タイトル:大道芸の小さな見栄マスター:村井朋靖

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 13 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/21 10:09

●オープニング本文


 四国は今日も晴天。澄み渡る青空に、少し乾いた風が吹く。肌寒さも感じられるが、日中は太陽も出てまだ暖かい。
 いつもはキメラ刑事として特殊な捜査をする坂神・源次郎(gz0352)だが、この日は上役から「気晴らしに」と用意された仕事をしていた。大道芸人たちが主催するお祭りの警備責任者‥‥これが今回の任務である。

 坂神はトレンチコートにハンチング帽、さらにフォークギターを小脇に抱え、主催者でまとめ役のピエロとベンチに座っていた。
「いやはや。このご時世に『イベントは外でやりたい』と駄々こねる人間がいるとは思わなかったよ」
「すみません、わがまま言って。ボクたちは大道芸人を名乗りつつ、いつも狭い箱の中でやってるんで‥‥いつかこんな場所でやりたいと思ってたんです」
 元来、大道芸は『道行く人の目に留まってナンボ』である。坂神はその主張に一定の理解を示し、返事代わりにギターをポロロ〜ンと鳴らした。
「あの‥‥ところで刑事さん、そのギターは?」
 ピエロは言葉を選びながら、ギターの謎を解こうとする。まさか目の前の刑事さんが飛び入りでお祭りに参加するわけがない‥‥そんな決めつけに近い考えが、彼の頭の中にはあった。
「俺の若い頃ってのはな、白いギター弾いてちょっと歌えたら、それだけでモテたんだよ」
 坂神はそう言うと、今のカミさんと出会うきっかけになったという曲の出だしを弾く。そしてピエロに「ストリートミュージシャンが参加ってのは、お門違いかい?」と尋ね、正式に出演を希望した。相手は「とんでもない!」と、快くオッケーを出す。
「ま、俺はもうちょっと練習しないとダメだけどな。とにかくお前さんたちが夢にまで見た野外でのお祭りだから、みーんなで楽しもうじゃないか」
 まるでその言葉が出るのを待っていたかのように、ふたりの目の前に移動屋台を引いた調理服の青年がやってきた。どうやら坂神の知り合いらしい。彼は流暢な関西弁で自己紹介を始めた。
「まいど〜! 世界こなもん屋台チェーンの天満橋・タケル(gz0331)や!」
 そう名乗ったかと思えば、さっと手を前に出してみんなと握手。さすがは商人、礼儀は心得ている。坂神とは面識があるらしく、親しげに「源さん」と呼んでいた。
「ピエロの兄さんは、でっかいお祭りするんやろ? やったら、みんなで賑やかにしようや! 源さん、そっちで能力者さんのアポ取ってや。今回は出演者なんやから!」
「その脇で商売するのも立派な出演者だよ。今回は俺が窓口になるけどさ。でも俺の名前で出したら、またキメラかバグアの騒動だと思われないかな‥‥」
 坂神は最後に「ホントにお祭りが大きくなってもいい?」とピエロに確認。相手は「大歓迎です!」と言うのを聞くと、さっそくメモを書き始める。
「ま、みんなも忙しかっただろうし、今回は楽しんでもらえればいいんだけどな」
 大道芸の小さな見栄から生まれたお祭りは、ピエロが想像する以上に大きく賑やかなものになろうとしていた。

●参加者一覧

/ 風代 律子(ga7966) / ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280) / 志羽・翔流(ga8872) / ヨグ=ニグラス(gb1949) / 宵藍(gb4961) / ヤナギ・エリューナク(gb5107) / 流叶・デュノフガリオ(gb6275) / ソウマ(gc0505) / 鈴木悠司(gc1251) / 國盛(gc4513) / 蓮樹風詠(gc4585) / みさか(gc5314) / アキマサ(gc5321

●リプレイ本文

●芸人根性と過去の記憶
 お祭り当日は快晴と天候にも恵まれ、続々とお客さんがやってきた。
 まず入口で出迎えるのは、日本古来の芸能であるちんどん屋。甲高い音を鳴らして盛り上げるわりには、それほどやかましくはない。されど宣伝はしっかり伝わっている‥‥というのが、ちんどん屋の特徴だ。その先頭にサンドイッチマンが立ち、首にかけた看板ともども「大道芸フェスティバルへようこそ!」とご来場を歓迎する。

