タイトル:【AA】難民救助・飯!マスター:村井朋靖

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 18 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/29 23:50

●オープニング本文


 ピエトロ・バリウスの戦死とユニヴァースナイト弐番艦の大破の報せは、勝利に酔いかけた欧州軍本部をその黒い翼で一打ちした。チュニジア沿岸に恒常的な拠点を確保するという大業を果たした将兵の顔も、暗い。それは勝利と言う言葉で表すには余りにも苦い味わいだった。
『数百人規模の一般人の収容所があるようだ』
 そう、生き残った兵士が語る。場所は、かつてカサブランカと呼ばれた都市のやや北側。バリウスの指揮下の一部隊は、陽動のためにそこへ強襲を仕掛けようと企図していたらしい。陽動はもはや、果たす意味が無くなったのだが。
「彼らをもしも解放できるならば‥‥」
 バリウスから指揮を引き継いだブラットは、言葉の後ろを宙に漂わせた。この戦場が無駄でなかった証が一つ、増える。それは、暗く沈んだ空気に光を差す事でもあった。
「ブリュンヒルデ、拝命します」
 マウル・ロベルは綺麗な敬礼を返した。今の欧州軍は小さくとも価値ある勝利を欲している。いや、必要としている。『比較的』損傷の軽微なブリュンヒルデで収容所を強襲、民間人を確保の上離脱するという作戦を立案するほどに。

 厳戒態勢の張り詰めた空気の中を、こってりとしたソースの匂いが漂う。さすがの兵士たちも「何事か!」と、艦内を歩き回った。
 ブリュンヒルデ艦内に救助される難民たちのために用意されたKV格納庫の一画‥‥そこには日本に古来から伝わる移動屋台が鎮座していた。店主の天満橋・タケル(gz0331)は、怪訝そうな顔をする兵士たちに弾けんばかりの笑顔で爪楊枝に刺さったたこ焼きを差し出す。
「そない嫌らしい顔せんといてや〜。地球人はみーんな仲間やろ‥‥たとえ、どこに住んどってもな。ほらほら、熱いうちに食ってや!」
 どうやらこの店主、上役からやるべきことを聞かされているらしい。ということは、彼の仕事はこれからが本番。この焼きは、ウォーミングアップといったところか。
 それを察した兵士たちはいちおう納得し、たこ焼きを食べながら自分の持ち場へと戻っていく。タケルは「まいど〜♪」と笑顔で見送った。
「もうちょいしたら、メニューも増えるで! お客さんはいっぱいなんと同じで、料理人も俺だけじゃないで!」
 香ばしい焼き音が響く屋台で、タケルは胸を張った。もうすぐここは臨時の食堂となる。戦場に横たわる暗い雰囲気を吹き払うかのように、タケルは陽気に振る舞った。
「他のみんなとも、楽しく賑やかにやりたいなぁ〜!」
 艦内を食事で喜びいっぱいにするミッションが、幕を開けた。

●参加者一覧

/ 篠崎 美影(ga2512) / R.R.(ga5135) / 草壁 賢之(ga7033) / 砕牙 九郎(ga7366) / リュウセイ(ga8181) / 百地・悠季(ga8270) / マリオン・コーダンテ(ga8411) / 最上 憐 (gb0002) / ソーニャ(gb5824) / グロウランス(gb6145) / 柳凪 蓮夢(gb8883) / ソウマ(gc0505) / 布野 あすみ(gc0588) / 和泉譜琶(gc1967) / シクル・ハーツ(gc1986) / 赤月 腕(gc2839) / 由零(gc3482) / プリスティア(gc4105

