●オープニング本文

　四国のある都市で「おいしいもん腹いっぱい食べて、気持ちをリフレッシュしよう！」というお祭りが実施されることになった。
　この日ばかりは、儲け度外視の出血大サービス。昔ながらのポン菓子から超一流ステーキハウスまで、実に幅広い出展が予定されている。会場となる公営のグラウンドと体育館には、続々と料理人と食材が集まっていた。

　ところが開催前に、とんでもない事件が発生する。
　それ以前から、不吉な兆候はあった。早めに現地へ入って準備していた飲食店の食材が、いつの間にか消えてしまうのだ。被害は特定の店舗だけでなく、複数の店舗が日替わりで狙われていた。こんな華やかなイベントで身内で疑いあうのはよろしくないと、主催者が調査に乗り出そうとした矢先‥‥自衛とばかりに食材の見張りをしていた料理人たちが、犯人に食材もろとも喰われかけるという恐ろしい事態が発生した。運よく一命を取り留めたみんなの証言から、犯人はカメレオン型の小型キメラであることが判明。その小さな体で天井や壁を這い、長い舌を駆使して食材をいただいていたらしい。ただ相手はキメラなので、次からは人間もかじったりして召し上がることだろう。この報告には、主催者も参加者も血の気が失せてしまった。

　ここで事件解決に名乗りを挙げたのが、参加者のひとりである「世界こなもん屋台チェーン」の天満橋・タケル（gz0331）。彼は「待ってました！」とばかりにビデオカメラをセッティングすると、画面の前に主催者を立たせ、自分はその横で今回の依頼内容をいつものように説明する。
　「もーな、今回はお偉いさんも困ってんのよ。ここに集まった料理人はな、最高の食材を調理して、お客さんの前に出したいんや！」
　タケルの訴えに主催者も共感したのか、何度も頷いてみせる。
　「まぁ、今回もキメラ退治をお願いしたいんやけど‥‥ああ、お帰り前に腹いっぱいになれるで。それは保証するよ。な、社長！」
　主催者は唐突な問いかけに戸惑い、思わず首を縦に振ってしまった。タケルは主催者を「さすがやね！」と褒めちぎった後、何かを思いついてカメラに向いた。
　「なんやったら、料理自慢の能力者さんが当日に料理してもええやん。キレイどころが流行のメイド服でも着て売り子したら流行るでー。どや！」
　なんだか儲け話くさくなってきたが、これが今回の依頼の全容である。タケルは緊張する主催者の手を取って、最後は笑顔で締め括った。

●参加者一覧

●リプレイ本文

●魅惑の餌
　コックたちとともに安全な場所へ避難した天満橋・タケル（gz0331）は、食材部屋を守っているセバス（gc2710）にトランシーバーで話しかけた。
「こっちはええでー。体育館の器具とかも端っこに寄せてあるから」
　セバスは「了解しました」と伝え、通信を終える。ここから先は能力者の仕事。まずは食材部屋の探索を開始する。
　魔神・瑛（ga8407）が剣で天井の隅を突いたり、平野　等（gb4090）が両手に爪をつけて猫のように地面を掻く。セバスは窓の施錠を確認した。
「天井は大丈夫だ。しかし死角がない相手ってのは、初めてだぜ」
「地面も問題なしだね。じゃ、部屋を封鎖しますか！」
　最後にセバスとウツホ（gc3006）が食材にキメラが紛れてないか確認し、みんなで食材部屋を出た。そして入口を施錠し、鎖やロープで取っ手をぐるぐる巻きにする。
　無事に封鎖を終えると、彼らは改めて武器を抜いた。そんな中、ウツホは廊下の奥から漂う香ばしい匂いに心を奪われる。
「ああ、いい匂い‥‥あれが餌だなんて信じられません」
「ドネルケバブでキメラをおびき寄せるとは、さすがに聞きませんね」
　セバスはゴスロリ風のワンピースを着た少女に爽やかな笑みを向けた。