 そんな賑やかさを潜り抜けると、そこには露天が立ち並ぶ。ここで天満橋・タケル(gz0331)は、おなじみの屋台でたこ焼きを作っていた。そこへ同じ料理人の志羽・翔流(ga8872)が、自分の依頼した材料を取りに来る。彼は「よぉ」と声をかけると、タケルも「まいど!」と返事した。
「おー、聞いとるで! 材料、そこにまとめて置いてあるから!」
「ありがとよ。ところでこなもん屋だったら、お好み焼きの材料あるよな? 分けてくんない?」
「ええよ、うちは今日たこ焼きやから。でも今から俺の材料を翔流さん風に仕込んでたら、お昼くらいまで時間かかってまうんちゃう?」
 タケルがそんな心配をしながら材料を用意するが、翔流は不敵な笑みを浮かべながら腕組みをするばかり。わずかに漏れた「ふふん♪」という声は、自信さえ覗かせる。そんな彼のために、タケルは急いで材料を出した。
「これでいけると思うけど、足らんかったら言うてや!」
「今日はやらないつもりでも、しっかりと準備してるんだな。親近感わくねぇ」
 翔流は手を出し、タケルと握手。惜しみない協力に、感謝の意を述べる。それらを自分の屋台に持ち帰り、さっそく仕込みからスタートと思いきや、すでに彼の商売は始まっていた。
 ボールの中でお好み焼きの生地が混ざっていくが、ただ単に混ぜているのではない。それは変幻自在のリズムを生み、時には自分の声という楽器も駆使し、軽やかな音を周囲に響かせた。名付けて「調理大道芸」。翔流は仕込みの段階から、道行く人を楽しませる。
 これを見たタケルは「一本取られた!」と、翔流の発想に舌を巻いた。調理大道芸はお客さんを盛り上げるだけでなく、確かな技術があってこそ成せる技‥‥さらに翔流の性格がよくわかる調理法である。この時点ですでに、翔流は子どもたちから熱視線を向けられていた。

 今はちょうどブランチ。そんな時間にピッタリの、美味しそうな香りと雰囲気で客を誘う露店がある。
 折り畳み式の仮設テントの周囲をシートで覆い、しっかり防寒対策をしたヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)と流叶・デュノフガリオ(gb6275)のお店がそれだ。看板には『紅茶喫茶【狂乱】』と書かれているが、今はまだ準備中で入口も締め切られている。会場全体が開放的な空間であるにも関わらず、このお店だけは中が見えない構造‥‥これを発案したのは、夫のヴァレスだった。
 彼はテントの中で用意した材料を、なぜかコートの中から次々と取り出す。ミルクに砂糖、リンゴやレモンにいくつかのハーブ‥‥まるでマジックのように出てくるのを見て、流叶は「‥‥どこに隠してたんだ?」と大いに不思議がった。
 そんな彼女は「作りすぎたかな?」と気にしつつも、夫のために猛練習した洋菓子を並べる。クッキー、マカロンにスコーン。そしてスイートポテトならぬ、スイートマロン。それを見たヴァレスは「美味しそう♪」と言いながら、スイートマロンをひとつ頂く。
「ぁ‥‥それは作ってみたんだけど、どうだろう?」
「ん、イケるじゃない♪ 大丈夫だよ」
 ヴァレスは笑顔で答えながら、最後に今日の衣装をコートから取り出す。自分はスタイルのよさを強調し女性を惑わすようなスーツ系の服、最愛の妻には『夢魔』と呼ばれるサキュバスをイメージした露出の多い魅力的な服‥‥この時はじめて『狂乱』の意味を知った流叶はさすがにツッコんだ。
「ヴァレス‥‥今、冬だよね?」
 旦那はあっさり彼女の言葉を遮る。
「学校でいろいろされたからね、その罰だよ♪」
「う!」
「その『う!』って、ウサギさんのことかな?」
 矢継ぎ早に攻め立てるヴァレスを黙らせるには、もはや着替える以外ない。流叶は衣装を手に取り、奥へと引っ込んだ。
「‥‥わかったよ、着ればいいんだろう‥‥覗いたら怒るからね」
「学校であれだけ自分から見せつけたのに?」
 流叶の心に、あの狂乱の宴が蘇る。酔っていたとはいえ、自分でも信じられないほど大胆に夫を誘惑し‥‥今の彼女が焦るには十分すぎる事実だ。
「ぁ、あれは! ‥‥あぅ‥‥」
 いかにもっともらしい反論しても、すぐに切り返されるのは目に見えている。流叶はさっさと着替えを済ませ、夫の前に姿を現した。
「ふふ、よく似合ってるよ♪」
 ヴァレスの褒め言葉でさらに恥ずかしさが増したのか、流叶は顔を赤らめる。
「あんまりじろじろ見ないでくれ‥‥」
 妻がちゃんと着替えたのを見届け、夫も奥で衣装を着る。これで狂乱の宴の準備は整った。ヴァレスが準備中の札を取ると、さっそく紅茶喫茶【狂乱】に若い女性客がやってくる。彼は「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくり」と恭しく対応するも、どこか裏や色気のある態度で接客に挑んだ。
 店内は魅惑のウエイトレス・流叶が、微笑みを絶やさずに丁寧に接する。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
 お客さんは談笑しつつ注文を出すが、その内容が衣装に及ぶと、流叶は一気に緊張して落ち着きを失ってしまう。
「‥‥ご注文はスイートマロン3個ですね‥‥ぇ、2個?」
 完全に舞い上がってしまった流叶を見て、お客さんもヴァレスも微笑む。店内は終始、和やかな雰囲気だった。