●リプレイ本文

●仕込みの朝
 当日の朝、ブリュンヒルデのKV格納庫は救出される難民の到着を待つ能力者で賑やかになった。もうすでに、美味しそうな匂いが漂っている。
 そんな中、砕牙 九郎(ga7366)は入口付近に箸やフォーク、スプーンなどの食器を並べた。老若男女、誰でも気軽に食べられるようにとの配慮である。
「食べ方に戸惑ってたんじゃ、自然と笑顔も出なくなるからな。さて、お次はあっちか」
 彼の視線の先には、本日のメインイベントを演出するKVがあった。その前には、巨大な鍋が鎮座している。どうやらこれで料理するつもりらしい。
 エプロンペイントをしたコック仕様のディアブロで調理するソウマ(gc0505)は、鍋の近くに準備された材料を確認していた。
 里芋やこんにゃく、ねぎに牛バラ肉、そして魚‥‥必要なことはしっかり書き留めてあるらしく、せわしなく目を動かした後に「よし」と発する。
 すると彼は紙をめくり、続いて調理方法について読み出したではないか。
「味付けは味噌風味で、寄せ鍋みたいにして‥‥」
「あれ、もしかしてあんま料理しーへんの? まま、仕込みは俺らでやるから、肝心なとこは頼むで!」
 仕込みを手伝っている天満橋・タケル(gz0331)が、ソウマを励ます。そこに九郎が合流し、一緒になって材料を切り始めた。
 さらに前日からの仕込みで今の時間は少し手の空いている柳凪 蓮夢(gb8883)と布野 あすみ(gc0588)がお手伝いに加わる。
「気軽に声かけてごめんなー。蓮夢さん、今日は何作るん?」
「カレーと中華料理です。もっとも麺類は作りませんが‥‥」
「あたしは蓮夢のお手伝いよ。材料を切ったり、盛り付けしたり。あとはアクセントを変えるのに、カレー用にチーズとすり潰した梅肉を準備したの」
 どんなにメジャーな料理でも、一手間加えるだけで見た目も味が変わる。タケルは「それ、ええアイデアやなぁ」と舌を巻いた。
 九郎は準備している最中、ふと何かを思い出したらしく「そういえば‥‥」と話を切り出す。
「さっき百地・悠季(ga8270)のとこが、もう開店してたぞ。朝は俺たち限定みたいだけど、早くないか?」
「腹が減っては戦はできぬ‥‥と言いますしね。私たちには長い一日になりそうですし」
「なるほどなぁ。悠季さんも蓮夢さんも、よー考えてはるわ。」
 タケルの妙に納得した表情を見て、九郎も楽しそうな笑い声を響かせた。格納庫は匂いだけでなく、雰囲気もいい。

 話題に上った悠季が営むのは、スープ屋台。ニットトップに黒のレギンス姿が上品さを醸し出す。
 能力者たちの朝のお目覚めに、コーンポタージュとコンソメ風オニオンとレタスと豆のスープを用意した。
 今は給仕を担当するマリオン・コーダンテ(ga8411)、デザートを作るシクル・ハーツ(gc1986)と、そのお手伝いをするグロウランス(gb6145)が朝食を食べている。
「んー、おいしい! 朝にぴったりね」
「マリオンはわかるが、なんでシクルまでチアリーディング服を着てるんだ?」
「着ると言った手前‥‥や、やはり断ればよかったかな」
 グロウランスは照れるシクルをあえて追求せず、今後の打ち合わせと食べることに集中した。
「今日はプリンにケーキ、それにティラミスか‥‥」
「そうだ。みんなの笑顔を見るためにがんばる」
「シクルさん、その意気よ! アタシもウェイトレス、がんばるから!」
 マリオンの激励に、シクルは頷いた。その時、悠季の案内でミニリアカーを引く和泉譜琶(gc1967)が同じテーブルに座る。
「おはよ〜! 今日はがんばろうね! 悠季さん、コーンポタージュお願いします!」
「わかったわ。しっかり食べてがんばるのよ」
 悠季は意気盛んな能力者たちの活力を生むスープを盛り付けに行った。この時すでに、昼のスープたちも今や遅しと出番を待っている。
 他の料理との相性を考えての中華スープに、野菜たっぷりでこれだけでも満腹になれるミネストローネ。そして日中の暑さを考慮したビシソワーズ。本格的なスープがずらりと顔を揃える悠季のプランに隙はない。
「譜琶も配膳するのぉ?」
「そうですよ〜。小さめのものをデリバリーするんです!」
「それなら、エンジンに燃料入れとかないとな」
 グロウランスは、ウェイター姿の元気娘に語りかける。
「うう〜。でも食べ過ぎて太らないように、配るのがんばらないと‥‥」
「あら、食べるのもお楽しみなの? はい、お待たせ」
 譜琶は一度は葛藤したものの、目の前に悠季のコーンポタージュが来ると、すぐにスプーンを持って食べ始める。
「そりゃよっぽど動かないとダメだな。リアカーでの活躍、期待してるぜ」
 グロウランスの一言で、周囲は自然と笑いに包まれる。その後、顔を赤くして遠慮しながらもう一品を頼む譜琶の姿があった。

