●リプレイ本文
●怪しい山小屋
人体模型のアニーがさらわれたという山小屋を包み隠すかのように立つ木々。その足元には、坂神・源次郎(gz0352)から依頼を受けてやってきた能力者たちが潜んでいる。小さな扉の勝手口を遠目で見張りながら、元経理部のOLという肩書きを持つホキュウ・カーン(
gc1547)がこの事件を経済的に分析していた。
「いわゆる萌え系フィギュアも、好事家によって高額で取引されますからね。かのドロームですらKV少女というコレクションを出していますし。名工の作品であれば、人体模型を人間と間違えることあるでしょう‥‥たぶん」
隣で聞いていた牧野・和輝(
gc4042)は、偵察前の一服をしながら「なるほどね」と相槌を打つ。彼は短くなったタバコを消しながら、峯月 クロエ(
gc4477)に声をかけた。
「さてと。面倒だが、山小屋の状況を確認するか」
「鍵開けなら任せて下さいヨ」
元気いっぱいのクロエがやる気を見せる。和輝はホキュウに勝手口の監視を任せ、覚醒した後に隠密潜行を発動させた。クロエも同じく隠密潜行を使う。ふたりは身を屈めて山小屋に近づき、情報を得ようと精力的に動いた。
和輝は柵のある小さな窓に顔を寄せ、静かに中を伺う。そこからはキッチンが見えたが、敵も模型も見当たらない。電気コンロはあるが、ここ数日は使っていないようだ。大した情報が得られないとわかると、すぐに別の窓へと向かう。
一方のクロエは、勝手口にまっしぐら。そーっとドアノブに手を伸ばし、ゆっくりと回す。すると、いとも簡単に扉が開いた。
「開いてましたか」
クロエは一瞬、拍子抜けした表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締めた。そして遠慮なく山小屋の中へと潜入する。彼女は足元に転がるインスタント食品のゴミを踏まないよう注意しながら、部屋や廊下に視線を向けた。廊下の先には玄関が見える。
「この階には、誰もいませんネ」
山小屋の中は、恐ろしいほど静かだった。もしかして地下にいるのか‥‥彼女は抜き足で来た道を戻り、勝手口を閉めて無事に脱出する。ホキュウがいる所まで戻ると、和輝も帰っていた。ふたりは手に入れた情報を付き合わせる。
「オッサンもキメラも、きっと地下にいますネ」
「同意見だ。上りの階段がないからな。アニーは見つかったか?」
「いませんネ‥‥では、クロエさんは報告に行きます」
少女はふたりに敬礼のポーズをすると、少し離れたところにいる突入班の下へと走った。
突入班は武器を抜き、いつでも戦えるよう準備していた。
クロエが到着する少し前から、流 星之丞(
ga1928)こと「ジョー」の用意したアンパンと牛乳で、メンバーはしばし安息の時間を過ごす。フランツィスカ・L(
gc3985)とヘイル(
gc4085)は「腹が減っては戦はできぬ」とばかりにしっかり食べた。
そこにクロエがやってくる。彼女は内容を伝えると、パイドロスを装着した秦本 新(
gc3832)が声を上げた。
「なるほど、地下ですか。わかりました、こっちで誘い出してみます」
「クロエさん。これは潜伏班の皆さんで召し上がってください」
ジョーから人数分のアンパンと牛乳を渡され、敬礼するクロエ。彼女が持ち場へと戻るのを見送った後で、ヘイルが木花咲耶(
ga5139)と作戦を打ち合わせる。
「それじゃ、派手に騒いでキメラを誘き出しますか」
咲耶は「わかりましたわ」と答え、改めてメンバーに準備を促す。
「玄関なんかは普通なんですね‥‥やはり儀式は奥の部屋か地下室で、秘密にしないとダメな決まりなんでしょうか?」
