タイトル:憧れのプールサイドマスター:村井朋靖

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 20 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/01 13:52

●オープニング本文


「よし、やるぞ‥‥」
 カンパネラ学園に設置された屋内プール。そこに杉森・あずさ(gz0330)が気合の入った表情で立っていた。この時すでに、彼女は泳ぐ気満々。準備体操を入念に行い、肩や足首を回している。
「やるぞ‥‥」
 周囲の楽しそうな声は、これっぽっちも耳に入らない。あずさは本気モードだ。
 それを如実に物語っているのが、飾り気のない水着である。しかもビキニではなく、ワンピース。ただ、よく見ると‥‥これは競泳用ではない。なんと何の変哲もない、ごく普通の水着だった。
「わ、私は、今年の夏までに泳げるように、なるんだ‥‥っ!」

 この日、屋内プールでは『カナヅチ解消!助け合い水泳教室』を実施することになっている。あずさは聴講生として学園に足を運び、なんとかしてこの日のうちに泳げるようになりたかった。結果として泳げなくとも、何かのきっかけをつかみたい。泳げる人からテクニックを盗みたい‥‥その一心だった。

 あずさは今年、結婚して初めての夏を迎える。普段は会社の経営で忙しい旦那に、傭兵稼業に精を出す新妻‥‥共同作業といえば、引っ越しの挨拶をしたくらいだ。
 近所の評判が悪化しないよう、姑がいらぬ世話を焼いて、息子に「夏にどっか行きなさい」とアドバイスする。旦那は「どうせ自分が困るだけなんだろ?」と呆れたが、確かに最近ふたりでどこにも行ってないことに気づく。
 そこで「お盆休みくらい、一緒に骨休めしよっか?」と切り出し、あずさに「海水浴にでも行こう」と誘った。彼女は言い出せない秘密を抱えたまま、つい「いいよ」と即答する。彼の心遣いを無駄にしたくなかったからだ。旦那にしてみれば、別に温泉でもバーベキューでもよかったのだが、相手からオッケーが出たので、あっさりと「海水浴」に決めてしまった。
 その後もあずさは、ずっと「実は泳げない」と言い出せずにいた。今さら場所を変えさせるのも悪いし、旦那が水泳大好きだったらどうしよう‥‥そんなことばかりを考えてしまう。
 悩みに悩み抜いた挙句、最後には「泳げるようになればいいんだ!」と開き直り、猛特訓することを決断。そんな折、『カンパネラ学園で泳ぎが苦手な能力者を対象にした水泳教室がある』と聞き、すぐさま予約した。

「それではカナヅチの皆さんは泳げる方に混じってくださいねー。準備体操を忘れずにー」
 ジャージ姿のお姉さんに言われるがまま、あずさはみんなの集まるプールサイドへと硬い表情で向かう。そう、この教室は『助け合い』。泳げる生徒や聴講生が、カナヅチの人を教えるのだ。
「よ、よろしくお願いします‥‥」
 あずさは気合が入りすぎて、ちょっと目が怖くなっていた。この水泳教室は、まもなく開講する。

●参加者一覧

/ 花=シルエイト(ga0053) / シエラ(ga3258) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / UNKNOWN(ga4276) / リュウセイ(ga8181) / 百地・悠季(ga8270) / ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280) / 武藤 煉(gb1042) / 鬼道・麗那(gb1939) / リヒト・ロメリア(gb3852) / マルセル・ライスター(gb4909) / 流叶・デュノフガリオ(gb6275) / ファリス(gb9339) / ソウマ(gc0505) / 南 日向(gc0526) / 姫川桜乃(gc1374) / ティルコット(gc3105) / フランツィスカ・L(gc3985) / 高嶺(gc4331) / 嚇劉 牙(gc4367