●激闘の昼間
 予定の時刻を少し過ぎた頃、救助された難民が続々とKV格納庫にやってきた。
 この時すでに、どの店も営業中。すぐにでも食事は出せるのだが、お客さんの反応があまりよろしくない。やはりまだ不安から解放されていないのだ。
 そんな雰囲気を変えるべく、チャイナドレスに身を包んだ篠崎 美影(ga2512)が明るく振る舞う。その豊満な肉体は魅力満点だ。
「みなさ〜ん、お疲れ様でした。ここでお食事しながら休憩してくださいね」
 難民たちの意識を食べ物へと向けさせると、トドメとばかりにあるテーブルを見るよう促す。
 そこは本格的な中華屋台のお店。店主はR.R.(ga5135)。彼は、切麺を作って出している。
 問題はそこではない。それを食べている客だ。見た目はかわいい最上 憐 (gb0002)が、特別に用意されたドデカい器でパクパク食べている。
「‥‥ん。食べることが。できる時に。たくさん。食べておくことが。大事」
「あなた、体重以上食べてる気がするけど、ホント大丈夫アルか?」
「‥‥ん。おかわり。おかわり。大盛で。特盛で」
 そんな器で食ってりゃ、大盛も特盛も関係ない。憐の豪快な食いっぷりを目の当たりにした子どもたちが、我慢できずにR.R.の屋台の前へ並び始めた。
「とりあえず作戦成功ね。みんな大丈夫だから。他にもたくさんお店があるし、そっちも覗いてみてね〜」
 美影の誘導で立ち止まっていた大人たちもゆっくりと動き出す。これを契機に、能力者たちの忙しい昼間が始まった。
 R.R.の切麺は、濃いめでトロみのあるスープでいただく。これには疲れた体に活力を入れる効果を見込んでいた。
 配膳は美影が行っているが、その合間を縫って人波を整理したりと、実に精力的に動く。
「ま、うちの食べたら、他のものも食べたくなるアル。満足したらはしごするアルよ」
 炎の中華料理人は、意図的に切麺のスープを濃いめの味付けにしたのだ。この心配りこそが、最高の調味料。彼はおいしそうに食べる客の表情をじっくり見つめていた。

 ノリのよさなら負けないと、手のひらに拳を打ちつけて気合を入れる草壁 賢之(ga7033)は、膝をついて座らせたウーフーの横でそば屋を営んでいた。
 藍色のバンダナに作務衣を着て、ざるそばにかけそば、カレーそばなどバリエーション豊かな品揃えでお客さんを出迎える。
 子どもはKVを珍しそうに見ているが、大人は腕のあたりをじっくりと観察‥‥その視線の先には、焼酎と日本酒のビンがずらっと並んでいる。
「ほらほら、そこのお父さん。こういうのはいかがですかッ?」
 賢之はこれみよがしに業務用フリーザーで過冷却した純米の日本酒を、キンキンに冷えたグラスに注いでみせた。
「冷たいものと冷たいものがぶつかったショックで、注いだ先からお酒がみぞれ状になるですよッ。この季節にピッタリでしょッ?」
 日本のみぞれ酒を披露した後は、出し巻き卵と鳥の山賊焼き、さらに葛豆腐と、そばと同じ和風テイストの酒の肴を勧める。
「子どもさんには、ほら。そば粉のガレットもあるよ!」
「‥‥ん。早く。おかわり。出さないと。食材のまま。食べちゃうよ」
 オススメの料理を披露していると、不意に下の方から憐の声が響く。もうすでにサンプルに置いていた料理を軽く平らげていた。
「おー、憐ちゃん。久しぶり! ああ、い、今、急いで出すから。おーい、ソーニャ(gb5824)ちゃん! こっちの配膳、お願いッ!」
 本格メイド服に黒のニーソックス、ヘッドドレスにチョーカーという着こなしのソーニャは、たくさんの子どもたちと一緒に配膳をしている。
 この時間をみんなで仲良く過ごそうと、手伝ってくれた子に彼女が昨夜作ったクッキーをあげた。すぐに食べたがる子どももいるが、ソーニャは屈んで同じ目線になって語りかける。
「クッキーはすぐに食べちゃダメだよ。いざって時の非常食にとっておこう」
「うん、お姉ちゃん!」
 今はたくさんの食事が用意されているが、この先はどうなるかわからない。彼女は彼女なりの励ましを、クッキーに練りこんでいた。
 その後、ソーニャはくるくると働く。賢之もくるくる働く。この場では、憐だけが余裕だった。
「さて‥‥そばは足りるかな?」
「‥‥ん。大丈夫。そこそこ。少しは。なんとなく。加減して。食べる」
 言葉とは裏腹に、少女はとんでもない食べっぷりを見せつける。賢之は切りのいいところで、タケルの屋台に連れて行こうと腹の中で決めた。