●午前中の舞台
 会場のメインステージでは、出演者が順番にパフォーマンスを行う。シガーボックスに玉乗りといった王道の芸にも、お客さんは惜しみない拍手を送る。
 進行役で主催者のピエロは幕間に登場。出演者の芸を真似して失敗するなどして、観客を沸かせる。この間、いっさい声を発しない。そこが大道芸の小さな見栄なのだろうか。

 続いての演目を紹介する際、ピエロは扇を持ち出して下手くそな舞を披露した。次は演舞だろうか。観客は正面を見る。すると二胡や月琴、笛子など、中国の民族楽器で演奏したオリエンタルな楽曲が流れ、中央に宵藍(gb4961)が登場。客席に向かって深々と礼をすると、二刀を手に持って剣舞を始める。刀を上に投げて宙返りをしてから華麗にキャッチしたり、ジャグリングのように取り回したりと、豪快かつ大胆な演技で観客を魅了。刀を突き出す際は指先、蹴りを繰り出す際には爪先にまで神経を行き渡らせ、剛の中に繊細さも織り交ぜる。
 雰囲気満点の剣舞が終わると、観客からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。進行役のピエロも脇から出てきて、宵藍に拍手する。少年はそれに応えようと手を上げるが、ピエロは刀で斬られると勘違いして舞台を逃げ回った。それを憮然とした表情で睨むと、宵藍は刀を振り回して追っかけ始める。
「勝手に驚きやがって! 待てっ!」
 少年の美しい音色のような声が響くと、若き女性から黄色い悲鳴が上がる。最後はコントまでこなし、ふたりは裏へと引っ込んだ。ピエロは息を切らせながら「ありがとうございました」と礼を述べ、「午後の部もよろしくお願いします」と頭を下げる。
「でも、観客は同じ奴が出てきたって気づくかな‥‥?」
 現役アイドル・宵藍の大仕掛けは、午後に花開く。