ジョーは玄関を見た感想を述べると、新が「どいつもこいつも悪趣味ですからね」と本音を吐露する。この依頼を受けるにあたって、いろいろ思うところがあるようだ。しかし誰もが「依頼だから達成する」という結論に至っている。
そんな中、フランツィスカが遠慮がちに語った。
「魂を込めて作ったものには、命が宿るといいます。上条さんにとっては、我が子同然なのでしょう。人々の命を守るのは当然ですが、明日への希望を紡ぐのも私たちの使命‥‥たとえそれが、言葉話さぬ人体模型であっても」
「僕もそう思います。趣味趣向という物は人それぞれですから‥‥上条さんにとってそれが大切な物であるなら、取り戻してあげたいと」
ジョーはさわやかな笑顔を少女に向けた。その想いを実現すべく、フランツィスカは盾を構える。ヘイルはホキュウに無線機で連絡を入れ、突入するタイミングを伝えた。
●地下からの使者
ヘイルと咲耶が先陣を切ると、ジョーとフランツィスカがそれに続き、最後尾を新が固める。このタイミングで、ヘイルとフランツィスカはGooDLuck、新は竜の角を発動させた。
先頭のヘイルは玄関の扉を蹴って開けようとするが、鍵がかかっている。すると騒ぐ手間が省けたと言わんばかりに、何度も蹴り続けた。
「御用改めである! なんてな」
そうこうするうちに扉が音を上げ、勝手に開いた。咲耶は国士無双を構えるが、敵の姿はない。
「気をつけてください。奥から物騒な音が聞こえた気が‥‥」
フランツィスカの忠告もあり、突入を見送る。すると、キメラが地下への隠し扉を破って出現。そして玄関に向かって一鳴きする!
「メエェェェーーー!」
「ふん、見掛け倒しの紛い物か。お前など単なる障害物に過ぎんよ」
「見るだけでも吐き気がします。かかってきなさい、この黒ヤギのケダモノ!」
ヘイルと咲耶の言葉を挑発と受け取ったのか、キメラは猛然とダッシュ。玄関を出たと同時に、ジョーがクルシフィクスで攻撃を仕掛ける。
「僕は、この重い十字架で、すべての闇を払います!」
贖罪の証から繰り出される一閃を避け切れず、もんぞり打って倒れるキメラ。驚嘆の声を響かせたのもつかの間、新も機械槍「ロータス」で脚部を狙う。超濃縮レーザーが黒い影をも切り裂くと、ヘイルが急所突きを発動させ、天槍「ガブリエル」の一撃を見舞う。十字架のような剣に、「神の使者」の名を冠する槍‥‥敵にとっては迷惑な話だ。
「メヒィ!」
すっかり怯えたキメラに咲耶が容赦なく、その名に恥じぬ国士無双の一撃を加える。偽悪魔を叩き斬るのが、彼女の趣味。敵はダメージを負って情けない悲鳴を響かせるが、咲耶はあえて深追いせず、さっと後ろへ引く。彼女は勝手口に仲間がいることを悟らせないように動いていた。
「そこにいたか! 報酬のためにくたばれ!」
さっきの冷静さはどこへやら‥‥ホキュウは嬉々とした声を響かせながら、勝手口から猛ダッシュして玄関に躍り出る。壱式をかざして立つその姿に、キメラもしばし呆気に取られた。
フランツィスカはその隙を突いて玄関の扉の前に陣取ると、盾を構えて渾身防御を発動する。この玄関は人間ひとりが通れるくらいの幅しかない。つまりここに陣取れば、キメラの逃亡が防げるだけでなく、同時にアニーが傷つく可能性も下げられる。玄関に扉よりも強固な守りが現れ、いよいよ能力者のペースとなった。
それをさせまいと黒ヤギは立ち上がり、攻撃を仕掛けなかったホキュウに頭突きを仕掛ける。やけくそ気味の攻撃だったが、一発だけ避けれずダメージを食らった。
「やってくれるじゃないか! ええ?」