 昼間の忙しい時間帯は、譜琶のミニリアカーは大活躍。今の状況では他の料理を味わう余裕はない。
 彼女は山桜桃と梅の絵が描かれたのれんが印象的な赤月 腕(gc2839)の屋台に出向く。店主は注文を聞くと、無表情で黙々とパンを作り始めた。
「怪我をしてる人もいるから、そっちに持っていくの!」
「なら、まんべんなく作るか」
 この時間のメニューは、ホットドッグとタマゴサンドにサラダサンド。ホットドッグのソーセージは目の前で焼いたものを挟むから、子どもたちに人気が高い。
 譜琶はできあがったものをせっせとリアカーに乗せ、手が空いたわずかな隙を突いてホットドッグに手をつけた。もちろんそれを腕に見られるが、そこは「えへへ〜」と明るく笑ってごまかす。
「ところで、デリバリーはうまくいってるのか?」
「もちろん! メニュー表を準備したから! これであっちこっち移動して運動してるよ!」
 腕は「つまみ食いの分はしっかり動くということか」と理解しつつ、手を動かした。そしてある程度になったところで譜琶を送り出すと、今度はシフォンケーキ作りに入る。

●大規模料理?
 いよいよソウマのKV料理が始まろうとしていた。すでにあの鍋には、たっぷりの食材が入っている。彼は見物客に向かって語りかけた。
「それでは皆さん! 今から芋煮を作ります! そもそも芋煮の起源とは〜」
 付け焼刃の知識を存分に披露して、満足げな表情でディアブロに搭乗。そして見た目がまるっきり武器のお玉を操って、火の入った鍋をかき混ぜ始める。
 高い場所から鍋の様子を伺う人も増え、どんどん盛り上がる巨大芋煮作り。眼下ではマリオンが、どこにどの調味料があるかを巨大ぴこぴこハンマーで指示していた‥‥が、事件は唐突に起こった。
「えーっと、次は砂糖を‥‥」
「あーっ! ダメダメ! そっちは塩だってば!」
 ソウマが芋煮の作り方に気を取られすぎて、肝心の食材を間違えるという世紀の凡ミスをしでかした。ざざーっと入った後に気づいても、もう遅い。格納庫に‥‥衝撃、走る。
「えっ、こっちが塩だった? じゃあ、もっと砂糖を入れれば‥‥」
 初心者が失敗する典型的なパターンにずっぽり陥ったソウマのその後は、あのマリオンでさえも「あーあーあーあー」と呆れるほどベタな展開となった。
 あのお玉で目分量するのだから、失敗すればタダでは済まない。大人たちの戦慄は、子どもたちにも伝播した。なんかヤバい。あの鍋、なんかヤバい。

 新手の閉塞感から逃げるかのように、お客さんは風流漂う『流しそうめん』の場所へと足を向けた。
 そこはリュウセイ(ga8181)が、広い敷地に竹で作った長い道がある。ここにそうめんを流し、みんなにキャッチしてもらうのだ。
「よーし、流すぞー! フォークとか箸で好きなだけ取って食べればいいぜ。動きが早いから見失うなよ!」
 リュウセイは流す時に声をかけ、上流から手際よくそうめんを流していく。子どもたちは何度か失敗するが、次第にうまく取れるようになった。
 たまにみかんやパイナップルなどを流して、見た目がきれいになるようにしている。リュウセイの工夫に、タケルが感嘆の声をあげる。
「なかなかやねー。俺もこーゆーとこ、真似せないかんね!」
「よぉ、タケル! 今回は腕を振るわせてもらってるぜ!」
「よろしゅー頼むわ。あ、下流にうちのたこ焼き食い荒らした憐ちゃんを案内しといたから、ここから先は流し損ねはないと思うで〜」
 それを聞いたリュウセイは、すかさず最下流を見る。するとちっちゃな大食らいの憐が、最後まで流れてきたそうめんを一本残らず、すべて平らげているではないか!
「‥‥ん。おかわり。直接。口に。放り込もうかな」
「あ、ある意味で安心だな。よし、心置きなく流そう!」
 なぜか吹っ切れた表情で、リュウセイは流しそうめんを再開した。子どもたちだけでなく、大人の歓声も絶え間なく響く。