●リプレイ本文

●まずは準備体操から
 ジャージ姿のお姉さんに言われるがまま、杉森・あずさ(gz0330)はみんなの輪の中に入った。極度の緊張からか、しまいには手と足が同時に動く。これを見て、彼女を「泳げる人」と判断する人間はそういない。まずは、体よりも心の緊張をほぐす‥‥そう言わんばかりに、黒のV字ビキニパンツ姿のUNKNOWN(ga4276)が声をかけた。
「皆で準備運動をしっかりと。軽く汗ばむくらいまで。冷えた身体では怪我の元、だからね。はい、あずさ。号令を大きな声で」
「わ、私が! そっ、そうか。それじゃ、みんなでやろうか‥‥」
 あずさは突然の指示に戸惑いながらも号令をかけ、なんとか責務を果たす。そんな必死な姿を、ずっと百地・悠季(ga8270)が見ていた。魅力的なオレンジ彩のワンショルダーセパレートが、男のみならず女性の目も引く。そんな彼女の目を引いたのが、なんと滑稽なほど怯えるあずさだった。悠季は軽く汗を流しながら、声をかけるタイミングを伺う。
 その後、UNKNOWNは日焼け止めをしっかり塗るように勧めた。天気がいいと、下手をすれば火傷になることもあるそうだ。全身にまんべんなく‥‥との指示を受けたものの、自分で自分の背中までは塗れない。あずさが途方に暮れていると、ある少女がとことこ駆けてきた。ファリス(gb9339)である。
「初めましてなの。ファリスは、ファリスというの。よろしくお願いしますの。あずさ姉様も、ファリスと一緒に練習するの」
 彼女はぺこりとお辞儀すると、あずさも少し緊張が解けた。
「一緒、か。わかったよ。今日はよろしく。そうだ、ファリスはまだ日焼け止めのクリームを塗ってないな。お互いに手の届かない背中を塗ろう」
「わかりましたの!」
 あずさは少女の背後に回り、日焼け止めクリームを手のひらで広げると丹念に塗っていく。そんな時、ファリスの水着が視界に入った。
「ところで、その水着‥‥名前まで書いてあるんだな。どこで売ってるんだ?」
 ファリスの水着は、まるで特注品のよう。後ろから見ると、何の変哲もない紺のスクール水着だが、胸のところに白い布が張り付けてあり、そこに大きく「ふぁりす」と書かれていた。
「お店に水着を買いに行ったら、お店の人に『ぜひこれを』と勧められたの‥‥なんかおかしいかな?」
 特徴的な水着とはいえ、確かに水着。あずさは「おかしくはないよ」と言いながら、作業に専念する。ふたりとも、勧めたその店員が「その道のプロ」ということを知らない‥‥
 周囲を見渡すと、月森 花(ga0053)や宗太郎=シルエイト(ga4261)のように、カップルで日焼け止めを塗るところもあった。その辺に視線を向けていると、横から悠季が歩み寄って声をかける。
「百地悠季よ。今日はペアリング、いいかしら?」
「もしかして泳げるのか! 助かる、ぜひ頼むよ!」
 今のあずさは安堵感に包まれているはずなのに、顔から必死さが消えていない。相手の食いつき方を気にしつつ、悠季はファリスにも「よろしくね」と言い、ついでに日焼け止めを塗ってもらった。
 さらにカンパネラ学園で『闇の生徒会』に所属する端正な顔立ちの鬼道・麗那(gb1939)からもエールをもらう。
「杉森さんはじめまして、私は闇の生徒会から来た鬼道麗那。学園内で困ったことがあれば、遠慮なく仰ってね」
「ああ、ありがとう。さっそくだけど、泳げないで困ってるんだ。今日中に泳げるようになるかな‥‥?」
 麗那は笑顔で握手をしていたが、相手が徐々に力を入れ始めたので戸惑った。悠季とは違い、あずさの本気を直で触れた彼女は「今日は立派な先生たちがいますから」と返す。
「ファリス、あんまり泳いだ経験がないの。だから、習いに来たの。泳げるようになって、みんなと海に遊びに行くの」
「う、海‥‥そうだった、海。がんばろう‥‥」
 必死さアピールから一転、当初の目的を思い出し、あずさの勢いはしぼんだ。悠季は「これは何かある」と踏んでいたが、それの内容が明らかになるのはもっと後である。

