●リプレイ本文
●マネキンへの願望
地元警察の迅速な対応もあって、ブティック周辺にいた一般人の避難はすでに終わっている。
この白昼の惨劇に終止符を打つべく、能力者たちが集った。人間の息遣いを感じない静かな街を、坂神・源次郎(gz0352)が先頭に立って案内する。
「このまんま歩いてけば、問題のブティックだ。裏に回りこむなら、左手にある細い道を使うといい」
それを聞いた牧野・和輝(
gc4042)は、如月 芹佳(
gc0928)と宵藍(
gb4961)とともに細道へと向かう。
「坊や、さっさと行くぜ」
「俺は坊やじゃない! マネキンのくせにイケメンとか、調子に乗ってるだろ。俺だって言われてみたいのに‥‥」
童顔コンプレックス全開の宵藍に、正面から攻めるメンバーの秦本 新(
gc3832)が「まぁまぁ」となだめた。彼の傍らにはエンジンを切ったバイク形態のAU−KVがある。
「挟撃はタイミングが命ですからね。そちらの連絡で突入しますから、よろしくお願いしますよ」
芹佳が「わかったよ」と返事すると、3人は裏口を目指して移動を開始した。
新と同じく正面から攻める木花咲耶(
ga5139)は、スーツを着たイケメンの容貌に淡い期待を寄せていた。しかし「わたくしの期待を裏切ったら許しません」とも語っている。
それを聞いたリゼット・ランドルフ(
ga5171)は「黒髪のイケメンなあたりが罪作りです」と言い、味方をも魅了する厄介な敵を一体残らず倒さねばと気を引き締めた。
「マネキンキメラ‥‥前に出会った敵よりも強かったら、腕試しにはちょうどいいのですが‥‥」
イケメンへの興味を示さない水無月 蒼依(
gb4278)は、ゆっくりと武器を抜いて静かに突入の時を待った。
裏口は商品の搬入に使う大きなシャッターと、従業員が出入りする扉が並んでいる。3人は見張りがいないか確認して、こそこそと接近した。
そして宵藍は勝手口のドアノブに手をかけてゆっくりと回し、施錠されているのを確認する。和輝は鍵の形状を見て、ピッキングできると判断。そのまま鍵開けの作業に入った。
「もし時間がかかるようなら、ぶっ壊すからな」
強行突破もやむを得ず‥‥と思いきや、いとも簡単に「カタン」と軽い音を立てて鍵が開いた。宵藍はトランシーバーで、表で待つ新に連絡を入れる。
「あーあー、こちら裏口班。裏口の封鎖をしてから、店内に繰り出す!」
「了解。しっかり暴れてくださいよ」
宵藍は通信を終えるとエネルギーガンに持ち替え、和輝も銃を構える。芹佳も蛍火を装備し、挟み撃ちの準備が整った。
●挟撃、開始!
和輝が隠密潜行を使用して裏口を開くと、すぐさま宵藍と芹佳が搬入口の近くへ向かう。
「シャッターがあるってことは、近くに操作盤が‥‥あった。これだな」
宵藍がエネルギーガンでこれを破壊、芹佳は近くに積まれていた段ボールやハンガーなどを崩してバリケードを作り、従業員の逃走経路を潰した。
物音を鳴らしたところで、そのまま店内に突入。目の前に、噂のマネキンが立ち塞がる!