　食材部屋に敵がいないことを伝え聞いたホアキン・デ・ラ・ロサ（ga2416）は、周囲の警戒を強めた。
「キメラは廊下にいる。だから食べるなよ」
　左手に持ったケバブを狙っているのは、キメラだけではない。コンビを組んでいる熊王丸　リュノ（ga9019）も、隙あらば「いただきます」しちゃうつもりだ。彼女も骨付き肉で誘っているが、これは自分で「誘き出し用」と決めてるので我慢している。だから、ホアキンの肉をいただこうというわけだ。ホアキンは串を巧みに動かし、肉を奪われないように気をつける。
「がうー！　キメラはどこなのら。くんくん‥‥」
　気配だけでなく、匂いも嗅ぎながらの探索で万全‥‥かと思いきや、やっぱりケバブをチラ見。
「あとで作ってやるよ」
「がうー！　ホアキンにーちゃん、約束なのらー！　絶対に絶対なのらー！」
　こんなやり取りを何度も繰り返していると、いきなり串に当たりがきた。ホアキンはすぐさま頭上を見る。そこには緑色のカメレオン型キメラが、獲物をいただかんと舌を伸ばしていた！
「熊王丸！」
「がうー！　それはリュノのだから食べさせないのらー！」
　リュノが敵の長い舌をつかもうと飛びかかるが、キメラは串から舌をするりと外し、天井からじっくり隙を伺う。
「作戦通りにいこう。このままキメラをケバブで誘って、グラウンドで退治だ。熊王丸、行くぞ」
「がうー、じゃあ骨付き肉はお持ち帰りなのらー！」
　リュノは自分のをちゃんとお片付けしてから、月輪を装備した。ホアキンはケバブを振りながら、もう一組の追い出し班であるネオ・グランデ（gc2626）に連絡。状況を把握した指揮官は、隣にいる煉条トヲイ（ga0236）に声をかけて走り出した。

●狙い、狙われ！
　キメラの出現で、にわかに体育館が騒がしくなった。
　ホアキンは串を指揮棒のように振ると、キメラが舌を伸ばしてくる。人間の味を覚えたらしいが、まだ肉の魔力に負けるようだ。しかし敵もさる者。略奪に失敗するだけでは終わらない。舌を５本目の足として使い、とっさに壁へ移動。次第に立体的な攻撃を仕掛けるようになった。
「がうー！　そうはさせないのらー！」
　リュノが距離の詰まったところで、豪破斬撃を乗せたパンチを浴びせる。珍妙な表情のまま悲鳴を上げるキメラだが、ダメージを受けてもすばやい動作は相変わらず。肉を狙いつつ、リュノへの仕返しも狙ってきた。
「いいぞ、敵の意識が熊王丸に向いている‥‥ん、あれは」
　先頭を走るホアキンの目に、ふたつの人影が飛び込んできた。ネオとトヲイである。ふたりはキメラの背後から追う。
「なるほど、あいつだな」
「ホアキンさん、食材部屋の警備をしている皆さんに連絡を入れました。グラウンドで合流する予定です」
　ネオはそう伝えるとダッシュで間合いを詰め、マーシナリーナックルで敵を攻撃してうまく動揺を誘う。攻撃は一発だけ命中。そこでトヲイが武器と全身にオーラをまとって突進。キメラの急所めがけてシュナイザーを叩きつける！
「鬼ゴッコはここまでだ‥‥！」
　豪破斬撃と紅蓮衝撃、さらには急所突きの強烈な合わせ技が敵に決まった。キメラの顔が苦痛に歪む。強化されたアッパーは弾力のある腹にかなりのダメージを、そして十分すぎるほどの警戒心を与えた。
「煉条さんのおかげで、廊下を塞ぐ必要がなくなりましたね。敵は怯えてます」
　ネオの賛辞に、トヲイは「これくらい当然だ」と胸を張る。すると、リュノも「トヲイおにーちゃんに負けないのら！」と胸を張った。なんとも微笑ましい。
　それからのキメラは食欲が減退したのか、色を失いながらあたふたと走り続ける。トリッキーな動きもガクンと減った。それでもホアキンは敵の視界に入るよう、ケバブを操る。だがそれをするたびに、トヲイとリュノがいちいち「おおっ」と歓声をあげるのが気になった。ネオも最初こそ物珍しそうに見ていたが、何回か見たら驚かなくなっていた。