「あなたの攻撃はこんなものですか。あらあら、呆れてしまいますわ。もっと気合い入れて攻撃なさい」
手傷を負わされても、ホキュウの方が迫力は上。それに咲耶の挑発が追い討ちをかける。凄みのある女性陣に、黒ヤギもタジタジ。本能の震える戦いは、まだ続く。
その間、和輝とクロエは勝手口に陣取って待機。
正面でキメラを痛めつけているのを確認すると、和輝は先手必勝を発動させて万が一の事態に備える。同じスナイパーのクロエも小銃を抜き、オッサンの登場を待っていた。
●オカルトの終焉
玄関前の戦闘は、早くも勝負の行く末が見えた。新は再び竜の角を使い、再び脚部を狙って二度の攻撃を繰り出した。静かに黒ヤギを突く姿は、まるで忍者のようである。
「メヒィーーー!」
「逃げられちゃ不味いんでね、機動力を削がせてもらいますよ!」
その言葉をフォローするかのように、再びフランツィスカが渾身防御を発動させた。行くことも引くこともできぬ絶望的な状況‥‥しかし、黒ヤギに悩む時間は与えない。ヘイルがレイ・バックルで腕に白い光をまとわせると、ガブリエルを二度振るい、最後に突きを繰り出す。キメラは初手こそ避けるも、後の攻撃はすべて食らった。このタイミングで、ホキュウが勝負に出る。
「この威力! 耐え切れるかい! 大博打を打たせてもらうよ!」
彼女は嬉々とした表情で両断剣の効果を発現させると、一気に間合いを詰めて渾身の力で刺突を仕掛けた!
「メ! メエェェェーーー!」
炎の揺らめく刀に胴体を貫かれた黒ヤギだったが、かろうじて生き残った。いや、正確には「死に損なってしまった」と言うべきか。ホキュウは刀を引き抜いて下がると、すでに和服美女がとどめを刺さんと待ち構えていた!
「攻撃というものは、こうするものですよ!」
偽悪魔に冥土の土産をくれてやろうと、咲耶が国士無双を赤く輝かせる。これは豪破斬撃によるもの。さらに紅蓮衝撃の発動し、全身に炎のオーラをまとう。その一撃はキメラを葬るには十分過ぎる威力を秘めていることは、誰の目にも明らかだった。
「メヒ、メヒィーーーーーーー!」
「それをそのまま、断末魔の叫びとなさい!」
脅威の破壊力を秘めた鋭い一閃は、一瞬にしてキメラの命を絶つ。黒ヤギは糸の切れた人形のように倒れこみ、ピクリとも動かなくなった。そこにジョーが黄色いマフラーをなびかせて、さりげなく自らの剣を地面に突き刺す。何も語らずとも、それが勝利を示す行為であることは明白であった。
キメラが倒された頃、科学者が地下通路へと続く階段からひょっこりと顔を出した。そして用心深く周囲を見渡そうとするが、そこは鋭覚狙撃で精度の増した和輝の射撃であっさりと阻まれる。弾丸が自分の頬をかすめると、科学者は思わず「ひいっ!」と情けない声を上げた。
「逃げようと思うなよ? もし妙な真似をしたら‥‥撃つ」
「フフフ、もう逃げられません」
和輝はもちろん、クロエもマヌケな脱走者に気づいている。彼女は黒い笑みを浮かべ、オッサンを精神的にも追い詰めた。科学者は素直に観念し、両手を上げながら階段から姿を現す。アニーを持ち出すつもりはなく手ぶらだったが、それ以上に気になる点があった。それはオッサンの格好である。降伏するまで全身が見えなかったが、和輝とクロエは科学者の服装を見て驚いた。白衣の上に古今東西の呪術グッズをぶら下げており、まるで「歩く民族資料館」のよう‥‥その中でも、ふたりを呆れさせる特別なものがあった。
「オッサン‥‥そのふんどしは関係ないだろ?」
「なんでブラジャーを首にかけてるんですか? これからはオカルト好きと言わず、変態を自称してくださいネ!」