 十分な準備を終え、いよいよプールに入る。50mプールは多目的使用の目的で、最初からコースロープが外してあった。泳げない人間にとって、この中は途方もなく広い。UNKNOWNは、泳げないふたりに言って聞かせた。
「泳ぎとしては水に慣れること、そして慌てないこと‥‥それだけだね。浮かぶコツを覚えれば、あとは他の者が教えてくれる」
 それを聞いて、ファリスは「は〜い」とばかりにドボーンと水の中にもぐる。どうやら彼女、水恐怖症というわけではないらしい。彼女に負けじと、隣の生徒も奮起するが‥‥ちょっと顔をつけただけで、すぐ直立不動になってしまった。UNKNOWNも悠季も予想通り。これはかなりの重症だ。
 そこに、ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)と流叶・デュノフガリオ(gb6275)がやってくる。ふたりは遠巻きにあずさの様子を伺っていた。
「まずはゴーグルつけて息を止めて、水に顔をつけることから始めよっか♪」
 ヴァレスが元気よく言うと、他の教師たちも「そこからだね」と頷く。悠季はゴーグルをあずさにつけると、さっきと同じことをやらせた。それをすると同時にヴァレスが水にもぐり、目を瞑ってないか確認。案の定、力いっぱい目を閉じていたので、目を開けたまま顔をつけるように指導する。前向きなあずさはすぐにチャレンジするが、視界があるのに息を止めないといけないことに違和感を覚えると同時に、しこたま水を飲んでしまった。
「ぶほっ! けほけほ!」
「ゆっくりでいいのよ、ゆっくりで。焦らせてるつもりはないから」
 あずさがファリスに追いつくのは、ずいぶん後になりそうだ。そんな彼女は、流叶がマンツーマンで教えている。
「私が引っ張るから、きみは浮いているだけで構わない。まずは水に慣れること、だよ」
「はいですの!」
 潜れるというだけでは不安なので、どれだけ落ち着いているかをチェック。流叶が問題ないと判断したところで、プールの縁へ移動する。ここをつかんでバタ足の練習が始まった。コツは「足を下げないようにすること」だが、ファリスはここで苦戦する。しかし、ここからが流叶の腕の見せ所。基本は浮いた状態を維持することなので、彼女には常にそれを意識させる。
 生徒たちが熱心に練習し、教師たちもそれに応える。助け合い教室は、始まってすぐに看板以上の成果を挙げた。

●教える者と教わる者
 泳げないのは、何もあずさやファリスだけではない。シンプルな競泳用水着に身を包んだリヒト・ロメリア(gb3852)は、ティルコット(gc3105)の指導で練習に励んでいた。彼女の状態はあずさより少しマシな程度で、浮かべないし泳げない。それを聞いたティルは素直に驚いた。
「りひとんが泳げないとは意外。せっかくなので、このお兄様が教えてやらう」
 見た目は完全にリヒトより子どもだが、実年齢はなんと上らしい。そのせいか、実は生徒も頼りにしていいんだかどうか悩んでいた。しかし水の中に入ってしまえば、ティルを頼りにするしかない。なぜなら相手はスイスイ泳いでいるのだから‥‥リヒトは素直に泳ぎのイロハを教わった。
 一方、教師役のマルセル・ライスター(gb4909)に寄り添うように、生徒のシエラ(ga3258)がプールの中でいろいろと教わっている。普段はシエラが隊長で、マルセルが隊員と立場が逆。それを察してか、マルセルは準備運動の時からそういった垣根を取り払うことに努めた。
 実はシエラは視力を失っている。思わぬことで溺れてしまう可能性もあるので、ストレッチを念入りに行った。また髪を束ねて水泳帽に入れるように伝えたりと、熱心に指導を行う。
「泳げない‥‥というよりは、今まで水泳をする機会がありませんでしたから。生まれてはじめての体験です‥‥少し、ドキドキします‥‥」
「競泳選手ほどじゃないけど、そこそこ泳ぐのも得意だし‥‥うん、俺に任せてよ、シエラ隊長‥‥って、そうか。ここじゃ『シエラ』って呼んだ方がいいよね、あはは」
 こうやって彼女をエスコートし、今は身体を支えながら水に慣れることからスタートする。たまにシエラが体勢を崩してマルセルをつかむと、お互いの胸に手が行ったりして微妙な空気が流れたりもしたが、練習そのものは至って順調。続いて、水に浮く練習が始まる。
「‥‥無理に力を入れちゃダメだよ。力を抜いて、水に身を任せて‥‥水の重さ、抵抗を身体でよく覚えるんだ。そうそう、その調子」
 彼の言葉のチョイスは、シエラにとっては最適だ。彼女が想像するのに、ピッタリの表現である。安心すると同時に上達も早くなった。
「水‥‥水のイメージはあります。昔‥‥私がまだ視覚のあった4歳の頃に一度‥‥」
 マルセルはたまに頷きながらも、黙って彼女の話を聞く。
「親に連れられて‥‥水族館へ行ったことがあります‥‥ペンギンが泳ぐのがとても速くて‥‥驚いたのを、よく憶えています‥‥」
「シエラは泳ぐイメージも、ちゃんと知ってるんだ‥‥」
「なのに‥‥あの日、私の手を引いていた‥‥大切な人を‥‥思い出せない‥‥」
 彼女は少し寂しげな表情を見せた。悲しい思い出。それを忘れさせるため、マルセルは彼女の手を握る。
「がんばろう、シエラ」
 手のぬくもりを感じながら、シエラは頷いた。
「‥‥ごめんなさい、続けましょう」
 表情こそ変えないが、彼女はあの時のペンギンをイメージして練習に励んだ。順調にメニューをこなすシエラの姿を見守っているのは、マルセルだけでない。プールサイドの隅の物陰の暗がりから遠巻きにフランツィスカ・L(gc3985)も、じーっとその様子を伺っていた。彼女は、どちらかというとマルセルばかりを見ている。その表情は実に恨めしそうだ。
「マルセルさん、楽しそう‥‥」
 彼女は、手にバスケットと水筒を持っていた。休憩のタイミングを見計らってお弁当の差し入れをしようと思っているが、今はまだその時ではない。彼女はじっとその時を待つ。何時間でも。

