タイトル:サウザントサウンドマスター:村井朋靖

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/27 13:05

●オープニング本文


 沖縄の砂浜に、よく焦げた茶色のキメラが出現した。ついさっき海から上がったばかりだというのに、甲羅はつやつやしている。穏やかな波の音は、奇怪な鳴き声にかき消された。
 問題のキメラはカニの姿を模しており、両方の爪から繰り出される一振りはまさに凶器。行く手を阻む木々をたやすく切り、前後左右に動き回る。体が大きいので動作そのものは遅いが、人間の脅威となるには十分だった。

 ULTから依頼を受け、杉森・あずさ(gz0330)がいち早く現地に飛んだ。いつものように周辺住民の安全を確保し、その後でキメラの監視を‥‥と考えていたが、今回は思惑通りに進んでいない。
 その原因は、この近くに住んでいるというひとりの少年だった。彼は今もあずさの隣で、ずっとキメラを観察している。安全な距離を保っているとはいえ、いつ危険な状況になるかわからない。あずさは彼の小さな肩に手を置いて話す。
「少年。そろそろ避難を‥‥」
「お姉ちゃん。あのカニは、悪い音を出してるんだよね?」
 あずさはきょとんとした顔になった。キメラは悪い存在だから、そりゃ発する音も悪かろう。単純にそう考えたが、この少年は違った。
「あのね、お父さんが言ってたんだ。本当にいい音ってさ、悪い音を超える力があるんだって!」
「いい音、か‥‥」
 少年の父は楽器の演奏でもしているのだろうか。音に対して独特のこだわりを持っており、息子にもそれを伝えていたようだ。
 そして彼もまた、いい音が持つ無限の可能性を心から信じている。キメラの放つ悪い音は、必ずいい音の響きによって倒される‥‥少年は目の前の能力者にそう言った。
 あずさはしばし思案する。その話を実現するには、能力者がそれらしくキメラを倒す以外にない。彼女はひとつ頷いた。
「わかった。いい音の競演を見せるから、絶対に私から離れるな」
 少年は元気よく頷くと、その視線を化けガニへと向けた。晴天の南国の空に、正義の音が響く。

●参加者一覧

嵐 一人(gb1968
18歳・♂・HD
正倉院命(gb3579
22歳・♀・SN
矢神小雪(gb3650
10歳・♀・HD
水無月 湧輝(gb4056
23歳・♂・HA
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
如月 芹佳(gc0928
17歳・♀・FC
ペルラン・ロワ(gc3792
17歳・♀・HG
犬彦・ハルトゼーカー(gc3817
18歳・♀・GD

●リプレイ本文

●演奏者たち
 ひとりの少年が望む形でのキメラ退治を‥‥この難題を引き受けた能力者たちが沖縄の地に集った。
 少年はエレキギターを模した形の超機械を見ると、「ふわぁ〜」と珍しそうに眺める。赤と黒のラインカラーに彩られたギターの持ち主は嵐 一人(gb1968)。芸能活動も展開中のギタリストである。
「お姉ちゃんがいい音で、あいつを倒すんだよね!」
「お姉ちゃん! あ、あのな。俺は男だ!」
 悪気のない少年とちょっとヘコんだ青年の言葉を聞き、思わずエイミー・H・メイヤー(gb5994)と杉森・あずさ(gz0330)は笑った。
「嵐氏の風貌では仕方ないな。少年、いい音は正義さ。あたしたちがそれを証明してやるぞ」
「うん!」
 彼女の声は凛々しく響く。その音はアルトなのだ。そう、人間もまた美しい音色を奏でる楽器である。
 一人と同じくギターを持っている如月 芹佳(gc0928)は、メンバーからどんな感じのリズムでいくのかを確認して回っていた。
 ただ単に音を奏でるのでは、不協和音を生むだけ。その結果、状況が不利に働いては何の意味もない。
 巫女装束に錫杖、さらにエンジェルリングで清楚さをアピールの犬彦・ハルトゼーカー(gc3817)や、「音楽はあまり聞かないから、よくわかんないなー」と陽気に語るペルラン・ロワ(gc3792)にも話を聞く。
「はてさて‥‥レッツジャム、といけるやろか?」
 和楽器の旋律を思わせる京言葉を操る正倉院命(gb3579)が尋ねた。
「大丈夫。これでどんな曲でも奏でちゃうよ♪」
 芹佳は笑顔で答える。これから始まるステージに不安はないようだ。命は「それはそれは」と頷きながらゆっくりと歩き出す。
 そして音とはまったく関係のない、別の相談をしている集団に顔を出した。そこには漆黒のロングコートを着た矢神小雪(gb3650)と、海岸に視線を向ける水無月 湧輝(gb4056)がいた。
「海沿いだからカニか。セイレーンとか人魚なら、もう少し見栄えもいいというのに‥‥」
「カニだからいいんだよ〜。料理できるから。奏でろ、鎮魂火っ!」
「まぁ、カニは食えることだしな。命さんもそれを楽しみに?」
「サラダにしゃぶしゃぶ‥‥大きな食材やから、楽しみも膨らむね」
 少年の願いを聞き届けた後、メンバーはカニを料理して宴会をするつもりらしい。戦闘での調律をする芹佳といい、打ち上げまで計算済みの彼らといい‥‥まったく隙がないというか、抜け目がないというか。