 観客席には、この後に出番を控えるソウマ(gc0505)の姿があった。彼は自分の演技力を磨くために参加を希望したが、今までの芸と観客の反応を見て考えを改める。
 進行役のピエロは、常に客席を見て動く。出し物を終えた役者に絡んでいき、イレギュラーなことが起きても無理には隠さず、それをうまく笑いに繋げる。人間の「笑う」という行為に理屈はない。面白ければ笑う。ただそれだけ。ソウマはますますやる気になった。
「人々を笑顔にするためだけを考える‥‥シンプルで奥深いですね」
 彼は道化師になるべく、舞台裏へと足を向ける。そしてトランプのジョーカーをイメージしたという緑と黄色が主体の派手な衣装に身を包み、白塗りのメイクを施して笑っているように見せた。
「さて、舞台へ行きますか」
 ソウマは中央ではなく、あえて脇から出る準備をした。もうひとりのピエロと絡むためである。あえて段取りと違うことをしたのは、周囲に感化されたせいか。それとも、彼の捻くれた性格のせいか。
 道化師は満面の笑顔で手を振りながら、脇から駆けてきた。そして、わざと進行役とぶつかる。相手もアドリブがあるのは承知だったが、立っていた位置が悪かったらしく、ぶつかると同時にステージから転がり落ちてしまう。これには会場は大爆笑。翔流の作ったお好み焼きを持って見ていたヨグ=ニグラス(gb1949)と風代 律子(ga7966)も声を出して笑った。
「わわ! ダイナミックに落ちましたねっ」
「野外ステージならではの、新しい退場ね‥‥」
 まさかこれが偶然の産物とは、当事者以外は誰も思わない。ソウマは観客との一体感とキョウ運の破壊力を存分に感じながら、自慢のパフォーマンスを披露する。ステージを広く使い、手を振って愛嬌を振りまいていると、突然つまづく。そこには見えない石があるらしく、ソウマはよっこらせと持ち上げて脇に捨てた。
 そしていくつかのボールを持ってジャグリングを始めようとするも、またその場所でつまづいてしまう。もう気にせずに芸を始めると、右足がピクピクと動く‥‥道化師は下を見ると、慌てた表情でステージを走り出した。どうや二回目は石ではなく、犬だったらしい。ボールをお手玉しながら、犬が去るまで懸命に逃げる。会場は爆笑に包まれた。
 犬がどこかに逃げたのを見届けると、ジャグリングしていたボールをキャッチし、何気なくポイッと投げる。最後にやれやれと両手を上げるポーズで締めくくろうとしたが、偶然にもボールが不規則な回転をして全部自分に当たってしまった。ソウマは即興で「見えない犬が戻ってきて反撃した」ことにし、再び激しい追いかけっこが始まる。その後も事あるごとに犬が登場し、道化師の邪魔をするというパターンが確立。わかりやすい構図が子どもたちにも大いにウケる。ヨグも律子も笑いの絶えない時間を過ごした。

●お昼は屋台で
 イベントはお昼過ぎを向かえ、屋台は大盛況となった。
 翔流の「調理大道芸」はヘラさばきでも発揮される。たまにジャグリングしてお客さんを魅了。歯切れのいい声もエッセンスになった。
「熱き料理人のヘラさばき、とくとごらんあれ♪」
 小さな子どもがじーっと見つめる中、おいしそうなお好み焼きを次々と作り上げる。それを頬張って喜ぶお客さんに向かって「毎度ありぃ♪」と返事した。
「これ食って腹が落ち着いたら、大道芸を見てくれよ?」
 昼食の時間もステージでは、大道芸で盛り上がっている。そんな心憎いフォローは食べ歩きを楽しむ鈴木悠司(gc1251)にも聞こえた。すでにタケルのたこ焼きも食べているが、まだまだ満腹には程遠い。
 そんな彼が次に向かったのは、蓮樹風詠(gc4585)のお店。こちらは3種類の焼きそばが楽しめることで評判になっていた。しかも物腰柔らかでエプロン姿の家庭的な美青年が営んでいるいうことで、女性にも大人気である。ここから放たれる美味しい匂いだけでも、十分にお腹が満たされそうだ。悠司は調理の様子を興味深げに観察する。
 鉄板はそれぞれの味と同じく3枚用意し、味が変わらないように配慮。右側は定番の「濃厚ソースのソース焼きそば」。豚肉にキャベツ、人参といったおなじみの食材が並ぶ。中央ではタコやイカ、ホタテをふんだんに使った「あっさり海鮮塩焼きそば」を、そして左側では隠し味にわさびを加えた「和風の醤油焼きそば」を作っていた。
 どの味にしようかな‥‥そんな考えがよぎった瞬間、悠司はすぐに手を上げて注文する。
「えーっと、全部くださいっ!」
「はい、わかりました。目玉焼きはどうしましょうか?」
 トッピングの目玉焼きがあると風詠から言われ、悠司はさらに迷う。しかしここは、定番のソース焼きそばにだけ乗せることにした。しばらく待っていると、出来立ての焼きそば3種がお盆に乗って出てくる。
「熱いですから、ごゆっくり召し上がれ」
 悠司は「ありがとね!」とお礼を述べ、これを食べようと場所を探し始める。
 すると花壇の前にある白いベンチで、誰に聞かせるわけでもなく歌っている二人組が目に入った。ひとりは警備責任者の坂神・源次郎(gz0352)、もうひとりはヤナギ・エリューナク(gb5107)。ふたりはたまたま出会い、即興のセッションをしていた。
「あ、ヤナギさ〜ん!」
「おっと、とんでもない食いしん坊が来たぜ。今、オッサンと演るんだ。聞いてくれよ」
 坂神は「ホントに下手だよ?」と言いながらも、白いギターをかき鳴らす。ヤナギはそれを少し聞き、すぐにベースを弾く。それほど凝った曲でもないが、坂神はさらりと歌った。
 音もまた匂いと同じく人を呼ぶ。坂神を探していたヨグは「ギターがまぶしいですねっ」と言いながら、しばし演奏に耳を傾ける。
 曲は『白い鳥が赤い糸を加えて飛んでくる』といった内容で、あまりにもベタなラブソング。しかし年配の方にはなじみの曲らしく、すぐに周囲に人が集まった。手拍子が自然と起こり、坂神は気持ちよく最後まで歌い切る。ステージとはまた違う雰囲気と緊張を感じながら、中年の男は帽子を脱いで拍手に応えた。
「普段の仕事よりも何よりも、今が一番緊張しました。いやはや、参りました。皆さん、お付き合いくださった若きミュージシャン・ヤナギくんに拍手を」
 坂神のフォローで拍手を受けることになったヤナギは「一枚上手だな」と言いながら、ガッチリと握手した。
「オッサン、楽しかったぜ。また機会があったら演ろうな」
 ヤナギはニヤリと笑うと、坂神は「とんでもないよ」とヨグに助けを求める。しかし彼もまた「んと、演奏すればいいと思いますっ」と返答。オジサンはギターを抱えながら頭を掻く。