 蓮夢のチャーハンとあすみのカレーも順調に数を出し、少しおしゃれな雰囲気の悠季のスープ屋台も好評。
 九郎の屋台は焼きそばやお好み焼き、さらにはご飯ものまで作る。
 ガッツリ食べたい人には親子丼や中華丼、小食な人や怪我人向けにおにぎりや雑炊を用意。おにぎりの中身は梅や昆布などにし、雑炊もお腹にやさしい卵やニラを入れることで食べやすさを追求した。
 屋台ものはあんかけ焼きそばを作ることで、中華丼にかかる手間を省く。もちろん定番のソース味や塩味もある。お好み焼きは、焼きそばを下に敷いてカリカリの食感を楽しめるようにした。
 しかしここまでの種類を作ろうと思うと、普通に料理しているのでは追いつかない。そこで九郎は覚醒して料理しているのだが、顔が怖くなっちゃうので、常にひょっとこのお面をしていた。
「はいは〜い、譜琶デリバリーでーす! ひょっとこさ〜ん、雑炊3つお願いします〜!」
 譜琶の呼び方から察するに、ここにいる誰もが「九郎の屋台は、ひょっとこの屋台」と憶えちゃったらしい。この頃、すでに九郎も「あいよ!」と条件反射で返事していた。
「そろそろソウマさんの芋煮ができるんですよ! あっちもデリバリーしなきゃ‥‥」
「なんか悲鳴みたいなのが聞こえてたけど、本当に大丈夫なのかよ?」
 彼の心配は、この場の誰もが思うところだ。はたしてソウマの巨大鍋は、みんなに何をもたらすのか‥‥?

「さーて、完成しました! 味噌もたっぷりであったまりますよー!」
 ディアブロの中で執事服に着替えたソウマは取り分けた芋煮を持って、気取った仕草で配り歩く。美影とマリオン、そして手の空いたリュウセイもこれを手伝った。
 この時、まだ誰も味見をしていない‥‥格納庫の総意はずばり「最初にソウマが食え」である。その空気を機敏に察したお手伝いたちは、作った本人に食べることを必死に勧めた。
「さ、まずはソウマさんがお食べになって」
「えー、篠崎さーん。それはダメですよー。皆さんに振る舞うために作ったんですから!」
「そんなことないわよ〜。ささ、ぐいっとぐいっと♪」
 きれいどころががんばってうまく誘導できたのか、ソウマはしぶしぶ「それじゃ」と言って芋煮を食し始める。固唾を呑んで見守るリュウセイ。
「ど、どうだ。どうなんだ?」
「うーん。我ながらよくできたと思います! はい!」
 ソウマは自分で驚きつつも、自信の表情を浮かべて感想を述べた。さすがに味オンチではなかろうと、周囲の人間も半信半疑で飲み始める。
「あら‥‥ずいぶんいろいろやってたのに、おいしいじゃない!」
「ん、これはうまい!」
 あれだけのことをしておきながら、なんと周囲の評価は上々。何がどう作用したのかはわからないが、キョウ運の持ち主であるソウマの料理は成功した。
 巨大な鍋でできたということで、憐は瞬天速を使って、例のでっかい器を出して料理をせがむ。
「‥‥ん。瞬天速は。食べ歩きに。ぴったりの。スキル。食べ歩き。専用スキル」
「たっぷりあるから、たっぷり食べてね!」
 まだ憐の食べっぷりを知らないソウマは、陽気に接した。目の前にいるのは、数々の屋台を傾かせてきた猛者であるというのに‥‥