　廊下を照らす淡い光から、西日が注ぐ空の下へ‥‥ついにキメラをグラウンドへと誘き出した。敵はカメレオンの特性を有しているとはいえ、天井も壁もない空間では能力も半減。やけくそ気味に舌を伸ばしてリュノを攻撃するが、これがよくなかった。
「がうー！　ここでパワーアップなのら！」
　リュノが攻撃を受け止めると、瞬時に豪力発現を使う。そして伸びた舌をガッチリつかんだ！
「ピピ！」
　顔だけでなく、鳴き声も珍妙なキメラ。自分のタイミングで舌が戻ってこないのが、よほど気持ち悪かったらしい。短い前足をばたつかせ、顔を振って舌を戻そうと必死になった。それをさせまいと、リュノは根性で耐える。
「がうー！　おーえすおーえす！　みんなも手伝うのらー！」
　ネットリ感の漂う舌だが、躊躇している場合ではない。後ろから追っていたネオは瞬天速を使い、リュノの前に陣取ると綱引きに加勢。ホアキンは砂がつかないように串を地面に突き刺し、すばやく敵の尻尾をつかむ。これでキメラは身動きが取れなくなった。
「せいやっ！」
　ここがチャンス‥‥このタイミングで、食材部屋の防衛をしていた等とセバスが瞬天速を使って現場に到着した。
「お待たせしました、煉条さん。ここはお任せください」
「わお、理想的な展開じゃない。俺、このまま決めちゃおっかなー！」
　等は束縛状態のキメラに対し、ジ・オーガとシュバルツクローで二段撃を見舞った。鋭い爪が伸び切った体にダメージを与える。セバスは後から到着したウツホの護衛に戻った。瑛はそこのけそこのけとばかりにクロムブレイドを振りかぶって接近するが、今の状態を維持する方が有益だと考えて胴体に的を絞って攻撃を繰り出した。剣の振りが小さいが、威力はまったく変わらない。
「ピピ！　ピピピピピピ！」
　敵の悲鳴を聞き、瑛が剣先をキメラに向けて不敵に言い放った。
「これが俺の多角的な攻撃だ‥‥ってか！」
　もはやキメラの体力も残りわずか。たった一度の気まぐれな攻撃で、一気に形勢が変わった。

●勝利をこの手に
　これ以上の攻撃を受けると危険‥‥キメラはそう察し、半ば強引に束縛を解こうとする。わざと無理な角度に身をよじることでリュノたちの虚を突いたまではよかったが、相手もそう簡単には隙を見せてはくれない。なんとキメラはすでに囲まれ、逃げ道は完全に塞がれていたのだ。敵は奇声を発しながら舌を鞭のように使い、前方にいるリュノとネオに向かって攻撃。これを命中させ、手傷を負わせる。
「がうー、もう怒ったのらー！」
　その直後、ウツホが練成強化をリュノとネオに施し、ラストスパートを援護する。
「サポートは、ウーにお任せなのです」
　ネオは「ありがたい」とつぶやくと、キメラに相対して攻撃を繰り出す。急所突きを駆使した一撃は、的確に腹をえぐった。
「食べ物の恨みは恐ろしいんだぜ？」
　指揮官が敵にそう諭すと同時に、ホアキンが紅炎を振りかぶってソニックブームを発生させる。その一撃で足を薙ぎ、逃げれなくしたところで急所突きを発揮し、腹に刀を突き立てた！
「ピピ！　ピッ！　ピ、ピ、ピピピピィ‥‥」
「退治したか。ならばこのまま焼いて‥‥いや、もっとうまい肉がある。わざわざキメラを食う必要もないか」
　ホアキンはキメラを討ち取ったとばかりに紅炎を掲げ、メンバーに勝利を知らせた。それを見たウツホが怪我をしたふたりに駆け寄り、すぐに練成治療を行う。
「怪我をしていては、おいしく料理を食べられないのです」
「がうー！　その通りなのら！」
　このやり取りでリュノとウツホは気が合ったらしく、タダ飯に向けての抱負を熱く語り合う。この話題に花を添えるのが、餌に使ったケバブである。リュノは丁寧に「いただきますなのら」と言い、そのままむしゃむしゃと食べ始めた。セバスはそれを笑顔で見守る。
「ふぅ‥‥これで思う存分楽しめますね」
　そんなことをのんびり話していると、瑛と等がタケルたちを連れて戻ってきた。キメラを倒したとなれば、彼らはここからが本番である。
「俺は食材部屋の鎖とかを取っ払ってくるぜ。忙しくなりそうだしな！　等は屋台の設置とかするってよ」
「タダでご馳走してもらえるんだから、力仕事くらいはしないとねー」
　うれしい申し出に、タケルはみんなと握手して感謝を述べ、当日みんなが食い倒れることを改めて約束。さらに料理を作る人には、主催者から謝礼が贈られることを伝えた。能力者たちの活躍は、まだまだ終わりそうにないらしい。