●さまざまなハーモニー
 一時は地上から姿を消していたカニ型キメラだが、気まぐれに海中から上がってきた。穏やかな波をその身で切り裂き、奇怪な音を立てて陸を目指す。遠浅の海は、まるで千両役者の花道のようであった。
 少年独特の表現を聞いたからか、誰もが「悪い音」に耳を傾けた。罪なき人々を不安や破壊へと誘う音や声は、決して気持ちのいいものではない。
「じゃ、少年を特等席に連れて行くよ」
 あずさが少年の手を引き、戦場となる場所から離れた。湧輝はそれを見届けると、おもむろに破魔の弓を構える。それを合図に全員が戦闘準備に入った。
「あんまり近づけないんでねー。ギリギリから撃つよ」
 ペルランがアンチマテリアルライフルを地面に設置し、プローンポジションの技能を発揮しつつ号砲よろしく発射する。強力な一撃がヒットし、甲羅に鈍く乾いた音を響かせた。
 その隙を見逃さず、命が鋭覚狙撃を発動させてフリージアを打ち鳴らす。その弾丸は甲羅の隙間に命中し、カニから焦りの声を引き出した。
「ケヒィーーー!」
 これを観客の歓声と思うには無理があるが、セッション開始の合図にはなる。芹佳は先のふたりの攻撃を聞き、ギターを演奏し始めた。
「ライブの始まりだね♪」
 低い音で細かくビートを刻み、攻撃によって発する音によってリズムを変える‥‥彼女はいわばベースギターの立ち位置で演奏した。ベースがしっかりしていれば、不協和音にはなりにくい。芹佳の選択は正しかった。
 一人はこれを聞きながらAU−KVを装着。ギターと同じカラーリングのリンドヴルムに身を包み、体にリズムを刻みながら演奏のタイミングを伺う。
 すっかり巫女装束が板についた犬彦は、動物的な感性を発揮してカニの足元まで近づくと、その場で防御陣形を発動。接近戦を挑む演奏者の助けにならんと錫杖を「シャララン♪」と響かせながら振るう。
「悪霊退サーンッ!」
 ノリノリなのは、何も彼女だけではない。小雪も調整した鎮魂火を振り回して攻撃を開始。武器の特性を活かして、爪や足を狙っていく。そのたびにフライパン同士が軽快なリズムを奏でていた。
「湧輝さんもどうぞ〜!」
「‥‥平安の世では、邪気を祓うために弓弦を鳴らしたという。キメラもそれで退散してくれれば、言うことはないのだがね」
 湧輝は後方から矢を放ち、張りのある音を奏でる。強く張り詰めた弦と空気を切り裂く矢のセッションで、脚の付け根から殻の間を狙い撃った。
 エイミーはアイムールを太鼓のバチに見立て、カニの甲殻を叩き割らんと迫る。一撃を加えたところで、くるっと一回転して次の攻撃へ。その姿はまるで、太鼓の演奏のようだ。
「よし、つかめたぜ! みんなの音! 芹佳、行くぜ!」
「いつでもいいよ!」
 リードギターの一人は、鋼鉄の指から曲を紡ぎ出す。AU−KV装着型スピーカーシステム完備の、まさに『歌うリンドヴルム』。最初はスローなテンポから入り、メンバーの音と合わせながらの演奏する。
 そのセッションを邪魔するかのように、楽器の一部にされているカニの反撃に出る。小雪と犬彦には爪で、背後にいるエイミーには体当たりで攻撃を仕掛けた。
 しかし彼女たちは、それを簡単に回避する。これがリズムの力なのだろうか‥‥メンバーの気持ちは徐々に高揚してきた。
「のろまなカニさん、こちらですよ」
 エイミーの挑発に怒りの色をにじませるキメラ。口からはぶくぶくと、不気味な泡を吹き始めた。