 同じ頃、南 日向(gc0526)は浮き輪で水の上をプカプカ遊覧中。新しく購入した向日葵柄のビキニがのどかに揺れている。たまにプールサイドに設置されているリクライニング式のビーチチェアでくつろいでいる武藤 煉(gb1042)に「水の上は涼しいのです」とウットリした表情で声をかけていた。煉は「よくやるぜ」と渋い表情を見せる。プールサイドで見学するには、ちょっと暑いようだ。
「あー、くそ、あっちぃな‥‥」
「見てるだけだからなのです。さて、そろそろ浮き輪を外します!」
 久々の水に慣れたところで、日向は意気揚々と浮き輪を外した。その瞬間、彼女はじたばたし始める。どうやら足がプールの底に届くまでに溺れてしまったらしい。思わず、煉も立ち上がった。
「うあっ! お、溺れちゃいます! 溺れ‥‥! あ、浮ける」
 力を入れて暴れたせいで多少の水は飲んでしまったが、そのフォームが偶然にも犬掻きだったという幸運。さらに浮いているという現実を知り、うまく浮くコツをもつかんだ。
「ふーっ、心配させんなよ。しかしがんばってんな、あいつも」
 不安を誘う声が響いたからか、そこへ教師役の少年がやってきた。彼の名はソウマ(gc0505)。またの名を「キョウ運の招き猫」。今日も恐ろしい運命が、プールに花開く。
「僕に任せてもらえれば、今日中に泳げるようになりますよ」
「本当ですか! 今日は必ず泳げるようになって帰るつもりなんです!」
 日向の意気込みを聞き、ソウマはうんうんと頷く。
「なんせ僕は、いろんな水難に遭ってますから。他の人より経験は豊富ですよ?」
 片目をつぶり、茶目っ気たっぷりに微笑む先生。それを「へぇー」と納得して聞く生徒。煉は何ともいえない不安を感じていたが、さっきの幸運はソウマが持ってきたと捉える‥‥には無茶があるが、それでもあまり無理のない論理ではある。ここは日向の教師をソウマに任せることにして、自分は「目の保養を」とばかりにお楽しみを始めた。
 ソウマは日向にクロールを指導した。まずは息継ぎの練習。右側に顔を上げて息継ぎしたら、次は左側と交互に行う。日向はたどたどしい動作ながら練習を続け、たまに休憩がてら犬掻きを試したりした。
 そんな美しい助け合いを眺めながら、宗太郎はさっきの日向よろしく、大きな浮き輪でのんびりと浮いていた。水を蹴る勢いでできる波に流され、端にたどり着くとは縁を蹴ってまた漂う。そんなことを続けていた。
「あ〜、この浮遊感。いいですねぇ‥‥」
 完全に気の抜けたこの場面で、花がサメのように静かに迫る。赤とオレンジでキュートな水着のサメは、油断しきった宗太郎にいたずら開始。浮き輪の栓をちょちょいと触っていると、そのうち乗組員が気づいて大騒ぎ。
「あ、ちょ、コラ! 待‥‥ガボガボっ!」
「油断しすぎだよ、宗太郎クン♪」
 しこたま水を飲んで苦しむ宗太郎を見て、花はきゃっきゃと笑う。いたずらは大成功。しかし、これで終わるはずがない。復讐は復讐を生む。宗太郎は彼女への報復をひそかに誓っていた。