●デザートの時間です
 なんとか昼の忙しい時間帯を乗り切り、そろそろおやつの時間を迎える。
 その間、シクルはデザート作りに精を出していた。用意されたオーブンを活用しつつ、プリンは大量に作り置きしてある。
 士官からこの任務を聞きつけて、お手伝いを申し出たプリスティア(gc4105)が、せっせと生クリーム作りやデコレーションなどに精を出していた。
 ティラミスはクリームの量が多めで、ほろ苦く甘い。これを12等分に切り分ける。ケーキは基本的にイチゴショートだが、木苺やブルーベリーなども乗って色鮮やかだ。
 彼女が司令だとすると、グロウランスは部下。彼は司令の指示に従って、プリンにカラメルでイラストを施す。かわいい犬や猫、そしてうさぎが次々と描かれた。
 これは楽しい作業なので、ソーニャや子どもたちも一緒になって楽しむ。グロウランスは子どもたちの間では、すっかり「いいお兄さん」になっていた。
 難民の子どもたちが戯れる情景を見て、彼はふと呟いた。
「弱い者から犠牲になる現実。未来ある子どもが、先陣を切って戦ってきた老人が、真っ先に‥‥」
 グロウランスの言葉を、ソーニャは黙って聞いた。この中には、親とはぐれた子どももいるだろう。だけど今は明るく振る舞おう。彼女はそう決めた。
「それは‥‥ああ、風船なんだ。なるほどね」
 子どもたちのお絵かきを見て、ソーニャは柔らかな笑みを浮かべる。

 その頃、格納庫の片隅で蓮夢がハーモニカを吹き、ひとときの安らぎを演出していた。
 彼の近くにあすみが座り、静かに耳を傾ける。この美しい音色は、きっとお腹以外のどこかを満たしていくのだろう。

 いよいよデザートの出番だ。グロウランスは注文をさばきつつ、譜琶デリバリーのミニリアカーに注文の品を載せていく。
「オッケー! じゃ行くよ〜! みなさーん、おやつタイムですよー! 甘いものは別腹ですよー!」
 誰かから「そりゃお前だろ!」とツッコまれそうな譜琶のセリフだったが、そんな雰囲気も子どもたちの歓声にかき消される。やはり、デザートの魅力は特別なのだ。
 この場はチャイナドレスの美影も、シクルと同じチアリーディング姿のマリオン、さらにはリュウセイも懸命に配膳をこなす。
 もちろんデザートを作っているのは、シクルのところだけではない。腕も生クリームの乗ったシフォンケーキを作っている。そこへまたまた瞬天速を使って飛んできた憐が、指をくわえてじーっとケーキの登場を待っていた。
「ほらよ、憐には1ホールだ」
 腕は彼女の食いっぷりを知っていたらしく、ちゃんと憐用に用意していたのだ。彼女は「‥‥ん、ありがと」といい、さっそく食べ始める。
 その隙を突いて、腕は配膳をしている女性陣に交代でケーキを振る舞った。ところが、これを見ていたソウマがKVのブーストよろしく飛んでくる。
「腕さん、腕さん! 僕にも4つ!」
「少しは遠慮しろ、お子様」
 ぶっきらぼうな言葉とともに、腕は2皿出した。注文の数と合わないが、ソウマは気にせず食べ始める。
「うん、おいしい! 紅茶の風味と生クリームの味わいがベストです! ところで、僕は子どもではありません。少年です」
「子どもでいいだろ、子どもで。まぁ、スイーツ好きという点だけは認めてやらんでもない」
 思わぬ共通点が見出せたのか、ふたりはその後も甘いものの話で盛り上がる。
 この時間を越えると店じまいをして、食べる側に回る能力者が増える。難民たちの腹も落ち着き、格納庫の端でまったりする光景も多くなっていた。

●締めくくりの夜
 いよいよ夕暮れを迎え、艦内慰安も終盤に差し掛かる。ここからは懸命に料理した能力者たちの慰労も兼ねての食事会だ。
 憐は途中で休みながらも、ずっと食べ通し。最後は蓮夢とあすみのところに出向いて、カレーをたっぷり堪能していた。
「あ、あのさ。憐ちゃん、大丈夫?」
「‥‥カレーは。飲むもの。飲み物。一気飲みを。披露する」
「これは‥‥大変なものを見てしまったらしい」
 もはやパフォーマンスの域を超えた憐の食べっぷりに、蓮夢は物珍しそうに眺め、あすみはただ驚くばかり。子どもたちも、無邪気に「がんばれー!」と声援を送っていた。