 たった一曲のセッションで打ち上げとばかりに、坂神は芳ばしい香りを放つ珈琲喫茶に足を運ぶ。それにヨグやヤナギ、悠司も続いた。
 ここを営むのは國盛(gc4513)。白を基調としたオープンカフェだ。メニューは珈琲以外にもジュースや日本茶もあり、サンドイッチなどの軽食やクレープといった簡易スイーツもある。大人には軽くカクテルも出してくれるという細やかなサービスが心憎いお店だが、店主が強面で口下手なのでお客は最初だけ緊張してしまうのがお約束になっていた。
 ヤナギと坂神は喫煙席に陣取ると、適当に注文を決めてヨグと悠司それぞれに耳打ち。さっそくタバコに火をつけて一服モードに入る。明るく物怖じしない性格のふたりだが、さすがにここは顔を見合わせて「ズルいんだもんなぁー」と愚痴った。結局、ヨグが店主を呼び、悠司が注文することに決まる。
「えと、店主さ〜んっ」
「‥‥よ、いらっしゃい‥‥注文は?」
 予想通りの雰囲気を醸し出すええ声にちょっとドキドキしながらも、悠司はみんなの分を注文。國盛は言葉少なに「わかった」と答え、すぐに食べ物を揃える。ヨグはその手際のよさに感心した。
「んと、硬派だけどいいお店ですねっ」
 大好きなスイーツを食べながら、悠司に話す。彼も珈琲を飲み、その味に感動した。
「コーヒー、すごく美味しい! こうして青空の下で、ゆっくりコーヒーっていうのもいいね」
 もちろん彼も「店主さんは強面だけど」と小さな声で呟く。ヤナギも「く〜〜ッ、美味いな、コレ!」とカクテルを飲む。とても特徴的なお店で、彼らはしばし休息を満喫する。
 そんな時、お店の一角にソウマが演じる道化師が現れる。彼は道に迷った芸をしていたが、本当は最初からここを目指していた。國盛は店の一角を迷子の簡易預かり所としており、そこには今もふたりの子どもが親を待っている。店主の配慮でベンチにはクマのぬいぐるみが一緒に座っているが、親とはぐれた寂しさは拭い切れない。だから國盛は、手が空けばぬいぐるみを使って「どうしたんだい?」と盛んに声をかけていた。そこに強力な援軍が到着した、というわけである。
 道化師は同じベンチに座り、膝にちょこんとクマを乗せた。そして頭を撫で、迷子のふたりにも同じことをするように勧める。子どもたちはソウマの真似をして遊びながら笑い、楽しさが冷めてくると道化師が次の遊びを教えた。そんなことを繰り返すうちに、それぞれの母親が迎えにやってくる。みんな國盛と道化師に頭を下げ、感謝の言葉を伝えた。
「お利巧にしてた、な。ご褒美だ‥‥持っていきな」
 國盛は子どもたちにクレープを渡し、ソウマは笑顔で見送る。子どもたちが前を向くと、店主は道化師に「ありがとう」と声をかけた。
「道化師とは笑われるのではなく、どんな人でも笑わせる者のことを言うのですよ」
「なるほど、な。立派なもんだ。お前も‥‥食べるか?」
 誇らしげに語るソウマに、國盛からアイスのプレゼント。道化師は大喜びしながら踊るように動き、なぜかヤナギたちの集まる席にそそくさと座って必死に食べ始める。
「なんでここで食うんだよ! ったく、しょうがねぇなぁ!」
 さすがのヤナギも、これには「かなわねぇぜ」と感心するばかり。ソウマの演技はまだまだ続く。