「にょにょーん」
「作り物の分際でスタイルもいいなんて‥‥チビな俺への嫌がらせか! 見下ろすなっ!」
ひとりヒートアップする宵藍は武器を月詠に持ち替え、迫り来るイケメンにエアスマッシュを放った。これが見事に命中し、マネキンは黒髪を乱しながらのけぞる。
そこへ芹佳が追い討ちとばかりに迅雷を使って後ろに回りこみ、そのまま円閃で足払いを狙う。敵はダメージを受けながら「にょーん」と言い、後頭部をしこたま打ちつけた。
「足元がお留守だよ♪」
それを見た和輝は鋭覚狙撃を駆使して、的確に脚を狙っていく。確実に攻撃を命中させているが、まだ相手の行動を制限するまでには至らない。
この時、正面突破の5人が堂々と玄関からやってきた。新はミカエルを装着、他のメンバーも準備万端である。
こうなると敵も黙ってはいない。ショーウインドウに並んでいた例のマネキンが不気味に動き出し、奥から別のマネキンも動き出した。総勢3体のキメラが、この店を守る。
「にょにょーん」
無表情のまま、奇怪とも珍妙とも思える鳴き声を放つマネキン型キメラ。上から下まで黒で統一されたシックなイメージだが、この鳴き声がすべてを台無しにしている。
咲耶は丹念にイケメンぶりを確認するが、自分好みじゃなかったらしく、ひどく落胆した声で感想を口にした。
「‥‥期待外れです。しょせんはクグツですか。その鳴き声は、特にいただけません。ハッキリ言いましてキモいです」
彼女の苦言など、彼らにとってはどこ吹く風。マネキンたちは相変わらず「にょにょーん」とつぶやきながら迫ってくる。蒼依は何事にも動じない敵の姿を見て、苦笑いを浮かべた。
「挑発に乗ってくれると、戦いも楽なんですけどね」
マネキンをキメラとしか見ない蒼依は、迅雷を使って目の前の敵に接近し、そのまま円閃を叩き込む。
一瞬の出来事に驚いたのか、ダメージを受けつつ「にょにょ!」と奇声を出すマネキン。それにムッとした咲耶が、豪破斬撃と流し斬りを駆使した国士無双の強力な一撃を加えた!
「目の保養にもならないものに興味はありません」
これだけの攻撃を受けながら、敵は何事もなかったかのようにむっくりと起き上がり、能力者を倒さんと向かってくる。すでに美しい黒髪もスーツもずたずた。見るも無残な姿である。
新は竜の爪を使ってミカエルの腕にスパークをまとわせると、小銃で容赦なく端正な顔を狙う。
「顔がご自慢のようで‥‥なら、その顔面を消し飛ばしてやりますよ!」
美しい造形に2発の銃弾がめり込むが、相手が戸惑う気配はない。破壊された顔の隙間から「にょにょーん」という音を響かせ、まるでゾンビのように動き出した。
「こうなってしまっては、いろんな意味で脅威なだけですね」
スプラッターな展開は望むところではないとばかりに、リゼットは手負いのキメラの側面から豪破斬撃を繰り出す。その技の勢いからか、マネキンは粉々になってしまった。
「にょ‥‥にょにょん」
仲間のゆる〜い断末魔を聞いてか、もう1体がゆっくりとリゼットに迫る。そこに飛び出したのが、ステキ眼鏡の輪島 貞夫(
gc3137)だ。仲間たちを制して、敵の目の前へと躍り出る!
「常に気品ある紳士を目指すこの輪島、紳士服の着こなしでマネキンキメラに負けるわけにはいきません!」
「にょにょ?」
「というわけで勝負です、にょにょーん!」
敵との意思疎通を図ろうと、語尾に「にょにょーん」をつけて語る貞夫。驚きの展開に咲耶は顔に手を当てて呆れ、リゼットはその勢いに負けて思わず拍手する。
「まずは魅力的なポーズで勝負です、にょにょーん!」
貞夫が瞳と眼鏡を輝かせん勢いのまぶしいポーズを取ると、マネキンも負けじとすがすがしさ満点のポーズを決める。蒼依と新は、その様子をぽかーんと見つめていた。
「あれ、戦ってんのかな‥‥?」
「‥‥そういえば、芹佳様も黒いスーツを着てらっしゃいますね。この勝負には加わらないのでしょうか」
誰もが遠慮なく蒼依に「誰がそんなもんに加わるか!」とツッコんだが、芹佳はちゃっかり武器を持ってのカッコいいポージングに挑戦していた‥‥
「清廉潔白の白もいいけど、何色にも染まらぬ黒。これが私の信条かな。店員さんの白スーツに対抗してみたよ」
本日の勝負服をみんなに紹介しつつ、嬉しそうな表情とポーズを披露する芹佳。咲耶は「これは芹佳様が優勝でしょう」と言うと、新も「右に同じ」と淡々と答えた。
しかしそれはあくまで、外野が外野を評しただけ‥‥貞夫とキメラとの決着はついていない。失望や嫉妬を帯びた湿っぽい感情を吹き飛ばす戦いは、まだまだ続きそうだ。
貞夫のステキ勝負の誘導もあり、新手のキメラからの反撃を受けることはなかったが、裏口にいる敵は宵藍に的を絞って攻撃を開始。両腕をあり得ない形に振り回して襲ってくる。
「遅いぜ!」
いとも簡単に回避した宵藍だったが、それでも嫌な顔ひとつ見せずにさわやかな表情で向き直すキメラを見ると、またまたムッとしてしまう。
「あいつ! 当たってないくせにあんな表情しやがって!」
「坊や、端正なお顔を壊せばいいんだよ。さっきの新みたいにな‥‥クククッ」
和輝の言い方は残忍だが、まさに正論。宵藍は「こう見えても25歳だ!」と反論しつつ、イケメンキメラの撃破を改めて胸の中で誓った。
●いろんな意味で勝負あり!