 一方、25mプールに陣取るのは、赤いふんどしを風になびかせる鬼教官・リュウセイ(ga8181)。それをなぜか羨望の眼差しで見つめるのが、姫川桜乃(gc1374)。しかし、そのつぶらな瞳はなぜか少し泳いでいる。
「リュウセイさんが白ふんどし‥‥まさか、私のふんどし姿を見たから、このスタイル? でも、どこで見たの‥‥身に覚えがありすぎてわからない」
「いいか! まずは水を好きになるところからだ! 怖がらなければ大丈夫だ! 1に気合2に根性、3・4は休んで5に食事!」
 風貌を裏切らないリュウセイの教育スタイルに果敢に挑む桜乃だが、息継ぎのタイミングが合わずしこたま水を飲む。
「ぷっはぁ〜! ゲホゲホ‥‥うまく吸えないのよね。おまけに水飲んじゃうし」
 どうやら桜乃の場合、前に進む意識が強くて息継ぎがうまくいってないらしい。その点を考慮し、リュウセイが体当たりで熱血指導。フォームを教えてもらう際に身体を添えられると、桜乃はちょっと顔を赤らめる。そして教官の「わかったか!」のセリフにかぶる形で「はい!」と言ってしまう。どうやら、内心はドキドキしているようだ。
「もうちょっと頭を上げててもいいのね‥‥」
 さらに胸の鼓動がリズムを崩すのか、桜乃はその後もおいしく水を飲んだ。それを隣のコースで泳いでいた嚇劉 牙(gc4367)が目撃し、彼女を呼び止めて指導するが‥‥原因が気持ちにあるのでは、何を聞いてもうまくはいかない。
「おまえ、俺様の言うこと聞い‥‥」
「はいっ!」
 また教官の言葉よりも先に返事しちゃった桜乃は、教官と同じく体当たりでがんばっていた。

●不埒な野郎を退治?!
 教室が開講してしばらくして、プールの監視員が全員に休憩するよう指示する。
 このタイミングでフランツィスカが出てきて、ようやくマルセルとシエラの前に姿を現した。マルセルは彼女を『リヒテン』と呼び、勧められたお弁当をみんなで食べようと提案する。彼はシエラを休ませる目的もあり、ここはフランツィスカと接する時間を増やした。
 そこへ流叶が、ヴァレスから太鼓判をもらった葛餅を持ってやってくる。参加者全員に振る舞うとのことで、3人は喜んでそれを頬張った。風流さが漂う和菓子の登場で、プールサイドはいよいよ涼しげな雰囲気が漂う。リュウセイもサンドイッチをみんなに配り、休憩の時間を盛り上げる。UNKNOWNはビーチテーブルにそれらを置き、愛用の帽子をかぶってパラソルの陰でしばし優雅に読書。胸の十字架が水面に映る太陽が、時折キラッと輝かせた。
 煉は戻ってきた日向の労うように、ジュースを差し出した。彼女もそれを受け取り、嬉しそうに飲む。目の保養が近くでできるとあってか、煉はしばし黙りこくった。だが視線をどこに向けても、だいたいは美人に引っ掛かる壮大な罠。あずさのところにはファリスと悠季が、また花やリヒトもなかなか‥‥と鼻の下を伸ばしていると、似たような面子が自然と寄ってくる。ソウマとティルだ。
「おっ、ソウマ。日向が世話になってるな!」
「それほどじゃありません。ある意味でずいぶんとお世話になってます」
「その表現は正しいよー。ナイスバディなお姉さんの水着姿は永遠だからね〜」
 すっかりスケベなオッサンみたくなってしまった3人組‥‥ここでよーく思い出してほしい。このトリオの中に、キョウ運の持ち主がいることを‥‥そしてその運は、とんでもないものを呼び寄せてしまった。真珠色の水着に白い水泳帽、そして顔を覆い隠すヒーローマスク。スレンダーな女性が扮するこの姿をも、男たちは反射的にじっくり観察してしまう。これがいけなかった。
「不純な動機のケダモノどもめ! 正義の裁きを受けなさい! 私は謎の美少女戦士・ドラグレディ!」
「ファリス、あの方知ってますの。麗那さんですの」
「しーっ! 今はドラグレディなのっ!」
 いきなり正体をバラされて慌てる麗那‥‥ではなく、ドラグレディ。どうやら彼女も、キョウ運に巻き込まれているらしい。リアクションに困る3人は「どうすっかなー」と相手を眺めながら、声を潜めて作戦を練るが、残念ながら名案は浮かばず。その舐めるような視線は、ドラグレディを怒らせるのに十分すぎた。
「私のハートが真っ赤に燃える! 純潔護れと轟き叫ぶぅ!」
 握られた右の拳が炎をまとったかのように揺らめく。さすがは能力者の3人、その威力は直感で察した。あれを食らえば、タダでは済まない‥‥魂が震えた。
「いや、俺はそんなスケベに見てねぇよ!」
「何を言うんですか! それだと僕がまるで煉さんよりスケベに見てたみたいじゃないですか!」
「スケベとは違うと思うよ。目の保養だって。だって自然と揺れてるわけだしさ」
 まったく反省のないティルの言葉が引き金となり、ついにドラグレディは実力行使に出た!
「ドラグーン竜星拳ーッ!」
 すさまじい勢いで放たれる正拳の連打は煉とソウマをボコボコに、ティルに至っては最終的にプールへと投げ込まれてしまった!
「ぶふっ! だから僕はそんなつもりじゃ‥‥って、あれ?」
 逃げ口上を言いながら事態の収拾を図ろうとしたソウマだが、偶然にもドラグレディのお尻に手が行った。相手はこれで完全にキレてしまい、もはや拳の速さは誰にも見えないほどに‥‥!
「不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔不潔ぅーーーっ!」
「僕は‥‥それでも、やって‥‥ない。ぐはっ!」
「オホホホ、正義は必ず勝つ!」
 スケベトリオを粛清したドラグレディだったが、予想外の不意打ちまでは読めなかった。なんとこの騒ぎに乗じてUNKNOWNが彼女の背後に近づくと、そっと背中を押してプールに叩き落した!
「純潔こそ、学園の正‥‥ゴボゴボモガモガ」
「危険だから、プールサイドで騒いではいかん」
 最後は正論とダンディズムが勝利を収めたといえよう。誰もが納得する結末に、自然と拍手が起こった。