●午後は飛び入り上等!
 お昼を過ぎ、ステージでは再びオリエンタルな曲が響く。しかし舞台を彩るのは、さっきの少年ではなく艶やかな女性。さらに二刀ではなく中華扇を使った舞を披露している。
 演じているのは、もちろん宵藍。今度はチャイナドレスにロングのウィッグを身に着け、流れるような舞で観客を魅了する。中には同一人物と気づかない客もおり、熱い声援を送る男性陣も多数。彼は時折、声のする方に流し目を向けて観客を惹きつけた。
 扇舞は動きの速さをうまく操り、見る人を魅了する。極端なことを言えば、黒髪の揺れさえも舞となるのだ。終劇となるその時まで動き続け、最後は礼で締めくくる。午前と同様に、お客さんから大きな拍手が巻き起こった。もちろんあのピエロも同じように拍手を送る。

 すると突然、怪しげな音楽が鳴った。そして猫が「ニャーン」と鳴く声‥‥客席にいたヨグと坂神は何事かと周囲を見る。すると背後に、いつの間にか黒いボディスーツに身を包んだ律子が、両手に水鉄砲を持って立っているではないか。彼女は茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。
 ヨグはすぐに「ああ!」と手を叩く。昼食に誘おうと思ったら姿が見えないので不思議に思っていたが、どうやら本人は午後からパフォーマーとして飛び入り参加するつもりでいたようだ。
 「女豹が現れた」とばかりに、ピエロは慌てて警察の帽子をかぶって笛を吹く。すると警官ピエロが他に3人も登場し、大捕り物が開始。しかし彼女は瞬天速を何度も駆使して、ピエロの背後を突く。そして衣装の内側に水鉄砲を発射して慌てさせたり、メイクが取れるくらい水を浴びせたりとやりたい放題。これには坂神も声を出して笑う。
 さんざんコケにされたピエロたちはステージの上で円陣を組み、一致団結して捕まえようと気合いを入れる。しかし何を思ったのか、律子はその中心に現れてしまった。ピエロは驚きつつも何とか彼女を捕まえる。うっかりミスで御用となり、律子はピエロたちと一緒に退場。観客は演技が終わったのに拍手するのも忘れるくらい、ずっと笑い転げていた。
 舞台裏では、ピエロたちとハイタッチする律子の姿が。そこに宵藍も駆けつけ、惜しみない拍手を送る。
「こんな時勢だからこそ、皆の笑顔を守ろうとする人たちの存在は貴重なのかもしれないわね」
 律子がそういうと、ピエロのひとりが勝手に照れ始める。舞台裏でもこの調子なのだから、よほど人を楽しませることが好きなのだろう。宵藍も思わず微笑んだ。

 続いてステージでは調理服に身を包んだ男がふたり‥‥なんと翔流とタケルが、即興コンビでかくし芸を始める。肝心の商売は、とうの昔に完売御礼で終わっているので店番の心配もない。
 こちらは玄人好みの鉄板芸のオンパレード。さすが、こなもん屋台のご主人たちと言ったところか。タケルはうまく合いの手を入れ、芸はすべて翔流任せ。番傘の上にボールを転がしたり、枡を転がしたりと器用なところを見せつける。
 完全に太鼓持ちのタケルに、お客さんが「お前もやれよー!」と野次った。すると翔流は番傘を持たせ、自分はボールをセッティング。タケルは客席に向かって「見とれよー!」と大見得を切り、番傘を構える。ところが相方は容赦なくボールを体にぶつけた!
「いたたた! 何すんねん!」
「はい、ありがとぉ〜ございま〜〜〜す!」
 勝手にオチをつけちゃう翔流に不満そうな視線を向けつつも、ついつい一緒に締めのポーズをしちゃうタケル。この後も翔流は南京玉簾に皿回しを披露し、タケルは客席にいじられ続けた。