●熱気あふれる開催日
　開催当日も晴天に恵まれ、グラウンドは家族連れなどで大いに賑わった。周囲には楽しそうな声が響く。
　ホアキンは予告どおり屋台を開く。荷物は作戦前に用意していたようだ。青い暖簾には白文字で「あおぞら」と書かれている。電熱器の周りを香辛料とヨーグルトを加えて味付けした羊や牛、そして鶏の肉がいい音を立てながら回っていた。これを削ぎ落とし、塩を振ってサラダに乗せ、パンにはさんだら出来上がり。歩いても食べられる上、見た目の珍しさもあり、お客さんに人気のお店になっている。
「どうぞ、うまいよ」
　何よりもホアキンの笑顔が最高のエッセンスだ。等とネオも、ちゃんと列に並んで待っている。この時、ネオはパンフレットを手にしていた。誰かさんのようにいつまでも食べられるわけではないので、万全の態勢で今日を迎えたのである。その頭脳プレーに等が乗っかった。
「ネオさんの食事の組み立てはすごいねー。食べ放題でも本領発揮じゃない！」
「惜しむべきは鉄の胃袋を持っていないこと、かな。それはともかく、仕事を終えた後のビールは格別だ」
　ネオは大人の贅沢を満喫しながら、このイベントを最大限に楽しんでいた。

　大食らいだけどグルメを自称するリュノとウツホ、そして瑛は一通りの屋台を巡った後で、セバスの作る料理を堪能した。
　彼は屋台でコース料理を作るのは難しいと判断し、手軽に作れるパスタを準備した。しかし一言で「パスタ」といっても種類が多く、バリエーションの違う料理が作れる。セバスは知識と経験を駆使し、テーブルの上を色鮮やかに飾る。その中には軍用食でもおなじみのベジタブルパスタもあった。
「がうー、きれいなのらー！　これは絶対においしいのらー！」
「セバス様の料理って、いつも美味しそうですね」
　瑛も「凝った料理は眺めてるだけでもおいしい」とご満悦。もちろん３人の目の届くところにおかわりが用意されているという準備のよさ。さすがはセバス、みんなの執事である。
「本職ではないので、お口に合うかはわかりませんが‥‥どうぞ召し上がってください」
　この３人の食べっぷりは速さこそ普通だが、量が尋常でない。彼らの食べる光景は、道行くお客さんの度肝を抜くには十分すぎた。上品さの漂うセバスのパスタもまた人気を博した。

　そんな賑やかな会場で、フードファイターのトヲイがタケルを相手に勝負を挑んだ。彼は真剣な眼差しで「こういった企画は客引きになると思わないか‥‥？」と熱弁。それにタケルが押し切られる形で開催の運びとなった。
　ルールはいたってシンプル。トヲイが観客の前で大食いを披露し、タケルの店を傾かせたら勝ち。要するに「粉がなくなるまで食い荒らす」ということだ。タケルはお好み焼きやたこ焼きの鉄板をいくつも用意し、すでに臨戦態勢に入っている。トヲイも安っぽい事務机の前に座り、今や遅しと料理が出てくるのを待っていた。
「せっかくの晴れ舞台で、無様なファイトは見せられん‥‥タケル、覚悟！」
「助っ人おるんなら、別に今から呼んでもええんやでー？」
　小気味いいやり取りが興奮の色を濃くする。観客が固唾を飲んで見守る中、フードファイトがスタート。まずはたこ焼き２舟、お好み焼き３枚が目の前に出される。トヲイは小細工なしの食いっぷりを見せつけ、観客から喝采を浴びた。もちろんタケルも、敵に猛アピール。マメに具を変えて、トヲイを驚かせて焼きの時間を稼いだ。
「む！　いつの間にか明石焼きに！　こっちは海鮮お好み焼きか‥‥！」
「口に入れた瞬間、その具材を見切るとは‥‥タダ者やないね」
　ふたりにしかわからない緊迫した空気に酔わされた観客からはため息が漏れた。
　そんなことをマジメにしていると、次第と人が食事を片手に見物をし始める。トヲイの狙いは見事に的中したが、もはやそんなことはどうでもよくなっていた。それはタケルも同じ。もはや意地と意地のぶつかり合いである。観客もかろうじてその空気を読んで我慢していたが、本音は「俺たちにも食わせろ」だ。そんな声を代弁するかのように、可憐な少女ふたりが激闘の場に乱入する！
「味が変われば、ウーにとっても別腹‥‥まだまだ食べられるのです！」
「がうー、リュノも食べちゃうのらー！」
　なんと神聖なるバトルフィールドにリュノとウツホが乱入し、無断でトヲイの食事に手をつけたのだ。こうなるともう勝負どころじゃない。そこに欠食児童の等と屋台完全制覇を目論む瑛も飛び込み、お客さんもタケルの店の前に群れを成した。
「あーあーあー！　これじゃ勝負にならない！」
「こりゃ、しゃーないで。諦めよか‥‥よっしゃ、みんな順番に並びや！　うちのはタダで持ってけばええよ！」
　予想外のアクシデントを生んだが、このイベントは大盛況のうちに幕を閉じた。その勢いを見る限り、ここにキメラがいたとは思えない。