●泳ぎのコツをつかめば
 騒々しい休憩も終わり、練習も後半に突入する。
 あずさはファリスの熱心な応援を受けながら、なんとか水に浮くところまではできるようになった。しかし水に顔をつけるのに、まだ抵抗がある。悠季はてっとり早く、まずは犬掻きを教えることにした。これなら息継ぎする必要もない。ただこればっかりは見て真似てもらうより他にない‥‥あずさは恥ずかしがらず、懸命に犬掻きを練習した。ヴァレスも一緒になって犬掻きでついていく。
 流叶の指導を受けるファリスは、めきめきと上達。少しずつ泳げるようになっていた。その様子をあずさがじーっと見つめていると、すぐに彼女から「ファリスもがんばっているの。あずさ姉様もファイトなの!」と声がかかる。流叶は「ごもっともだね」と微笑むと、姉様も腐らずにまた泳ぎ始めた。
 なんとか負傷から立ち直ったソウマは日向を、ティルもリヒトを指導する。ふたりともバタ足もうまくなり、普通に泳げるようになるのも時間の問題。日向は偶然でコツをつかんだ犬掻きもマスターした。
 この頃、花はみんなが練習しているところから離れ、宗太郎に潜水を教えてもらっていた。しっかり水を掻くことが重要だと教え、それを彼女が実践する。この時、宗太郎はあるタイミングを計っていた。それは浮き輪の空気を抜かれた、あの時の仕返し‥‥花が必死になって熱くなった頃を狙い、黙って水の中に入る。そして彼女が潜ろうとした瞬間に足を引っ張って、強制的に水中へと誘った!
「むぐぐ! んーんー! むがむが」
 すっかり花は慌ててしまい、結構な量の空気を吐き出してしまう。そこで宗太郎が顔を近づけて彼女の唇を奪い、そこから強引に空気を送り込んだ。もちろん花はキスされると思っていないので、空気をもっと逃がしてしまう。そしてふたり揃って、顔を上げた。
「ぶはっ! けほけほっ! なっ、何するのよっ! 溺れたじゃない!」
「でも、先にいたずらしたのは花だからな? これくらいは許せよ♪」
 思いもよらぬところでラブラブして、苦しいのも忘れてちょっと喜ぶ花。照れてる姿を見て満足する宗太郎だったが、警備員が慌てて飛んでくる姿を見て大いに焦る。
「あっ‥‥どう見てもあれは溺れてたように見える、よね‥‥」
 まだ顔を赤らめてもじもじしている花をせっつく訳にもいかず、宗太郎はどう言い訳しようかと頭をフル回転させた。

