らず声を上げる。光が止むと同時に、左翼から環が小銃で制圧射撃を敢行。
「わいはぁ! まんだこったに残ってらが!(訳:わぁ! まだこんなに残ってるよ!)」
思わず出ちゃった津軽弁と一緒に放たれた弾丸は、容赦なく隊長と熊の行動を抑制する。それを待って、宗太郎が手近な場所にいる強化人間に向かって瞬天速で迫り、紅蓮衝撃と急所突きを駆使した強烈な突きを放つ。しかも槍先には弾頭矢が5本、ワイヤーで括りつけられている!
「行くぜありったけ! 吹っ飛びやがれぇ!!」
攻撃を受ける敵はもちろん、攻撃を繰り出す側もものすごい衝撃がある。宗太郎はしっかりと踏ん張った。敵はバイクに乗っているせいでマトモに防御できず、大ダメージを受ける。さらにその威力に耐え切れず、思わず体勢を崩してしまった。
右翼から飛び出した紗夜と悠が、それを見逃すはずがない。紗夜のAU−KVは、スタッドレスタイヤ装備の寒冷地仕様。後部座席に悠が乗り、一気に隊長との距離を縮める。敵の隙は十分すぎるほどあるので、降車するにも余裕があった。
「行くぞ!」
バイクを降りるとすぐに紅炎を抜き、いきなり天地撃でバイクごと叩き伏せる。隊長は攻撃を受け止めるが、地面に転がり落ちてしまった。そこにミカエルを装着した紗夜が現れ、竜の瞳と竜の爪を駆使した一撃でバイクの連結部分を切り裂く。
「バイクだけは、我が面倒見てやる」
駆動部分を確実に破壊し、敵の移動手段を奪う。強化人間はまんまと伏兵にしてやられて悔しがるが、もはや後の祭り。最後は天宮がキメラに向かって騎龍突撃を繰り出し、衝撃波で手当たり次第に傷を負わせた。
敵の勢いが萎んだところを東雲と論子、そしてあずさが攻め立てる。キメラたちは匂いのせいもあり、「どこに伏兵がいるのか?」と悩む。しかも隊長の後ろから本物の伏兵が出てきたもんから、さらに混乱した。こんな状態で満足に動けるはずもなく、狐は残り3匹にまで減らされてしまう。熊も天宮の奇襲が功を奏し、ようやく1体を撃破した。
●形勢逆転!
敵は反撃するどころか、攻撃する体勢を整えるだけで精一杯。強化人間も立って、剣を構えるだけに終わった。
こうなると展開も一方的になる。天宮は大鎌を使って熊を相手に竜の咆哮を二度繰り出し、敵の行動を抑制するように吹き飛ばした。熊は両足で立ち上がると、移動する時のような俊敏さを発揮できない。黒き機体『サタナエル』の策に乗り、転がった熊に周太郎と龍鱗がそれぞれ攻撃を加え、息の根を止めた。論子はあずさが一閃した熊を狙ってトドメを刺し、東雲も見えない敵に惑う狼を2匹片付けて、一気に形勢を逆転させる。
ダメ押しとばかりに、環は再び制圧射撃で残った3体の行動を制限。紗夜が万が一に備え、竜の瞳を駆使してケルビムガンに装弾しておいたペイント弾を強化人間に命中させる。
宗太郎は周囲に光学迷彩機が駐機していないか注意するが、敵の慌てっぷりから察するに「伏兵はいない」と判断。槍を振るい、足を薙ぐように攻撃する。しかしさすがは強化人間、これを回避した。
「残念だったな! 本命は俺じゃないんだぜ‥‥?」
宗太郎の言葉を聞き、待ってましたとばかりに悠が躍り出る。敵は色を失った。
「こんな寒いところに長居はしたくない。確実に潰す」
彼女は剣劇で次々と攻撃を繰り出し、面白いように斬っていく。隊長にとって、苛烈な攻撃を耐え忍ぶ時間が続いた。
あれだけ数で上回っていたのに、今では手下は1匹ずつになり、これでは勝利を収めるのは難しい‥‥今までにない厳しい展開に戸惑いながらも、強化人間は冷静に分析した。一方、キメラはそれどころではない。完全に混乱し、反撃すらままならぬ状態であった。
天宮はトリッキーな動きで惑わしつつ命を狩る一撃を熊に食らわせ、東雲もあずさとともに狼を葬り去る。これでキメラの討伐を達成し、残すは強化人間のみ。