キメラが仲間に暴力を振るったのを見て、貞夫はさっと上着を脱ぎ捨てた。いよいよ肉弾戦なのか‥‥周囲も「やっと戦ってくれる」と胸を撫で下ろす。
貞夫が覚醒すると同時に筋肉が膨れ上がり、服が内部からはじけ飛ぶ。さらに無駄にマッチョなポーズを取って、雄々しく叫んだ!
「ほぉああああああああっ!」
店内に不釣合いな怪鳥音を響かせながら、懐から取り出した特殊な眼鏡を装着する。まさかこれが武器だとは、誰も思っていないだろう。
貞夫は両足を肩幅に開き、ゆっくりと腰をかがめると、勢いよく叫ぶ‥‥まさかこれが攻撃に必要な動作だとは、誰も思わないだろう。
「くらえっ! メガネ光線ッ!」
七色に輝く必殺のメガネ光線はキメラに命中するが、いかんせん相手のリアクションがないに等しいので、どれだけの効果があったのかがよくわからない。
「まだ立っているとは‥‥だが、ここで引き下がるわけには!」
その声に応えるかのように、リゼットがソニックブームを当てて隙を作ると、それを見逃さずに蒼依が円閃と二連撃を駆使した強力な斬撃を見舞う。
さすがのマネキンもこの攻撃には参ったのか、か細い声を上げながら玄関から外へと逃げようとした。しかし、新のミカエルが立ち塞がっている!
「にょにょ!」
「逃がしゃしませんよ。店内にお戻り願いましょうか‥‥はあっ!」
武器をヒベルティアに持ち替え、さらに竜の咆哮を使い、キメラに強烈な一撃を見舞う。攻撃を避けられなかったマネキンは、再び店内へと引き戻された。
そこに待っていたのは、失望を力に変える和服美女の咲耶である。彼女は豪破斬撃と紅蓮衝撃を重ねた強烈な一撃を見舞わんと立っていた!