 シエラの泳ぎが上達していることを聞き、フランツィスカはチャンスと踏んだ。ここで彼女は猛アタックする。
「えっと! 実はその‥‥私も泳げなくて‥‥マルセルさんに教えていただけたらなぁ‥‥なんて」
「そういえばさっき、あっちのプールでリュウセイが教えてたけど‥‥」
「その‥‥白いふんどしじゃなくて、マルセルさんがいいんです! ほら、シエラさん‥‥慣れない水泳で疲れているようですし、もう休まれた方がいいと思うんです!」
 リュウセイ本人が聞いたら泣きそうなセリフも交えながら、フランツィスカが熱弁を振るう。確かにここで彼女の休憩を挟むのは合理的だ。マルセルは「わかったよ」と答え、フランツィスカに泳ぎを教えることに決める。彼女は素直に喜んで、メガネを外してプールに入った。彼女にとって最大の不幸は、メガネを取ると何も見えなくなることである。
「ああ、今そこに適度に引き締まった艶かしい筋肉が‥‥」
 なんとかボディタッチを狙うフランツィスカだが、泳げない名目でマルセルを連れ出した以上、指示に従うしかない。本当は上手に泳げるのに‥‥プールの縁をつかんでのバタ足を指示され、涙もよだれも飲んだ。その我慢が裏目に出てしまう。彼女は無意識に、あずさに見習ってもらいたいほど上手なバタ足を披露していた‥‥
「上手だね、リヒテン」
「えっ、あ、そ、あれ?」
 これではいけないと、急に下手な泳ぎをしようと演技をしたのがよくなかった。ろくに準備運動もせずに潜んでいたので、いきなり足をつって本当に溺れてしまう!
「もがもが‥‥!」
「リヒテン、大丈夫‥‥うわっ、そんなとこつかんだら危な‥‥!」
 フランツィスカは絶好のタイミングで水泳パンツを握ってしまった。これではさすがのマルセルも冷静さを失い、ふたり仲良く一緒になって溺れる。これを救ったのが、ソウマと牙だった。なんとかふたりは水中から救出され、しばし男たちの身体で支えられる。
「まさにラッキー‥‥って奴だな。おまえ、そっちの娘が苦しそうじゃないか?」
「そんなことないですが‥‥ね、念のため、人工呼吸を‥‥」
「‥‥マルセルは、男ですけど‥‥」
 ソウマは頭しか出ていないマルセルと唇を重ねようとするが、駆け寄ったシエラの言葉を聞くと慌てて距離を置いた。牙もソウマを騙したわけでなく、素で勘違いしていたらしい。提案した方は「悪いと思ってるけど、それくらいはてめぇで確認しろよ」と悪態づいた。
 牙が飛び出したことから、25mプールはリュウセイと桜乃の貸切状態になる。依然として息継ぎがうまく行かないが、それでも桜乃は徐々に距離を伸ばしていた。リュウセイはそのたびに「いいぞいいぞ!」と褒める。彼女の記録を伸ばすだけでなく、やる気も伸ばすのが目的だ。その辺はしっかりと心得ている。白いふんどし先生の活躍は、もう少し続きそうだ。

●ビーチボールと夫婦の話
 水泳教室の成果が、目に見える形で反映された。あのあずさでさえ、不恰好ながらも犬掻きを習得。泳げないと言っていた能力者もだいたい泳ぎ方をマスターし、後は精進あるのみだ。
 練習ばかりでは息が詰まると、UNKNOWNはプールの中にビーチボールを投げ込む。それを合図に、みんながそれを叩いて遊ぶ。ファリスが前にポーンと打つと、花が宗太郎の顔面めがけてアタック。しかしそれを読んでいた彼は、すかさずブロック。こぼれ球を日向と桜乃が追うと、不規則な波がみんなを襲う。そんなことを繰り返して、しばし遊んでいた。
 その頃、プールサイドのテーブルで、あずさに参加の動機を聞くメンバーがいた。なぜあそこまで必死になったのか、悠季やヴァレス、流叶がひそかに気にしていた。
「指導料ってわけじゃないんだけど、ちょっと聞いておきたくって‥‥」
 最初は柄になくもじもじして話そうとしなかったあずさだが、ヴァレスと流叶が夫婦、そして悠季も新婚と聞くと、旦那とのやり取りを話し始めた。それを聞いた3人は「そうなの‥‥」と前向きすぎて感心したようにも見える態度を見せる。その後で、流叶が何気なくあずさに質問する。
「泳げないから教えてほしい、って正直に頼る‥‥とかはダメかい?」
「その‥‥そういうのを言うのが、私のキャラじゃないっていうか‥‥」
「流叶の言うとおりだよ。苦手だから教えてほしいって言えば、むしろ旦那さんは喜ぶんじゃないかな? 男なんてそんなもんだよ♪」
 あずさは「そんなもんなのか?」と何度も尋ねるところを見て、悠季は思わず微笑んだ。まさか彼女と境遇が似た者同士だったとは思わなかったらしい。
「どこの夫婦も同じだね。ところで、将来の家族計画とか考えてる?」
 さすがにそこまで考える余裕がなかったのか、それともダイレクトに聞かれて驚いたのか‥‥あずさは盛大にジュースを吹き出す。それを契機に、このテーブルでは家族の話題で大いに盛り上がった。