 音楽は感じるもの。ペルランと命のジャムにもリズムが出てきた。
「命さん、あたしは口を狙うよ!」
 ペルランが万全を期して、再びプローンポジションを発動。口を狙って攻撃を仕掛けた。命中すると同時に、鈍い音で口が壊れる。その隙間から、聞くに堪えない雑音が響く。撃った本人は「ひゅー」と言いながら、茶目っ気たっぷりに笑った。
 同じく、命はフリージアと真デヴァステイターで攻撃。命中する際に奏でる音は、1発と3発。それを感じるがままに撃ちこむ。沖縄音楽で予習したという命のリズム感は、セッションにさわやかな風を運ぶ。
 小雪・犬彦・エイミーのドラムス3人娘たちも負けてはいない。
 フライパンのシンバル、錫杖のパーカッション、そしてアイムールのスネアドラム。接近して戦う彼女たちは、もはやみんなでひとつのドラムセットである。
「カニさん、料理するけどいいよね? 答えは聞かないけどさ!」
 すっかりキツネっ娘の小雪は、再び鎮魂火を振り回す。一回だけ攻撃が命中しなかったが、彼女の武器は地面と接しても音は出るから問題はない。
 犬彦は錫杖を振りかざし、「シャランシャラン♪」と音を鳴り響かせながら踊ったり、思いっきり敵を殴って別の音を出したりする。
「ん! この響き方‥‥身が詰まってるかな!」
 嬉しそうな表情を見せる巫女さんに対し、エイミーは無表情のまま棍棒での攻撃を続ける。最後の一撃は急所突きを駆使したもので、甲羅の一部にヒビを入れた。
「湧輝! 芹佳! テンポアップするぜ!」
 一人からの合図を受け、湧輝は攻撃のリズムを早めた。急所を狙うスタイルはそのままである。同じ超機械のギターを持つふたりは、リズムを合わせたところで電磁波攻撃も行った。
 それらの攻撃は次々命中し、どんどんカニは弱っていく。正義の音が悪を追い詰める様は、あの少年の目にどう映っているのだろうか。
 その演奏をなんとか遮らんと、前後左右に動き回ってドラムス3人娘に重い爪の攻撃を見舞おうとするが、動きが鈍重すぎて簡単に避けられてしまう。
 いよいよセッションも盛り上がってきた。少年の望むエンディングは、もうまもなくである。

●ヒーロー&ヒロイン!
 ペルランはひとつのことを決めていた。それは『自分が最初に撃つこと』である。そのタイミングだけを逃さぬよう、彼女はがんばっていた。
 この回もプローンポジション、さらに強弾撃を駆使し、腹の部分を狙って攻撃する。今までにない強力な一撃は、ついにカニの体勢を崩した。敵の体中から、おかしな音が響く。
「逃しませんえ!」
 命もこのチャンスを逃さず、鋭覚狙撃を発揮して真デヴァステイターで攻撃。ペルランと尊で、合計4発。これでリズムもテンポも合わせた形になる。
「行くぜ、少年! これが正義の曲だ!」
 一人が勢いよく叫ぶと、あのギターからロックが流れ始めた。少し離れた芹佳も、それに合わせてリズムを刻む。ドラム娘たちも自然と体が動いた。
 そして歌が始まる‥‥この日のために用意したという曲『ヒーロー』。一人はそれを熱唱した。芹佳も時折、コーラスを交える。

 「ヒーローなんて居やしない」
 いつも誰かが嘲笑ってた
 それが現実と分かっていても

 目を拭え 耳を澄ませ
 諦めの心蹴り飛ばせ 
 見つかるはずさ 必ず
 胸の奥 出番待ってるヒーローが

 I am HERO!
 強くなんかない 格好良くもない 正義も少ししか守らないけど
 Fou you HERO!
 大切なもの守るためなら なってみせるさ
 お前だけのヒーロー

 少年は歌声という名の音を噛み締めながら、能力者たちの戦いを見守った。
 歌い続ける間も、演奏者のフォローは続く。湧輝はここが攻め時と見るや、即射の技能を発揮。右のはさみの付け根を狙って攻撃し、それを吹き飛ばした!
「ゲ、ゲヒヒィーーー!」
「味方をやらせるわけにはいかないのでね。そのはさみを頂こうか」
 この一撃で、カニは完全に怯んでしまった。ここでドラムス3人娘も動き出す。小雪が甲羅に上がり、加熱機能を発動させた鎮魂火を振り回した。白熱化した武器は、見た目にも熱そうである。
「フルドライブ! 燃やせっ、鎮魂火〜〜〜!」
「ケヒ、ケヒ‥‥!」
 小雪の苛烈な攻撃に、か細い悲鳴を上げるキメラ。その破壊された口にえいやっと錫杖をあて、犬彦が踊りながら攻撃を仕掛ける。ダメージがあるかどうかはともかく、凛として涼しげな音が響いた。
 エイミーも曲に合わせてハミングを口ずさみながら、アイムールの攻撃で演奏を盛り上げる。よく響くアルトの声とアイムールから発せられる音の競演もまた絶妙だ。
 芹佳は一人が歌い終える頃を見計らって、武器をラサータと黒猫に持ち替える。この後、一人はギターソロでラストを飾る‥‥彼女はその準備をしていた。