「覚悟!」
真一文字に繰り出された一閃は、何のためらいもなくマネキンの首を飛ばす。そして「にょにょん」という断末魔を響かせると、地面に伏したままピクリとも動かなくなった。
「ふ‥‥紳士対決は、どうやらメガネが勝負の明暗を分けたようですね!」
貞夫の決め台詞に後押しされ、裏口から急襲した3人も奮起する。
宵藍が残りの1体に向かって迅雷で距離を詰めると、そのまま刹那で脚を斬りつけた。再び体勢を崩すところを、和輝が再び鋭覚狙撃の効果を発揮し、今度は顔を狙う。頬に風穴が開けると、ずいぶんと嬉しそうな表情を見せた。
「いい顔になったじゃねぇか‥‥そそるねぇ」
そしていよいよ芹佳がトドメを狙おうとしたその瞬間、壁の一部がパカッと開く。この仕掛けには、誰もが驚いた。その中から5人ほど、白スーツを着た従業員と思しき男性たちが慌てた様子で裏口に殺到する。
芹佳はすぐに裏口の方に駆けつけ、敵の逃亡を阻んだ。
「どこを見ているの? 私はここだよ?」
「し、しまった! 回り込まれたっ!」
キメラの撃破は時間の問題と判断した芹佳は、迷わず従業員たちの前に立ち塞がった。その先も彼女によって作られたバリケードがありく、そう簡単には逃げられない。
この隙にマネキンが宵藍に反撃するが、またしても当たらず。宵藍はひとまず嫉妬を忘れ、すばやい身のこなしで従業員に迫ると、まずは峰打ちでフォースフィールドの有無を確認する。
「ぐわ、痛いっ! ひーっ!」
「あれ‥‥普通の人間かよ。みんな、手を貸してくれ。こいつらに逃げられると面倒だしな」
宵藍は相手をおとなしくさせると、手錠を使っておとなしくさせた。ひとまず玄関の見張りを新に任せ、咲耶とリゼット、蒼依も従業員の確保に向かう。
その間、和輝はキメラに対して、鋭覚狙撃を駆使した攻撃を食らわせる。今度は額に大きな風穴を開け、趣味のいい笑い声を響かせた。
貞夫は従業員を捕まえて新たなるステキ対決をするかと思われたが、本人いわく「情けない悲鳴を上げる連中とは戦うまでもありません」と高らかに不戦勝を宣言する。
戦闘のドサクサに紛れて逃げるタイミングを伺っていた従業員たちも無事に捕まえ、残すは手負いのキメラのみ。
和輝は号砲とばかりに再び鋭覚狙撃で脚を狙う。その弾丸は命中し、マネキンはゆっくりと後ろへよろめいた。そこへ芹佳が、迅雷で一気に間合いを詰める!
「真・燕返し!」
ここで必殺とも言うべき2回連続の二連撃が炸裂。1回目は十字に、そして2回目はバツの字に斬りつける。中には無残なマネキンの欠片と悲鳴だけが残った。
「にょにょん‥‥」
「‥‥あ、でもまだ未完成だから、真はつかないかな」
これで勝負あり。高級ブティックが引き起こした怪事件は、無事に解決した。
●賑やかな店内
騒動が落ち着いたことで、店内だけでなく外も少しずつ賑わいを取り戻しつつある。
貞夫は警察が来る前に自分で破いたシャツの替えを店から拝借し、何事もなかったかのように上着を羽織った。ところが宵藍と芹佳は、坂神刑事が来ても気にせずに服を熱心に物色する。
「嬢ちゃんたちには言いにくいんだけど、その辺ぜーんぶ押収するから」
ふたりとも「えっ、もらえないの?」という表情をすると、たまたま見ていたリゼットと新がぷっと笑った。
「べ、別に俺はいいよ。小さいサイズの服、なかったからな‥‥」
「宵藍さんは、貞夫さんに服を見立ててもらえばいいんじゃないですか?」
「きっとお似合いの眼鏡も探してくれますわよ」
ふたりの提案に宵藍は納得の表情を浮かべそうになるも、例のステキな戦いの記憶が頭をよぎったらしく、大きく首を横に振って否定した。
蒼依は大人の女性である咲耶に、イケメンについて熱心に聞いていた。
「あのキメラがイケメンだと、お兄様も兄弟子様も叔父様もみんなイケメンということになってしまうのですが‥‥」
「美しさに定義はありません。蒼依様の感じるがままでいいのです。ただ、わたくしはガッカリしただけで‥‥」
咲耶の言葉はますます少女の悩みを深めていく。蒼依がイケメンを知るのは、もっと成長した後の話かもしれない。
うら若き女性の悩みを小耳に挟みつつ、和輝は現場を指揮する坂神の元に近づいて、唐突に「一本吸うか」とタバコを勧めた。すると相手も「悪いねぇ〜」と遠慮なくもらい、その場でふたりしてリラックスの紫煙を吐き出す。
「自称・キメラ刑事だったか‥‥情熱的で羨ましい限りだ」
「警察官やめてまで能力者やってる人間って、俺は情熱的だと思うけどねぇ。平和になったら戻っておいでよ」
和輝は坂神の言葉を適当にはぐらかすと、しばし警察の仕事を見つめていた。