 一方、この時間になって大盛況の屋台があった。ガスマスクを装着した由零(gc3482)の提供する「納豆料理」。これが大人たちの間でウケていた。
 納豆ハンバーグに納豆グラタン、納豆コロッケに納豆タコスなどの一品料理が充実。これが「酒のつまみにいい」と話題になり、夜になって脚光を浴びた。
 昼間は大量の納豆パックを眺めてうっとりしているだけかと思いきや、ここにきて猛烈な追い上げ‥‥料理をする由零も、笑いが止まらない。
「フフフ‥‥いいですね‥‥実にいいですよ‥‥この香り、このネバネバ‥‥いつ見ても素晴らしい」
 パックを開けるたびにガスマスクから漏れる歓喜は、まさにお客さんにまでまとわりつくかのごとくである。
 そこにグロウランスとリュウセイ、そしてタケルが、夜遅くまで働く店主のために気持ちを和らげるハーブティーを配りにやってきた。
「おわっ! なんや、えらいことになってんなぁ! ここ、納豆王国かいな!」
「あなたの表現は的確だ。そう、ここは魅惑のパラダイス」
「王国ならキングダムじゃないのか? ってか、他の食材の匂いが一切しないぞ!」
「とりあえず差し入れだ。なんか疲れてなさそうだが、よかったら飲んでくれ」
 グロウランスがカップを手渡すと、由零はお返しとばかりに納豆ハンバーグを3人に差し出す。
「人気の一品です。私の自信作を召し上がれ! そして納豆を愛してください!」
 誰もが苦手意識満点の表情をするかと思いきや、誰もが意外な反応を見せた。
「あ、あなどれん‥‥ええ匂いするやん、これ! 素材の匂いなんて、微塵もしーへんのに!」
「これは完成度が高そうだ。まさか納豆への執念が、これを生んだのか?!」
「よし、シクルに食わせてみよう」
 リュウセイやタケルをも驚かせる由零の料理は、能力者の間でも話題になった。彼の幸せは当分終わりそうにないらしい。

 R.R.のお店は昼間に食べたお客さんが夜にも来るほど盛況で、「落ち着いて一服もできないアル」と言っていた。
 彼の料理を口にしたタケルは「これぞ一流!」と絶賛したが、当の本人は「一流とかじゃなくていいアル。街の飯店の腕前でたくさんの人に食べてもらいたいアルね」と答えた。
 R.R.同様、賢之や九郎のお店は依然として人気があったが、格納庫が混乱するほどの混雑がもう起きない。
 このタイミングを利用して、配膳を担当していた女性陣もゆっくりと夕飯を食べた。
 悠季のスープ屋台は、夜のメニューとして漢方系生薬も入った温かい参鶏湯と、魚介類と野菜のハーモニーが楽しめるクラムチャウダーを用意している。
 マリオンとシクルのチアリーティング娘たちはもちろん、日中はずっとリアカーを引いてがんばった譜琶や美影も同じテーブルで談笑していた。
「そろそろ悠季さんもこっちきて座ったら〜?」
「大丈夫よ。ちゃんと話は聞いてるから」
 マリオンの何気ない心遣いを、店主は微笑みで返す。この屋台の雰囲気のよさは、料理やお客に対する彼女の心遣いがそのまま反映されているのだろう。
 居心地のいいこの店で、彼女たちはゆっくりと夜を過ごした。

 ソーニャは最後まで子どもたちと一緒にいた。
 ハンガーの片隅に毛布やクッションを集めて、即席の寝床を作る。すでに眠い目をこする子どもも多く見られた。
「親からはぐれた子は、みんな集まっておいで」
 彼女の呼びかけで子どもたちが駆け寄り、靴を脱いで寝床にもぐりこんでは見るものの、慣れない環境で眠るのは容易ではない。落ち着かない表情を浮かべ、きょろきょろする子もいた。
 ソーニャはそんな子を何も言わずにぎゅっと抱きしめる。
「ボクはボクのために君を抱きしめる。ボクが君の、君たちの心を少しでも満たせたならいいなぁ。ゆっくりおやすみ、今夜はボクが寝ずの番をするから」
 彼女なりのやさしさは、最後まで子どもたちの傷ついた心を癒し続けた。そしてみんなが眠るまで、そこを動かない。いや、もしかしたら本当にこのまま朝を迎えるつもりかもしれない。

 救出された難民たちには、明日がある。その明日をスタートラインに立つための今日を、能力者が全力で作り上げた。
 この中で、誰もこの日を忘れないだろう。格納庫で過ごした一日を、決して。