論子は間髪入れず、竜の翼を駆使して隊長の背後へと迫る。
「ウランバートル基地に逃げられては面倒ですので、ここで倒れていただきます」
すでに先を読まれていた隊長は、露骨に悔しさを見せた。もはや戦うしかない。いや、正確には攻撃を受け切るしかないというべきか。紗夜は再度、竜の瞳と竜の爪を駆使した攻撃を繰り出す。その隙に周太郎は高速機動の効果を発揮し、化物の咆吼を放つ剣に持ち替えた後、迅雷で敵の前に立つ。
「メイトさせてもらう‥‥!」
高速の勢いを殺さずに、そのまま円閃を繰り出して敵を一閃。ふたつの奇声が響く中、龍鱗も同じく迅雷で強化人間に迫る。
「逃がすわけにもいかんのでな」
彼は土蜘蛛で真燕貫突を使用。同じ場所を斬りつける。強烈な斬撃に苦しむ隊長だが、それでもかろうじて立っていた。
ニコラスは車を飛ばし、環のところまでやってくると貫通弾を投げて渡す。
「おい、こいつを使え‥‥ってね」
ちょっと気取って言ってみたニコラスが投げた弾を受け取り、環はそれを銃に装填。身体を貫けとばかりに超長距離狙撃で決着を狙う。
「逃げない人はよく訓練された強化人間です! もっとも、この状況だと逃げれないですけどね!」
「ぬおおおぉぉぉーーーっ! 人間ごときにぃーーーーーっ!」
敵の状況を言い当てたご褒美だろうか。その弾丸は容赦なく隊長を貫き、そのまま爆発四散した。
ここに残されたのは、キメラの亡骸と軍用バイク‥‥それはまるで暴悪を尽くしたバグア軍の爪痕のようでもある。
●寒空の下で
ニコラスは車を病院代わりに、傷を負った味方を練成治療で癒す。患者は東雲と論子、周太郎だったが、幸いにも手傷を負わされた程度だったので、完全に回復できた。
「よっしゃ、私の分まで戦ってくれた感謝を込めたよっと」
一仕事終えたとばかりにタバコを吸おうとするが、ニコラスは見た目が完全にお子様。患者の論子に「子どもがそんなもの吸っちゃダメじゃない!」と怒られてしまう。環は彼が成人していることを知っていたが、あまりにも状況が面白かったので、あえて黙っていた。それを遠目で見ていた周太郎と龍鱗も、「そりゃ怒られて当然」と頷いている。
この後、ニコラスと論子の面白おかしい問答が繰り広げられた。
作戦が終わり、東雲は埋めておいた燃料を掘り出していた。あずさもそれを手伝う。
「生真面目なんだね」
あずさがそう言うと、東雲は「レーシィに怒られるから」と答えた。彼女はしばし手を止めて言葉の意味を考えるが、思い当たる節がなかったので作業を続ける。すると、悠もスコップ片手にやって来た。
「同じ手を使う気はないけど、今回の作戦を敵に知られるのも嫌だしね」
悠は寒がりながらも、東雲の作業を手伝う。3人は終わってから食べたい物を話題にしながら、地味な作業を続けた。
宗太郎と天宮は周囲を警戒し、新手が来ないかを探っていた。
「アナライザーで確認しましたが、伏兵はいないようですね。きっと新手も来ないでしょう」
天宮の言葉に、宗太郎も納得の表情で頷く。
「まさに暴れるだけが取り柄だった、というわけですか」
敵の一団をそう評すると、ふたりは隊長が残したバイクへと近づく。実は紗夜が部品だけでも頂戴できないかと、さっきから格闘しているのだ。
「軍用バイクとは羨ましい‥‥部品だけでもパチる!」
そう意気込んでいた彼女だが、このバイクは地面に叩きつけるわ、自分で駆動部分を斬ってるわで、使えそうな部品はごくわずか。がんばる姿を見た論子が、思わず感想を口にした。
「レッドサイクロン‥‥赤い暴渦は、バイクまでも陥落へ導いてしまいましたか」
これは暗に「壊しちゃいましたね」という趣旨の発言である。思わず紗夜は、論子をキッと睨んだ。いーや、まだやれる。使える部分はどこかにある。この紗夜の執念こそ「レッドサイクロン」となりつつあった。彼らのロシア国境付近の滞在は、もう少しだけ長引きそうな感じだ。