先に新が言ったとおり、まさに「どいつもこいつも変わり者」だ。和輝はこれ以上脱力するのが嫌で、オッサンにそれらを外すように強要する。クロエはさっきよりも拍子抜けした表情で「オッサン捕まえました」と、フランツィスカの背中越しに突入班へ報告した。
●もうひとりの変わり者
オッサンとキメラという障害を排除し、坂神に連絡を入れた後、メンバーは地下へと入った。順番に照明を完備したオカルトルームに入ると、誰もが「へぇー」と声を上げる。
部屋の中央には魔方陣が描かれ、その端にオカルトグッズのコレクションが並んでいる。本棚には古書が並び、タンスの中は儀式に使う衣装がぎっしり。趣味が高じてか、肝心の研究器具や資料などが端っこに申し訳程度にしか置いてないのが実にシュール。これを見て、新が苦笑いを浮かべた。
「オカルト趣味の科学者って、なんか矛盾してません?」
「不可能を可能にできなくなると、こういう方向に逃げたくなるのかもしれませんね」
すっかり冷静さを取り戻したホキュウが、新の疑問を真正面から考える。正しい答えを知りたいなら本人に聞くのが一番なのだが、今はヘイルがお説教の真っ最中だ。
「さらわれたのが人形でよかったな。人間だった場合は‥‥貴様、ただでは済まんところだったぞ。神だか悪魔だかに感謝しておけ」
オッサンの大好きなオカルトを絡めたユーモアある説教だったが、青年は静かな怒りを揺らめかせている。科学者はそれを察知し、力なく「はい‥‥」と答えるばかりだった。
階段を下りた真正面には大きめの祭壇が設けられており、そこにアニーが大事そうに寝かされていた。クロエとフランツィスカがこれを見つけ、すぐにパーツを探し始める。
「もうひとつ上の段に、心臓がありますネ」
「儀式の練習に使ったんですね、きっと。欠けているパーツは他にありませんし‥‥これで全部です」
アニーの無事を確認すると、絶妙のタイミングで坂神が数人の警察官と依頼人を連れて地下に登場。能力者たちと同じように驚きつつも、犯人を見つけるとお仕事を開始する。
「わかりやすい犯人だねー。そいつ、捕まえて。で、人体模型は無事だった?」
刑事の問いかけに、クロエは胸を張って祭壇を指差す。坂神はそれを確認すると「こりゃ間違うわ」と少女たちの前で笑った。
「芸術の域に達した作品には、作者の魂が宿る‥‥黒ヤギは、それに気づいていたのかもしれませんね」
ジョーがそう語ると、上条は「なるほど」と唸る。依頼人の機嫌がいいタイミングを逃さず、ホキュウが進み出た。
「ともかく、アニーは無事に取り戻せました。どうでしょう、報酬を割り増しできないでしょうか?」
「今回は皆さんにご無理を言いました。わずかですが、報酬の上乗せをさせていただきます」
上条の言葉にホキュウだけでなく、他のメンバーも感謝を述べた。本人は「いいんですよ」とにこやかに笑いながら、アニーを抱きしめて山小屋を出ようとする。その時、和輝は坂神にタバコを勧めて一服していたが、驚きの光景を目撃すると大いに咳き込んだ。
「ア、アンタ、まさかそのまま抱えて‥‥とかじゃないよな? さすがにみんな引くぞ‥‥」
ヘイルも同調した。
「ば、ばらした方が運びやすいと思うのだが‥‥」
「あ! わたくし、引越し屋でバイトしたことがあるので‥‥梱包は得意なんです」
「お、おお! そ、それがいい。フランツィスカのお嬢ちゃんに任せよう! な、な!」
ついには坂神まで止めたので、上条は「それじゃお願いします」と素直に引き下がった。一同は胸を撫で下ろす。まさに変わり者だらけ‥‥今回は最後の最後まで気の抜けない依頼になりそうだ。