●音のある景色
 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。あと1時間ほどでイベントも終了だ。
 そんな時「紅茶喫茶【狂乱】」から、電子ピアノの音色が響く。流叶が給仕の合間を縫って、弾き語りをしていた。ローテンポの曲を美しく高い声で歌い上げる。今日の衣装から想像もつかない一面を見せ、客は静かなひと時を楽しんだ。歌い終えた後で今日の衣装の大胆さを思い出し、流叶は裏で顔を真っ赤にさせる。
「ぁ、しまった‥‥この服だったな‥‥」
「よかったよ、流叶♪」
 給仕を務めるヴァレスは、妻に飾らない言葉を送った。

 入口とステージの中間に位置する場所に、悠司とヤナギがギターとベースを持って立つ。ユニット『awake』の登場だ。
 何曲か披露し、お客さんが集まってきたところで、今日のために作ったという新曲を披露することになった。タイトルは『sky hight』。悠司はコードを追う程度で演奏し、ベースはメロディラインのハモリを重視する旨を確認。序盤は伸びやかに歌う。

  何処までも続く 高く 遠く
  何処までも続く 色彩豊かに
  今、高鳴る鼓動
  何処かへ飛んで行きそう

 明るく元気な声が、道行く人の足を止まらせる。
 ヤナギは『今、高鳴る鼓動』の部分で、ハモリを入れた。そして再び、悠司が歌を奏でる。

  何処までも続く 高く 遠く
  何処までも続く 色彩豊かに
  今、始まる鼓動
  何処かへ吸い込まれそう

  落ちる事無い陽に 憧れ込めて
  そう、翼生やし 今

 ここで勢いをつけるべく一気に転調し、強く盛り上げラストのサビはテンポを速くロックに仕上げる。
 ここからはヤナギはハモリを入れ、片手を上げてお客さんへのアピールもしながら、ふたりで曲を奏でた。

  さぁ、飛び出そう
  さぁ、永遠の彼方へ

  憧れの空。ハートビート止まらない

 青空の下で奏でられた新曲『sky hight』の最後の歌詞は、広くて澄んでいて強い、空への憧れを感じさせるものとなった。
 お客さんは空を見上げながらこの曲を聞き、惜しみない拍手をふたりに送る。悠司とヤナギも、それに応えた。

●夕暮れとともに
 イベントは日暮れ前に終了した。別の場所で打ち上げがあるが、ここは暗くなる前に撤収しなければならない。坂神は「お疲れさん」と声をかけながら、片付けを急がせる。
 そんな刑事の後ろに、ヨグと律子がいた。みんなのパフォーマンス、特に律子の演技を見て「いろいろとできそうな気がしてきましたけどもー」と率直な感想を述べる。彼女は「そうかしら」と微笑んだ。片付けに追われる関係者も、律子と同じように笑っている。ヨグはこの元気が世界に広がることを祈った。

 翔流とタケルもすっかり意気投合し、この後も打ち上げで暴れる約束を交わす。同じく店を構えていた風詠はそれを聞き、「楽しみにしてます」と声援を送った。

 独特な雰囲気を醸し出した『紅茶喫茶【狂乱】』も店じまい。ヴァレスはふたり分の紅茶を用意し、仲良く一服する。ふたりだけになると、流叶は学校のことを思い出して勝手に赤くなった。そして申し訳なさそうに「いや、うん‥‥あの時はごめん、ね?」と切り出す。しかし夫は、あっけらかんと答えた。
「まぁ‥‥でも、可愛かったし、嬉しかったからいいかな♪」
 もはや過ぎたことだが、忘れるにはまだ早い。流叶はしばらく赤面の日々を過ごすことだろう。それを証拠に、彼女は上目遣いで紅茶をすすっていた。

 野外で行われたイベントは大成功を収め、人々にひと時の安らぎを与えた。これからは寒くなるが、澄んだ空は見上げればすぐそこにある。その時、参加者はこのイベントを思い出すだろう。