 曲を歌い終えた一人は、そのままギターをかき鳴らし始めた。今までで一番早いテンポにも関わらず、見事なギターテクで演奏を続ける。
 キメラにはもはや反撃はもちろん、立ち上がる力すらなかった。そんな敵に最後の一撃を加えんと‥‥いや、このセッションを締め括ろうと、全員が動き出す。
 その号砲は、もちろんペルランの一撃から始まる。プローンポジションからの射撃で、カニの腹に弾丸をめり込ませた。
 命も金色の瞳で甲羅の隙間を狙い、二丁拳銃を打ち鳴らす。小雪も甲羅の上でひとり奮闘。熱いハートを鎮魂火に乗せて、カニの甲羅に打ち込んでいく。
 湧輝は再び破魔の弓で攻撃を加え、音楽の盛り上げにも貢献。エイミーは最後の一撃を狙って紅蓮衝撃を発動させ、静かにその時を待つ。
 芹佳が迅雷を発動させ、瞬時に背後へ回った。そして甲羅にラサータを突き刺して穴を開け、そこに拳銃「黒猫」の銃口を入れる。このまま撃てば、カニの中で弾丸が跳ねるだろう。
「アンコールはいかが‥‥なんてね♪」
「みんな、行くぜーーーーー!」
 一人がラストを煽り、エイミーが気合を込めて棍棒を持つ。そのタイミングは、犬彦がみんなの前で大きくジャンプ。
「はいはいはーい! 行くよーーーっと! イェイっ!」
 着地したその瞬間に、ラストの攻撃が炸裂。一人の電磁波にエイミーの打撃、そして芹佳の射撃‥‥これでキメラの撃破とセッションの終了を同時に達成した!
「ゲ、ゲハアア‥‥」
 カニは完全に倒れこみ、ピクリとも動かなくなった。セッションを見届けたあずさが、拍手をしながら駆け寄る。もちろん少年も大喜びだ。
 いい音が集まることで悪いキメラを倒し、沖縄にまたしばしの平穏を取り戻した。

●打ち上げはノリ重視で
 夕暮れ間近の砂浜には、まだ能力者たちの姿があった。そう、今からこのカニを食すのである。
 少年もあずさもご相伴に預かるということで、まだこの場所に留まっていた。少年はひとり静かにハーモニカを吹く芹佳の隣にちょこんと座っている。
 よほど音に興味があるのだろう。そんな少年の隣に、湧輝が「ちょっといいかな」と言いながら座った。
「さて、満足するようなものが見れたのかな?」
「うん! やっぱりみんなで作る音は、とってもいい音なんだ!」
 元気いっぱいで話す少年の表情を見て、吟遊詩人も少し安堵した。
「少年。これは所詮、命を奪う行為だ。いかに美しかろうとも。とはいえ、命を奪わなければ生きていけない。これも人間の罪というものか‥‥」
 年端も行かぬ子どもには難しい言葉ではあったが、相手はしっかりと聞こうという姿勢を崩そうとはしなかった。それが頼もしくもあり、微笑ましくもある。湧輝はひとつ頷いた。

 真面目な話をしている最中も、離れたところでカニを調理している小雪の元気な声が響き渡る。用意した調理器具一式で、楽しくお料理をしていた。
「サラダもしゃぶしゃぶも、お願いしますえ」
「命嬢の心配もわかる気がする。小雪嬢にはちゃんと言っておかないと、全部焼いたり炒めてしまいそうだからな」
 エイミーは飯ごうでご飯を炊きながら、命の不安を言い当てた。おそらく持っていた武器と明るい性格から湧き出た不安なのだろう。
 小雪は「失礼しちゃいます!」と頬を膨らませながらも、手をしっかり動かしていた。
 そこへ匂いに誘われてやってきたペルランと、たっぷり海水浴を楽しんだ水着姿の犬彦がやってくる。水着は巫女装束の下に着込んでいたらしい。
「へぇー、カニってそんな匂いがするんだ。あたし、カニを食べるの初めてなんだよー」
「丁寧に身を出してあるんだー。なら、食べやすいよ!」
 いよいよ料理も完成する頃に、一人が近くの酒屋から飲み物を調達してきた。これで準備万端。みんなが集まり、次なるセッションが始まる。
「さ、これからも盛り上がろうぜ!」
 この打ち上げは、きっと夜遅くまで続くだろう。楽しい時間はあっという間だが、これも音とともに記憶に刻まれるはずだ。