 ビーチボール遊びが終わると、各自で整理体操を行ってプールに上がっていく。楽しそうな声はまだ屋内プールに響いていた。
 煉は日向と並んで、プールサイドで脚だけ水につけて涼しむ。日向は煉から渡されたバスタオルを肩からかけている。
「脚ばたばただけでも涼しいし‥‥きれいなのです、水しぶきが!」
「ずっとあそこで座ってるよか、よっぽどマシだぜ。ま、太陽にゃ向日葵が似合うってことか‥‥」
「えっ? 何か言いましたか?」
 さらっと日向の感想を述べたつもりが、バッチリ聞かれてた‥‥煉は慌てて「独り言聞いてんじゃねぇ!」とまくし立てるも、相手はまったく意に介さない。
「明日は筋肉痛に苦しめ! 日焼けにも苦しめ!」
「筋肉痛と日焼けは勲章です! 今日はいい汗をかきました!」
 嫌味までも通じず、煉は「ちぇっ」と舌打ちする。日向はその間もずっと脚をぱたぱたさせていた。
 その隣ではリヒトとティルが「お疲れ様」の意味を込めて、一緒にジュースを飲んでいる。こちらも今日のことで盛り上がっていた。
「目の保養するのはいいけど、見つかって大目玉食らわないようにって言ったのに‥‥」
「りひとん、トレジャーハンターに危険は付き物なんだよん。覚えときねぇ〜」
 もちろん彼の心の中には、リヒトの水着姿もバッチリ記憶されている。そう、トレジャーハンターはいつも欲張り。グラスの氷を揺らしながら、ティルは屈託のない笑顔を見せる。
 水中でラブラブした花と宗太郎は、水際でも仲良く過ごしていた。仲良く同じジュースを飲んで水分補給をしながら、花はじーっと彼の横顔を見つめる。そして最後に「今日はありがと」と小さく呟いた。それを聞いた宗太郎は、彼女の頭に手をポンと置く。
「潜水する時は‥‥ビキニやめた方がいいぞ。胸のがズレるから」
「ま、まさか! みっ、見てたの! しかもいろいろ!」
 せっかくの雰囲気がピンク色に染まる。何気なく直していたのに、全部見られていたなんて‥‥花の顔は赤く染まった。

●25mの決戦!
 泳げない人にきっかけをつかませたヴァレスだったが、それを伴侶の流叶が察して声をかけた。
「ふむ‥‥物足りないようだね。なら、何かを賭けて25mプールを競争するかい?」
「いいね。じゃあ‥‥負けたらなんでもひとつ、相手の言うことを聞く、というのでどうかな♪」
 この提案が受け入れられ、夫婦の熱き戦いが決定した。対決の舞台となるプールでは、リュウセイと桜乃が背泳ぎの体勢で浮きながら、ふんどしの話で盛り上がっていたが、夫婦対決と聞いて喜んでその場から出る。ファリスも泳ぎを教えてくれた流叶が泳ぐと聞いて、応援に駆けつけた。もちろん彼女に連れられて、あずさと悠季もやってくる。
「悠季は、どっちが勝つと思う?」
「あら‥‥女は強いわよ? 負けるつもりで提案したとも思えないし」
 この勝負は公平を期すため、桜乃の号令でスタートすることになった。ゴールの判定はリュウセイ。ふたりは飛び込み台からゴールを見据える。
「じゃあ、位置について〜。よーい‥‥ドン!」
 桜乃の合図で、ふたりはほぼ同時に飛び込んだ。知り尽くした相手だけに、途中の展開や結果が気になる。レースをしながら、ヴァレスはドキドキしていた。プールで感じた物足りなさを、まさか妻に補ってもらうとは‥‥これに応えるには、全力で泳ぐしかない。彼は必死に水を切るようにして泳いだ。水中でも応援の声が聞こえる。今日、一番充実していた。
 そして端まで泳ぎ切って顔を上げる‥‥しかし、すでに流叶が立っていた。ファリスはプールに飛び込んで、自分のことのように喜ぶ。
「勝負ありだが、本当にわずかな差だったな。よくがんばった!」
「おめでとうなの、流叶先生! ファリス、これからもがんばって練習するの!」
 流叶は祝福を受けると、旦那に一声かけた。
「実は‥‥新しく考えた料理がある。今度それを食べてもらおう。私の完全オリジナルだ」
 ヴァレスは「わかったよ」と返事すると、コースロープをくぐってお互いを讃え合った。カンパネラ学園の屋内プールにさわやかな風が通り抜ける。